-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 I'm Back to the artist!

数時間寝てから、ウェブの更新を済ませて、いよいよ本格的に絵の構図を考える。6日後の【Artfocus】に出品する作品だ。今から何枚描けるか分からないけど、とりあえずカンヴァスだけは大量に用意した。

午前中にRafiからミーティングの連絡があったけど、悪いが午後にしてもらう。その甲斐あって、いくつか良い構図が出てきた。何度もスケッチを繰り返して、ピンと来るのを待つ。多分、どの作業よりもこの瞬間が一番楽しい。

楽しいとは言いつつも、雑音が入ると気が散るので、この作業中だけは電話線を抜いて、音楽も止める。キャンバスに転写してからは、お気に入りの音楽を掛けて一気にテンションを上げる。最近やっとインターネット・ラジオの設定をしたので、世界中のラジオが聴ける。サイコー!

特に、アメリカの【Beatle-Rama】は24時間ビートルズなんで、日中はコレ専門。夜になってからは、落ち着いた古いJazzのチャンネルに合わせる。

午後3時にRafiとDXへ行き【Tokyo Doll】の確認作業やらを済ませる。DX側は、今回の成功に気を良くしており、企画当初にアイデアを出していた【Hype Fashion】という、日本のインディーデザイナーを紹介する展覧会を来年のスケジュールに組み入れてもいいと言ってきた。

早速来週、このミーティングを持ちたいらしいのだが、有頂天になるRafiと対照的に、俺はものすごくブルーで、どうしていいのか分からなくなった。その様子に気付いたRafiと一旦外へ出て話し合い。

立ち話で、胸の中にある想いをブチまける訳にいかないので、今日はDXを退散することにして、ケンジントンのRafiのスタジオへ歩いて帰る間、いろいろな話をした。

去年の【Hype Tokyo】と、今回話が出た【Hype Fashion】は将来的に毎年開催できるようなイベントにしたいと思っていた。もちろん、実行は俺一人で、他の誰とも手を組まずにやりたかった。

去年の年末にRafiから【Tokyo Doll】のアイデアを持ち込まれ、一旦【Hype Fashion】の準備を棚上げして一年間やってきた。そして【Tokyo Doll】が予想以上の成功を収めてから、どうも自分の中のアーティストとしての血が収まりつかなくなってきているらしい。

元々一匹狼だから、今まではどんなイベントも俺に100%の権限があった。しかし、今回の【Tokyo Doll】ではチームで物事を創り上げたので、当然100%の権限なんてものは無い。むしろ、周りに合わせすぎてストレスばかり溜まった。

来年この【Hype Fashion】をやったなら、またアーティストとして一年を棒に振ることになる。その辺のせめぎ合いなのだ。キュレーターとしての自分が、アーティストとしてよりも先行し始め、このまま行けば間違いなく次のイベントはデカくなり、そして成功する。

「おいおい、待てよ、お前キュレーターとして成功したかったのか!?」と自問自答すれば、はっきりと「NO!」という自分が今ここに居る訳で、それだったらキレイさっぱり身を引こうかな?と考え始めた次第。

日本から【Tokyo Doll】に来場したアーティスト達を見ていて、自分も頑張らなくては!と刺激を受けた事も確かだし、今年やろうと思ってて出来なかった事が山のように頭にあって、それをどこかに吐き出したい気持ちもある。

現に、今日だって、ほとんど寝ずに絵を描くことに専念できて、体は疲れてるけど、本当にやりたい事をやってるという充実感がある。これを手放す、又はおろそかにする事は愚かな行為だろう。

I'm Back to the artist!

そう宣言する。


2003年10月15日(水)



 2ヶ所同時開催

昨日、アーティスト達を日本に見送ってから【Tokyo Doll】もある意味で一段落。ほっとする暇もなく、昨夜から徹夜で絵の制作。今度は自分の本業である。

言い訳がましいけど、今日から2箇所のレストランで同時に展示が始まるというのに、全く何も準備できなかった。出来た事と言えば、せいぜい今朝までの徹夜でプライスリストや展示予定の絵の修正くらい。展示させてもらう店に申し訳ない気持ちで一杯だ。

朝8時半に慎也さんが迎えにきて、とりあえず現在展示してる【Butler's-Queen】に行ったんだけど、まだ早いのか閉まっていたので、Bloorのレンタカー屋で、先にトラックを借りる事にした。今回は大きな絵を3枚展示するので、慎也さんの乗用車では入らないので。

【Butler's-Queen】に戻り、絵を引き揚げてから次の展示会場【Butler's-Markham】へ。一時間くらいで即効展示を終えて、今度は【Butler's-Roncesvalles】へ。ここで慎也さんの絵の展示を手伝ってから、Runnymadeの【Westwood Grill】へ。

ちょうどランチタイムで客がいたので、ウチらも先に腹ごしらえ。オーナーのVickeyから展示依頼があったのが数週間前で、絵の枚数的にも、展示期間的にも難しかったんだけど、本当に何度も何度も電話をくれて、俺の絵を飾りたいと言ってくれた。その根気に負けて(笑)本当は来週の【Artfocusショウ】に出すはずだった作品9点をもってきた。

と、言うことは【Artfocus】用に新たに新作をイチから描かなければいけないんだけど…。あんま考えないようにしよう(笑)

とにかく、今日から2箇所で展示が始まった。休む暇もなく、月曜日に【Tokyo Doll】のレクチャーで学校で講演会をすることになったし、そして来週は【Artfocus】に、月末の少年ナイフとのアートイベント、【Pull】の帽子デザインの新作発表。あ、【Tokyo Doll】のクロージング・パーティーもある…。

やるしかないのだ。今年の俺はちょっと違うぜ。弱音は吐かない。


2003年10月14日(火)



 突き抜けるということ

前夜に思いっきり飲んだ後、ぐっすり眠れないのは拷問に近いな。デハラさんのホテルのチェックアウトに立ち会う為に、朝9時にホテルへ向かう。

ホテルへあと300mという所で、何やら怪しい人物がロビーへ入っていくのを見た。あのヘアスタイルは間違いない、ドライバーの某Tだと確信する。

今回、日本のアーティストから絶大な支持を受けていた某Tは、特にデハラさんの帰国に際して「空港へは俺が送りにいく!」と宣言しており、律儀にマックで朝食のブリトーまで持参して登場。「おい、朝食だ!食え!」と、デハラさんと俺に2つずつ。朝からブリトー2つも食うのは辛い。

空港に着いたら、後の便で出発するはずのサオリちゃんとバッタリ。とりあえずお茶したけど、デハラさんの出発時間が迫っており、感慨に浸る間もなくチェックイン。あぁ、結局ゆっくり話すことは出来なかったな。でも、これからも交流が続くとして、その最初の出会いとしては、最高だったかな。

審査員という立場で【Tokyo Doll】に参加して頂いたけど、他の参加者とも和気藹々と接してくれて、皆すごく喜んでたのが印象的。一方では、その道のプロとしてしっかりと作品の批評をしてくれた。観客からすれば、デハラさんの作品も【Tokyo Doll】の一部として認識しており、「日本のフィギアはやっぱり凄いねー!」という評価を得るのに一役買ってもらったとも思う。

参加アーティストに厳しいことを言えば、誰もデハラさんほど“突き抜けて”いなかったかな?プロとしてやっている人だから、手を抜いていいとは言わないが、こういう企画展に対して“適当な”作品を出してくるかと思ったら、美術館でウ○コを展示するなんて、やはり凄い。

確かに参加アーティストの皆のクオリティは高かったし、見栄えも良かった。それだけに、あのデハラさんの作品の下品さが際立って見えた。まぁ、コンペだから作品のベクトルが完成度やクオリティに向かうのは仕方ないが、アートってそれだけじゃない気もするんだよね。その良い例を今回デハラさんが提示してくれたと思う。

漠然とした言い方だけれども、上へ上へと皆のベクトルが向かう中、唯一デハラさんだけが真下の地面にドカンとベクトルを落とした感じ。実際に会場に来た人なら、きっと言ってる意味が分かると思う。

開催前に「おもちゃと呼ぶか、アートと呼ぶか?」みたいな煽りをしたんだけれども、上記のような事を思う時点でもう答えがハッキリ出てるよね。フィギアのみによる展覧会だけど、つまんない絵画ばっかりの展覧会よりよっぽど緊張感があったし、刺激的だった。これからのフィギア・アート界、楽しみです。


2003年10月13日(月)



 晩餐会

朝9時に高橋ノブユキくんと、北ユキちゃんが空港へ出発。本当にあっという間の滞在中、連日連夜の飲酒+時差ぼけ+睡眠不足で大変だったと思うよ。機内でいっぱい寝てください。

俺も、一日の区切りや時間が訳わかんなくなってきてて(笑)今日は午後まで自宅でゆっくりした。

4時にデハラさんがスタジオに来て、慎也くんと3人でQueen Westのギャラリーへ出掛けた。明日がThanks Giving Dayで祝日なので、ほとんどのギャラリーが閉まっていたのは残念。

それからまた【Butler's】へ行ってお茶した。デハラさんに無理やりこっちのケーキを食べさせる。砂糖そのまんまっていう位すげー甘いやつを期待したんだけど、それほど甘くなかったみたい。期待外れか。

Church Stのゲイ通りを案内して(何故だ!?)、6時半にケンジントンへ。デレクとデハラさん、そして俺とRafiで、昨日審査した結果を元に採決を取る。同時通訳って難しい。英語には無い日本語表現と、そのまた逆もあるからね。

約2時間の協議でやっと話がまとまった。最初は真っ二つに意見が別れてたので、正直ホッとしたぜ。でも色々と考えさせられることが多かった。やっぱりアーティストの今後を左右しかねない部分があるから。


審査が終わってからは、一転友好ムードで、デハラさんがフィギアをプレゼントしてくれたり、写真撮り合ったりして和気あいあい。デレクとデハラさんはお互いリスペクトし合っていたので、何やらプレゼント交換みたいな話をしていた。

8時。残っているアーティスト全員+デハラさん、デレク、Rafi、俺、そしてスタッフのミホコと中華で晩餐。一名を除いてみんな明日帰国してしまうので、本当に最後の夜だ。

2次会でQueenのRivoliへ。パティオで酒が飲めるのも今夜までかな?昨日に比べて随分肌寒い夜だった。最後ということもあって、みんなそれまで聞きたかった質問や疑問をようやく打ち明けてきた。

それは3次会のバーでも続き、特に関口くんや安西くんが熱かったなぁ。酒が回ってきてたとはいえ、Rafiの見解を日本語に訳すのに必死で、肝心の自分の意見をあまり言えなかったのが心残り。やっぱりRafiと共同でやってきた【Tokyo Doll】とは言え、俺には対極の意見もあったりするし、個人的な意見とキュレーターとしての意見もまた別。

Rafiは「作品が展示されたって事は、それだけで一定のレベルに達してるのだから、審査員がどう評価するとか、キュレーターがどう思ってるとかは知る必要ない」と言っていたけど、俺は全く逆で、アーティストは自分の作品のどこが評価されて審査を通過したのかを知るべきだと思っている。

特に【Tokyo Doll】は、ほとんど無名の作家が多い。そしてフィギア・アートという生成期にある芸術を育てる上で、外部と内部による意見交換は不可欠だ。その切磋琢磨によってこのジャンルを押し上げる役割りを【Tokyo Doll】は担っていると思うので。これについてはまた後日しっかり書きたいなと思ってます。



2003年10月12日(日)



 審査日

前夜のアルコールが抜けきらない。今日は【Tokyo Doll】の審査日である。

午後1時にデレク・ホッグソンとDX館長のカナダ側の審査員による審査。一つ一つの作品のコメントをまず採り、それから第一席と二席を決める。

いくつかの共通する基準点を元に、作品が持つ強度とレベルを見比べるわけだけど、これがやっぱり三者三様。非常に難しい審査になった。

そんな中、参加アーティスト達はナイアガラ一日観光に参加。朝9時に出発して夕方までは戻らない。そして前夜パーティー会場で置き去りにしたデハラさんもお忍びで、ドライバーの某Tと共にナイアガラへ(!)

4時に審査のために戻ってきて、開口一番「まじ、キツかったっす…」。二日酔いでキツかったのかと思ったら、ドライバー某Tとの車中がキツかったらしい(笑)

ともかく、それからデハラさんと二人で日本側の審査。作品ひとつひとつにコメントをもらいながら、最終的に二人を挙げてもらうことが出来た。明日、デレクとデハラさんによる決選投票。

夕方、スタジオでデハラさんと他のアーティストの帰りを待つ。7時頃ようやくナイアガラ・ツアーから帰還。荒川くんは、明日のフライトが早いので、ここでお別れとなった。それから夕食会場まで歩いていく間に、おもちゃ屋さんとかに寄り道。

で、さらにスポンサーのMagic Ponyのプライベート・ルームに招待してもらったので、そこで色々なおもちゃや商品を見る。そして買う。ついでに俺もT-シャツを買ってしまった。

Bellvue Dinerで晩餐。明日ユキちゃんと高橋ノブくんが帰国するので、第一便さよならパーティー。…なんか連日連夜パーティーじゃん。ノートとかを皆で廻して、連絡先やらコメントやらを書く。

その後、近くのクラブで知り合いのDJがパーティーやってるというので、そこに合流。ユキ、山極ブラザーズが踊りまくる(笑)そして、今回のTDツアーには欠かせない人物となったドライバー某Tも、最後の宴とばかりに“ハッスル”しまくる。みな大爆笑。

明日帰国する二人と、みんなで抱擁。たった数日の滞在だったのに、いつの間にか連帯感が生まれていた。【Tokyo Doll】という小さな切欠だけども、実際に足を運んで海外の生のリアクションを観て、大きな転機にも成り得る経験をそれぞれがしたと思う。それがどういう形で現れるか、今からとても楽しみです。





2003年10月11日(土)



 Tokyo Doll オープニング・レセプション

昼12時、アーティスト全員とチャイナタウンの飲茶へ。前日のフライトの疲れや時差も感じさせず、みな楽しそうに食いまくる。ついつい頼み過ぎて結構残した。

それから、皆の意見で「ギャラリー街に行ってみたい!」というので、Queen Westのギャラリー地区へ行く。一軒一軒が非常に近く、また独自の色を持ってる。日本にもこういう場所があればなぁ…と、皆口々に言ってたのが印象的。また、時間が無かったこともあり、早足でぐるっと廻っただけなので、また明日ゆっくり見にきます、という人もいた。

途中のButler'sカフェでお茶タイム。そう、ここで今俺の作品が展示されてるので、それを見てもらった。ちょうどそこで時間となり、俺は先に離脱してオフィスに戻る。

通訳のイアンとの連絡が未だ取れず、急遽Bit'sのMさんに電話して「もしイアンが来られなかったら代役お願いできますか?」と無理やり頼む。しかし、そんなのビビるよなぁ。俺だったら「No!」って言うもん。

5時にデハラさんと待ち合わせて会場であるDXへ。今回のために持ってきてもらった新作を展示する。ウ○コをリアルに再現した飛び技的な作品(笑)しかし、食品用真空パックを使ったパッケージや見せ方を含めて「さすがだな」と思ってしまう。

バタバタしてるうちにRafiが登場。続いて通訳のイアンが不安そうな表情で会場に来た。内心すごくホッとした。すぐにデハラさんとスピーチの打ち合わせをしてもらう。













日本のアーティストも続々と会場入りしたところで、ちょっと遅れて6時過ぎにオープン!瞬く間に会場が人で埋まり、熱気が一段と増す。入り口で入場者を数えていたDX側のスタッフも「多分、一階ホールでこんなに人が入ったオープニングは初めてじゃないか?」と言うほどの入りで、200人を超えたのがちょうど7時頃。

全アーティストにステージ横一列に整列してもらい、Rafiと俺による短いスピーチ。そしてDX館長のサマンサによる祝辞をもらう。そして俺から一人一人日本のアーティストの紹介があり、いよいよデハラさんのトークショー。

会場に集まった人々も熱心に彼の言葉を追い続ける。通訳のイアンも、急なお願いだったけど見事にその役割を果たしてくれた。全部のスピーチが終わったところで、皆やっと普通の表情に戻ったね。(★写真左から:荒川くん、トモレノン、デハラさん)





会場に散らばったアーティストの周りに続々と人が詰め寄る。言葉の問題はあれど、身振り手振りで作品の紹介や説明をする姿は見ていて感動した。つい先日まで日本だけを戦場にしてきた彼らが、今日はこうして海外のお客さんを相手に奮闘している。アートは言葉や人種の壁を超えられる数少ないもの。言葉で十分伝えられなかった部分は、作品が代弁してくれてるよ。大丈夫。

観客も一人来ては一人帰りで、その数はついに300を超えた。閉館の9時を過ぎても人が引かない。痺れを切らしたDX側は、照明をパカパカ消したりして合図を出す。それでも引かない(笑)!

多分、アーティストが会場に居ては観客が引かないので、二次会の会場へ先に向かうことにした。が、Rafiの奥さんが急に体調が悪くなり、ここでRafiは離脱。タクシーに分乗してKingを西へ。とりあえず乾杯したものの、キッチンが既に終わっており食べ物が何も無い。向かい側にある寿司屋からケータリングをして腹ごしらえ。

12時を過ぎた頃、RafiのアシスタントのJuliaの友達の家へ全員で行くことになり、またタクシーに分乗。皆すっかり酔っ払って「何でも来い!」状態に。その家では誰かの誕生会をやっており、一軒家丸ごとパーティー会場になっていた。

誰が誕生日なのかも分かんないのに、とりあえず「Happy Birthday!!」の掛け声と共に乗り込む(笑)各自それぞれに居場所の良いところを見つけて、ある人は語り、ある人は飲み、ある人は踊りまくる(爆)

あまりにも心地よさそうに踊っているデハラさんと、ドライバーの某Tさんを置き去りにし、退散した(笑)


2003年10月10日(金)



 トラブル連発

昨夜発生した問題で、今朝8時に早速某政府機関から電話が鳴った。まずいなぁ・・・。この問題は、別に誰が悪いとかじゃなくて結局皆に責任の一旦がある類のものと言われたが、そう言われても主催者がケツをまくるわけにはいかない。

Rafiとは今朝になっても連絡が取れないので、俺の独断で対処させてもらった。こういう時に資金力のない、俺らみたいなインディペンデントの辛さを思い知る。

10時半、会場のDXに到着。高橋ノブくんはもう到着してたが、安中さおりさんがいない。TVクルーはもうセッティングを済ませていて、先に高橋くんのインタビューを撮ることになった。

いや〜、いいね彼は。インドっぽい風貌もそうだけど、何よりも堂々としてるのがいい。カメラを前に、作品の解説をする。その間にやってきたRafiと今朝のトラブルの事情説明。唸りまくるRafi。

その唸りまくった顔のままRafiのインタビューの番(笑)さぞかし複雑な心境だったろう。

このTV番組には、俺は数回出ているので、今回は出演を控えさせてもらった。下手にTVに出まくると影で何を言われるか想像つくし。

11時過ぎにやっと安中さんが到着。時計を一時間遅く合わせてたらしい(笑)よくある海外での失敗談そのままじゃん(笑)彼女は「緊張して、挙動不振になっちゃった・・・」と言いつつも、アドリブで観客と話したりして、いやいや中々度胸が据わってますよ。

撮影後にフードコートで昼食。その後、アーティストの二人とRafiはギャラリー散策へ行き、俺はアシスタントのユリコと、ドライバーのTと空港へ向かう。そう、今日は6人ものアーティストが日本からやってくるのだ。

フライトの到着時間が近いユキちゃんと、デハラユキノリさんを先に出迎えて、一度ダウンタウンのホテルへ向かう。その間俺は空港で次のフライトを待つ格好。

ユキちゃんはウチにホームステイするから良かったけど、デハラさんのホテル予約が間違って入っており、ちょっとしたトラブルになったらしい。空港からでは何も出来ないので、とりあえずホテルやRafiと連絡を取り合って、何とかチェックインできた。

それから安西くんと荒川くんの乗ったフライトが到着。ややディレイ気味。30分後に安西くんが出てきたけど、一向に荒川くんの姿がない。別ターミナルに次の便が来るので、安西くんに待っててもらい、俺はターミナルを移動。そこで関口くんを出迎える。

またターミナルを移動して、安西くんと合流するものの、まだ荒川くんは来ていない。どういうことだ?かれこれ一時間になる。航空会社に問い合わせても、乗客の搭乗情報は一切教えてくれない。最低。

これはもう乗り過ごしたな、と判断して、一旦このメンバーでダウンタウンへ向かう。Rafiとその他のアーティストは、野外バーベキューを準備しており、ホテルにチェックインして、荷物を置いてすぐにRafiの家へ向かってもらった。

デハラさんと俺がRafiの家に着いたのは、もう10時を廻ったころ。乾杯だけして、ホテルを取ってない安西くんと二人で空き宿探し。運良く、ケンジントンのホステルが一部屋だけ取れたのだが、案内された部屋には不法宿泊客が寝てた(爆)。有り得ない!と思いつつも現実を受け入れ、違う部屋へ変えてもらった。すげぇ笑えた。

丁度その時、スタッフから電話が入り、荒川くんが飛行機に乗り遅れたため、深夜12時半にトロントに着くらしい、と情報が入る。今からではとても空港には間に合わない。パーティー会場に一度戻ってから、皆に別れを告げて、荒川くんが宿泊するホテルに先回り。

深夜1時前にようやくタクシーで荒川くんが到着した。彼は海外初めてだから、一番空港まで迎えにいってあげなきゃいけない人だったのに。まぁ、これはこれで旅の想い出になるんだろうけどね(笑)。

とにかく、これでやっと日本からの参加アーティストが勢揃い。明日の昼は皆で飲茶へ行って、夜のオープニングに備える予定。みんな本当に元気。グロッキーなのは俺だけか?


2003年10月09日(木)



 【Tokyo Doll】プレビュー

遂に【Tokyo Doll】がスタート。今夜は夕方6時よりスポンサー、プレス関係者のみによるレセプションを行った。個人レベルで付き合ってる人達ばかりなので、特にスピーチとかをやる必要も無く気が楽だった。

日本からの参加者、安中サオリさんと高橋ノブユキくんも8時過ぎに無事到着。早速パーティーの輪の中に入っていった。外国人に話掛けられても堂々と受け答えたりしてるのを見て「日本の作家もずいぶん国際的になったなぁ」と感心したよね。

元々海外経験が豊富な二人だけれども、日本人特有の“はにかみ”みたいなものが無いのはきっと、肝っ玉が据わってるからに違いない。良いことだ。

9時にパーティーを終えた後、日本食レストランで軽い打ち上げ。デレクとセス、それにスポンサーのMagic Ponyのオーナーらも混じって団欒の一時。そういえば、これが今日初めての食事だ(笑)

明日、急遽TVの取材が決まり、今日来た二人のアーティストにも出演してもらうことにした。朝起きれるといいのだけれど・・・。

スタジオに戻り、留守電をチェックすると“とんでもない事件”が起こっており、その対応に追われる羽目になった。今夜こそは寝れると思ったのに・・・。

肝心のRafiの携帯は不通。きっと撃沈したんだろう…クソッ。


2003年10月08日(水)



 【Tokyo Doll】搬入二日目

朝イチで銀行関係の用事を済ませ、10時にDXへ。ディスプレイに使うコーティング用紙が今朝届いたので、人形達の下にそれを敷く。これでグッと見栄えが良くなる。

Rafiと意見が対立していたブースについても、お互い歩み寄って何とかクリアできた。しかし、DX側とレセプションの費用やスタッフの手配について折り合いがまだついておらず、Rafiは途中からその交渉の為に一旦現場を離れた。

前日に続き、スタッフのモハメドと格闘しながら(笑)一つ一つのブースを設営すること4時間、やっと完成!既に噂を聞きつけた人々がちらほら覗きに来ていた。

サインボードやスポンサーのフラッグは明日の朝搬入なので、とりあえず今日出来るのはここまで。

6時にBloorでボランティアのみほこちゃんと待ち合わせ。明日、空港で日本から来るアーティストを出迎えてもらうので、その打ち合わせ。2便あるフライトがそれぞれ夕方着なので、レセプションに間に合うかギリギリのところだ。チェックインなどがスムーズにいってくれればいいけど・・・。

夜10時、Rafiと2人でポスター貼りに出掛けた。大量のポスターと大量の糊をもって(笑)怪しげな2人が街角にポスターを貼りまくる。Rafiは初めての経験らしく「手がベトベトで最低だ!」と連発してた。

しかし、こういった地道な作業が積み重なって、大きな反響に繋がるので手は抜けない。数週間前に配り歩いたポストカードは、ほぼ全ての店頭から消えて「もう少し持ってこれない?」と聞いてくる店もあったほど。あいにく3000枚もプリントしたのに俺の手元にももう無い。

夜中12時過ぎにポスター貼りを終えてから、ケンジントンのバーで一杯。さすがに二人とも疲労で無口になった。Terryから電話があり、ボードのデザインのことで急遽彼の家に行くことになる。Rafiが死にそうだったので、とりあえず俺だけ行ったんだけど、家にあるデータが絶対必要になり、速攻で家に帰る。

明け方4時までTerryとメールで作業をして、撃沈…。

2003年10月07日(火)



 【Tokyo Doll】搬入一日目

そろそろ本格的に【Tokyo Doll】以後の展開を準備しなくてはいけない。昨晩はそれに関する書類の準備や調査で、結局一睡もすることなく朝9時に会場であるDesign Exchangeへ向かった。

ちょっと遅れてRafiと作品運搬トラックが到着。DX側のアシスタントのモハメドらと作品を会場内に運搬。DX前のBayストリートが工事で片側通行になっており、うちらのお陰で大渋滞。

展示プランに従ってディスプレイ台を倉庫から降ろすのだが、全くこのモハメドという奴は仕事しない。最初は黙って見ていたのだが、さすがに昼食から2時間も戻ってこなかった時は「昼寝でもしてたのか!?」とお灸をすえた。

彼に言わせると、今年初頭にDXで行われた原研哉さんの【Re:Design】展でも「日本人はなぜそう急ぐのか?」と戸惑ったらしい。しかし、Rafiを見よ!この【Tokyo Doll】プロジェクトをスタートさせて以来、毎日俺のペースに合わせているので、すっかり日本的な仕事のペースに慣れている。

言い換えれば、動く前にまず「どうやったら最も効率が良いか」を考えることだ。思いつくままに行動しては、二度手間、三度手間だ。特にこういった時間の限られた搬入には、効率を考えなければいけない。

夕方6時までで、全体の50%の展示が完了。明日は残り50%とディスプレイ・ボードなどの飾り付け。そして、日本から来るアーティストを空港で出迎えるスタッフとのミーティング。

本当は、明日の午後にレストランへ絵を搬入しなければいけないのだが、色々と考えた挙句に来週まで延ばしてもらうことにした。こういうスケジュールぎりぎりの時に、無理に詰め込むとトラブルが起きたときに両方に迷惑が掛かるからね。


2003年10月06日(月)
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