みみずのたはごと

2007年04月19日(木)  節目という名の日常。

29歳の日々にそろそろグッバイです。3日後には1つ若返ります。嘘です。
…おかしいなあ、12歳頃の計画では私、すでに子持ちのはずだったんですが。(ナニ考えてたんだ当時の自分)
でも、じゃあ結婚したいのかと言われると、「日々の要請に基いて」としか答えられません。即ち、「早く結婚しろ」と日々突付かれるのが鬱陶しいがために。でも相手がいないのさ。探す気も薄いのさ。圭介とお屋形様がいれば今はそれで充分なんだ。……我ながら痛い奴…。

予定してた会議(仕事)が流れたので、仕事帰りに重い身体を引きずって図書館に行きました(駅と反対方向)。館内整理で休館でした。…くっそー。

あ、来月3日は湾岸をぽつねんと徘徊しております。暇人なので誰か構ってやってください。m(_ _)m

●大河まとめて3回分。
 高坂(大河では香坂)が出仕早々「高坂モード」炸裂だったので非常に萌えました。某コバ●ト文庫の小説がきっかけなので(…)、高坂のイメージはあんなかんじです。実は、その手の策謀家な高坂の登場する小説は実在します。斎藤吉見著『武田信玄』。まだ売ってるのか知りませんが、あれは一読の価値アリ。何せちゃんと信玄×高坂だしな!(……)
 しかし山県昌景(現時点では飯富源四郎)が長身で吃驚した。史実(伝承)の山県は、「袴腰と頭との間、僅か四、五寸」とか書き残されてるほどの小男です…。(つまり胴の長さ15センチ)(馬に乗れないじゃん!と当時武田ファンの間で騒然話題になった…)(お屋形様より8歳年下)(高坂の3歳下)(大河時間ではもう出仕してますけど、実際は天文12年に15歳で出仕のはず)
 先週の放送は、馬場(現時点では教来石)(29歳)の間者っぷりがわざとらしくて笑い転げてました。笑ってたら一転大ピンチでハラハラした(笑)。あと、この諏訪出陣の時に私のご贔屓、秋山信友(高坂と同い年)が華々しく初陣飾ってるんですが…。所詮「武田四名臣」じゃないから省略ですか…。この次の伊那攻めでは福与城一番乗りを果たし、天文15年には20歳にして50騎持ちの侍大将に大抜擢されちゃったりする同年輩中屈指の出世頭なんですが…。どーせ省略でしょうね…。(落涙)
 四名臣は、3人まで出揃いました。最後の内藤修理は、お父さんが信虎の勘気を受けて殺されてしまい、一家で小田原に落ち延びたという人物。帰参時期には天文11年説と15年説があり、大河は15年説を取ってるんでしょうかね。この人も面白い人物です。(とある合戦の配陣で小荷駄隊(補給部隊)を命じられて、「小荷駄はイヤだ」と渋って信玄直々に諭されたというエピソードが…。でも、通称は「甲陽の副将」。どんな副将だ…。)
 そんなわけで毎週が楽しいです。画面に現れない裏ネタで盛り上がってます。


●メッセージ返信
3/29 0:59 中野大木のS様
 嫌がらせじゃなかったんですか? てっきりそうだと(笑) 嘘です、いつも回答に悩むバトンを有難うございますー。自分の中に数パーセントだけあるエンターテイナーの血が騒ぎます。下手な答えを書いたら呆れられる…!と戦々恐々です。楽しんで頂けたということは、我が軍の勝利でしょうか。勝鬨あげてもよかですか?/ 慶喜公は…圭介の立場で見るから混乱するんだと思います>私。関係ないですが子孫の方が出してる本に興味津々です。余裕がなくてまだ読めてませんが。/ 中野大木、楽しみにお待ちしていますvv いついつまでもvvv(注: 嫌がらせではありません)
4/13 22:05 胸板垣に胸キュン(死語)のH様
 板垣と板垣の関係は、甲州側では「〜と自称している」的な扱いです(笑) 乾家の系譜にしか証拠がないそうで。家伝の家系図には怪しいものも多々ありますからねー…そういう意味では馬場も怪しいのかも…。でも本当なのかもしれないです。どうなんだろう。/ 大河は私的には↑の感想のよな印象ですヨ。推して知るべし(笑) 本は…どうだろう。出るのかな…(他人事のように)(をい)


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葛生冴 [MAIL] [HOMEPAGE]