梅雨の晴れ間のことを「五月晴れ」と云うらしいけれど
なんだか6月になってしまうと間違っているようで言い難いものだ。
それでも今日は五月晴れ。堂々と胸を張ってそう言おう。
青空にすくっと背筋を伸ばしているのは立葵(たちあおい)
人の背丈よりも高い花が多くついつい見あげてしまうのだ。
写真は少し撮りづらい。横写真ではうまく収まらない。
一度撮ってみようと思いつつ未だ叶えてはいなかった。
人がみな紫陽花を愛でる季節にそれはひっそりと健気に咲く。
もし一花咲かせられるものならそんなふうに生きてみたいものだ。

真夏日となりとても蒸し暑い一日だった。
事務所でせっせと決算処理の仕事に精を出す。
今は経理ソフトがありとても便利になったけれど
昔は元帳も試算表もすべて手書きで大変な作業だった。
もう33年も経ったのか。一から教えてくれたのは母だった。
私は医療事務の資格を取得してハローワークに通っていた。
宿毛市内の病院で求人があり遠いけれどどうしようかと迷っていた時
母が宿毛まで行くのなら山里へ来てと半ば強引に私の就職を決める。
実家の仕事を手伝うなんてと姑さんにさんざん言われたけれど
家計の苦しさもあり切羽詰まっての決断だったと思う。
「実家」と言われるのがとても嫌だった。
それは今でも変わっていない。私には実家などないと思っている。
それなら何だろう。母の嫁ぎ先だと言えば良いのだろうか。
母の片腕になり一緒に仕事をして30年余りの歳月。
仕事ばかりの母に楽をさせてあげたいと願っていたのがやっと叶った。
母の机は今もそのままにしている。
母の名を記したボールペンがころりと転がっているのを
引き出しに仕舞うこともせずにそっと置いてある。
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