立春。春の兆しが感じられる頃。
晴天となりあふれんばかりの陽射しに恵まれる。
気温は低目だったけれどずいぶんと暖かく感じた。
名ばかりの春と思えど一輪をこころに添えれば蕾ふくらむ
夜明け前にそんな歌を詠む。
我ながらなんとなく気に入ったので高知新聞に投稿してみた。
二週間後に掲載されなかったらまたボツなのだけれど
認められない事にもう慣れてしまった。
津村節子の「流星雨」を読み終えてから「智恵子飛ぶ」を読んでいる。
高村智恵子の女学生時代からのことが書いてあり興味深い。
もう後半まで読み進めたけれど芸術家としての智恵子の苦悩。
「私には才能がない」と嘆き苦しむ場面では胸が詰まる思いだった。
認められたい欲は誰にでもあるものだろうけれど
人一倍プライドの高い彼女はどんどん追い詰められて行く。
肋膜炎を患った後に自殺未遂をはかり一命をとりとめたものの
やがて精神を病むようになってしまうのだった。
脆く壊れてしまいそうな硝子細工のような智恵子に
夫の光太郎は誠心誠意尽くし支えようと努力するのであった。
私のようなものが口にするようなことではないけれど
智恵子の苦悩が身に沁みるように解るのである。
どんなにあがいても「認められない」ことは矢のように胸に刺さる。
どれほどの励ましも慰めも所詮は「孤独」に繋がるのだろうと思う。
独りきりで背負わなければいけない大きな荷のようなものだ。
きれいさっぱりと捨ててしまえるようなプライドなら
しがみついて縋りつくような愚かな真似はしないだろう。
けれども落とせば粉々に壊れてしまうことを知っている。
私も硝子細工のように生きているらしい。
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