-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 PRIMALということ

去年HYPE TOKYOに出てくれたKさんが入院している、板橋にある帝京大学医学部付属病院へお見舞いに行く。そういえば埼京線て初めて乗ったぜ。

実際に会うのは初めてだけど、彼自身ジョン・ルーリーのサイトもやっていて音楽の趣味も近く、数少ないTom Waitsファンでもある。その関係の物(ブツ)を交換したり、HYPE以後もメールや物のやり取りをしてるので、何だか昔から友達だったよう。

短い時間だったけど、こうして海を越えて実際に顔を合わせられて良かった。病室で絵も描いてたし、次は新宿のスモーキーな穴蔵酒場で飲めることを願う。

午後3時、友達の中でも最も古い部類にはいるAと新宿で待ち合わせ。友達というより妹みたいなAだったけど、最近は社会人も板について、ついには俺にビジネスチャンス話を持ってくるまでになった。

そう、今日は彼女の紹介で、ある人物と会う事になっている。それは、日本で知らない若者はいないくらいメジャーなファッション・ブランドの重役。

最近特にパーカとかT-シャツ、時計のデザインのプロデュースをするようになった理由は、アートとミュージックの融合という理想の中にファッションの要素をどう組み込むか?の試行錯誤の現れである。

原宿のショップへ移動して、実際にどんな商品展開をしてるかを見せてもらい、それを踏まえた上で今後何ができるかを検討した。話した感じでは、もう充分な対応をしてもらったと言える。

今回日本に来た目的はHYPE TOKYO2の為なので、具体的なファッションに対する下準備をしてこなかったから、まずは顔を合わせただけでもOKとしたいところ。

頭の中は、アートとミュージックとファッションがグルグル廻ってる。そのまま混ざってしまえ!という感じ。自分でもそういうジャンル分けしてるところが情けないが、それぞれにある【PRIMAL・原始】を見失わないように混ぜてみたい。

2003年04月14日(月)



 新宿

二日酔いの残る午後、再び新宿の喧騒へ向かう。

新宿は21歳から2年間住んだ街。その頃は「俺の町!」くらいの勢いで大好きだった。でも今回久しぶりに新宿を訪れて、「もうトロントに帰りたい・・・」と思うくらいついていけなくなっていた(笑)

これは単に人の多さとか、街の汚さ、入れ替わる流行の早さが問題じゃない。きっとそこにいる人間達についていけなくなってるのかもしれない。

茶髪のクソガキにタメグチでポン引きされるサラリーマン。パチンコ屋に朝から並んでしのぎを削るエセ社会人。大人が聴く邦楽が演歌コーナーしかないというCDショップ。全身がブランド物で飾られた汚ギャル。タレントがいるニュース番組。携帯ストラップに凝るオッサン。

まったく漫画としか言いようがない光景が広がる。「それが当たり前だったよなぁ・・・」と日本にいた自分を思い出す。

今の俺の中で、【チャイルディッシュ(子供的な・幼稚な)】という言葉が日本に当てはまっている。大人が大人として存在してなくて、子供の為につくられた街で大人が呼吸してる感じだ。



2003年04月13日(日)



 乾杯

7年来の友人Iとの再会。新宿で待ち合わせたのが午後7時だったんだけど、愛知からやってきたIの乗った電車が事故で遅れて8時過ぎに到着。

まずはロールキャベツの名店【アカシア】で夕食をとって、靖国通りの居酒屋へ。そこはゴキブリは出るわネズミは歩いてるわ(笑)の凄い店。

俺がトロントに住んですぐにIは遊びに来た。その時2人でニューヨークへ行ったりして少しずつIは海外へ興味を持ったようだ。そして遂に去年一年をワーホリでオーストラリアに滞在して、何だか一回り大きくなったみたい。

何故オーストラリアを選んだのかの理由として、「トロントだとtomoのヘルプとかに頼っちゃうから嫌だった」というのを知ってたので、メールとかでも一切ヘルプしなかった。だから尚更こうやって久々に顔をみて、その成長を感じたんだね。

馴染みのBar【Bonds】へ移動してボトルを入れる。
音楽の世界を進むIの苦労と悩みはアートの世界でも共通。いかにして【自分】を確立するか!?【自分】をつくり上げるうえで、人との出会いや影響、過ごす環境、努力、様々な要素が合わさって成長していくものだ。

しかし、評価は今される。誰も将来まで待ってくれない。今できる中で最高の自分をつくり上げることしかない。沢山の選択肢からひとつの道を選んで進むとき、目標となるゴールを置かないと迷子にもなってしまう。

日本を出て、海外でトライしたIはきっと多くのものを学んだに違いない。日本を出ずにそれが出来る人もいれば、俺やIのように価値観を変えて臨む人間もいる。誰が正しいとか、何が答えだとかは存在しない中で自分を支えていくために。

すでに陽が昇り、通勤していく人々を横目で見ながら飲んだコーヒーの不味さは忘れない(笑)。いつかコイツと極上のモーニング・コーヒーを飲めるようになる事を心に誓った。

2003年04月12日(土)



 一流の条件

【GEISAI-3】が縁で、ある美大の予備校から講演の依頼があったのが10日ほど前。それからアレコレ考えてはいたんだけど、結局無策で登場した(笑)。

通常のカリキュラムではなく、希望者のみを対象に約2時間弱の講義。おおよそ40人の生徒達は10代後半から20代前半で、思わず「若いね〜!」が第一声。

まずは、俺がアーティストとして生きることを決意したバンクーバーでの出来事からスタートしたけど、アートよりも外国に興味があるのか!?と思うくらい質問が集中。

「行く前から英語喋れたんですか?」
NO.

「どうやって話掛けるんですか?」
黙々と描いてるから、誰も喋り掛けない。

「月、いくら位で生活できるんですか?」
住むとこに金掛けなきゃ、食費一万でもイケル。

全然話が進まないので、質問は割愛させてもらった(笑)。俺、カウンセラーじゃねぇっつーの!

気を取り直して、いよいよトロントでの活動。具体的な展覧会の立ち上げ方とか、資金やスタッフ管理を含めたマネージメントについてを説明。

例え前例のない企画であっても、格子となる部分は会社のビジネスと大差ない。アーティストは特に社会的な部分から逃げがちで、誰かにそれを預けてしまう場合が多いけど、小さくてもいいから一度は自分で全てを統括してみるべきだと思う。

もちろん、大前提として作品の力が全てではあるけれど、それプラス今回、こういったセルフ・プロデュースの大切さを皆に言いたかった。誰かから声を掛けられるのを四畳半でじっと待ってる時代はもう終わってて、アーティストの自分を第一人格とするなら、第二人格にマネージャー、第三に営業という風に自分自身をいかにプロデュースできるかで作品を生かすも殺すもできる。

まぁ、早い話が「私の才能を見つけてくれない世の中がおかしい!」と思うなら(俺はそう思う派)、そっちのレールに乗る必要ないじゃん、と思うのよ。

道のないところに自分で道を作るべき!そうすれば、同じような道の先人と比べられることもないし、流行に乗らなきゃ!といった考えも間違いだと気付くし。

そういうプロデュースが不要な天才も確かにいるけど、多くは凡人じゃん!?自分も含めて。やっぱアートで食っていかなきゃならんし、食えなくていいならサラリーマンやってれば良いけど。

どんな分野であれ
一流とは、
目標があって、
努力ができて、
かつ
それで生計を立ててる者

だと思うんですよ。最初の二つ、絵を追求したり、その為に努力したり、目標立てたり、夢を持ったり、そんなの何億人もやってて全然凄いことじゃない。

三つ目の「それで生計を立ててる者」は誰でも達成できるものじゃないと思うけど、俺はそれが一流の条件であると思ってる。

だから、生徒さん達にも「自分が天才じゃないと思うなら、一層努力して、高い目標もって、それで食うことを考えましょう。」って話した。

次回は来週、生徒さん達の作品を見せてもらうことになった。そっちの方が苦手だなぁ・・・。けなす事は得意だけど、褒めるのが苦手なんで(笑)。

2003年04月11日(金)



 プレッシャー

野球には全く興味の無い俺でも、今朝の松井の満塁ホームランには痺れた!メジャー第一号をホームグラウンドでブッ放すなんて、誰かが言ってたけど「そういう星の下に生まれた」んだろうなぁ。

普段からのプレッシャーに加え、前打者が敬遠されての満塁だから、舐められたようなものだ。それをこれ以上ない結果で撥ね退けたのだから凄い。

他人事だから言えるけど、一度でいいからこんなプレッシャーを受けてみたいな。プレッシャーは、望んでも受けられるものではない。期待と信頼、時には金を賭けるに値する人間になってこそ、それを受けられる。

そして、プレッシャーを受けた人間は、それと向き合い、決して逃げることは許されない。逃げる人間には最初からプレッシャーなど与えられない。

少なからず、僕ら皆も毎日様々なプレッシャーを受けて生活している。会社での結果、親からの期待、進学、恋人への忠誠、自分の生きがいを見つけることだってそうだ。

松井のような世界を相手にしたプレッシャーじゃなくとも、日々これを撥ね退け、ひとつひとつクリアしていくことが大事だね。そんな毎日の積み重ねがあってこそ、大きなプレッシャーを与えられる人間となれる。

そう、言いたかったのは、プレッシャーに応えられる人間になるより、まず与えられる人間を目指すこと。俺にとってはそれが大事。

2003年04月09日(水)



 ニュースを見ながら

日本では朝から晩までTVのニュース番組ばかり見ている。今は伝染病【SARS】と【米・イラク戦争】が二枚看板として扱われているみたいだ。

今日の昼間、米・英軍がバグダット市内の宮殿を制圧し、「終結近し!」との報道があった。何を以って「終結」なのかの問いに対し、小泉首相は「イラクが降伏することじゃないですか?」疑問符付きで答えた。

路上調査で一般市民が「イラクが降伏することじゃないですか?」と答えたなら分かるが、国のトップが「〜することじゃないですか?」と答えたことに呆れてしまった。

前夜、川口外相が米・パウエル国務長官に「終結後のイラク復興は国連決議を重視するように。」と進言した際、パウエル国務長官の答えは冷たかった。まるで日本の意見など聞くに及ばずといった様子で、北アイルランドでの米・ブッシュと英・ブレアによる戦後復興のための会談へ突入した。

日本は未だに世界に対して影響力を持っていると信じる親の世代には悪いが、日本に求められているのは金だけだ。

いくらこの日記で吠えてもそれを止められないが、このまま行けば日本は義捐金を要求されるだけだ。いくら「NOと言えない日本」でも、ただ単に金を出すのではなく、日本にしか出来ないやり方で金を出す方法は無いのだろうか?

単に金を出すだけか、それとも日本にしか出来ないやり方で金を出すかでは大きな違いがある。世界で唯一の被原爆国として這い上がってきた日本だからこそ、何かを示すべきだと思う。

「それはなんだろう?」と今日、一日ニュースを見ながら考えている。


2003年04月07日(月)



 風景画に挑む

日本での制作をやっと開始した。手荷物では充分な絵の具を持って来れなかったので、画材店で色々と買い足してるうちに今日に至ってしまった。

慣れない場所での制作は何かと不便。アレが無い、コレが無いと探し回るのは嫌だよね。少しでもカナダの制作環境に近づけたかった。

それにしても日本の画材店の充実度は凄い。特にパステルなんてカナダは質が悪いから、思いっきり買い溜めしたよ。総額2万円分くらい。他にも山ほど買いたい画材があったけど、持って帰ることを考えて断念した。

さて、制作に入ったものの、俺の描く題材は外国が舞台だから、窓の外を見ても何一つその風景を思い出させるものが無くてつらい。

まるで富士山を見ながら、ロッキー山脈を描くようなもの。

調子出ないまま数時間が過ぎて、仕方なくニューヨークの風景を撮り溜めたCD−Romを引っ張り出して、無理やり頭を日本から切り離す。

5月1日からのCantineでの個展は、風景画に力を入れようと思ってる。先月のInside Artで見たシンヤさんの風景画を見て、「俺の描きたい風景って何だろう?」と考えさせられたから。

これまでは直球の風景画を避けていたけど、それは逃げていた部分もあって、直球の風景画を描くことが怖かったのかもしれない。それが、シンヤさんの絵を見てるうちに、「俺も描きてぇな」と気持ちが動いてきた。

どんなものができるか、一番楽しみにしてるのはこの自分自身であるという事が新鮮だ。

2003年04月05日(土)



 快適主義

姉貴がマンションを買ったので、入居前の部屋を見に行った。いわゆるイマドキの3LDKだけど、細かい部分とかは“さすが日本!”て感じだったね。

例えばキッチン横の網戸が収縮式だったり、玄関の足元にライトがついてたり、当然ウォシュレットやプッシュ式ドアノブとかさ。

値段を聞いて目が飛び出たけど、日本じゃ相場なんだろうな。カナダだったら豪邸建つよ(笑)。

家というものは、“住むためのもの”から“過ごすためのもの”に変化してきた。住むためだけだったら、どんな外観であろうが内装であろうが雨露を凌げればいい。しかし、長い時間を過ごす家という空間を少しでも快適にするために様々な変化を遂げてきた。

家の買い替えや、住み替えという概念はここから生まれたと言える。そしてわが日本でも、リフォームや、インテリア・デザインの重要性が増し、快適であればどこの国のものであろうが採用するという【快適主義】になった。

かつては、瓦屋根を見れば日本、石造りの壁を見ればヨーロッパという風に、家はその国を表す一番のバロメーターとしても機能していた。それを考えると今の日本の建築はミクスチャーだ。

ヨーロッパ風の外観にアメリカ風の内装、しかもリビングの横には畳部屋がある。ここに住めるのは日本人しかいないだろう。

日本はもはや、世界に例を見ないほどの【快適主義国家】だ。

建築やファッションそれと同様に、食卓には和洋中の品が並び、街にはあらゆる国のレストランが混在している。僕らはT.P.O.に合わせて箸やナイフを使い分け、ワインやコーヒー、お茶を飲む。

なんて器用な人種なんだと改めて感嘆する。色んな国の良い部分や文化的背景による憧れを寄せ集めたのが今の日本を形成している。

だから、もし外国人に「日本はどんな国?」と聞かれた時、俺は「世界一の快適主義国家だよ。」と答えるだろう。「瓦屋根の家に、四季があり、箸を使って米を食べる」と答えるのは今や時代遅れで、的確ではないのかもしれない。


2003年04月04日(金)



 俺でいいの!?

先日の【GEISAI-3】で知り合ったアーティストから連絡があり、彼が通う美大の予備校にて、ひとつ講演をやってもらえないか?という話だった。

彼は予備校の講師達にtomolennon.comを見せてPRしてくれたのだ。実際に海外で活動するアーティストの体験談を、特別授業として講義することになった。

だが、困ったことに俺は美大どころか、正式な美術の教育を受けてない人間である。むしろ美術教育に否定的な立場を取っている。そんな人間が本音で話すと、真面目に取り組んでいる生徒から反感を買う可能性もある。

いっその事、「美大なんか止めちまえ!」とぶっちゃけてこようか(笑)。そもそも、目的がはっきりしないのに学校に頼る奴が多すぎる!

俺はこう思う。アートだろうがサラリーマンだろうが、まずは社会に出て自力で生きてみることだ。自分で勉強して、自分で努力することをやるべき。

その過程でさ、どうしても深く勉強したい事や、先生に教わりたい事が出てくるもので、そん時に学校行けばいいんだよ。それが何歳であってもさ。

だから自分が何を学びたいのかも分かってない内に、とりあえず学校行くなんて趣味でやってく人ならいいけど、「アートで食ってく、生きていきたい」と思う奴には時間と金の無駄。順序が逆だと思うよ。

どんな道でも、まず【生きてく】ことにタフじゃないと。人生をサバイバルしてく術は学校では教えてくれないから。いくら勉強で理論や理屈が分かっても、それを打ち立てる前に、生きることに挫折したら話しになんないよ。

やべーな、マジでそんな話ばっかりになりそうだぞ、講演(笑)

2003年04月03日(木)



 GEISAI雑感

ブースは想像してたよりもずっと小さくて、会場中ビッシリとアーティストが密集してる感じ。ほとんどの作家がポストカードや、バッジといった販売用のグッズを用意していたのが印象的。

ここ4年ほど日本のアートシーンから遠ざかってた身からすると、すっかり様変わりしたこのシーンに大きく戸惑った。

【イラストレーションやデザイン】と【アート】が区別される海外に比べ、日本は正にミクスチャーである。それが日本独自のアートの形かもしれないし、確かに刺激的だと思えるところもある。しかし、アートとして本当に見る側の人間が楽しめる作品がどれくらいあったのだろうか?


『グッズの必要性?』

奈良や村上といったシーンの牽引者たちが、グッズやプロダクトデザインに積極的であることもこれを助長してるのだが、その結果、まだ自己の作品の確立もしてない若いアーティスト達が、こぞって商売に目を向けてしまっている。

特に、絵画のみをシンプルに展示し、グッズなどを販売してないアーティストのブースが素通りされてるのを見た時、【アート不毛の土地・日本】を強く実感した。

アートで食っていくならグッズの販売ではなく、まず作品で勝負だろう。奈良・村上だって長い間かけて作品が認められて、はじめてアーティストとしてのグッズ販売に乗り出したはずだ。そのステップを飛ばしては、一瞬にしてシーンから消えてしまうよ。

チアマンの村上隆さんは、【デザインフェスタ】などと一線を画す、「アートのための」フェスタだと言うが、はっきり言ってこのままいくなら【デザインフェスタ】に統合されてしまえばいいと思う。

日本以外の海外諸国でのアート・フェスタの基本的なガイドラインは?と言うと、【オリジナル作品のみ。複製品・ポストカードなどグッズは除外】が普通だ。

少なくとも今回の【GEISAI-3】は、大型のペインティングや、スペースを必要とする作品には不向きであり、雑誌やメディアで目にする【奈良・村上】の表面をなぞったフォロワー達のためのイベントに映った。



『大人を巻き込むこと?』

事実、参加者の年齢層が若すぎて、30代以降の中堅が皆無だったこと。海外ではこの比率が完全に逆転してて、30〜40歳の中堅アーティストの層がブ厚い。

【GEISAI】が、例えば30代以下のアーティストが対象のイベントならば、それはそれで面白いが、本当に日本にアートを根付かせるならば“大人”の参加者と、来場者をもっと開拓していかなければならないと思う。

「作品が売れない」と嘆く若いアーティストと話したが、そんなの当たり前だ、と言った。作品の良し悪しは置いておいて、そもそも絵一枚に何万も払えるような観客が来てないんだから。

現代美術を買うようなコレクターは、購買力のある30〜50歳だけれど、悲しいかな日本ではその層に当たる大人たちはほどんどアートに見向きもしない。そこが日本を【アート不毛の土地・日本】たらしめる理由ではないだろうか?

酒や競馬、パチンコに精をだす大人達に、おしゃれしてギャラリーに足を運ぶことを薦めるのは難しいが、世界の重要なアートシーンは彼らのような年代無くしては成り立たない。彼らが作品を買い、雑誌を発行し、スポンサーとなり、ギャラリーをつくり、アーティストのパトロンとして機能しているのだから。その重要性を村上隆は充分知っているはずだ。

しかしながら、若いアーテイストを育成しはじめた【GEISAI】にそこまでオンブにダッコするのも申し訳ないが、村上隆はそこ(大人を教育すること)まで視野に入れてこの【GEISAI】を運営してると信じて病まない。それこそが彼の果たすべき仕事だと思うから。


2003年04月01日(火)
初日 最新 目次 MAIL HOME