-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 巣立ち

師走突入ー!!「しわす」って言葉いいよね。何か日本を感じるわ。その言葉通りに、これから年末に掛けて沢山行事が詰まってきた。

事あるごとに、友人やら知人から「tomoさんとこ、忘年会やるんでしょ!?」と当然のように聞かれる。予定ないっつーの!でも、度々聞かれると「やるべき?」とも思えてきて、とうとうMihoちゃんに幹事を任せて、メンバーも全部お任せでやる事になりました。

もしかして、こういうの初めてかも!?メンバーは多分、アート関係の友達と、元スタッフ、“Let's"や“HYPE"で手伝ってくれたボランティアの皆とかになると思う。時期的にもワーホリで来てる子達は、年明けに帰国する場合も多いので、これが最後になるかもしれない。

そんな事を考えてたら、丁度イケコ(元アシスタント)がスタジオに遊びにきた。新しい絵と立体(?)の作品を数点もって。しかも、今度の「Bingo!」の表紙をやる事になったってNewsも付いて。

以前、アシスタントをやってたHaruちゃんも帰国してから「Bingo!」の表紙やってるし、今度はイケコ。何だか、巣立っていくわが子のように嬉しい。

と言っても、2人に対して絵の手ほどきをした事もないし、的確なアドバイスもしていない。2人とも自分の意志で絵を追求してきた事が結果となっただけ。それはやっぱり凄い。

ワーホリという制度は一年間。延長できれば2年。何かを掴んで帰る人もいれば、来た時より自分を見失って帰る人もいる。人それぞれの感性があるから一概に結果論で言うつもりは無いが、2人はちゃんと結果を出した。

俺が褒めたいのは、結果を出すまでに至る努力の量だ。目に見える結果がでないと人は「裏切られた」と思うかもしれない。でもこうやって、結果として現れる場合もある。成果と言った方が良いかもしれない。

そういった成果が現れるのは稀だし、ラッキーだった位に思って、これからも努力を積み重ねて欲しい。

2002年12月01日(日)



 カナダ人の好み

11月も今日で御終い。人々の次なるイベントは“クリスマス”!?そんな訳で、オンタリオ湖畔で開催されてる“One of a kind show"に行ってきました。

この日記をずっと読んでる人にはお馴染みのカナダ最大のクラフトショウです。年に2回クリスマスと、春休みの時期にトロントで開催されて、その他にもモントリオール、エドモントン、シカゴなどへ巡回していきます。

俺が参加したのは2年前のSpring showでした。それからも度々オファーを頂くものの、イマイチ乗り気になれなくて、以後参加はしてません。ただ、毎回お客さんとしてちゃんと見に行ってる。

今日は友達のMさんと彼氏のJさんと3人。会場が馬鹿デカイので、各々別行動にした。土曜日ということもあって、凄い人混み。

Artのセクションは、毎回出てる顔ぶれプラス、新規がちょこっと。あまり代わり映えしないなぁ。いわゆる「街角アート」が多い。万人に受けるタイプの絵ということ。日本で言うと、ちょっと前のヒロ・ヤマガタさんとか、ラッセンとかね。それはそれで好き。

このショウに来ると、いつも決まって人間ウォッチングをする。着てる服、人が集まるブース、そこで交わされる会話。カナダ人の好みや嗜好がいっぺんで分かる。

諸外国から言わせると、カナダ人は保守的だという。奇抜なもの、新しいものは避け、伝統的な昔からあるような物を好むのは本当。素材で言えば、メタルやコンクリートよりも、木や土が好き、みたいな。

それでいて、色に関しては原色が飛び散るようなカラフルな物を好む傾向がある。黒や白、シックな色にはあまり興味を示さない。そんな統計が、この会場の出店者に見事に当てはまるのが面白い。ちゃんとニーズを分かってるんだな。

毎回、「今回は何か買おう!」と意気込むのだが、今回もやっぱり何も買わなかった。多分、お金に余裕があったとしても同じだったと思う。ただレモネードを2杯も飲んでしまっただけ。

会場を後にして、2人と別れてギャラリーのオープニングへ向かう。まずBroadviewの「Little Art Show」というイベントへ。音楽あり、酒あり、オークションあり。内輪で盛り上がってるようだし、寒いので撤退。

続いてSPINへ。今日はファッション・ショーがある。RSVPという事もあり、一般客はおらず招待客のみ。トロントのデザイナーって、サヴァイブ(Survive)してるなぁ・・・という印象。確かに新進デザイナーにとって発表の場が少なすぎるから、ギャラリーに進出せざるを得ないんだろうな。


2002年11月30日(土)



 サンタに頼もうかな・・・

今日トロントで、Guns N' Rosesのコンサートがあるらしい。夕方近くのカフェで、それに出掛ける直前のHiroとジョヴァンニに会った。何やらガンズは怪しい雰囲気みたい。直前のバンクーバー公演をドタキャンしたらしい。もしキャンセルでも暴動だけは起こすなよ(笑)。

実は俺、ガンズの初来日公演行ってるんだよね。87’、8(?)の武道館。もちろんオリジナル・メンバーでのやつ。その時も直前のNHKホール(?)公演を、途中で投げ出すという暴挙の後だったから、冷や冷やしながら武道館へ行ったのを覚えてる。やっぱ、そういうスリルを味わえるのもガンズならでは!?

午後から日加タイムス社へ。新年号の表紙が仕上がったので原稿を渡す。今回は“赤”を割りと多めに使ったんだけど、新聞紙への印刷を考えると余り鮮やかな赤は使えない。朱色→紅色へ、2段階くらい落として丁度いい感じ。

人物のラインも、きれいなアウトラインを取らず、敢えて手描き風のギザが立ったような線のままでいくことにした。背景には数匹の羊をドローイング仕立てで配置。

この表紙と、先日「秋祭り」でやった似顔絵は時期もテーマも共通するところが多くて、きっと二つ並べると良い感じになるんじゃないかな?この所の俺は、すごく日本を意識してる。

久しぶりにMarvish Villageのアート専門書店へ行った。クリスマス前のセールでエリザベス・ペイトンのレア物とかドクメンタのカタログが50%Offとかであって、凄い欲しかった・・・が、我慢。

今年はずっと節制(今年は、っつかカナダに来てから)してるから、物欲が収まらないぜ。今更ながらサンタに頼むとすれば「デパート一軒」(笑)。子供だな・・・。




2002年11月29日(金)



 動揺

これから暫くの間、スタジオに住む。前々から決まっていた事で、彼女が長期で日本へ帰る間、アパートを一旦引き払う事になっていたから。今日はその引越しの日でした。

プライベートな事を書くのは躊躇ってしまうけど、自分に起こる些細な変化も出来るだけ記録に残しておきたいと思う。

昨夜は、徹夜で荷物のパッキングやベッドの解体をしたりで、このアパートをゆっくり振り返ることが出来なかった。恐らく、今までの人生で最も激動だったこの一年を過ごしたアパート。画家としても、プライベートに於いても、どちらも大きく揺れ動いたのを支えてくれた人、そしてこの部屋。

それだけでも充分に気が滅入る一日だったのに、その彼女から今日届いたメールによって更に滅入ることになった。手伝ってくれた友達とも、ほとんど口を利かず、ただただ一人になりたいと思った。

自分に非がある事には自問自答できるが、手の届かない、自分の範疇から遠く離れたものに一体何ができるだろう?人間はちっぽけだ。

2002年11月28日(木)



 発表会

Artfocusマガジンのショウに行ってきた。毎年恒例なんだけど、2000年にアワードをもらった時よりも随分ちっぽけに見えてしまった。

画家のレベルが悪いとか、会場が展示に相応しくない場所である、というのじゃなく、このショウにどれほどの意味があるんだろう?と考えてしまったから。

俺が出た時は、カナダに来て間もなくという時期もあって、アート雑誌のショウというだけで舞い上がってしまった記憶があるけど、こうやって冷静に見れるようになって初めて”このショウの意義は?”と思ってしまったんだな。

”売りたい!”という人には、オフィス街にひっそりとある会場の場所がネックになるだろうし、”アワード”を獲ったとしても、それに見合うステイタスは無いし、かと言って確固たる選考の基準があるわけでもない。

言うならば、日本の公募美術団体が開催する”発表会”のノリに近い。応募して、とにかく一定の基準に達してれば誰でも展示できるようなもの。

俺はそういう日本の美術界のシステムが大嫌いだった。また、公立美術館のほとんどのスケジュールが、そういった団体に貸し切られてるという日本の美術館の在り方に絶望していた。

趣味であろうが、本業であろうが、アーティストに発表の場があることはありがたい。それを提供してくれる意味では”発表会”も必要なのだと思う。絵は誰にでも描けるし、始めやすい趣味でもあるから、画家人口は年々増え続けている。それに対して発表の場は限られており過密状態だ。下からどんどん突き上げられても、上はどこにも行き場が無かったりするから、結局同じ輪の中でひしめき合うしかない。

その結果、安直に次々と”発表会”が生まれ、水増しされた基準の中で発表の場を得るという悪循環だ。もし、世の中の展覧会の半数以上がこういった”発表会”だとしたら、非常に怖いと思う。

一般の見に来るお客さんは、外観だけ見ても一流の展覧会とそうでないものの区別はつかない。表面がつるつるしてて、大きそうな名前の展覧会だったら、見事に一流っぽく見えてしまうものだ。

そこで気付くのは、我々アーティストの側がもっと賢くならなければいけないという事。どのショウに価値があるのかを見極め、例え名前がある大きな展覧会でも、自分に一致しないものには参加しないという頑固さも必要じゃないだろうか?

このまま食いつぶされてしまうか、それとも”アーティストは馬鹿じゃない”という姿勢を打ち出すか・・・。考えてみるべきだと思う。


2002年11月27日(水)



 「北の国から」

日本のTVドラマ「北の国から」を久々に見た。俺がまだ北海道に住んでいた幼少の頃からずっと見続けていたので、俺もあの黒板家と一緒に成長してきた感覚があるな。

さだまさしさんの、あの”あ〜あ〜あああああ〜あぁ・・・”という調べと共に映し出される北海道の風景は、そのまんま俺の幼少時代の原風景だし、曲を聴くと、鼻の奥になつかしい香りが蘇ってるくんだよな。これって不思議だ。

だから、ただでさえ思い出深いドラマなのに、日本を離れて外国で見ると一層なつかしさが込み上げてくる。単に懐かしいだけじゃなく、この歳になってやっとドラマのメッセージに気付いたりするもんだ。

まずタイトルだよな。「北の国から」っていうシンプルで、それ以上のことは何も語らないタイトルは、そのまんまこのドラマの主題に繋がるんじゃないかな?今時のトレンディドラマだったら、きっと何かメッセージを入れてしまうだろう。例えば「北の国から愛を込めて」だったら、”あぁ、愛がテーマなんだな”と先入観が入ってしまうし、「大自然の小さな家族」とか「黒板家の人々」とかだったら、家族愛がテーマですよって言ってるようなものだし。

「北の国から」これ、ピッタリですよ。あとは受け取る人それぞれに委ねるっていう態度が。さっきのテーマ曲の話もそうで、歌詞が全く無い。他のドラマだと、人気歌手が歌う、ドラマのテーマに沿った歌詞が必ず入ってて、否応なしにドラマの主題とリンクさせられてしまうもんね。

このタイトルもテーマ曲も何も語らない、まして旬な人気俳優が出ているわけでもないドラマが、最終回の視聴率を40%(?)近くも取るなんて、日本も捨てたモンじゃないな、と思う。

多分、視聴者の多くもドラマと一緒に成長し、黒板家をずっと見守ってきたんだろうと思う。これは凄いことだよ。他の映画やドラマには到底マネ出来ない歴史が詰まってるし。だってさ、回想シーンて本物だぜ!?小さい頃の思い出とかを、当時の映像使えるんだから。

他のドラマとかで今いちリアリティを感じない、入り込めないところって、この回想シーンだったりするじゃん?子役に小さい頃の再現させたり、38歳の大人が20歳の頃のシーンを演じたり。

それが、このドラマは本物が使えるんだよね。しかも、リアルタイムで見てた頃の自分の記憶と重なり合ってプレイバックするから、厚みがあるし、自分自身の歴史と繋がって重いんだよな。だから、このドラマを最初から最後まで全部見て欲しいと思う。

ドラマを見終わった後で、「このドラマの主題は・・・」なんて考えなくてもいいし、答えを見つけ出すなんて事も無駄だ。これを手本にする必要もないし、自分の環境に当てはめるのも無理かもしれない。だから、心の奥にそっとしまっておくだけでいいと思う。

世界中には色んな人種がいる。価値観もモラルも全く相容れない文化を持つ人もいる。共通するのは、いつの時代も、どの人間にも欲があって、人と自分を比べて生きていて、自己弁護だけは達者だったりする。またそうしなければ生き残れない現代に不満をぶつけたりしている。

しかし、その世界を見渡しても、吾郎の「つつましく生きろ・・・」という言葉に、涙した人が40%もいる日本という国は素晴らしいと思うのよ。若者もオッサンも皆、厚い仮面を被って生きてるかもしんないけどさ、多分心の底ではこのドラマが伝えたいことをちゃんと受け取れる人種なんだと思う。

少なくとも俺は、そういう国に生まれて良かったと思ってるし、こうやって考える“気付き”を、長年かけて与えてくれた「北の国から」というドラマに感謝している。


2002年11月25日(月)



 システム

今日も寒い・・・。
ギャラリーのオープニングを数件ハシゴした。総体的に”つまんない!”の一言。あんな連中に助成金を出してる政府や財団はアホか!?

最近ストレス溜まってるのかな?あらゆる”システム”に対して腹が立つ。どの業界、分野にもそれなりのシステムがあって、それで世の中が回ってる訳だけど、何なんだ!?このシステムって。

また分かり易く音楽に例えると、ミュージシャンはアルバム作って、シングル切って、プロモーションして、売れたらツアーして、レコード会社移籍する時はベスト・アルバム出して、またレコーディングに入る前に休暇に入って・・・。それの繰り返しみたいな。

アートだって、変わんないよな。産業だよ、アート産業。

いつからギャラリーってそんな偉くなったんだ!?アーティストがペコペコ頭下げて、作品見てもらったり、見せる為に社交してパイプ作りに励んだり、有名なギャラリストに取り入ろうとご機嫌伺ったり、その結果で展覧会やらせてもらったり。

ギャラリストもよ、アーティストを道具として使うなよ。「あたしは、こんな良いアーティストをこれだけ抱えてるわよ」みたいに、将棋の駒じゃねぇか。

俺自身、この”アート産業”に取り入る為に、これまで活動してきた所があるよ。ぶっちゃけね。しかし、それで本当に満足なのか?と問いかける自分も居るわけ。何の為にアートを選んだのか。

こういう風に言えるようになったのって、”Let's Have A Dream"の影響が大きいな。あれはさ、儲けとか損得無しにやるイベントだから、普段の俺の展覧会活動とは正反対なベクトルに向かってるんだよね。

つまり、あのイベントをやるまでは100%アート産業肯定派だったの。成功するためには、のし上がる為には、システムを上手く利用しなきゃダメだぜ。みたいな。リスクを侵してまで理想に走ったら、明日からどうやって飯を食うんだ?という部分で考えてさ。もうサラリーマンと一緒ですよ、本質は。

理想だけでは飯は食えん!!という(笑)それが、”Let's〜”をやったことによって、「50%はアート産業でいいから、残りの50%は純粋なアートをやらせて・・・」という考えに達したんだよな。それで自分の中のバランスを保とうと思って。

その半分半分の自分が、時折ぶつかるわけよ。「もっとアーティスティックに!」とか、「馬鹿、それじゃ飯くえねぇんだよ!」という具合に。今日はその50%が8,90%くらいまでパワーアップしてて、ふざけんな”アート産業システム!”状態なんです。

ある意味で二重人格&分裂症かも(笑)


2002年11月23日(土)



 古い人間?!

皆さんいかがお過ごしですか?
トロントすっごい寒い!このところ毎日曇り→雨→雪の繰り返し。気温は0℃くらいだから、まだまだ序の口だけれども、例年よりも寒さが厳しい感じがする。

その寒い中、隣町のUnited Graphicsまで借金の返済・・・じゃなくて、代金の支払いに行って来た。ここのオーナーの奥さんはGlobeのマーク・パンサーの従兄弟なんで、自然と話題は小室とKeikoの披露宴の話となる(笑)。いまどき凄いねぇ、5億?

「誓いは多くの人の前であればあるほど決意が強い」、と言うが本当かね?でも、人前で宣言することは確かに意味がある事だと思う。まぁ、俺の場合一回失敗してるから偉そうな事言えないけど(笑)。でも地味婚とかで、籍だけ入れるよりは、披露宴とか人前でやっといた方がいいものだと思う。

振り返ると、「結婚式なんて二度とゴメンだ!」という新郎なら誰でも感じるであろう大変さを味わったが、改めて考えるとそれは必要な儀式だったように思う。

今は同棲の延長や子供が出来たりで、ただ何となく入籍してもおかしくない御時世だけれど、それでもやるべき!と感じるのは俺が古い人間だからだろうか?


今日の作業は、日加タイムス紙の表紙用の作業のみ。もう一度原画から興して、再度バランスを調整。カラーは大分固まってきたので、ほとんど微調整するだけになった。

Shiftマガジンの大きなパーティ(年末パーティ?)の招待状が来てたんだけど、寒さと作業時間に押されて断念。ちょっと後悔・・・。

2002年11月22日(金)



 映画の日

今日は、朝から図書館で調べ物をした後、前から気になってた映画「Frida」を見ました。そう、あのメキシコ人女流画家フリーダ・カーロの伝記映画。

色彩がカラフルで、所々にMTV的なお遊びが挿入されてたりして、いわゆる”伝記映画”にありがちな暗さはない。少女時代に起きた大事故によって、死ぬまでに30回を超える手術を受けたという悲劇よりも、あくまでフリーダの”強烈な生き様”に焦点を当てていたのは良かった。

スペイン語だと思ったのに、セリフが全部英語だったので戸惑ったけど、フリーダの入門編としては最適じゃないでしょうか?

その後、一旦スタジオへ行ってから夜7時に再び映画館へ舞い戻る。今度はリバイバルの映画館で、写真家Bruce WeberがJazzトランペッターのチェット・ベーカーを主演に撮った「Beautiful Chet」。これはもう映像で魅せるって感じで、全編モノクロで良かったねぇ。

この日は”映画モード”で、立て続けに2本見てしまったけれど、更に勢いづいてもう一本!Roncesvallesのリバイバル館へはしごして「Godfather」を見てしまった!終わったのが深夜12時過ぎ・・・。まぁ、たまにはいいよね。

今日、水曜日は映画の日で、新作は半額だったし、リバイバルの方は会員証($6で入れる)があれば$3だし、日本だったら一本分の値段だぜ、全部合わせて。

それはさて置き、新作の予告編で大好きな監督Gas Van Santの予告編をやってた。主演はマット・デイモンで、雰囲気的にあの「My Private Idaho」を思わせる映像だった。なんか不安・・。永遠のFavoriteである「My〜」の焼き直しだけはやって欲しくないよな。

Gasと主演のマットは「Good Will Hunting」以来のコンビ。あの映画以降のGasは好きじゃないから余計に不安なんだよね。まぁ、見てから判断しますか。

2002年11月20日(水)



 似顔絵は即興なり

似顔絵、大盛況でした。
結局寝ずに参加した「秋祭り」でしたが、お蔭様で33人もの似顔絵を描くことが出来ました。11時のオープンから昼過ぎくらいまでは全く客が来なくて「ヤバイなぁ・・」と思ってたんだけど、午後に友達が客として来たあたりから忙しくなって、閉館の5時を過ぎても予約の客がいる。という状況になりました(笑)。

遂に時間切れで描ききれなかった方々には、後日スタジオまで来れるなら描きます、という条件でお断りしました。それから撤去も手伝って、ヘロヘロになりながら帰ってきました。

しかし、似顔絵ってシビアだねぇ。下書きナシで10分で描くわけだけど、その十分で特徴を捉え、描き上げるには相当な集中力がいる。普段ってさ、作品を仕上げる場合、その80%が“頭の中で考える”時間じゃない?残りの20%が実際に描いてる時間だとすると。

描いてる時間より、考える時間の方が全然長いわけよ。でも似顔絵の場合、初めて会った人をパッと見て、すぐに特徴を捉えて描き出さなきゃいけない。考える時間が無いって事は、それだけ集中力を高めておかないと失敗するんだよね。

で、周りにはギャラリーがいるから“失敗できない”っていうプレッシャーも物凄いしさ(笑)。だって、輪郭を描いた時点で「あ、似てる!」とか「似てない」とか横で聞こえるし、「うるさーい!」と叫びそうになるよな。まったく。

連続で5人くらいを描いたところで相当疲れて、休憩が欲しくなった。しかしポーカーフェイスで何事もないように描き続けたね。でも、はっきり言って今回出たことは凄いプラスになった。

第一、色んな人達と話せて予想以上に楽しかったし、同時に自分の即興性を試すことが出来たから。俺、もともと音楽畑にいたからさ、どうしても音楽と関連付けて考えてしまうんだけど、即興が出来ないミュージシャンは偽者だと思うのよ。

つまりレコーディングでは一流だけど、実際にアドリブさせると最悪って場合。一流のミュージシャンは即興でも一流なんだよね、絶対。何にも無いところから、ポンとギターを持っただけでブッ飛ぶような演奏をして人々を魅了する。そんなのが本物のミュージシャンだと思ってるから、それをアートに例えるなら、今回が絶好の機会だと思ったんだ。

そういう訳で、似顔絵は日頃の感謝をお客さんにお返しする為に出展したはずなのに、逆に自分自身の絵を磨く場にしてしまいました(笑)ありがとう!

2002年11月17日(日)
初日 最新 目次 MAIL HOME