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ぱるたの仕事場日記
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2003年11月21日(金)
ダメの撤回

ここのところ秘書な毎日だ。
毎月、全国各地で主要な特約店を集めてビジネスフォーラムと称する会議を開いて、特約店教育に余念がない社長。今月は、来週半ばから、大阪、神戸、福岡と3カ所回って来る予定だ。

大抵は、各地に世話役の上級特約店がおり、会議の場所を探してくれたり何かとセッティングをしてくれるのだが、育成途中の特約店の場合はまだ何から何までこちらが世話をしてやらなければならない。今一番力を入れて育てているのは福岡の特約店で、今回は、経費までH社の方で面倒を見ることになった。

さて、市内某ホテルの会議室を借りて午前11時から午後1時まで会議、1時からは1階のカフェ・レストランに場所を移してランチを取る段取りである。ランチの予約は本日入れた。
しかし、このカフェ・レストラン「申し訳ないのですが、うちは昼はランチタイムがスタートする11時半からのお客様しか予約を受けてないんですよ〜ですから1時からというのはちょっとお受けできないんですよ〜。」と仰る。
たまにランチで並ぶことがあるが、並んでいるお客を尻目に予約客が悠々と入っていくのを見て並んでいるお客からクレームが入った。以来、予約は11時半以外は入れなくなったと言う。

しかし、そこで引き下がる私ではない。

「そうですか。困りましたね。・・・・実は、ホテル内の別の場所をお借りして11時から1時まで会議をしているのです。会議が終わって、場所を改めてランチという段取りなので・・・ですから席があいているかどうか、当日その場で確かめるわけにも行きませんし・・・。」
とこちらの窮状を訴える。
先方は、「はぁ、そうなんですか。どうしましょうか。う〜ん困ったなぁ・・・」と言いつつ、ただの飛び込み客ではないとわかり、少しずつ態度を軟化させる。何往復かの問答があって
「どうしてもうちでなければダメですかねぇ」と聞いてくるので、私もダメ押しの一言。
「ええ、そうですねぇ。社長がそちらのレストランがとても雰囲気が良いと申しておりますし、会議の後ですから、あんまり堅苦しいのも何ですから。。。。」

そして、少し黙っていると、

「分かりました。何とかしましょう。その時間の予約、入れておきますよ!」

やった〜!

「ありがとうございます。助かります。」ときちんとお礼を言って「H社の社長で○○の名前でお願いします」と予約名を告げる。最後にまた「無理を言って申し訳ありませんでした。でも助かりました。どうぞよろしくお願いします。」と頭を下げて電話を切った。

だめなものをだめでなくすること、しかも相手から、気持ちよく、だめを撤回してもらうこと。
かなり得意かも(笑)



2003年11月20日(木)
採用見送り

先日熱烈なお手紙攻撃をしてきた応募者に関してさんざん悩んだ結果は「採用見送り」。

実は、業務部のEさんが非常に優秀なせいで、今まで二人でやっていた仕事を彼女ひとりで楽々こなしているので、途中から社長は新規採用する気が失せてしまったのだ。しかし、採用活動(というか面談?)が大好きな社長、せっかく応募してきてくれた人たちに一度も会わずにそのまま不採用にするのは忍びない。それに、もしかしたらとってもいい人がいるかもしれないから一応は会ってみよう、というスタンス。
でも結局全員不採用となり、今回ハローワークには引き続き求人は「希望しない」ということになった。

その旨Eさんに伝えると、「ときどき(社長が)ふらっときて、“大丈夫?”って聞くんですよね。大丈夫です、って答えてたんですけど、そう言ってちゃいけなかったんですね〜」と言って笑っていた。仕事が好きな人は量が増えてもそれほど苦にしない。彼女もそのタイプの人のようだ。若くて身軽ということもあるのだろうが、少々の残業も気にしていない様子。逆に妙にだれかに手伝ってもらって仕事が分散するよりも、自分で処理してしまった方がすべてを把握できるし気が楽、と考えているようでもあった。今の分量ならそれも良いだろうと、実は私も思う。

そうそう、私が電話で一次テストするよう指示された人は、面談の日程がだいぶ先になってしまうと聞くや、自分から応募を辞退してしまった。

ちなみに、訛はほとんど感じられませんでした(笑)

さて、今日は社長が突然思いついた『顧問の先生方に原稿を書いてもらおうプロジェクト』がいきなりスタート。年頭に全国の特約店に出す会報誌に、3人の顧問の先生方それぞれにテーマを与えて一筆書いてもらうというのだ。 その事務局は当然私だ。早速それぞれの先生方にお手紙を作り、FAXで送ったり郵送したり。人によっては原稿用紙も作って同送する。 でも、テーマと言いつつストーリーまで社長が口を出すのは、先生方にちと失礼じゃないか?お陰で社長の意向を汲みつつ先生方に失礼の無いような依頼文を書くのに苦労してしまった(^_^;。

さて、〆切は2週間後。ちゃんと先生方書いてくださるかな?



2003年11月19日(水)
英文レター

台湾出張でお世話になった方々へ写真を送ったことは先日書いたが、お一人だけ現地のお医者様がいらして、その方については日本語が通じない。英文レターを送るしかないねぇ、と社長が指示とも希望ともつかないことを言って写真と名刺を私に渡す。
どうせ私が書く英文など拙いを通り越してカッコ悪いに違いない。
早々と白旗をかかげて米国留学2年の経験者ジュニアに相談。
ジュニア、少し考えさせてください、と写真と名刺を引き取った。その後、どうするのかなぁと見ていると、何か書いたものを部長に見せている。部長はいわゆる帰国子女だ。ハワイ生まれのハワイ育ちの日系2世。来日したのは大学卒業してから、というから、日本語より英語の方が得意なくらいだ。
どうやら部長が全面的に書き直してくださったらしい。
私は部長に頼むのはさすがに気が引けたからジュニアに相談したのに、ジュニアったら・・・

しかし、さすがにネイティブ部長。ジャパニーズドメスティック(?)な私が読んでもすごくステキな文章だ〜

Dear XXXX

I'm very grateful to you for the hospitalities extended to us.

It is my pleasure to have an opportunity to know new world which impressed me very much giving unlimited hope to all the patients who are suffering from cancer.
I'm enclosing pictures and hope everyone of this member will be able to join the ladders end to end with each one's own field.

Sincerely yours,

社長に最後はサインをしてもらって、写真を入れて封をした。あとは郵便局に行って出すだけ。

さて、特に急ぎの仕事もない本日。そろそろ重い腰上げてシステム開発第2フェイズの指示書づくりでもしましょうか。ああ、気が重い。



2003年11月18日(火)
訛は困ります?

A嬢退職後の欠員補充のためハローワークで募集をかけたら5名の応募があった。先週の金曜日に面談。4名が来社。しかし、面接終了後、社長曰く「今日の人たちはみんな訛があるから、ダメだね。まぁ、すぐ必要ってものじゃないし。」
「はぁ?訛、ですか?」と私。
「そう。客と電話で応対しなくちゃいけないから、言葉ははっきりしてないとね。」
なるほど、そうですか。

20日までに不採用の旨連絡を入れるようにとの指示。今日その処理をしようと思っていた矢先、先日の面談にきた一人から社長宛に手紙が届いた。直接会社のポストに投函したのか、切手が張られていない封書。ちょと恐いよ、そういうの・・・

ところが、それを読んだ社長、気持ちがぐらぐらっときたらしい。

もう一度その人の書類を戻すようにと声がかかった。私が持っていくと、う〜ん、とうなりながら履歴書を見直し、私に「これ、どう思う?・・・手紙をもらってしまった。」と悩ましげである。

どう、といわれてもなぁ・・・おとなしい感じのまじめそうな印象だったが、私がどうこう言えるものでもない。はぁ・・・と言って、言葉を濁していたら、ま、もうちょっと考えてみるから、と書類をデスクの横に置いた。

午後になって、遅れてもう一通応募書類が届いてしまった。一次面談に入ったので、ハローワークの方はいったん求人を止めていたのが、どうやら行き違いで送られてきたらしい。秋田で9年ほど働き、結婚と同時に上京、東京で就職活動をしている人らしい。
その書類をもってまた社長室に行くと「秋田から来たばかりねぇ。訛があると困るんだよね。東北訛で電話出ると会社全体が東北の会社のように思われる。」とまた訛話だ。
そして再度、朝の人の書類を取り出し、「この子もねぇ、よく考えたら言葉がはっきりしなかったんだよねぇ・・・う〜〜ん」

じゃ不採用決定か?と思いきや、また書類を自分のデスクの横に置く。

社長をここまで悩ませる、お手紙攻撃の効果抜群である。

さて、遅れてきた履歴書の主には、結局、私が電話して少し話をしてみて訛が気にならなかったら面談する、ということになってしまった。やだよ〜〜、そんな役回り〜〜



2003年11月17日(月)
マメなだけじゃ勿論ない

社長はマメである。外部の人と一緒の出張などは、必ずカメラ持参で出かける。そして至る所で記念写真を撮ってきては、人数分焼き増しして、みなに挨拶をかねて郵送する。
写真ができてくると、しばらくそれを眺めて楽しむ。そして、最近はプリントインデックスという便利なものもあるので自分で枚数を書き入れ、自分でDPEに行って焼き増しを頼んでくる。できあがるとそれを渡す人別にきちんを分類してデスクの上にキレイに並べ、それぞれの写真の山の上に該当する人の名刺をおき、そして、おもむろに私を呼ぶのだ。

今日の写真の主たちは、先日の台湾出張で一緒だった人々。もともとH社の特約店開発とは別に、K大医学部のS教授からビジネスのお誘いがあり、関連する人々が台湾に集まって、病院の視察や製薬会社などを回るという案件があったのだ。医者あり、コンサルタントあり、医療法人の副理事ありとバリエーションに富んだメンバー。一人一人、お手紙をつけて写真を送るよう指示を受けた。

今回は、ビジネスでこれから関係を持てそうな方からもう二度とお会いすることもないだろう大学の先生まで、7人の方々に4パターンの文面を用意した。珍しく私の文案に赤が入ったので、今回の台湾案件に関して社長もかなり力が入っているのだということが分かってきた。マメなだけじゃ勿論ないのだ。
一人の方にはH社の全製品を送るという念の入れよう。

将来的には自社製品を使った病院経営という壮大な夢に向かって、もしかしたらこれが小さな第一歩になるのかもしれないんだもの。
粗相のないよう、私も丁寧に準備を整えた。(何て良い秘書なんでしょ!(^_^;)



2003年11月15日(土)
私の実態

いざとなったら何でもできる、何でもこなしてしまう器用貧乏な私、と昨日書いた。

が、実態は『何でもできるけど、何にもできない』が正しい。

最初につとめた会社、堤商店(仮名)における私の師匠H氏の教えの一つ。

会社員は言われたことは何でもできなければいけない。でも、その道のプロじゃないからそれでできた、それができる、と思ってはいけない。実は会社の外に出たら何もできない同然なのだ。それを忘れるな、というようなことだったと思う。

この教えが正しいかどうかはわからないが、会社というところにつとめているかぎり、少なくとも私には良く当てはまっていると思う。

だから私は専門職で仕事をしている人を尊敬する。その道でずっと働き続ける人を心の底から尊敬し、憧れる。

今更自分が何ができる、というわけではないけれど、今日は休日だから、自分がやってみたかった職業や憧れる職業を書いてみましょ〜。

子供の頃は断然お医者さんだった。(でも私って完全文系だったのよね(T.T))
堤商店に勤めている頃は、セラピスト。産業カウンセラー。(ちょっとマジになりましたけど、私にはムリとわかりました)
憧れるのは、看護師。(医者と並んで世のため人のためになる良い職業だと思う)
最も尊敬するのは、自分でつくり出す人。料理人。芸術家。一部の学者・・・。

さてお遊びはこの辺でおしまい(^^)