みみずのたはごと

2007年04月21日(土)  あっという間。

20代最後の日々は、部屋の片付けと掃除で過ぎてゆきました…。
――まあ確かに、とっ散らかったまま節目を迎えるのもなーという気持ちはあったのですが。しかし葛生さんにとって掃除と片付けは鬼門なのですよ…。本気になるとそれしか見えなくなるから。食事するのも面倒なほど熱中するから。(いやマジで)
収納が圧倒的に追い付いてないという問題は如何ともし難いものの、色々工夫して床平積み状態の本をゼロに致しました。コピー資料も9割7分はファイル整理しました。残り3分はというと、買い置きの空きファイルに収まりきらなかったのです(笑) 月曜にでも補充してきます>ファイル
しかし床がすっきりして最初に考えたことが、「よし、これでまた本が買える!」だったというのは如何なのか。そんな折も折、パパ上が珍しく「節目記念に何かプレゼントをやる、何でも欲しいものを言いたまえ」と宣ったので、一も二もなく「本棚。」と即答しました。
………どうなんだよソレ、いい歳した女の誕生日プレゼント(おねだり)としてさあ…。orz
普通はあれだよね、アクセサリーとか服とか豪華な食事とか海外旅行とか、オサレ系に行くよね。滅多に奢ってくれない人が「何でも買ってやる」って言ったら、できるだけ高いもの狙うよね…。
パパ上もそう思ったらしく(笑)少し考えとけと言われました。でも日付変更線まで考えても、今いちばん欲しいものは本棚です。我ながら色気も素っ気もありゃしない。結婚できないわけだよな…。

ちなみに、今いちばん知りたいことは、脱走時に陸軍副総裁を務めていた藤沢志摩守という人の正体です。軍艦奉行から陸軍に転属して、慶應3年5月に歩兵奉行→陸軍奉行並となり、鳥羽伏見の敗戦後(1月24日)に陸軍副総裁に就任。その後の動向は柳営補任にも書かれてないので、脱走時点でも副総裁職にあったと思われるのですが。
検索してみたら『勝海舟の参謀―藤沢志摩守』という本があるようなので、勝派なのかなー…。
1500石のお旗本、領地は相模原の模様。ただ、養子で元は幕府奥医師の三男とか。縄武館→講武所出役→講武所頭取→歩兵頭という出世道で、文久3年頃に小栗さんの「密事」に関わってたという風聞もあるらしい。『福翁自伝』には同じ頃、深川六軒堀の藤沢屋敷で成島柳北など洋学者7、8人で集会をしたとあり、諭吉曰く藤沢さんは「極の西洋家」。維新後は静岡に移り、少参事→(廃藩後)元老院書記官となったそうです。
…わ、図書館で借りられるよ(↑の本)…読んでる暇ないんだけど借りてこようかな…(こうして泥沼はどこまでも広がってゆくのであった)(合掌)

テレ東で始まった藤澤周平原作の時代劇。>ttp://www.tv-tokyo.co.jp/heishiro/index.html
話そのものは娯楽劇ですが、裏話として水野忠邦vs.堀田正睦とか鳥居耀蔵の暗躍などがあるので、今後の展開が少し気になります。原作読むほどの興味ではないが、息抜きにはよいかも。


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葛生冴 [MAIL] [HOMEPAGE]