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ぱるたの仕事場日記
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2003年12月26日(金)
大掃除

年末といえば大掃除である。H社のオフィスは禁煙だが、社長室だけは例外。
実はそのために社長室のとなりに席のある私は迷惑してるのだ(-_-メ)

ゴム手袋で重装備した私(手肌が弱いので)洗剤をつけて壁を拭く。脚立まで取り出して天井際から下までキレイに拭きました。雑巾は見る見るうちに真っ黒、というかカーキ色に。思わず社長に見せてしまった〜(笑)

ああ、たばこね、と苦笑する社長。

来年は禁煙しませんか?>社長

さて、この日記も冬休み。次に書き始めるのは多分仕事始めの1月5日。

ではみなさま良いお年を!



2003年12月25日(木)
壁壊し

昨日の業務報告会で、社長がMさんの仕事に関して、H社の受注業務のヘルプに入る件、正式に承認するような発言があった。これで大手を振ってC社、H社両者の受注業務に携われるようになって良かった〜

私がこの会社に入ったとき、数年間秘書不在という状況にいきなり秘書職として採用されたものだから、引継も何も無く、これをしなさい、という指示も無かった。当時いらした古株のお姉さま方にいわれたものだ。「え?ぱるたさん?あの人、なんにも仕事無いじゃない?」と。

堤商店(仮名)における私の師匠H氏の教えがここでも役に立った。「壁壊し」

あなたの仕事はここまで、というような壁にこだわる必要は無い、そんな壁などどんどん壊して仕事を開拓せよ。あなたが開拓した仕事はあなたの仕事になる。そして最終的には会社に貢献できる、という教え。
秘書という名目で採用されたが、秘書業務とされる業務なんてほとんど無かった当時、秘書業務とされる業務以外の分野にも手を出し、既成事実を作る。自分の実績とする。私はそれを実践した。

まず、全く管理されていなかった人事管理業務。この会社には労働基準法もへったくれもなく、なにしろ有給休暇という概念がほとんど無いに等しかった。ある意味休んだもの勝ちだった!

入社して6ヶ月間の勤務実績が8割以上の場合、7ヶ月目から1年間を初年度として10日間の有給休暇を会社は与えなければいけない。20日を上限として、前年勤務実績が8割以上で翌年は1日ずつ増えていき3年目からは2日ずつ増える。こんなことを社長に教える(?)ことから私の仕事が始まった。

就業規則も作った。社長もそのうち、給与制度や昇格制度、人事評価制度も作りましょう、と言ってきた。多くは社長がフォーマットを作ったが、原案となる資料づくりは私。そんな風にして人事管理の基本はこの会社に導入できたのかな、と思う。ただし、その後、あまりにも遅刻の多い人がいて、社長が逆上(?)、遅刻早退欠勤に異常に厳しい制度に変えてしまったのが今はちょっとだけ悩みの種。だって、労働基準法に抵触するんだもの・・・。

そうこうするうちに、何となく秘書の壁を超えた秘書として、社長にとっては便利な存在になっていったのではないかなぁと思う。

Mさんも販促企画だけでなく、定型的な管理業務も身につけておけば、こういう小さな会社で生き残るためにはかなり有利なのではと思う。販促企画は言ってみれば水物。明日は無くなるかも知れない業務だ。その点、H社のように基礎ができている会社の管理業務は無くならない。

Kクンがやめさせられたことを巡ってMさんと話をしたとき、彼女自身、本能的にそれを感じているようであった。何も感じない鈍感な人なら私もそんなこと薦めたりしない。Mさんが鈍感な人じゃなくてよかった。

さて、今日は書類整理など、年末大掃除の準備。自分のデスク回りのことって、なかなかふだんはできないので、先に済ませることにした。捨てる書類がいっぱいだ。でも、やり残している仕事、たとえばシステム開発関連など、捨てるに捨てられない書類もある。来年もこれを引きずるのね。ああ、頭が痛い!

のんびり書類整理などしていたら、社長から「Iさん呼んで」と声がかかる。暗いイヤな雰囲気。思った通り解雇通告だ。彼女の場合、ある意味ではH社きっての営業のエースだったのだが、何せ勤務態度が最悪。部長が何度も社長に直訴していたのだが、特約店からも人気がある彼女を切ることがなかなかできなかったのだ。しかし、今月も出社日数が半分以下という状況にさすがの社長も堪忍袋の緒が切れたらしい。
Kクンの時と違って非常にクールな解雇通告だった。

その後今度は私が社長室に呼ばれ、年明けに人材募集の手配をするよう指示を受けた。

年末二人も解雇か・・・。何だかなぁ・・・。



2003年12月24日(水)
あわただしい一日

これと言って特に急ぎの仕事もないのに、年末の一日、結構あわただしく過ぎていった。今年最後の業務報告会で、社長が来年の抱負をぶち上げる。1ヶ月ほど前に冗談とも本気ともつかぬ雰囲気で私に話していた「この界隈のエリアマーケティング」が、2番目の抱負として熱く語られる。ああ、困った。ぱるたさんにはもう既に指示しているが、なんて言ってるよ。はぁ〜。一気に暗い気持ちに(笑)

夢を持つのは自由だ。来年こそ夢と希望を持とうと社長自ら会報誌にも書いていたっけ。
常に前向きに夢を語れるっていうのも社長族の資質の一つか。

さて、クリスマスイブの今日、心なしか、みな帰りの仕度が早い。私も終業時間早々に会社を後にした。



2003年12月22日(月)
オフィスキーピング

社長も暇だ。ジュニアも暇だ。忙しいのは年末調整等を担当している経理と、年末受注が集中している業務部だけ。業務の担当者EさんはA嬢が抜けた後すべて一人で切り盛りしていたが、さすがに一人ではまかないきれなくなってきた。先日少しだけ新人Mさんも引き込んでおけば?と耳打ちしておいたのを実践したのか、ジュニアの所に、今日だけMさんお借りできませんか?と言ってきた。Mさんとてヤフーショッピングの準備とC社の受注業務を少しだけで大方時間が空いているのだ。ジュニアは「来年の今頃は貸してあげませんけど、今年はまだ良いです」と負け惜しみを言いつつ(笑)許可していた。

私が思うに、Kクンがあのようなことになったので、Mさんも危ない。しかし彼女は長く勤めたいと希望しているので、出来る限り「いないと困る人材」になっていなければならない。Mさんにもそのように耳打ちしておいたので、C社の仕事だけでなくH社の仕事も積極的に手伝おうとしている。
年末ちょうど良いタイミング。こっそりしっかりH社の仕事も覚えて欲しい。

さて、今日私が社長から受けた指示(?)は、この3つ。

「ぱるたさん、カレンダーある?26日の大掃除の時に全部張り替えてしまおう」といって一緒にカレンダーを見繕う。「じゃ、これは業務、これは社長室・・・」「わかりました。では26日に。」(26日までカレンダーをしまっておく)

「ぱるたさん、今度の台湾−成田の呼び寄せチケットの支払い、面倒だからカードでやってしまってちょうだい。アメックスでね。」「はい、承知しました。」「カード番号分かる?」「ええ。私の方で控えておりますので。では、ここにサインだけいただけますか」(台湾とのやりとりで、カード支払の場合は「授権書」とやらにサインが欲しいと用紙が添付書類で送られてきていたのだ。文字化けするのでWinで開いてもらった書類にサインをもらう)

「ぱるたさん、台湾行きの時間が確定したら、特約店のNさんとSさんに伝えておいてちょうだい。なるべく時間を合わせて行けるようにと、ね。」
「はい。かしこまりました。」(でもまだ確定してないから今日はできない)

午後は、社内の文具品が入っている棚の整理を行った。またオフィスキーピングだ。かなりものを捨てたのでキレイさっぱりしてしまった。気持ちいい。



2003年12月20日(土)
昨日の忘年会

昨日の忘年会は魚真というお魚が得意な居酒屋で行われた。確かに言うだけのことはあり、お刺身も唐揚げもおいしかった。カニコースで、毛ガニとズワイガニのゆでたのが、大皿にぼんと載って載って出てくる。でもカニの一つ一つが小さくて、沈黙の宴会とまではならなかった。

私的には、先日の台湾出張時のトラブルについて、笑い話として社長と話ができて良かった。特に、Tさんやジュニアが、あの時の私の様子や、いかに私が落ち込んで(?)社長のことを心配したか、かなり詳しく(笑)話してくれたので、少々救われた。社長はそれを笑って聞いていた。そして、あのときは結局片道10万円かかった上に、現地でアンティーク宝石の買い物を現ナマ40万でしてしまったもので、お金が足りなくなってしまった。でも台湾にはキャッシング機能がなくて困った!なんて話をしてくれた。

アンティーク宝石とは、今回相手になった某団体の大物の一人が片手間にやっているビジネスだったのだ。そりゃ、買わないわけにはいかないわね。

忘年会が終わるともう本当に年末。あと1週間で年末年始休暇だ。早いなぁ・・・



2003年12月19日(金)
年の瀬というのに

一般社員とっては寝耳に水だったが、社長の中ではかなり前から決めていたのだろうと思う。C社の営業K君が今日、解雇された。
理由はやはり営業成績の不振。

しかし、何だなぁ。もう少し前に解雇予告なり、なんなりがあっても良さそうなのに。急に社長室に呼んで解雇を言い渡すのだから、言われた本人もびっくりしたことだろう。相手があのK君だから穏便に済んでいるのであって、普通だったら訴えられてもいいようなやり方じゃないかと思ってしまう。

こういう小さなオーナー企業ならではの出来事があるたびに、少しだけ落胆する。

以前リストラされたC社のSさんもお盆休みの直前に解雇された。もっと前に使用期間終了とともに解雇された人もいたが、彼はK君とおなじ年末の解雇だった。盆暮れに気をつけろ、C社リストラ・・・な〜んて悪い冗談の一つも言いたくなってしまう。

今朝、とらばーゆとBingの1月掲載テーマ予定表を手に入れるように指示されたが、K君の後任探しなのか、それとも、H社の勤務態度が悪い某スタッフの後釜さがしのためなのか。

最近はこうしたトップシークレットについては、社長はすべてジュニアと二人で相談して決めている。ジュニアは非常に素直な人なので、社長の言うことをだまって良く聞いている。ときに説教臭い話にもなっているようだが、これも帝王教育の一環。世間によくある父子の確執というのは、H社社長父子には一切無いようである。

今日は会社の忘年会。K君のお別れ会になってしまったなぁ。

K君と話をしたら、まぁお互いにそういう時期かなと私も思っていたんですよ、とのこと。両者の気持ちが一致して良かったと言うべきか。年明けからの就職活動に幸あれ!>Kクン