無責任賛歌
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| 2003年06月29日(日) |
明日はどっちだ/『コミックマスタージェイ』10巻(田畑由秋・余湖裕輝)ほか |
読む本とか増えてきたし、いい加減で工事中のコンテンツも仕上げていきたいんで、これから日記はできるだけ簡単に書きます。ホントか?(^_^;)
今日は『ガッシュ』『アトム』の放送は特番で中止。 いや、『クラッシュギアニトロ』から『明日のナージャ』まで見ちゃいるけど、全部感想書いてるとキリないし。
もしかして、明日から入院しなきゃなんないのかなあ、と思ったら、俄然、ホームページのコンテンツを増やしたくなる。 まるで新学期が始まる前に慌てて宿題を始める小学生のようだが、メンタル的にはたいして変わりがないのかもな。 まずは、小説の第一回目を仕上げる。私の小説は、以前自作の戯曲に登場させたキャラをそのままスピンオフさせて書いてるのがほとんどなのだが、元の戯曲とは微妙に設定が変わっている。でもまあ、そのへんはパラレルワールドの出来事と割りきろう。って作者の都合を読者に押しつけてるだけかもしれんが。 もう一つの新コンテンツは、マンガのセリフを取り上げて解説するもの。まあ、みんなよくやってることだと思うけど、自分でもいっぺんやりたかったのである。面白がっていただけたら幸い。
CS日本映画専門チャンネルで、石原慎太郎原作・篠田正浩監督『化石の森』。 まあ、辛気臭い映画である。描写も構図も平凡だし、実際、私には篠田監督の作るものがほとんど面白くないのである。 何でこの人、評価が高いのかなあ。『心中天網島』の財産だけで食ってんじゃないのか。
マンガ、田畑由秋脚本、余湖裕輝作画『コミックマスタージェイ』10巻(少年画報社/ヤングキングコミックス・520円)。 2本アニメ界に輝く巨星、アニメ監督・菅野政次って、まあ誰でも分ると思うけど、モデルはあの人だよな。本作でその某監督のことを、「脚本のヌルさ」などで批判もしてるけど、ちゃんと評価してるのは立派。あれだけデカイ存在になっちゃうと、ちょっとやそっと叩いたところでただのヤッカミとしか思われないし、まあ、エライ人を叩くなんて、誰にでもできることでもある。様々な批判を越えて、自分の世界を無知蒙昧な(それは今でもそうだ)世間にムリヤリ認知させたその手腕はやっぱスゴイと思う。だからいい加減でホントに面白いアニメ作ってほしいんだけどな、あの人には。 でもって、「夢と現実の区別がつかなくなる」マンガばかり描いてる天井薫ってのはあの人だな。つーことはその世界に取りこまれたメガネの田賀浩ってのがつまり……。 まあそれよりも今回一番胸にズンと響くのはジェイの次のセリフだろう。 「漫画大国日本で漫画を読めぬやつは死ねっ」 もちろん、この「読めない」というのは「理解できない」という意味であろう。まあ、「理解できる」の基準をどこに置くかにもよるけど、あまりにも表面しかなぞってない迷惑なヤカラは腐るほどいるしなあ。……日本の人口、半分に減るぞ。
2002年06月29日(土) 能古島紀行/『ワイド版 風雲児たち』1・2巻(みなもと太郎) 2001年06月29日(金) フェイト教授、さようなら/『スカルマン』7巻(石ノ森章太郎+島本和彦)ほか
| 2003年06月28日(土) |
ちくしょう、目医者ばかりではないか/北村薫サイン会/『とんち探偵一休さん 謎解き道中』(鯨統一郎)ほか |
目の中のぶら下がった輪っか、ふと、これってあの「玩具の輪っか入れ」に似てるなあ、と思った。名前が何ていうのか知らないけど、透明なガラスケースの中に水を満たされてて、中央には棒が立っている。で、棒の周辺には小さな輪っかが散らばってるんだけれど、ボタンを押すと水圧で輪っかがふわっと浮く。 ボタンの押し加減で、輪の浮かび方が変化するので、うまく棒に入れられたらご立派、ってやつね。 ただ、私の目の中に棒はないので、この輪っか、どこかに引っ掛けとくというわけにはいかないのである。
眼科にはしげに車で送ってもらう予定だったが、何だかまた「寝つけなかった」しげは起きて来ない。これが、私の身を心配して寝つけなかった、というのなら可愛いものなのだが、もともと今日は一緒に映画に行こうと約束していたので、ドキドキしていただけであろう。
そぼ降る雨の中、バスに乗って、かかりつけの眼科まで。 ついこの間、来たばかりなので、受け付けの女性の看護師さんも、やや怪訝な顔をしている。 「あの、目の中に紐が垂れ下がっててブラブラ揺れ出したんですけれど」と説明をする。なんだかこの説明だけを聞いていると、まるで楽しいことが起こったみたいで全然切迫感がないが、何と言ったらいいのか、ほかに言い方を思いつかん。 それでは、ということで眼底検査。今日は両目とも瞳孔を開かれてしまうと、道も歩けなくなってしまうので、異状のある右目だけにしてもらう。前回も目薬の効きは悪かったが、今日も20分程度ではなかなか開かない。追加に次ぐ追加で、何だかたっぷりと目薬を差されるが、何だか目玉が浮いてきそうだ。 30分以上待たされて、ようやく主治医に観察してもらう。 こないだは書き忘れたが、この眼科医さん、メガネをかけてヒゲを生やした細面な方で、マンガ家のいしかわじゅんにちょっと似ている。ただ雰囲気はいしかわさんほど胡散臭くはないし、声もずっといい(^o^)。 またまた「右見て左見て上見て下見て」と指示されて、目をキョトキョト動かす。なんかこんな風に目がグルグル回るブリキの人形が昔あった気がするが。お眠りリカちゃんは目を閉じるだけだったかな。 「ああ、網膜が剥がれてますねえ」 「はあ」 こないだは大丈夫ですよ、とか言ってたのに、いきなりこれである。 「穴が開いてますよ」 「穴ですか」 何だか「穴」なんて言われちゃうと、眼球のてっぺんにぽっかり黒々と穴が開いてて、そこから「おーい、でてこーい」とか呼ばれそうなイメージなのだが。紐は向こうの世界にいる人が垂らしてるのだな。 「糖尿病のせいでしょうか」 「いや、これは強度の近視によるものです」 私の近視は生まれつきなので、つまりこれは母の遺伝によるものだ。母が生きてたら、自分の罪のように感じて落ちこんでたことだろう。糖尿病のせいだとこれは父の遺伝ということになる。どっちにしたって、目が悪くなる運命にあるのだな、私は(^_^;)。 主治医がいろいろ状況を説明してくれる。 近視が進行して、眼球の中の硝子体(しょうしたい)が歪み、ついには後部硝子体膜が網膜から剥がれてしまう(後部硝子体剥離)。そのときに、網膜に穴が開き(網膜裂孔)、その穴を中心に網膜が下の層から剥がれて硝子の方へ浮き出す(網膜剥離)。紐はやはり硝子体の中の「濁り」で、血管ではないそうだ。 これを放っておくと、視野が下の方から黒々と影が上ってくるように狭くなって、失明にいたるということである。 治療方法は、レーザー光線で裂孔の周囲を焼き固め(光凝固法)、それ以上の剥離への進行を予防する、とのことだが、一回見え始めたこの「濁り」はもう消えないらしい。 「とりあえず、レーザー治療をしてみようと思いますが、よろしいですか?」 よろしいも何も選択の余地はないよな。 「費用が○万円ほどかかるんですが」 あう( ̄∇ ̄ ;)。 四捨五入したらフタケタになるではないの。 イタイ、それはイタ過ぎる。 「すみません、ちょっと今日はそこまで用意してきてないんですが」 「いいですよ、月曜日にまた来てもらいますから、そのときに一緒に」 「……それはどういう……?」 「レーザー治療の効果がなかったら、入院して即手術、ということになります」 早いよ、それ(・・;)。 まだ、ホームページの更新も滞っているというのに(←そういう心配をしているところがネット依存)。 けれど、ここは「お願いします」と言うしかないのだ。 「えーと、で、どうすればいいんでしょうか、ベッドに寝れば……?」 「いえ、この機械にアゴを乗せてください」 えらく簡単である。 「痛くなったら、無理しないで言ってくださいね」 痛くなるのか(・・;)。 「ためしに一発、撃ってみますね」 「一発」に「撃つ」である。表現として間違っちゃいないんだろうが、もう少し患者の恐怖心を和らげる言い方ができないものだろうか。「一本、通す」とか「いっちょ、いってみよう」とか。ダメかな。 右目にコンタクトレンズを嵌められて、開きっぱなしにさせられたところに、パッ。 目の前が一瞬、まぶしくなっただけで、別に痛くはない。 「大丈夫でしたか?」 「うぇうぇ、ふぇうぃきどぅぇす」 別にいきなり言語中枢に障碍を起こしたわけではない。アゴを固定されてるのでこんな喋り方しかできないのだ。 安心したのか、主治医、パッパッパッパッパッ、といきなり機関銃のようにレーザーを撃ち始める。実際にえらく速いのだ。映画『河の女』で、ソフィア・ローレンが歌う主題歌「マンボ・バカン」のテンポくらいに速い。……たとえが解りにくくてすみません(^_^;)。 しかし、まぶしかっただけなのは最初の二十数発くらいまでで、六十発を越えるころには、光るたびに、ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、と目の奥を頭蓋骨に押し当てられるような圧力を感じてくる。 「うう」 「痛いですか?」 「うう」 「痛いんですか?」 うう、としか言えないのだから、察してほしいものである。休憩を挟みながら、百発ほど撃ったところで、「これで一周しました」と主治医。 ヤレヤレ終わりか、と思ったら、「もう一周しますね」。 患者にフェイントかけるなあああ! でもやっぱり私は「うう」としか言えないのであった(T.T)。 こういうときには、無意識のうちに撃たれた数を数えているもので、結局、全部で212発。主治医の話によれば、相当大きな穴が開いていたらしい。それならなおのこと、どうして前回の検査で予測がつかなかったかな。 「なんとかくっ付きましたね。これからはあまり頭を振らないようにしてください」 「それはどういうことでしょう」 「硝子体がどうしても揺れますからね。運動の類は避けてください」 「走ったりしちゃいけないってことですか」 「そうですね」 「旅行とかは」 「2ヶ月ほどはちょっと遠慮してください」 ああ、密かに目論んでいた夏コミ目当ての東京行きがこれでオジャンである。病状が悪化したら、もう上京自体が不可能になるのだなあ。 「テレビを見たり、パソコンを使うのもダメですか」 「ものを見るのは普通にして頂いて結構です。ともかく揺らさないようにして頂ければ」 「映画館に行くのは」 「うーん……」 自分でも細かいことをシツコク聞いているなあ、とは思うが、これまで目を酷使した生き方をしてきたのだから、仕方がないのである。 ともかく頭を揺らさないこと。これが一番大事だということはわかった。 これからは後ろを振り返るときは、カラダごと動かすか。なんだかヌリカベになった気分である。
薬局で目薬をもらって時計を見たら12時半。家を出たのが10時前だったから、結構時間が経っている。右目はやはりまぶしいままなので、右目をつむってウィンクした状態で歩く。 しげとは2時に天神で待ち合わせて、映画でも見ようと話していたが、どうもこの状態では難しそうだ。とりあえずまだしげは寝ているだろうから、連絡はあとですることにして、もう一つの用件があるので、博多駅の紀伊國屋に向かう。
1時より、紀伊國屋で、東京創元社の新ミステリ雑誌、『ミステリーズ!』創刊記念として、ミステリ作家・北村薫氏をお呼びしてのサイン会。 北村さんは今回、エラリー・クイーンの国名シリーズのパスティーシュとして 『ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件』という作品を新連載し始めたのである(創元社だから“Mystery”が「秘密」ではなく「謎」と訳されてるところがミソ。タイトルに関して言えば、私は「謎」のほうが訳としていいと思う)。これまでのパスティーシュの作法に則り、クイーンの未発表原稿が見つかったという設定だが、時代がフレデリック・ダネイが1980年ごろに来日したときに設定してある。既に代作すら行わず、アンソロジストとしてしか活動していなかったダネイが進作を書いていたとは設定的にムリはあるのだが、それすらもトリックに組みこんだ作品を書いてくれたら嬉しいなあ、と思う。 1時には、20人ほどの人が並んでいる。私がこないだ紀伊國屋に来たときにもらった整理券は57番だったから、もっと並んでてもいいはずなのに、みんな博多時間で集まって来ているのかな(^_^;)。店員さんから「とりあえず並んでください」と言われたので前の人の番号を聞いてみたら、27番だった。間の30人、何してる。 実はぜひこれにサインしてもらおうと、『覆面作家は二人いる』の初版単行本を持ってきていたのだが、今回はあくまで『ミステリーズ!』創刊記念ということで、それ以外の北村さんの本にはサインしないそうである。 私を含めて、慌ててレジに『ミステリーズ!』を買いに行く客が続出。そりゃ、サインしてもらうなら、雑誌より単行本と誰でも思うよなあ。ハッキリと看板に「『ミステリーズ!』のみのサイン会です」と書いていてほしかったところである。北村さんもバタバタ走りまわるファンを御覧になって、申し訳なさそうな顔をしておられた。 私なんか、もう一冊買ってたのに(T∇T)。 サインをして頂きながら、「『覆面作家』のドラマ化はいかがでしたか?」と聞いてみる。 「かわいらしくてよかったですよ」と結構気に入っていたご様子。 原作と違って、双子ネタが使えなかった点についてはあまり怒っておられないようだ。 「新シリーズはないのでしょうか」と余計なことまで聞く。私ゃそんなにあのシリーズ、好きだったかなあ。まあ、ともさかりえは舞台まで見にいったくらいだからキライではないのだが。 「もう、間が開いちゃいましたからねえ」と、新シリーズはなさそうなことを仰っていたが、北村作品はテレビシリーズよりも映画向きだと思うんだがなあ。
雨の中、天神まで地下鉄で。 しげ、待ち合わせ場所の福家書店に来ているかと思ったら、影も形もない。 携帯に連絡を入れてみたら、案の定、まだ寝ていた。 「今から出てくるか?」 「ごめん、眠い」 まあ、今日はこちらも少し控えた方がいいだろうと思っていたので、新刊書をいくつか買っただけで帰宅する。
とりあえず、首をあまり動かさなきゃ、パソコン使ってもオッケー、ということなので、あちこちのサイトを覗く。 東映アニメーションが、昨年5月に倉庫から盗まれた『美少女戦士セーラームーン』のセル画が「まんだらけ」で売られていたとして、セル画の返却を求めて提訴したとのニュース。 「さくら出版」の事件と直接の関係はないが、これで「まんだらけ」の買い取り方が入手ルートを確認しようともしない杜撰かつ確信犯的な行為だということがより判明した格好である。 福岡の「まんだらけ」でも結構珍しいものが売ってたりしてるけれど、ああいうのも横流し品じゃないかって疑惑が生まれてくるなあ。
エロの冒険者さんが、山本弘さんのSF秘密基地の掲示板に、「『変身忍者嵐』は福岡では放送されていなかった」と書きこまれたところ、途端にほかの九州出身の方から、「放送されてましたよ、ウラが『ウルトラマンA』でしたから、御覧になってなかったのでは」と指摘され、「うわあ、30年間、ずっとされてないと思いこんでいた!」とパニックに陥られていた。 えーっと、エロさん、その会話、以前に酒の席で私ともしましたよ(^_^;)。 カラオケで私が『変身忍者嵐』の主題歌を歌った時に、「福岡では放送されなかったんですよねえ」と仰ったので、「え? されてましたよ?」と言ったら、「されてたんですかあ! うわあ、30年間、ずっとされてないと思いこんでいた!」と、身悶えなさっていたのである。どうやら酔っ払ってキレイサッパリ忘れておられていたらしい。だからあまり深酒はするものではないのだな(^o^)。 この分では、この会話、エロさん今までに十回くらいはしてるかもしれない。多分、あと三回くらいはされるであろう(^o^)。 本放送時は、私もどちらかというと『A』派であったので、『嵐』のほうはたまにしか見ていなかった。時代劇としては雑な出来であったし、特に林寛子のファンでもなかったから、これは仕方のないことであろう。主題歌だけは『嵐』のほうが好きだったので、まずはオープニングだけ見て、本編は『A』を見る。そして、予告編は『嵐』を見て、ストーリーの流れを抑え、物語に急展開がありそうだったら(月ノ輪が死ぬとか、悪魔道人が出てくるとか)、たまにそちらを見る、という涙ぐましい努力をしていたのである。ビデオが各家庭に何台もある若い人たちがうらやましいよ。 似たような感じで、『ミラーマン』と『シルバー仮面』は、主に『ミラーマン』を見ていた。 困っちゃったのは『アルプスの少女ハイジ』と『宇宙戦艦ヤマト』と『侍ジャイアンツ』が重なってた時で(関東では『猿の軍団』も重なってたそうだが、これは福岡では別時間帯だったので見られた。つまんなかったけど)、結局、『侍』、『ハイジ』、『ヤマト』の順番で見ていた。 梶原一騎が大っ嫌いだった私が、どうして『侍』を最優先にしたかっていうと、もちろん作画監督が大塚康生さんだったからである。11歳でもう作画監督でアニメを選んでたんだから、全く、ナマイキなガキではあった。 『侍』を見ている間は、ちょうど『ハイジ』はフランクフルト編である。そこがすぽーんと抜けてると、ハイジが山を降りたと思ったら、すぐ戻って来ちゃうじゃないの、と言われそうだが、そのときは既に原作小説を読んでいたので、話の骨子は知っていたのである。 ほとんど見向きだにしなかったのは『ヤマト』で、実は完全に見ていたのは第1回と最終回だけなのである。SFファンだったら、真っ先に見るべきなのは当然『ヤマト』じゃないのか、と言われそうだが、私はアニメは作画レベルで見ていたので、明らかに虫プロ系列、技術レベルの低い『ヤマト』は第1回であっさり見捨ててしまったのである。 オタクブームを最初に作ったのが『ヤマト』ファン、という意見に異議を唱えるつもりはないが、東映動画系列のアニメがオタクの興味の対象外にあったようなモノイイに対しては、そこまで断定してほしくはない、という思いがしているのである。 いや、もちろん、後に再放送で『ハイジ』も『ヤマト』も完全にカバーしましたけどね。『ヤマト』の劇場版もほとんど見に行きましたし(『永遠に』と『完結編』はビデオで済ました)。でも「若気の至り」と思うほどにはハマらなかったってことです(とか言いながら『さらヤマ』で泣いた口。アンノさんに嘲われるタイプである)。
夜、心配しているらしいグータロウくんに電話。 務めて明るくふるまったが、実は心の中では悲しみに沈んでいたのだよ。……なんて、うっそぴょーん(イタイなあ)。 今日買って読んだばかりの『月刊ガンダムエース』8月号の話をしながら、「やっぱ、男だったらシャアよりランバ・ラルのほうがいいよな!」と力説する。「おれはドレンだよ」「だったらクランプも」「おまえはミハルだけいりゃいいんだろ」「あれでカイも男を上げたしな。反面リュウは目立ってない」「死ぬとこだけかな」などと他愛ない話、しきり。 グータロウ君は「読むとこなくなったんでもう買ってない」と言っていたが、「今号はトニーたけざきの『ガンダム漫画』はカラーだぞ! それから開田裕治さんのカラーイラストストーリーはガンダム漫画なのに怪獣ものなんだ!」とムリヤリ奨める。確かに『オリジン』以外のマンガがもう少し面白くなってくれたらいいんだけどね。 グータロウ君の息子さんは、日々着実にオタク道を歩いて行ってるようである。偶然にも、息子さんの学校の、担任の先生がまた、ウルトラマンなんかのファンだそうで、随分話が合うらしい。 先生が「『ウルトラQ』の中では、おれはケムール人が好きだな」とか言うと、息子さん、「ボクはパゴスです!」と答えたとか。パゴスとは渋い。ここで「実はあのキグルミはバラゴンを改造したものでね、更に、ネロンガ、ガボラと改造を続けられて……」とか、他人が聞いたら鼻白むようなウンチクを言い出すようになればもう、一人前であろう(^o^)。 ……ホントにそんなオトナに子供を育てたいのかな、グータロウくん。 知ーらないっと♪
鯨統一郎『とんち探偵一休さん 謎解き道中』(祥伝社/ノン・ノベル・840円)。 なんとサイン本である。クジラマークがやたら可愛い(^o^)。 気がつかないうちに福岡でサイン会してたんだな、鯨さん。どんなお顔か、拝見してみたかった。ペンネームからの勝手なイメージ、和田慎二なんだけど、シツレイかな(^_^;)。 本作は『金閣寺に密室』に続く『一休さん』シリーズ第2弾。相変わらずタイトルセンスは無いに等しいけれど、ミステリ短編集としては高水準。長編だった前作よりも楽しめた。 前作のラストで、茜の両親を探す旅に出た一休、蜷川新右衛門だが、道中、八つの事件に遭遇する。この道中ものという設定、八つという事件の数から、発想をモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンもの『八点鐘』から取っていることは明らかだが(『水戸黄門』はミステリじゃないしな)、もちろんこれはトリックを模倣しているわけではないから問題はない。一休さんの八つのとんちばなしと、事件とを絡めるやり方はいささか強引だが、これもクイーンの「Q.E.D.」や麻宮サキの「テメエラゆるさねえ!」と同じ定番だと思えば(例えが不適切か)、まあ腹が立つほどではない。 何より、それほどムリをしたトリックがないのである。それはやや他愛ないという印象を与えはするものの、少なくとも「これはおかしすぎる」と反発したくなるような結果にはなっていない。いや、多少はちょっとムリがあるな、とは思うが、語り口が上手いので、そんなに気にならないのである。基本的に鯨さんの小説も、チェスタートン式、泡坂妻夫式の「現実にはちょっとムリっぽい」けど、小説のトリックとしては有効、という範疇のものなので、例えば第四話『尾張・鬼の棲家』の家屋消失トリックなどは、ちゃんと伏線を張っているのだから、笑って認めればよいのである。 一休さん一行が旅するのは難波・大和・伊勢・尾張・駿河・伊豆・相模・武蔵の八国。残念ながら九州には来てくれなかったけれど、駿河のお茶や伊豆の蛤、相模の焼き団子などに舌鼓を打つ一休さんの姿は可愛らしい。でもタイトルが『一休さん東海道グルメツアー殺人事件』にならなくてホントによかった(^_^;)。 こういう連作短編のほうが、鯨さんは本領を発揮していると思うな。最後に謎を一つ残したまま終わりってことは、第3弾もあり……?
2002年06月28日(金) 犬も歩けば/『仮面ライダーSPIRITS 受け継がれる魂』(村枝賢一監修)/DVD『続・黄金の七人 レインボー作戦』吹替版ほか 2001年06月28日(木) 事故&カラオケ地獄変/『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 始動編』�機��供憤舵�良和)
| 2003年06月27日(金) |
マンガを舐めるな/CD『アヴェ・マリア』(本田美奈子)/『キノの旅�察戞併�雨沢恵一) |
終日雨。 沖縄の方じゃ梅雨明け宣言されたようだけど、福岡はそんな感じ、全くない。でもそれほど鬱陶しいって感じがしないのは、さほど湿度が上がってないせいかも。 朝の送りの車の中で、しげから、夕べファミレスで食事をしているとき、しげの隣の席にいたカップルの話を聞く。 見た目いかにもバカップルっぽかったそうだが、その会話の内容ってのが、聞くだに恐ろしい。 男「九州って、いろんな県があるよね」 女「うん、北方領土とか」 ……もしかして、尖閣諸島と間違えてるのか? でも、あれ「北方」にはないよなあ。けれど、その女は続けてこう言ったそうである。 女「で、北方領土ってなに?」 わかんないのに、それがどうして九州にあると断言できるんだろう(^_^;)。 更に女は、「神様って信じる?」とかいきなり男に聞いたりしてたとか。シュウキョウノヒト? もしそうでないんだったら、純粋に気になってたんだろうねえ。しげもちょっと前まではこんな質問をよく私にぶつけていたものだ。 男は「特に信じないほうだから」とかなんとか返事してたそうだが、特に引いてたとか、笑ってたとかいう様子もなかったらしい。……類友? でも、極めつけは女の次のセリフである。 「私ね、○○さんが『えいっ』って言ったら、時間が止まると思うの」 ……会ってみたいなあ、○○さん。その言葉の感じでは、その○○さん本人が「時間を止められる」などと主張していたわけではないようだ。あくまでその女の「直感」である。自分自身のことならばまだしも、他人についてのことまで、自分の直感をそれほど信じられるというのはすばらしいことだねえ。 それともその○○さん、いかにも「時間を止めそうな」雰囲気を漂わせていたのだろうか。どんな雰囲気だい、「時間を止められそう」っての。普段着でサリーを着て出歩いてるとか、突然「ちょっと待って、今、瞑想の時間になったから」と言ったりとか、アンテナの伸びる腕時計を持ってるとか、そんなんか。 男のほうも、「○○さんなら止められそうだよねえ」とか相槌打ってたらしい。ああ、ホントにその○○さんがどんな人か気になっちゃうぞっ!!
仕事忙しく、昼飯を食う時間もない。 帰りに博多駅で紀伊國屋と、金星堂(CD屋)に寄る。 金星堂に寄ることは滅多にないのだが、目的は本田美奈子のアルバム『アヴェ・マリア』だったりする。いや、『ニュータイプ』の先月号で宣伝されてたんでねえ。アイドル時代の本田美奈子にはそんなに興味関心はなかったんだが、『明日のナージャ』で久しぶりにその歌声聞いて、アイドル時代と全然違っちゃってるソプラノな声質と声量に驚いてしまったのである。曲だけは大好きだぞ、『明日のナージャ』。カラオケではとても歌えんが。 こりゃ新譜も聞いてみたいなあと思っていたのだが、こないだからいくら探しても見つからず、あまり品数出てないのかなあ、とか思っていたのだ。 そんなの、店員さんに聞きゃ簡単なのだが、このトシになると、本田美奈子は照れくさくてさ(少女マンガ買うのは恥ずかしくないのか)。 で、意を決して、店員さんに「あの、この店、ナビは置いてないんですか?」と聞く(やっぱ度胸ない)。 店員さんは当然のごとく、「なにをお探しですか?」と聞き返す。しまったあ! そいつは予測してなかった……。仕方なく、「ホ、本田美奈子の新譜です」と答える。うう、昔の吃音癖が久しぶりに出ちまった。 店員さん、「ああ、クラシックのコーナーにありますよ」。……クラシック!? いや、確かにクラシックをカバーしたと記事にあったので、そこを探すのが当然だったのだが、もう「アイドル歌手」というアタマがあったもので、J‐POPのコーナーばっかり見ていたのだ。そら見つからんわ。 なんと、クラシック部門の売り上げ第1位である。本田美奈子人気、未だ衰えずといったところか。
帰宅して、聞いてみてやっぱりびっくり。澄んだ、伸びのある声、ヘタなソプラノ歌手によく見られるような声を張り上げ過ぎてかえって耳障りに聞こえちゃうようなところがない。ミュージカルを経験しているだけあって、感情表現が豊かなのがなんといってもいい。なんか、ホントに歌姫って感じだね。個人的な感想だが、悦に入ってる感じがする島田歌穂よりずっと上手いんじゃないか(いや、『レ・ミゼラブル』がつまんなかったもんで)。 どんな曲をセレクトしているか内容を以下にご紹介しておこう。
(1)流声(井上鑑) (2)アヴェ・マリア(カッチーニ) (3)私のお父さん〜オペラ「ジャンニ・スキッキ」より(プッチーニ) (4)タイム・トゥー・セイ・グッバイ(サルトリ、カラントット&ピーターソン) (5)美しい夕暮れ(ドビュッシー) (6)ヴォカリーズ(ラフマニノフ) (7)グリーンスリーヴス(イングランド民謡) (8)ジュピター〜組曲「惑星」より(ホルスト) (9)私を泣かせて下さい〜オペラ「リナルド」より(ヘンデル) (10)シシリエンヌ(フォーレ) (11)ニュー・シネマ・パラダイス 愛のテーマ(エンニオ・モリコーネ) (12)タイスの瞑想曲(マスネ) (13)アメイジング・グレイス(ニュートン) (14)ベラノッテ〜映画「わんわん物語」より(ペギー・リー&ソニー・バーク)
一部を除いて日本語歌詞の曲が多いが、クラシックにはシロウトな身には、日本語歌詞で歌ってくれた方が、感情表現の抑制と解放の具合がわかりやすくていい。特に、本田美奈子自身が作詞をした「タイスの瞑想曲」は本アルバム中の白眉だろう。「癒されたがりくん」なんか、これ聞いたら天にも昇る心地がするのでは(^o^)。 チャットでヨナさん相手に「いいよ、本田美奈子は!」なんて力説してしまったから、ちょっとあきれられてるかもしれない(^_^;)。
手塚治虫の『ブラック・ジャック』、秋田チャンピオンコミックス版は全25巻で完結してるのだが、ファンなら先刻ご承知の通り、実はまだ収録されていない短編がいくつか残っている。 理由はまあ、どこぞよりなんたらというクレームがついたという下らんことなのだけれど(結局、その手のクレームの多さのせいで『ブラック・ジャック』は連載終了に追い込まれた。「善意の迷惑」の典型的な例である)、それを憂えたのかどうか、『植物人間』『死に神の化身』など10作品を収録した海賊版の26巻目を勝手に作って、1冊10万円で売っていた東京都内の会社員(38)が麹町署に摘発されて、3月中旬に東京地裁から著作権法違反で罰金30万円の判決を受けていたことが判明。 表紙の写真がWeb上にあったんで見てみたんだけど、なるほど、よくできている。表紙はチャンピオンコミックスそのまま、背景にはニューヨークかどこかの写真を使ってるが、ブラック・ジャックの絵自体は手塚治虫の画集を素材にしているもののようだ。「関係者も驚くほどの完成度だった」というのは頷ける。。 法律的にどうのといった、海賊版を作ることの是非を問うのはちょっと置いといて、この会社員の動機が何だったのかってことが気になるんだが、さて、理不尽なクレームに怒り、幻の作品と化した作品をぜひとも社会に流通させたいという道義心で行ったことなのかどうか。 常識的な判断なら、「十万円なんて暴利を貪ってんだから、当然、ファン心理につけこんだ金儲けだろう」と判断するところだけれど、モノが『ブラック・ジャック』だからなあ。「人の興味を満たしてやってるのに、暴利を貪って何が悪い!」とか言い出しそうだなあ。言わんか。 けど、いい加減で手塚プロも未収録作品を「幻」なんてことにしてないで、堂々と出版したらどうか。頭のイカレたクレーマーに迎合して、こんな海賊版作られることの方がよっぽど害毒だと思うがね。
こないだからネットで話題になっていた「さくら出版」事件であるが、被害にあった弘兼憲史さん、ついに「まんだらけ」を提訴することになったようである。 事情を知らない人のために簡単に説明しておくと、弘兼さんの作品集を初めとして、多数のマンガ単行本を発行していた「さくら出版」が、2002年に倒産、その際、預けられていたマンガ原稿のほとんどの行方がわからなくなっていた。 それが今年になって、「まんだらけ」のカタログに、初期作品『ガクラン放浪記』の原稿約600枚に75万円の値が付けられていたのを初めとして、多量の原稿が売りに出されていたことが判明したのである。 まんだらけの社長は、マンガ家さんからの返却要請には一切応じず、「買い取るときは常に身分を照会している。だが、盗品かどうかなど入手経路まで確認するのは非常に難しい。作者が返却を望んだ場合、店頭価格で買い戻してもらうのが原則」と不正規なルートで入手した原稿を売ってることについて、開き直りとも取れるコメントを述べているのだ。 法的には「まんだらけ」の社長、間違ったことはしてないのだろう。けどねえ、それこそこいつ、知っててやってる「確信犯」(さあ、この場合は正しい使い方になるのか誤用になるのか)だってこと、ミエミエだものねえ。 「入手経路まで確認するのは非常に難しい」って、あーた、例えばずっと昔に亡くなった作家さんの原稿ならばともかくも、みんな現役の作家さんのものばかりでないの。作家さん本人に聞きゃ一発でわかることなのに、そういう手間をなんで惜しむか。「いい値がつくぜ、これは、へっへっへ」とほくそ笑んだに決まっているのだ。その社長、キャラ的には時代劇の悪徳商人みたいで美味しいんだけれど、言い返れば所詮は黒幕とかラスボスになれるほどの器ではない。セコイ言い訳してないで、さっさと返しちゃえばいいのに。その程度の損失で「まんだらけ」の屋台骨が揺らいじゃうわけでもなかろう。悪役イメージのレッテル貼られるのと、太っ腹なところ見せて称賛されるのと、どっちを選ぶ方が賢明かねえ。 弘兼さんの原画や原稿、1500枚近くの在庫があるというが、既に47枚は売られちゃったとか。買った人も何十万円で買ったかは知らんが、損を承知の上で弘兼さんに原稿を無償で返してやらんものかな。私だったらそうする(それ以前にンなもん買えるカネがないが)。
以下に、まんだらけに持ち込まれた可能性のある原稿のリストをあげる。一部はマンガ家さんが大枚はたいて買い戻したものもあるそうだが、どこかでこれらの生原稿を見かけられたら、「盗品」の疑いの濃いものであることをご承知いただきたい。そして、当該のマンガ家さんに、ぜひご一報をお願いしたいものである。くれぐれも買いとって秘匿などしないように。 ソースは、やはり被害にあったマンガ家さん、渡辺やよいさんのホームページ『やよいが行く!』である。
弘兼憲史 弘兼憲史ベストセレクション〜朝の陽光の中で 弘兼憲史ベストセレクション〜刑事の紋章 弘兼憲史ベストセレクション〜こんにゃく侍騒動記 弘兼憲史ベストセレクション〜雲に抱かれて 弘兼憲史ベストセレクション〜見えない好球 弘兼憲史ベストセレクション〜ガクラン放浪記� 銑Α覆泙鵑世蕕洩槝新悩棔� 刑事の紋章 侍志願 教師失格 二人だけの戦争 ジョージ秋山 パットマンX 1〜3 デロリンマン 1〜3 大島やすいち 駒が舞う 1〜3 熱闘コンドルズ 1〜2 小畑しゅんじ ゲタバキ甲子園 1〜2 たがみよしひさ たがみよしひさベストセレクション「侠客」 たがみよしひさ自薦短編集「首」 たがみよしひさベストセレクション「依頼人から一言」 どおくまん 暴力大将 1〜3(コピー原稿まんだらけ目録掲載) あすなひろし(遺稿であろう表紙原稿が不明らしい) あすなひろしベストセレクション「ぼくのとうちゃん」 あすなひろしベストセレクション〜家族日誌・悲しい人々1 バロン吉本 現代柔侠伝 1〜2 みなもと太郎 ホモホモセブン1〜2 松森正 バッドブラッド 危険な飛行 つのだじろう 女たちの詩� 銑� 篠原とおる 刑事あんこう� 銑� さそり in U.S.A 青柳裕介 鬼の武吉 上下 青柳裕介短編コレクション「嫁盗み寝話」 古谷三敏 手っちゃん 1〜2 真崎守 キバの紋章 1〜2 村野守美 村野守美ベストセレクション〜氷炎の孤島 井出智香恵 嫁と姑“超”名探偵 上下 山上たつひこ 快僧のざらし1 長谷川法世 ぼくの西鉄ライオンズ 影丸穣也 昏き処刑台 上中下 柳沢きみお 俺にもくれ 上下 かざま鋭二 海商王 1〜2 引野真二 合気道橋本道場 上下 かわぐちかいじ かわぐちかいじベストセレクション「水すまし源五郎」 なるる 遊子No.1 佐藤量 ギャル・ギャグ・ワールド 雅亜公 夏の少女DX 微熱 夏の少女〜愛人・やさしい関係〜その他短編集 春籠漸 マジカルちゅ〜ん うういずみ オレの妹マジ・好き・かわいい 砂織SIXTEEN 琴音かのん ランプにお願い 神武祐二 賭博戦隊ダイサンゲン 篁よしやす 放課後の妖精 藤井昌浩 機動少女ポリコちゃん ふじさわたつろー 妄想クラブ 悪遊戯 (アンソロジー)
例の福岡の4人家族殺人事件(もう詳細を書くのめんどくさいから、よく分らない人はそういうことがあったと思ってください)、ネットでいくつかのサイトを回ってみると、福岡の知り合いが何人か、「福岡のイメージが悪くなるなあ」と心配している。 でも博多のイメージが悪くなったわけじゃないしな(^o^)。福岡に住んでる者以外には福岡も博多もいっしょくたなんだろうが、先祖代々ど博多な人間にとってみれば、あんな、博多の外れの鬼門で起こった事件なんか、どうでもいいのである(すげえ地域差別発言してますが、そういう感覚が未だに博多にゃ残ってることの事実の提示のためなんで、御容赦願います。一応、ヒデエよなあ、って自覚はあるんですよ)。 「じゃあ、博多で事件が起こったら、オマエ、どうするんだよ!」と言われそうだが、博多人でみっともない犯罪犯すやつが出たら、そいつは自動的に博多人からオミットされますんで(^ー^)。 いや、だから「博多んもん」とか「博多っ子」って自覚持ってたら、そうそう悪いことはできないんですよ。私がパチンコ、麻雀、カケゴトに明け暮れ、中洲にしょっちゅう通ってたのも小学生のころまでです。やっぱ、中学に入ったら、もうバカはやめなきゃ。
時雨沢恵一『キノの旅�� the Beautiful World』(メディアワークス/電撃文庫・557円)。 SFを現代のおとぎばなし、寓話と捉えて千篇のショート・ショートを残した星新一だが、その語り口、普遍性、目指すところは、しっかりと時雨沢さんに受け継がれてるように思う。ライトノベルだからってバカにしないで、ちゃんと評価しようよ、頭の固いSFファンのみなさん。 プロローグ&エピローグ、キノの“少女”時代が描かれる『何かをするために』。 キノがどうして今のキノになったのかってことを示す重要なエピソードだけど、もう一つ、この話のおかげで、やっぱりキノの「師匠」と、旅する仕事人の「師匠」とが同一人物だとわかった。同行してた若い相棒はどうなったのかな? 第一話『迷惑な国』。 エネルギー過多な「炉」を持つがゆえに、常に「移動」し、通った土地を破壊しながら進み続けなければならない国と、平原に陣取って、通る人々から法外な通行料を暴利を貪る国。二つの国がぶつかって始まった戦争にキノは巻き込まれてしまう。 別に両国をアノ国やソノ国に比定する必要はない。「国ってのは基本的に迷惑なもんだ」という視点があれば、どの国のどの時代でもこの方程式は成り立つ。そこが本作の普遍性を表しているね。 第二話『ある愛の国』。 若い頃の師匠と、相棒(だれやろね。こいつ)の旅の途中のお話。 キノでこんな話が読めるとはねえ(^_^;)。でも星新一にも『解放の時代』なんてトンデモナイのがあるから、この程度はなんちゃないか。いや、申し訳ありませんが、オチはちょっと言えないんですよ。 第三話『川原にて』。 シズ様が乗ってるバギーの由来を陸に語るショート・ショート。これを「反戦もの」と単純に捉えちゃ面白くない。過去も未来も、「時代」の価値観なんて、相対的なものでしかないというさばけたお話だと思うよ。 しかし、アニメ以来、陸の声が大塚芳忠さんに聞こえてしゃあないな(^o^)。 第四話『冬の話』。 キノは実はドクター・キリコでしたって話。もちろん、ブラック・ジャックとの対決もあるのである。教義で「病気治療」自体が禁じられている国。キノはそこで病人たちの「安楽死」を頼まれるが……。 これは例の宗教の人たちに読ませてやりたい本だね。 第五話『森の中のお茶会の話』。 またまた師匠と相棒の話。今回、外伝が多いな。 いきなり師匠と相棒が森の中に住む老夫婦を撃ち殺しちゃうけど、オチはちょっとありきたり。それより師匠が、実は幽霊嫌いだってことが判明するのが面白い。いきなり幽霊に銃ぶっばなすとこなんか、可愛いぞ、師匠(^o^)。 第六話『嘘つきたちの国』。 まあ、これもオチはすぐ読めちゃう。 でも、それが『キノ』シリーズが「寓話」たる所以であるんだからいいのである。気が狂い、恋人を待ちつづける男。彼は革命の英雄だったが、戦闘中、ある事情で、恋人を誤って殺してしまったのだ。 世の中、正直に生きないほうがいいこともあるよってお話なんだけど、教条的な人はこの程度の話でもクレームつけたりするのかね。
2002年06月27日(木) 緩やかな統制に異議を/『七人のナナ』&『アベノ橋魔法☆商店街』最終回/『王妃の離婚』(佐藤賢一) 2001年06月27日(水) 「マチャアキ」離婚ってあまり言われてない。時代か(+_+)/DVD『八岐之大蛇の逆襲』
| 2003年06月26日(木) |
書かでもの記/『コミック★星 新一 午後の恐竜』(白井裕子ほか) |
俳優の八代駿(やしろ・しゅん)さんが昨25日、脳梗塞で死去、享年70。 八代さんがテアトルエコーの舞台は、大学時代にグータロウくんと一緒に『一発逆転』を見に行ったことがある。主演は小松政夫さんが招聘されていたが、八代さんも司祭役で登場されていた。舞台で右往左往するだけのほんのチョイ役ではあったが、声を聞けば「あっトムさんだ」とわかるので、なんだか昔馴染みに偶然会ったように親しみを覚えたものだった。 版権が切れているせいだろう、八代さんのトムさんの声はもうテレビでもDVDでも聞けなくなっているが、あの独特のセリフ回しは今でも耳に残っているのである。 科学実験所から逃げ出した白いネズミを蹴飛ばして、爆発したあと、ボロボロの情けない顔で「どう、なってるんだ、ろう、なあー」って言ったり(文字で表現するのは不可能である)。 ネズミをいじめたりしなければ百万ドルを相続できるのだけれど、ジェリーにからかわれてついにキレちゃって、思わずジェリーをぶっ飛ばしたあとのセリフ。「しまった。これで、もう、百万ドル、もらえないんだあ。……でも、いいや!」 もう、あのセリフは二度と聞けないのである。せめて、こんなセリフもあったよねえ、と、ときどき語っていきたい。
今日まで気がつかなかったが、東宝映画でお馴染みの山本廉さんも17日に脳出血で亡くなっておられた。享年73。 最近、なにかの2時間ドラマで白いヒゲを生やされてお年を召されたお顔を拝見したばかりだったが……。この人も、脇役一筋だったが、画面の片隅にでも連さんがおられると、フシギと「ああ、私は映画を見に来たんだなあ」という気分にさせられたものだった。 記念すべき、ゴジラ最初の被害者(いったん助かって、またやられる)として特撮映画の歴史に残る方でもある。平成以降のゴジラシリーズがゴジラっぽく感じられなくなっていたのは、廉さんのような大部屋俳優の人たちが醸し出す「映画らしさ」がなくなっていたことにも原因の一端があったように思う。
毎日の恒例のようになってしまったが、例の心の弱い同僚、今日もトバしてくれている。 こないだの会議で途中退席したのは書いたが、会議に出席していたときに決めた内容までキレイサッパリ忘れているのである。ともかくこの人のアタマの中には予め「結論」があって、自分の意向に合わない意見は自然に封殺されてしまうらしい。「それはちゃんとこれこれこういうことになりましたよ」と言ってもムダなのである。かと言って、あまり強く言うと、ブツブツ独り言を言い出すのである。小さな声で「そんなこと言われても私にはムリなんだから、ブツブツ」とか、虚空を見ながら陰にこもった声で呟いてるのである。怖いのである。 せめてこの人の記憶障害だけでも何とかできないものか。でないと仕事がどんどん歪んでって修正がとても難しくなっちゃうのである。 とかなんとか考えてたら、いきなり「有休取って帰ります」ときた。なんか虫の居所が悪くなっちゃったらしい。それは私に言われてもしょうがないので、上司に連絡するよう促したのだが、「あの人は聞いてても忘れるから」と来た。 お前が言うこっちゃねえええええ! で、実はその上司も今日は出張でいないのであった。同じ部署にいるのに、お互いのスケジュール、全然把握しあってないのな(-_-;)。
晩飯は、仕事帰りに買った海苔弁だけれど、なんだか食欲がなくて、帰宅して数時間は食べず。こういうことは滅多にないのだが、やはり心の変調がカラダに影響を与えているのだろうか。
夜のチャットは、鍋屋さん、お久しぶりのあやめさんと。 鍋屋さんには「第12回トンデモ本大賞」のレポートを書いて頂いたので、その校正をお願いする。私も一通り見はしたのだが、やはりいくつか誤字の見落としがあった。 あやめさんにはこないだ、ウチのチャットが「男くさい」と言われていたので、もう、ご来臨下さらないかと思っていたのだが、杞憂であったようで、ホッとする。
昨日のことであるが、友人の某くんから(^o^)、緊急のメールがあった。 なんだか血相変えて(メールだから顔は見えないが)「2ちゃんねる見ろ見ろ!」と言うのである。なんでも私や妻のことが話題になっているらしい。 彼が大袈裟に騒ぐときはたいてい大袈裟なことが起こっているのであるが、言われたスレッドを覗いてみたら、要するに、ここのURLが貼られていたということなのである。 そこは例の、私が以前は出入りしていて、今は閉鎖されてしまったホームページに関するスレッドで、私のことも何度か話題になっていたのだが、ここしばらくはたいした展開もなく、随分と静かだった。それを寂しく思った誰かが、元住人ということで私を俎上に乗せたものだろう。 某くんはしきりに「誰のしわざだ!」と立腹しているが、友人に先に怒られてしまうと、私としては「まあまあ」となだめるほうに回るしか仕方がない(^_^;)。 まあ、こういう好き勝手なこと書いてるホームページであるから、どこぞで叩かれることもしばしばであるので、今更怒ったりもしないのだが、今日になって、某くんは、わざわざ電話までしてきた( ̄∇ ̄;)。 彼が心配しているのは、しげの動向なのである。そこでいろいろ書かれてることに対してキレたりゃしないかと言うのだ。 「キレてないよ。状況が違うし」 「それならいいけど」 つくづく心配性な悪友を持ったものだ。いや、気持ちはとてもありがたいのだが。 だいたいしげが泣いたりわめいたり、意固地になったりするのは、私が誰かを「好き」になったり、「好かれ」たりしたときにジェラシってそうなるのであって(と言っても、通りすがりのきれいなねーちゃんに目が行っただけでヤキモチ焼かれるレベルだ)、私が嫌われたり叩かれたりするのは全然平気なのである。つーか、楽しんでるし。今回も、私がネット依存のような書かれ方をしている部分に反応してキャイキャイ喜んでいるのである。……そこまで楽しがられると少しは怒れよって言いたくなるな(~_~;)。 某くんは、私やしげが2ちゃんねるに書きこみをしてるように疑われてることについても憤っているのだが、いくら私が「どこのスレッドにしろ、2ちゃんねるに書きこんだことは一度もないし、今後もしないよ」と言ったところで、信じない人は信じないものだ。つーか、信じる信じないも、それは読む人の自由なんだから、怒る筋合いのものでもない。いや、怒ってもいいのだが、「怒った」という事実だけで、あとなにかリアクションを取る必要はあるまい。 実際、どんな罵詈雑言を書かれても、それが、私が日記に書いたことについての感想ならば、ホントに腹は立たないのである。 一応、何度か書いてることではあるが、私やしげが2ちゃんに書きこまない理由について述べておくと、別にあの掲示板の匿名性について文句をつける気は全くないのである。唐沢俊一さんがいつぞや日記で書かれていた通り、ホンネを語る場として、ああいうものは社会的にも必要だろうと思う。 つまり、私が2ちゃんに書きこみをしないのは、単に私自身が自分のHNを出さない形で発言することをしたくないだけの話なのである。あそこで名前を出して書き込みしても、本人であることを証明するのにはいちいち手間がかかる。しげも私も、そういうめんどくさいことはやりたがらないぐーたらな人間なのである(めんどくさがりだから日記の更新もしばしば遅れるのであるよ)。実は、2ちゃんねるへの書きこみ方すら知らない(^_^;)。 某くんもねー、そんなに怒ってばかりいるとさー、2ちゃんに書きこみしてるんじゃないかって疑われちゃうぞぉ(^o^)。 そこのスレの人たちは、多分、私とウォッチ対象だったサイトの管理人さんとのトラブルとか、閉鎖に至った事情とか、そういうことを私の口から聞きたいのだろうが、相手が表に出て来ない状況で、私が一方的に語るのもいかがなものか。サイト閉鎖直後には、管理人さんになんとか復活してもらいたいと思って、呼びかけもしたり、あちこちツテをたどりもしたが、わかった結論は「これ以上私にできることは何もない」ということである。だからこのひと月ほど、日記で話題にすることもなくなってたのだが。 2ちゃんねるの方々の中には、私や妻が怒ってるんじゃないかとご心配されてる方もいらっしゃるようなので、語れる範囲の事情は説明しておきます。お気遣い、ありがとうございました。今後、この件に関して日記に何かを書くかどうかは様子見ってことで。m(__)m ……しかし、今日のウチのホームページのアクセス数、いつもはせいぜい20件前後なのに、いきなり80件にアップである。これもその管理人さんの人気ゆえかね(^_^;)。
マンガ、『コミック★星 新一 午後の恐竜』(秋田書店・700円)。 『ミステリーボニータ』に連載されていた、星新一原作のショート・ショートをマンガ化した竸作を収録。ストーリーはほぼ原作に忠実で、だから面白くはあるのだが、マンガとしてどうかと言われるとこれが判断に苦しむところである。 もともと寓話性の強い星作品は映像化を拒否するところがある。F氏ものを避けて、できるだけ現代日本の現実に近い作品を選んではいるが、それでも物語と絵柄の違和感を強く感じてしまう。冒頭の『ボッコちゃん』、「ボッコちゃんって、こんないかにも少女マンガなキャラだったの? こんな脳ミソなさそうなマスターがロボットを作ったっての?」なんて感じで見ていくと、星さんの原作自体がつまんないんじゃないかって気までしてくるのである。 比較的、原作の印象を損なっていないのは『午後の恐竜』、『生活維持省』くらいのものか。 以下に収録作品のタイトルを挙げておく。 『ボッコちゃん』(JUN) 『金色のピン』(川口まどか) 『天使考』(木々) 『殺し屋ですのよ』(かずはしとも) 『おーい でてこーい』(鯖 玉弓) 『午後の恐竜』(白井裕子) 『現代の人生』(有田 景) 『生活維持省』(志村貴子) 『夜の事件』(小田ひで次) 『箱』(小田ひで次)
2002年06月26日(水) イカが怖い/『育ってダーリン!!』A・B巻(久米田康治)/ドラマ『ししゃもと未亡人』ほか 2001年06月26日(火) やっかみをキャッチコピーにしてちゃねえ/『高校天使』3巻(加藤四季)ほか
| 2003年06月25日(水) |
暗い話、えとえと、……何題?/『風雲児たち 幕末編』3巻(みなもと太郎) |
訃報が二つ。 俳優、名古屋章(なごや・あきら)さんが昨24日、肺炎のために死去。享年72。 こういう脇役に徹していて、あまりにも代表作が多い方は、かえってこれという作品を提示して思い出を語ることが難しい。 各新聞記事も苦労をしているようで、「『放浪記』(昭和37年)や『天国と地獄』(38年)で印象を残した」とあるが、実際はどちらもチョイ役だったりする。この間、うちで『天国と地獄』を見ていたよしひと嬢が、刑事の一人が名古屋さんだったのを見つけて驚いたくらいだ。これが代表作だと言うなら、『天国と地獄』でなんて役を演じてたか答えてみい。 また、『ひょっこりひょうたん島』の二代目ドン・ガバチョには触れているのに、2年もの間、霧隠才蔵を初めとして様々な役を演じ分けた『真田十勇士』には言及していない。『美人はいかが?』や『コメットさん』のことは書いても、それこそ5部まで続いた『刑事くん』の時村重蔵署長については語られない。いつも思うことだが、こういう訃報を記事にする人というのは何の資料をもとにして書いているのだろうか。 特撮ファンはその点、『帰ってきたウルトラマン』のナレーターや『ウルトラマンタロウ』の朝比奈勇太郎隊長を挙げればいいから楽なものである。アニメファンには『空飛ぶゆうれい船』の嵐山パパが記憶に残っているだろう(『もののけ姫』にも出てたはずだが、何の役だったか思い出せん)。でもこれらをして名古屋さんの代表作と語るのはどうかと思う。もちろん、名古屋さんは朝比奈隊長役には本腰を入れて取り組んでおられた。DVD『帰ってきたウルトラマン』の封入パンフのインタビューでは、ウルトラマンのSFとしての魅力を滔々と語られている。 SF作品に対して偏見なく接してくれて、本気も本気で演じて下さったその心の広さを思うとき、感謝の涙が流れてしまうのを私は抑えることができない。 けれど、だからこそ思うのである。 名古屋さんを語るのに、ウルトラシリーズだけを挙げるのは偏り過ぎてはいないだろうかと。そう思うのは、名古屋さんが演じられたどの役を口にしてみても、「それだけの人ではない」という感慨が自然に思い浮かんでしまうからだ。 実直な善人を演じることの多い名古屋さんだったが、和田誠監督の『麻雀放浪記』では、「上州虎」というイカサマ師役をいかにも楽しそうに演じていた。私の名古屋章ベストワンはこの演技である。芸達者とはよく言われるが、こういう役をご本人はもっと演じたかったのではないか。 その和田監督の追悼の弁。 「いろんな役柄ができ、せりふ回しが非常に明りょうで良い日本語が使える人。独特の味付けで役柄をしっかり膨らませてくれるので、頼りがいのある役者さんだった。もっとたくさんの作品に出てもらいたかったので、残念でならない。 」 同感である。これ以上、付け加える言葉を、私は持たない。
もう一つの訃報。 『よたろうくん』の作者、山根赤鬼(やまね・あかおに)さんが同じく24日、大腸がんのために死去。享年67。 代表作といわれる『よたろうくん』だが、これをリアルタイムで楽しんで読んでいたのは、私より少し上の世代だろう。ユーモアよりもギャグが好きだった私は、復刻された際にも、山根さんの作品にはあまり手を伸ばさなかった。 にも関わらず、子供のころ、私はしょっちゅう山根兄弟のマンガに触れていたのである。学習雑誌の挿絵などで「やまねあおおに・あかおに」と書かれたサインに、「本当に鬼みたいな人が描いてるんだろうか」とやたら気になっていた。 実は未だにお二人の絵の違いが私にはわからない(別々にマンガを描かれるときは絵柄を変えるのだが、合作する時には本当に似た絵を描くのである)。いつかその区別を付けてやろうと思っているうちに片方が亡くなられてしまった。またどこかの出版社で、作品集が復刻されないだろうか。
毎日書くのもなんなんだが、首吊り紐は今日もブラブラ揺れている。 いや、これを首吊り紐と考えるからよくないんであって、もっと、プラス思考で考えないといけないのである。輪っかがぶら下がってるからと言って、それが首吊り用とは限らないではないか。 たとえば、これが海の中道マリンワールド(福岡にはそういうのがあるんである)のイルカショーの輪っかだと思えば。 ……なんでわしが輪っかくぐらにゃならんのか。 ああ、でもよく見ると、あっちこっちに黒い点も見えるなあ。ほんなこつ、こないだの精密検査、目医者さん、出血見落としてたんじゃないのか。
で、また例の心の弱い同僚さんの話である。 なんか活動が激しくなってきたなあ。春はもうとうに過ぎたぞ。 デスクワークの真っ最中、ふと背後に気配を感じたので振り返ってみると、まさしくその同僚の女性である。 私の耳元に口を寄せて、ささやくように(ささやいてるんだが)ある用件をささやいた。……いかん、私もちょっとコワレてきてるな(-_-;)。 ともかく本音を言えば、私はこの人にかかわるのはもうやめたいのである。やめたいのだけれど、やめたいやめたいと私が思えば思うほど、こうやって向こうからかかわってくるのである。でもって、ほかの同僚もその様子を見ているのである。 周囲から敬遠されてる人間と親しげに(してるつもりはないのだが)していると、同僚たちが私のことをどういう目で見るようになるか。当然、私もまた彼女と同類と思われて、遠巻きにされてしまうのである。ハッキリ言って、それは迷惑以外のナニモノでもないのだが、しかしそうなったらそうなったで、「それって、イジメの拡大の構図じゃん」という気がしてきて、同僚たちにも腹が立ってくるのである。 で、やっぱり仕事関連の話ならしかたがないかなあ、と思って、彼女の話を聞いてあげることにするのである。で、聞いてあげたんだけど、あげたんだけど、あげたんだけど。 「それ、私の係じゃないじゃん」 だからさあ、いくらほかの人が信用できないからってさあ、私の仕事でもないことをなんで持ち込んでくるかね。そんなまねされても、会社にはそれぞれの部署というものがあるのだから、どうしたってタッチできないことだってあるんだよ。それくらい常識でわからんのか、この女は。……わからんのだよな。 そうなのである。相手は心が壊れた方なのである。逆らったって、理屈が理解できるアタマはお持ちでないのだ。どうにもしょうがないのだ。しょうがないから、その係の同僚のところにコッソリ行って、彼女の用件を伝えるのである。 ……なんでこんなアホなマネせにゃならんのか(T∇T)。
帰宅途中、BOOK OFFに立ち寄って、文庫本を渉猟。 食事はCOCO一番屋で、牛筋コンニャクカレー。あちこちうろつき回ったので(ぼんやりして道を間違えた)、ひどく疲れている。 チャットでグータロウくんと久しぶりに会話。と言っても内容は他愛ないオタクばなしである。CS日本映画専門チャンネルでちょうど『超少女REIKO』を放送してたので。特撮を貶しながら見る。でもアレの欠点は特撮「だけ」にあるわけではないのだよな。
マンガ、みなもと太郎『風雲児たち 幕末編』3巻(リイド社・550円)。 黒船来航をここまでミッチリ書いてくれると、生半可の歴史ドラマなんか、すっ飛んじゃうね。 ペリー来航に庶民はほとんど驚いてなかったというのは、嬉しくなるような事実の提示である。実際、ドラマじゃやたら庶民が怯え逃げ出すシーンばかり撮ってるしねえ。 けど、黒船を実見した幕末の偉人たちが、実際には佐久間象山、勝海舟、吉田松蔭、坂本竜馬の4人くらいしかいなかった、というのはサビシイ話である。 今巻の白眉は、「歴史的事実として」紹介された「白旗事件」であろう。会談に先駆けて、ペリーが日本側に「降伏の印」として贈った白旗が、幕府の硬化した態度を一変させたと言うのだ。近年まで、日米双方の「恥」として封印されていたその事実を、みなもとさんは復活させたのである。 「息を飲む展開」とはこういうのを言うのだ。
2002年06月25日(火) 揉んだら出る/『松田優作物語』6巻(完結/宮崎克・.高岩ヨシヒロ)/『仮面ライダーSPIRITS』3巻(石ノ森章太郎・村枝賢一) 2001年06月25日(月) 1時間日記(^_^;)/アニメ『名探偵コナン』オープニング
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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