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ぱるたの仕事場日記
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2007年11月08日(木)
休暇をとったものの

金曜日の会議が朝10時に時間変更になってしまったので、夜9時から10時半まで、会社に来て資料仕上げする。
これで準備万端。。。



2007年11月07日(水)
社長登場

今日の午前中、Nさんが長い時間社長室で話をしていた。私が、昨日、社長に確認してノーが出た案件について、どうも食い下がっていたらしい。(社長はシステム開発について、一次開発の全案件が終了しないかぎり、二次開発に入ってはならないと厳命していた。しかしここまで一次開発が終わらないとなると、二次開発が希望の期日までに終わらない可能性がどんどん大きくなる。そうなったときに一番困るのは業務だ。そこで、昨日社長に、一次開発の終わりはもう見えているから、一次が完全に納品される前に二次開発をスタートさせて欲しいと私から社長に打診し、ノーをもらったというわけ)

一次開発が終わらない理由は部長部隊の案件である。一度出した仕様をあとからやっぱりこう変えて欲しい、といった、いわゆるひとつの「後出しじゃんけん」の部分だ。

午後一番に、私とNさん部長秘書の3人が社長に呼ばれ、再度経緯の説明を求められた。昨日は部長、今日は社長がみずから乗り出してきたのだった。

で、細かいことは省くけれど、話の結論からすると、私は自分自身の失敗だと思っていたこと(後出しじゃんけんを招いてしまった)が、部長秘書の(部長部隊の)失敗ということで社長の中では片付けられたようだ。

Nさんがそのように社長に話をしたのかどうかはわからない。

でも、私としては、後出しじゃんけんを誘発してしまった責任が自分にあるとの思いがあったので、なんとなく、後ろめたさが残るような結論だった。

第二次開発のスタートを早めても良いと社長からお墨付きをもらえて、全体としてはよい方向に動き始めたと考えて良いだろうが。しかし。
問題は、この動きを作ったのが私じゃなくてNさんだというところ。
全く以て、私の力不足である。

業務現場の現状認識の厳しさ、切羽詰まった感。私にはそれらすべてが足りなかった。



2007年11月06日(火)
コミュニケーション不足

を指摘された。システム開発に部長部隊が入るようになっても、私が部長部隊に情報提供していない、というのがその理由。どうしてこうなるかというと、業務のNさんが、私が社長に出した書類とかこれからA社に依頼する内容を網羅したリストを見せちゃうものだから、私たちは聞いていない、私たちは見ていない→私たちには知らされてない、見せてもらっていない、と感情的に反発されてしまったのだ。

システム開発に含まれている以上、私たちも知っておかなくちゃいけないことだ、と言われればそうなのかもしれない。でも、本当にそうなのかな。私が社長宛に出した書類がなぜ他人経由で部長の手に渡るのかな。それもちょっといやだったな。業務メインだから業務のNさんには渡したけど、それがいけなかったよね。Nさんに渡すのと同様、部長秘書にも渡していなければいけなかったんだよね、部長の論理からすれば。

もうどうでもいいや。こうしてほしい、と言うのならその通りにすればいいんだろう。確かに私も感情的になっていて、部長部隊をないがしろにしていたのだから、これからは最優先に考えるようにしよう。

この会社に入社して、5年くらいは、他の部門のことも考えて、いろいろネゴシエーションしたり、情報提供したりしているうちに、痛い思いやいやな思いをたくさんした。それで、この会社では余計なことはしない方が身のため、ということを学んだ。でも、それをやらずに貝のようになっているとそれはそれで、また非難されるのだ。

どう考えても正しいことは、「やるべきことをやること。」だろう。

だが、難しいのは、やるべきことの中身。他人の思惑。

やるべきことの中身は、他人の思惑によって変わる。

面倒な話だ。


追記:

採用面談に来る人たちを見ていて思うのは、30代までならまだ何とかなる。40歳超えてしまうともうその人の型みたいなのが出来てしまって、なかなかそれを壊すのは難しい、ということ。もちろん40代でもその場に合わせて柔軟に対応できる人もいる。
少ないが。

で、自分を振り返ってみて。

私も型みたいなのがしっかりできてしまって、心も頭も体も硬くなってしまっているかも知れない。
特に心の部分。
私が仕事をするときは、他の人が楽になるような仕事をする、というのが信条の一つだった。
自分のことはどうでもいいから、他人が喜べばそれが嬉しい、というか、他人のためになることが嬉しい、というか。

いつごろからか、そうした気持ちを忘れるようになった。誰も喜ばないし、私も嬉しくない。私は私の範囲内で言われたことだけやっていればいいのだ。と。
だんだんと志も低くなっていったような気がする。
そしてすっかり堕落してしまった。

もう一度この気持ちを取り戻せるだろうか。





2007年11月01日(木)
システム打ち合わせ

月曜日になんとか話をつけた件で、A社IさんとT嬢が来社。
またしても私は後出しじゃんけんの片棒をかついだ。
なんでA社は、後出しじゃんけんなんかもういやです、と拒否しないのだ。また「ホントはダメなんですけど、いいです、やります」なんて、飲んでくれちゃって。
もしかして、A社って、ぢつは全然困ってない??

今日の会議の目的は部長部隊の追加依頼について。しかし、先日納品してもらったばかり経営諸表のうちある表について、もう新しい修正要望が部長の方から出て、昨日遅い時間帯(私はもう帰ってしまった後で)部長秘書はNさんに話をしたらしい。朝一番でそのことを伝えに来てくれるNさん。本来なら部長秘書から私に話があるべき内容だ。

しかし、Nさんが私の所に行ったのを見たからかどうか知らないが(Nさんはそうだろう、と言うのだが)あとからやってきて「社長の指示で」こう替えたいんです、と私に報告してきた。おかしいな。部長の指示じゃなくて社長の指示なの?昨日社長いなかったじゃない?という言葉は飲み込んで、わかりました、ではそのように今日話をしましょう、と応対した。

結果、会議の席上では、今回の後出しじゃんけんの項目はほとんどこちらの希望通り作成してくれることになり。
わたしもこれで部長および部長秘書に顔が立つという状態になったわけだが。
会議が終わって、部長秘書がヒトコト。

Nさん、ありがとうね」





きーーーーっ!お礼を言うならアタシに言えーーーーー!!!!




2007年10月31日(水)
誕生日でした

今日は私の48歳の誕生日でした。この会社に入ったのは37歳になる前日のことだったから、11年経ったわけですな。自分でもこんなに続くとは思っていなかった。
堤商店で14年弱だから、それに並ぶ年数に近づいてきたのだ。
すごい。びっくりだ。

今日は、部長部隊スタッフHさんのために、社長紹介顧客リスト詳細版を作る。

午後から採用検討会議。

先週採用面談をした2名が予想以上に優秀だったので、すっかり採る気になっている社長。1名は今朝辞退したいという電話があったので、残る1名を、ジュニアの子飼いの部下にするとのこと。夢が膨らんでいる。
来年からは新卒も採るから、資料は揃えてくれた?と聞かれて、まだ専門学校しか集めていなかったので、そのように伝える。

今までは中途採用でやってきたが、新卒を採るということは、人事戦略を大きく変換するということだ、と演説していたけれど、新卒を採るということは、非常に責任の重いことだと私は思う。その人の職業人生の最初にどのような経験をするか、きっとその後の人生に多大な影響を及ぼすだろう。私が見るところ、社内に新卒を受け容れるだけの体制は、限りなくゼロである今の状態で本当に大丈夫なのか。

社長は、やる気のある人間は自分からはい上がってくる、それくらいじゃないと仕事はやれない、と会社側が負うべき責任を棚に上げて、応募者側の自助努力ばかり要求する。ダメだな、こりゃ。




2007年10月29日(月)
なんとか収拾方向だといいな

先週、日記に書き付けることもできないほどつらく感じた部長秘書とのやりとりも、時間が経てば、私の体調や心の具合が悪いときに重なったのだと思えるようになる。

20年以上も仕事をしてくれば、一緒に仕事をしている相手から(いわれのない)不満をぶつけられることも一度や二度ではない。それは、私を否定しているのではなく、仕事がうまくいかないことにいらだっているのだと頭ではわかっているのだが、先週はこんな場所にいる自分がもういやになってしまうという事態だった。

ばからしくてやってられない、とでも言うのだろうか。

今この会社がシステム会社A社にやっていることは「後出しじゃんけん」だ。
もうその片棒担ぐのはいやなのに。

今までの経過を知らず、途中から入ってきた部長秘書に何がわかるというのか。

そう思って彼女を許してあげなくてはいけないのは・・・・私だ。

ここまで気持ちを立て直して今朝一番にA社I氏に電話をする。もう一度だけ、後出しじゃんけんにつきあっていただくにはどうすればいいのか、ご相談申し上げた。あのときのじゃんけんには不備がありました。もう一度出し直しますからよろしくと頭を下げれば、なんとか受け容れてくれそうなところまで、話が進んだ。

11月1日に再度こちらに来ていただいて、部長秘書も含めて打ち合わせすることで電話を切った。