連日の猛暑日。なんと誇らしげな夏の後ろ姿だろう。
去らなければいけないから尚更微笑んでいるようだった。
やがて秋の風が吹く。その時に哀しい顔をしてはいけない。
早朝よりお大師堂へ。今日はあるお遍路さんの命日だった。
もう9年の歳月が流れてしまったようだ。
初めて会った日は寒さ厳しい冬のことで
お大師堂の片隅で肩を震わすようにして佇んでいたこと
修業僧として京都のお寺を出てから幾日目だったのだろうか。
もう耐えられないとひどく嘆いていたことを憶えている。
それが12年前のことその後3年の修業の間に何度か再会を果たす。
よほどの縁があったのだろう。偶然とは言い難い再会であった。
最後に会った日のことは一生忘れることは出来ない。
満面の笑顔であった。まるで苦しみや辛さから解放されたような
清々しさを感じたのは気のせいだったのだろうか。
その3日後に彼は自らの命を絶った。
そうすることで救われたのだとは決して思いたくはない。
大きな罪を犯したのだと今でも思っている。
けれども赦してあげなければいけない。認めてあげなくてはいけない。
魂はいま何処を彷徨っているのだろう。あまりにも不憫であった。
お大師堂で般若心経を唱えながら声が震えていた。
思い出すことが供養になるのならと今夜ここに記す。
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