無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年06月29日(土) 能古島紀行/『ワイド版 風雲児たち』1・2巻(みなもと太郎)

 朝、しげが私より早く起きていることは滅多にない。
 たまに起きているときがあっても、それは単に夜通し寝ていなかった、ってだけのことだったりする。
 私の方は、一見グータラな生活しているように見えても、夜の睡眠だけはちゃんと取っているので、ここんとこはそうひどい病気にもかからずにすんでいる。運動量は減ったが、しげには内緒で散歩なんかしているので、体重もそう増えてはいない。
 しげがしょっちゅうキツイだの眠いだの、体調不良を訴えるのは明らかに栄養の偏重と運動不足が原因だろう(何しろ肉と米しか食わず、野菜と果物は全く取らないのだから、ビタミン不足に陥っていると思われる。脚気になるぞ)。

 休日も、ここしばらくは日がな一日寝ていることが多い。
 ところが先週、ちょっと太宰府に足を伸ばして味をシメたのだろうか、それでも朝はグースカ寝ていたしげだが、10時を過ぎてやっと起きだして来たかと思うと、またぞろ「どこか旅に出たい」と言い出した。
 はっきり言って逃避である。
 休日くらい家事の一つもすればいいのに、料理どころか洗濯も掃除もしたくないしげは、ともかく日常から逃げ出したいのだ。
 そんなのに付き合ってやったって、私も疲れるだけなのだが、怒ればまたヒステリーを起こすのは目に見えている。しょうがなく、「どこに行きたい?」と話を合わせる。
 「どこでもいい、どこか!」
 ますます現実逃避だ。多少ナゲヤリな感じで「島にでも行くか? 能古島」と言ったら、「うん!」と喜ぶ。言ったあとでしまったなあ、遠いなあ、疲れそうだなあ、と思ったが、今更取り消しはきかない。「ちょっと遠いな。志賀島でもいいけど(たいして距離は変わらんわ)」とかなんとか言ってみるが、しげのヒトミはもうキラキラと星が煌いていて、「能古島気分」は動きそうにない。
 覚悟を決めて、タメイキをつきながらダルいカラダを車に押しこんで、姪浜の能古渡船場へ向かう。

 免許を取って半年、もう運転にも馴れていそうなものだけれど、初めての道はやはり緊張するものらしい。しげ、やたらと道を間違える。
 こちらもあまり機嫌がよくないから、つい「何やってんだよ」と文句をつけるが、一本道なのになぜか右折されちゃうんだから、文句の一つも出るのは当然だ。
 「まっすぐ行くって自分で言ってたじゃないか!」
 「だって間違えたんだもん!」
 「言い訳になっとらんわ!」
 「だったらもう帰るよ!」
 「いったん出かけといてワガママ言うな!」
 全然楽しい家族ドライブってムードじゃない。
 それでも予定より早く車は渡船場に到着。
 能古島への船はほぼ1時間に1本だが、ちょうど船が出る10分前だった。乗船料は往復で400円。えらく安いが市営だからなんだろう。一応、観光地だとは言え、それほど客が多いとも思えない。実際、休日の今もフェリーに乗り込もうという客は20人かそこらだ。結構、補助金が出てるんとちゃうかな。

 船に乗るのでしげは相当喜ぶかと思っていたらそうでもなさそう。私が浮かない顔をしているせいなのか、船に酔いでもしたのか。それとも、フェリーの安全防止のせいだろうか、スクリューに“カサ”がかかっていて、しげの大好きな「水飛沫」が見られないせいなのか。何となく最後のやつの公算が高いが、そんなの私のせいじゃないのでいちいち慰めてはやらない。
 島を背にした席に座ったので、ちょうど博多湾を一望に見渡せる。
 昔に比べると、本当に高い建物、そして「広い」建物が増えた。福岡ドームだとかなんとかホテルとかの類だが、ホテル関係のあの横広さはいったい何なんだろうね。そのくせ幅はないから、地震が来たら横にへにょっと倒れそうに見えて危なっかしいんだけど。

 島に着くと、同乗して来た人たち、ほとんどがツアーの客だったらしく、観光バスに乗りこんでどこぞに向かう。
 観光案内所でマップを貰い、島の北端にアイランドパークってのがあることを知る。何しろ衝動的に来ているもので、どんな施設があるかよくわかってないのだ。
 しげに「このアイランドパークってとこに行ってみる?」と聞くが、つまらなそうに「いい」と断る。
 「でも他にめぼしいとこないぞ。あとは壇一雄の旧宅くらいだし」
 「金印公園は?」
 「そりゃ、志賀島!」
 博多以外の人にはよくわからんだろうが、「漢委奴國王」の金印が発見されたのが志賀島の田んぼの中ってことになってるのね。
 しげ、不承不承アイランドパーク行きを納得する。

 島の北端にあると言ってもバスで10分も掛かる距離ではない。博多湾内で結構な面積を締めているように見えるが、実際に上陸してみると能古島はそんなに大きな島ではないように感じる。
 自転車を借りて、ぐるぐる回ることも考えたが、坂道があったらくたびれそうなのでやめた。
 バスに一緒に乗りこんだのはおばちゃんたちが数名だけ。観光バス組はいったいどこへ行ったのか、他に見るところって、コーヒー園とか壇一雄の旧宅くらいしかないみたいなんだけど。
 ちょうどアイランドパークに着いたころから小雨がぱらつき出す。
 幸い、雨宿りするほどではないので涼しいくらい。
 太鼓橋があったので、しげが渡りたがる。マップを見るとその先には何もないようなので、行っても仕方がないような気がしたが、行かなきゃ行かないで未練がましいことをぐちぐちと言い出すに決まっているので、仕方なく付き合う。
 案の定、花壇のほかには何もない。花を眺める気分ならそれでも楽しいのだろうが、雨降りだとなあ。しげも退屈したのか、もとのコースに戻る。

 海岸まで行くとレストランなどもあるようなので、そちらに向かうが、途中にウサギ小屋とヤギ小屋と鶏小屋があった。
 前にも書いたが、私は動物にエサをやるのが三度のメシより好きだ。本気で大好きだ。
 しげは「何でそこまで」と言うが、もちろんエサに飛びついてくるときの動物の動作が可愛いからに決まっている。あんたね、あのね、ウサギがエサのニオイ嗅いでさ、ふんふんふんふんふんふんふんやってるときの可愛さったらないよ。ああいうの見てると、「ふふふ、この愚かな畜生めけだものめ玩弄物め、ありがたくこのエサを押しいただくがいいわ、ふはははは」って、抑圧されたストレスが開放されるような気になりませんか。私はなります。

 ウサギ小屋のエサはパンの耳とチーズの短冊。コヤの中の棚に、駕籠がズラリと並べてあって、ハコに100円入れて自由に取って行く形式。
 ちょうどアベックが来て金網の柵越しにエサをやっていて、もう何10匹ものウサギが大小取り混ぜてエサに群がっている。
 「あ〜ん、小さいのが食べきらん」とか女がブリブリ言ってるので、チビなやつにエサをやろうとしてもデカイのに取られて食べさせられないでいるのだろう。ふっ、まだまだシロウトだ。
 アベックからやや離れたところに陣取ると、「撒き餌」をして、ウサギを集める。当然ちびすけは乗り遅れたりはみ出たりして、群れからはぐれる。そこにエサを落とす。ちびすけは首尾よくエサが食べられるというスンポー(c.尾田栄一郎)だ。
 でも、せっかくやったパンの耳、ちびすけが食べてる最中にでかいのが来て横取りして行く。……これだからいつまで経ってもチビなのかもな。けどデブウサギの隙を見つつ、ほぼちびすけたちにエサをやり終わって、今度はヤギ小屋へ。
 ヤギのエサはもなかの中に小さな塊。ビーフジャーキーの類か。
 扉があって「自由にお入りください」とあるけれど、油断したら、ヤギが外に出ちゃうじゃん。これも柵の外からエサをやるが、やる前から猛然と10匹くらいが扉のところに群れてくる。しげは怖がって近寄ろうとしない。ウサギのときには結構時間がかかったが、掌にエサを置いて差し出すと、あっという間に食い尽くされる。なんか、やりがいがないぞ。
 次に鶏小屋に行くが、これは高台の上からエサを投げ下ろす形式。鶏がやはり一番危険だからだろうな。奥の方にイケがあって、そこに鴨もいるが、パンの耳は軽いので、うまく投げないと届かない。しげにエサを渡すと、うまい具合に投げて、水面に落ちたパンを食べている。こういうときだけ妙に器用なんだよな、しげは。
 今一つ消化不良なので、もう一度ウサギ小屋に寄って、エサをやる(しつこい)。
 「また?」としげはほとほと呆れた様子だが、私はこれが楽しみで生きてるようなものだから、有無は言わせない。
 「いいじゃん、おまえもやれよ」
 としげにもエサの駕籠を渡す。さっきと同じように代金をハコの中に入れようとしたら、もう財布の中には150円しかない。
 「おまえ、50円出せる?」
 「財布、車の中に忘れて来ちゃったよ」
 「じゃあ、しょうがないなあ。どこかの店で買い物して、お釣りを作ってあとで入れよう」
 二人でエサをやるが、しげが突然「ねえ、オレんとこチーズが入ってないよ!」と言い出す。なるほど、確かにしげの駕籠にはパンの耳は入っていたが、チーズが入って無かった。
 「飼育係りの人が入れ忘れたんだな。じゃあ50円でちょうどよかった」
 ……と言うわけで、能古島関係者の方がこの日記読んでたら、今日この日、50円しか入ってなかったのは詐欺ではありませんので悪しからず。
 「ああ、けれどエサがやれたから、これだけで今日は満足だな」
 しげは私を見て何か言いたそうに口をモゴモゴさせてるが笑ってるのか怒ってるのかはっきりしろい。

 どーぶつにエサをやってばかりもいられない。
 自分たちのエサも確保せねばと、レストランでバーベキュー。
 「能古焼き」とか「玄海焼き」とかなんとか名前はついてるが、つまりは肉と魚介類ごった混ぜの炭火焼である。初め焼けるのに時間が掛かるが、虫が飛んでくるのを気にしなければ、ベランダで風に吹かれ海を見ながら食うムードは気分がいいし、やはりイカや貝が美味い。一応取れたての魚介類って謳ってるから、本当なんだろう。一人アタマ2500円だけれど、損をした気にはならない。
 ちょうどこのベランダが映画『ちんちろまい』にも使われていたところのようだ。ちょっと歩かなきゃならないが、お客さんが来たらここまで案内するのも手かも。

 食事に結構時間を食う。
 バスやフェリーの時間があるので、帰りはやや足早。小雨もやや強くなってきた。本当はこまで来たなら壇一雄の旧宅も見物してみたかったが、しげの気分が悪そうなので中止。
 パークの売店で父の土産にウドンと黒炭石鹸とかいうのを買う。ウドンは能古で作ったという腰のありそうな乾麺である。ウチの分まで買おうかどうしようか迷ったが、しげが「食わん」というので石鹸だけ買う。こちらの方は効用に「毛穴から脂肪を落とす」と書いてあるのにしげは惹かれたらしい。でもなんだかこれって昔「痩せる石鹸」とか言って、中国じゃ二束三文の値段だったのを何千円かで売ってたって詐欺紛いのに似てるような……でもこれは500円くらいだし、まあいいか。
 井上陽水が能古島を歌った歌ってのもCDが売ってあって、結構バカっぽくてちょっとほしかったのだが、何となく「これ以上無駄遣いするな」としげの目が語ってる気がしたので諦める。タイトルは忘れた。気になる人は「井上陽水」「能古島」で検索かけるとヒットするかも。私はめんどいのでやりません(~_~;)。

 バスに乗って、渡船場まで来ると、しげの気分、本気で悪くなっている。
 「バスに酔ったのか?」
 「わからん」
 しげは自分の症状を説明するのがとことんヘタだ。
 気分が悪いのが風邪のせいなのか寝不足のせいなのか食い過ぎのせいなのか、それすら区別がつかない。こちらも対処のしようがないので、ともかく帰ろう、と言うしかない。本当は今日は『スターウォーズ・エピソード2』の先行上映なので、見に行くつもりだったのだが中止。前売券は買っているのでまた来週だな。
 土産がサビシイ気がしたので、能古島で獲れたというアサリを買い、父の店に寄って渡す。自分の土産には桃を買ったのだが、これはイマイチ熟れてなかった。桃の本場はやっぱり岡山なのかな。
 

 社会思想社が負債6億8000万円を抱えて事業停止。
 ……って、現代教養文庫はどうなるんだ。
 一般的にはルース・ベネディクトの『菊と刀』や、アレックス・ヘイリー『ルーツ』の出版で有名だったのだろうが、私にとっては何と言っても戦前の探偵小説家たちの選集を出版してくれていたありがたいところである。昭和50年代の横溝正史ブームで、あちらこちらで探偵小説の文庫化が行われたが、数年経つと軒並み絶版になってしまった。
 そんな中、現代教養文庫だけが小栗虫太郎、夢野久作、久生十蘭、牧逸馬らの探偵作家たちをずっとフィーチャーしてくれていた。夢野久作の『ドグラ・マグラ』はまだ角川文庫で読めるが、小栗の『黒死館殺人事件』も、久生十蘭の『魔都』も、牧逸馬の『浴槽の花嫁』も、もう今じゃなきゃ手に入らなくなるぞ。探偵小説ファンでまだそこまで手を伸ばしてないってやつは、今すぐ本屋に急げ(でもできるだけ大きなとこじゃないと置いてないからね)。
 あっ、江戸川乱歩の『探偵小説の謎』も教養文庫だ。乱歩が評論家としての力量も第1級であったことを証明する一冊。これを読んでなきゃそれこそモグリってなもんだ。新版が出て数年しか経ってないから、探せば絶対売れ残りがあるぞ。紀伊國屋でも三省堂でもジュンク堂でもBOOKOFFでもいいから走り回るのだ。そして君も探偵小説のロマンに浸りたまえ。


 マンガ、みなもと太郎『ワイド版 風雲児たち』1・2巻(リイド社/SPコミックス・各680円)。
 全巻持ってるのに持ってるのに、またどうして買わなきゃならんかねならんかね。来月から新シリーズ『幕末編』が発行されるのに合わせて、旧版を再刊してるわけなんだが、一応、ギャグ注を現代に合わせて改訂、更にタイトル字を平田弘史に依頼するなど、買い直しの読者のためのサービスも付けちゃいる。けど旧版を半年に一回、ホントに1巻1巻待ち望んでは買っていたこの身にしてみれば、やっぱりちょっとだけ、もったいなく感じちゃうのである。

 思えば最初にこのマンガに出会ったのは、もう20年以上も前、どこぞの定食屋でふと手にした『少年ワールド』(合掌。掲載誌は後に『コミックトム』に移る)で、この第1巻の第5章、関ヶ原の合戦における薩摩藩の「敵軍正面への退却」を描いたシーンを目にしたときであった。
 驚いた。
 歴史の専門家なら多分周知のことなのだろう、しかし私には全くの初耳であった。関ヶ原の合戦についてなら、映画やドラマで見、本も多少は読んでいたが、このような無謀な激戦を薩摩藩がやっていたとは。
 ……と言ってもそんなバカな抗戦をせねばならなかったのには薩摩自身に原因がある。関ヶ原に参戦したはいいが、ほとんど戦う間もなく西軍が破れ、気がついたら東軍全てに包囲されていたというのである。激戦の末、千六百の兵は六十名足らずに。確かにその結果は悲惨だけれど、冷静に考えれば自業自得だし、アホ以外のなにものでもないが、アホほど負けた恨みは深い。
 この薩摩のアホウはこの時の恨みを、260年以上にも渡り、東軍の総大将たる徳川家に対して持ち続けことになるのだる。
 おなじく「何のために関ヶ原に参戦したか分らない」ままに敗走した藩があと二つ。長州と土佐。みなもと氏は、何と、明治維新はこの三藩の関ヶ原の逆恨みから発したと書くのだ。
 驚いたのだ。
 それまで私の知っていたたいていの幕末ドラマは、明治維新の原因は、徳川幕藩体制の疲弊と、諸外国の外圧によって、新体制を作る必要に迫られていたためと説かれていた。それが王政復古と藩閥政治という革命とは程遠い形式になってしまったのがなぜなのか、歴史書や教師の説明は今一つ明確でなく、妙な歴史の歪みを感じていたのだが、みなもと氏の説明ならば実に納得が行く。
 明治の日本は、心の底から開国、文明開化を望んでなどはいなかったのだ。
 戦国の世は決して終わってはいなかった。薩長土佐の人々のメンタリティは、四百年前からストップしたままだった。彼らの復讐心が倒幕の最も中心のエネルギーであったのだ。

 ……まあ、ホントにそれだけってわけでもなかったと思うけれど、語り口は実に面白い。『ホモホモ7』でしかみなもと太郎を知らなかった私には(マンガ家として『レ・ミゼラブル』その他の世界名作ギャグを描き続けていたことすら知らなかった)、このような一本筋の通った歴史観で、しかもギャグマンガを成立させられるだけの力量をこのマンガ家さんが持っていたことにまったく不明であった。全くマンガの世界は広いよねえ。
 その後も『風雲児たち』の爆走は続く。幕末を描く、と言いつつ、時間の省略はしつつも、その幕末に至るまでの伏線となる出来事を丹念過ぎるくらいに描き、黒船来航に至るまでほぼ30巻を費やす。もと出版社の潮出版が「長過ぎる!」と激怒したのも分ろうというものだ。しかし、途中省略された部分も含めてもっと巻数をかけてくれてもいい、と考えていたのは私だけではないはずだ。
 なぜなら、それだけ魅力的な人物を、キメの大ゴマを多用して、見事にうねりを持ったドラマとして描ききっていたからだ。
 前野良沢(蘭化)、杉田玄白、平賀源内、司馬江漢、林子平、高山彦九郎、ベニョブスキー、田沼意次、田沼意知、大黒屋光太夫、最上徳内、伊能忠敬、高野長英、渡辺崋山、江川太郎左衛門、近藤重蔵、間宮林蔵、遠山金四郎、大塩平八郎、シーボルト、オランダお稲らの事績をただの解説に留まらない分量で描いていく。恥を晒すようだが、私ゃこのマンガで初めてベニョブスキーというトンデモナくオモロいおっさんを知ったぞ。その日本紀行のデタラメぶりったら(チラッとしか日本にゃ寄ってないのに大ドラマをでっち上げるのだ)、ジェームズ・クラベルの『将軍』なんか目じゃないがね。
 そしてついに坂本竜馬たちが活躍する『雲竜奔馬』編に突入したと思ったら、数年で、掲載誌の『トムプラス』が休刊。
 続きが出るのを待ったよ待ったよ待ったんだよ、ホントに。
 ああ、でも読みかえしてもやっぱり面白い。天皇家を「身分証明書発行所」と言いきってるところも、周知の事実でありながら歴史家があいまいにしたまま言及しようとしなかったことをズバッと処断してくれているようで、実に小気味がいい。
 今まで未読の方は幸いである。これから毎月、確実に面白いと言えるマンガが読めるのだ。もう5、6巻まで出てるみたいだけど、さすが『ゴルゴ13』以外何を出版してるんだのリイド社(^_^;)、全然本屋で見かけないぞ。注文してでも買いなさい。

2001年06月29日(金) フェイト教授、さようなら/『スカルマン』7巻(石ノ森章太郎+島本和彦)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)