-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 【GEISAI-3】

朝10時、桜木町駅に着きました。急遽ボランティアで手伝ってくれることになったAと待ち合わせてパシフィコ横浜の【GEISAI-3】へ。

個人的な感想は明日(3月31日)の日記へ譲るとして、まずは仕事。

HYPE TOKYOの別バージョンである【TOKYO DOLLS】展のための作家探しだ。Aと手分けして会場を周る。デジカメで作品を撮影して、作家名とブースNoを控える。

2時間後に、それぞれのリストを照らし合わせていよいよ交渉開始。全参加者500名以上のうちの、たった3名だ。

特に1名、どうしても欲しいアーティストと交渉したけど、即決には至らずに保留となった。

どの作家も、「アートのフィールドで・・・」という欲がなく、それが「海外で展覧会に参加する意味」の有無に繋がっている。この後の【デザイン・フェスタ】では、それがもっと顕著に出てくるだろうけど・・・残念。

会場で、前回のHYPEに出てくれた【長尾あきら】さんに初対面。それからまちぞうさんに紹介されてた【かおかおパンダ】さんや【岡本かおり】さん、トロントにいた【小島あきこ】さんにも会えた。

さて、明日はこの【GEISAI-3】自体について思ったことをちょっと書きます。

2003年03月30日(日)



 Japan!

Hello,Japan!
着きました、日本ですよ。

直行便だったのでおよそ14時間のフライトでした。でも機内がガラガラだったので、シート4つ使ってベッドをこしらえて寝まくってきました。

いつも恒例なんだけど、成田に着いてから暫くは空港内で過ごします。機内での疲れを取るのもあるし、本屋へ行ったりコーヒー飲んだり、2時間くらいブラブラします。

まぁ、スポーツで云うところの【クールダウン】だな。飛行機降りてすぐに車や電車に乗るなんて嫌です。

早速ラーメンを食いにレストラン・モールへ。【ねぎみそラーメン】なんていう名前を聞いただけで涎が出た(笑)。ちなみに横には大友康平が座ってる(笑)。

本屋で雑誌をいくつか買って、喫茶店(カフェじゃなく、喫茶店という響き!)でタバコを吸いながら読む。うむ、これぞ日本。

横浜までエアポートリムジンで行き、母と義兄に迎えにきてもらった。その後、「死ぬほどファミレスに行きたい!」と言って【すかいらーく】へ。まぐろを食いまくる。

やっと実家に着いて、久々に猫の【Blue】と再会!俺のこと忘れてんのか、こいつ?強制的にベッドに連れていき、一緒に寝た(笑)

明日はパシフィコ横浜でGEISAI−3です。出る訳じゃありませんが。ってことで7時起きなので、この辺で。





2003年03月29日(土)



 出発前夜

日本滞在中に必要な書類を作成するには、今日が最終リミット。ずっとPCにへばり付きで何とか完成。Rafiに来てもらって、それらをチェックと、日本での行動を再確認。

昨夜、RafiにはアシスタントのJuliaと、俺のアシスタントLeahの2人に対しての説明会議をしてもらったので、その報告を受けた。これで幾らか作業が分担される。

さて、出発はもう明日!
夜やっとスーツケースの荷造りに着手。入れるものを俺が出して、それを彼女がスーツケースに詰める流れ作業。あっという間に終了!(笑)。っていうか、それほど荷物無かった。ほとんど家族へのお土産だし。

そんな訳で、通常なら出発前夜は徹夜でパッキングなんだけど、今晩は寝れそうです。

2003年03月27日(木)



 裁判所

今日は裁判の日。まさかカナダで裁判するとは思わなかった。冠婚葬祭に裁判と、あらゆる行事をカナダで経験してしまった。

俺は原告側の証人(Witness)として呼ばれたんだけど、結局双方の弁護士が示談の方向で話を持っていったので、直接Court(法廷)へ出ることなく済んだ。

最初はラフな私服で行こうと思ったら、彼女に「見た目の印象は大事だから」と言われ意気込んでスーツにネクタイ着用で行ったのに!残念!

まぁ、例え法廷に出てたとしても、俺のつたない英語じゃあ何の役にも立たなかったしね、良かったのかもしんない。

夜、たった一ヶ月の日本なのに、なぜか送別会をやってもらった(笑)。隣人Kの部屋でボチボチ集まってチラシ寿司を食いながらマッタリと。

HYPEの件や、新作の絵、それに荷造りがあるのでそれ程遅くならない内に解散。





2003年03月26日(水)



 降参

電話鳴りまくりで起きた。
昨日は結局朝まで事務作業だった。

行かなければいけない場所、掛けなきゃいけない電話が山積みになっていく。

合間を縫って、家族への土産を買い漁る。足が棒とはこの事だ。

Rafiの電話回線がパンク。よって意思の疎通が不可能になり、急遽夜に落ち合った。よりによって俺の携帯もタイム切れで、二人で公衆電話から電話を掛けまくった(笑)。

デザインを担当してるLynnの家へタクシーで駆けつけて急遽ミーティング。3人とも頭パニックのため、凄まじい勢いで討論となり、俺は降参。

今日もまた、朝までPCに張り付かなければならない・・・。

2003年03月25日(火)



 はじまり

日本行きの航空券をやっとGet。出発は今週の金曜日に決定し、それに伴って鬼のような忙しさが始まった。

家族へのお土産を探しながらダウンタウンを徘徊し、夜7時にRafiとミーティングの為オフィスへ。夕食も取らずに12時までひたすらHYPE TOKYOの契約書
など文書の作成。

家に帰って翻訳その他WEBサイトの構築作業。

依然、5月の展覧会のための作品に着手できず・・・

2003年03月24日(月)



 キャンセル

トロントはカナダ最大のアート・マーケットだけど、不景気と停滞からは逃れようがないんだな。

昨日、6月の個展会場である【Here and Now Gallery】のAlyssaからメールがあり、ギャラリーを辞めることを知らされた。俺にとっては晴天の霹靂だが、ギャラリーから3ヶ月も給料の支払いがストップされてたという彼女にとっては当然の措置だと言える。

これまで有形無形のサポートをしてくれた彼女がギャラリーを去るという事は、必然的に俺の6月のショウもキャンセルせざるを得ない。なぜなら彼女なしで個展を開催することは手足をもがれた状態と同じだから。

アーティストが絵だけに専念できる裏側には、キュレーターが資金面やプロモーション、その他あらゆる雑務を請け負ってくれるから可能なのであって、いくら作品が素晴らしくてもそれ無しで展覧会を成功させられる程世の中甘くは無い。

よって、心苦しいけど6月の個展はキャンセルします。楽しみにしていた方々、またメディア関係者には心よりお詫び申し上げます。

これに代わる展覧会を準備すべく、再びAlyssaと組む予定です。それが一日も早く発表できるように頑張ります。


2003年03月23日(日)



 ショップがオープンしました!?

カナダ、アメリカにお住まいの方に朗報です。
遂に、
やっと、
オンライン・ショップのページがオープンしました♪!!

今、慌てて【shop】アイコンをクリックした方ゴメンなさい。実はこれ、英語版サイトのお話し。しかもCGIに挫折し、とりあえずE-mailのみの受け付けという、何ともお粗末なショップ。

最近、よく「ポスターとか売ってませんか?」という英語の問い合わせをもらうので、突貫工事で作ったものです、ハイ。

ジクリー・プリントという現代の複製品で最高峰の技術を使って、とりあえずパステル画の作品をそれぞれ25エディッションずつ作りました。

不景気といわれる世の中、せっかくの問い合わせを無駄にしてはならぬ!という商売根性で作ったのですが、これが中々良い出来です。

取り扱い商品は、とりあえずこのジクリー・プリントのみですが、今後ポスト・カードやT-シャツ等も扱っていきます。それに伴って日本語サイトでも販売を開始しようと思ってますが、その前に日本のややこしいショッピング・カートや銀行振り込みのシステム、郵便配達事情をクリアしなければいけません。おまけに関税とかあるし・・・。

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朝11時、Rafiと共にLynnのコンドミニアムへ出張。アジア系の小柄な女性、Lynnさんは大手ADメーカーのプランナー。

普段はクライアントの依頼を視覚化し、デザイナーやデベロッパーに仕事を振り分けるという重要な仕事をしている。彼女が今回、HYPE TOKYOに力を貸してくれることになった。

俺は、まず今回の【HYPE TOKYO】のイメージ・カラーを決めませんか?と提案した。過去の【HYPE〜】ではピンク、【Let's Have a Dream】ではブルーという風に、まず最初に展覧会のイメージ・カラーを設定するのが俺のやり方。

人間の名前と同じで、【ゆみちゃん】と呼ばれ続ければ【ゆみちゃん】らしく成長するし、【たけし】と呼ばれれば【たけし】らしくなる。それ以外の名前で呼ばれると、どうもしっくり来ないのって分かる?そのくらい人間はイメージに囚われる生き物。

今回のHYPEも「ピンクにしたい!」と思ったら、ピンクのイメージにだんだんなっていくものだ。そしてカラーが決まる事によって、「これは合わないな」とか、「これは違うな」という風に、今まで迷ってた展覧会の全体像も不思議と整理されてくる。

ここまで話したときに、Lynnが「あなた、アーティストよりプランナーの方に進んだらどう?」と、嬉しいのか悲しいのか分からないお褒めを頂いた。Rafiは爆笑してる。あのね〜、Rafiがしっかりリードしてくれれば、こんなの言う必要ないのに。

差し当たって、日本へ行くまでに時間がないので、ロゴを含めたイメージ・カラーは俺の独断で決めて良いことになった。また忙しくなった・・・。

夜7時、結婚式のウェルカムボードを依頼されてるAとHさんと【Yonge Thailand】で食事しながら打ち合わせ。前から考えていたプランAが採用されてホッとした。

食後にもう一軒、トロントでは珍しいクレープ屋でデザートもご馳走になった。すげぇラッキー。



2003年03月22日(土)



 書物から学ぶ

HYPE TOKYOの件で、明日RafiとLynnとのミーティングがあるので、朝から書類の作成。もうホント英語の文章を書くのが嫌になる。日本の英語教育システムを恨む俺。

「読めるが、書けない」
厳密に言うと、書けないってことは、多分読めてもいないんだろうけどさ。これまで何度も英語の壁が立ちはだかってきたけど、今また壁にブチ当たってるよ。

英文を書くことに頭がいってるからさ、普通の会話の時まで必要以上に文法を考えすぎちゃって、かえって喋れなくなったりしてる。日本語でもそうであるように、英語もまた文章と口語ではかなり違う。文章では文章なりの言い回しがあるし、口語では口語なりの言い方がある。

「学校へ行けば?」と言われると終わっちゃうんだけど(笑)、出来ればそうしたくない。なるべく今まで出版された書物から学んでみたいと思ってる。

俺は学校へ行ってしまうと、【行ってることだけ】で満足してしまう人間だから。先生の言葉を聞いたり、ノートを取ってるだけで勉強した気分になっちゃう。時間と金の無駄遣いだな。

友達が、ちゃんと学校で【学んでる】姿を見ると羨ましくもなるけれど、一方で俺と同じように、学校へ行ってることで完了しちゃってる人も多いと思う。

何か目標ができると、とりあえず「学校へ行ってみよう!」という風潮がある。学校へ行けば、その目標に近づいてると感じられるからだろう。色んなスクールがあって、色んな資格があって、学校へ行けばすぐにでも手が届きそうな錯覚に陥る。

今では、学校は儲かる商売だ。それに乗りたくないだけかもしれないけど、本来勉強って自分でできるものだと思うから。それに、いまだに【本】てスゲーな!と思えるくらい本は何でも教えてくれる。そういう書物から、これからも沢山、死ぬまで学ばせてもらおうと思ってる。



2003年03月21日(金)



 TVインタビューにて

昨夜の爆撃以来、トロントのアメリカ領事館前には多数の市民が集まり、24時間体制でピケットを張っている。雨がしとしと降る午後、2時間ほどその輪に加わった。

City TVのクルーからインタビューを受けて、「僕らは今からでも戦争を止められるはずです。それを信じることを止めないでください。」と答えた。

『国籍は?』と聞かれて「日本です」と答えると、『日本政府は、アメリカを支持しましたね?』の質問に、「日本政府には、この戦争から何かを学んでくれることを期待します」と、座りの悪い返事をしてしまった・・・。

小泉首相の発言には失望した。ただその事実だけが頭の中を占領していたからだ。

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午後6時、知人Mの特注の絵のために、【Tequila】でモデル・スケッチをした。おしゃべりをしながら軽いデッサンを何枚か仕上げ、Curry'sでキャンバスを数枚購入。

午後9時、もうすぐ日本へ帰国するMと食事。短い間だったけど、いつしか「濃い」関係になってしまったなぁ。そのままM宅で【北の国から・遺言】の前編だけを観る。

スタジオに戻って、明日から展覧会までの予定表を立てる。日付を追って、それぞれの〆切を自分で決めていくのだ。この習慣は去年から続いている。

自分で自分に〆切を課し、それを消化していくのは、思うほど簡単じゃないけど、人間甘えればきりが無いので少々厳しめに設定してみた。何てったって、月末から一ヶ月間は日本である。当然、日本にも画材道具を持って行って描くことになった。

またまた今回ものんびり出来そうにない・・・。

2003年03月20日(木)
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