無責任賛歌
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| 2002年07月19日(金) |
踊る大脂肪/映画『MIB�供戞拭悒錺ぅ蛭如”�雲児たち』3・4・5巻(みなもと太郎)ほか |
残業で帰りが7時を過ぎる。 これはいきなりでなく、以前からわかっていたことなので文句はない。私がいつも文句をつけてるのは、いきなりの変更がやたら多すぎるからである。必要がある残業ならちゃんとしますって。手当てでないけど。 しげにもそのことは言っておいたので、しげもいつものように愚痴は言わない。
雨の中、夕食は久しぶりのハンバーグレストラン「びっくりドンキー」。ここしばらく、しげが「行きたい行きたい」とうるさかったので、やや遠方ではあるが足を伸ばす。 注文はシチューハンバーグにびっくりコーラ。ここまではいつもと変わらないが、新メニューで「ルンバルンバ!」という飲み物がある。 なんで「!」が付いているのかよく分らないが、メニューには「アイスキャラメルマキアート」とある。なんだよマキアートって、牧伸二が描いた絵か。 見た感じ、コーヒーの底にキャラメルミルクが沈んでいる感じ。 こういう見たこともないものには興味を惹かれてしまうので、二人で頼んでみる。で味わいはどうかと言うと、まあ美味しいと言えば美味しいか。ストローで、底に沈んでるキャラメルミルクを飲んでるうちは甘くて、それがコーヒーのところに来ると苦く変化する。一粒で、ああいや、ひと飲みで二度美味しいってコンセプトなわけかね、この飲み物は。もっとも混ぜて飲む人もいるだろうから真偽のほどは定かでないが。甘ったるいのが嫌いな人は混ぜて飲むのがいいだろうね。 でもやっぱり疑問なんだけど、どうして名前が「ルンバルンバ」? 何かコーヒーの中で踊ってるのか。でそれが腹の中で孵化し、ハラを食い破って……。 しげ、これが気に入ったのか、「また今度飲もうね」という。まあしげの厚さ30cmの腹肉なら食い破られることはあるまい。……そうか! 揺れて踊るのはハラ肉だな!? 確かにこの店、肉は豊富にあるし甘いデザートもあるし、しげにとっては至福のレストランだろう。ハンバーグ以外のサイドメニューもいろいろあるし、いい加減「王将」と「めしや丼」に飽きてきたので、もう何度か通うくらいなら私も反対ではない。 また毎日「びっくりドンキー」通いになったらいやだけど。
AMCキャナルシテイ13にて、映画『MIB�供淵瓮鵝Εぅ鵝Ε屮薀奪�2)』。 バリー・ソネンフェルド監督は『ワイルド・ワイルド・ウェスト』の汚名を返上できるか? ってあたりを期待して見に行ったけど、そこまでは行かなかった感じね。悪くはないけど面白いというほどではない。意外性、まるでないんだもの。 冒頭、いかにもパチモンなSF番組の司会者(『スパイ大作戦』のピーター・グレイブス!)が現れ、「宇宙人は地球に飛来しているのです」、と矢追純一よろしく視聴者に語り掛けるシーン、これがよくできている。60年代に放映されたって設定なんだろうけれど、飛んでる宇宙船はチャチィわ、宇宙人のコスチュームはゲテゲテだわ、60年代テイストが横溢。けど、この映画で一番面白いシーンがここだけなんだよね。 前作で相棒K(トミー・リー・ジョーンズ)と別れたJ(ウィル・スミス)、仕方なく別の相棒と組むけれど、それがブルドッグ型宇宙人(パグ犬って言ってるけど、ブルドッグとどう違うのさ)のフランクってアイデアがイマイチ頂けない。要するにジャー・ジャー・ビンクスでうるさいだけの邪魔者、コメディリリーフになりきれてないのだ。私にはギャグがすべりまくってるように思えたんだが、来場してた外人の客はやたら笑ってたなあ。私が英語のギャグが分らない点を割り引いても、アチラさんのギャグセンスも昔に比べて低下してきてないか。 ストーリーはいたって単純。 強大なパワーを持つ宝、「ザルタの光」を求めて地球にやってきた狂暴な宇宙人サリーナ(ララ・フリン・ボイル)。その宝の行方を知っているのは前作で記憶を消されたK。彼の記憶を取り戻しすために、Jとサリーナの追っかけが始まる……って話。 基本ラインはそれでいいんだけど、無駄なエピソードが多すぎてKの記憶が戻るのに時間がかかりすぎ。それがサスペンスに繋がってるんなら悪い展開でもないんだけれど、それがイマイチ希薄で効果をあげていない。襲われる対象を、Kと、サリーナを目撃したヒロインのローラ(ロザリオ・ドーソン)とに分割させちゃったのが脚本の求心力を弱めているんだね。 で、オチが実は「ザルタの光」はローラ自身だったってのはハッキリ言って意味不明。ローラの何がどうなってて「惑星を破壊するほどのパワーを持ってる」って言うの? それにサリーナ、そんなもん手に入れなくても、オープニングで惑星破壊しまくってるんですけど(^_^;)。 更にわからんのが、ローラが実は、Kとかつて恋に落ちた宇宙人ロラーナとの間に生まれた娘だってこと。……あのー、ローラを演じてるロザリオ・ドーソン、黒人なんですけど、白人と宇宙人が子供作ったら黒人になるんですか? しげにこれ話したら、「どっかが黒いんだよ、あの宇宙人」って言われた。どこが黒いのか教えてくれ。 結局「ザルタの光」がどういうものなのか分らないままローラは宇宙に旅立って終わり。なんだか『MIB�掘戮離廛蹈蹇璽阿世姥�せられて終わっちゃったって感じ? でもこれで『�掘戮�今回の話となんの関係もなかったら怒るよ、私ゃ。吾妻ひでおじゃないんだから。 サリーナ役のララ・フリン・ボイル、どこかで見た顔だと思ったら『ツイン・ピークス』に出てたんだね。随分老けたよなあ。 帰宅して、ふとパソコンの前を見ると、並べておいたフィギュアが全部裏返しされている。特に『あずまんが大王』のキャラは全部奥地に行ってて姿も見えない。 もちろん、これは全部しげの仕業であって、小人さんのイタズラではない。 思うに私がおーさかや榊さんを見ながらデヘデヘしてたのでヤキモチを焼いたものであろう。まるで本屋に並んでた高千穂遙の本を全て逆に入れ直した相原コージのようなマネを(『かってにシロクマ』を酷評されて怒ったとか)。 別にこの程度でしげを怒ったりはしないが、なんかやることがいじましいよなあ。いちいち元に戻すのもめんどくさいのでそのままにしているが、キングギドラや鉄人28号やブラック・オックスやアントラーやメガギラスや死神博士やイカデビルや砂かけ婆や釣瓶落としやサキエルや惣流・アスカ・ラングレーがみんな背中向けてるってのはなんか不気味な風景である。
マンガ、みなもと太郎『ワイド版 風雲児たち』3・4・5巻(リイド社・各680円)。 番外編(つーか書き残し編)『宝暦治水伝』を3巻と4巻に分けて途中収録。 薩摩藩家老・平田靱負と傳馬屋十兵衛との「腹芸」のシーンは何度読み返しても泣ける。こういうのが「日本人の美しい姿」ってやつなんだよ。直情径行な特攻隊物語やら、ワールドカップの応援程度で「日本人」を感じる精神の貧弱さと比べてみりゃいい。今、「二十万両の香典」を出せる人間がどこの世界にいるかね。武士の誇りを捨てて、命を賭して仕事にかかれる人間がどこにいるかね。 再読だからあまり細かい感想は書かないけれど、4巻から始まる「蘭学者編」は、この『風雲児たち』の(今のところ)白眉である。歴史を紡ぐものが人の思いであることを知っている人には、必読の書だ。さあ読め。
雑誌『せりふの時代』24号、特集が「アチャラカ復活!」。 アチャラカがいつ復活したんだと突っ込みたくなるようなタイトルだけれど、まず、「アチャラカって何?」って若い読者もいそうだなあ。けれど、これ説明し出すと、もうこの日記の規定字数使い切っても終わらないよ(^_^;)。 まあ戦前の浅草発祥の理屈抜きのドタバタ喜劇、と思ってください。これでも識者の方からは猛反駁がありそうだけどさ。
矢野誠一の寄稿『おかしくて、哀しくて』、最近見た舞台、『ダブリンの鐘つきカビ人間』を酷評して、「中途半端な才気に頼った勝手気ままなお遊びとしか思えない貧弱な舞台」とまで断定している。 さて、この『カビ人間』であるが、後藤ひろひと演出によるG2プロデュース公演、第3弾である。前作『こどもの一生』『人間風車』が面白かったし、今回は友人も出演しているので(多分そいつのせいでつまらなくなってるとは思うが)、ぜひ見に行きたかったのだが、九州公演は北九州は小倉、しかも平日にしか公演がなく、断念せざるを得なかった。それがここまでの酷評を受けたとなると、果たして「笑いとは何か」という、これも語りだしたらキリがない問題について考えざるを得なくなる。 矢野さんが「舞台を創っている側も、享受する側も、本当に面白いものを知らないで過ごして来たことに対する、ごくごく素直な同情心が湧いてきた」と仰る感覚はわかる。自分の文章が「菊・吉爺い的な自慢話に堕ち」るんじゃないかと心配しつつも語らないではいられないその心情も。 ただ、その「面白いもの」の例として挙げられているのが、1963年に自動車事故で物故した八波むと志の“舞台”なんだから、40代以下の人間は、困ってしまうのだ。だって「見てねーよ」としか答えられないんだから。私も「脱線トリオ」の記憶はほとんどない。これが映画なら、見てないのは若手の怠慢、「すみません」と謝らなきゃいけないんだけどね。 それでも私は、戦前の軽演劇の残留をエノケン、ロッパや森繁久彌、三木のり平、渥美清といった人々の映画に触れていることで、矢野さんの言もさもありなん、と類推することができる。けれど、それすらもない若い人々にとっては、反感しか抱けないのではないか。どうかすると私の同世代の人々でさえ、彼らの芸に対してあまりに無頓着な暴言を吐くことが少なくないのだ。 ナンシー関さんですら、森繁を「現在の視点」でしか論ずることができなかった。そりゃ確かに今あの人は老害を晒しているが、ナンシーさんの文章を読むと、昔からあの人がつまらなかったように錯覚する。橋田壽賀子は確かに昔からつまらなかったが、森繁さんは違うのだ。映画を見ない、舞台を見ないナンシーさんの批評の欠陥がそこに露呈している。 同じように三木のり平を桃屋の江戸むらさきのCMでしか知らず、渥美清を寅さんでしか知らない人間に向かって何を言っても無駄だろう。知識の多寡ではない、芸に対する見方、笑いに対する感覚があまりに貧弱過ぎるのだ。「本当に面白いものに触れたことがない」と矢野さんは仰るが、果たして「本当に面白いもの」に触れてもその価値を見出せることができるかどうか。 八波むと志さんは、私が子供のころに体験しなかった喜劇人の代表のような人である(ほかにもシミキンとか市村ブーちゃんとかいるけど)。その至芸は、同じ脱線トリオの由利徹に嫉妬を抱かせるほどで、ために脱線トリオは解散したとの説もある。映画にも出演しているが、主演は少ない。こないだ録画した『雲の上団子郎一座』に出演しているが、いつものことでビデオの山のどこに行ったかわからない。こんな日記書いてるヒマがあったら、探し出して見なきゃなあ(^_^;)。
今号では、若手の役者、喜劇関係者たちに、「この人こそ喜劇王」という人の名を挙げてもらってるのだが、これが特集に迎合したかのような答弁ぶり。これが本当なら、喜劇界の将来も明るいのだが。
いのうえひでのり→先代博多淡海 市川染五郎→花菱アチャコ 上杉祥三→花紀 京 小松和重→周星馳(チャウ・シンチー) 近藤良平→マイケル・ホイ 春風亭昇太→渥美清 鈴木聡→萩本欽一 喰始→三木のり平 原田宗典→ローワン・アトキンソン ブルースカイ→手塚とおる マギー(ジョビジョバ)→三木のり平 松尾スズキ→ジム・キャリー 松村武→ビンス・マクマホンJr. 村上大樹→松尾スズキ 八嶋智人→花紀 京
マジメな回答を避けて(心情的には分る)、WWEのオーナーを挙げた松村武を除けば、「本当に面白い喜劇を見たことない」のは小松和重、近藤良平、原田宗典、ブルースカイ、村上大樹の五人だけと思うがいかがか。鈴木聡の萩本欽一ってのも今の人にはわかんないだろうねえ。これはもちろん『欽ドン』のころではなく、「コント55号」時代の『帽子屋』などのコントを挙げての意見なので、納得なのである。個人的な意見の差はあるにしてもよ、チャウ・シンチーに「喜劇王」の称号を与えるのはいくらなんでも早すぎるだろうって。
筒井康隆と別役実の「アチャラカ対談」、昔、東京の三百人劇場で見た筒井さん作の『三月うさぎ』、あれ、最初は筒井さんが主演の予定だったそうな(実際に演じたのは『踊る大走査線』の北村総一朗)。自信がなくて断ったそうだけれど、じゃあ、今、役者をやってるのは自信があるのか(~_~;)。まあ、あの時演じててくれてたら、相当な珍品になってたと思うけれど。 筒井さんの戯曲の最高傑作は、活字でしか読んだことないけど、『十二人の浮かれる男』、これに尽きます。三谷幸喜の『12人の優しい日本人』と比べてみると、どちらがより「喜劇」の本質に迫ってるか、一発でわかりますよ。
2001年07月19日(木) 天ブラサンライズ/『吼えろペン』1巻(島本和彦)/DVD『サウスパーク無修正映画版』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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