午後7時。室温が24℃もありずいぶんと暖かい夜。
入浴の恐怖心もすっかり薄れ今夜は髪も洗った。
今は給湯ボタンを押すだけで浴槽にお湯が溜まるけれど
私が嫁いだ頃は五右衛門風呂で薪で焚かねばならなかった。
姑さんからその役を任されていたので
毎日4時頃になると慣れない手つきで火を点けるのだけれど
私はそれが苦手で思うようには燃えてくれないのだった。
新聞紙をくしゃくしゃにしてまず最初に小枝を燃やす。
小枝という表現はふさわしくないかもしれない。
それは主にお舅さんが河川敷から拾って来た木の屑であった。
それがやっと燃え始めると徐々に薪を入れていくのだけれど
いきなり大きな薪を入れると一気に炎が弱くなる。
だからなるべく小さな薪から入れて火の様子を見るのだった。
薪が勢いよく燃え始めるとなんともほっとするもので
お舅さんの一番風呂に間に合うだろうと肩の荷を下ろす。
その火は終い風呂まで決して絶やしてはならず
最後には大きな薪を入れてゆっくりと燃やすのだった。
お舅さんは初孫である息子と入浴するのが日課で
まだ一歳にもならないうちから抱いて一緒に入浴していた。
ある日のこと息子がウンチを漏らしてしまった時は大騒ぎ。
お湯を全部抜いてまた一から焚き直したこともある。
それもすぐに笑い話となり今では忘れられない思い出となった。
苦手だったお風呂焚きも慣れて来ると楽しくもあった。
時々ふっと薪を燃やしてしまいたい衝動に駆られる時もある。
今となってはそれも叶わぬ夢となり果てたのだろう。
終い風呂はいつも嫁である私であった。
大きな薪が今にも燃え尽きそうな焚口に
義妹が消えないようにと一本の薪を入れ添えてくれていた。
それがどんなにか有り難かったことだろうか。
|