春は名のみの風の冷たさ。朝のうちはまた小雪が舞っていた。
それもつかの間のことで日中は陽射しに恵まれる。
午前中にやっとお大師堂へ。ご無沙汰を詫びるばかり。
日捲りの暦が2日のままになっており
お参り仲間さん達の足も遠のいていたのだろう。
とにかく「今日」にしなければと千切っていたら
うっかり間違えて明日になってしまったのだった。
それもご愛嬌とくすくすと独り笑いをする。
年末に活けた千両の実がまだこぼれもせずに残っており
捨てるのも惜しくそのままにしておく。
せめてお供えのお菓子を持参すれば良かったと少し悔やまれた。
拙いながらも般若心経。共に川のせせらぎの音が聴こえて来る。
なんだか後ろに誰かが居るような気がして振り向いたけれど
そこには誰も居なかった。川の声が聴こえていたのだろうか。
あまりにも遠のいていたものだから心苦しかったせいかもしれない。
午後はまたひたすら読書。村岡花子の「曲がり角のその先に」を読了。
偶然にも今日は花子の夫の村岡氏の命日であったらしい。
花子は昭和43年に急逝しているのだけれど
娘のみどりさんが「あとがき」を書いてこの本を刊行していた。
そのみどりさんも28年前に62歳の若さで亡くなっていたことを知る。
朝ドラになった「花子とアン」は花子の孫の恵理さんの著書
「アンのゆりかご」が原案となり放映されたのだった。
今日は図書館でそれを借りて来た。明日から読もうと思っている。
子から孫へと語り継がれた村岡花子の生涯。
ほんとうに貴重な本と出会えたものだと感慨深く思う。
「死ねばすべて終わり」なのでは決してないのだ。
そう思うと私にも微かに希望が湧いてくる。
「おばあちゃんがこんなものを書いていたよ」と
いつか孫が読んでくれる日が来るのかもしれない。
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