ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年10月09日(土) 追憶のなかの母その4(失踪)

海辺の町に移り住み2ヵ月が過ぎた頃だったろうか。

友達も出来てやっと学校にも慣れて来た頃だった。

夏休みに入ったある夜のこと

母から寝耳に水のようなことを聞かされる。


この町では十分な教育が受けられないから

高知市内の学校へ転校しようと言うのだった。

それは父と母の別居を示していることに違いなかった。

おそらく母が言い出したことで

父は子供達が納得すればと応えたのだろう。

私も弟もどうして逆らうことが出来ようか。

両親が決めたことに従うしかなかった。

転校にはもう慣れている。引っ越しにも慣れている。

けれどもとても複雑な気持ちだったことは記憶している。



高知市内には母の叔母が住んでおりその近所の借家だった。

電車通りに面しており家のすぐ前には電停があった。

ずいぶんと都会的だなとなんだかわくわくしたような気がする。


母はまた早速に仕事を見つけて来ていた。

今度はタオル工場でギフト用の箱詰めなどをする仕事らしい。

電車で通勤していたけれどその会社が何処にあるのかは知らない。

残業はなかったのか午後6時頃には必ず帰って来ていた。


たまには父に会いたかったけれど殆ど叶わず

別居とはそういう事だとはあまり理解が出来ずにいたのだと思う。


新学期が始まりすぐに友達も出来て学校生活は楽しかった。

朝一でパンの注文が出来てお昼にはふかふかのパンが届く。

母に「今日はお弁当要らない」と言う日も多くなった。


高知市内に住むようになり3ヵ月が過ぎた頃だったろうか。

母がもうすぐ私の誕生日だからとレコードを買って来てくれた。

当時大流行していた「黒猫のタンゴ」であった。

嬉しくてならず何度も繰り返し聴いたことだった。



誕生日の朝はその冬いちばんの冷え込みでとても寒い朝だった。

確か日曜日だったと思う。少し寝坊をして目覚めた記憶がある。

母も仕事が休みのはず。「おかあさん」と呼びかけた気がする。

それなのに母が居るはずの部屋に母の姿がなかったのだ。

ストーブも点いていないそこにはただ寒々とした空気が漂っていた。

まだ寝ていた弟を起こして母を探した。

とは言え探す場所など限られている。母は何処にもいなかった。


とにかく父に知らさなくてはいけない。他に何が出来よう。

弟の手を引いて母の叔母の家に向かった。

霜柱を踏みしめながら歩く。その距離がとても遠く感じた。


私も弟も泣いてはいなかった。唇を噛みしめ歯を食いしばっていた。

いったい何が起こったのかその時にはまだよく分からなかったのだ。


13歳の誕生日の朝のことである。


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