ホルモン療法をしているので、 時々、通院しています。
病気は完治しているので、 残念ながら、3分診療でおしまい。 残念…というのは、 私は、主治医のファンで大好きだからです。 (もちろん、そんなこと、先生には言いませんよ) 女医さんで、毎日アクセサリーを変えてくるおしゃれをして、 自信からくるのか、目に力があって、 明るくて、さばさばしていて、物言いが、きっぱりしている。 かっこいいなあと思います。 安心感があります。
病院に行くと、 「先生!階段が登れるようになりました〜♪」 「え!登れなかったの?」 「はい〜♪」 「手術してよかったね〜」 「はい♪」…なんて会話をしてます。
先日、通院した時、 「冷え性が治ったでしょ」と、 どうよという顔をされる先生。 わ!確かにそうです。 冷え性じゃなくなりました。 それから、足の感覚があまりなかったのですが、 今は、ちゃんとあります。 (ブログて拝見したのですが、人によっては、 手術後、足の一部の感覚がなくなったという方もおられるようです。)
今、私は、血が末端まで届いているというのを実感しています。 めでたいです。
先生を私が信頼して、ファンなのはわかりますが、 なぜか、夫も先生の大ファンです。
私は、ものすごく怖がりで、痛いのが嫌です。 なかなか病院に行けません。 病院に行った時は、かなり具合悪くなっていました。 でも手術をすると決めて、輸血をしたり、 鉄剤を飲んでいたら、だいぶ体が楽になりました。 ですから手術が嫌だなあ、痛いのは嫌だなあ、 なんとか、このまましのげないかなあと思い始めました。 それがじわじわ〜とにじみ出ていたのでしょう。(笑) ある日、 「先生♪私、このごろ、すごく元気!!!ものすごく元気!」と言ったら、 先生、私に言いました。 「取るからね」(きっぱり!) 「ひ〜」←さんご
先生の、たった一言で、 私は、撃沈して、抵抗しなくなりました。 先生の見立ては確かで、手術してよかったと思います。
この流れを夫に話したら、ものすごく受けまして、 ことあるごとに、夫は私に、この話をするようになりました。 私だけでなく、娘たちにも何度も話しました。(私でなく夫が) (たぶん、夫の知人にも話しているに違いない。) そのうち、おかしいことになりました。 夫は、話をしすぎたからでしょうか。 いつからか、その『話』の中に夫もいることになっていました。 私は、驚いて、「あなたはいなかったじゃないの」と言ったら、 心底びっくりした顔をして、夫は、いたと言います。
いやいや。平日の通院で、あなたはお仕事でいなかったでしょう?と言ったら、 夫は、しばらく考えて、いなかったことに気がついたようでした。 でも私の撃沈話は、夫のお気に入りで、 何度も話しているうちに、 また、夫はいたことになっていました。
夫によると、その撃沈の時はいなかったけど、 夫と一緒に行った、手術の説明と同意書提出の日に、 また、私はごねて、先生に撃沈されていたというのです。 え〜!そんなことないない!と言いましたが、 夫は、あったと言いはります。
私は撃沈されてから、 気分はすっかり『まな板の鯉』状態で、 むしろ、長い入院生活に何を持っていくか準備に忙しく、 悪あがきしてないんだけど。
私自身、記憶を書き換えていることがあるかもしれないと、 思い出してみたけど、 撃沈日は、鉄剤が効き始めた頃で、 検査結果を前にして、逃れようと考えました。 (先生、あの時、ごめんなさい。悪いばばあでした。) 手術の説明&同意書提出日にごねるのは、 手術日がせまっていて、どうみても遅すぎます。 夫が先生にお会いしたのは、その時と、 手術の当日くらいです。
夫としては、私がしゅ〜んと撃沈する過程が、 自分の記憶を書き換えるほど、 楽しくおもしろかったということでしょうか…。 人の記憶は、なんて不思議なんだ…。 ほんとに驚いてしまって、訂正せず、「そうなの?」と言っていたら、 とうとう『現実にあったこと』となってしまいました。 (今は、夫のいる手術説明の日に私は撃沈されたことになっているもよう) 昔話の再話って、実は、こんな感じなのかもしれないと思う。
夫は先生のことを『取るからね先生』と呼び、 何かあると、「先生に診てもらうように」と言います。 この場合の診てもらう=取ってもらうという意味で使います。 興奮するのか、声が大きくなります。 「先生の大ファン」と自分でも言ってます。
人間って、ほんとに不思議だよね。
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