ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年10月17日(日) 一番星

今朝はこの秋いちばんの冷え込み。

夏蒲団では肌寒く蓑虫のようにして目覚める。

北海道からはもう初雪の便り。つかの間の秋だったことだろう。



気がつけば11日間もに渡り母のことを記していたようだ。

ひと山越えたような達成感はあるけれど

まだ書き足りない思いもありなんとなく落ち着かない。

おそらくもっともっと踏み込んでみたかったのだろう。

書いて良いものかと躊躇する気持ちもありそれが昇華出来ずにいる。

母の事に限らず自分の事も書きたかったのだろうと察する。

恥の上塗りになろうと「書くべきなのだ」という思いが強い。

生きて在るうちにそのすべてを書き終えてしまいたいものだ。


またある日突然に書き出してしまうかもしれない。

けれどもしばらくは穏やかな日常に浸ることにしよう。


一昨日には2ヵ月ぶりに母に会うことが出来た。

とはいえコロナ禍の事、正式な面会とはいかず

リハビリ室に居た母にガラス窓越しに会えたのだった。

母は真っ先にマスクを外し口元には零れんばかりの笑顔。

目は潤みつつ真っ直ぐに私の顔を見ていた。

窓に遮られお互いの言葉は殆ど伝わらなかったけれど

別れ際に手を振る母はまるで少女のようであった。


泣くまいと思っても涙が溢れてくる。

母に涙を見せまいと逃げるように踵を返したことだった。

せめて顔を見るだけでもと計らってくれた職員の方には感謝しかない。




今日は日なが一日読書に夢中になっており

夕方になり孫たちのお昼ご飯を忘れていたことを思い出す。

孫たちも「おなかがすいた」とは一言も言わなかったのだ。

日曜出勤から帰って来た娘にそのことを詫びれば

「かまん、かまん」と笑い飛ばしてくれてほっとする。


宮尾登美子の「仁淀川」を読了。

すぐに東野圭吾の「幻夜」を読み始めて三分の一ほど読み進む。

昨日から市立図書館に通うことに決めその蔵書の多さに興奮している。

インターネットで予約も出来るそうでまるで目から鱗だった。


書くことと読むこと。どちらも私には大切なことであり

残された人生があとどれくらいなのか知る由もないけれど

書き尽くし読み尽くせればもう思い残すことはないのかもしれない。


一番星を仰ぐ夕暮れ時にふっと明日のことに思いを馳せていた。


※方言注釈 「かまん、かまん」は「いいよ、いいよ」と言う意味。








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