| 2021年10月12日(火) |
追憶のなかの母その7(狂気) |
母の消息が分かったのはいつのことだったのだろう。
記憶がとても曖昧でその季節さえも思い出せない。
やはり県西部の町に居ることが分かり
父と弟と3人で会いに行ったのだった。
けれども私と弟は結局母には会えなかった。
街中の喫茶店で父に「ここで待っていなさい」と言われたのだ。
その時いかにも偶然のようにしてM兄ちゃんに会った。
気のせいかもしれないけれどM兄ちゃんは気まずそうな顔をしていた。
その証拠に一言も話すことさえなかったのだった。
しばらくして父が戻って来た時にはもうM兄ちゃんの姿はなく
父が「ちゃんと話をつけてきたからな」と言った。
それが離婚の事だと私は理解していたように思う。
「お母さんは?元気だった?」そう訊く私を振り払うように
父が言った。「子供達は狂っている」と母が言ったそうだ。
弟には聞かせたくなかった。どうして父は本当の事を言ったのだろう。
あの時狂っていたのは他でもない母だったのではないだろうか。
その時にはそう思わなかったことを今になり叫びたくなる。
だからあの「ひまわりおばさん」は母ではなかったのかもしれないのだ。
過去の記憶を辿るのは思いのほか辛く苦しいものだった。
けれどもこうして書き始めた以上は最後まで書き抜きたいと思う。
離婚が成立してからの父はすっかり吹っ切れた様子で
私と弟もいつまでもくよくよなどしなかった。
家族3人で肩を寄せ合って暮らした日々が宝物のように思える。
洗濯と掃除は父の仕事。買物と食事の支度は私と決めて
それが今思えばとても楽しかったのだ。
3人で力を合わせれば何だって乗り越えられる気がしていた。
やがて中学3年生になる。私は必死の思いで受験勉強をした。
母の事などこれっぽっちも考えてなどいなかった。
|