曇りのち晴れ。午後になりやっと陽射しに恵まれる。
朝からの寒さに耐えていたかいがあると云うもの。
山里の神社の近くに毎年それは綺麗に花咲く梅の木があるのだけれど
そろそろ見頃ではあるまいかと思いつつ足を運べずにいる。
歳のせいだろうか最近は行動力が著しく衰えているようだ。
何をするにも億劫になり「まあいいか」と済ませることも多い。
そのせいか新鮮な出会いもない。心が浮き立つようなことも。
そのくせ欲深いものだからいつも何かを求めているふしがある。
「欲すれば損する」と云うけれどその損にも気づかないのだった。

村岡恵理の「アンのゆりかご」を読了。
NHKの朝ドラ「花子とアン」の原案になった本なのだけれど
原案と云うだけあってドラマとは多少異なる真実が書かれてあった。
たとえば幼馴染の「朝一」は架空の人物であったり
甲府には実家が無く花子は東京育ちであった。
ドラマではおかあの「ほうとう」を食べるシーンがよくあったけれど
それもおかあではなく教え子の家で食べたものだった。
戦時中憲兵だった兄も架空の人物で実際には兄は存在しない。
その他諸々ドラマでは演じられることが無かった花子の姿があった。
言い換えればドラマらしく脚色されていたのだろう。
それも作者の理恵さんの承諾を得てのことだろうと思われる。
原案となった作品を読まなければ真実は分かり得なかったことなのだ。
花子は昭和43年75歳で急逝している。
入浴中の脳血栓であっけなくこの世を去ってしまった。
翻訳中の作品を残したままどんなにか心残りだったことだろう。
世には多くの作品を残していたけれどまだまだ書きたかったと思う。
最期の事など誰にも予測が出来ない。
75歳。あと10年かとどうしても我が身に重ねてしまう。
それは「まあいいか」ではとても済まされないことであった。
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