ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年11月11日(木) 乗り越えた日に

小春日和にほっとしていたけれど午後3時頃突然の時雨。

大気がよほど不安定だったのだろう。

これから真冬になると時雨が雪に変わることもある。

もうそんな季節になったのかとつくづくと冬を感じた。



帰宅するとじいちゃんが「銀行から電話があったぞ」と言う。

それは昨日で住宅ローンが完済になった知らせだった。

30年もの長い間のことで大変だったけれどやっと肩の荷が下りた。

「よく頑張ったよね」と二人で頷きあいながら労い合う。


30年前。蓄えなど全くなく頭金も無いまま建てた家だった。

母屋の老朽が酷く雨漏りがするので瓦を吹き替えたいと

姑さんがその資金を用意するようにと言って来たのだった。

まるでそれが長男の務めだと言わんばかりの口ぶりであった。

貧乏のどん底で家族4人がやっと食べていけるような暮し。

百万円と言われても借金をするしか術が無かったのは言うまでもない。

散々悩んだあげくどうせ借金をするのならと決めたのは

古い母屋を取り壊し新築の家を建てることだった。

それにしても銀行が易々とお金を貸してくれるだろうか。

それは危惧に終わり住宅ローンの手続きはあっという間に整う。

土地と家を担保にすれば簡単に貸してくれたのだった。

その時には後のローン地獄の事など考えてもいなかった。

「なんとかなるだろう」私も夫もまだ若かったせいもある。


母屋から姑さんと義妹を追い出すわけにもいかず

同居を提案したのは他ならず私であった。

新居の設計図には姑さんの部屋と義妹の部屋がしっかりとあった。

私が浅はかだったのはローンの手助けを期待していたこと。

少しぐらいは助けてくれるだろうと安気に考えていたのだった。


しかし現実はそれに反し全く援助はなかったのだ。

おまけに家族は6人となりたちまち生活費に困るようになる。

長男だから親を養うのは当たり前のことだったのだろう。

義妹はさすがに気を遣ったのか食費として月々2万円をくれた。


新築の家は住み心地は良かったけれど家族間の摩擦も多く

決して快適な暮しとは言えなかったと思う。

私も日に日に募るストレスに押しつぶされそうだった。

姑さん達もきっと同じ気持ちだったのだろう。

結局また別居を言い出してくれた時は正直ほっとしたものだった。


それでもローン地獄は続くばかり。

幸い青さ海苔の収入があったのでなんとかなったけれど

それが無かったら土地も家も失っていたことだろう。


やっと解放されたのか。今夜は感慨深い夜になった。

もう苦しまなくていい。もう嘆かなくてもいい。


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anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

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