-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 緊急ですか?緊急です!

朝から電話の洪水で窒息寸前。電話のベルで眠りから覚めるのは、あまり健康に良くないと確信したね。

だいたい朝イチで電話くれるのは、非常にマトモな生活をしてらっしゃる方々で、マトモな用件である場合がほとんどだから、オイラみたいな夜型低血圧人間が、起きぬけに気の利いた返答ができるわけがない。

今日は、緊急の予定変更が多くて、午前中は顔を洗う暇もなくPCの前に釘付け。昼に届ける予定の【Fuse Magazine】用の広告にミスが発覚して、急遽手直し。そして数日後の【Canadian Art】誌の広告にも変更が。

更に、エクスプレスのクーリエでも間に合わない郵便物が出てきて、それを401Richmondまで走って届けた。Oh...こんな忙しい午前中は久々だ。午後からカーロスと庭造りの予定だったのを遅らせてもらって、何とか全ての用件をこなした。

午後2時にようやくカーロスと合流。いきなりポルシェで現れてビックリ!新車じゃん!試運転を兼ねて、Richmond Hillまでドライブ。途中、石材屋に寄って庭に敷くブロック類を注文。

「腹減ったね」ということで、カーロスお勧めのホットドッグ・スタンド(笑)で昼食をとる。今日は二人きりだったので、お互いのプライベートの事を色々と話した。これって、普段は寡黙なカーロスだけに意外だった。

夕方まで庭の測量をして、設計図を書き直す。途中でRafiから緊急のTELが数回入ったので、早めに切り上げてもらってダウンタウンに戻った。

MoonBeanでRafiと落ち合ってミーティング。だんだん【Tokyo Doll】に関わってくれる協力者が増えてきてるので、ちょっとした連絡ミスが思わぬトラブルを生むんだな。

今日はNew YorkとL.A.から重要な電話が入ってたにも関わらず、俺もRafiもそれを取ることが出来なかった。今まで俺の携帯番号をシークレットにしておいてもらってたけど、もう限界。とうとう皆に教えることにした。それから、オフィスに常にスタッフを置くことも検討しなきゃいけない。

帰宅してからメールをチェックすると、【Bit's】次号のアートコラムで取り上げるアーティストからも「緊急で連絡を取りたい」とのメールが数回・・・。今日はそういう日なんだな、きっと。

2003年07月28日(月)



 Montreal

リンゴ最高!!

24日にCasino Ramaで観たリンゴ・スターのコンサートは、そりゃ もう生で観れただけでも感動だけどパフォーマンスも最高だったので言う事なしです。ただ、アンコールが無かったり、客の年齢層が高かったので、あまりドッカーン!という盛り上がりは無かったけど個人的にはお構いなしに終始歌いっぱなしで楽しみました。

コンサートが終わったのが夜11時。そこから車を走らせ、一路モントリオールへ!だけど、朝4時に辿り着いた首都・オタワで軽食を取ったあと、やっぱり力尽きて公園に車を止めて仮眠した(笑)

一時間ほど寝て、早朝モントリオールに着く。街並みは、イメージしてたよりもずっと古めかしくて、所々にある教会を中心に街が広がっていった様子がわかる。

早速入ったカフェで「ボンジュール」と声を掛けられ、ここはフランス語圏だということを思い出した。そんで、俺も初めてフレンチに挑戦「カフェ・モカ シュルブプレ?(カフェモカ下さい)」(爆) 何てビギナーなフレンチ!

先日のMoccaオープニングで知り合った Pierre-Francoisのギャラリーを訪れ、モントリオールのアートシーンについて色々と聞く。また、そのビルはギャラリーが数十軒も入った総合ビルだったので、他のギャラリーにも紹介してくれて交流を深めることができた。ラッキーです。

その後、Pierreに紹介してもらった街外れのギャラリーや旧市街のギャラリーを廻ったり、現代美術館へ行ったりした。ノートルダム通りも少し散策したけど、結局ノートルダム教会へは入らなかった。

その日の夜にはトロントへ帰ろうと思ったけど、予想以上に疲労がキツかったので、急遽宿を取って一泊することにした。

ほんの短い時間の滞在では、本当のモントリオールの魅力が分からないけど、それでも雰囲気やトロントとの違いを実感することが出来て良かったと思う。次は、もう少しフレンチを勉強して(笑)、長く滞在してみたいね。


2003年07月27日(日)



 RINGO!!!!!!!!!!!!!!!

突然ですが、明日からモントリオールへ行ってきます!正確に言えば、明日の夜にオンタリオ北部にあるCasino Ramaにて【リンゴ・スター】!!!のコンサートを観てからモントリオール INです。

へへへ、Ringo Starrですよ、リンゴ・スター! 残るビートルズはリンゴとポールの2人だけ。どーしても生きてる間にお会いしたかった!しかも、2001年に同所で予定されてたコンサートがキャンセルになっていたので、今回ワールド・ツアーの初日をわざわざココに指定したんだよね。くぅぅ〜!泣かせる!

ニューアルバムの『Ringo Rama』というタイトルも、今回の会場であるCasino Ramaに引っ掛けてるような気もするし、しかも世界ツアーの初日だし、これを見逃したらビートルズ・マニア失格だと思ってチケット取りました。

その会場であるCasino Ramaだけど、トロントから北部へ車で2時間という遠さ。ほとんどアルゴンキン・パークですよ。交通手段が車だけなんで、わざわざこの為にレンタカーを借りました。それだけで返すのは勿体無いし、丁度モントリオールで仕事の話もあるので思い切って行くことにしました。

トロントからモントリオールへは車で約7時間。リンゴのコンサートで燃え尽きた後に、果たして辿り着けるかどうか微妙だけど・・・。睡魔にガッツリ襲われたら、途中のオタワかどこかで一泊しようかな。戻ってくるのは26日です。

【Tokyo Doll】で忙しい最中に脱出するのでRafiは呆れてます。なので、明日・明後日の仕事を片付ける為に、今日も来てもらって片っ端から処理しました。夜に【Bit's】のカズさんがやって来て、諸々の相談。


さて、今夜は早めに寝ないと!



2003年07月23日(水)



 【Tokyo Doll】のAD展開

【Tokyo Doll】の一般公募ADが掲載された雑誌が届いた。日本では既に発売されていて、早くも問い合わせのメールが数件きてます。

この広告を掲載するにあたって、雑誌側と何度か話しをしたんだけど、心配していた色のバランスがやっぱり良くない。もし俺が日本に住んでいたなら、発売前に色校正を見ることが出来て、こういった不満もないんだろうけど、先方も海外からの注文は稀なので、どう対処すれば良いか戸惑いもあったみたい。すでに出版されてしまったので、これ以上どうしようもないけどね。

夕方、Rafiに来てもらって打ち合わせをした。今度はカナダのアート雑誌に掲載される広告について。カナダは広いので、各都市ごとに様々なアート雑誌が発行されてる中、唯一全国誌と呼べるのが【Canadian Art】誌。取り上げてくれるらしいんですよ、Tokyo Dollを!

もう一冊は、トロントのオルタナティブ雑誌【Fuse Magazine】。去年のHYPE TOKYOの時は、散々アプローチしたにも関わらず、掲載に至らなかったけど、今回見事に広告スペースGETです!

新聞や週刊紙などは、まだ先送りにしてとりあえず月刊誌・季刊誌を押さえにいってるので、どんな大きさのスペースが取れても良いように大小各種様々なADデザインを用意する必要がある。Rafiとレイアウトの重要なポイントだけ決めて、あとは色々なパターンを試してみることにした。

2003年07月22日(火)



 お盆

もうすぐお盆の時期です。いきなり「何だ!?」と思うかもしれないけど、昨年一月に父が亡くなって、早くも二度目のお盆。日本の家族は、法事を済ませるために故郷である北海道へ旅立っていて、今日も報告のメールをもらいました。

我ながら、不出来な長男です。父の葬式には出席できたものの、その後の法事には何一つ出席することなく今日まで来てしまった。俺の代わりに、義兄に代役を務めてもらったり、せいぜいインターネット注文で献花するくらいしかできないのは何とも歯がゆい。

同じように海外で暮らしてて、思うように日本へ墓参りできない人達はどうしてるのだろう?ふと、そんな事を考えてしまった。

父の遺影や簡易仏壇みたいなものは持ってるし、父への祈りはどこにいようとも関係ないが、母や姉にすべてを押し付け、長男としての責任、役割を何一つ果たせてない自分への憤りと焦りを感じる。

2003年07月21日(月)



 英語でチャット

カーロス道場の日。今日は大盛況で、新顔がずいぶん沢山いた。と言っても自分だってまだ数ヶ月しか通ってないけど。

最近は、立ち技よりも寝技の練習が楽しい。ほんの少しの角度や力の入れ具合で関節が極まるんだけど、ちょっとでもポイントがズレてると、形は決まってても全然極まらないんだ。そのコツを得る瞬間が至福だ。

寝技練習の仕上げに、カーロスとスパーリングをやって、初めて一本取った。もちろん手加減してもらってるから本気では敵わないけど、戦いの中でどうやって技を繋げていくかという感覚を少しずつ学んでる感じがする。

その後、ボクシングの練習に入るが、打って変わってどうも調子が悪い。いつもよりスタミナが切れるのが早くて、1ラウンド3分が異様に長く感じられた。みんなに「タバコ止めて、マラソンしろ」と言われた。その通り・・・。

夜、【Tokyo Doll】のFundraisingイベントのミーティングを、インターネットのチャットでやった。英語を書くのも喋るのも苦手だけど、どうやらチャットは違うらしい。単語を並べるだけでも通じるし、もしかしたら普通に会ってミーティングする時よりも意思の疎通が出来るかも!?

で、チャットをやりながら書類を手直しして、直ぐにそれを相手に送る。それを見た相手がすぐに意見を書いてくる。そんなやり取りを2時間くらい。世の中便利になったとはいえ、それを使いこなす機会はあまり無いけど、今夜はかなりお世話になった気分。


2003年07月20日(日)



 Fundraisingその後

昨夜のカフェ・トモレノン営業明けで、昼まで爆睡してしまった。彼女の部屋の改装を手伝いに、友達が来たので、仕方なく起きだして参加。壁のペンキ塗りはほとんど終了。あとは床をひたすら磨くのみ!

夕方、皆で友達の誕生パーティへ。いつも通りダラダラ過ごす。

10時過ぎに、一度抜け出してRafiと共にクラブ【Una Mas】へ顔を出す。今夜のパーティをオーガナイズしてるRosannaと打ち合わせをする為だ。8月の【Tokyo Doll】ファンド・ライジング・パーティーを彼女がオーガナイズしてくれることになったし、その旦那であるTerryが展覧会カタログのデザインを担当することも決定した。

【Una Mas】へは久々に行ったね。前のオーナーだったAkiさんが引退してからは、全く近寄ってなかったから。客にとってはオーナーが代わろうが、いい音楽と空間があれば良いのだろうけど、俺の基準ではオーナーの人柄が良いことが一番のプライオリティ。

デザイナーのTerryとはギャラリーやパーティーの場で何度も顔を合わせていたものの、ちゃんと喋るのは初めて。いくつかデザイン・アワードをもらった事は知ってたけど、よく見慣れたアノ広告も彼がやってるとは知らなかった。とてもナイスガイ。

0時に差しかかり、音が大きくなってきたので、Rosannaと8月の大まかな概要を決めて【Tokyo Doll】のレターヘッドを預けて退散。この先のオーガナイズを彼女に託す。

そっからまた誕生パーティーへ戻って飲み直し。

2003年07月18日(金)



 Moccaオープニングand More

Mocca(カナダ現代美術館)にて【Damage Control】展オープニングに出席。今注目してるアーティストであるPaul Butlerが参加してることから、雑誌【Bit's】のコラムでも取り上げさせてもらった。

Paul Butlerは写真をコラージュした上に、メッセージを追加する手法を得意としていて、一見AD広告風なスタイルの中にも強いメッセージ性を持った作品だ。左の写真ではないけど、大好きな【Heal Yourself】が展示されてた。

前記の取材にあたって、先日キュレーターのCamilla Singhにスタジオまで出向いてもらって話を聞いたことで、また新たな知人の輪が広がった。例えば来週行くモントリオールのギャラリストとか、出版関係者、9月にSPINでやるアーティストとか。

彼女はとにかく顔が広い!自身もアーティストであるから今週の【Eye】マガジンの表紙と特集を組まれてて更にビックリ。展覧会のアーティスト本人よりも彼女の存在自体がフューチャーされてたし。で、雑談の中から生まれたプロジェクトを、今後2人でやる事になるかもしれない。これは後日また詳しく。

SPINのJunoとStuも、9月にやるアーティストを引き連れて来場。そこでちょっと立ち話し。その後も予定があったので、今日は早めに退散。

ダウンタウンに戻って、Queen x Bathurstにあるクラブ【Holly Joes】へ。先日Annex Patio ShowでRyanに紹介してもらったRich Lowenbergのバンドのライブがあった。RafiとMihokoを誘って鑑賞。

彼のWebサイトで幾つか曲を聴いて、正直あんまり良いとは思わなかったけど、実際の演奏を聴いてびっくり。上手いじゃん!特にRichのギター・ワークは非凡な才能を感じさせた。チェロとバイオリン、ドラムを配したバック・バンドもユニークだし、これはひょっとしたら化けるかも!?

ライブが終わって、RafiとMihokoさんがウチに来た。朝7時までカフェ・トモレノンを営業(笑)っつーか、朝までトーク。


2003年07月17日(木)



 姉さん、キャンセルです。

な〜んと、とんでもない事が起こった!7月30日に参加予定だったOutdoor showが突然キャンセル!

あのローリング・ストーンズをはじめ、10数組のバンドが出演するトロント史上最大の野外コンサート会場にアート・マーケットが設置される事になっていた。しかし、日を追うごとに予想観客数が膨れ上がり、TVや新聞でも連日「大変なことになる」と煽るもんだから、主催者のモルソン・カナダはマーケットの設置が危険であると判断したらしい。

昨日、慎也さんにも言われてニュースを見てみたら、【交通機関は徒歩!】とか【寝袋持参】とか【徹夜組】【ペットボトルは2本まで】【病人は必ず診断書を携帯】などといった単語が乱れ飛び、尋常じゃない様相を呈していたので(笑)ある意味納得。

でも、とにかく残念!海外の野外フェスの開放感ときたら堪らないものがあるし、20万人規模のなんてそうそう無いから。まして、そこで絵を展示できるチャンスなんて今後またあるのだろうか?!

日本にいて、音楽漬けだった頃の憧れは、何と言っても海外で行われる野外フェスティバルを観ることだった。

初めて行ったのが、1997年にバンクーバーのUBCで行われた野外フェス。午前中はガラガラで、シートに寝転がって日焼け出来たのに、陽が暮れるにしたがってドンドン客足が増え、トイレに並ぶのに30分も掛かったりした。

で、大好きなシェリル・クロウやLos Lobosが出るころには8万人に増え、トリのTragically Hipが出た真夜中過ぎには10万人を越えたとのアナウンスがあったのを憶えてる。

午前中は、清々しい空気の中で寝転がって音楽を楽しみ、持ってきたランチをパクつく。沈みゆく夕焼けを背に、小高い丘へ移動して遠くからステージを眺める。最後は最前列まで突進して、真夜中過ぎのカオス状態を味わう。野外フェス独特の時間の流れに身を任せた一日だった。

今回キャンセルになったので、客として行こうかとも思うけど、何だかテンションが下がってしまってる。

来週、モントリオールへ視察に出掛けるついでに、Casino Ramaでリンゴ・スターのコンサートへ行ける事になったからかもしれない。やっぱり、こっちが野外フェス以上に大事。

残るビートルズはリンゴとポールの2人だけ。ジョンもジョージも生きてる姿を見ることが出来なかったので、この2人だけは追いかけ続けます!しかし、世界ツアーのスタート初日がトロントとは、リンゴとは縁がありますな!


2003年07月16日(水)



 マーケティング不要!

午前中Rafiと郵便局へ。スポンサーのパッケージを更新したので、各社へ発送した。

同じ業種のスポンサーでも、ターゲットはそれぞれ異なるし、ベネフィット(利益)の捉えかたも全く違う。それに対してこちらも結構神経を使うわけだ。例えばビール会社のアサヒとサッポロが協賛した場合、どちらか一方には会場で配布するビールを提供してもらうが、もう一方にはビール以外での協力を要請しなければならない。ビール会社がビールの提供以外で貢献するのは難しい。が、そこを捻ってアイデアを提示していくことが必要になる。

昨晩、それぞれのスポンサーへの手紙を書いてる時に、これが本当に頭痛の種だった。大企業ともなれば、マーケット部門もしっかりしてるし、ありきたりの提案では却下されてしまう。長い時間インターネットであれこれ彷徨っていたんだけど、ポンッ と一つのヒントが舞い降りてきた。

ある部分までは、マーケティング(市場調査)の力が必要で、確かに求めてるターゲットや年齢層に向けて撃ち込むことは必要。けれど、マーケティングという言葉に捕われすぎて、「商品とは何ぞや!?」という問いかけがスッポリ抜けている自分に気付いた。

商品の魅力なしに、マーケティングは成立しない。では、その商品の一体どこが人々に訴える力を持っているのか。そこを自分なりに解釈し、ある意味でマーケティング一切無視の方向から提案させてもらうことにした。

協力するからには、失敗は許されない企業側の考えとは、相反するところが多いけれど、逆に新しい協賛のあり方がここから生まれるかもしれない。そういう想いで手紙を書いた。うまく伝わって欲しいなと思う。

午後からカーロスと庭造り。山林まで分け入って、巨木を根っ子から掘り起こして除去。重さ100Kg以上はあると思われる巨木を、地面から引っこ抜く彼は尋常ではない・・・。

そんなパワーのない俺は、周りをスコップで掘り起こし、根っ子をナタで切断しながら丁寧にやっていると、「Hey, Bad boy. 日が暮れますよ」と言いながら強引に引っこ抜いていく。そんな芸当できるの、アンタだけだから。

最近、めっきりトレーニングづいてるので、二の腕がどんどん太くなってきてる。チビTとか着ると、腕のところがパツパツになってしまって逆に恥ずかしいんだけど。

それから、カーロスの次の【PRIDE】マッチは10月の大会に決まった様子。相手は某日本人選手とか。チャンスがあったら日本へ付いて行きたいなぁ。無理そうだけど。

2003年07月14日(月)
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