-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 迷わず行けよ 行けばわかるさ

長年のトロント生活にピリオドを打って、日本へ帰国するSと食事に行った。既に決まっている、日本での就職先のパンフレットとか見せてもらったら、何だかホッとした気分になった。

常々、俺はSを見るたびに「こいつは日本だったら活躍の場が沢山あるのにな・・」と思っていたし、カナダの【なんちゃって日本企業】に染まってしまうのは勿体無いと思っていた。

もちろん、本人の意思は別だろうが、傍から見ると「これでいいのか!?」と自問自答してる姿が見えてくるんだよな。

たぶん、海外に住む日本人は少なからず、日本とカナダを比較しながら日々の生活を送っている。

「カナダの銀行ATMが24時間なのはいいな」とか、

「日本のマクドナルドは、愛想が良くて最高!」とかね。

生活するだけならいいが、仕事だってしなきゃならない。この“仕事”となると、日本とカナダを比較した時のズレが半端じゃないと思う。

まず、日本に居た頃の地位や実績を、一旦ゼロに戻さなきゃならない。これは日本での勤めが長ければ長いほど堪える。「日本だったら、このやり方で評価されたはずなのに・・」とか「そんなの日本の企業じゃ通用しないよ。」という仕事のスタイルを要求されたり。

日本でやってた仕事の2つも3つもランクを下げた仕事を、平気で続けられる人なんて居ないじゃない?皆どこかで悩んだり、我慢したりしてる。

俺はね、よほど海外じゃなきゃ生きて行けない、という人(いるか?本当に)とか、海外で経験を積みたいという人じゃなければ、海外で日本のエリートが仕事するのはただの【才能の損失】だと思う。

年齢、若けれりゃいいよ。でもいい歳になると、今度は日本での就職も難しくなるしね。日本に帰ると、周りから「海外で仕事して生活して、カッコいいよね」と羨ましがられるかもしれないけど、内心「日本じゃ、もう社会復帰できないんだよね、俺・・・」と嘆いてるかもしれない。

確かに、海外だと人の目を気にしなくていいし、自分らしく生活できる。それを捨てて日本へ帰国するのは、大変な勇気だと思う。だからこそ、自分が本当に生きる場所はどこか?と見極め、その決断をしたSを頼もしく思う。

この道をゆけば どうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せば その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けばわかるさ

頑張れよー!

2004年01月14日(水)



 やばい、腱鞘炎

昨日までで、一応オーダー三点中二点の作品を仕上げた。今年は画家モードのくせに、筆を握るのは久々なので、かなり苦戦した。

外は激寒いので、内に篭るのにちょうどいい。このままの勢いで個展【Smoke Screen】用の新作に取り掛かろうとしたら、う〜ん、デカいキャンバスが欲しい。と思って近所の画材屋で48x36のキャンバスを2枚買う。

最近は小さい作品ばかり描いてたけど、この間会場を見たらやっぱりデカいのが描きたくなってきたんだよね。早速、下地のジェッソを塗る。この作業が一番楽しい。何も考えず、思いっきりガァーッと塗りたくって乾かす。カナダは湿度が低いお陰で、速攻で乾く。

夕飯を食ってから本格的に下絵を描く。今回は【雪景色】を描きたくて、珍しく木立とかを登場させてみた。都会の中で見つける、よく手入れされた公園を望むCafeが舞台。

主人公となる女性の顔は空白にしておいた。頭にイメージはあるけど、下書きせずに描いてみたい気分なので。その代わり、背景の街並みにめちゃくちゃ拘った。建築本や写真集を片っ端から取り出して、ニューヨークとモントリオールとパリを合わせたような感じにした。

9時間ぶっ通しで描いて、やっと背景の1/3だなんて、ちょっとヤバイ。腱鞘炎になりそう。キーボードを叩いてるのも辛い。この辺で終わろう。


2004年01月13日(火)



 妥協が嫌なら、金払え

午後からRafiのオフィスへ行く。すっかり模様替えしていて、居住スペースとオフィスの場所が入れ替わってた。次のプロジェクトの為に、日本人のウェブデザイナーを探しているというので、友達のHちゃんを紹介することになっている。

少し遅れてHちゃんが到着。プロジェクトに関する事を1−2時間くらい掛けて説明。今回、俺は関わってないので何とも言えないが、色々と難しい問題がある。基本的にRafiが望むのは【ボランティア・ワーク】。つまりタダ働き。

よほど利害が一致してないと、それは難しい。俺も今までたくさんの人達にボランティアをお願いしてきたけど、あまり大きな負担にならないように気苦労が耐えなかった。以来、重要なことは専門業者に頼むことにしている。

たとえば、日本語から英語の翻訳は、簡単なモノなら自分やスタッフで何とかなるけど、展覧会のステイトメントとかは、一語の違いで意味が180度変わってくるので翻訳業者にお願いしている。やっぱりその方が言いたい事言えるし、何度でもやり直ししてもらえるからね。スタッフに頼むと、どうしても妥協が生まれてしまう。

ボランティアが8人くらいいた【Tokyo Doll】の時もそれが顕著に出て、その妥協の穴埋めをするのに余計な仕事が増えたりした。やっぱそれは良くない。ただでさえ自分に余裕が無いのに、次から次へと連絡ミスや行き違いが生じて、結局自分で自分の首を絞める事になる。だったら、多少お金を払っても、「完璧な仕事をしてくれ!」と言える方がいい。

まぁ、貧乏画家のくせに、こんな事言うのはおかしいが、【妥協が嫌なら、金払え¥】って事かも。いや、まじで。

長い目で見て、金払うのと、妥協を選ぶのとだったら、やっぱ妥協が無い方がいいし。

2004年01月10日(土)



 いつか日本へ

昨夜の本屋の一件以来、ずっと日本行きのことを考えていた。

あぁ、どうして俺は日本に住めないんだろう?俺はいつでもWelcomeだけど、日本が俺をWelcomeじゃないからな。物理的に住むことは可能だけど、日本のヴァリューに換算したら俺の価値はゼロだ。他の誰でもなく、自分自身がそう感じる。

俺は、出来ることなら日本に住みたいし、頻繁に帰りたい。でもアーティストとして日本で生活出来るか?って聞かれたら、答えはNOだ。無理。少なくとも今の俺はね。でも、こっちに住んでいれば、それが出来る。ただそれだけの理由だけど、それが一番大きな壁だ。

カナダには毎年多くの移民や学生、ワーホリが日本からやって来るが、カナダじゃないと生活出来ない!という人はそんなに多くはないはずだ。

実際、そういう人の多くは、日本で働いていた頃の何10分の1という給料で仕事をしたり、なかなか思うような仕事に就けなかったりしている。それでも何故、この地に留まっているんだろう?ふと、そんな事を考えてみたりもする。

日本がいつか、俺みたいな人間を受け入れてくれるまで待つか、それともどこに住もうが生活できる自分に成長するか、二つに一つ。いつか堂々と日本の地を踏んでやる。


2004年01月09日(金)



 筆おろし

今日は体感気温ー30℃という、とんでもない寒さに見舞われたトロント。日本の暖かい皆さん、恨みます(笑)

ほとんど閉じこもりで、新年初筆おろし。まず発表した個展用より先に、お客さんから特別オーダーされてる絵の制作に励む。3枚あるけど、そのうち2枚はほぼ構想がまとまってるので、2枚同時進行することにした。

去年くらいから、こういう特別オーダー(業界ではコミッション・ワークと呼ぶ)が増えていて、いつもの好き勝手に描く絵には無い、違った表情が出ることがあるので面白い。

夜、気分転換にオンライン書店を徘徊。欲しい本が多すぎる!新書を抜かして、雑誌だけに絞ったけど【Esquire】や【Brutus】、【Studio Voice】のバックナンバーなど5−6冊を注文した。海外だと送料が一冊当たり$10以上するし、関税なども加わるのでバカにならない出費。

次に住むなら、絶対に日本の本屋がある土地にしようと思う。そうするとカナダじゃないよなぁ。ニューヨークかLA。LAに住むって事は無いだろうけど。

気分転換を終えて、再びキャンバスに向かうが、ちょっとスピード・ダウン。本屋のあるニューヨークに早く行きたい!とか考えてたら、無性に日本に行きたくなってきた。

2004年01月08日(木)



 ダイアナ妃

故ダイアナ妃の遺品展【DIANA a celebrate】に行ってきた。会場は【Tokyo Doll】をやったDesign Exchangeということもあり、関係者で入れてもらった。ラッキー。

チケット代が$25と、海外では”超”高額の入場料のため、何かと非難を浴びていた同展。しかし、そんなにダイアナ妃に詳しくもなく、また興味も無かった俺が何故か今回は「行かなきゃ」と強く思ったんだな。

もう20年前になるけど、1981年のロイヤル・ウェディングは今でも頭に焼き付いてる。多分、日本の加熱報道の賜物だと思うけど(笑)それこそダイアナの服装、一挙手一投足に注目が集まった。それをワイドショーや家族が買ってきた雑誌で見た覚えがある。

後年は何かとスキャンダラスな報道ばかりが目立ったが、一方ではエイズ撲滅や難民救済、そして地雷撤去等のボランティア活動を積極的に行うなど、俺にとっては「平和活動家」としての印象の方が強かった。

だから展覧会では、そういった平和活動の経緯や記録を見てみたいと思って出掛けたんだよね。装飾品やドレスとか、そういうのはどうでも良かったんだけど、実は一番目を惹かれたのは、あの結婚式の時に着てたウェディング・ドレスだった!!自分でも「マジかよ!?」って思うくらい鳥肌立ってしまったんだよね。

もう、何て言うか、ダイアナ妃には会った事ないけど、ドレスから気品がブァ~って漂ってくんだよ。前にジョンレノンの愛用してたギターを見た時も、同じような感じがしたんだけど、今回それほど思い入れもない人のはずなのに、これだけ強く感じたって事は凄い。

その瞬間、「これは特別だな」って思って【Bits】のアート・コラムで記事として取り上げようと思った。その後に、ダイアナの葬儀の模様を上映してるコーナーに辿り着く頃には、頭の中にあるダイアナの記憶がすべて出てきて、ずーっとグルグル回ってた。

これはホント行って良かった展覧会だった。それから館長のリンダに、ダイアナ展の写真や資料を送ってもらうようにお願いし、出口にあった売店でカタログやグッズを買い漁る。お約束(笑)

2004年01月07日(水)



 寒さにもめげず・・・

すげー寒い。多分、今冬一番の冷え込みです。

【Bits】のショップ・ページで取り上げる店を幾つか紹介することになってたので、スタッフのKちゃんを連れて、ジュエリーショップ【Draganov】へ。またも不在!しかし、ドアには「Back in 10min(10分で戻ります)」の張り紙。こんな寒さの中、とても10分待ってられないので、近くのカフェ【Butler's】でお茶をする。

10分どころか、20分くらい後にやっと店が開いた。オーナーのGeorgeは居なかったので、トレーシーとミーティング。年末のトレードショーに何故出店しなかったの?と聞くと、「アレもかなり商業主義に走っちゃってるから、合わなくなってきた」との意見。

確かに、最近の【Draganov】は、店内でエキシビションをやったり、身に着けるだけじゃなく、壁にも飾れるフレーム付きのジュエリーをリリースしてたりして、かなりアーティスティックな展開になってるし、その意見には納得。

お喋りもほどほどに、次の店へ向かう。Queen Westに新しくオープンしたデザイナー・トイ・ショップ【Magic Pony】だ。そう、あの【Tokyo Doll】でスポンサーになってくれた店。

あの頃は、ちょうどショップがスタートしたばかりで、ウェブ販売専門で、彼らの自宅がオフィスになってたっけ。それが12月末に念願のショップをオープンしたんです。

訪れるのは初めて。真新しいフローリングの床に、思ったよりも広い空間。そこに、小奇麗にフィギアやトイが並んでる。奥さんのクリスティンが忙しそうに在庫を補充してた。取材の件もOKで、しばし談笑。

それから三軒目のショップ【Fleurtje】へ向かう。ここはクリスマスのOne of a kind showの時に知り合ったお店。オリジナルのバッグがすげぇカッコいい。ここも取材OK。

一気に三軒廻って無事任務終了。その後郵便局で荷物をピックアップしてから、KingにあるWギャラリーへ。やっと自分の仕事ができる。

2月、もしくは3月に個展をお願いされているが、この日ちゃんと会場を見て、3月にやることに決めた。グランド・ピアノや天窓がある一番大きなスペース。契約書や注意事項の確認をして明日改めてサインすることにした。



2004年01月06日(火)



 個展やるかも?

昨日まで、ずっと温暖な天気だったが、今日は雪。

朝イチで、某WギャラリーのディレクターPaulaさんがスタジオに作品を見に来た。Wギャラリーは慎也さんがよく個展をやってる所で、グランド・ピアノが置かれたロフト風の内装が好きなギャラリー。

そこで2月か3月に個展をやらないか?というので、一度作品を直に見てもらった。このギャラリーでは、風景画の作家が多いので、俺もやっぱりそっち系(風景中心の)がいいの?と聞くと、いつも通り人物中心のものでお願いします。との事。意外だ。

条件的に悪いものは無いが、売れた場合のコミッションが少々高い。まぁ、それでもニューヨークに比べたら普通なんだけどね。

明日にでも、会場の内装を確認して、はっきりと日にちを決定するつもりです。

Paulaさんが帰ったあと、入れ違いにRafiが来て、色々とミーティング。そういえば新年初顔合わせである。彼が11月にやる展覧会の話がメインで、そこに【アドバイザー】という形で協力して欲しいという。

今までも、フレンドシップの延長線で、出来ることは協力してきたし、今更そんな名前なんてどうでもいいと思ったけど、政府に補助金の申請を出す時や、日系スポンサーにお願いするときにどうしても俺の名前が必要だとか。

そんなの無くても、Rafiの人脈だったら全然問題ないと思うけど。でも、常に全力でバリバリ仕事してるアイツを見ると、ほんと感心する。見習わなければ。


2004年01月05日(月)



 カレンダー完売

午後に【Bits】オフィスへ顔を出す。みんな正月返上で忙しそうだった。知人の店をショップ紹介のページに出してもらうため、編集のKを連れ出して、ジュエリーショップDraganovへ行く。が、休みだった。こっちの確認ミス。

帰りに近くのサブカルチャー・ストア【Beguiling】に立ち寄って、カレンダーの売上金を貰う。ほぼ完売!うれしい。

3月にトロントのコンベンション・センターで開かれる【Inside Art Expo】にて、日本人アーティストを集めた Japanese-Sectionが出来るらしい。以前から何度かオファーを貰っているが、ブース代が高いので拒否しているけど、JCCC-日系文化会館の協力もあるとの事で、何らかの要請がありそう。微妙〜。


2004年01月03日(土)



 オタクの素質

日本と違って、あまり年末という雰囲気が無いので、恒例の年末大掃除なぞをしていなかった。そしたら何故か突然夜中に掃除したくなって、ちょこっとだけやるつもりが、やり出したら止まらなくて、デスク周りの掃除から書類整理、空気清浄機のフィルター交換などを一気にやる。はぁ〜、スッキリ。

それからパソコンの中身も掃除して、バックアップやデフラグを繰り返す。近頃、容量不足を感じていたので、近所のショップで80Gのハード・ディスクを買って追加した。

半年前にパソコンがクラッシュした時にお世話になったショップなので、正月価格に値引きしてもらった。

取り替えた余りのハードディスクを、屋根裏に眠っているオンボロ機に載せ変えて使おうと思い、取り出してきたはいいが、これが大変。

機種が古すぎてBIOSのアップデートが出来ない。マザーボードも取り替えないと今の環境で使うことが出来ないっぽい。ちょうど一つ前のマザーが余ってるんだけど、それを搭載するには新しいタワーケースも必要だし。

結局、Collegeのパソコン街に行って、安いケースを買った。ファンや電源もついでに中古で買ったので、まとめて結構な出費になった。これは何が何でも使えるようにしないと!

マザーの交換なんて始めてなんで、かなりヤバイ。説明書も無ければ、マザーの機種名さえも分からない。ただ基盤に書かれてる文字を頼りにピンをさしていく。合ってんのか相当不安。

一昨年まで隣の部屋に、エンジニア経験のあるKくんが住んでいた頃は、何かあれば全部彼にお願いしていたんだけど、今は自分で全部やるしかない。

自作パソコンなんて、オタクのやる事だと思っていたけど、まさか自分がやる日が来るとは思わなかった。

でも、基盤を見ていると、小さな要塞都市みたいで面白い。本でも買って勉強したくなってきた。やばいぞ俺。2004年2日目にして、オタクの素質アリと判明。

2004年01月02日(金)
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