無責任賛歌
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目覚めてもまだ、昨日の湯浅憲明監督死去のショックが尾を引いている。 何だかフッと魂が抜けたような、そんな感覚。平田昭彦さんが、天本英世さんが亡くなった時も、こんな感覚に襲われた。後進に何かを語れるほどのナカミも築き上げられてはいないのに、敬愛する先輩たちが次々と去っていかれる。みんな私を置いていく。『ポーの一族』ではないが、そんな心境だ。 それでようやく気がついたのだが、私はまだ、「昭和ガメラ」の続編が湯浅監督の手によって作られることを期待し続けていたのだった。 もちろんそれは無意識の領域でであって、理性で判断するなら現実にそれがありえないことは承知している。『宇宙怪獣ガメラ』を見れば、1980年の時点で湯浅監督にそういうパワーが無くなっていたことは歴然としていた。 それでも私は(いや、多分全ての「昭和ガメラ」ファンは)、「ジグラ」との対決がガメラ最期の戦いではないと信じて疑わなかった。197“2”年度作品として作られる予定だった『ガメラ対双頭怪獣ガラシャープ』も、湯浅監督がきっと「完成」させてくれるものと思いこんでいたのだ。理屈ではない。ある意味これは「信仰」に近かった。晩年の本多猪四郎監督の『ゴジラ』復活は期待していなかったのに、湯浅監督には無条件で全幅の信頼を置いていたのだから。恐らくそれは、湯浅監督があちこちで語っていた怪獣映画への情熱を聞いていたからだろう。80歳で映画を撮った監督はいくらでもいる。70歳なら、まだまだだ。そう思っていたのに。 一人、また一人と先達をなくしていくにつれ、「信仰」を私たちは捨てざるを得なくなっている。ひたすら寂しい。
時折、アタマの中がホワイトアウトしたみたいに「ぼおっ」としてしまうのだけれども、今日はキャナルシティで劇団四季のオリジナルミュージカル、『ユタと不思議な仲間たち』の公演を見にいく日なのである。ぼおっとしてるから、で休むわけにはいかない。 家を早めに出たので時間は充分にある。「大東苑」で焼き肉を食べて(もちろん大半はしげの胃の腑に納まっている)、しげのショッピングに付き合う。この間からしげは髪止めに凝り始めたので、好きなのを一つ、二つ、見繕う。 「金魚柄に凝りようと」と言ってしげが選んだのは、まさしく金魚鉢の中に金魚が浮いているようなプラスチックのボール二つを、ゴムでつないだもの。歩くと、そのボールの中の金魚が揺れて見える、という仕掛けである。洒落ているというよりはなんだか玩具っぽいが、色っぽいのはしげには全く似合わないので、こういうののほうがいいのだろう。
ふと、イベント告知のポスターが目について、しげの目が丸くなる。何と今度の土・日曜日に、USJの「ブルース・ブラザース・ショー」がここキャナルシティであるというのだ。 当然しげは見たがるものと、「行きたいなら、行こうか?」と水を向けたのだが、なんだかしげの様子がおかしい。眉間にシワを寄せて、首をぐるんぐるん回し、どうやら悩んでいる風である。何を悩む必要があるのか聞いてみるとこういう返事である。 「……だって、ニセモノだし……」 そりゃ、ホンモノであるわけがない。第一、片方は本物だって亡くなっている。「じゃあ、行かない?」と聞いたら、「行く!」と即答する。 「ああ、でも、ニセモノだとわかってるのに見たいって思うのは、ダンに悪い? タモリのファンなのにコージー富田で我慢しようってそういう感じ? それってファンとしてダメってこと? ああ、でももしダンに全然似てなかったらどうしよう」 ……まあ、好きなだけ悩んでつかあさい。
開演20分前に福岡シティ劇場へ。 今回の『ユタ』は、キャナルシティ8周年記念のご招待公演。5000円以上キャナルで買い物をした人がレシートを集めて応募すると、抽選でチケットが当たるというキャンペーンをやっていたのである。私も本やら本やら本やらを買って7通ほど応募したら見事にペアチケットが当たったのであった。 そういうことなので、客層は見事にバラバラである。家族連れから若いカップル、ご老人から子供まで、老若男女ひと揃い、という感じで会場は満席。どうやらキャンセルした人はあまりいなかったようだ。そりゃ、ロハで芝居が見られる絶好の機会だからねえ。 私たち夫婦は、2階席のかなり奥まったところであった。私の視力では到底舞台は見えないので、オペラグラスを取り出そうとしたが、いつもはバッグに常備していたはずのそれをどこかに置き忘れている(おそらく家の、本の山の中のどこかだろう)。仕方なく、劇場でオペラグラスを借りて鑑賞することにした。 芝居自体はそこそこの面白さ。ファミリーミュージカルだから、セリフに説明的なところが多いのは致し方ない。ほかにも細かい不満はちょこちょこありはするのだが、そもそも『ユタ』が「ミュージカル」に向いた題材だったかどうか、という点はかなり気になった。役者さんたちの熱演を見るにつけ、かえってミュージカルと東北ファンタジーとの間の違和感を覚えないではいられないのである。 見終わったあとで、しげが「ファミリーミュージカルならあんなものなのかなあ」と呟いていたが、必ずしも家族向け、子供向けの芝居がワンランク、ツーランク下とは限らない。今回の芝居はやはり題材にちょっとムリがあつたと思うのである。 それにしても、「座敷わらし」の末裔である「ガメラ」の監督が亡くなられたことを知った直後に、その元祖「座敷わらし」の物語の芝居を見ることになるとは、何と哀しい因縁であることか。
帰りにHMVに寄って、『シュレック2』のCDを購入。エディ・マーフィとアントニオ・バンデラスのデュエットによる「リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ.」は、この一曲だけでもこのCD買ってよかった、と言えるくらいの出色の出来。 帰り道、ヤマダ電器に寄ってDVD‐Rほかを買う。 そのあといきなりしげにカラオケに誘われた。割引券があるのでもったいないから使おうというのだ。あまりそんな気分じゃなかったが、少しは気分が晴れるかと、久しぶりに2時間熱唱。しげは今度の芝居で使う予定の『新エースをねらえ!』のテーマソングとかを歌っていたが、私は熱唱系を避けて、静かな「癒し系」(ヤな言葉だけどそういう気分の時もあるのよ)の歌ばかり選ぶ。と言ってもやっぱりアニソンだけど。「まんが日本昔ばなし」とか、カラオケで歌ったのはじめてじゃないかな。
帰宅したのはまだ日も高いうちだったけれど、なんだかどっと疲れていた。
DVD『住めば都のコスモス荘』1・2巻。 読んだ本、マンガ、吉崎観音『ケロロ軍曹』1〜5巻。 あだち充『KATSU!』13巻。 清水としみつ『巨神ゴーグ』。
2003年07月21日(月) うらんでやるわああああっ(^o^)/映画『星空のマリオネット』/『花の高2トリオ 初恋時代』 2002年07月21日(日) アニソンしか歌えないわけじゃないけど/DVD『千と千尋の神隠し』/『吼えろペン』5巻(島本和彦)ほか 2001年07月21日(土) やたら長長文になっちゃいました。すみません/『裏モノ見聞録』(唐沢俊一)ほか
今年一番の猛暑。どこぞでは39.5度を記録したとか、40度を越えたところもあるとか。 福岡でも、街を歩くとあちらこちらで、体力のない女子供や老い先短い老人が熱中症で倒れ伏している(嘘)。
こういう暑い日には訃報があるんじゃないかと危惧していたら、やっぱり「昭和ガメラ」の湯浅憲明監督が物故。でも亡くなってたのは6月14日のことであった。死因は脳梗塞。享年70。 発表がここまで遅れた理由はよく分らないが、「葬儀は近親者のみでおこなった」と記事にあるから、多分、ご本人のご遺志だったのだろう。 「昭和ガメラ」シリーズが終了して30年以上、テレビの『コメットさん』や『刑事犬カール』『ウルトラマン80』などから数えても何十年もの間、映画、ドラマから離れていたわけだから(いやまあ、『コスプレ戦士キューティナイト』の監修とかあるけど)、実質的には引退状態だったのだろうが、不思議なことにそんな印象がない。なんだかつい最近も映画を撮っていたような気すらする。それだけ、私たち「ガメラファン」の心の中に、湯浅監督が「今も」生きていたということなのであろう。
「私たち」と書いたが、40代以上で自分のことを「ガメラファン」だと自信を持って言い切れるファンがいったいどれだけ生き残っているのだろうか。「平成ガメラ」ファンではない、「昭和ガメラ」ファンの、である。 東宝の「ゴジラ」シリーズに比べて、大映の「ガメラ」シリーズはどうしても後発ゆえの謗りを免れず、「ゴジラよりもガメラのほうが好きだ」と言えば、かつては(今でも)いっぱしの特撮ファンから鼻であしらわれたものであった。いわく、「特撮がチャチ、金がかけられていない」「ストーリーが子供向け、子供騙し」「そもそもカメが空を飛ぶってだけでお笑い」……それを言うかな。 ともかくゴジラシリーズに比べれば、子供向け路線が露骨だったのが「オトナ」から見れば「馬鹿馬鹿しい」と捉えられていたのだろう。なんたってガメラは「子供の味方」である。なんであんなドデカイ怪獣が子供にだけは味方をしてくれるのか、リクツを考えていけば確かにオカシイのだが、しかし、それを当時子供だった我々は別にツッコミもせず素直に受け入れていた。設定のチャチさに気付いていなかったのではない。チャチであろうと、その設定の魅力が子供たちの心を捉えて離さなかったのだ。テレビの特撮番組で、ピアノ線を発見して笑っていた子供たちも、ガメラには不平を言わなかった。ディテールに突っ込むのとはわけが違う。「子供の味方」であることを否定することは、ガメラの存在自体を否定することになる。自分の友達を否定できる子供など、誰がいるだろう? 我々は『ガメラの歌』を、『ぼくらのガメラ』を、『ガメラマーチ』を本気で歌った。『ゴジラマーチ』は誰も本気で歌わなかったのにである(いや、一応こっちも歌いはしたけど)。
ガメラは子供にしか分らない友達だった。もっと具体的に言えば、「孤独な子供」にとっての友達であった。ガメラシリーズでガメラの「友達」に選ばれる子供はほんのひと握りであり、それも子供たちのグループからはどこか外れた、「規格外」の子供たちである。核家族化が進み、「鍵っ子」が社会問題化していたあの時代、「村八分」な目に合っていた子供たちは多かった。怪獣ファン、アニメファン、そういう子供たちは確かにたくさんいたが、中でもガメラが一番好きだ!と断言できる子には、「のび太」のような「いじめられっ子」が多かったのではないか。その意味でガメラは「座敷わらし」と同じく、「ある特殊な子供にしか見えない」民俗なのである。我々は座敷わらしの伝承は失っていたが、代わりにガメラを得ていたのだった(今の子にとっては、これが「トトロ」あたりになるのだろう)。 だからこそ言えることがある。 オトナになって、「昔のガメラって、今見るとつまんないよね」と簡単に言ってしまえるのは、座敷わらしが見えなくなっているのと同義なのである。いや、大人になっても妖精の存在を信じているのはデンパさんであろう。私だって、別に「ガメラが本当にいてくれたら」なんてことが言いたいわけではない。オトナになって、夢見る心や純真な子供の心を失ったとか、そのことを憂えたり、童心主義を礼賛したいわけでもない。 人間として作りあげられてきた自分、「文化」としての自分を、そんなに簡単に否定してしまっていいのか、ということなのである。
「平成ガメラ」が復活した時、我々ガメラファンは喜んだ。“どんな形であろうと”、ガメラが再び見られる、こんな嬉しいことはないからだ。だから、物語がリアル路線に切り替わろうが、ガメラから背中のウロコが消えようが、ギャオス以外のライバル怪獣を一体も復活させなかろうが、「藤谷文子、子どもじゃないじゃん」と腹が立とうが、監督が「別にオレたちガメラファンじゃないしぃ」と公言しようが、脚本家が「『キングコング対ゴジラ』を参考にした」とライバルのコンセプトを持ち込もうが、特撮監督が「所詮カメじゃん」とのたまおうが、数々の暴言、失言について「我慢」したのだ。いやしくもプロである彼らは、不満を抱えつつも「カッコイイ」ガメラを現代に蘇えらせてくれたのだから。 それでも彼らは、いったんは「許しがたい」暴挙に出ようとした。あのガメラのトレードマークである「回転ジェット」を「リアルじゃないから」と外そうとしたのである。それが会社の反対にあって渋々復活し、結果的にそれは平成ガメラ第一作で一番燃えたシーンになった。これがガメラファンの溜飲をどれだけ下げたことか。
映画として、平成ガメラの方が昭和ガメラに比べてはるかに見応えがあるのはわかる。普通に特撮映画ベストテンを選べば、昭和ガメラは一本も選ばれなくても、平成ガメラはランクインするだろう。しかし、映画の完成度と、「好き」度、あるいは自分を作ってくれた何かに対する愛情度、感謝度とは、必ずしも比例はしない。特撮ファンが昭和ガメラシリーズで評価するのは、せいぜい『大怪獣ガメラ』『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』までである。私も、特に映画ファンでない人に「面白いよ」と勧めるならギリギリここまでである。しかし、登場する子供たちが大活躍し、ガメラの窮地を本当に助けたのは、実は第四作の『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』以降なのだ。 『バイラス』でスーパーキャッチ光線を反転させ脱出するアイデア、『ジャイガー』でガメラ体内の幼虫を退治するアイデア、どれもありきたりなもので今の若い人にはつまらないと感じられるかもしれない。けれど、我々が当時あの映画を見ていたとき、私たち「子供」は、確かにあの子供たちと「一緒になって」ガメラを助けていたのだ。
唐沢俊一氏の『ガメラを作った男―評伝 映画監督・湯浅憲明』を読むと、湯浅監督はかなり計算高い人で、子供を主人公にしたのも、ゴジラの後発作品で二番煎じの謗りを受けつつも客を呼ぶための「策」であったことが語られている。こういう記述を見るとすぐに「商業主義」と非難する人も多いが、これはそういうレベルの話ではない。安易なキャラクター造形力では、たとえ子供を主役にしたところで、子供の共感を得られるものではないのだ。 湯浅監督は決して子供を「無力な存在」としては描かなかった。大人では気がつかないちょっとした知識、感性、それだけでも充分大人顔負けの活躍を見せてくれること、いわば江戸川乱歩の小林芳雄少年や明石一太郎少年の末裔としての少年像を、そこに描いてみせてくれていたのだ(あのね、大人の知識持ってるのに姿は子供、なんてインチキとは違うんですよ)。 いつもは、誰か好きな役者さんや監督さんが亡くなると、ネットをあちこち散策して感想を読んだりするのが常なのだが、今回はやめた。なんかねえ、半可通なオタクがヘタに昭和ガメラを「分析」して貶すのを見たりしたら、さすがに泣きたくなりそうだから。
昭和46年、私は大映の倒産を学校帰りの道端で、友達から聞いた。 ガメラがもう作られなくなることも。 あの時の、友達の寂しそうな横顔と、目の前に広がる田んぼの何事もなかったかのような風景は、今も目に焼きついたままである。あの友達は、今もまだガメラファンだろうか。あの時の田んぼはとっくに潰れてしまっているけれども。 ゴジラは何度中断しても、絶えることなく作られてきた。ゴジラファンは、ゴジラの姿形が変わっても、「やっぱりゴジラだ」と思って映画館に足を運ぶのだろう。けれどガメラは、やはり昭和46年のあの日以来、帰って来てはいない。今、あのガメラの背中に乗っているのは、きっと湯浅監督なのだろう。
2003年07月20日(日) もう今更ロリコン犯罪にも驚かないし/『バジリスク 甲賀忍法帖』1巻(山田風太郎・せがわまさき)ほか 2002年07月20日(土) 漫画映画復活!/映画『猫の恩返し』/『ああ探偵事務所』1巻(関崎俊三)/『美女で野獣』1巻(イダタツヒコ)ほか 2001年07月20日(金) 一人で見る映画/映画『千と千尋の神隠し』
昔からしげはしょっちゅう寝惚けて、ウワゴトを言ったり、夢と現実の区別がつかなくって、夢のことで私にヤツアタリしたり(夢の中で私が浮気したと言って怒るのだが、これで本気で怒れる感覚がヘンである)、メイワクこの上なかったのだが、睡眠薬を飲んで寝るようになってから、そのあたりが一段と激しくなっているようである。 昨日は「寝る直前にモノ食うな」と厳命したにも関わらず、薬の効いてる手でカップラーメンを作ろうとして(またコテコテしたモノを食おうとするし)、熱湯をざばーと手にかけてしまった。しかも寝惚けているから、どうしたらいいかわからない。すぐに冷やして軟膏を付けさせたから、大事にはいたらなかったが、睡眠薬を飲んだあとも絶対におとなしくしようとしないから、私の方がいつも気が気じゃないのだ。 「だって、睡眠薬飲んだあと少し動いた方が効きやすいんだもん」と主張するのだが、だからって火は扱うな、あほう。……と言っても寝惚けているからわかんないんだな。ずっと監視しとくわけにもいかないし、どうすりゃいいのか。 で、寝てからも寝相が悪いから、夕べは横に積んでいた本の山にパンチを食らわしてバラバラっと倒し、顔面にぶつけてしまったのだが、「きゃあ」と悲鳴を上げて起きるやいなや、「アンタ、本落としたね!」と私をなじった。 私はその悲鳴にビックリして起こされたのだが、落ちてきた本を見ると、しげの横にあったもので、どう考えても自分でやったんである。被害に合うと全て私に責任転嫁する根性悪なのである。 「お前が自分でやったんだろ!? さっさと寝ろ!」と怒鳴ると、しげ、ほや〜んと白目を剥いてぱたっと倒れ、即座にイビキをかきはじめた。まるでマンガキャラである。 しかも、数時間後、今度はしっかり目が覚めたしげ、顔をさすりながら「あれ? なぜか頬が腫れてるよ? ……アンタ、寝てる間にオレを殴った?」とか言ってるのである。 ……さっきの文句もウワゴトかよ! と呆れてしまったのだったが、さらに数時間経って、また「なんで顔が腫れてる? アンタ寝てる間にオレのこと殴った?」と聞いてきたので、「それ、さっきも聞いたろう!」と怒鳴ったら、キョトンとして「ええ? 今、初めて聞いたよ?」と、こうなのである。 ……やっぱコイツ、「乖離症」なんてカッコイイ名前(本人はハクが付いたと思って気に入っているのである)付けてやるより、単に「健忘症」って言ってやったほうがいいんじゃなかろうか(-_-;)。
しげが天神で買い物したい、というので朝から出張る。 こないだから「法被がほしい、法被がほしい」と五月蝿かったのだが、本格的なものだと当然お高いので、安売りの店がないかと探しに行ったのである。けれどお目当ての店は既に潰れていて、いきなり当てた褌が向こうから外れた。 そのうち、どこかで買えるだろう、と、今日のところは法被は諦めて、別の買い物。 「アニメイト」で、前々からしげのほしがっていた『鋼の錬金術師』のエドワードのコートを買う予定だったのだが、現物を見るとサイズがちと合わなかった。いや、Sサイズでもチビなしげには丈は充分なのだが(「誰がウルトラスーパードチビだ!?(`△´+)」「そこまで言ってねえ!」)、如何せん、胸周りが足りなすぎた。……88センチまで充分入るんだけど、しげ、メートルあるから(^_^;)。貧乳なお方には羨ましかろうが、巨乳のナヤミというのはこういうところにあるのである。
しげはラクーンドッグさんとこの練習に参加するために早良へ向かう。 私は映画『ラブドガン』を見に、シネリーブル博多駅へ。ところが映画館の中に入った途端に、携帯から『ルパン音頭』が鳴り出したので大あわて(しげがそう設定したのである)。しげ、練習の日にちを間違えていて、今日は集合はないのだとか。だったら一緒に映画を見ればよかった。……と思ったけど、しげが気に入るタイプの映画じゃなかったかもな。 昨日の『スチームボーイ』を見たあとでは、全ての映画は傑作に見える。鈴木清順門下の渡辺謙作監督による『ラブドガン』もかなりヘンな映画だけれども、そのヘンさが切なく心地よくすらある。『スチームボーイ』は映画じゃないけど、『ラブドガン』は映画だから。主演の永瀬正敏はこれまででも最高に属する演技を披露してくれているが、1番いい味を出していたのはやっぱり岸部一徳。 気に入っちゃったので、紀伊國屋に寄って原作小説まで買ってしまった。
夜、キャナルシティでしげと待ち合わせ、『シュレック2』を見る。 1作目よりちょっと「落ちた」感じはあるが、相変わらず面白いし、これじゃディズニーが勝てないのも無理はないが、同時に「これってフルCGでやらなきゃならないネタじゃないよな」とも思う。1作目の時にも思ったのだが、同じ脚本でシンエイ動画で普通のセルアニメとして作ったほうが絶対にもっと面白くなる。 それでもアカデミー賞で『スチームボーイ』と戦って『シュレック2』のほうが負けるようなことは、天地が逆さになってもありえないことだと断言しよう(そこまで腹が立ったか)。
読んだマンガ、島本和彦『吠えろペン』11巻、12巻。
2003年07月19日(土) 水害という名の人災/DVD『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX/笑い男編』 2002年07月19日(金) 踊る大脂肪/映画『MIB�供戞拭悒錺ぅ蛭如”�雲児たち』3・4・5巻(みなもと太郎)ほか 2001年07月19日(木) 天ブラサンライズ/『吼えろペン』1巻(島本和彦)/DVD『サウスパーク無修正映画版』ほか
| 2004年07月18日(日) |
史上サイテイの映画( ̄△ ̄#) |
今日は練習に参加する予定だったのだが、カトウ君がお休みということなので、結局は出かけず。溜まった日記の更新にいそしむ。 昨日しげにサルベージさせたデータであったが、名前を変えて保存しやがったおかげで、やっぱりホームページビルダーでは更新ができない。これからは更新するときは1ページ1ページ、新たに作りなおすしか方法がなさそうである。とりあえず、ホームページの表紙に、志免炭坑竪坑櫓の写真をアップ。
夕方から練習に合流。 今日の出席者は、鴉丸嬢、其ノ他君、桜雅嬢(ラブ吉っつぁん)、しげ。ちょうどしげが「とうちゃんはセリフだいたい覚えたぞ、ほたる」(まだクニエをやってるのである)と鴉丸嬢を苛めていたところであった。 前々から其ノ他君に頼まれていた『モンティ・パイソン』のDVDボックス二つを持って来てお貸しする。テレビシリーズを何本か見て、全部見たがっていたのだが、これだけでもDVD15枚分あるのだが、全部見切れるのだろうか。さらに貸してないDVDがまだ7枚残ってるのだが、さて、そこまで辿りつけるかどうか。がんばっていただきたいものである。 鴉丸嬢には、イラストを描いてもらうために『ドグラ・マグラ』『火星の女』『ユメノ銀河』の夢野久作映画3本立て。「『鬼畜』とかより、こっちのほうが描きやすい」とのたまわれる。普通は逆なんだけど、歴戦のツワモノは違うのである(^_^;)。絵柄は別に役者に似せなくても自分のキャラでいい、とお願いしてあるので、どんなイラストがあがってくるか楽しみである。トップページの表紙絵も頼んまっせ。『O嬢の物語』(コリンヌ・クレリー版)のビデオも頼まれていたのだが、こちらは持って来るのを忘れた。 ……っと、こんなことまで書いてたら、「O嬢」とかで検索かけてくる客が覗きに来ちゃうじゃないか。いや、えっちな話題はほぼありませんので、あまり期待なされないように。鴉丸嬢のイラストが掲載されたときにはえっち度が30%増になると思います(^o^)。 桜雅嬢が『ドグラ・マグラ』のパッケージを見ながら「グロいのは苦手」とか言ってたが、あれだけエロなのが好きなのに、そんなこと言うとは、彼女にとってのエロはやっぱりファンタジーなのであろう。
車をいったん、東比恵の駐車場に置いて、映画を見に天神まで地下鉄で。 福家書店で本を買いこみ、ロッテリアでハンバーガーを食べて、時間を潰す。 9時から天神東宝で『スチームボーイ』。大ホールは『スパイダーマン2』の上映に使われていて、こちらは小ホールの方の上映。期待されてないことが一目瞭然である。 しかも一昨日公開されたばかりだというのに、客は半分も埋まっていない。客層はだいたいオタクっぽいのが単独かグループか、カップルがチラホラ、オジサンがあとちょっと。あまり「広がり」はない。今日の客入りだけで即断はできないが、そこそこヒットはすると思うけれど、大ヒットとまではいかない印象だ。 予告編で、いよいよ『ゴジラ FINAL WARS』が紹介されたが、まだ怪獣たちの姿は見せず、役者たちのアクションシーンばかりのクリップ。これだけ見てると、いつもの北村龍平映画で、「ゴジラ映画」って感じが全くしない。半可通なオタクは見る前から既に貶しまくっているが、これを見てまたピーチクパーチクかしがましく囀ることであろう。まあ、これまで「期待しないで見に行ったほうがまだしも傷は浅い」ってことを散々学習してきた結果なんだけれども。映画『ドラえもん』が来年お休みの告知もあり。 何と言っても『ハウルの動く城』の映像が素晴らしい。飛行シーンが評価されることの多い宮崎監督であるが、それもアニメーションで「奥行き」を表現する技術が群を抜いているからこそである。城から俯瞰で見た谷底のあの深さ! 私はその画面だけで大感動してしまったが、しげは「宮崎さんならそれくらい描けて当然」とヒトコトで切って捨てた。要求されるレベルが既に最高、というのはなかなかツライことである。 それに比べりゃいいよなあ、ゴジラ映画の監督は。ちょっとマシなの作れば大絶賛されることは疑いなしである。
さて、全く期待しないで見に行けばそれなりに見られるかと思った『スチームボーイ』であったが、大友克洋作品(脚本等も含む)中、一、二を争うほどの不出来であった(ーー;)。いや、もともと大友アニメで出来がよかったのなんて殆どない。『工事中止命令』『老人Z』『最臭兵器』あたりがちょっといいくらいで、『AKIRA』だの『スプリガン』だの『メトロポリス』だのを見ていると、この人はドラマにおけるキャラクター造形がいかなるものなのか、根本的に分かってないのだ、と断定せざるを得ない。 ……てゆーかー、所詮Dr.オートモだしぃ、ロクなのになりゃしないってことくらいー、分かってたんだけどー、いちおー、見てみないとー、文句は言えないなーって思ってー、行ったんだけどー、サイテー? ってゆーかー、才能ないヤツ、田舎に帰れってゆーかー、こんなにつまんない映画見たの、初めてかなーってー。 ……いかん、どんどんアタマが馬鹿になるのである。貶し出したらキリがないので、簡単に言っちゃうけど、「陳腐」で「馬鹿」。時間とカネと枚数かけただけであとはスカスカである。劇団ホームページのほうの日記にも書いたが、「ともかく、友達にからかわれただけで鉄のプラグでアタマ殴りつけるような既知外ヒーロー(長崎11歳少女か)や、タカビーで自分のペットを虐待して平然としてる人格崩壊ヒロインに感情移入しろって方がムリ」なのである。そういうのは四畳半マンガ描いてたころの大友マンガの名残りだけど、その時の気分で冒険活劇書くなよ。キャラとドラマが合ってねえんだって。 テーマも「科学の進歩は人類に幸福をもたらすのか?」という古色蒼然としたものだが、それを「新しく」見せる技術がないから、とことん画面が「沈んで」いくのだ。歯切れは悪いし、エロアニメよりよっぽど子供の情操教育に悪いわ。 ……おっといかん、書き過ぎた。もうあとはコンテンツの方で思いきり貶そう(^_^;)。 1円でも金を払って見るだけ損だと思うが、ともかく、どうしても見るっていうなら止めはしない。ただ、レンタルDVDかテレビで流れるのを待って、ヒマツブシに煎餅食いながら屁こいて見るので充分だから、おーともさんと心中したい、あるいは1800円をドブに捨ててコンクリートで埋め立てて、アスファルト敷くことになっても構わないってマゾヒスト以外は、そうしたほうがいいということだけ忠告しておきます。 ……ここまで貶しておけば、かえって見てみたくなる人も少しは出るだろうな。さあ、私と一緒に不幸になりなさい。
見たくもない映画を見せられて、しげの機嫌が頗る悪い。悪すぎて、すっかり「クニエ」を忘れてしまっている。「なんでこんなに早く来るの? そんなに大友が好き?」と絡むこと絡むこと。全く、針のムシロである。 帰宅してネットを覗いてみたら、既に続編製作が決定したそうな。……何が受けるか分かんない世の中だしねー。クソでも食いたい人もいるだろうから、何を作ろうが構わないけどねー。せめて芳香剤くらいは置いといてよ(T∇T)。
マンガ家、鈴木義司氏が昨17日、悪性リンパ腫のため死去。享年75。 読売新聞夕刊の『サンワリ君』は30年以上に渡って連載されていたそうだが、そのあまりのツマラナサは、一時期マンガマニアたちに異常に“持ち上げられて”いた。つまり「ここまでつまらないマンガが描けるのはスゴイ!」という“評価”である。そういう評価の仕方はかえって一種のスノビズムに陥っているようで、私はあまり好きではないのだが、実際、鈴木さんのマンガのどこをどう面白がればいいのか分からない、という事実は確かにその通りであった。 いや、どれほどつまらないか、紹介したいところだが、あまりにつまらなすぎて、殆ど記憶に残っていない。軽く千本、二千本は読んでいるはずだが、どんなネタだったか、ただの一本もとっさに出てこないのである。それどころか、その日読んだマンガでさえ、数時間後には忘れてしまうくらいに何一つ引っかかるものがない。 新聞をあさって探し出してみた、おそらくはこれが遺作と思われる2004年7月2日(金)の11240回(翌日から休載)の『サンワリ君』はこういう4コマである。
1、波止場で釣りをしているオジサンにサンワリくんが声をかける。 「小学生のころ 海で釣りしたことあるなァ」 2、サンワリくんの独り言。 「海は心のふるさと」 3、続けてサンワリ君の独り言。 「そうだ こどものころ歌った歌を思い出した」 4、歌うサンワリくん。 「♪うさぎ 追いし かの山♪」 驚くオジサン。 「海の歌じゃないのか」 「これはどこがどう面白いかと言うと」と林家三平師匠を呼んできて解説して頂きたいところだが、残念なことに師匠も既に故人である。 ともかく何もない。サンワリくんがただの勘違いで「山の歌」を歌っているのか、ワザと間違えているのか、そのいずれとも判別しがたいが、だからそれが何? という内容である。海なのに山の歌を思いだした、でもそれはギャグかユーモアか、そのどちらでもないのではないか。では何か。ポン、と膝を打つようなウィットでもなければ、ほのぼのとした味わいでもない。ペーソスやサタイアでは絶対にない。ほかの回ではサタイア的なものはあったかもしれないが、それも殆どヒネリというものがなかったような気がする。ともかく覚えてないから、コメントのしようがない。 これがつまらないダジャレや、下品なオヤジギャグなら、脱力したり腹を立てたり、何らかの形で記憶に残るだろうが、そういうトンガッたところが全くない。まるで、ただひたすら波もなく水平線だけが続いているようだ。古いと言えば古いのだが、かと言って。古臭くて読むにたえないわけではない。 考えてみたら、『お笑いマンガ道場』で拝見していた氏のお姿も、マンガ家のイメージとは程遠い“フツー”の人であった。“怒れるブルドッグ”富永一朗氏を「貧乏」とからかい、しょっちゅう土管に寝泊りさせたり、乞食をさせたり、逆に自分は豪邸に住んでいるとするマンガを描いていた氏であったが、それが氏の唯一の「毒」であり、またその程度のものでしかなかった。 細い目を開きも細めもせず、ニコニコ笑っている氏は、だからと言って人格者に見えていたわけでもなく、また逆に悪意ある人にも見えなかった。“飄々”と評するのは妥当だろうか、確かにそんな感じもなくはないが、風にさすらっているような雰囲気はない。でも仙人や地蔵のように悟っている感じもない。聖でもなければ俗でもなかったのだ。 結論付ければ正体不明。本当に、いったいどんな人だったのだろう? 「鈴木義司がそこにいる」、そうとしか表現のしようがないようである。そういう意味ではやはり「惜しい人をなくした」と言えようか。
読んだ本。 マンガ、遠藤淑子『退引町お騒がせ界隈』1巻、『王室スキャンダル騒動』(いずれも白泉社文庫版)。いや、『スチームボーイ』ショックが強すぎて、早々と寝たもんで。
2003年07月18日(金) 「よろしかったでしょうか」の謎/映画『ソラリス』/『ウエスト・ウイング』(エドワード・ゴーリー) 2002年07月18日(木) 芸能界の宿便/『名探偵コナン』38巻(青山剛昌)ほか 2001年07月18日(水) 夏到来! ……って暑いだけだって/『夢の温度』(南Q太)ほか
| 2004年07月17日(土) |
私の私の妻っはぁ……クニエだよ(ーー;)。 |
しげが病院の診断で、「乖離症」という名前を貰ったことは既に述べた(ということは、京極夏彦のあの小説に出てくるあの人も「乖離症」なわけだな)。 診断は受けても、あまり状況は改善されてなくて、しげは相変わらず家事は全くやらない。「毎週ン千円も払うのってもったいないかなあ」としょっちゅうボヤいていたのだが、だったら家事すりゃいいのである。なんだか病名が付いてから、かえって病気に甘え始めた気がするぞ。 昨日、しげは病院で正式に身障者申請をすることにしたそうである。身障者にも等級があるので、何級になるかはまだ分からないのだが、映画料金とか少しは安くなるかもしれない。私も視力のことがあるから、二人で申請すれば身障者夫婦ということになるのだが、私の場合は「映画なんて見ちゃいかーん!」と墓穴掘りになっちゃう可能性もなきにしもあらず、それが怖くて、申請しにくいのである。大画面の映画館でも、前から4番目くらいでないと、最近は細かいところがわかんなくなってきてるのだけれども。
しげは今週の初め頃から何を思ったのか突然『北の国から』の「田中邦衛」の口真似を始めて、日常会話もずっと田中邦衛、私のことを「ジュン」と呼んだりして、それがもう一週間も続いている。 きっかけは、今度の芝居のキャラクターを演じるのに、私が「もっと鼻にかかった感じで」と指示したところ、何を勘違いしたのかそれが「田中邦衛」になってしまったものようだ。……別に田中邦衛は鼻にかかった喋り方はしてなかったと思うがな。というか、しげ独特のイントネーションで変質してしまったそれは、既に田中邦衛でもなんでもない。謎の変質者である。 「じゅん、今゜日はどこ゜に行く゜か゜? 父さん、コバラか゜すいたぞ。スシでも食いにいくか゜?」 こんな父さん要らない(~_~;)。それになにかヘマなことを言うたびに、「だか゜らおれたち、富良野なんだ」と、意味不明な地方差別発言を繰り返す。鬱陶しくて仕方がないのだが、一度ハマってしまうと、すぐにはもとに戻せないらしい。全く、難儀なことである。 私が田中邦衛の口マネをすると、これはどうしても「青大将」か「若者たち」か「次元大介」か「等々力警部」をこき混ぜた感じになってしまうのだが、かつてはコメディ・リリーフとしての役柄こそが「田中邦衛」のスタンダードであったものが(だからこそ喜劇ファンの間で小林信彦の『唐獅子株式会社』を映画化するなら田中邦衛を配役し、という仮想キャストもよく組まれていたのである)、『北の国から』という、田中邦衛のキャリアの中では重要ではあっても決して上等とは言いがたい黒板五郎役が、彼を語る唯一のタームになってしまっている現状は、残念としか言いようがない。
こないだ「シーメイト」で撮った志免炭坑竪坑櫓跡の写真を表紙にアップしようと思ったら、ページが全く開かない。「データがありません」というので、そんな馬鹿な、とフォルダを調べてみたら、確かにデータを入れていたはずのものがきれいサッパリ消えてしまっている。残っているのは「ねこ画像」と題した私の知らないフォルダだけ。もしやウィルスにやられたか、と一瞬考えたが、ウチのパソコンでトラブルが起きたときには(というよりは家内のトラブルの大半は)しげの仕業であるのが常である。 昔は私が「お前、何かやったか?」と問い質すと、「なんですぐ疑うん!」とヒステリーを起こしていたしげであったが、あとになって、実際にしげが無意識のうちにやっちゃってたことがバレるのがしょっちゅうだったので、最近はあまりヒスを起こさなくなった。少しは自分のことが分かってきたようだが、だからと言って改善されるものでもないのである。 しげに、「お前、俺のパソコンいじったか?」と聞いたら、「動作が遅かったから、要らないデータ、捨てたよ」と言う。 「要るデータ捨ててんだよ!」 「ええ? 捨てた覚えないよ!?」 「覚えがなくてもやってるの! だから無意識のうちにやるな!」 ……ちなみにこのへんの会話も、しげは「田中邦衛」でやっているのである。脱力しているので怒る気にもならない。 ともかく、責任を取らせて、丸一日かけてデータを復旧させる。おかげで、更新しようと思ってた記事も日記も今日はろくろく進められなかった。
今日見たDVD『マルクス兄弟 オペラは踊る』をレナード・マーティンのコメンタリー付きで。余計な分析をせずにウラ話を説明してくれるのが有り難い。マルクスも全映画にコメント付けたいくらいだけれど、これくらい説明すればするほどその魅力をかえって減じさせかねないものもないのである。“喋る悪意”グルーチョ・マルクスの魅力を本気で味わいたい方は、ある程度は英語のヒアリングができること。 あと、通販で手に入れた三谷幸喜の『バッド・ニュース・グッド・タイミング』を、これも三谷幸喜・生瀬勝久・八嶋智人のコメンタリーで。最初に八嶋さんを知ったのはこの芝居からだった。八嶋さんは面白いことは面白いんだけれど、オーバーアクトで、見苦しいのが難。コメンタリーでも伊東四朗さんから「ぼくが若いころ八嶋君みたいにからだが動いたかなあ」と言われて誉められた、とご本人は喜んでいたが、これ、「抑えが効かない」という皮肉だよ(~_~;)。三谷さんもそうしょっちゅう注意してるんだけれど、この人の口調ではホントのことを言っても「マジメでツマラナイ冗談」にしか聞こえないのであまり効果はなさそうである。
「ロイヤルホスト」の割引券がハガキで届いていたので、夕方から買い物を兼ねてパピヨンプラザまで出かける。 「ロイヤルホームセンター」で新しいカメの浮き島を購入。 前のやつはやや大き過ぎて、亀が息を吸うときのジャマになってる感じだったので、小さめのを買うことにしたのだ。前のはまた亀が大きくなったときに使えばいいだろう。そのときにはケースももっと大きなのに換えなければなるまいが。あと活性炭入りの「タートルボール」とやらも一緒に買う。脱臭とカメの遊びの両方に使えれば、ということで買ったのだが、しげがやっぱり「なんでそこまでカメに」という目で睨むので、「カメの飛び込み台」は買うのを諦める。 しかし、ホントにいろんなグッズ売ってるんだなあ。
「ブック・オフ」で中古のDVDをいくつか買ったあと、ロイヤルホストで夏のカレーフェアのホタテカレーを食べる。しげはエビフライ定食だったが、「カキフライは要らないから」と私にくれる。ところが、これが一口齧ってみるとカニクリームコロッケ。 「カキフライじゃないよ?」 と言うと、「あ、間違えた」と言って取り返された。せこい。 こんなに食い意地が張ってるから、しげはいつまで経ってもダイエットできないのである。 読んだ本。 山田風太郎『忍法帖短編全集3 忍法破倭兵状』。映画『コント55号 俺は忍者の孫の孫』の原作となった『忍法相伝73』の原型短編『忍法相伝64』を初収録。本作を毛嫌いしていた山田風太郎が亡くならなければ、この収録もなかったわけで、複雑な心境である。でも確かに山田風太郎にしてはピントのずれた不出来な作品。 マンガ、野中英次『魁!クロマティ高校』10巻。しげが、見返しの作者コメントで「10巻記念で引越しができた。でも前のアパートより狭い」とあったのにえらく受けていた。長編シリーズに“逃げて”いるあたり、明らかにネタ切れなのだが、もともと微妙につまらない面白さ(としか表現のしようがない)が本作のウリであるせいで、レベルダウンしているようには見えないのである。これって強みか弱みか。 倉田真由美『だめんずうぉ〜か〜』7巻。よしよし、まだ続いているぞ。子育てがんばって。 森下裕美『COMAGOMA』6巻(完結)。また10年経ったら復活してほしい。
2003年07月17日(木) 本能に逆らえないやつっているのな/『なんてっ探偵▽アイドル』13巻(北崎拓) 2002年07月17日(水) それさえも平穏な日々/『脱ゴーマニズム宣言』(上杉聰)/『潜水艦スーパー99』(松本零士)ほか 2001年07月17日(火) 何年ぶりかの酒の味/『水木しげる貸本漫画傑作選 悪魔くん』上下巻
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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