-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 ViVA, Tokyo Doll!!

朝からしとしと雨が降っている。10月8日から開幕した【Tokyo Doll】も今日が最終日。本当にあっという間の出来事だった。会場のDXホールは、自由に人々が出入りできるようになっているので、期間中に一体どれくらいの人が訪れたかを数字に表すことは出来ない。でも、想像を超えるほど沢山の人に【Tokyo Doll】という展覧会は知られたと思う。

例えば、TDのT-シャツを着てレストランに入ったとき、ウェイトレスが「Hey,その展覧会知ってるわ」と声を掛けてきたり、地下鉄でアート雑誌を読んでいたら、隣のおじさんが「今Tokyo Dollって展覧会やってるの知ってるか?面白かったから君も是非行くといいよ」と言ってきたり(爆笑)、本屋で顔見知りの店員に「TDって一体誰がオーガナイズしたか知ってる?」と聞かれたり。

本当に様々なシチュエーションでTDの名前が耳に入ってきた。自分はまるで台風の目の中にいるみたいに、周りでどんな風に展覧会の事が話題になってるか分からなかったけど、やっと最近それらの声を聞き、実感しているところだ。

今日、午後1時から始まったクロージング・パーティーにも大勢の観客が来てくれた。メディア関係や友達はほとんど招待してなかったので、実質この会場にいる人々の大部分が新聞や雑誌で評判を聞きつけて来てくれた人々だ。

午後3時に、いよいよグランプリの発表。審査員のデレクとデハラさんが長い討論の末に選んだのが「ワクイアキラ」くん。次点の中川くんと非常に僅差の判定であるがグランプリに相応しいと判断された。おめでとう!

他にも、候補の作品が幾つもあって、全部の名前を挙げることは出来ないが、それぞれに評価ポイントがあって甲乙つけ難い審査だった。無論、TDに出展されてる次点でクオリティその他をクリアしてるわけだから、グランプリを逃したと言っても、決して評価されなかったという事ではない。

グランプリのワクイくんは、来年トロントで個展を開催し、今後の【フィギア・アート】をより広めていく役割を担う。それに耐えうる力量を持っていると判断されたのだと思う。

数ヶ月前に、【Tokyo Doll丸】という名の船にのってカナダに上陸したドール達が、大勢の人々の関心を集める事が出来た。そしてこれからは、そのドール達が自分の力で立ち、歩かなければいけないのだ。TDがここまで成功したとしても、アーティストにとってはほんの少しのアドバンテージに過ぎない。

でも、確実に人々の心を捕らえてるのは、その売り上げからも分かる。今日のクロージングだけでおおよそ全体の半数近い作品が売れた。これには俺もRafiも驚いた。中には電話で「あの作品を取っておいてくれ」という問い合わせもあった。

自分もアーティストであるから、作品が売れる喜びと手放す寂しさの微妙な気持ちが分かる。でも、今回作品が売れたということは、アーティストは素直に喜んでいいと思う。

ひとりぼっちで作品製作に励み、時には人から中傷や、あざけりを受けたりもしただろうが、それでも自分の作品を信じることを止めなかった結果、こうして国籍も肌も違う大勢の人々に愛されたのだ。

買いたいというお客さんは、皆「I Love This」と言う。決して「I Like This」ではないのだ。作品を買うということは、その作品を愛するということ。自分以外にも、自分の作品を愛してくれる人がいたということだ。喜んでほしい。

夕方6時、全ての作業を終え、Rafi達と食事にいった。シャンパンじゃなく、地元の一番安いビールで乾杯というのが俺ららしい。マジ美味くて、久々に酔っ払った。

帰り道、University通りのド真ん中で、この酔っ払い4人衆が爆発!着ているT-シャツを振りかざして叫ぶ

「ViVA, Tokyo Doll!! WOWooo!!!」

最高!


2003年10月25日(土)



 Artfocus終了

【Artfocus】の最終日。朝一度会場に顔を出してから、Queenの【PULL】へ。オーナーと相談してT-シャツの素材を選んだ。これは30日に販売する少年ナイフの限定版T-シャツ用。

サンプルを持ち帰って、スタジオでデザインの調整をして、プリント会社まで自転車で突っ走る。オーナーにお願いしても良かったのだが、自分で行った方が早いんで。

スクリーン・プリントとパッチ(貼付け)プリントの値段の違いに悩む。100枚とか作るならいいけど、30枚じゃコスト割れしそうだから、今回はパッチにした。クオリティ的にはさほど問題ないし。

DXにて【Tokyo Doll】のチェック。何と言っても明日が最終日!頼まれていた写真を数枚撮って、受付の子達と記念撮影。彼女たちも本当にDolls達が好きだったようだ。それを聞いてこっちも嬉しくなる。

記念のノートには、観客がぎっしりとメッセージを書き綴っていて、中には人形のイラストを描いてるのもある。無理やり日本語で書こうとしてるメッセージを見て、ちょっと熱いものを感じた。期間中に集まったE-mailアドレスだけでも500人以上。それを後で打ち込むのかと思うとゾッとするけど(笑)

【Artfocus】へ戻ってサクっと搬出。会場とスタジオが近いので、歩いて絵を持ち帰った。今年の行事がまた一つ終了。



2003年10月24日(金)



 Hysteria

DXのTokyo DollとMetro Hallで行われてる【Artfocus】を行ったり来たり。2つの会場は自転車で5分。近くて良かった。

30日の少年ナイフとのアート・イベントが正式にGOサインが出たため、7時からCamillaとWalter、それにコーディネーターのChristinaとミーティング。

この前代未聞のアートイベントに、Mocca(カナダ現代美術館)とJCCC(日系文化会館)が協力してくれることになった。更にゲストとしてMuch MusicのVJが司会を担当。しかもカメラを2台設置して、フィルムに収めることになり、何だか凄いことになってきた。

8時に慎也さんと待ち合わせてアートイベント【HYSTERIA】のオープニング・パーティーへ。これは女性のみによる最大のアートイベント。北米中から画家やパフォーマー、アクトレス、詩人、作家、デザイナー、ありとあらゆる女性アーティストが集結する7日間のイベント。

Camillaは勿論のこと、先日【Bit's】でも取り上げたKirstin Johnsonも参加してる。一体どんなイベントなのか見当も付かないままに会場に到着。

会場はインディペント・シアター【Bad Times Theater】で、どことなく下北の【スズナリ】を思わせる怪しげだがエナジーを感じさせる雰囲気をもっている。

会場のあちこちで同時にパフォーマンスが始まっており、ステージ前ではアイロンを持った女性が床にアイロンをかけている。階下で悲鳴がしたので見てみると、【魔女狩り】を題材とした女性差別の歴史をコミカル描く舞台が始まっていた。


この劇は、観客と共に会場の外に出たり、入ったり、一幕ごとにシチュエーションを変え、ぞろぞろと観客が後に続いて移動しなければならない。

一方、別の部屋では全裸の女性3人がパフォーマンス。体にびっしりと文字が書かれていて、読むと「お前は子供の世話をしていればいいんだ!」とか「寝ろ!咥えろ!」など、男性が女性に対して浴びせてきた屈辱的な言葉が羅列されている。ちょっとショック。

CamillaやKirstinと会場で再開して、しばし飲む。何だか女性のパワーに圧倒されてしまって、男性は肩身が狭い。このイベントの意義は、ボーダレスに様々なジャンルのアーティストが混ぜこぜになってるところにあると思う。それが女性アーティストのみだからこそ成し得たのかは分からないが、とにかく刺激的だったことは間違いない。

どこで何が起こっているのか見当も付かず、パーティーの間中、暗闇を彷徨った。どこまでもアンダーグランドな活気が漲っていて今年、初めて「行って良かった!」と思えるイベントだった。俺が女だったら、来年は絶対に参加したい!と思っただろうな。

2003年10月23日(木)



 授賞式にて

【Artfocus】の授賞式があり、今回は“Best Mixed Media”アワードをもらいました。どうもありがとう。副賞は画材店【Curry's】の$200相当のギフト券。しかしパステル買ったら一回で終わりそう(笑)

今回の【Artfocus】に出てることを、ほとんど誰にも知らせなかった。このHPですら告知もしなかった(笑)何故だか分からないけど、誰も知らなくていいと思ってしまって。

表彰式の間も、他のアーティストは家族や恋人や友達を呼んでワイワイやっていたが、俺は一人ぼっちで表彰を受けた。それがすごく心地よく思えた。

最近はいつも誰かが側にいたし、友達も大勢来てくれたりした。ちょうど、5年前トロントに来たばかりの頃、友達もおらず、こういう場では寂しい思いをしたものだが、今夜は一人でいるのが何故かとても気持ちよかった。

無理に誰かに話しかけるでもなく、声を掛けられたらそれに答えるだけ。コネを作ろうとか、知り合いになるチャンスだとかは一切頭になかった。以前の自分では考えられないほど消極的だ。何かが燃え尽きたのかな?

夜5時からパーティーが始まったけど、速攻で離脱して友達と近くのバーで飲む。近頃、説教くさくなってダメだな。さほど年齢が変わらないのに、自分だけ妙にオッサンくさいのが気になる。

それを助長するかのように、皆「トモは夢を実現させてるから」とか、「何をやればいいか分からない人の気持ちは理解出来ない」とか言いやがる。

言っておくが、俺だって未だに道を探してるし、どこへ進めば良いかなんて決めてもいない。逆に、俺は人よりも臆病な人間だと思っている。臆病だからこそ、歩き続けてないと不安なのだ。

先の事も考えず、ただその日暮らしをしてる友達を見て、ある意味羨ましくもある。だって、もし自分がそうだったら、不安で不安で堪らない毎日だと思うからだ。そんな俺より、お前らの方がずっと人間らしく生きてるよ、と言いたくなる。

結局、自分で道を切り開いて歩くのが好きな人は、先に何があるか分からないから不安が多い。周りの景色を楽しむ暇もなく、ただ前を見て進むだけだ。

一方で、他人がすでに開いた道を辿れば、日々に恐れることなく、のんびり先人が歩いた後を行けばいい。道端の花を見て楽しむことも、遠くの山を見て心を休める余裕もある。

どっちが幸せかは分からないが、後者の方がずっと人生を楽しめるとは思う。結局無いものねだりの水掛け論だが。





2003年10月22日(水)



 大勘違い

最悪です。昨日レクチャーから帰ってきて、再び絵を描いていた時に、ArtfocusのPatからTEL。「Hey,Tomo!今日の搬入どうして来なかったの!?」と言うではないか!!俺はてっきり今日、21日が搬入日だと思っていたが、届いていた要綱を見直すと、そこにはしっかりと【搬入は20日(Mon)】と書いてある・・・

ジタバタしてもしょうがないので、とりあえず謝って明日の朝イチで搬入することになった(笑)それから猛烈なスピードで最後の一枚を仕上げて、そのまま朝8時に搬入。

会場のセキュリティのおじさんに手伝ってもらいつつ、約一時間で終了。近くのフードコートでドーナツとコーヒーを買って、やっと一息。昨日のレクチャーからずっと動きっぱなしで、同じ一日が続いてる感覚だったが、今日がこれから始まると思うと虚脱するぜ。

10時ころ、他の参加アーティストや、Patが来場。「いや〜参ったね」と言ったら、「参ったのはこっちよ!」と怒られた。今日は審査員が来て、グランプリを決めるので、ちょっとナーバスみたい。

それは良いとして、本来俺のブースがあるはずだった場所に違うアーティストがいたので、そのクレームを申し立てる。しかも、そいつは規定の5x10フィートを遥かにはみ出す20フィート四方に絵を展示している。

そいつは某エスニック・アーティストで、画廊やらエージェントやら数人を従えて大物気取りでブースを展開してやがる。禁止されてる複製品を展示してるし、規定にない自作の壁を設置もしてる。例えて言うなら、大草原に現れたサーカス団だ。イカサマ野郎!

俺があまりにもカッカしてるので、そいつが「ブース、ちょっと離そうか?」と気を遣ってきたがNo Thanks。横のブースがどんなに派手であろうが、俺は自分の作品の存在感を信じてる。どうってことない。

他のアーティストは皆いいやつばかりで、閉館の6時まで、いろんなアーティストと立ち話に興じた。

8時にCamillaのスタジオでミーティング。月末の少年ナイフとのイベントの件だ。彼女も俺に負けないくらい多忙だったので、久しぶりにこの話を再開させる。

話の流れから、カメラマンが必要だと判るとすぐにTELしたり、マネージャーの許可が必要だと判るとすぐに問い合わせた。今出来ることは直ぐにやる!これで概要がほとんど固まってきた。

もう一人のパートナー、Walterは「奇跡的なイベントってのは、いつもごく短期間の準備で生まれるんだ」と言って、時間が無い事を、逆に士気を高める道具にしてくれた。Thanks

それからワイン飲んで、ドラム叩いて(笑)ちょっとだけリラックス。Camillaはパソコンにへばり付いてプレスリリースを書き上げた。

長い一日だった。

2003年10月21日(火)



 レクチャー

今朝まで掛かって講義用のファイルを制作。パワーポイントを使って、色んなアニメや立体人形、そしてTokyo Doll参加アーティストの画像をスライドにする。一応、台本みたいなのも作って、話の流れに沿って投影する予定。

2時間ほど仮眠を取り、朝9時から再びペインティングの作業に戻る。現在4枚目の仕上げ中。今晩中にもう一枚だ。

午後1時にTokyo DollスタッフのMさんと待ち合わせて、一緒にEglintonにある学校へ。この【Le Citadelle International Academy of Arts & Science】という学校は私立で、下は3歳半から16歳までで全校生徒160人程の学校。英語、フレンチをはじめ、日本語、ドイツ語、イタリアンなど8ヶ国語の授業があるという珍しいシステム。それだけに、人種も様々であるが、平均して上流階級の子供たちが多い印象。

学校に着くと、ちょうどダイスケくんが工作の授業を行っており、そこに飛び入り参加。日本でも一昔前に流行った【ドリームキャッチャー】を作る授業。生徒はみな人懐っこくて可愛い。だって、自分から「Hi,My name is Hannah」とか挨拶してくるし、紙に名前を書いてポケットに入れてきたりした。こんな子だったら子供にしてもいい(笑)

続いて日本語の授業にも参加。飛び級制度があるので、頭のいい子はどんどん伸びる。日本語のテストも、皆スラスラ答えを書いてる。凄い!

俺の講義は、全部の授業が終了した放課後、全校生徒を体育館に集めて開かれた。中には【ドール】=【パペット/人形劇】のショウと勘違いしてる子とかもいた。「Are you puppet guy?(人形劇の人?)」とか随分聞かれた(笑)違うっつーの。

ただ、講義が始まってしまえばこっちのもの。スクリーンに人形が映し出される度に歓声があがる。それは時にスピーチを妨げるほどで、時折先生から注意が与えられる。

講義の内容は、「ドールと人間の関係」として、過去にあるキャラクター、例えばミッキーマウス(ねずみ+人間)、ハローキティ(猫+人間)、機関車トーマス(列車+人間)を取り上げた。人間は、太古の昔より、動物や物などに人間の人格を与え、キャラクターとして親しんできた。動物や静物に、喋ったり、笑ったり、服を着たりといった【人間】的部分を加えてはじめて“キャラクター”が成立する。

それが実際に手を触れられる人形やぬいぐるみになると、子供達はTV画面の中で見るだけよりも、ずっと親近感をもつ。これは人間の習性で、好きなものに触れてみたい、自分のものにしたいという欲求とダイレクトに結びつくものである。

同じように、アートとドールの関係も、最初は平面の絵画を立体にしてみたいという、作家個人の欲求だったのが、近年では絵を描くことなく、最初から立体人形を制作する作家が出現している。Tokyo Dollでも、ほとんどの作家が人間+何かを合体させたキャラクターを生み出している。

以上のことを踏まえて、立体人形を扱うということは、人間を知るということに結びつく。例えば、【えんぴつ+人間】のキャラクターを作ったとして、走るポーズを想像する時は必ず「人間が走る姿」が想像のスタートラインだ。それを踏まえて「えんぴつだったらどう走るか?」という考えに発展する。

人間と合体させなくてもキャラクターは成立するかもしれないが、じゃあ洗濯機をキャラクターにしてみて、と質問すると、その名前は【洗濯機くん】や【Mr.ランドリー】と名付けられたりして、【くん】や【Mr.】が付いてる時点で、それ人間じゃん!(笑)と言いたくなってしまう。まぁ、それほど人間って部分が創造の根底にあるってことですよ。

立体を作るためには、正面、横、上などから多角的に対象を見なければいけないし、間接は180度曲がらないとか、この体勢は物理的に不可能といったことも念頭に置きながら制作する。そういう人間的に出来ることと出来ないことが最初にあるからこそ、そこから飛躍しようという新しいアイデアが浮かぶのだ。

何も無いところから、新しい創造を生むのが無理なように、ドールの歴史もまた【人間】という立脚点がなければ決して生まれ得なかったものではないだろうか?

そんな小難しい事を講義しなかったけど、一つだけ宿題を出しました。それは粘土で一つキャラクターを作ること。条件は人間+何か。立体人形を作ることで、今まで以上に人間の体や自分のことを知る切欠になるのではないでしょうか?

期限は今月末。子供たちが一体どんなキャラクターを生み出すか、今から楽しみです。

2003年10月20日(月)



 レクチャーの準備

今日は画家モードをお休みして、明日の学校でのレクチャーの準備をする。

画家仲間のダイスケくんが先生をやっている【Le Citadelle International Academy of Arts & Science】という学校で、全校生徒の前で講義をするのだ。

MさんにノートPCを借りにいって、パワーポイントで画像スライドを作る。どんな画像を使おうか、4時間くらい悩みながらネットで検索する。

ダイスケくんが来て、軽く打ち合わせ。この学校は完全バイリンガル学校で、英語とフランス語で授業が進むらしい。また3ヶ国、4ヶ国語を普通に操る生徒が多いらしく、ダイスケくんは生徒に「先生の英語おかしいよ」と指摘される始末。恐ろしい。ガクガクブルブル・・・

ちなみに、授業には「日本語」もあって、明日講義の前にその授業にもお邪魔することになった。その授業中は、どんな質問も会話も日本語オンリーらしい。へっへっへ。めちゃめちゃイビってやる。

一応、何を講義で喋るかを簡単に原稿にする。内容や構成を考えたりするのは意外と時間が掛かる。ましてや生徒の年齢層が6歳から15歳と幅広いし、おまけに先生達まで楽しみにしてると言われたら、どの辺をターゲットに話をしたら良いのかが分からなくなってきた。

結局、原稿をバーっと書いて、それに合う画像を拾ってスライドを作った。後はアドリブで勝負(笑)

2003年10月19日(日)



 ハマリ・モード

さすがに昨夜は疲れて4時間くらい寝た。朝起きてから、朝食前に一筆。が、止まらなくなり、結局朝ごはんを食べたのが午後3時。

RafiからDXへ行くお誘いがあるが、やはり断る。この調子だと来週のTV出演はキャンセルしそうだ。外は雨で、気温は5℃くらい。とてもいい感じ。何だか外に出たくなってウズウズしてきた。

夕方、ちょっとだけ近所の本屋へ出掛けて立ち読み。帰りに韓国レストランで弁当を買って、それを夕食にする。

夕食の時だけはTVを観てもいい事に決めてて、【北の国から】の続きを観る。ドラマの第一回から見直してて、今はちょうどスペシャル編の【'95 秘密】の途中。蛍の演技は凄い!思わず泣けた。

再び絵描きモード。4枚目に突入したところだが、3枚目の仕上がりに不満で再び筆を入れる。これはハマリ・モードかも・・・

何故か最近、女性の顔が黒人チックになってきてる。思い当たる出来事は全くなし。以前は何を描いても白人の時期があったし、日本人の時もあった。これもそうだろうか?

色の好みも時期によって大分変わる。今は背景と人物のコントラストを減らして、割と統一した色合いを好むみたい。過去の作品を見たりすると、一枚の絵の中にごちゃごちゃ色が入っててウザイ。

日記も細切れにチョコチョコ書き足して、最後にアップしてるので、自分で読んでてあまり面白くないな。

朝5時。部屋の空気が澱んできたので、早朝の散歩に出掛ける。が、寒くて5分で帰還(笑)


2003年10月18日(土)



 引きこもり

制作途中の絵を公開するなんて、今までしてこなかったけど、これも先日の「Back to artist」宣言の効果か?これからもどんどん裏側を見せていこうと思う。

この絵で3枚目。3日で3枚は自分でも異常なペース。別にクスリやってるわけじゃないので安心してくれ。

この絵は去年くらいから構想している【Underwear】というコンセプトの流れから生まれた作品。人は裸になったとしても、決して心の中まで裸になってるわけじゃない。一枚の布はこちらと向こうを隔てる境界線。モデルとのセッションから生まれた写真家的アプローチの作品。


今日は電話が掛かってくる予定があったので、電話線抜かずにいたのだが、そういう時に限って友達からわんさかTELが入る。「忙しいからゴメンね」と切ったあと、「悪いことしたなぁ…」と自責してしまって、昼間は何だか仕事にならず。やっぱ電話線は抜いておくべき。

夜、気分転換も兼ねて、久々に彼女と外食しようと思ったら、友達からお誘いのTEL。はっきり言って誰にも会いたくないので断ったのだが、あまり言い方が上手くないので気分悪くさせたかも。

こうして友達を失くしそうな勢いなんだけれども(笑)ちょっとした言葉でも気に障るし、トゲトゲしてるので会わない方がお互いのため。とにかくこのテンションに水を差されたくないのだ。軽い引きこもりだと思って欲しい(笑)

2003年10月17日(金)



 思うがままに

今日発行されたばかりのNOWマガジンが届いた。Artセクションでは【Tokyo Doll】の事が異例の大きさでレビューされてる。これは凄いことだ。先週のToronto Starで一面を飾ったのと合わせて、トロントの2大メディアを制したのだ。

一日24時間という区切りをせずに、体力が続く限り絵を描き続けている。寝たくなったら一日何度でも仮眠を取り、腹が減ったらそれが深夜であろうが飯を食う。とにかく絵が生活の中心にある。

少なくとも明日まではアーティスト・モードで生活することに決めた。

現在、2枚を同時進行してて、それがほぼ今夜中に仕上がりそう。どちらも今までに描いたことのないタイプの絵だ。何だこれは、冷静になって絵を眺めると、とても自分の絵とは思えない。

思えば、今まであんまり独りよがりに絵にのめり込んで描いたことは無かったかもしれない。自分の絵を誰よりも第三者的に見ることが、自分の絵を描く上での約束みたいなものだったし。

でも、この2枚は明らかにその「第三者」的な目を欠いており、自分の思うままに筆を走らせたようなものだ。だから、冷静に眺めると、これが果たして良いものなのか、どうなのかが分からない。こんな経験は初めてだ。

2003年10月16日(木)
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