| 2021年10月07日(木) |
追憶のなかの母その2 |
父の転勤で私達一家はまた新たな山村に移り住むことになった。
同じ郡内であってもずいぶんと遠く感じたのは不思議である。
それまでは長屋のような官舎住いだったけれど
今度の家は一軒家で車も停められるほどの広い庭があった。
事務所兼住居と言ったところだろう。電話も2台あっておどろく。
子供心に父が出世したのだなと思ったことだった。
父は早速に「主任さん」と呼ばれていた。
母は主任さんの奥さん、きっと誇らしかったことだろう。
父の部下になる作業員の人達がたくさん手伝いに来てくれて
転居一日目の夜は確か酒盛りをしたのではなかったろうか。
みんな優しくて気さくな人達ばかりで前途が明るかった。
村では狩猟が盛んに行われていて父もすぐに免許を取ったようだ。
狩猟犬を飼うことになり洋犬のセッターが家族に加わる。
確か雄だったと思うのだけれど名前は「ゆう」と付ける。
その頃村一番の美人に「ゆうこ」という女性がいて
母が少しやきもちを焼いていたような記憶もある。
日曜日ともなると仲間たちと狩猟に出掛ける父。
兎を仕留めて帰って来た時は可哀想で涙が出た。
なんて野蛮な事をするのだろうと父が別人になったように思う。
暮し向きは楽だったはずだけれど
母は専業主婦になる気がまったくなかったのか
ある日突然に化粧品のセールスをするようになった。
確か資生堂だったけれどずいぶんと高価な品だったと思う。
まずは自分からとお化粧も濃くなり次第に派手になっていく。
交友関係も広くなり夜も出掛けることが多くなった。
そんなある夜、狩猟仲間のM兄ちゃんが遊びに来ていて
何がきっかけなのか分からなかったけれど父が母に暴力を振るい始めた。
それはこれまでに見たこともないまさに修羅場のようであった。
私は母が殺されると思って父の鉄砲をしっかりと抱きしめると
弟とふたりで押入れに隠れた。怖くてぶるぶると震えながら泣いていた。
押入れの隙間から覗いたらM兄ちゃんが必死になって母を庇っていた。
今思えばそれが悲劇の始まりだったのだろう。
翌朝には平穏が戻って来ていたように感じたけれど
そんな平穏はいつまでも続かなくなっていた。
夜の家事が終わると母がまた出掛けて行く。
父はどうして止めなかったのだろう。
言っても無駄だと諦めていたのだろうか。
父が憐れでなりながら母を守ってあげなければと思う。
家族の歯車がどこかで狂ってしまっていたのだ。
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