-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 Mouse Mice Mice

スタジオの大掃除。最近ネズミ(!)が出たからさ。古いビルだし、一階はレストランだからネズミくらい出るのは分かってたんだけど、この間はじめて遭遇してからは「イカン!!」と思ってしまった。

家具を全部どけて、壁と床の境目にある隙間をすべてテープで塞いだ。ドアの隙間もミリ単位までネチッこく樹脂を流し込む。これでも侵入してくるネズミがいれば褒めてやる。

こっちで見かけるネズミはそれ程大きくなくて、せいぜい3−5cmくらいかな?新宿歌舞伎町で働いてた時は、猫くらいの大きさのネズ公を見てたから何てことは無い。

ちなみに英語でネズミは「マウス」。ミッキーマウスのマウス。複数形で「マイス」。こう呼ばれるのはハツカネズミくらいの大きさまでで、大型のドブネズミ級になると「ラット」と呼ばれるらしい。だから、歌舞伎町のやつなんかは「ラット」だね。

先日の飛鳥 童さんのパーティの時、宗像副領事と“Banana Fuck”展へ行く約束をしてたので、ギャラリー閉店を延長してもらって見に行くことにした。彼は政府の人には珍しく、積極的に若者の現状を知ろうとしてくれるので本当にありがたい。

せっかくだからと思って、近所に住んでるRafiを呼んで紹介した。彼は今HYPE TOKYOの事で頭が一杯(笑)。宗像さんが帰ったあとで近所のパブで一杯ひっかけて帰った。

スタジオへ戻って、絵の制作をしようと思ったんだけど、酔いが廻ってて気分が悪い。かと言って何もしないのは嫌なので、Tequilaへ行って小一時間くらいスケッチして帰ってきました。明日はもうちょっと頑張ります・・・。

2003年01月18日(土)



 新たな目標

午前中から額を仕入れに画材店へ行く。今日はごっつい寒い!気温はー16℃なんだけど、もっといってる気がする・・・。

額は5月の個展用。全部で16個仕入れた。去年は大作にはまっていて、48インチ大くらいの作品を多く描いたが、今年は反動で小さな作品が描きたい気分。なので10インチ四方の額で揃えた。とりあえずナチュラルなままで買ったので、これから作品に合わせて作り変える予定。

さてさて、昨日もちょっと書いたけど、最近敵が多いことについて。
あからさまに敵意を剥き出しにしてくる人はいないけど、陰でいろんな噂を耳にする。というか、入ってくるんだよねぇ。どこからともなく。叩く人も、忠告してくれる人も皆日本人。

俺も気にしなきゃいいのに、結構ムキになるタイプなんで。でも冷静にその噂や誹謗中傷を分析すると、確かに身から出たサビというか、結局俺が動いたことによって波風が立っているのは理解できた。

物事を起こすときは、必ずリスクがあるから、成功の裏にはそれだけ迷惑を被る人も出るわけで、まさに諸刃の剣だ。でもやっぱりこれが俺のやり方なんであって、平穏無事なアーティスト生活とは無縁なんだなぁ、と妙に納得してしまった。叩かれるのは、それだけ存在が目に付くからで、ある意味名誉な事だと(?)思いたい。

それもあって、最近また一つ目標ができた。今年はその現象をカナダ人社会にも広げようと!どうせ叩かれるなら日本人だけじゃなく、地元のやつらにも叩かれたほうがいい。でもそれには本気で潰しに掛かられるくらいのド新しいことをしなきゃな。そう、斬新なものは最初は嫌煙される。それくらいの事を今年はやりたい!


2003年01月17日(金)



 飛鳥 童さんの個展

画家・飛鳥 童さんの個展がJapan Foundationで開かれた。夕方オープニングに出掛ける。

飛鳥さんと言うと、先日亡くなられた高円宮さんの夫人が書いた絵本の挿絵が有名らしいが、それよりもずっと前からカナダで画家として名を成していた人だ。童話に使われた作品を含め、彼の作品をまじまじと見るのは今日が初めて。

彼と初めてお会いしたのが、昨年末の領事館主催パーティだった。スタジオが近所なので、そのうち遊びに行きますと言いつつ、機会がなかった。またチャイナタウンで買い物中にバッタリ会ったりして、顔だけは何度も合わせてたけど、こうやって本来あるべき姿の飛鳥さんを見ると身が引き締まる思いがする。

カナダに渡って二十数年だし、名誉市民でもあるし、格でいえば大人と子供なんだけど、すごーく腰が低くてかえって俺が恐縮してしまう。しかし、絵に関すること以外は無頓着に見えて、ビジネス面もきっちり話せる厳格さも感じるから羨ましい。

そう、そういうのが良いんだよね。人が良さそうで、ほがらかに見えるところが。したたかさと言ったら語弊があるけど、誰からも愛される要素がある方がいい。俺はその辺、対極に行っちゃってるから、最近敵が多い多い・・・。

パーティーは関係者オンリーだったので、知人に会うことはないと思ってたんだけど、日加タイムスのAさんと、Bit'sマガジンのKくんが取材で来てたので、宗像副領事も合わせた4人でパーティー後に日本食を食べに行った。なかなかエキサイティングなメンツ(笑)

2003年01月16日(木)



 BANANA F**K

'BANANA FUCK'という展覧会のオープニング。日本人の女の子が4人集まってグループ展を開いた。4人全員とも何かと可愛がってきたので、何だか娘の晴れ舞台を見る父親の心境(笑)

HYPE TOKYO 2002に出てくれたミホちゃんが中心になって、去年まで俺のアシスタントをしてくれてたイケコと、“Let's”のカタログ写真を撮ってくれたYuuko。同じく“Let's”にアーティストとして参加してもらったマユコの4人。

特に、言い出しっぺのミホちゃんは、制作のために俺のスタジオの上の屋根裏部屋を借りた事もあって、色々と相談を受けたりしたので彼女の頑張りはよく知っていた。

オープニング当日、誰も男性の手伝いがいないと聞いて、昼から呼ばれてもないのに手伝いに行った。タイトルにちなんで会場中にバナナが吊るしてある(笑)。

4人ともスタイルが全く違うので、ある意味どんな配置で飾ろうと、個性が弱まる心配がないと言うか、よくもこれだけ個性的な人を選んだな、って感じ。

パーティがスタートしてからは、雪模様にも関わらず大勢のお客さんが入って一安心。作品も結構売れてたしね。ちなみに俺はイケコのを一枚購入。

ともかく、こういった形で日本人の子が、しかも女性が中心になって海外のアートシーンに乗り出してくれたのが嬉しかった。気負いもなく、会場がトロントにあるだけで、ノリ的には日本でやってるような感じで。

俺とかがやると、どうしても肩肘張っちゃうと言うか、戦略とか考えてしまって気負っちゃうんだけど。彼女達の、ナチュラルに自分の作りたい作品を作り、そして展示するという行程を見て、「女は強し!」だと思ったよ。簡単じゃないからね、展覧会企画して開催するって。

月末21日までやってるので、お近くの方はぜひ。

2003年01月15日(水)



 Reborn

父の一周忌。今から一年前の14日午後3時35分、日本時間の15日午前5時35分に旅立ちました。早いもので、もう一年。

思えば、打ちひしがれる暇もなく走り続けた一年だった。また、まるでそれを見守るかのように、頻繁に父の夢を見た一年でもあった。夢の中の父は若く、快濶で、いつまでも追いつくことの出来ない存在に映った。

暗示的な夢や、気付きを与えてくれるような夢を頻繁に見るようになると、まるで自分の中に神様が宿った気にもなった。

俺は無宗教で、唯一信じれるのが自分自身だけ、というタイプなのに、その俺にもやっと自分の中の神様ができたような気になったのだ。困難があると、知らず知らず父に問いかけてみたり、教えを仰いだりした。

でも、自分の父親を神様に仕立て上げるのは滑稽だと気付いてからは、それをやめた。想い出を美化し、何かの象徴として祭り上げることで人間であった父が遠く離れた存在になってしまう気がしたからだ。

父は神ではなく人間だった。手をつなぎ、おんぶをしてもらい、プロレスごっこをして遊び、勉強を教わり、時には叱られ、食事をし、笑い、ここまで育ててくれた父は人間以外の何者でもなかった。

肉体がこの世からなくなった今でも、人間としての父を愛している。それを神に昇華させる必要なんてあるのだろうか?

だから、未だに自分の中に神様はいない。と言うか、必要ない。その代わり自分しか居なかった心の中に、新しく父という存在が、父という名前のままでやってきた。

人は死ぬと神様になるのでなく、人の心の中で生きる人間に生まれ変わるのだと思いたい。

2003年01月14日(火)



 人間の色

大きな決断をすると、体力もかなり消耗する。自分が行きたい方向と、行かなきゃいけない方向が対極にあり、体が引き裂かれそうになる。

人生には辛い事が沢山用意されていて、誰もが逃げたくなるように設定されているのかもしれない。逃げた人には、何度でも設定し直されるように。

“だから、一度目でクリアするほうがいい。”

俺は出来るだけこう考えるようにしている。だってそれらは最初からクリアするために置かれているものだから。

映画「マルコムX」を英語だけで初めて観た。ニガー(黒んぼ)という響き、ホワイト(白人)、ブラック(黒人)、イエロー(アジア人)という響きが胸に突き刺さる。

髪をストレートにし、白人の女と付き合いたがる黒人の主人公。逆に、同じ人種、黒い肌、パーマの髪の毛を愛せないのはおかしい!と言い張る人達。やがて自分のアイデンティティーとは何かに気付く。

人種問題だけを取っても、膨大な根深い歴史がある。キリストは黒人だったとか、人類の原種は混血だとか、マイノリティーからすれば重大な問題かもしれないけど、だったら、肌とか髪の毛とか目の色とか言う前に、同じ人間としてどうして愛し合えないのだろうか。

人類の最も原始的な感情の一つに“嫉妬”があるらしい。女を取られる、男を取られることから、異人種に自分達の人種が犯されることを本能的に嫌うことまで。そこから様々な問題に発展する。

色が違えば「同じ人間」として認めたくない。分からないようで、やっぱ分かるかもしれない。今だったら、例えば北朝鮮の人なんて、肌も同じなのに愛せない風潮なわけだから。

今までの差別を撤廃する運動や闘争により、法律や規則は変えられてきた。でも人の心にある偏見や先入観は無くなったと言えるだろうか?政治が悪いとか、国の罪だとかの前に個人個人が意識改革していかないとダメだよね。



2003年01月13日(月)



 表現のレベル

先日から描きはじめた絵は、本当に描きたいものを描いている実感を持てる数少ない作品。

自分が見たいのもあるし、これを描いて!と内からの欲求に促されて描いている。もちろん、今までの作品もそうなんだけど、描いている最中に手応えをビシビシ感じるというのは、そうそう無い。

自分の中にある感情を、絵として表現できることを感謝したい気持ち。きっと音楽家だったら音楽で、小説家だったら文章で表現するんだろうな。

前に、オノ・ヨーコさんが「表現したいものが自分の中から現れて、これは絵で、これは音楽を使って、これは詩で・・・って指定してくるんです。」と言ってたのを思い出した。

正にその通りだと思う。自分も絵だけでなく、多彩な表現方法があれば、もっと感情に合わせた表現が選べるのにな。でも外部に向けて発表するレベルになるには時間が掛かるよなぁ。

常々、アーティストって誤解を受けることが多い。自室に閉じこもって、自分にしか理解できない作品を作り、それが芸術だ!と叫ぶみたいな(笑)。

もちろんそういう人もいるけど、もし自己満足で良いならギャラリーとかで発表しなくてもいいし、多くはもっと客観的に自分の作品を見ていると思う。だって、展示するってことは、人に見てもらいたいって事だから。

だから、純粋に感情を吐き出す窓口として絵を描く人と、発表することを前提としてるアーティストとは似て非なる者だと思う。分かりやすく言うと、世の中誰でも絵は描けるけど、誰でもアーティストになれる訳ではない。みたいな。

例えば俺が、絵でなく音楽で表現したいとしたら、今はまだ誰でも弾けるギターのレベル。そこから本当に表現できるミュージシャンへ成るにはもっと時間が掛かるよね。

詩でも同じ。それを考えるとヨーコさんって、やっぱ凄いなと思う。自分の感情を色々な表現で形にできるなんて素晴らしい。



2003年01月12日(日)



 自分って何ですか?

午後からHere and Nowギャラリーへ。5月にやる個展のためにキュレーターのAlyssaがレターを書いてくれた。会場内の掲示板には早くも俺の広告が貼ってあって、期待されてるプレッシャーをちょっと感じた。

夜になって、1年振りくらいの友達が隣の部屋に遊びに来てたので合流。そのまま朝7時までにビール数十本とワインを空けた。

ワーホリを含めて数年で日本へ帰ってしまう人たちと飲むのは切ない。彼らにとってカナダ滞在中は息抜きの期間である場合が多いから。

「自分って、何なの?」が彼らの口癖。

大抵、日本を抜け出すのは、自分が日本で身動き取れないからだと思うんだよね。周りは自分をこういう奴だと見ていたり、自分で自分をこういう人だと決め付けていたり。そういう長年積み重ねてきた自分のイメージってのの中で、この先一生いきていくわけだから。

日本へ帰れば、実家の家業を継いだり、就職活動したりが待っている。だから出来るだけ長く滞在して、それを引き伸ばしたい。つまりカナダって現実逃避の場所。

探していた本当の自分が見つかるかもしれない。自分は何がやりたいのか分かるかもしれないとか期待もあるかもしれない。

でもそんなに自分が何者かを考える必要ってあんのかね?しかも多くは、日本にいる時のままの自分に縛られて、いつの間にかこっちでも身動き取れない環境を自ら作っちゃってるしね。

だったら、せっかく誰も知らない、人間関係もゼロから始められて、まるで人生イチからやり直せる所に来てるんだから、自分が何者か考える前に、自然に生きることをやってみたらどうだろう?

「自分」なんて、その時その時の決断や選択、性格や思考の集合体みたいなもんだからさ、考えたって答えなんて出ないのよ。

だから自分はこういう人間だ、なんて知る必要なし。そう決めちゃったら、どんどん自分をその型にはめるだけだから。

やりたい事を見つけるまえに、まずは自分の解放から。だと思う。今までの「自分」ってやつを忘れなさい。


2003年01月11日(土)



 今年初のギャラリー

新年が明けて、そろそろどのギャラリーもオープンする頃。今日はSPINとMercer Unionへ行く予定。

夜8時にRafiと待ち合わせた。SPINは「ドローイング・テンション」というJunoがキュレートした10数人の作家のドローイング特集。“Let's”に出てくれたPaula Coopも入ってて、会場にいた彼女と再会。来月日本でも展示が決まったらしい。すげ〜。

外は大寒波。芯まで冷える夜なのに、ギャラリーは満杯。人々は建物の中に入って遊びたくなるから、こういったギャラリーのパーティはうってつけかもしれない。トロントの冬だなぁ〜と実感するね。

Junoと話した時に、日本のギャラリーの話題になった。やっぱり皆興味持ってるんだね、日本のことは。

Rafiのアシスタント・Juliaが到着して、3人でMercer Unionへ向かった。が、クローズ!!オープンは一週間後の金曜だった・・・。そのオープニングには大勢の関係者が来るはずだったので、Rafiと“HYPE TOKYO”についてPRするつもりだったのに。

しょうがないんで、近くのギャラリー数軒を覗いてからBarで飲み直し。Juliaとは今まで挨拶程度だったので、実は面白い奴だと初めて知った。まぁ、Rafi自体が有名人で変わり者(良い意味で)だし、そのアシスタントが務まるくらいだから、当然かもしれないけど(笑)

その後Rafiと二人で、新規オープン間近のレストランへ移動。そこはRafiの友達がオーナーで、現在仲間どうしで改装真っ最中。今夜はプレ・オープンとして、友達を集めていた。

ビルの2階、レストラン・・というよりBarだね。DJブースや生演奏の為のステージが設置されてる。そして友達皆が「超」の付く美男子ばかり・・・。これには唖然とした。何だモデルの集会か!?

隙を見て、ゲイの友達に電話で教えてあげようとしたが、不在で残念。いやぁ〜、男の俺から見ても、目の保養させてもらった感じ(笑)。


2003年01月10日(金)



 あぁ、やっぱり日本て国は・・・

早朝から新作の続きに取り掛かる。とにかく今は、一日も無駄にできない心境だ。突発的な自分の性格は分かってるつもり。だけど今更ながらこんな自分が嫌になる・・・。毎年一月は鬼門なのか!?

昨夜、Newsで格闘技“PRIDE”社長の森下氏が自殺したことを知った。ネット上では様々な憶測が飛び交っているが、新聞発表のような「痴情のもつれが原因で自殺」というのは有り得ないと感じる。

中学生の頃、地元に来たプロレスの興行を見に行ったとき、隣に座ってたヤクザの人が「ボクはどの選手のファンなんだ!?」と聞いてきた。「越中です!」と答えた僕に「ヤクザになれば越中よりも強くなれるんだぞ。」と言ってきた。

大人になって、裏社会がどういうものか分かり始めた時にやっとその真意が分かった。プロレスに限らず、表の世界にある煌びやかなもののは全て裏社会と繋がっていて、駒のひとつとして世で働かされているに過ぎないということを。

どんな大スターや有名人でも、ステージを降りて裏社会の人々の待つ部屋に入れば敬語を使い、お酌をするのだ。でも問題はそこじゃない。

日本という国全体が真っ黒なのだ。一部の政治家とヤクザと宗教家の為に、日本は運営されているのかもしれない。故・森下氏は、一般人なのに詰め腹を切らされた。それを弾窮するマスコミもなければ警察も動けない。

TVで見る、ほぼ全てのことは茶番だと思った方がいい。国会答弁だろうが、北朝鮮問題だろうが、皆それぞれの役割を演じているだけだ。誰もこの国のシステムを変えられないことを知っている。

そう、昔から日本はそうだったし、これからも変わらないだろう。日本だけじゃなく、世界だって同じかもしれない。一部の人のために人民が犠牲になることは。

だけど、たまに隠し切れない部分が出たりします。ほんの一瞬でも真実が表に見えたときに、それが茶番か真実かを見極めるための目は養って欲しいなと思います。それからどうしろ、とかは無いけど。こんな世界を変えたいと願う英雄は殺されてきましたから・・・。

2003年01月09日(木)
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