-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 神の助けか?いたずらか?

昨日はひたすら絵を描いた!朝9時から夜10時くらいまでヘロヘロになる寸前だった。しかし、まだ完成してない。明日が搬入の日なので今日もこれから描かなきゃいけないんだけど、今日はレンタカーを借りて、今開催してるショウの撤去をしなければならない!

とりあえず午後2時まで絵を描いて、それからレンタカーをピックアップ。まずCasa Cafeで、わずか10分で飾ってあった絵を撤去。続いてBeaches地区の”Peppino's”へ行き、ここも10分で撤去。

これらの回収した絵は、一度きれいにメンテナンスしてから明日の会場へそのまま運び入れる予定。工具店で展示用フックを買い足してからオフィスへ戻った。とにかく急いで絵の続きを仕上げなければいけないから。

TakaとHaruの2人には、HYPE用のプロフィール作りと展示用の机づくりを頼んで、留守番をしててもらったのだが、俺が留守の間に明日の会場であるCollege Street Barのマリアンから電話があったらしい。

何と、明日の搬入がキャンセル!!実はオーナーのポールのお父さんが急に倒れて病院に運ばれたらしい。それで明日は休むので搬入は8日の月曜日に延期になった。気の毒だが、俺にとっては延期が神の助けのように思えた。

ここで、一旦絵の制作は中断する。なぜなら、それ以外に明日が締め切りなのが2つもあるのだ!一つはHYPE会場用のポスター・デザイン。WEBページで公開してるのとは別バージョンの新作である。これは全く手を付けていないので、ヤバイ。

もう一つは雑誌”Bits"のHYPE TOKYO特集用の記事。すでにインタビューの原稿は上がってるので、校正と作品画像の加工をして、CDに焼く。

TakaとHaruも夜10時くらいまで残って作業をしてもらったが、俺の仕事の方は一向に仕上がる気配はない。結局、夜が明けて4日の朝5時。BitsのCDが仕上がったところでストップ。

これからレンタカーを返却にBloorまで行って、寝ます。

2002年07月03日(水)



 Canada Day

昨日のゲイ・パレードに続き、今日はカナダの建国記念日で祝日です。それもあって街にゴミが散乱し、異様に汚いのかな?と思ったら、ゴミ清掃組合がストに入ったからだった!

こっちは本当によくストがある。先日もトロント市内の電車やバスがストに入るか回避かで相当揉めてたし、市営のプールもストやって猛暑のトロント市民の大非難を受けてたっけ。

ゴミのストなら、前にバンクーバーで経験したことがある。観光客が「カナダは綺麗な国」というイメージで来たら、ショック死するくらい汚い。街角に設置されてるゴミ箱にガムテープが貼られ、入れられないようにしてあるんだけど、こっちの奴らは容赦なくブチ込んでいくから、ゴミが溢れて道に散乱してる。

おまけに33度(体感気温42度)という猛暑で、悪臭を放っている。明日は35度に上がるというが、日本に比べて直射日光が8倍もあるカナダはそれ以上の気温に感じてしまう。

そんな訳で(どんな訳だ?)スタジオ用にエアコンを購入しました!もちろん中古ですけどね。本当、暑いの大嫌いだから、ここ数日絵の制作も全然進まなくて一大決心しました。

今週は、まず4日から始まる展覧会の絵の締め切りと、HYPE用のポスター制作データの入稿と、某雑誌のHYPE特集への記事の寄稿と、展覧会終了の会場2箇所から絵の撤去という”毎日が締め切り日”な日程!

これを猛暑の中でやり遂げる自信がなかったんでね。そんで、スタジオはビルの2階にあるんだけど他と比べて熱がこもり易いらしく、異常な暑さだったからスタッフの健康を心配して・・・という名目もありますが(笑)

2002年07月01日(月)



 ゲイ・パレード

北米で最大級のゲイ・レズビアンのフェスティバルが行なわれています。今日はメインの「ゲイ・パレード」の日。朝から低音の効いたビートが鳴り響き、寝てるどころじゃありません(笑)

トロントは世界でも1,2を争うゲイ人口を誇り、同性愛者擁護の都市。同姓同士の結婚式が挙げられたことでも有名ですね。

そんな訳で、俺の周りの友達にも日本人でゲイって子が普通にいるんで、何の偏見もありません。10代の少年から60歳過ぎのお爺ちゃんに至るまでゲイのカップルは仲良く手をつないで街を歩いてます。それを誰も好奇のまなざしで見ないし、彼らも決して隠そうとしません。

うらやましい!と思った隠れゲイの方は、是非トロントに移民することをお勧めしますよ。マジで。友達にもゲイで移民を申請した人が何人もいます。

で、そのパレードですが今や一種の観光名物にもなっているので、コースの両脇に鉄柵が置かれ、その間を数万人のゲイが行進します。荷台をダンスフロア風に変えたトレーラーの上でほぼ全裸で踊り狂うゲイの方たちや、屋台でパンツ一枚でハンバーガーを作ってくれるレズの方など、様々です。

しいて共通するならば、七色のレインボー・フラッグをどこかに身に付けてることでしょう。この虹模様はゲイのシンボルカラーなんで、自宅のベランダに掛けてる人や、ゲイ歓迎のレストランにも挙げられてます。自家用車に付けてるひともいる。

海外に行った時に、この虹もようを見かけたら、それはまず同性愛者の事だと思って間違いありません。


2002年06月30日(日)



 Gallery Hop

HYPE TOKYOの会場となるAcadia Galleryにて別の作家のオープニング・パーティがあったので出席した。偵察も兼ねてスタッフ連中も連れて行く。

Acadiaの隣には、もう2軒ほどギャラリーがあって、丁度そっちも今日がオープニングだったんで、3軒を行ったり来たり。それぞれのギャラリー・オーナーにもご挨拶して、是非HYPE開催時にはお立ち寄りください!と営業。

あとはAcadiaのスタッフに「外壁の色を塗り替えたいんだけど…?」と打診してみた。だってさ、あんまり外観良くないからさ(笑)これはかねてから思っていた事。結局そいつじゃダメで、オーナー(70歳くらいのヨボヨボお爺ちゃん!)に聞くと「いいよ、別に」という返答が!多分、事の重大さが分かってないと思われる。

2時間ほど過ごしてから、友達も合流して近くのレストランで夕食。気温が高いせいもあり、飲み足りずにYonge stのBarへ場所を移し、最後は深夜2時くらいまで盛り上がる。いいのか?!こんな調子で。展覧会用の絵は一向に進んでない・・・。

2002年06月28日(金)



 HYPE TOKYO掲載誌

プロモーションの努力の結果、HYPE TOKYOのレビューやリポートが新聞数紙とアート専門誌数誌に掲載されることになった。事前に「載せることが決定しました」と知らされるのは異例で、通常は何の予告もなしにレビューがポンと載ってたりするものだ。

個人的にお世話になってる「Artfocus Magazine」には広告も打ったし、レビューは確実だったけど、「Mix Magazine」は2ページくらいを割り当ててくれることになって驚いた。この雑誌は隔月で、内容は硬派。いわゆるギャラリーが金を積んだような仕込みページが一切無いのが特徴。俺も日本に住んでた頃から輸入して購読してたほどの“憧れの雑誌”である。

カナダはアートの先進国ではないが、立地的にNYに近いこともあってトロントは近年グングンと力を付けている。その証拠に、年々増殖するインディ・ギャラリーとアート系雑誌社の躍進が目立つ。誌面ではカナダの展覧会を取り上げつつも、やっぱりNY展が中心と言わざるをえないが、国内の作家の活躍を願う気持ちはある。だからこそ、今回のように「トロント発!」という展覧会があれば積極的に取り上げてくれるのだ。

しかし、今までやってきた個人的な展覧会はあまり取り上げてもらってなかったんで、tomolennonという名前でページを取れるとは思ってなかった。そこで、今回はあくまでキュレーターとして展覧会の主旨や意義を前面に打ち出したプレスリリースを発表したんだよね。その結果が形に表れて素直に嬉しいね。

あとは、期待に恥じないよう、ディスプレイを含めて最終チェック。


2002年06月27日(木)



 Charity団体

LET'S HAVE A DREAMの収益を寄付する予定の団体と交渉。数年前から政府の援助が激減となり、どのチャリティー団体も運営が厳しいらしく「寄付」と言えば、わざわざ向こうから出向いてくれる。

入念に調べた結果、ここを含めてもう一団体と交渉を持つ予定だが、小さい団体ながら82年の歴史を持つこの団体に好感を持っている。ただ心配なのがその寄付金の流用法で、何%が団体維持費として計上され、残りの何%が実際に子供たちへ渡るのか。

前年度の年間収支を出してもらい、1セント単位まで細かく公開してもらった。「その総額自体が正しいか分からない」と言えばそれまでだが、善意で寄せられた貴重な寄付金を、不透明に処理されては困るのでこちらも慎重だ。

現に、名の通っている団体の幹部が高級住宅に住み、ポルシェを乗り回し、ゴルフコンペ三昧というのはよくある話。もちろん団体を維持していくために幾らかの収益はそちらへ流用されるだろうが、幹部の腹を肥えさせる為にやるわけにはいかない。

これらの情報は、もちろん団体のWeb Siteやパンフレットからは読み取ることが出来ないので、団体の提携企業や協賛企業あたりをざっと調べるわけだ。すると、あっちもこっちも真っ黒なチャリティー団体ばかり。そうやってやっと2つまで絞ることが出来たのだ。

正式決定までに、あと数回の交渉が必要。どうかこちらが望むような団体でありますように。

2002年06月26日(水)



 郵便事情

スタジオに泊り込んで久々の徹夜明け。7月3日から始まる“College Street Bar”での展示に向けて数点制作しなきゃいけない。48x48”の大キャンバスにGessoは塗ったものの、一向に進まなくて、まだ下絵の状態。しかもトロントは20℃を越す熱帯夜で、座っているだけで汗が噴出す始末・・・。

深夜3時頃まで描き続けたけど、暑さで全然集中できなくって途中でストップ。そっから明日必要なLet’s Have A Dream用の文書を仕上げることにした。パソコンの前だと更に暑さが増すんだけどね・・。

明日の交渉は、遂に収益を寄付するチャリティー団体の代表との第一回目。わざわざこちらへ出向いてもらうから、文書類をそれ用に手直しする必要がある。その合間に日本の参加アーティスト達のマネージャーや事務所との電話があったりして、気付いたら朝7時。

9時になって、続々とクーリエや郵便によってHYPE TOKYO参加者からの作品が届く。でも、このようにスタジオに直に作品が届く率は50%50。届かなかった作品というのは、スタジオが不在で郵便オフィスに保管される場合と、最初からここに届ける意志がなく、「荷物が届いてるからココまで引き取りに来い」という無謀なハガキがいきなりポストに投げ込まれている場合の2パターンがある。

これが本当に厄介!Purolatorというクーリエ会社は東のオンタリオ湖畔付近にあるので、引き取りに行くだけで2時間くらい掛かるし、再配達を頼んでも確実な時間が一切分からない。つまり朝9時から午後6時までの間一歩も家から出られなくなってしまうのだ。本当に使えない。

郵便局の場合はもっと最悪で、配達は無し。最初から取りに来させるつもりなので、集配の車は最初から荷物引き取り所に荷物を持って行ってしまう。そんで、「あなたの荷物が届いてるから引き取りに来い」というハガキを送りつけてくるのだ。

荷押し車を引いて、とぼとぼと引き取りに行ったとしても、突然「無い!」と言われることもある。つまりハガキが先に着いちゃって、荷物が届いてないという状況!マジ信じらんない。マニュアルで決まってるのだろうが、そのいい加減な対応や扱いに怒りを憶えるよ。

俺が政治家になったとしたら、まずこの郵便事情を破壊するね。全員クビ!



2002年06月25日(火)



 日本のサポートいらない?!

HYPE TOKYOの関係者向けの招待状を一斉に送付した。中には日本総領事館も含まれるてて、こういう上の人(政府や企業の)にも見てもらう価値があると思うんだよね。

今まで、割と権力に立ち向かう感じで意識的に避けてきた部分であるんだけど、そろそろ彼らにも門を開いてもらう時期が来たようだ。アート展だからと言って、アート好きにだけ向けた展覧会じゃないし、文化事業的な側面を多く持つイベントだと思うからね。

そうは言っても、中々腰を上げてくれないのが常で、政治的メリットが無いから行く必要が無いと判断される場合も多い。俺が先陣を切って色々な紙面に出てるのも、実は彼らに対して存在を示す必要があるからなんだ。まぁ最初は無視されてたこともあるけど、そのうち余りにもtomolennonって日本人が取り上げられてるから見てみようか。と言われるべく露出を増やしている。

実際のところ、画家としての活動では日系人よりもカナダ人から厚いサポートを受けている。絵を買ってくれるのもカナダ・アメリカ人が中心だし、場所や紙面をすすんで提供してくれるのもそうだ。だから今までは、日本人としてじゃなくて単なる一人のアーティストとして活動してきた。日本人に頭を下げて、同郷のよしみでサポートしてもらわなくても、十分にやっていけますよ。という姿勢で。それがある意味で達成されつつある中で、もう一度日系人との関わりを見直す必要があるんじゃないか?と最近思うのだ。

イチローや中田のような有名人ならいくらでも協力するが、無名の画家にはリスクがあるからサポート出来ない。というのが基本的な日本人の考え方。それも正論。「tomolennonという若者が頑張っているから、皆で応援しよう!」という偽善もいらない。ただ、まだ無名でもどういう活動をしているのかは知っておいてもらいたい。それを、彼らが知る努力を怠ったから知らないんだ、と言うのではなく、こっちが知らせる努力を怠っていたから知らないんだ。と思うようになった。

ラーメン屋の店主が「こんなに旨いラーメンなのに何故客が来ないんだ!?」と言うなら、「こんなに旨いラーメンなんですよ、一度食べに来ませんか?」という宣伝はしたのか?と同じこと。それをせずに、ただ「客が来ない」というのは間違いだから。

今までの俺は、結構そんな感じだったからね。「そっちが噂を聞きつけて足を運べばいい!」っていう。そういう時期も必要だったのは確かだけど、これからもう一歩進むには、変な拘りを捨てなきゃいかんね。俺もオッサンかしら・・・


2002年06月24日(月)



 日系メディア

Torontoの日系メディアが最近元気だ。大手の日加タイムスの一紙が独占していた市場に新たに2紙が参入し、若い力によって新陳代謝が進んでいる。

このインターネットが復旧した時代に、ただ日本の新聞記事を取り上げるだけでは最早意味はなく、どれだけ地域の人が必要とする情報を提供できるかが求められている。

先日、インタビューを受けたBingo!誌も独自の姿勢でワーホリや学生が必要とする情報を生で届けているし、スタッフの年齢も若いので送り手と受け手のギャップも少ない。

そしてもう一誌がBitsというエンターテイメント中心の情報誌。実は俺にすごく近い人物が発行に関わっていることが今日分かった。人の縁は不思議なもので実に良くタイミングが重なったものだ。

2誌とも、若い力で何かを変えようとしている。古い伝統も大事だが、歴史があるからこそ出来ない冒険もあるのは確か。彼らがそれらに不満を持ち、現状に立ち向かった証明として2誌が発刊に至ったのだと思う。

この姿勢は俺の活動とも同じで、純粋に「やりたいことをやる」ということだ。やりたい事をやるための場を作り、市場を開拓する。時には徹夜で作業したり、私財を投げ売ったりできるのもそのパワーがあればこそ。

こちらも情報を生み出す側として、絶えず挑戦していくので、その2誌も思うままに情報を送り出してほしい。

2002年06月23日(日)



 今日のHYPEプロモーション

HYPEの宣伝のため、Takaが日加タイムスとフリーペーパー”Bingo"にアポを取ったというので付き添うことにした。日加タイムスの編集長には最近会っていなかったので、久々に話したい事もあったのだが、肝心のTakaが遅刻して、次のBingoの時間に間に合わないと判断し、俺は一足先にオフィスへ戻らなければいけなくなった。

結果的に、Takaが日加タイムスと上手くいった様子なのでいいのだが、やはり遅刻というだけでこちら側にマイナス要因が生まれることは明白。厳重注意。

BingoのKさんとの交渉は、主にTakaに任せてあるのだが、初対面ということもあって結構横ヤリを入れてしまった。申し訳ない。雑談をしつつ2時間以上引き留めてしまった。

近くのPubで一杯やってからDJ Akiさん経営のクラブ”UNA-MAS"へ。HYPE TOKYOのオープニングで是非スピンしてくださいと頼む。快く引き受けてくれたのだが、「ハワイ旅行とぶつかる可能性がある。」らしく、月曜まで保留することに。オープニングの予想来場者数は200人。スシとドリンクBarを用意するが、雰囲気をつくる音楽は重要。カリスマDJ・Akiさんにお願いしたいところだ。

2002年06月21日(金)
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