ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年12月19日(日) 満月

幸い雪にはならなかったけれど午前中は時雨れていた。

もう少し気温が下がっていたら小雪の舞う一日になったことだろう。



朝のうちに川仕事へ。海苔の種網を漁場に張る作業。

今年は種付けが順調に行かずほんのわずかであった。

それでも無いよりはまし。少しでもと思う気持ちが大きい。

昨年の三分の一ほど。収穫もぐんと少なくなりそうだ。

例年なら1月下旬には収穫が始まるのだけれど

今年は大幅に遅れそうで前途は決して明るくはない。


40年もこの家業を続けていればどんな年もあり

豊作の年もあれば不作の年もある。

ここ数年は不作の年が続いておりとても期待は出来ない。

一番大きな原因は水質の悪化ではないかと思われる。

水温の高さもありそればかりは自然に任せるしかなかった。

昔とはもう違うのだと現実の厳しさをつくづくと感じる。

長くてあと10年だろうか。いや5年で絶滅するかもしれない。

それでも最後まで諦めずに続けられたらと願ってやまない。


この40年を思い起こせば感慨深く懐かしく思い出される事が多い。

息子が3歳の時には高知放送のテレビ番組の取材を受けた。

「三歳児の世界」という番組で作業場で一人遊ぶ息子の姿を

テレビカメラに収めてくれてとても良き思い出となった。

両親ともに働いている傍らで息子は健気な3歳児として映る。

春先の事で土手で土筆を見つけて微笑んでいる顔が印象的だった。


もちろん録画をして当時は何度も再生して見たけれど

古くなったVHSのテープは今はもう再生出来なくなってしまった。

けれどもあの時の息子の笑顔は今も目に鮮やかに蘇って来る。


まだ乳飲み子だった娘も今年は40歳になった。

忙しさのせいにして抱っこもしてあげられなかった日々がある。

夜泣きはしたけれど昼間はすやすやとよく眠ってくれる子だった。

オムツはいつもぐっしょり。今思えば不憫な子だったのかもしれない。


その娘が小学生になって学校の社会見学で先生とクラスのお友達が

作業場の見学に来ることになった時、娘は泣いて嫌がっており

とうとうその朝熱を出して学校を休んだことがあった。

娘にとっては決して自慢出来ることではなかったのだろう。

熱が出るほど精神的に追い詰められてしまったのだと思う。


けれども私達夫婦は「誇り」を捨てることが出来なかった。

最低限の暮しを守るために精一杯の努力を惜しまなかったのだ。


40年の歳月が流れ犠牲にしてきたことも多い。

けれども家業がなければ叶わなかったことも確かにある。


「潮時」という言葉があるけれど満潮だろうか干潮だろうか。

窮地に追い込まれた時に「潮時」というのは「諦め」に等しい。



今日は大潮で空にはそれは綺麗な満月が輝いている。




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