夜明けとともに雪が降り始める。
最初は風に舞う小雪だったけれど本降りの時間帯もあった。
積もることもなくはらはらと儚い雪にふと春の兆しを感じる。
あれはいつのことだったか3月に大雪が降ったことがあった。
季節はあなどれない。冬は何度も振り向きながら去って行く。
娘が「おでん」を食べたいというので
朝のうちに具材を買い込みすぐに煮込んでおいた。
家中に匂いが漂う。外は雪でまさに「おでん日和」である。
少し早めに昼食を済ませ意を決してカーブスへ行く。
肩凝りが酷くなりもう限界だと思えば自粛も出来ず
病院へ行くような気持ちで出掛けたのだった。
ちょうど12時だったせいかメンバーはわずかでほっとする。
行くからには密を避けねばならず最良の時間帯だったようだ。
何よりもわずか30分の筋トレで肩凝りはすっかり解消され
身体のダル重さも無くなり生き返ったような気分になった。
あまり神経質になってもいけないような気がする。
慎重に越したことはないけれど週に一度の「病院」だと思おう。
午後はひたすら読書。また貪るように読んでいた。
朝のうちに「智恵子飛ぶ」を読み終えていたので
村岡花子の「腹心の友たちへ」を読み始める。
エッセイ集なので興味深い内容が多くすぐに夢中になってしまった。
特に6歳の我が子を亡くされた辛さは「悲痛」としか言いようがない。
突然の別れだった。どれほどの悲しみに打ちひしがれた事だろう。
NHKの朝ドラ「花子とアン」を見ていたので思い浮かべつつ
ドラマが現実に忠実に表現されていたことを改めて知った。
ドラマでは腹心の友の「白蓮」が短歌を詠んでいたけれど
花子も数々の短歌を詠んでいたことを初めて知った。
図書館で何気なく手に取った本に「縁」のようなものを感じる。
きっと出会うべきして出会った貴重な本だったのだろう。
短歌を詠み詩を書くようになってもう半世紀が経った。
あとどれくらい書けるのか未来はありそうでとても儚いものだ。
私はいったい何処に向かおうとしているのかわからない。
吉村昭が「硝子瓶に詰め込んで海に流すようなものだ」と言ったらしい。
何処かの砂浜に流れ着き誰かの手に渡るのだろうか。
私の手元にはその硝子瓶さえもない。
|