夜が明けてから少しだけ雨が降っていたけれど
午後には青空になりすっかり春の陽気となる。
雨あがりの景色に陽射しがあたりきらきらと輝く。
枯野にもずいぶんと緑が目立つようになった。
朝の峠道を越え山里の民家が見え始めた頃に
先日再会したばかりのお遍路さんにまた会うことが出来た。
顔を見なくても歩き方やその後ろ姿を見ただけですぐに分かる。
例の100巡目を結願したお遍路さんMさんであった。
先日会った時に逆打ちと聞いていたのだけれど方角が違う。
いったいどうしたのかきっと何か訳があるのだろうと察する。
とにかく話をと思い5キロ程先まで車で見送ることにした。
聞けば懇意にしていたお仲間のお遍路さんが道中で倒れたとのこと。
救急搬送された病院に駆けつけたけれどコロナ禍で面会は叶わず
幸い命に別状はないけれど極度の栄養失調らしいと云うこと。
明日は我が身かもしれないと少し怖くなったとつぶやく。
わずかな所持金。托鉢と地元の人々のお接待だけが頼りのお遍路。
所持金が底をつけば飲まず食わずの過酷な旅になるのだった。
だからと言って故郷には帰れない。その旅費さえも無いのである。
「職業遍路」に偏見を持つ人も多い。言い換えれば差別でもある。
昔あるお遍路さんが「まるで乞食だ」と呟いていた事を思い出す。
私はなんとしてもMさんを故郷へ帰らせてあげたくてならない。
娘さんもいる。まだ一度も会ったことのないお孫さんもいる。
亡くなられた奥様の供養ももう充分なのではないだろうか。
Mさんもきっと帰りたくてならないのだろう。
その気持ちが痛いほどに伝わって来て思わず涙ぐんでしまった。
まだ朝ご飯も食べていないと言うMさんにほんの少しのお布施を。
それは「あげる」のではない。「もらっていただくもの」
人は欲深く出来ていて「お布施」はその欲を手放す事だとかつて学んだ。
「おかあさんありがとう」小雨の降る道で後ろ姿を見送る。
Mさんは精一杯の笑顔で手を振りながら遠ざかって行った。
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