ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年11月21日(日) 里芋はメアカ

曇り日。ほんの微かな陽射し。

大量の洗濯物がなんとか乾きほっとする。



朝のうちにお大師堂へ。なんと2週間ぶりであった。

ご無沙汰を詫びつつ花枝(しきび)を活け替えたり

お線香の補充をしたりして自分の役目を果たす。

手水鉢の水が少なくなっていたけれど

足が痛く川辺まで水を汲みに行けなかった。

今まで出来ていたことが出来なくなるのはなんだか辛い。



スーパーへ買物に行ったら昔の同僚K姉ちゃんに会う。

縫製工場に勤めていた頃の先輩でよく可愛がってもらった。

今はもう70歳を超えているはずだけれどまだとても若々しい。

マスク顔なのによく分かったねと「ありがとうね」と微笑んでくれた。

昔はよく夜な夜な電話をしたものだった。

K姉ちゃんは聞き上手で「そうか、そうか」といつも優しかった。

縫製工場に勤めたのはわずか2年足らずだったけれど

私にとっては良き人間関係を築けた貴重な年月だったと思う。



スーパーから帰り里芋を求めて従姉妹の「良心市」へ行く。

大根や葱などどれも百円。里芋も5個ほどで百円だった。

5個ではちょっと少ないけれど2袋買うと多過ぎる。

まあ良いかと家へ帰ったらちょうど散歩中の従姉妹に会った。

「いま、買ったよ」と里芋を見せてつい後2個欲しかったと言ったのだ。

そうしたら10分もしないうちに里芋を2個持って来てくれた。

お金など要らないあげるからと言ってなんとありがたいこと。

従姉妹の里芋はほくほくととても美味しかった。


「里芋」と書いたけれどここいらでは「メアカ」と呼んでいる。

漢字で書くと「芽赤」だろうか。きっと赤い芽が出るからだろう。

姑さんが健在だった頃にはたくさんメアカを作っていたけれど

決して勝手に畑を掘り起こしてはいけなかった。

メアカどころか葱の一本も無断で採ってはいけなかったのだ。

メアカは姑さんが大鍋で煮てそれを分けてもらっていた。

小鍋を提げて貰いに行くのが常であったのだ。


じいちゃん(夫)はその煮汁をご飯にかけて食べるのが大好きで

今夜も「汁はようけあるか」と楽しみにしていた。


姑さんが亡くなってからメアカは買わなくてはいけなくなったけれど

食べたい時に食べられる。それが私はありがたくてならない。

煮汁をいっぱいにして大きなお鍋で煮た。



※「ようけあるか」は「たくさんあるか」の意味。




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