曇りのち晴れ。午後には暖かな陽射しが降り注ぐ。
もう名ばかりの春ではあるまい。梅の花もずいぶんと咲いた。
今朝は顔なじみのお遍路さんを国道で見かけ車のお接待。
山里までの道のりを語らいながらのひと時を過ごす。
山梨出身のMさんが職業遍路になってからずいぶんと経った。
初めて出会ってから12年程ではないだろうか。
その時に亡くなられた奥様の供養の旅だと聞いていたのだった。
昨年には百巡目を結願していたけれどMさんの旅はまだ続いている。
春夏秋冬、雨の日も風の日もどんなに辛くても旅は終わらない。
よほどの信念がなければ耐えられない事だろうと察する。
今朝は山梨の娘さんの話をしてくれた。
結婚してずっと子宝に恵まれなかったのがやっと叶ったとのこと。
出産予定日は3月中旬であとひと月ほどであった。
それは嬉しそうに話してくれたけれど会えない寂しさもある。
けれども決して孤独ではないことを私は伝えたかった。
Mさんは天涯孤独ではないのだ。どんなに遠く離れていても
かけがえのない肉親がいて初孫も授かろうとしている。
一生会えないはずはない。いつか必ず会える日が来ると信じたい。
Mさんは娘さんから「帰って来て」と言われたこともあるらしい。
けれども娘さん夫婦の負担にはなりたくないと首を振る。
そんな遠慮がまるで盾であるかのように遍路旅を続けているのだった。
私よりも一歳年上。今年の11月には67歳となる。
偶然にも誕生日は私の父と同じ11月6日であった。
縁というものは不思議なものだけれど出会うべきして出会った気がする。
そうしてまた不思議なのは必ず朝の道で再会する。
そろそろ会いそうだなと思っていたらMさんの姿を見つけるのだった。
後ろ姿を見ただけですぐにMさんだと分かるのだった。
Mさんは私の名を知らずいつも「おかあさん」と呼んでくれる。
年下だけど「おかあさん」それは最高の親しみではないだろうか。
山里の自販機で温かい缶コーヒーをお接待して別れる。
「また会おうね」と言ってなんとも清々しい別れであった。
今度会う時にはもう桜の花が咲いていることだろう。
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