-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 報道の中から

午後8時15分、ついにアメリカ軍の爆撃が始まった。バグダットは早朝の5時である。CNNは「アメリカは正しいことをやっている」と念押しし、カナダのCBCでは、アメリカ軍の攻撃能力を分析、「恐らく短期間で終結するだろう」と解説している。

所詮TVなんてそんなもの。報道のあるべき姿とは何だろう?音を消し、バグダットから送られてくるこの映像の中から、拾い上げるべき真実をみつけよう。

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午後3時、【Cantine】でArtfocusのPat編集長と待ち合わせ。このレストランで5月1日から一ヶ月間の個展が決まった。オーガナイザーがPatなのだ。

今日は、本契約とレストランのオーナーとの顔合わせが目的。かなり広い店内なので、おおよそ20点の新作を展示することに決まった。後で冷静に考えると、新作20点って、本当に描けるのかよ!?って感じ(笑)。

6月の個展と合わせると、合計約40枚・・・。

午後6時、古巣【SFX】に立ち寄り、会社の車でCNEへ。今日はJames Motoのデザイナー・チャコさんのファッション・ショーなのだ。年に一度の【Toronto Fashion Week】の一環である。

出てくるモデルに、いちいち文句を言ってる間にショウは終了(笑)。チャコさんは激忙しそうだったので、ちらっと挨拶だけして帰宅。

CNNを観ながら、友人からオーダーされてる絵を描き上げる。ふぅ〜、終わった。小さいサイズながら一週間掛かってしまったよ。思わぬ難産だった。これで明日から次の作品に取り掛かれる。




2003年03月19日(水)



 開戦前夜

開戦秒読みとなった。俺はただブッシュ大統領の宣戦布告を、TVを通して見つめるしかなかった。

1991年の湾岸戦争以降、破壊兵器を廃棄するという約束をイラクは順守しなかった。テロリストを含め、国際社会にとってイラクは脅威と為り得る。ここまでの演説は正しい。

が、武装解除しければ重大な義務違反を犯したと認定し、米国とその同盟国はイラクの大量破壊兵器を除去するための武力行使を行う。・・・それは違うと思う。それは間違っていると思う。

イラクが兵器を保有しようが、テロリストを支援しようが、それはイラク国民には無関係だ。武力行使=「戦争」となれば国民がその犠牲を払うことになるのは明白だ。

ブッシュ大統領は、イラク国民に対し「敵はイラク政府であって、あなたたち国民ではない。」と付け加えていたが、目の前に爆弾を落とされて「敵はあなたじゃない」と言われても誰が納得するというのか?

アメリカ嫌悪主義者だと思われる前に、まず俺はアメリカが好きだ。と言っておこう。「正義の味方気取りだ!」と罵倒されるアメリカでも、やはり世界のリーダーとして認められるだけのポテンシャルがある。

学生時代に、クラスで問題や争いを話し合った事を思い出す。誰も何も発言しなければ進まないときに
第一に発言する人、
仕方ないから発言する人、
聞かれてから返事する人、
黙ってそれに追随する人、
決まった事に従うという人、
だいたいそんなもんだった。まず第一に発言する奴がいれば良いほうで、たいがいは先生が生徒に問題を投げかけるといったパターンが多かった。

これはそのまま国際社会に当てはまると思うんだけど、アメリカって、その第一に発言するリーダーシップが取れる奴なんだな。何だかんだ言っても。イギリス、スペインなんかはそれに追随するタイプで、フランスは唯一明確に「NO」と言える人。

日本なんて「決まったことにお金なら出しますよ」なんていう、【お前、もう話し合いに参加しなくていいよ!!】枠に入るんだけど。

だからさ、擬人法で何が言いたいかというと、アメリカはせっかく国際社会の中でリーダーシップが取れる人なんだから、間違った舵取りをするなよ!ということ。

俺から見たら、あの【査察団受け入れ】とか【フセインへの亡命勧告】なんて、形だけでやってる気がしてならなかったもんね。とにかくアメリカは戦争したいんだ、と。一見、平和的解決の努力をしてると世界にアピールしつつ、実は戦争やりたいんだ、と。

平和的解決の道は絶対にあるはずなのに、それをせず(したら戦争ができなくなる)、第一発言者の特権、リーダーシップの法則みたいなもので「正しいことをしてそうに見せる」アメリカは、明日にでも開戦に持ち込もうとしている。

HPのトップにブッシュ大統領のメルアドを記載しました。これまで討論の場では、聞く側だけだった人も、もう国の単位にとらわれず、どこの国民であろうが「リーダー、それは違うぜ!」と言おうよ。それしかないよ、もう。

2003年03月18日(火)



 衝撃・・・

近所のライブ・ハウス「Horseshoe」を通り掛かったとき、突然一度目の衝撃が訪れた。

【Tonight! Mary Margaret O'hara】の看板が目に入る。

「えぇぇぇぇ!!」以前の日記(2/19)に書いた2002年のベスト・アルバム【Apartment Hunting】のシンガー、Mary Margaret O'haraのショウがある!!しかも今日!

これまでにインターネットや雑誌を調べても、彼女に関する情報は皆無で、年齢や出身地はおろか、顔写真さえも手に入らずにいたので、俺の中で彼女は「ミステリアス」な存在として焼きついていた。

それが、いきなり生で観れるチャンスを得るなんて想像もしてなかった。だからトロントから離れられない。

家に帰ってMDの用意をして、午後9時に友達Kと共に「Horseshoe」へ。期待で俺の頭ははちきれそうだ。9時半、10時をまわってもバンドは現れない。10時半・・・そして11時を過ぎた頃にやっとバック・バンドがステージに現れた!

この目で直視したMargaret O'haraは、40歳を過ぎたコニー・フランシスに見えた。これは良い意味で。そして演奏が始まる前にちょこっと聴いた声で、「間違いない。生演奏でも彼女の声はレコード通りだ」と確信した。更に期待は高まる。

が・・・・

Margaretの隣に立つ男性ボーカルが喋りはじめ、演奏がそれに加わる。それはまるでコメディショウか、ミュージカル団員の打ち上げパーティーのようなステージ。

何じゃこりゃ!!!二回目の衝撃が俺を揺るがした。

一曲もまともに歌わず、一曲もまともな曲を演奏せずにステージは進行していった・・・。

そうか、これは彼女が趣味でやっているお楽しみバンドなのだ。この事実を受け入れるまでに一時間を費やすなんて・・・。

それでも、時折この世で最高の歌声の片鱗を聴くことが出来たが、それはあくまでも断片だけで、堪能するとは程遠いステージだった。

あぁ、Margaret O'hara
Margaret O'haraよ

過大な期待をこれほどまでにスカされたのは生まれて初めてだ(笑)ここまで見事に裏切られると、逆に気持ちいい(笑)。腰が砕けたぜ。

しかし、今にMargaret O'haraを最高のステージに上げ、最高の曲と最高の演奏のなかで思う存分歌わせてやる!!・・・・もしも金持ちになったら、だけど。

家に戻り【Apartment Hunting】のCDをかける。やっぱり最高。これほど歌声に痺れるなんて、Rufus以来だ。この歌声と、脳裏に焼きついた実物のMargaret O'haraが脳内で交錯する(笑)

あぁ、Margaret O'hara
Margaret O'haraよ




2003年03月17日(月)



 PRIDE・25

夕方【Inside Art】に出展してるシンヤさんの搬出を手伝いに出掛けた。撤去するときは早いものだ。1時間も掛からずに車に積み込むことができた。売り上げも元を取ったようなのでホッとした。

夜8時、Laurence駅でジムの仲間と待ち合わせ。師匠のCが日本で【PRIDE】に出場したので、スポーツ・バーで衛星放送を観るためだ。

隣町・スカーボローにあるバーで、他のジム生や格闘家を交えて30人程で観戦となった。インターネットで試合結果を見ずに行ったので、生観戦同様に緊張する。

師匠は第四試合で、A・シウバと対戦。ゴング直後から積極的に攻め込み、グラウンドも立ち技も優勢に見えた。事実、相手は「消極的」のイエローカードをもらったくらいだから。

パンチも見えていたし、表情も落ち着いていた。「これなら勝てる!」と思った瞬間、タックルに行った師匠の側頭部にシウバの膝がカウンター気味に【バシッ!】っと入った。グラついて倒れ込む師匠に追い撃ちをかけるパンチ!ここでレフェリーが止め、TKOとなった・・・。

その前の試合で大山選手が、同じようにカウンターの膝でやられてたので、タックル行く時のカウンターの怖さをまざまざと見せつけられた気分だ。

他のジム生も言っていたが、師匠は勝てる相手に負けてしまった。ひいき目に見ても、相手は恐れるに足りない選手だったと言える。桜庭もノゲイラも負けちゃったし、今回のPRIDE25は波乱の大会だったなぁ・・・。

2003年03月16日(日)



 再びデモ行進

今日は日曜日。再び【反戦デモ】に参加。Queenの家を出て、領事館へ近づくにつれ警官の数が増えていくのに気付いた。中には「そのプラ・カードには何て書いてあるんだ!?」と聞いてくる警官もいて、随分警戒してるんだな、と思った。

さすがに前回(2・15)より人数は少ないが、それでもアメリカ領事館前に1万人が集まった。

物々しい警備の領事館前。道路は全面封鎖され、対面の一角ではデモ演説が行われている。もちろん武力衝突なんて事態にはなるはずがない。平和的解決を望む我々が、手を出すわけがないからだ。

約一時間の演説が終わり、カナダ軍のトロント基地へ向かってデモ行進。前回にはほとんど居なかったアジア人の中で、今回は韓国人10名前後の姿が目立った。日本人は確認できただけで2人だけ。中国人も2,3人ほど。やっぱりアジア人の意識の低さが目に付く。

基地をぐるっと民衆が取り囲み、これから毎月15日にこれを繰り返すことを宣言する。そこでブッシュ米大統領のお面を被った水着姿のパフォーマーが現れ、米国旗を焼いた。恐らくこれが明日の朝刊の一面だろう、と誰かが言っていたが本当にSUN紙(トロント・サン3/16日号)の表紙を飾った。

前回のデモから今日までに、チェーンメールでブッシュ大統領に署名を送ったりしてきたが、このままデモに参加するだけの活動に終始してはダメだと思えてきた。何だろう、他に俺がやれること、やるべき事は・・・?


2003年03月15日(土)



 プランAとB

朝10時、Rafiのショールームでミーティング。HYPE TOKYOに関して、当初の案から二転三転している。名付けるならプランAとプランBかな。

これまで日記に書いていたことがプランAだとすると、今日のミーティングでプランBに移行する様相を呈してきた。今年中にまずプランBの【HYPE TOKYO】を開催して、翌2004年にプランAを開催するというもの。

準備に掛ける時間は、長ければ長いほどいい、と思う。しかし、俺からすると準備期間がどんなに短くても、やれない事はない。という感覚もある。

ランチを食べてからYorkvilleエリアのホテルやギャラリーを廻る。【Art Coreギャラリー】のSから展示スペースのアドバイスを受けた。【Revolver】でRafiとアートスクールが一緒だったTさんと談笑。

同じギャラリー・エリアでも、お馴染みのQueen WestとYorkvilleでは対極だ。こっちではアートがビジネス(金・名声)に直結している。結局、俺とRafiはQueenに戻ることにして、【401 Richmond】に新しくオープンするギャラリースペースを下見に行った。

夕方Rafiと別れて、一人で昨日の【Inside Art】へ。シンヤくんの隣にイラストレーターの日塔富夫さんがいた。初対面だったけど、俺のことを知っててくれたので面白い話が聞けた。

また会場を一回りしたら、【Let's Have A Dream】に出てくれたTarmo Tengさんを発見。それから昨日は見逃していたアーティストで中々よい絵を見つけた。でもお世辞じゃなくて、シンヤくんのブースが一番良いなと思えた。

記念に一枚パチリ。

ちなみに今日は【ホワイト・デー】。日本の習慣!?。こっちじゃやらないのに、何も買わなかったら怒られた(笑)。


2003年03月14日(金)



 Art Fairと誕生会


かつてカナダサミットが開催された場所でもある、Metro Toronto Convention Centreで【Inside Art】というアート・ショウが行われている。

画家友達のシンヤくんが参加しているので、昨日と今日は搬入のお手伝いをした。

昨日はレンタカーを借りて、荷物を積み込んだだけで終わったけど、今日は朝6時(!)に事務所へ集合して、そのまま会場へ搬入した。去年の【Toronto Art Fair】でも同じ会場を使ったんだけど、やっぱり広いわ、ここ。

こういう展示会で、最も大変なのがブースづくり。決められた大きさのフロアに各自が壁を用意して展示しなければならない。しかも結構費用が掛かる。

日頃から日曜大工にいそしんでいるカナディアンは、それらを苦にせず、「一体いくら掛かってんの!?」と聞きたくなるような立派なブースを作ってる人もいる。でも、豪華なセットに作品が負けてしまっている“本末転倒”くんもいるけどね(毒)。

おおよそ200アーティストが参加してるこの【Inside Art】展。プロとかアマとか関係なしに見て、「いいな」と思える作家が少なかったのが残念だ。来年も開催されるらしいので、その辺の審査基準ていうのをもう一度考えたほうが良いと思う。

無審査で出られる利点は大きいけど、見に来る客の求めるクオリティを提供するというのもオーガナイザーが考えなければいけないこと。その辺のバランスが釣り合ってないと、客は観にいくのを止めていくし、アーティストも参加を見合わせるようになっていく。

まぁ、今回は第一回目なので彼らも学んだ部分が多いでしょう。来年、「参加してぇな!」と思えるようにさせて欲しい!

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夜、友達と【Just Dessert】へ出掛けた。昨日リチャードから電話をもらって、「明日お母さんのバースデー・パーティーだから来て!」と誘われたんで。

すでに4−50人くらい店内に集まってて、風船浮かべたり、酒飲んだりしてる。弟から「今日はサプライズ・パーティー(内緒のビックリパーティー)なんだよ。」と初めて知らされた。

1時間ほどして、彼らのマザーが登場!一斉にクラッカーと♪Happy Birthday to you〜の歌で出迎える。それからリチャードがカラオケで「母へ捧げる歌」とか歌っちゃって、妙に感動した(笑)。

だってさ、親想いの二人の息子に祝ってもらってるマザーの顔があまりにも幸せそうで。また、それを見つめる息子二人も幸せそう。いいねぇ〜、こんな親孝行できたら。

俺は、ビール二杯で酔っ払ってしまったので(なんせ5時起きだから・・・)、早めに引き揚げて、寿司食って帰りました(笑)

2003年03月13日(木)



 めっちゃHOLIDAY

昨年の紅白のビデオを見て【アヤヤ】という歌手を知ったのだが、彼女の歌のタイトル【めっちゃHoliday】って、かなりインパクトあった(笑)

今日はその【アヤヤ】に負けず劣らずのHolidayだった。昼頃ゆっくり起きて、彼女と一緒にKくんのコンドへ遊びにいった。ここはダウンタウンを一望できて良い。高層ビル・フェチの俺にとっては最高。

くだらないお喋りをしながらパスタでランチをとって、ダラダラと数時間を過ごす。犬のマイリーとちょっと遊んで、夕方には友達が2人合流。ケンタッキーとラザニアで夕食を食べてからゲーム。

ゲームは、物に単位を付けて答える【数取り団】というゲーム。元々はTV番組でやってたやつで、今のマイ・ブーム。不味い納豆せんべいを食べる罰ゲームを加えて、夜中まで戦った。

あぁ、なんだか友達とこうやって遊ぶの久しぶり。普段だったら「一日勿体無かったなぁ…」と思うのだが、今日は全然そう思わなかった。良い息抜きができた。何も絵のこと考えなかったし。

でもやっぱり家に帰って、一眠りしてからムクムクと置きだして、時計のデザインを仕上げたりした。これについては、また後日詳しく書くけど、誰かに〆切を決められるとやっぱり気が引き締まる。普段のようにダラダラと先延ばしに出来ない分、集中できるんだな。

それからHYPE TOKYOのウェブサイトの制作を少しと、レギュレーションの和訳。そしてこの日記。

我を忘れてHolidayづくしで終われない自分への苛立ちもあるのだが、なるべく今日できることは明日に持ち込まない方が良いと、自分をなだめる事にしてみます。


2003年03月11日(火)



 上半期の成果

午前中にRafiより電話があり、ウチでミーティングをする事になった。HYPE TOKYO Part2の件なのだが、4月に二人で日本へ行くので、その際の打ち合わせが焦点になった。

Rafiは正味4日ほどしか滞在できないので、俺との役割分担と、日本へ行くまでに用意しなければいけない書類の検討をした。が、その数の多いこと!!

これまでやったイベントの経験からも、いかに事前の書類制作が大切かというのが身に染みている。

さらに、お金の受け渡しが絡んでくるので、初対面となるアーティストや関係者の方々に自分達の信用度を示さなければならないから大変だ。特HYPEの時は、まず自分(tomolennon)という人間を、いかに信用してもらうかが一苦労だった。

今では少しだけ実績ができたけれども、例えばメールで質問をもらったら即日のうちに返信をする、なんて当たり前のことを少しずつ積み重ねて信用を得るしかないんだよな。日本にいれば、直接会いにいったりできるけど、それが出来ないカナダと日本のやり取りでは難しさも計り知れない。

2時間ほどミーティングした後、地下鉄に乗ってYorkvilleというハイソ層が多く住む地区へ。

ArtfocusマガジンのPatからの紹介で、【Cantaine】という高級レストランで展示することが正式に決定したので、店の内装と広さなどを下調べに出掛けたのだ。

奥行きのある客席に、大きなバーカウンター。壁面も広い。6月の個展にぶつからないように日程を合わせたいが、時期的に重なるか、その前後になりそう。

最近また忙しくなりつつあって、個展用の16枚はもちろん、今月中に2枚の絵の特別オーダーと、日本から帰ったら友達のウェディング用のウェルカム・ボードの制作が待っている。プラス、今回の【Cantaine】用の作品が加わることになる。

制作自体のしんどさよりも、上半期でこれだけ多くの新作が描けることの期待感の方が大きい。今、自分の中の画風もどんどん変わっているのが分かるから。

一年で、一体どれほどの枚数が描けるかは、その年によって全く異なる。去年はほとんど描かなかったし、逆に一昨年は鬼のように描いた。そしてまた今年も上半期だけ見ると良い調子で予定が詰まっている。今年は豊作になりますように・・・。

2003年03月10日(月)



 必勝!

今日はジムへ行く日曜日。先週行けなかったので、体がウズウズしてました。あぁ、何年ぶりだろうこの感覚。いつもよりちょっと早起きして行きました。

学生時代の部活では、どっちかと言うとやらされるのが嫌でサボってばかりだったけど、こうやって自主的に行くのは20歳の頃のボクシングジム以来のこと。体を動かすと、とにかく全て忘れることができるから好きだ。

師匠のCは、もうすぐPRIDE戦のために日本へ旅立つので、これが最後の練習になる。見た目は全然ナーバスじゃないけど、どこかピリピリした感じが見て取れた。

シャドー・ボクシングを指導してくれた後は、専属のコーチと自主トレーニングに専念してました。勝つといいなぁ〜。っていうか絶対勝つね、あの顔は。練習中にも外部から沢山電話が入ってきて、日本滞在中のこととか色々と話し込んでた。

それはそうと、今日の練習は結構ハードだった。トレーナーのTimは寝技が好きみたいで、鬼のように繰り返し寝技を練習した。この俺もほんのちょっとだけ進歩してて、ポジションの名前とかも覚えられるようになってきた。そんなちょっとした事が嬉しい。

休憩まったく無しの4時間。さすがにヘロヘロだぜ。帰りにチャイナタウンに寄って買い物するのも一苦労だった。逆に言えば、この疲労感が何物にも替え難いのだけれど。


2003年03月09日(日)
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