ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2022年02月12日(土) 懐かしいひと

曇り日。気温は高めだったけれどやはり肌寒い。

陽射しがあれば春を思わすような陽気になったことだろう。

朝のうちに買物。お昼にカーブスへ行き後はひたすら読書ばかり。

貪るように読んでいると無性に書きたくてたまらなくなる。



昨夜はアナウンサーになりたかったと書いたけれど

高校時代はテニスをしながら放送部に所属していた。

文芸部にも所属していたけれど細々と詩や短歌を書くのみであった。


2年生後半になりテニス部の副キャプテンに任命されたのを機に退部。

同時に放送部の部長になっていたので両立はとても無理であった。

おまけに主婦業もあり下校後は夕食の支度に忙しかったせいもある。


3年生になると放送部の活動にまさに全力投球となった。

NHK高知放送局主催のアナウンス大会などにも積極的に参加する。

優勝することは出来なかったけれど準優勝でもとても励みになった。


放送部の活動のひとつにお昼休みのリクエストコーナーがあり

放送室の前に据えられた箱に次々とリクエストが寄せられる。

レコードを買い揃える予算など無かったので殆ど部員の持ち寄りであった。

時には部員以外から借りる事もあり少しでも希望に添えるよう努力する。


そんな折にちょうど教育実習で来ていたN先生の存在があり

なんと頻繁に放送室へ押しかけて来たことだろう。

大学生なのでさほど年も変わらないのに先輩風を吹かせていた。

倫理社会を教えていたけれどその授業の面白かったこと。

授業そっちのけで麻雀の話をしたりして忽ち人気者になっていた。


ほんの数ヵ月の事で教育実習を終え名古屋の大学に帰って行った。

あれはいつ頃の事だったのか記憶は定かではないのだけれど

学校が休みの時だったので夏休みではなかったかと思う。

N先生から突然電話がかかってきて私を驚かせた。

当時の我が家には電話がなく近所の雑貨店にかかって来たのだった。

その雑貨店では簡易なマイクを備えており「呼び出し」を行う。

自分の名が呼ばれた時には「何事か」と急いで駆けつけたのだった。


N先生はおそらく在校中に私の住所を調べていたのだろう。

そうでなければ近くの雑貨店など知る由もなかったのだ。

帰郷していたN先生は「ドライブへ行こうよ」と私を誘った。

恋心などまったくなくN先生に興味のかけらもなかったのだけれど

その時の私はただただ好奇心でいっぱいだったのだと思う。


車は新車のサニーだった。何処に行ったのかも憶えてなどいない。

どんな話をしたのかも記憶にないけれど楽しい一日ではあった。


N先生との再会が私の人生を左右することになるとは

夢にも思っていなかったが私にとっては取り返しのつかない過去となる。


不思議と憎しみは感じない。

ただただ懐かしい思いが込み上げて来るこの頃であった。






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