-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 Queen West Art Crawl

今年最後のアウトドア・ショー【Queen West Art Crawl】当日です。昨日から死ぬほど描きまくって、新作を5枚ほど持っていける事になりました。お陰で睡眠は1時間ちょっと。

今回は誰も手伝いが居ないので、8時に会場に着いてから2時間掛けて、ようやくブースが完成。けど、公園だから風が結構強くて、ブースが倒れないか心配な仕上がり。

48インチ四方の特大サイズを3枚、あとミディアム・サイズを7枚と、今回の目玉である10インチ四方の小さなオリジナル絵画を持っていった。この小さいやつは、ヴァンクーバーの【silva-mare】canadianartsandcrafts.com を通して販売される予定で、その試作品として観客の反応を見るために出品した。これは、ほぼ完売という結果になり、大成功と言える。

朝にはWaiwaiwideの収録が入って、簡単にインタビューに答えた。そこで、他のアーティストも紹介して欲しいというので、あのFiona Smythを紹介した。俺も彼女も、この【Queen West Art Crawl】を主催してる団体に「トロントのアート・シーンを盛り上げる為の企画だから是非」と頼まれて出展しているので、今回の主旨やらシーンの状況やらを把握していたからね。

ハッキリ言って、ギャラリーの状況は良くないんだよね。来月には某ギャラリーが閉鎖に追い込まれるし、長年アートシーンを支え続けた【Lola】マガジンも廃刊に追い込まれた。そんな時だからこそ、Queen Westギャラリー地区を盛り上げるために僕らアーティストが立ち上がらないといけない。フラッと立ち寄ったSPINギャラリーのスチュアートとも、しんみりとそんな話をした。

そういった意図を汲んでか否か、多数の観客が会場であるBellwoods Parkを訪れた。俺のブースを訪れる観客も、今までのアウトドア・ショーでも一番と言っていいくらい多かったし、引っ切り無しに話しかけてくるので、トイレにも全く行けない程だった。

アーティスト一人一人の頑張りや、活躍がシーンの再生にも繋がるはず。フリーのアーティストや日曜画家と言えども、出展してる以上はクオリティの高いものを見せるべき。ただの”作品発表会”じゃダメなんだよ。そんな気持ちにさせられるアーティストもいたのが残念。

しかし、公園でのアートショーの他に、近隣に住むアーティストがオープン・スタジオにしたり、カフェやレストランが積極的にアーティストに展示場所を提供するなど、地域が一丸となってる様子が伝わって、全体的には大成功のイベントと言えるんじゃないかな。

俺自身、トロントで活動するアーティストの一員として、何か強い使命感を感じることのできた一日だった。



2003年08月23日(土)



 Happy Birthday Carlos

明後日、23日のアウトドア・ショーの搬入用のレンタカーの予約を忘れていて、大慌て。ネットで調べて、レンタカー屋に電話するものの全く見付からない。やっぱ、8月のヴァケーション時期はどこも繁盛するんだな。

結局、ウェブサイトも持っていないような、ローカルなレンタカー屋まで歩いて行って予約した。日中はずっと絵を描こうと思ってたけど、だいぶ時間をロスした・・・。

Waiwaiwideの千秋さんからTELがあり、アウトドア・ショーに取材に来てくれるとの事。ラッキー。

電話が鳴ると気が散るので、ジャックを外してやっと描き始める。が、7時から【Bit's】のオフィスでミーティングのため中断。【Toronto Japanese Film Festival】というイベントの企画がBit'sに持ち込まれて、そんで俺が相談に乗っているのだ。

先日から日記にも書いてる、例の紛失しかけた品物はその出品作品だったんだよね。そういった迷惑を掛けたこともあり、出来る範囲で協力してあげたい。今日は初対面だったから、色々とイジワルな質問をぶつけたりして様子を伺った。やる気は買うけど、あまりにも無計画でビックリしたけど。

9時にミーティングが終わり、カーロスの誕生パーティーへ直行。本当は先週やるはずだったのが、大停電のお陰で今夜に変更になった。寿司食べ放題だったけど、着いた頃には皆すでに食後トークの時間だった。

久々にHiroさんや、ツヨシとも話す。そのツヨシももうすぐ帰国。またスパーリングの相手が居なくなるなぁ・・・。

カーロスの彼女がお手製のケーキを披露。すっげー美味かったっす。とりあえず食べるだけ食べて、記念写真を撮って解散。もうちょっと早く行ければ良かったな。

Yonge x Bloorから歩いて帰宅し、昼間の絵の続きを行う。そして、現在午前4時、無事にフィニッシュ!!前からずっと使いたかった、黄緑のパステルを存分に使った作品になった。明日ももう一枚描く予定。

2003年08月21日(木)



 【Tokyo Doll】審査スタート

遂に【Tokyo Doll】の審査が正式にスタートした。これまでに日本全国から届いた申請書は100通に迫る勢い。正直、これほどフィギア系の作家が居るとは思わなかった。

第一回目ということもあって、どんな形態や素材や大きさが展覧会の主旨に合っているのか、応募者には戸惑いがあったと思う。それはある意味で我々も同じで、どこまでを範囲に含むのかを相当話し合った。

選考は、俺とRafiを含めた実行委員会が行うんだけど、委員はカナダ国内だけではないので、応募作品をメールで転送して一次審査を行った。まずRafiと会って、二人の意見を統一する。それから各委員と個別に電話で話し合った。この段階で全体の1/3まで絞り込んだ。

これから数日かけて二次選考を行います。もう一回頭の中を白紙にして、応募作品を見るようにしたい。

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23日に迫ったアウトドア・ショーに向けて、今日からやっと絵を描き始めることが出来た。何枚仕上がるかは分からないけど、納得いくものだけを出品しようと思う。

会場はトロントのギャラリー・ディストリクトであるQueen Westなんで、見に来る人もそっち系が多いと思うし、去年アワードをもらった【NOW】マガジンの読者投票もスタートしてるから、ちょっと意識してしまう。

そういえば、去年その【NOW】のアワードをもらった後で、「tomolennonって、日本人だと思わなかった」。とか結構言われた。作品だけ知ってて、本人に会った事無い人は、大体そう思うみたい。

でも、そのリアクションて、あんま良い感じじゃないんだよね。実際に会って、変なアジア人だと分かったら、みんなガッカリすんのかな?

トロントは人種のモザイクだと言っても、まだまだアジア人の扱いは低いですよ、本当。無意識のうちに、そういった意味の戦いもしてる気がするよね。だから、今回のアウトドア・ショーも全参加者の中で一番面白くしてやろうと思ってる。見てろよ。

2003年08月20日(水)



 悪運か幸運か

あったー!!14日に紛失して以来、今日まで行方不明だったものが見付かった!!もう、すっかり出てこないと諦めかけていて、昨日持ち主にも謝罪したところ。でも今朝、最後の頼みで訪問した紛失現場に、驚くべきことに届いていたのだーーー!

発見者は、そこのビルの管理人のおばちゃん。この際、おばちゃんだろうが、お婆ちゃんだろうが、どうでもいい。思いっきり抱きついて『ありがと〜〜ぅ!』と叫んでしまった(笑)。おばちゃんは「You're luckey guy!(あんたはラッキーだよ)」と言ってくれたが、俺の友達は皆『ほんと、悪運強いよね〜』と、幸運ではなく悪運と表現する。なんで?

俺は、割と【ゲンを担ぐ】人間。例えば朝にシリアルを食べた日に、絵が売れたりすると次の日もシリアルを食べるような感じ。逆に黒い靴下を履いた日に悪い事が起こると、黒い靴下を履かないようになったり。

それに当てはめると、今回探し物が見付かったのは【小さい嘘すら、つかなかった事】のお陰である。いつも失敗すると、小さな言い訳や、嘘を考えてしまう悪いクセがあるんだけど、今回は本当に包み隠さずに打ち明け、謝った。

もちろん、口に出すまでに「ちょっと大げさに言おうかな?」とか、「同情を引こうかな?」などと悪い考えも浮かんだが、「いやいや、清々堂々と謝罪すべき!」という自我が勝ったのだった。

そして今、その時嘘をつかなかった自分に猛烈に感謝している。きっと、そのお陰で戻ってきたんだと心から思ってるもん(笑)。この件では、信用や信頼を失う寸前だっただけに、余計に感慨深いものがある。

悪運でも幸運でも何でもいい。とにかくそれを引き寄せられたのなら。

2003年08月18日(月)



 責任の取りかた

大停電のあと、【人生で最大の落し物】の代償は高く付きそうだ。金銭的にではなく、迷惑を掛けた人々に、どうやって誠意を見せるか?というところ。

もし俺が逆の立場で、日本の作家から預かった大切な作品を他人に紛失されたなら、それはいくら謝ってもらっても仕方ない。金を出されても仕方ない。

ぶっちゃけ、無くした物はしょうがないので、この局面をどうプラスに転じさせるかを考えている。そうやって考えると、俺が出来る事はただ一つ。彼らがやろうとしているイベントに参加し、【成功】の二文字をもたらす事だと結論を出した。

現在は10月に開催される【Tokyo Doll】に全力を注いでいるが、11月の彼らのイベントに協力できる余力はある。労力ではなく、頭とアイデアで貢献するしかない。

2003年08月17日(日)



 まだ見つからず・・・

朝一で【Bit's】オフィスのあるスパダイナxブロアへ落し物を探しに出掛ける。が、依然見つからず・・・。結局3時過ぎまで、KazuやKenと今後について色々と相談。

午後4時、Waiwaiwideの千秋さんに依頼されていた絵が仕上がり、彼女に手渡すことが出来た。通常、こういったコミッション・ワーク(依頼されて描く絵)の場合、あまり冒険せずに自分のスタイルの中で描く場合が多いんだけど、今回は新しい技法にチャレンジしたり、色使いも他に無いものだったりして、個人的にも満足できるものになった。新居に飾られるそうなので、いつかその様子を見てみたい。

先日、慎也さんの手伝いで、絵の搬入に行った【Butler's】というレストランから連絡があり、9月から一ヶ月間絵を展示して欲しいと依頼があった。ちょうど来週末に迫った【Queen West Art Crawl】用に描く絵もあるし、数は揃うと思ったのでOKする。


2003年08月16日(土)



 復旧

静かな朝を迎える。平日であるが、昨夜の大停電の影響を受け、ほとんどの会社や商店は営業を自粛している。朝方5時頃に、30分ほど電気が点いた。が、すぐにまた停電に戻った。

日本の姉に電話して、ニュースでは何と言ってるかを確認してもらった。そこでようやく停電の原因がナイアガラにある発電所のトラブルが一因だと知る。同じフラットに住む子が「2-30%復旧した電力を、地域ごとに振り分けて供給してるらしい」との情報を持ってきたが、同時に完全復旧までは程遠いことも分かった。

昨日同様、友達が訪問してきた。手には寿司を持っている。もうホットドッグやパンには飽きた様子(笑)。商売根性逞しいアジア系商店では、停電後すぐに通常の倍の値段で商売をはじめている。チャイナタウンのスーパーでは、冷凍食品がダメになる前に袋詰めにして、一袋$10で投売りしてたし、路上では電池やローソクを倍近い値段で売りさばいていた。さすがである・・・。

昼になり、冷凍庫の中身は、ほとんど溶けてヤバイ状態。炭でも買ってきて、肉類は全部焼いてしまおうかと思った矢先、ポッと電気が点いた!目の前のHMVも、横のブティックにも煌々と明かりが点いた。

明かりと共に、停電になる直前の昨日の記憶がフラッシュ・バックしてきて、ある重大な落し物をしたことに気付いた。大停電というパニックの中で、手にもっていたはずの大事な品物をどこかに置き忘れてしまったのだ!

家中を探してもない。昨日合った人々に電話で確認を取る。しかし無い。

昨日、どうやって家に帰ってきたのかを必死に思い出そうとするが、驚くほど覚えていない!これは大変な事になった。彼女と2人で、昨日歩いた道や、寄った場所を確認して歩くが全く手がかりがない・・・。

自分の記憶ほど当てにならないものは無い。人が「白だった」と言えば、「白だったかもしれない」と思うし、「黒だった」と言われれば、「黒だった!」と思う。ましてや、大停電という状況で、通常とは異なる行動を取ったとしたら、思い出す自信もないのだ・・・。

2003年08月15日(金)



 北米大停電

午後5時。突然PCの電源が切れた。「ブレーカーが落ちたかな?」と思ったら、周囲の店の電気も消えているので、一時的な停電だろうと最初は思った。しかし、30分、40分経つにつれ「これは長く掛かりそうだな」と思い、6時に約束がある【Bit's】のオフィスへ徒歩で行くことにした。

その時点で、路面電車は乗り捨ててあるわ、交差点では一般市民が交通整理しているわ、止まった地下鉄から人々が這い出してくるわで、街は異常な様相を呈していた。

これが北米東部に渡った大規模な停電だと知るまでに、かなり時間が掛かった。台風の目と同じで、その真っ只中にいると、自分が今、どういう状況に置かれているかを知る由が無いのだ。たまたま電池式のラジオを持った人がいて、その周りを囲むように幾重にも輪が出来ている。

オフィスに辿り着いたものの、編集部員は既に帰宅した後。仕方ないのでそのまま引き返した。俺は歩いて帰れる距離だから良いものの、遠距離の人はタクシーを捕まえようと必死。それも諦めた人々の列が車道まで拡張し、車が身動き取れないほどに膨れ上がっていた。

今晩は復旧の見通し立たず、というデマがアッという間に広まり、食料を求めてホットドッグの屋台に長蛇の列が出来た。商店はどこもロック・アウト。下手に店を開けると、パニック状態の市民による略奪や混乱が容易に予想できた。

家に帰ると、友達が数人集まっていた。皆、心細さもあるけど、突然降って沸いた大停電という”イベント”に興奮していた。しまってあったローソクを並べ、懐中電灯の電池を確かめる。日中、珍しく30度を超えたのもあって、ローソクの熱気が部屋に充満する。

9時過ぎに日没を迎え、非常灯すら点かない街の景観に恐怖すら感じる。それとは裏腹に、街に繰り出す若者は、手にローソクや発光灯を持ち、ぬるいビールを求めてレストランに集まり出した。俺も、電気が無ければ、何も手につかないので、今夜は仕事の事を一切考えずにいようと思った。

友人達とローソクの明かりの中で、くだらない話を沢山した。昨晩、ちょうど【北の国から】の第一話を見たばかりだったから、純が五郎に言った「電気が無かったら暮らせませんよ!」というのは名言だ!とか、日本だったら電気が無くてもガスがあるから料理は出来る、とか。

幸い、水は使えたので、飲料やトイレに困ることは無かったが、高層マンションなどでは水を汲み上げるポンプの電源まで落ちてしまっていた。電話機もコードレスや携帯はアウトで、旧式の電源がいらないタイプだけが作動した。改めて、自分達の生活は電気によって支配されてることを考えさせられた。

夜遅く、街を歩いてみると、驚くほど近くに星が見える。こんな夜も悪くないな、と思えたのは、きっと数日後には復旧するはずだという前提があってのこと。馬鹿騒ぎをしてる連中も、きっと同じなんだろう。

ケンジントンのKaraで、「作れるものだったら、何でも良い」と、食べ物をオーダーして、とりあえずの夕食を済ませる。深夜1時頃、この辺り一帯の電気が戻った。一気に夢から現実に戻されるが、復旧したのは本当にここの一部分だけで、ウチのQueen stは依然闇の中。

明日には復旧して欲しいという希望と、もう少しこのままでも良いという気持ちが入り混じりながら、蒸し暑い夜のベッドに入った。

2003年08月14日(木)



 カンヴァセーション

【Tokyo Doll】では、Raffleチケットという宝くじを販売します。一口$20で、抽選で一名にDoll作品が当たるというもの。今日、そのチケットが刷り上ってきたので、一枚一枚に番号を貼る作業をした。キュレーターというと、電話や事務作業ばかりと思われるが、こういった地味な作業も多い。

黙々とした作業の間でも、それぞれの頭の中では色んな作業が同時進行している。思いついた事を言葉にしながら、アイデアを交換し合う。だからトピックは飛びまくりで、一瞬何の話をしてるのか掴めない事も多い。

【Tokyo Doll】は、Rafiと俺の二人に同等の権利があって、それが決断を遅らせることもある。どちらか一方に良いオファーがあったとして、すぐに返事をしなければいけない場面でも、絶えず相手の了承を得る必要があるし、それを待っている間に話しが流れてしまうこともある。

だから、普段から意思の疎通をまめにして、お互いの許容範囲や思考を汲み取っておく必要がある。多分、外部の人が聞いたら「こいつら一体何の話をしてんだ!?」というような言葉の投げ合いであるが、俺らにとっては大事なカンヴァセーションとなる。

午後から日加タイムスへ行き、広告のデータを渡す。それからBit'sのオフィスでKazuとミーティング。



2003年08月12日(火)



 トロントの日本人アーティスト

昨日からの締切りに追われつつ、無事【Vice】の広告を入稿。それから10時に慎也さんが迎えに来て、彼のカフェでの展示作業を手伝う。

Queen Westの【Butler's】という小洒落たレストランで、12−3枚を展示。そこで昼食を食べつつ、【Bit's】用のインタビューをした。いつも思うけど、慎也さんの活動スタンスは超自然体で羨ましくなる。がめつく売り込んでいくのでなく、向こうから話しが転がり込んでくる。かと言って、プロモーションを怠っている訳ではなく、きちんとそれに対応してるんだよね。

スタジオに戻って、今度は電話でYuukoの取材。前からはっきり物の言える子だとは思っていたけど、最近メキメキと自信を付けてて、良い意味でに饒舌になっている(笑)。彼女くらい海外生活が長いと(10年)、思考や言動が日本人離れしていくようで、まるで日本語を話す外国人を取材してるようだった。

それらをまとめ、インタビュー全体の記事が仕上がったのが午後5時。それから【Tokyo Doll】の日本語メディア2紙用の広告をそれぞれ制作する。レイアウトや内容も、それぞれの雑誌に合うように変えているので、全然別の広告みたいになった。


2003年08月11日(月)
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