-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 Cafe May

以前、コーセイ達とライブをやった【Cafe May】という小さなBarがある。そこのオーナーのKさんからは、それ以来ちょくちょく電話をもらっていた。

「お店を買う気は無い?」と聞かれるのは、もう3度目。実はKさん、体の具合が悪く、年齢もいってる事もあり、店を誰かに譲りたがっていた。

「店を買うことは出来ないけど、時間がある時に手伝うくらいだったら平気だよ」。と、はぐらかしていたものの、どうやら本気で口説きにきたようだ。まぁ、電話だとアレだし、今晩の営業を手伝いがてら、直接出向くことにした。

夕方Cafe MayでKさんに会うと、酷くやつれた顔をしてたので「他の心配事でもあるの?」と聞くと、やっぱり経営難からくる疲労のようだった。それから色々な話をして、帳簿を見せてもらう。火の車までじゃないが、相当ヤバイ。

昔はコックが8人もいる、結構流行った店だったのが、6年前くらいの交通事故を機にガタッと経営が傾いたようだ。体が不自由なので、料理もままならず、現在はビールの売り上げ一本に頼っている。これでは利益を上げる術は無い。

ボランティアでここの音楽バンドのプロモートをしているChrisが来たので、彼からも話を聞くが、やはり行き詰っている様子。俺は金の面で援助や協力は出来ないが、労働力とアイデアだけなら少し手が貸せる。

深夜2時の閉店まで手伝って、それから朝の6時まで再び色んな話をする。軽はずみに無責任なことは言えないが、これも何かの縁なのだろう、微力ではあるが【Cafe May】の運営に携わることになった。

どうする?何ができる?俺。



2003年11月11日(火)



 一息

近頃なかなか日記を書けない。今年のピークは全て過ぎ去ったはずなのに、この忙しさは何だ?今だに、ホッと一息付く暇がない。

忙しさの合間を縫うように(多分、使い方間違ってる)、昨日は日系の文化イベントに出展しました。年に一度の【秋祭り】というやつで、去年は似顔絵をやったんだけど、今年はそれプラス絵の複製品を販売した。

日頃お世話になっている日系の皆様へ、唯一恩返しというか、直接出向いていける機会なので、なるべく毎年続けていきたいと思う。それにしても、自分のHPでは一切これの宣伝が出来なかったので、きっと誰も俺目当てで来てくれる人は居ないだろう、と思ったら結構沢山きてくれた。一体どこで情報を得たの??

いつもHPをチェックしてくれてて、今回初めて直接話せた人もいた。また、これを機会に俺の作品を知ってくれた人も増えたのだろう。イベントなどに出展すると、毎回ゲストブックにE-mailアドレスを書いてもらうんだけど、数えてみたら今年だけで300人くらい居た。

今日は昼まで寝て、それからRafiがやって来た。明日から日本に2週間も滞在する。今回二人でやった事を、今度は一人で全て取り仕切らなければいけないので、相当なストレスが溜まってると思う。俺も出来る範囲で協力は惜しまないつもりだ。

2003年11月10日(月)



 G3

トロント郊外にあるJ.C.C.C(Japanese Canadian Cultuer Centre)で、午前10時からミーティングだったので朝9時に家を出る。丸一時間掛かって到着。遠すぎ・・・。

コーディネーターのLindaと来年のコンサートについて打ち合わせ。ちょっと時間が出来たので、同じ建物内にある【日系Voice】の田中さんを訪ねた。慌しい立ち話だったけど、強烈に胸に残る言葉をもらった。

俺が「今、色んな話が舞い込んでいて、どれを選択するかが難しいんですよ。」と打ち明けた時に、「あなたは日系の手助け無しに戦える人です。カナダの社会と対等に戦えるんだから、何も日系コミュニティに接近する必要ないですよ。逆にスケール小さくなっちゃうから。」と言われて、何か稲妻がズドン!と落ちた気分。

ダウンタウンに戻って、トロント領事館へ直行。【Tokyo Doll】の反響が大きかったので、何と、日本の本部へ報告書と共に新聞や雑誌のコピーを送付するのだという。M領事不在の為、Ruiさんに預けて帰る。

留守電に、オタワのエージェントのJoanからメッセージがあり、俺の絵に興味を持ったコレクターの人が「トロントへ行く!」と言い出した為、急遽今日の夕方にトロント入りするという。それまでに最新の作品写真とプライスリストを用意するように言われた。

4時に【Tequila】でJoanと落ち合う。駆け足で作品の説明と値段の交渉をして、あとは彼女に任せることにした。最近、絵が売れてないから、大口の顧客は大歓迎だ。

6時に一旦家に戻り、素早く夕食を済ませ【Massey Hall】へ向かう。今夜は久々のコンサート【G3】という、毎年恒例のギタリスト達のコンサート。ジョー・サトリアーニとスティーブ・ヴァイはお決まりだが、今回のゲストは何と、イングヴェイ・マルムスティーン!!




インギー(イングヴェイのこと)は、俺の高校時代のヒーロー。【アルカトラス】のライブ盤を完全コピーすることに情熱を燃やしたものだ。北米では滅多に彼の姿を見れないので、これは逃す手は無いと、前から3列目のチケットをGET!

ブクブクに太った、近所のおばさん的な風貌になってしまったインギーだったが、やっぱり彼はGOD。神である。しょっぱなに、ステージに登場するや否や、一音も弾かぬ間にピックを次から次へ客席に飛ばす。もう、何をやっても許される。てか、早く弾けよ!

ギター奏法については、何を弾いてもインギー節の金太郎飴状態だが、ボーカルが居ないセットの為、思いっきりギターを堪能できた。

続くスティーブ・ヴァイのセットには、この日一番の盛り上がり。何と、サイドギター兼キーボードには、トニー・マカパインが登場!更にベーシストは元Mr.Bigのビリー・シーン!!もう平伏すしかないです。(ごめんね、マニア以外には意味不明かも)

あんまりヴァイは好きじゃなかったけど、このステージを観て変わりました。ヴァイ最高!彼が【G3】に居なかったら、確実にエンターテイメント・レベルが下がるはず。スターとしての風格と、エンターティナーとしての才能、卓越したギターテク、全てを彼は持っている。

その割を食ったのがジョーかな?最後の3人でのセッションは、観客がステージ前に押し寄せ、俺はまんまと最前列へ!相撲取りのように汗を撒き散らすインギーの体液を顔面に浴びつつも、必死でキープ。結構嬉しくない。

あ〜、やっぱギターはいいね。もう一回、昔みたいにトレーニングしようかな?

2003年11月06日(木)



 礼儀とは何ぞや!

トロントでアート活動を始めてもう5年目になる。一番最初にメディアで取り上げてもらったのが、忘れもしない【The New Canadian】というバイリンガル新聞だった。その時のライター、Sさんから久々にメールをもらった。

そして、彼女が今関わっている【Challenge】というWeb雑誌の取材を受けることになり、午後2時に馴染みの【Tequila Bookworm】で待ち合わせた。

アーティストになる前に音楽をやっていた時代の話や、こっちに来てからの苦労話しなど、今までの自分を振り返る良い機会だった。それプラス、Tokyo Dollが終わって、キュレーターとしての活動を停止するのを決めた今の心境なども話すことが出来た。

一通りインタビューを終えて、今度はスタジオで写真撮影やメッセージの録音、色紙にサインなどをする。5年前は、どんなに小さくてもいいから取り上げて欲しいとSさんに取材をお願いしたのに、今、こうやって取材を受けるのは不思議な感じだ。

夜7時、いつもスポンサーなどでお世話になっている某社長のパーティーへ出掛ける。いつも豪華な立食があるので、ここぞとばかりに食いまくる。それから旧知の友人らと話したり、終始リラックスする。

帰りがけに、ちょっとしたことで従業員の男の子に手を上げてしまった。猛烈に反省。

30日の少年ナイフのコンサート後にも、同じような事があったんだけど、近頃の日本の男の子は礼儀が全く無い。20歳そこそこのガキに「お前、カナダで何やってんの?ア〜?」とか言われて、大人しく「売れない画家やってます」と答えるほど大人じゃありません。

その時は殴らずに「腕相撲でもしようか?」と、力の差を見せてあげて、事なきを得たんだけど、今夜の場合はちょっと違いまして。自分が言われるならまだ我慢出来ることも、彼女とかパートナーに対して無礼をされたら黙ってはいられなかった。

よく「外国って敬語もないし、従業員と社長でもタメ口きくんでしょ!?」と、トンチンカンな事を言い出す奴がいるが、よく考えてみ?礼儀って敬語使うことじゃないぞ。自分は相手の顔を立て、相手は自分の顔を立ててくれる。それが礼儀じゃないのか?

その前提があって親しく口を利くのと、初対面でいきなり「よぉ社長、元気!?」と言うのは全く違うこと。そんなのどの世界行っても同じことです。

もう一つは、関西芸人のボケとツッコミの影響からか、気安く人の頭を小突く奴がいます。俺は大っ嫌いです。間違いなくシバきます。まぁ、日本人同士だったら許容範囲かもしれない事だけども、こっちの人は、よほど親しい間柄じゃないと絶対に手を出したり小突いたりしません。

日本の会社では、新人のペーペー後輩が先輩の頭を小突くなんて事は普通なのか?俺は、それが日本流とか海外式とかで良し悪しを言うつもりはない。だが、社会的にみて「それは通用しないよ」という部分だけは守っていきたい。

口うるさいジジイのようだが、俺の前でそういう態度を取るやつにはこれからもビッシビシいきます。

2003年11月01日(土)



 ハロウィンです

朝からレンタカーを借りて、友人から買い取ったソファを引き取りに行く。しかし、約束の時間ちょうどに着いたら不在だった!少し待ったが、午後からミーティングがあるので後でまた来ることにする。カナディアンは時間にルーズだと言われてるけど、全く同感。もちろん人によるけれど、ルーズな人が多い。

2時に【Bit's】オフィスでKazuさんとミーティング。それから外のカフェへ移動して、今後の相談など色んな話をする。

俺は、金にはシビアなところがあり、ずぼらなO型らしからぬ側面を持っている。自分で自覚するくらいだから他人にはもっと思われているかもしれない。どんな友達でも、絵をタダであげたりはしないし、展覧会の企画やイベントも、まずは金の話から入ったりする。

しかし、そんな自分にも「金じゃないよね」と、掛け値無しで手助けしたいと思わせる人もいる。その一人がKazuであり、【Bit's】である。彼の行動には触発されることが多い。分野は違うけれど、海外で共に戦っている仲間だと思えるからだ。

夕方6時、やっと友人からTELがあり、ソファを引き取りに行く。ダウンタウンでは、あちこちで道路工事があり、ハロウィンというのも手伝って大渋滞だ。普段なら30分で行けるところが2時間掛かった。

無事スタジオにソファを運び入れて、今度は彼女とスーパーへ買い物へ行く。車がないと普段買えないもの、ジュースを箱で買ったり、米を袋で買う。夕食は久々に韓国街へ。あちこちで子供が仮装して、キャンディーをもらうために徘徊していた。

家に帰ってから、近所のバーへ出かける。道行く人の90%が何らかの仮装をしてる。半ケツを出して歩いてるオッサンは一体何の仮装だったんだろう?

バーでは、【Bit's】の創成期メンバーであるKenの送別会が開かれていた。皆8時頃からいたらしく、すっかり出来上がってる。軽く飲んだ後で、ケンジントンにあるGiovanniと平井くんの家で二次会。皆で金髪ヅラを被って遊んだ。

2003年10月31日(金)



 少年ナイフ



10時にアシスタントのケイコと共に会場入り。Walterは遅刻でまだ来ていない。会場のセッティングは相当大変だ。隣接するバー・カウンターには“常連さん”達が陣取っていて、朝っぱらからビールを煽りつつTVに見入っているからだ。

VCRのセットをして、画面のチェックをするにも“常連さん”らにお伺いを立てなきゃいけない(笑)何てこった。やっぱりギャラリーでやれば良かった…。

カメラや将棋盤、机などをセットして、何とか会場っぽくなったのは午後5時過ぎ。Walterはカメラ故障と格闘しながら、ギリギリ間に合った。

6時には、Omuni-TVや、National Postらのメディア取材班が到着して、先にインタビューやら取材などを受ける。7時ころから客が入り始め、見よう見まねで将棋を楽しむカナディアン達。

だが、少年ナイフのマネージャー、Seanから「会場入りが大幅に遅れる」との連絡。それから「8時5分に到着します」と連絡を受け、外でひたすら到着を待つ。寒い。

TVカメラなども、到着の瞬間を押さえようと同じく外で待機。しかし全然来ない。週末ということもあって、道も渋滞してるし、あちこちで道路工事がある影響だろうか?そして、メンバーを乗せたタクシーが到着したのは9時15分前!!さすがロック・スターと、納得するために自分に言い聞かせる。

会場横の控え室で、ごく短時間で打ち合わせを済ませ、【将棋ナイフ】T-シャツに着替えるメンバー。マネージャーが良い人で良かった。

いよいよ会場にナイフが登場!という時に、MCのPeterが行方不明!急遽俺がマイクを持ってアナウンスする事になった(泣)。メンバーが登場すると一斉にフラッシュの嵐!さすがである。

席に着いて、いよいよ観客との将棋対決。横には指導員として、架空の将棋達人ToshikiさんとYoshiくんが浴衣姿で仁王立ち。ナイフのサポートメンバーのManaさんは将棋をよくお解りで、自らどんどん駒を動かす。

観客は列を作り、5手くらいずつ入れ替わり立ち代わりナイフと将棋を指す。その模様をプロジェクターを使って中継。かなり白熱した勝負になった。俺はその横で、新聞記者の質問を翻訳させられたりして、ナイフとの仲介役になったり、観客の順番を整備したりで、激忙しかった。

11時よりコンサート本番が控えてるので、9時40分ころ最終コール。将棋の決着は着かなかったけど、それは計算済み。お客さんは、サインをもらったり一緒に写真を撮ったりで、こんなファンとの交流はナイフも初めてだろう。

会場を撤去した後、一度スタジオに全員集合してナイフのコンサートへ。歩いて3分のところにある【Horseshoe】が今夜の会場。かなり超満員スシ詰め状態。全体の8割がカナダ人。去年のPUFFYのコンサートでは8割が日本人だったけど、やはりナイフは外国人気が高いのを実感する。スタッフとして手伝ってくれた、ミホコやケイコも最前で盛り上がる。

コンサート後に【Bit's】の読者プレゼント用にツアーT-シャツをもらったり、記念写真を撮ったりして無事終了。会場に来てたSPINのJUNOやRafi,スタッフ+日本人の若者5人くらいと飲みに行った。

2003年10月30日(木)



 また徹夜かよ・・・

依然、【Much Music】のHannahからは音沙汰無し。30日のコメンテーターとして、どうしても彼女が必要なのに・・・。

代役としてSook-yin Leeに頼もうと思って電話番号を探したけど、無くしてしまったようで見付からない。マユコちゃんに電話して聞こうと思ったが、彼女も不在。ツイてない。

先日ぶっ壊れたプリンターを無理やり稼動させ、将棋のインストラクション・ボードを制作。通常の4倍くらい時間が掛かる。

途中でWalterから電話があり、すぐにGladstone Hotelで落ち合うことになった。30日の【少年ナイフ】とのイベントで使うこのホテルのボールルームは、古びた外観とセットになってるかのような老人達が、昼間から酒を飲んでいた。

ホールにはハロウィーンの飾りつけがされており、心苦しいがオーナーに言って装飾を外してもらう。それから機材やらテーブルやらの配置確認。実際に会場を見て、頭のアイデアが大分固まってきた。

その後Walterと中古レコード店を巡り、ナイフのレコードを探すがどこも無し。レコードにサインでももらおうと思ったのに(笑)。

スタジオまで送ってもらい、メールをチェックしてから再びEastのプリント会社へ。しかし、まだT-シャツが仕上がっておらず30分ほど時間を潰す。

ふと入った中古家具店で、すんばらしい椅子を発見!即買い。多分、アールデコのコピーだが、猫脚と背もたれ部分の装飾が絶品だった。これを逃したら、夢に出てきそうなくらいの美品。後日取りに来ることにして、代金だけ支払う。

8時にトシキさんの家に行く。ギターの達人の彼に、今回無理やり【将棋の達人】役を引き受けてもらった。そして、もう一人シタール奏者としても有名なヨシくんにも来てもらい、2人そろって明日、【将棋の達人】という大役を引き受けてもらう。

ビールで和んだあとで、WalterとCamillaも合流。突然話の流れが変な方へ行き、トシキさんとヨシくんのギターセッションが始まる。それを見たWalterが「それ、明日やってよ!」と、ビックリ発言。

全員が戸惑った空気の中、結局それも加えることにした(笑)。もう面白ければいいやって感じもするが、どうなる事やら。。。

トシキさんの家を後にして、スタジオに戻ってT-シャツの試着。二人とも凄く気に入った様子。それからCamillaが今日、少年ナイフのマネージャーから借りてきたビデオを鑑賞。今晩徹夜で俺がそのビデオを4本ダビングすることになった・・・。

今、ちょうど午前4時。あと2本もある…。同時進行で将棋インストラクション・ボードを作成中。やっぱり今日も寝れない。


2003年10月29日(水)



 夜のミーティング

午前中を電話とパソコンの前で過ごした。30日の少年ナイフとのイベントがメディアに流れ、方々から問い合わせが来る。その度にプレスリリースをFaxしたり、時間のアレンジを頼まれたりする。

これらはCamillaの仕事なのだが、TDをやった時に俺のE-mailが出回ってしまって、何故かこっちにばかり掛かってくるようになった。最悪。

JCCCのリンダにお願いして、将棋盤を5つと、プロジェクター一台を借りれる事になった。プロジェクターって結構用途があって、今まではレンタル会社で借りたりしてたんだけど、一日$100くらいするし、バカにならない。こういう機材をもっと手軽に借りられるようにして欲しいな。だって、今回もリンダやクリスティーナの伝が無かったら、きっと「NO!」と言われてたはずだから。

昼食を買いに外へ出て、思わず本屋で雑誌を衝動買い。この頃とくに物欲が有り余っていてヤバイ。気付いたら商品を抱えてレジに向かってる自分が怖い。

午後から、ひたすら将棋のサイトを徘徊して、カナダ人に分かりやすい将棋の手引きを探す。30日の会場に貼り出す、インストラクション・ボードを制作するため。

びっくりしたのは、海外にも将棋のファンが沢山いて、しかも将棋団体やアソシエーションがあったこと!試しにメールを送ってみたが、今のところ返答なし。

夜、久々に彼女と食事を作ろうと思ったら、Camillaから電話。8時から近くのバーで最後の詰めミーティングをすることになった。

待ち合わせたBarが、あいにく映画の撮影でクローズになっていて、数軒隣りのバーへ。初めてだったけど、すげーいい場所見つけた。近くにこんな良い店あったなんて、目から鱗。

3人で12時近くまで飲む。シリアスな話題は先に済ませて、後はひたすら音楽の話題で盛り上がる。Walterはヘビメタ・ファン。俺もその昔は相当なファンだったので、今度トロントに来る【G3】のライブについて色々と語る。

Walterはトロントのミュージシャンにも顔が広くて、中には俺の人脈とリンクしてて興味深い。結論は、やっぱりトロントは狭いということ。全く知らない人が3人いたとしても、どこかで誰かが繋がってるような感じ。

日本では、周りにミュージシャンやアーティストがいるなんてケースは稀だけど、こっちでは「友達のアーティストがね・・・」という会話が普通に繰り広げられる。

あ〜、頭痛くなってきた。何だろう?気持ち悪いので今日はもう寝ます・・・。

2003年10月28日(火)



 トロント行脚

トロントのバス、地下鉄が乗り放題という一日券がある。滅多に買わないんだけど、今日は予定がいっぱいあるので時間の節約の為に奮発。って言っても、たかが8ドル位だけど。

11時にQueen Westの洋服店【Del Phic】へ。TDのパンフレットや残りチケットを回収。ここは洋服店だけど、Derrickのマルチプルとかも売ってる変わった店。

次にBloor x Bathurstへ行って、現在個展開催中の【Butler's】へ立ち寄る。オーナーのAmillaが偶然いて、彼女のオフィスでお茶を飲む。お父さんが俺の絵を凄く気に入ってくれてるらしい。ならば買ってくれ。

Spadinaの【Second Spin】で少年ナイフの告知を貼らせてもらう。ここの店員のニイちゃんとは顔見知り。口コミで30日のイベントを広めてくれるといいんだけど。

それからすぐ近くの【Bit's】オフィスへ。ほとんど皆外出中だったけど、とりあえず無事にTDが終了したので御礼を兼ねてパンフレットを配る。そのまた近くの【日加タイムス】でも、同様に御礼とパンフレットを配布。

雨が降り出してきたが、今日は地下鉄に乗れるのでさほど気にならない。Queenへ降りて【PULL】へ。昨日取り置きしてもらったT-シャツを26枚受け取り、一旦スタジオへ戻る。

T-シャツのデザインを手直しし、CDに焼いて、Eastのプリント会社へ直行。T-シャツは完全限定30枚(自分、スタッフ含む)の激レアもの。全部売れても儲け無し。悲しい。

CamillaとWalterからの電話が引っ切り無しにくる。ヤバイ、【Much Music】のHannahとの連絡が全く取れないのだ。これは俺の仕事だが、電話もダメ、メールもダメだと打つ手がない。仕方なくRafiに相談するが、あいつも電話かメールしか手段が浮かばない。困った・・・




2003年10月27日(月)



 祭りのあと

今日も雨。日曜日の閑散としたビジネス街、その一角にあるDXに入っていく人を数人見かけた。【Tokyo Doll】は昨日で閉幕したので「おかしいな?」と思ったが、やはりその人らはTDを目当てに来ていた。

「ごめんね、これから作品を撤去しなきゃいけないんだ」と言うと、残念そうに「邪魔しないから少しだけ見せて」とお願いされた。もちろんです、見ていってください。

DX側からは、作品を日本に返送するのを1,2週間延ばすように頼まれた。会期が終わったと知らずに来る人や、電話で作品の購入を問い合わせる人が結構いると言うのだ。

こっちも撤去した後で、梱包作業やら事務手続きがあるので、すぐに返送するつもりは無いのだが、それにしてもこの反響には驚かざるを得ない。4時間ほど掛かって、全ての作品を撤去。Rafiの家へ持ち帰る。

午後6時、30日の少年ナイフとのイベントで限定販売するT-シャツの打ち合わせでQueenの【PULL】へ。在庫ギリギリで色数を合わせてもらう。

夜、電話にて諸々打ち合わせ。プレスリリースが仕上がったので、メディアや友人関係に流す。【人間将棋】という企画があって、カナダ人20名と日本人20名を集めているのだが、カナダ人はすぐに定員以上が集まったものの、日本人が全く集まらず困る。こういう時、やっぱり日本人はシャイな人種なんだ、と痛感する。

2003年10月26日(日)
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