| 2021年10月13日(水) |
追憶のなかの母その8(女) |
受験勉強を頑張ったかいがあって無事に志望校へ合格する。
高校生活に胸をふくらませ私は青春の真っ只中にいた。
ある日の朝それもいつ頃の事だったのかよく憶えていないのだけれど
父が新聞を叩きつけるように私の目の前に広げ
「これを見てみろ、やっぱり思った通りだったぞ」と言ったのだ。
そこにはかつて住んでいた山村での小さな事件が載っており
被害に遭ったのはM兄ちゃんとその妻として母の名前が書かれていた。
幸い二人に怪我はなかったようだけれど
一歩間違えれば傷害事件になるところだったようだ。
M兄ちゃんが犯人を取り押さえたと書いてあった。
父は怒りの心頭に達しとても機嫌が悪かったけれど
「思った通り」と言ったからには覚悟はしていたのだろう。
私だって同じだった。まだ若い母が独り身でいるわけはないのだ。
M兄ちゃんに頼るしか道がなかったのだろうと思う。
けれども母の再婚にはやはり複雑な気持ちが込み上げて来た。
もう完全に母親ではなくなったのだと思った。
「死んだと思え」と父は言っていたけれどまさにその通りだと思う。
母がひとりの「女」なのだという事実を思い知らされたような気がした。
もうどうでもいいやと思っていたような気がする。
私にはもう母はいない。そう思ったほうがどれほど救われるだろうか。
高校生活はとても楽しかったけれどせつなく哀しい恋もあった。
詩や短歌を書き始めそれがやがて心の拠り所になっていく。
おそらく心をぶつける唯一の救いだったのだろう。
それは少女がおとなの階段をのぼるきっかけにもなった。
私は17歳で「女」になった。
その恋を失った時には死が頭をよぎる程に辛かったけれど
気がつけばすくっと前を向いていた気がする。
そうしてほんの少しだけ母を想った。
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