無責任賛歌
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| 2002年12月31日(火) |
あまりノロケてるって受け取らないようにね(^_^;)/『エクセル・サーガ』10巻(六道神士)/『永井豪作品全書』ほか |
11年目の結婚記念日である。 てことは、ギリギリ20代で私は結婚してたのだな。 でも11年経っても人間的成長なんて1年分くらいしかないような気がするなあ。しげと結婚して唯一悟ったことは、「バカには勝てん」かも知れない。
こうしょっちゅう夫婦喧嘩ばかりしていると、仲がいいんだか悪いんだか、読者の方の中には判断がつかないと仰る方もおられるようだが、それは人生の機微を知らぬ者の言いぐさである(←エラソウ)。 人間、くっつくも別れるも全て「縁」なんで、仲がいいか悪いかとか、愛情があるかないかとかは、たいした要素じゃないんである。 我々自身、「リコンの危機やね」が口癖になっていながら(言ってるのは一方的にしげなんだけれど)未だにくっついてるのは確かにフシギではある。しかしその理由を説明しろったってやっぱり「縁でしょうねえ」としか言いようがないのだ。 「続いてる秘訣はなんですか?」とか「羨ましいですね」とか言われることも多いが、まだ11年しか経っちゃいないんだけどねえ。実際、年がら年中、マンガだのアニメだの特撮だのと騒いでDVD買いこんでるアホと、家事一つできない生活無能力者の夫婦のどこが羨ましいんだか。どうも皮肉や揶揄ではなく、本気でこういうこと言ってるらしいんで、困惑してるのは我々の方なんである。 それとも、我々の存在が羨ましくなるくらいに世の中には不幸な人間が増えてるのかなあ。冷静に考えてみたら、我々なんて「ああはなりたくない」サンプルだろうに。 もちろん、ある意味では我々夫婦も「円満」であると言えなくもない。今んとこ私も浮気はしてないしする気も全くない。しげからは「○○○に行ってカネ使うくらいなら、一人で○○○○するやろ、アンタは」と言われてるが、そういうもんでもない(それにしても自分の相方に向かって、なんて言いようだ(^_^;))。ただ、「このままずっと一緒だろうなあ」とは思っているから、それこそ本当に家庭崩壊しているような家から見たら、羨ましがられるのかもしれないが、そんな低いところで羨ましがられても、と思うんである。黒澤明の『天国と地獄』じゃないが、どうせ憧れるんだったらもっと高いところに目をやらないか。「ヨッちゃんのケーキのほうが1センチ大きいもん」なんてレベルで嫉妬するのって、みっともないだけだと思うが。 我々とて、未だに子供がいないので、じゃあコドモのいる家庭が羨ましいかと言うと、いいなあとは思うが嫉妬するほどではないのだ。人は人、ヨソはヨソなんである。 やっぱり最近、やたらと「子供は作らないんですか?」と私もしげも言われちゃいるんだが、これとて縁だ。コウノトリさんが扉を叩いてくれないのでしょうがない(^o^)。
この「コウノトリさんがコドモを運んで来てくれない」ネタ、最近いろんな人に受けている。「どうしてコドモがいないんですか? 作らない主義なんですか?」などと聞かれたときに、こう答えると、次にその人に会ったときは「コウノトリさんは来ましたか?」と聞かれるようになったのだ。 しかし驚いたのは、今やこの「コウノトリが子供を運んでくる」というフォークロア、もう知らない人いるんだね。「キャベツから生まれる」ってのはもっと知られてない。『ホーホケキョ となりの山田くん』のオープニング、若い人には不条理アニメに見られちゃうんじゃないか。
しげへの結婚ブレゼント、昨日博多駅を回ったときに慌てて買ったのだが、一つだけだとイヤだと言われそうだったので、各種いろいろ取り揃え。 12時を回るなり、しげに渡すと、嬉々として品定めを始める。 でもあまり「結婚の」という雰囲気のモノがない。しげの顔がみるみる暗くなる。やば(・・;)。全く、これも私の悪い癖なんだが、いかにもプレゼントブレゼントしたものを贈るのは誰に対しても照れくさくなってしまい、つい悪ノリしたものばかり買っちゃったのだ。 「指紋採取セット」や「環境度チェックセット」はウケるかと思ったんだが、「実験してどうするん」と言われた(^_^;)。いや、21世紀だし科学の子になってほしいし。 「茶運びカラクリ人形」は「夜になったら動き出すからヤだ」と拒否。動きださねーし髪も伸びねーよ。いや、怖がるかもと思いつつ、つい面白いんで買っちゃった私も悪いんだが。 「電動耳掃除機」は、一瞬喜ばれたが、試してみるとズル耳のしげの耳には合わなかった。あれ、吸引式だから粘着タイプの耳垢には効果がないのである。 結局、コートと安い化粧セットと、ごく無難なものだけがまあ、しげのお気に召したよう。シール式のネイルアートを私の爪にも貼って喜んでたが、やっぱりブレゼントはシンプル・イズ・ベストと言うことか。つーか「ヘタなテッポも数あちゃ当たる」という感じだったけどね。
せっかくの結婚記念日なのだが、こんな年末、近所で開いてる店なんてどこにもない。一番豪勢に食事するとすればロイヤルホストである。 帰宅したら2時を回っていたので、朝までひと寝入り。
ゆっくり寝るつもりだったが、意外と早く目覚める。しげは当然まだイビキをグガスカかいている。けっこう仮面のポーズでいぎたなく寝ているしげを見ていると、窓を開けてご近所に見せてやろうかという気にもなるが、あいにく寝室の窓はテレビと本棚で潰れているのである。しかし、こいつにだけは「トシヨリは早起き」になる時期が来るとは思えないな。 テレビを点けると、「テレビタックル」の再放送をやっていて、これが超常現象特集。ロシアかどこかの超能力者とかいうのが出演してたが、「空中浮遊ができる」と言っていながら、ロシア本国でも日本でも全くできない。日本旅行のダシに使われただけじゃん、テレビ局。「飛べなかったら旅費は向こう持ち」くらいの契約書結んどきゃよかったのに。でもそうしたらきっと来日しなかったんだろうな。 ビートたけしや大竹まことは失笑してたが、本気で超常現象を研究するつもりなら、こういうインチキネタばかり出してくるのは逆効果だと思うが。
しげが起きてきたのは、結局2時。まあ夕方にならなくてよかった。 父の店に連絡を入れたら「今忙しいからあと1時間して来い」とのこと。 それじゃあ、と風呂に入ったら、途端にまた電話が鳴って「ヒマになったからすぐ来い」。どっちなんだ。 店に着いて中に入るなりビックリ。壁にかけてあるカレンダー、巨乳アイドルのMEGUMIである。 「なん、これ?」 当惑して思わず出た私の声に、父が即答する。 「MEGUMIたい。巨乳」 いや、それはわかる。私が聞きたいのは「なんでそんなものが壁にかかっているか」だ。 「よかろうが。これ掛けとくとお客さんが喜ぶとたい」 姉まで「ホント、喜ぶとよ」とやや処置なし顔で言う。でも一番喜んでるのは、どう考えても父だ。 そう言えば去年はここに小向美奈子が掛かってたっけなあ、と思い出す。どっちかというと父の好みは八千草薫みたいな清純派だったはずだが。いつから巨乳セクシー系に蔵がえしたんだ。トシ取ってかえっておっぱいが恋しくなったか。 まあ、突っ込んだって仕方がないので、黙って伸びきった散髪をしてもらう。 「なんではよう来んやったとや」と言われるくらいに伸びていたので、思いきりバッサリと切ってもらう。実際、そうしてもらわないと、髪が薄くなってるのがバレバレなのだ(^_^;)。 父も今朝の「タックル」を見ていて、「日本におるけん飛べんとか言うとったばってん、ロシアでも飛べんやったやないか」と文句をつけている。ああいう番組でホントに人が飛んだためしってないんだけどな。 途中、常連のお客さんが見えたので、いったん散髪を中止。 「息子さんば先にせんでよかとね?」と仰ってくださるが、父、「よかとよかと。アンタとの付き合いのほうが長いっちゃけん」とお客さんを優先。もちろん私に文句はない。今や大晦日にいらっしゃるお客さんというのは40年以上のお付き合いのある人だけになっているのだ。大事にするのは当然。 しげは自分で時々勝手に髪を切っているので、あちこちザンバラである。それを整えて見られるようにしてもらったら、ほとんど刈上げ状態になった。なんだかおぼっちゃまである。 散髪が終わって、「ソバいらんか?」と聞かれたが、「ソバだけは用意してるから」と断る。ホントはもらっときゃよかったんだろうが、用意してくれてるときとそうでないときがあるからあまり当てにしてないのである。
テレビ『もういくつ寝ると25周年!? ドラえもんスペシャル』。 原作第1話『未来の国からはるばると』初アニメ化ってのが触れこみだけれど、まあそんなに大上段に構えるほどの始まり方はしてないのである。原作版は、ドラえもんもオバQもそうだが、初期はどちらも実に「もっさり」していて、このもっさり感が実は藤本さんの「味」なのだが、当然、今のキャラデザインに合わせたドラえもんにそういう印象はない。スタッフに「原典回帰」の意図はあったのだろうが、原作自体が変質していった中では、それは詮無い試みであると思う。良くも悪くも第1話とて「今の」ドラえもんにならざるを得ない。だって、本気で「原典に」とおもうなら、声優を一新するくらいの気持ちで始めないといけないのではないか? 少なくとも私は今の『ドラえもん』が始まったときに「大山のぶ代ってドラえもんのイメージじゃないなあ」と感じた違和感は忘れてないぞ。少年同士の友情なんだよ、のび太とドラえもんは。大山さんのオバサン声でそれを表現するのはムリだ。石田国松のころの大山さんならまだ合うんだが。もちろん今の若い視聴者にそういう違和感を感じてくれって言ったって、イメージを刷り込まれてる今じゃ、到底ムリな話だろうが。
ずっと隠してた(ことになってた)主題歌の歌い手、東京プリンと発表。 アニメとの合成で頭にプリンのかぶりものかぶって踊ってたけど、これでまたファンの怒り買わないかなあ。けどこの「ドラえもんじゃない!」と批判の多いリニューアルソングも、しばらく経てばみんな馴れるのである。私ゃ前の子供に媚びてたのに比べりゃ、よっぽどマシになったと思うけどな。
『ビートたけしの世界はこうしてダマされた!?』。 なんだか今朝と同じような番組やってるのである。 タイトルからすると「月面着陸はヤラセだった!?」ってトンデモな結末を導き出すのかと思ったらそうではなかった。まあ、あれを否定したら番組への非難轟々だろうし。 でもどの「ヤラセ」についても結論を出す寸前の寸止め状態で引くってのは、やっぱりビリーバーの人たちのヒステリックな反発が怖いのかね。サイババなんてどう見てもインチキしてるようにしか見えないんだが。
DVDレコーダー、長いこと買ったままで接続してなかったんだが、『紅白』を録るためにようやく接続。ところが端子が足りず、BS放送が映らない。仕方なくCSから録画。 見返してみると、倍速だと相当に画面が粗い。ビデオテープに比べると、ディスクでコンパクト、ということ以外にはあまりメリットがないな。
マンガ、六道神士『エクセル・サーガ』10巻(少年画報社/YKコミックス・520円)。 次のアニメ化があるならまだ続けていいけど、そろそろネタとしては引きどきじゃないかなあ。いい加減でイルパラッツォと蒲腐博士の因縁とエクセルの絡み、書いてほしいんだけど。 しかし、毎回福岡限定、ヤバいネタやってくれてるよなあ(^_^;)。岩田は改造されたあと、「三越」って名前になってたのか。でも実際に吸収合併したのは「伊勢丹」だぞ。そっちの名前のほうがロボットっぽくないかな。 第1話「弱かったり儚かったり」に出てくるデパート「表屋」っての、「寿屋」だよ。店長の「人が居ないんです荒れてるんです等閑になってるんです!!」って、関係者が見たら激怒しないか。実際、支店がどんどん消えてったものなあ。私ゃ、どこより安くて一番利用してたデパートだったってのに。テーマソングも歌えるぞ♪(それがどうした) 「濃度99.9%」に初登場の住吉の妹、「かなる」ちゃん、これはもう明らかに「キャナルシティ」である。確かにあそこの住所、住吉だったな。オサゲで眼鏡っ娘で中一の13歳の「妹」である。ここまで「狙った」キャラというのも珍しいな(^o^)。ということは、この女の子の中にも間歇泉みたいな噴水とか、シコシコしてたり油っぽかったり肉厚だったりするものを味わわせてくれるスタジアムとかがあるのだろうか。……すみません、ついどうしょうもないシモネタやっちゃいました。m(__;)m 「黄金の心」の「海鷲スタジアム」はもちろんダイエーホークスフランチャイズの「福岡ドーム」。これは福岡人以外にも『ガメラ 大怪獣空中決戦』でお馴染み。ダイエー選手のサイン入り色紙とかは常時買えます。 「神でも痛い」のさつま焼酎「林伊蔵」は元ネタわかんないなあ。酒には疎いもんで。
けれど今巻の白眉は何と言ってもラストの番外編、『夏の番組』だ。 市立アクロス学園2年A組、ごくフツーの女子こーせー、小林琴乃は、そのパワーを校長と生徒会長に見初められて、「アメリカから来たナゾの外人・エクセル」の名前を与えられ、対外試合の助っ人として抜擢されたのであった。 ……って、まんま『アグネス仮面』じゃん(^_^;)。蒲腐の顔、しっかりマーベラス虎嶋になってるよ。そのあとの展開も、エルガーラとタッグ組まされるとこまでおんなじ。ここまでテッテ的にやられると、ヒラマツ・ミノルさんも面白がってるんじゃないかな。 ほかにもやたら細かいパロがあったんで、分るだけ解説しようと思ったら、既にネットに全て書かれていたのであった。さすがマニアはいるよなあ。 「あれは… デンプシーロール!?」→ 森川ジョージ『はじめの一歩』 「ああ 光が見える」 → 小山ゆう『スプリンター』 「先生ー バスケが……」 → 井上雄彦『スラムダンク』 「光速!! 右ペン速攻」 → 松本大洋『ピンポン』 「我が部は今日からカーリング部になったのだよ」「ナンテツイテナインダ」→ 吉田聡『ちょっとヨロシク!』 「チョキ? いやっグーだっ」 → 福本伸行『賭博黙示録カイジ』 「まてーっその技を2度使ったら……! おまえは死んでしまうんだぞーッ」→ すがやみつる『ゲームセンターあらし』 「そのシルエットは! 生きていたのかエクセルーっ」→ 宮下あきら『魁!! 男塾』 「人が鳥に――!?」「うう…聞いたことがある あれはまさに――」→ 島本和彦『男の一枚 レッドカード』 「カバディ」「カバディ」「カバディ」→ うすた京介『セクシーコマンド−外伝 すごいよ!! マサルさん』 「エクセルうううー オレは人間をやめるぞォォォーッ」「誰!?」→ 荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』 「右上スミ小目!」 → ほったゆみ原作・小畑健作画『ヒカルの碁』 全体的にジャンプ系が多いね。私も全部はわからん。『スラムダンク』、読んでないし。『ちょっとヨロシク!』懐かしいなあ。死んだ母が「この世で一番つまらないマンガ」と貶してたっけ。そこまで貶すほどの何が母にあったのだろう(^_^;)。 いやまあ、それはそれとして、結局何とかエクセル・エルガーラにせ姉妹は四王寺学園の六本松(ロボット)姉妹に辛勝するのである。どうやら次巻も続編が載るらしいのだが、滅法面白いんだから、どうせならこれだけスピンオフさせて、連載しちゃったらどうか。
『永井豪作品全書』(新紀元社・3675円)。 表紙が『まろ』の卵の君のぬーど。なんてマイナーな(^_^;)。 短編長編取り混ぜて、全ての作品を各2ページずつ解説して網羅。網羅はいいんだけれど、1ページのコママンガも『バイオレンス・ジャック』も同じ2ページ扱いってのには疑問が残る。 それだけ一つ一つの短編にページを裂いていながら、永井豪自身が筆を取っていなくて、アシストに描かせている作品(『ハマグリどっせ〜!』ほか)まで全て何の注釈もなく載せているのは資料としても不備である。 反面、単行本未収録の『快傑痴仮ン面!』ほかの短編を完全収録してくれているなど、嬉しい面もあるのだが。 ああ、けれど本当に永井豪が破天荒でバカバカしくてムチャクチャ面白かったのは、『イヤハヤ南友』くらいまでだったんだよなあ。ギャグもエロスもバイオレンスもSFも、それ以降の作品はことごとくパンチに欠けている。 今の説明的でゴテゴテしてるばかりでキャラの線が少しも生きてない作品を見てたら、永井豪がかつてどれほど一時代を築いていたか、納得しきれない若い人も多いだろうなあ……。
2001年12月31日(月) 40歳のロンゲ……髪薄いってのに/『読者は踊る』(斎藤美奈子)ほか 2000年12月31日(日) 20世紀の終わりの夜に……/『算盤が恋を語る話』(江戸川乱歩)ほか
| 2002年12月30日(月) |
迷える不惑/DVD『ウォーターボーイズ』ほか |
40歳である。 オジサンになったなあ、というのは30歳のときに感じたことであるので、今さらトシ取ったって感慨はない。それよりもう、あと何年生きられるかなあ、と、つい、余命を考えて、できるだけキツイ仕事は避けよう、なんて考えたりしているのである。なんたって今の職場、今年1年だけで3人も過労で退職、入院してるんだから。 今日だって、同僚は仕事してるんだけれども、「カンベンしてくれ、年末や元日まで仕事するのかよ」と休みを取っているのである。そんなにみんな死にたいのか。 けれど私が決して仕事から逃げているわけではないことは付け加えておこう。こないだの日記にも書いたが、なんたって二日からはもう仕事なのだ。「働いてないでDVDばかり見てるんだろう」とは言わせんからな。誰が言ってるんだ。みんなか(^_^;)。 まあ、これからもいきなり死なない程度にはがんばらせていただきますんで、何卒ごヒイキに。
朝、広島の友人のH君から電話。 「誕生日だろ?」 よく覚えててくれたなあ、と嬉しくなる。私の方は人の誕生日をなかなか覚えられないタチで、何しろ父親の誕生日すらしょっちゅう忘れてる。しげも私の誕生日をしょっちゅう忘れて、「あんたの誕生日いつやったっけ?」と真顔で聞かれるのだが(ネタではなく事実である。マジで女房は天然なのである)、こういうところで夫婦似たくはない。 「今、実家に帰ってるから、借りてたDVD、返しに行こうか? ついでにまた本を持って行くから」 そう言えばDVD貸してた。こちらは数枚DVDを貸すだけで、彼からは10冊も20冊もマンガだのSFだの貰ってるのだから、毎度のことながらありがた過ぎるほどにありがたいことなんである。 だいたいどこの世界にその価値を知っていながら早川の銀背やサンリオSF文庫をポンとくれるヤツがいるだろうか。なんだか友人には恵まれ過ぎてる気がする。
友達が来るのは夕方になるので、それまでに博多駅の紀伊國屋を回って、本やDVDを買い込む。あとで気がついたが、そのときついでに何か土産を買っておけばよかった。つくづく不義理な人間であることよ。
夕方4時、H君来訪。 「持って来たぞ」と言いつつ出してくれたのが、いしかわじゅんの単行本がズラリ。『ちゃんどら』や『パンクドラゴン大全』『メンカー』など。うわあ、軒並み絶版本ではないか。このころのいしかわじゅん、一番勢いがあったよなあ。 「いいのか貰って?」 と恐る恐るH君を見上げるが、全く屈託がない。人間の器の違いを見せつけられる瞬間であるが、やっぱり私は遠慮なく貰っちゃうのである。これではしげの強欲を責められんなあ。 中身は昔読んでたものばかりなのだが、ペラペラとページをめくりながら、やはりいしかわじゅんの絵は最初期の頃が好きだったなあと再確認。女の子の絵の書き方に変化が生じて(流行に乗ろうとして失敗)、つまんなくなってしまった。もっともいしかわじゅんの最高傑作『約束の地』は絵柄を変えてからの作品だけれど。 たがみよしひさの『精霊紀行』上下巻も貰う。これも持ってんだけどな(^_^;)。この単行本も店頭ではすっかり見かけなくなってしまった。復刊……というよりは、何年、間が空いてもいから続編を書いてほしいくらいのシリーズだった。都筑道夫の『雪崩連太郎』シリーズにインスパイアされたと思しい日本版ゴースト・ストーリーなのだが、ホラーブームが起きる以前、80年代にこの手の作品を書いていたのはたがみさんくらいのものだったのである(つのだじろうは切り口が既にかなり古臭くなっていた)。
礼と言ってはなんだが、H君に『プリンセスチュチュ』や『攻殻機動隊SAC』などを見せる。H君、どう感想を述べて言いかわからぬ様子。そりゃまあ、いきなり第1話の「花のワルツ!」のシーンを見せられりゃあ、絶句するしかなかろう。私も最初はそうだった(^_^;)。ともかく「なんだこれは?」なシーンの連続だものなあ。 『千と千尋の神隠し』の予告編映像と本編映像を比較して見せながら、「どうだ? 赤いか?」と聞く。色弱な私には未だにその違いがよく分らんのである。「赤いでしょ?」と言われたらそんな気がしてくるが、映像を入れ替えて同じことを聞かれても「イエス」と言ってしまいそうな気がする。 H君、「予告編を収録しなければ、気がつかれなかったんじゃないか?」と言う。まあ赤いと言ってもその程度だろう。やっぱりこの事件、裏に「仕掛け人」がいる気がしてならない。
ご家族がいらっしゃるので、H君もあまり長居はできない。せいぜいウチにいたのは数時間か。独身時代はもちろんまる一日ウチで遊んでたものだったが。
私より遥かに知識も見識もある彼が、自分のシュミを犠牲にしているのを見ていると、オタクってやっぱり結婚しないほうがいいよなあ、と思うこともある。けれど、もちろんそれを承知でH君は「家族」を作ることを選択したのである。幸せを全てオタク的見地で括っていいものではない。だからこんなモノイイは、ホントは避けるべきであろう。けれどやはり、家族とか、そういうもののほかに、「こういう生き方もあっていい」という価値観を示す人々がいてもいいのではないかとも思うのだ。私は『オトナ帝国』における「家族の絆」を、人と人を繋ぐシステムとして有効、とは考えたが、絶対、と考えている訳ではないのである。安易な家族主義が、個人の圧殺を引き起こしてしまう例とてあろう。 ……念のために書いておくが、H君が別に自分の家庭を不満に思ってるわけではないので、そこは誤解なきように。彼の家庭は、夫婦喧嘩一つなく、昨今珍しいほどに円満である。人徳だよなあ。 彼を見ていると、私はやっぱりしげに遠慮してるようでいて、実は結構好き勝手に生きてるのかもなあ、と思ってしまう。自分のシュミを貫いて行けば、たとえ自分の相方が相当なオタクであっても、どこかにすれちがいが生じるのは仕方がないことである。 しげとのケンカはたいてい「お互いを顧みない」ことが原因でで起きる。でも私の場合、残りの人生ってたいしてないと思ってるから、どうしてもしげを無視して生き急いじゃうところがあるのだ。 しげの存在は私の人生にとってなくてはならないものではあるが、かと言って その全てではない。しげの要求に全て答えることは精神的にも体力的にも到底ムリな話なのだが、「全て」を求めるしげの強欲さが数々の齟齬を生むのである。……アンタね、しげの望み通りに行動しなきゃならないとなったら、毎日毎日、帰宅するたびに腰を捻って踊りながら「ハーイ、マぁイはに〜、待ってたかァい?! ボクは今日も君に胸がズッキュンズッキュン! 一瞬だって忘れてないぜベイベぇ〜! らぶらぶビーム!」とかやらねばならなくなるのである。……できるか(-_-;)。 しげと付き合って、その命を縮めぬ者はまずおるまい。
H君が帰ったあと、父からも誕生日の電話。しばらく散髪をしてないので、明日は必ず来るようにとのこと。いやそりゃ行きますけどね。 姉から「もっと頻繁に顔を見せなさい」とお叱り。 「だって、『正月、なんか予定あると?』って聞いても、『ない』ってしか言わんし」 実際、「別に来んでいい」と言われちゃ、行けないじゃないの……と続けたかったのだが、そう言う間もなく、続けて姉に捲くし立てられる。 「用事がなくても来ていいとよ! ああ見えてホントは寂しがっとうっちゃけん。そりゃ、姉ちゃんにお父さんば押しつけたっちゃ、全然かまわんばってん?」 いや、押しつけてる気はないけど……結果としては押しつけてるなあ。まあ抗弁してもなんなので、明日顔を見せることを約束。しがらみで会うのは父も私も好きじゃないんだがなあ。
DVD『ウォーターボーイズ』。 映画自体も気に入ってたのだけれど、特典映像がスゴイ。メイキングがあるとか、コメンタリーがつくとか、そこまでは普通なのだけれど、登場キャラクターをフィーチャーしての短編を5本、新たに制作しているのですよ! まあ、出演者が若手ばかりでギャラが安かったからこそできたんだろうけれど、数あるDVDの中でも、これほど「おトク」感を得たものは近来にないと言っていい。
『チェリーとスイカ』。 矢口史靖(しのぶ)監督自らメガホンを取ったサイドストーリー。 火事のせいでプールが使えなくなった唯野男子高校水泳部に救いの手を差し伸べた眼鏡っ娘トリオ、桜木女子高の伊丹弥生(秋定里穂)・中村由紀恵(土師友紀子)・小林久美(上野未来)、人呼んで、「チェリーズエンジェルス」の文化祭前の1日を描いたもの。監督もお気に入りだそうだが、私もお気に入りだぞ。 本編映画では弥生ちゃんが一番目立っていたのだが、今回のサイドストーリーでのメインは久美ちゃんにシフト。この子、八百屋の娘だったのだな(もちろんこの話のために新たに付け加えられた設定であろう)。『ひみつの花園』の頃から矢口監督はちょっとヘンな女の子を描き続けているんだけれど、この子も相当ヘン。拾ったスイカ食っちゃうだけならともかく、友達にも食わせちゃうんだもんなあ。そんな女子高生おるかい(^_^;)。……で、三人とも食中毒で入院してやんの。よく文化祭に間にあったものだ。 でもこういうヘンな女の子たちと言うのは見てて楽しい。どうも私は普通でない女の子に惹かれる悪い癖があるようである(今さら)。 『鈴木のトラウマ』。 本編の主役、鈴木智<スズキ>(妻夫木聡)の過去のトラウマ歴を辿る一編。監督は本編助監督の片島章三。 文化祭当日、土壇場になってシンクロを披露することに躊躇を覚えた鈴木は、自分がこれまでいかに根性ナシであったかを回想する。 小学生の頃は全くのカナヅチで女の子にバカにされていたとか、それはまだたいしたことないのだが、中学時代、不良に絡まれた彼女を見捨てて逃げたってのはちょっとシャレにならない。今になっていくら勇気を奮い起こしたからって、過去の罪が帳消しになったわけじゃない。絡まれた彼女は結局どうなったんだよ? あの状況じゃマワされたとしか思えんが。 ドラマの主人公ってのは、どんなに悪辣なやつでもどこか優しいとこがあるとか、客に感情移入をさせるための工夫をしなきゃならんものである。これじゃ、鈴木は、過去のことは過去のこととしてキレイサッパリ忘れて、新しい恋に生きる卑怯者に過ぎない。炎尾燃が見てたら、こんなやつ、鉄拳制裁だぞ。 脚本家がバカでヘボなので、せっかく主役の子を使ったのに、つまんないどころか腹立たしくなっちゃった一編。
『ワンモアチャンス』。 監督助手の山口晃二の脚本・監督による、東海林勇二<ユージ>(鈴木祐二)、成瀬金太<キンちゃん>(金原泰成)、星野宏<ホシノ>(星野広樹)、阪本友也<ユウヤ>(西川祐也)のウォーターボーイズ・バックダンサーズ(^o^)の4人をフィーチャーした一編。 体操一筋にやってきて、ふと、自分の未来に疑問を感じるユージ。「オレって本当は何をしたいんだろう?」。 モチーフそのものはありふれてるものだけれど、じゃあ青春ものにありがちな熱い友情物語が展開するかというとそうはならない。なにしろホシノとユウヤは、ユージが悩んでる間、高校三年間の思い出造りに、立ちんぼさんに会いに行っているのである。そうかそうか、彼女いないヤツはそういうことやってたのか。30分で1万5千円(二人で3万)ってのは、相場としては安いんかな。 結局、ユージの悩みも叫んでるうちに何となく解消する。その何となくな感じがイマドキなんだろうな。
『がきんちょハート』。 ウォーターボーイズチョイ役の望月大志<ダイシ>(松永大司)をフィーチャーした一編。メイン5人組の一人、金沢孝志<カナザワ>(近藤公園)も出演しているが、映画本編には登場していないアッコ(宮下ともみ)の出演がこのサイドストーリーの見どころだろう。男をグーで殴れる女に悪いやつはいない(^o^)。 これって、まさしく『ウォーターボーイズ』の裏ストーリーっつーか、アンチドラマになってるのな。ダイシってただのバカで、シンクロやろうと考えたのも、カナザワたちがテレビに映ってたの見て羨ましくなっただけという単純なもの。「悩める鈴木」とは真逆なのだ。アッコと付き合い始めたのも、不良に絡まれてるアッコを助けたところからだし、「シンクロやろっかな」と言ったらアッコから「バカ?」と嫌われるのも、本編の静子がシンクロに偏見がないのと比べると全然違う。で、ダイシがふられてしょげて、シンクロやる気なくすかと思ったら、これがならないのだね。そして超常現象研究が趣味のカナザワにつき会って、UFO見物に出かけて行く。お空じゃUFOがホントにシンクロ演技。……って、どういうストーリー展開だよ、脈絡ねーぞ(^_^;)。つまり、「バカの行動に理由はない」ってことなんだろうな。いや、楽しいんだけどね。 脚本・監督はメイキング演出担当の白石晃士。
『太田HOLE』。 文句ナシの傑作。いやケッ作か。もう最初から最後までバカなんだものなあ。 監督は五編中、唯一の女性、片岡英子さんだけれど、「女性監督に映画は撮れない」というのが偏見だっての、よく分るね。 映画本編で「ガリガリの体を鍛えたい」とストレッチやってた太田祐一<オオタ>(三浦哲郁)が主役。主役だが、ほとんど全編、彼は穴の中である。歩いてていきなり、道端に空いてた穴の中にアタマからまっさかさまに落ちたのだ。普通そんな落ち方、せんわ(^_^;)。そして彼の受難の1日が始まる。 一緒にいた兄貴(本編で警備員A役だった田中要次)は今週の「ヤングヤング」の話しかしないで全然助けようとしない……っつーか、弟の存在、忘れるし。 それから穴の前に現れる人間たち、誰も太田を助けずにからかったり面白がったりするばかり。映画本編に登場した水族館の女の子(大津綾香)はやっぱり「バカじゃん!」と捨て台詞だけ食らわしてくれる。こいつ絶対ヤな女に育つな。 突然現われた謎の男も、ヤカンに水を入れて下げるだけで太田を助けようとしない。というより、ヤカンの水が飲めない太田を見て楽しんでいるのだ。 雨が降ってきて穴の中に水が溜まり、溺れかけるオオタ。彼がなぜ助かったかというと、謎の女(林田麻里)が泳いできて助けてくれたからである。穴の中って泳いで来れるほどに広くはないのになあ。でもそれが太田の幻想だとしたら、女はどうやって太田を助けたのか? っつーか、それ以前にその女、誰だ(^_^;)。 なんだかよく分らないが、その事件がきっかけになり、彼はシンクロに目覚めたのであった。なぜ?(ー∇ー;)?
まあしょーもない作品が混じってはいるが、新人にこういう形で短編映画を撮らせるというのは悪くない。DVDの特点もこれくらい凝ってくれると、まさにコレクターズ・アイテム。わざわざ買おうって気になるものだよ。
2001年12月30日(日) ケーキとシュークリームと焼き鳥と/『ヒカルの碁』15巻(ほったゆみ・小畑健)/『細腕三畳紀』(あさりよしとお)ほか 2000年12月30日(土) 誕生日スペシャル/アニメ『フリクリ』5巻、『競作五十円玉二十枚の謎』(若竹七海)
| 2002年12月29日(日) |
消えていく街/DVD『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』/『TRICK2』(蒔田光治・太田愛・福田拓郎)ほか |
朝、目覚めると9時。 自分の部屋以外で目覚めると、なんだか新鮮な気になるね。しげのお泊まり好きも分らないではない。 でも窓のカーテンを開けると清々しい風景が……とはいかない。昨日も書いたが、前の山はずっと造成中なのである。おお、禿山の一夜。魔物は出たのか出なかったのか。 チェックアウトは11時、ということなので、まだもう少し時間の余裕はあるのだが、食料などの買い物もしたいし、と、しげがもうひとっ風呂浴びるのを待って、10時に出る。 料金は、入り口の精算機にカードを入れると、請求額が表示される仕組み。1泊14000円弱である。意外に安い。街中のホテルだと、二人で2万円くらい取るものなあ。やはりここは郊外だからだろうか。
帰宅して、マンションのエレベーターに乗り込むと、中に「ゴミの分別を守ろう」というハリガミが。 ウチは一応きちんと分別しているつもりではあるが、こういうハリガミが出されるということはウチのマンション、燃えるゴミと燃えないゴミの区別をしてない家庭が多いってことなんだろうな。 マナーの守れない、だらしないヤツが増えた、と切って捨てるのは簡単なんだが、これはもしかしたら、と私が思うのは、もっと単純な理由で、「燃えるゴミと燃えないゴミの区別がつかない」ヤツが意外と多いんじゃないか、ということだ。 かくいう私も、昔は「ペットポトル」が「燃えないゴミ」に入るとは知らなかった。どう見ても燃えるじゃんアレ、と思ってたんだが。実際、プラスチックだのビニールだの、その分別に困る材質のものは多い。更には、燃える材質のものと燃えない材質のものが合体してるようなものまで、巷にはゴロゴロしているのである。ダンボールなんか、いちいち留め金だけ外して分別して出すのか。そんな細かいことまでできるもんか、と反発したくなる人も、多くないか。一人暮しの非力な婆ちゃんにまで、そこまでせよと強制するのか。 実際、大上段に「社会のルールを守れ、守れないのは非国民だ人間失格だケダモノだ」と罵倒されれば(いや、そこまでは言われないだろうが)、ムッとして「どうでもいいや」と適当な捨て方をする人も出てくるだろう。 我々庶民の知的レベルなんてたいしたことはない。そこを見誤って、無理なマナーを要請するのは、ただの権威主義だ。ドラマやコメディによく出てくる「正義派おばさん」みたいないなヤなやつ、ウチのマンションにもいるのよ、全く迷惑かけてるのはどっちなんだか。 ゴミの分別が大変なのは分るけど、行政の方でなんとかしてくれよ、そのために税金払ってるんだからさ。
昨日は夜、ネットを見られなかったので、あちこちのサイトを散策。 『龍騎』のあとの仮面ライダー、『仮面ライダー555(ファイズ)』ってタイトルなんだね。 どういう話になるのか、今の段階では全く知らないけど、タイトルだけ見ると、何だか一気に貧相になっちまった印象である。いやね、「クウガ」も「アギト」も「龍騎」もタイトルは結構いいジャン? とか思ってたんですよ(#^_^#)。 でも、今回の、「数字三つ並べりゃいいってもんじゃないでしょ。『漂流幹線000』か」とか思いませんでしたか、そこのアナタ。え? 太陽族がゴーゴー踊ってる姿を想像した? いくつですかアナタ。 それにしても謎なのは、5を三つ並べて、どうして「ファイズ」と読ませいるってことだ。単に私が無知なだけなのかもしれないが、そういう読ませ方ってあるのか? 5の複数なら「ファイブス」だけど、三つ重なると「ブ」が取れるのか? それとも「φs」ってこと? いや、それでも意味不明なんだが。 まあ、恐らくはこれも語呂がいいだけのただのハッタリなのであろう。 もっとも、ハッタリの過ぎた作品って、たいていコケちゃうんだけどね。
渋谷の歩行者天国が廃止になるそうである。27日から「試験的中止期間」に入ったそうだけれど、実質的にはこのまま廃止される可能性が高いらしい。 1970(昭和45)年から数えて今年まで32年、それなりに伝統があると言ってもいい催し(と言っていいだろうね)が一つ消えるってことについて、東京都民はどう感じてるんだろうか。 地方在住者にとっては「渋谷のホコ天」って聞いたら東京文化の象徴みたいに感じてて、ファッショナブル〜ってイメージだったんだが。もっとも今の若い世代がどう思ってるかは知らないけど。 廃止の理由は「周辺の渋滞解消」「利用者の捨てるゴミへの苦情」ということだそうだが、前者はなるほど仕方がないかなと思わないでもないが、後者はどういうことだろう。利用者は開始当時の4万人から、現在、1万5千人にまで減少しているのである。人数がそれだけ減ってるのにゴミは倍増したのだろうか。単純計算しても、開始当時の4万人のうち5%がゴミのポイ捨てを行っていたとして2千人分、それを凌駕するゴミが現在出ているとすれば、3千人分か4千人分か、さうなると利用者の5人に1人くらいがゴミを捨てまくってることになる。そんな光景が渋谷で本当に展開されてるのか? そこまで東京人のマナーはデタラメになったってことなんだろうか。 原宿と上野の歩行者天国も既に廃止、残る銀座・新宿・秋葉原・蒲田の4地区も見直す方向というから、要するに警視庁はホコ天の存在自体をなくしたいのだろう。「秋葉原」と聞くとつい「オタク対策か?」とか錯覚しそうになるが。 ホコ天の何がそんなにいけないのだろう? 東京から離れて暮らしてもう随分になるからホントに実態が分らないのだが、福岡の親不幸通りみたいに犯罪の温床にでもなっていたのだろうか? そうでも考えない限り、「渋滞の解消」程度でホコ天を廃止しようとする意図が分らないのである。 いや、こういうことをつい考えちゃうっていうのは、一昔前の映画にはやたら渋谷のホコ天が登場してたからなんである。記憶が定かじゃないんだが、『ウルトラQ』でもどの話だったかにホコ天出てこなかったかな? 全話見返す手間がかかるんで未確認なんだけど、映像は思い浮かぶ。そういう思い出があるものだから、地方在住者の私にとっても、道一杯に広がり、交差点を行き交う人々の群れは、「郷愁」を誘う風景なんである。 そう言えば、最近の映画でも、『ガメラ3』でハチ公が燃えてたな(^^)。 「風景」というものも、もちろん一つの文化なんである。それを簡単に無くそうってのは……ま、東京は昔からそればかりやって肥大化してきた街なんだろうけれどね。でも、そうやって建物だけが空間を占拠していく街の中にあっては、人々の姿が、みなただの「通りすがり」に見えてしまう瞬間がある。ここは、人が「生きている町では無いのか?」、そういう疑問を抱いてきた人はこれまでにもいくらでもいると思うのだが。「東京には空がない」か。もちろんそれは、空を見上げる人もいないからである。 ゴジラがやたら新しい建造物ばかり壊したがるのは、東京人が本気で街を戦後の廃墟のころにまで戻したがってる願望の表れなのかもね(^_^;)。
充分に寝たりなかったせいか、ネットをしてるうちに睡魔に襲われる。 そのまま夕方まで再び爆睡。起きたらもう夕方の7時である。こんなに寝ちゃ、しげのことを笑えないなあ。
テレビで劇場版『ONE PIECE(ワンピース)珍獣島のチョッパー王国』を放映。年末スペシャルってことだけど、これでテレビシリーズの作画スタッフに少しでも正月休みをあげようってことなんだろうね。でもその分、劇場版の制作時がもうてんてこまいとゆーか、修羅場になっていると推察される。 なにしろ、劇場版のわりに作画がそんなによくないから(^_^;)。 話はチョッパーが珍獣島の王になりかけるって話だけど、でも最後はやっぱり仲間と旅立たなくちゃって、もう『冒険ダン吉』ゆら『少年ケニヤ』以来の古色蒼然としたパターンをなんの工夫もなくやっちゃうんだから、呆れるほかはない。こういうのは「バカ」と言わずに「クズ」というのである。こんなんでも映画を見なれてない客は感動しちゃうのかもなあ。ま、いいけど。
DVD『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』。 既にLDを2枚も持ってるんで悩んだけど、コメンタリーが聞きたかったもんでね。それになんたってこれは『御先祖様万々歳』と双璧をなす押井守の最高傑作なんだし。 池田憲章を司会に、監督の押井守、演出の西村純二、声優の千葉繁が「昔のことなんで忘れた」と言いつつ、裏話をどんどこ披露。おかげで長年疑問であった「迷宮の街の中でしのぶを見つめる謎の人物」の正体もやっと分った。あれはただのマクガフィンだったのである。全く、フェリーニだのゴダールだのにかぶれるとすぐああいう映像を作りたくなるんだよなあ。映画に免疫のないアニメファンは混乱したことだろう。 当時、押井さんも西村さんも映画版にかかりきりで、テレビシリーズは全く関知してなかったそうである。「いったいテレビは誰が作っていたのだろう?」なんて脳天気なこと押井さん言ってるけど、それは客の方が聞きたいよ。 西村さんの「今からでもリテイク出したいんですけど」のセリフが切実だけど笑える。押井さんが「そういうのは見ないの」と言い切る姿勢もグー。過去は振り返っちゃいけない、未来だけを見つめよってことなのだな(^o^)。 それならば押井さんの次回作、『イノセント 攻殻機動隊2』にどうしても目は向いてしまうが、やっぱり押井守の「記号」は出て来てしまうらしい。「好きだよなあ、何度でも出すよなあ」と述懐されてるが、本人も確信犯でやってるんだね。「コンビニ」また出すって言ってるけど、『攻殻』の世界にコンビニ。合うんだか合わないんだか。もっとも牛丼屋出されるよりはいいんだろうけれど。
蒔田光治・太田愛・福田拓郎(堤幸彦監修)『TRICK2 トリック2』(角川文庫・630円)。 テレビ第2シリーズのノベライゼーションだけれど、作者として名前のあがっているシナリオライターたちは小説版には関与していない。実際に執筆してるのは木俣冬、という人である。この人の文章がまあヘタなことヘタなこと。なんでノベライズするのにもちっとマシな人探せなかったのかな。第1シリーズのノベライズ版のほうもあまりうまい文章ではなかったが、今回は輪をかけてひどい。ギャグがほとんど滑りまくっているのである(テレビのギャグからして滑っちゃいたのだが)。 例えば『六つ墓村』のエピソードであき竹城演ずる老婆が歌いながらやってくるシーン、山田奈緒子が「ダイラクダカンノ、ヒト?」と突っ込むのだが、その風貌の具体的な描写がないもんだから、小説だけ読んでるとこのギャグの意味が全然ピンと来ないのだ。しかもカタカナで表記してるもんだから、ますます意味が捕らえにくい。 やっぱりドラマはドラマ版を鑑賞するのが一番ですね。
2001年12月29日(土) これでもだいぶ短くしました。/映画『シュレック』/DVD『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』 2000年12月29日(金) やっと年末
| 2002年12月28日(土) |
カラオケホテルの夜/『ショック・サイエンスR』1・2巻(あすかあきお) |
アメリカン・ニューシネマの傑作とされる『明日に向って撃て!』の映画監督ジョージ・ロイ・ヒルが昨27日、パーキンソン病の合併症のため死去。享年80。 「アメリカン・ニューシネマ」とひとくくりにされちゃいるが、旧来の脳天気エンタテインメントに完全に背を向けていたスタンリー・キューブリックやアーサー・ペン、マイク・ニコルズ、デニス・ホッパー、ピーター・フォンダ、マーティン・スコセッシと言ったニューシネマの旗手たちと違って、ジョージ・ロイ・ヒルは「ニューシネマの皮をかぶった普通のエンタテインメント」を作ろうとしてたんじゃないか、という気がしてならない。 ご承知のとおり、ブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)は映画のラスト、銃撃戦を直前にストップモーションとなり、生死はわからず、というエンディングを迎えるのだが、もちろん「実在」のこの二人は壮烈な死を遂げるのである。 似たようなタイトルだが内容の全く異なるアーサー・ペン監督作『俺たちに明日はない』では、ボニー&クライドの死をこれでもかというほどに描写した手法に比べれば、『明日に向って撃て!』のラストはいかにも「甘い」。リアルになる寸前でファンタジーで終わらせていると言ってもいい。しかしだからこそ、このエンディングは無数の「模倣」を生んだ。最近では映画版『仮面ライダー龍輝ファイナル』までなんの工夫もなくこのエンディングをマネしていたので、いやはや、オリジナルの罪の深いことであるよ、と嘆息したものである。 バート・バカラック作曲の主題歌「雨にぬれても」の軽妙な曲調を考え合わせてみても、『明日に向かって撃て』の描こうとした世界が当時の「ニューシネマ」が指向していたリアル路線の系列に入れてよいものか、という疑念を私は昔からぬぐい切れていない。もちろんいささか幼稚な「反権力」の姿勢、という点での共通はあるのだが。 それでもヒル監督の「反権力」思想は、作品中で声高に叫び演説するようなウルサイものでもなく、怠惰な犯罪者を主役にするような重さやねちっこさもない。『明日に……』の姉妹編とも言える『スティング』がもう全く純粋なコン・ゲーム・エンタテインメントとして成立していることを考えてみてもそれはわかる。 そうたくさんの作品を残してはいないが、ヒル監督に駄作はなかった。 「安心して」見ることのできる監督であるという点では結構稀有名人であったのではなかったかと思う。
午前中だけ仕事。 昼過ぎに帰って、チョイと昼寝。
最近、しげがクサイ。 いや、比喩とかそんなんではなく本当に臭いのである。 いったいどれくらい風呂に入ってないものか、近寄るとツンと饐えた匂いが鼻腔を刺激するのだ。 私も妻の悪口は散々書いてきているが、そこまで真実を書いてしまうのは、あまりにヒドイのではないか、いくら夫婦だからってプライバシーというものがあろう、と不快に思われるかもしれないが、そのしげ本人が、自分の腕をコスって、「ほーら、こんなに垢が♪」と私の顔面に突きつけようとするのだ。 夫婦だからって、やっていいことと悪いことがあるやろ。てゆーかよ、普通の夫婦は自分の垢を相方にこすり付けたりゃぁせんわい。
いや、垢の話は前フリである。 どんなに汚い場所でも食料さえあれば棲息していけるオモライ君なみの生命力を持つしげですら、さすがにカラダがちょっと痒くなってきたらしい(ちょっと程度かよ)。 いきなり「フロに行きたい!」と言い出したのである。 「フロって、……入りゃいいじゃん」 「狭い風呂はイヤと! 広くてのびのび〜ってできるとこがいいと!」 「なら、温泉センターにでも行くか?」 「一緒に入れんやん!」 「誰と?」 「あんたと!」 「なんでおまえと一緒に入らなきゃなんないんだよ!」 「背中コスってもらえんやん!」 「背中くらい自分でコスレや!」 「自分だと手がとどかんとよ!」 それは太りすぎてるせいである。 「じゃあ何か? 混浴の温泉にでも行きたいのか? そんなんこの近くにはなかろ?」 「あると! いいとこ見付けたから今から行こ!」 「今から!?」 ほとんど強引である。まあゆったりできるのは私も賛成なので、しげに連れられて一晩お風呂屋さんにお泊まりに行くことにする。
とは言え、どこに行くのか全く知らされていない。どうやらしげはこの日のためにネットでいい泊まり場を探していたようで、車は迷わずスルリと表通りに出ると、南下をし始めた。方向としては、市外か山に向かう格好になる。
ひと晩泊まりで温泉、ということになると、どうしても読む本が必要になる。 ところがこの道すがらはどういうわけか、新刊書店がほとんどないのである。一軒でもあれば決行ペイするんじゃないかと思うけれどそうでもないのかなあ。 しかたなく、「BOOK OFF」に寄って、古本を物色。 目当ては『大使閣下の料理人』だったのだが、結構フロアの広い店なのにバラで6巻・7巻があるだけで揃いがない。こちらは諦めて、珍しい本はないかと思って探してみると、あすかあきおの『ショック・サイエンスR(リターン)』1・2巻(アスペクトコミックス)が(^o^)。 いやまあ、とりあえず読みました。読みましたけど、これについては感想書く元気はないので、あすかあきお氏の著書のトンデモ性については、と学会の本でも読んでください。ただ、実際に読んでみると、全てのネタがトンデモってわけでもなかったけど。「人魚のミイラが作りモノ」ってマトモな主張もあった。もっともアレくらいバレバレなものまで「ホンモノ」と主張してたら、それこそ誰からも相手にされなくなっちゃうだろうけどね。 あと、DVD『うる星やつら2』があったので、これも定価の三割引きくらいでゲット。いや、買おうかどうしようか迷ってたのよ、これ。
夕食を「庄屋」で取る。ここも居酒屋メニューがあって、ついつい二品三品と注文してしまって、カロリー的にはよくないのだが、できるだけ山菜のミソ炒めみたいなのを頼んでカロリーオーバーしないように気をつける。 アルミホイルの上に葉を敷いて、その上で鶏肉や山菜などを乗せ、コンロで焼くのである。これが香ばしくて実に美味い。分量も適量で、チェーン店のわりにあまりありきたりでないメニューが多いのが嬉しい。
さて、我々は一路どこかを目指していたのだが(どこだよ)、「このへんだよ」としげの言うあたりに近づいても、温泉センターらしい場所は一向に見当たらない。 時間はもう10時を回っていて、私の視力ではもうネオンサイン以外何も見えず、ナビすることは到底不可能である。 「住所はこのへんなんだけど……」としげが言うので、いったん車を停めて、懐中電灯で地図を見る。 「おい、その住所だと、道路を降りて細道を山の中に入ることになるけどいいのか?」 随分奥まったところに風呂屋があるもんだ、とは思ったが、しげが間違いない、と言うので、見えない目で「そのへんに横道はないか?」と言ったのだが、しげ、見事に道を見つけられずに通りすぎる。 「なんで通りすぎるんだよ!」 「気づいたときには通りすぎてたんだよ!」 言い訳にも何にもなりゃしない。Uターンしたのはいいものの、「こっちのほうが近道かも」と、しげ、いきなり左折する。 「おい、地図上だとソっちは行き止まりだぞ!」と言ったがもう遅い。 あとの過程はあまりにくだくだしくなるので省くが、目的地に着いたのは1時間後、11時過ぎであった。しげは私をラビリンスに連れていこうと図ったのか。
結局どこへ連れてかれたのか、と見上げてみると、ホテル風の建物の上に、妙なネオンが輝いている。ホテル式の風呂屋とはまた豪勢なことである。明かりが花火のように広がっては消えているが、看板らしいものは見当たらない。私の目が悪いので見落としてただけかもしれないが。 駐車場に車を置いて外に出たものの、建物の入口がまたどこだかよくわからない。建物を経巡って、階段の奥に黒ガラスのドアがあるのを見つけた。道にも面してないし、なんでこんな入口っぽくないところに玄関を作ってるのだ。 中に入るとロビーである。夜が遅いせいか誰もいない。誰もいないどころかフロントもいない。てゆーか、フロント自体が閉まっている。閉店中か。 しげが「そこの光ってる部屋の番号を押すんだよ」と言うので、ふと壁を見ると、どでかい電光版が設置してあって、ズラリと部屋番号が並んでいる。しかし光っている番号は一つもない。その下を見ると、電光版と同じボタンと、受話器が並んでいる。 どうやら風呂に入るには、この受話器で申しこまなければならないらしい。それにしても随分用心深いセキュリティを施している風呂屋である。
「あの、すみません。電光版に光がついてないんですが」 受話器を取って話しかけると、若い女性の落ち付いた声が聞こえてきた。 「部屋が空くまであと30分ほどお待ちいただきますが、よろしいですか?」 敬語が正確である。巷でマトモな敬語を聞く機会がほとんどなくなっていたので、なんだか嬉しくなる。ええ、いいですよ、30分でも40分でも待ちましょうとも。 ところが、受話器を置いた途端、どこから現われたのか、ロングヘアの若い女性が、「あの、今、電話なさったのはそちらですか?」と聞いて近寄って来た。ちょっと驚いたが、本当にどこから現われたのかわからなかったのである。どうやらこの風呂屋の従業員らしいが、秘密の従業員部屋でもあるのだろうか。 「はい、そうですが」 「ほかにはどなたもロビーにはいらっしゃいませんでしたか?」 「ええ、私たちだけです」 「ちょうど、部屋が空きましたので、そちらに行かれてください」 そう告げるやいなや、次の瞬間にその女性はまたいずこかへ消えていた。九の一か。電光版を見上げると、一室だけ光が点いている。 「あの、ボタンを押せばいいんですか?」 どこへともなく声をかけたら、どこからともなく「押してください」の声。なんだが阿片窟にでも入りこむような雰囲気である。阿片窟に行ったことはないのだが。
階段らしいものはロビーのどこにもない。エレベーターが3基ほど。 ちょうど右端のエレベーターのドアが開いて、中年の男性と、若い女性のカップルが降りてきた。この人たちもお風呂でさっぱりしてきたのだろうか。 入れ代わるようにエレベーターの中に入りこむ。
部屋は4階。中に入ると自動ロックで鍵が閉まる。 なるほど、完全個室の風呂屋ということか。入口の側に精算機があって、部屋を出る時にはここに料金を入れるらしい。フロントで精算とかしないのだなあ。人件費の節約のためなんだろうか。
部屋の中はシックで落ち付いた雰囲気である。 出入口のすぐ側に風呂場があったので早速覗いてみる。ゆったりしたい、がしげの希望であったが、そのわりには底が浅い風呂である。幅はあるから二人で入るのに不便はなさそうだが。 サウナ部屋まであったが、二人で泊まる部屋に、ここまで風呂の設備が付いているというのは確かにすごい。せっかく来たのだから、まずはやはり風呂の準備。水道の蛇口が丸形でなく扁平。従って出るお湯も扁平である。これだけでもなんとなくリッチな気分になるのだから庶民は単純なものだ。
お湯が溜まるまで、部屋の様子を見る。 広さは二、三十畳くらいだろうか、二人用の部屋にしては随分と広々している。 ダブルベッドに、枕元には何やら調整機っぽいモノがいろいろ。正面のガラス戸は壁一面に大きく、夜景が一望できるが、向かいは整地中で光もなく、殺風景である。 やたらでかいテレビがあったが、なんとカラオケができる。なるほど、ちょっとした温泉センターだ。しげが探し出しただけのことはあるな。 早速、『愛國戦隊大日本』(^o^)を歌っていると、しげが風呂場から顔を覗かせて、「見て見て! ここのお湯、溜まったら自動的に止まるよ!」とはしゃいでいる。ここまでスゴイと、1泊いくらぐらいするんだろうかとちょっと財布の方が心配になってきた。
湯の温度を調節して二人で入浴。……こらそこ、口笛吹くな。夫婦なんだからこれくらい普通だ。 浴槽の横にボタンが二つあったので、一つ押してみると、突然ボコボコッと音がして水泡が全身を包む。ジャグジーのボタンだったのだ。もう一つのボタンを押すと、急に天井の照明が落ち、浴槽の中にライトが照らされる。 しげ、「おおーっ!」と歓声を上げるが、たかが風呂にこんなに凝るというのはいったいどういうコンセプトなのか。 しげ、興奮して浴槽の中にシャンプーをドバドバ入れる。途端にジャグジーで攪拌された湯舟が泡風呂になる。しげ、「あはあはあは」と笑いながら泡を吹いたり手で掬ったり私に投げ付けたりして遊ぶが、ホントに好きなんだよなあ、こういうの。 ともかく今回は「しげの垢を落とす」が目的なので、テッテ的に洗う。こすってもこすってもなかなかボディソープが泡立たない。全くどれだけ垢を溜めてたんだ、こいつ。 なんとかしげを洗い上げた時には、すっかりくたくたになってしまった。 風呂好きのしげは堪能するまで入浴し続けるつもりらしいが、私はそこまで付き合えない。しげを残して、先に上がる。
飲み物は予めコンビニで買い込んで持ちこんでいた。 冷蔵庫はあったが、取り出せば当然高いカネを取られるのであろう。覗いてみると、確かにいかにも高そうな酒類やら栄養ドリンクがズラリと仕舞われている。これ1本で何百円も取られるんだろうなあ。持ちこみして正解であった。あー、お茶が美味い。 テレビを点けたがもう深夜でスケベな番組しかやってない。 巨乳のねーちゃんが朝寝坊してる彼氏のナニをナニでナニして起こしてあげるというしょーもないもの。こういうスケベな番組はできるだけ男をカットしてほしいんだがなあ。ねーちゃんは結構かわいいのだが、男優の方がもう、肌の荒れた上島竜兵みたいなんである。 カラオケに切り替えて、カタログを見る。 しかしアニソンが異常に少ない。ほんの3ページほどしかない。仕方なく『思い出の渚』だの『さらば涙と言おう』だの、往年の青春ソングを中心に1時間ほど熱唱。『アラビアの夜』『夜来香』にも挑戦してみたが、キーがうまく合わない。いろいろ歌ったことのない曲にも挑戦して悪戦苦闘していたら、さすがに睡魔に襲われて来た。しげが上がってきたころにはもう私はダウン。 しげは私が寝たあともブルーハーツなんかを歌ってたらしいが、それも全て夢の彼方である。
2001年12月28日(金) ラーメン・ファイト!/DVD『御先祖様万々歳!』ほか 2000年12月28日(木) 初めてタグ使ってみました
| 2002年12月27日(金) |
ミハル至上主義(笑)/『買ってはいけない2』/『T・Pぼん』5巻(藤子F不二雄)/DVD『クレヨンしんちゃんスペシャル』1・2ほか |
一応、今日が全国的に2002年の仕事収めってことになっとります。 でも、ウチはなぜかそうじゃないんですよねー。明日、明後日まで、午前中だけだけど、仕事があるんである。でもそれは私の場合だけで、実は年末年始も、大晦日も元旦も丸いちんち、出勤してる人もいるのよ。言っとくがウチの職場は24時間年中無休のコンビニじゃありません(^_^;)。 なにしろねー、なぜそんなに働かなきゃならなくなったかってーと、年度末にあたってウチの職場がいかに左前であるかってのをイチイチ数字でデータ出してよ、訓戒してくれたわけなのよ。 「今のままでは、未来はありません!」とか叱咤されてさ。 でも、でもウチの職場のこと知ってる人ならわかると思うけど、別に就業時間増やした分だけ能率が上がるって仕事でもないんだわ。それどころか、今のまんまの経営状態じゃ、かえって業績落ちるよって指摘、もう何年もみんな言い続けてるんだよね。なのに、首脳部はそういう意見を一切無視し続けてきた。芳しくないデータばかり出るってのは、どっちかっつーと、無理ばかり通そうとしてきた首脳部と、その腰巾着どもに原因がないかな? あのさ、ハードスケジュールのせいで、もう何人、ウチの人間が「病気」で辞めてったと思ってんの? それに、新聞沙汰になってない、いろんなことを揉み消してるの、どう思ってるの? ……と、この手の愚痴も何度も書いたけど、どうにかできる類のものじゃないんだよなあ。まあどうにも出来ないから愚痴ってるわけなんだけども。我ながら、情けないね、全く。 社会のよ、底辺に生きるド貧民はよ、おカミの言うことに逆らわずにヘイコラしてるしかねえだ。コメ出せって言われたら出すだよ、女出せって言われたら素直に出すだよ、それで命が助かりゃ儲けもんだ。……なんだか『七人の侍』の万造(藤原釜足)の気分になってるな、オレ。
一応、私にも部下らしき若い子はいるので(ここで私が「若い子」と言ったら部下のことだと思っていただきたい。同格の者はみな「同僚」と使い分けているが、もちろんこの用語はこの日記のみに通用するものである)、来年のことについて少し話をする。 というのが、頼んでおいた仕事を、この子(仮にA子としよう)は、もう二ヶ月もほったらかしているのである。とは言え、A子がワザと仕事を放棄しているわけではない。実はこの子の足を引っ張っているバカが一人いて、こいつがA子の仕事に茶々を入れまくって、会議・討議が一向に進展しないのである。
このバカがどれくらいバカかと言うと、まあ、仕事のヒマを見つけちゃ「ガンダムシリーズでどれが好きですか?」とか「ガンダムのキャラで誰が好きですか?」とか私に聞いてくるのである。 もちろん、最初は、「つまらんこと聞いてないで仕事しろ」とか言ってたのだが、翌日も翌日もあんまりシツコク聞いてくるので、「『ガンダム』にシリーズはない。『ガンダム』と言った場合、それは『ファーストガンダム』及び劇場版三作を差すのであって、それ以外の『ガンダム』をオレは『ガンダム』として認めない」と言ったら、そのバカは「でも『Gガン』……」とか言いかけたので、サバ折りを食らわしてやった。 「アムロとシャア、どちらが好きですか?」とか、またアホなことを聞くものだから、もう一気にまくし立てて退散させる。 「『ガンダム』において真実、血肉を持ち得たキャラは、ミハル・ラトキエただ一人である。ミハルの苦悩、ミハルの決意、ミハルの勇気、ミハルの優しさ、そしてミハルの悲劇、ミハルという稀有なキャラクターを通して、これほどまでにハイレベルなドラマを作りえた例をオレは他に知らない。あとはせいぜいフラウ・ボウに若干の血肉を感じるのみだ」 「でもセイラさんとかは……」 「ブラコンなくせにタカビーで、制服着てる時にはスレンダーだけれども脱いだら途端に熟し過ぎるくらいの巨乳になっちまうような、いかにもマゾなオタクが喜びそうな出来合いのキャラに、なぜオレが萌えてやらなきゃならんのか(あ〜、そこのコアなセイラファンさん、これはこのアホを追いやるための方便ですので、本気にしないで下さいね。いいじゃないですか、セイラの巨乳。私も劇場版で萌えました)」 「女キャラばかり好きなんですね」 「男がどうして男キャラに入れこまなきゃならんのだ。私は男は大っ嫌いだ」 「オタクはみんなそう言うんですよ」 私の右アッパーがそいつのアゴを粉砕したことは言うまでもない。 でも、このバカはさらに懲りずに、「中村うさぎの代表作ってなんですか?」とか聞いてきたもんだから、「『ショッピングの女王』」と答えるやいなや、スコーピオン・デスロックをお見舞いしてやったのである。
で、こいつがA子の足を引っ張ってるってわけである。 しょうがないので、バカは相手にせず、さっさと仕事を進めてもらうように指示する。これでなんとか進展があればいいのだが……、と私はその横顔がちょっとミハルに似ているA子を見て思ったのであった。
テレビで『ウリナリ社交ダンス部大復活!』を見る。 このシリーズは結構好きで、時おり見てはいたのだが、こうしてまとめて見ると、キャイ〜ンの天野にいかにダンスの素質がないかがよくわかる(^o^)。創立メンバーなのにねえ。 なんだ、おまえも感動屋か、と言われそうだが、私がこれを見てたのは、ほかのバラエティ番組と違って、単にヤラセの入る余地が少ないからだ。ダンスは誤魔化しようがないもんねえ。 ただ、ダンスを習得して行く過程を見せる番組構成自体は、正直言って頂けない。芸人に芸ができるのは当然のことで、この世界、「過程より結果」なのである。「私はこれだけ頑張りましたよ」って自慢を見せられちゃ、ダンスに対して「感心」することしかできなくなる。別に幼稚園のお遊戯の練習を見守るバカ親じゃないんだから、結果だけ見せてくれればいいのよ。 芸人も、「自分の努力を見てほしい」なんて心境になってるとすれば、粋じゃないこと夥しい。 それはそうと、「ブラボー内村」の「ブラボー」ってメキシコ人のつもりだったのか。そりゃスペイン語だろう、とツッコミ入れられてたが(ギャグではなく本気で間違えていたのである)、じゃあメキシコ語だとなんて言えばいいんだ?
『『週刊金曜日』別冊ブックレット�ァ’磴辰討呂い韻覆�part2』(金曜日・1050円)。 あそこの出版社の名前、「�蟠睛貌�」って言うんだ。感覚おかしかないか。 前回パート1で「危険」と指摘された企業、怒り狂って金曜日を名誉毀損で訴えるかどうかするかと思ったけど、どこもやらなかったのね。 この「買ってはいけない」と主張してる根拠自体がアヤフヤで、これはトンデモ本である、といろんなところで「『買ってはいけない』は買ってはいけない」と揶揄されたものだったけれど、企業自体が静観してる状況だと、結構、図星さされてたんじゃないかなって気もしてくる。結局は安全な食い物なんてないってことじゃないのかね。 今回も「食っちゃいけない」食べ物として、「とんがりコーン」「プリマウインナー」「キューちゃん特級福神漬」「ホテルの朝」「ふぁんけるのサプリメント」「山本海苔の焼海苔」「マクドナルドハンバーガー」「マルハチリペパーソーセージ」「ミキプルーン」「ニチレイのほうれん草」などなどを槍玉に挙げる。全く、このままどんどん増えてったら世の中から食えるものがなくなるなあ。 幸い(?)、この中で食ってるのってマクドナルドハンバーガーだけだった。問題点は「環境ホルモンの『疑い』のある農薬(「疑い」だけで未確認)が、微量残留している」ということだそうだが、批判の論法としては「ちょっとでも人体に危険な疑いのあるものは売るべきでない」、ということである。だからそれ言い出したら食えるものなんて世の中になくなるんだってば。そんなささやかな環境ホルモン以前に、ハンバーガーはもともとカロリーバランス自体、悪いと思うが。ハンバーガー食いすぎてデブデブになってるアメリカ人はゴマンといるだろう。別に金曜日スタッフに言われなくても、一般人はしょっちゅうマクドナルドになんか行かないのである。 まあ、このあたりの論法はかわいいもので、ヒドイのは「森永ウィダーinゼリー」などを「これらに頼り過ぎると危険」「ゼリー飲料でビタミンはすべて補給していると安心し、野菜や卵を取らないでいると、ビタミン欠乏症を起こす」と言ってるが、それは商品の問題ではなくて、食べる人間の方の問題だろう。なんとしてでもその食品を危険なモノだと思いこまそう、という発想はいったいどこから生まれているのか。 別に、「この食品は食べるべきでない」という主張をするな、と言いたいわけではない。実際、批判された企業の反応が、どこか奥歯にモノが挟まったような印象を受けるのは事実だからだ。ただ、批判する方も「企業憎し」の感情が先にたって、批判の仕方に全く説得力がないのが気になるのである。 勝手にウラを考えちゃうとさ、いわゆるクレームゴロってやつでさ、因縁つけて口止め料せしめようとしてるだけじゃないかって気もしてくるのよ。批判されてる企業は実はその裏取引を拒否したとこだけだったりしてな。 もちろん、これはただの「疑い」に過ぎないんだけれども、ちょっとでも「疑い」があれば、批判して構わないってのが金曜日のスタッフの考え方だろうから、問題はないでしょうね。
モンキー・パンチ原作監修・山上正月作画『モンキーパンチ責任編集 ルパン三世公式 official magazine』(WEEKLY漫画アクション 1月20日増刊号/双葉社・500円)。 ついこの間、「峰不二子賞」っての応募してたかと思ったら、もう「第2回」だと。サイクル早いなあ。結局グラビアを彩るための方便で、これでもって「実写版ルパン」を作ろうとか、そういう企画はないんだろうなあ。実は私、実写の『念力珍作戦』も好きなんだけど。「ルパンのイメージに合わない」って言うんだったら、『カリオストロの城』だってそうなんだよ。ルパンの場合、オリジナルイメージ自体が揺れ動いてるので、あまり「これはルパンじゃない」とか言ったりするのは無意味になってるんである。 アニメスペシャルが新人育成のための道具に成り果ててる今、実写版ルパンを、という企画が上がってもいいんじゃないかな、とは思う。グラビアの磯山さやか、顔はロリ系でセクシーって感じではないが、サイズはB91、W60、H87と、公式設定の峰不二子に随分近づいてきている(峰不二子はB99、W55、H88)。 考えてみれば、かつてルパンが実写化された1970年代、巨乳のアイドルなんてそんなにいなかったのだ。『クイズ100人に聞きました』で、「バストのでかい芸能人」として挙げられてたのが、榊原郁恵、原田美枝子、かたせ梨乃、朝丘雪路(元祖ボイン)と、その程度だった時代だ(河合奈保子の登場以来、ムードは変わるんだけどね。しかしこんなこと、オレもよく覚えてるな)。だから我々は、『珍作戦』の江崎英子程度でガマンするほかなかった(いや、江崎さんも好きなんだけど)。 しかし、今や時代は変わった。栄養価が上がったのか、芸能人の巨入荷は留まるところを知らない。巨乳を探すだけで大変だった時代から、巨乳の中から峰不二子のイメージに合う女性を探せるようになったのである。機が熟したとはまさにこのことを言うのではないか。 磯山さやかも悪くないけど、個人的には根本はるみあたりがいいんじゃないかと思いますが、いかがでしょう。で、声だけ二階堂有希子が当てると(^o^)。 え? ルパンや次元や、ほかのキャラを演じられる人間がいない? いいんだよ、そんなの誰でも。声優にそのまま顔出しさせとけ(爺さんばかりや)。
マンガの内容に全く触れていないが、この雑誌のメインはグラビアとコラムや対談、モンキー・パンチの単行本未収録作の掲載なんだから仕方がない。 モンキー・パンチ対談の相手はちばてつや。デビューはモンキーさんの方が遅いが、ちばさんの方が年下。ちばさんが17歳でデビューした早熟の天才で、モンキーさんが28歳でデビューした遅咲きの桜だからこうなる。 ちばさんが自分の絵柄に影響を与えた作家として、筆頭に、馬場のぼるを挙げたのは意外だった。言われてみれば、国松や鉄兵のトボけたキャラは馬場作品に連なるものがあるかもしれない。手塚治虫、山川惣司・杉浦茂の影響を挙げるのは時代的に納得できる。 その中で、塩田英二郎の名前だけが私には初耳である。かわいらしい女の子を描く人で、ちばさんの女の子キャラはこの人の影響が大だったらしいが、さて、どんな人だったのだろうか。読売新聞に『ミーコちゃん』というマンガを三千回以上連載したらしいが、いったいいつごろの話なのか。今でも活躍されてるのか。ネットで調べても茫洋として実態が掴めないのである。 寺山修司主催の「力石の葬式」について「冗談はやめて」「酒の席ででも盛り上がって出て来た企画なんでしょう」と切って捨てているのは小気味よい。あの件を、いかにも「時代のムード」と結び付けて、『あしたのジョー』の社会的影響力を声高に叫ぶ人たちがいるが、それって『ジョー』が伝説化されたあとの刷り込みなんじゃないのかな。私は当時「はあ? マンガのキャラじゃん」としか思わなかったし。実際には当時、大半のファンは失笑してたのではないかなあ。 でも実際に参列してるファンの真剣な表情を見ていたら、ちばさん、「更に真剣にこっちもやらないといけないな」という気になったそうである。イッてる連中の期待に答えようとすると、トンデモナイことになるような気がするが。もうなっちゃってるかな(^o^)。
おおすみ正秋のコラム、「若いヤツなんか知ったこっちゃねえ!!」に、あのチャーリー・コーセイの近況が。神戸の酒場に自分の店を持ち、今も客のリクエストに答えて『ルパン三世のテーマ』を歌っているそうである。うおおおお〜! 私も聞きたいぞ〜、生ルパン! けどなんていう店かわからないし、そもそも神戸まで出かける時間も余裕もないのであった。 大塚康生の「ルパンマンガ」も次号掲載予定。ルパンに関わった二人のコーセイさんがお元気とは喜ばしいことだ。……関係ないが、しげはこの二人が同じ「コーセイ」なので、親戚か何かと思ってたそうである。んなわけあるかい(-_-;)。
マンガ、藤子・F・不二雄『T・P(タイムパトロール)ぼん』5巻(完結/嶋中書店/Primoアイランド・コミックス・320円)。 コンビニ売りの雑誌本だけれど、単行本未収録の五編を収録。『コミックトム』に掲載されたまま、藤本さんが続きを描かなかったので、「幻」になっていたものだ。私も『ぼん』は「藤子不二雄ランド版」を持っているが、この五編は未収録。そのことに気付かず、手に取っていなかったのだが、しげが見つけて買ってくれた。しげに感謝である。
「平家の落人」 これは既読のもの。平家の落人・加茂丸を助けるために、ユミ子が身代わりになるのだが、ぼんが助けに来るのが遅れて、ユミ子はホントに首を切られる。ぼんは時間を巻戻してユミ子を助けるが、こういう道具に頼りすぎる結末のつけ方は安易。藤本さんの作品の中では低調なほうである。
「トロイが滅びた日」 実を言うとシュリーマンの名声は偶然の産物だったんじゃないかと私は疑ってるんだが(根拠もなしに伝説を信じるのは、基本的には今でもトンデモさんである)、もちろんマンガの中のモチーフとしては「少年の日の夢を忘れなかった人」でなければならない。 トロイの少女メノアは、ちょっと『ミノタウロスの皿」のミノアを思わせる。落城で命を落とそうとする彼女を救い出すために、いったん時代を下ってシュリーマンの発掘現場に行くというのは秀逸なアイデア。ページ数がもう少しあったら、藤本さんはぼんたちとシュリーマンを会わせもしたのではないか。少年の夢を語らせるにこれだけうってつけの人物もほかにはいないからである。 もっとも、作者は以前別エピソードでアンブローズ・ビアスとぼんたちを出遭わせてもいるから、それは二番煎じになる、と判断したのかもしれない。
「死神の大群」 藤子F版『赤死病の仮面』(^o^)。 いや、扱われてるのは「黒死病(=ペスト)」だけれど。 これももう少しページ数が欲しかったところ。 ぼんたちが黒死病の元凶として処刑されかけるというハラハラする展開になるはずだったのに、ユミ子が「もうペストは峠を越したと事前調査してたから」とのんびりして言うんじゃ、せっかくのサスペンスってものが減じてしまう。もうひと波瀾、ほしかったな。 それはそれとして、ぼん、タイムパトロールの正隊員なら、事前調査はちゃんとしておこう。
「鉄の町の秘密」 ヒッタイトの製鉄技術の謎を解く一編だが、どうやら大村幸弘氏の著書の受け売りらしい。エジプト人のスパイ・ハキムを助けるために神殿に忍び込むぼんたちだけれど、結末が「実はもともと死ぬ運命にはなかった」というのは、正直な話、「なんじゃそりゃ?」である。しかたないことかもしれないが、藤本さんの晩年の作は、以前ほどにはしっかり練られていない。
「誰が箱舟を造ったか」 ノアじゃなくて、『ギルガメシュ叙事詩』に出て来たウトナピシュティムだそうである。洪水の一つや二つ、どこででもあったと思うけどな。祟りで村が水底に沈む話なら日本にもあるぞ。ウトナピシュティムを全ての洪水のルーツにしちゃうのはどうか……って、これは別に歴史検証マンガではありませんでしたね、すみません。
「十字軍の少年騎士」 藤本版『戦争論』。『太平洋の地獄』というか、十字軍の少年と、イスラムの兵士の呉越同舟、という展開も折りこんで、最後まで緊張感の溢れる展開。『ぼん』シリーズの掉尾を飾ったのがこういう佳作だったことは嬉しいが、それだけに今さらながら、藤本さんがこの世にいないことが悲しい。藤本さん自身のあとがきもこの本に収録されているが、最後の言葉が「実はまだ連載を終えてはいないのです」である。 ホントにそうだよ(T-T)。
DVD『クレヨンしんちゃんスペシャル』1・2。 『オトナ帝国』ばかりが売れてる気がするが、テレビ版も売れないと次のDVDは出ないのである。というわけで買いました。でも結構初期の頃の作品で、後にニャンチュートロ星人まで出るような暴走ぶりはない。 見所は「ブリブリざえもんの冒険」シリーズの第1話や、『アクション仮面』第1シリーズの最終回や映画版(という設定ね。実際の劇場版『VSハイグレ魔王』とは別)、『カンタムロボ』をたっぷり1話分見せてくれているところだろう。 なんと最初のぶりぶりざえもんはしんのすけ自身が演じている(キャラクターデザイン自体は既にブタなのだが)。だから当然いつものしんちゃんのままの行動をするので、あの卑怯なキャラクターにはまだなっていない。目の前の事件を看過しようとするところはしんちゃんもぶりぶりざえもんも同じなのだが。 アクション仮面とミミ子ちゃんはテレビ版も『VSハイグレ魔王』と同じく玄田哲章&小桜エツ子なのだけれど、『カンタムロボ』は山田ジョン少年を風間くん役の真柴摩利さんが演じている。後にこの役は山口勝平が演じるようになるが、もちろんこれは『ジャイアント・ロボ』からの流れであろう。 初期作品を見返して行くと、このシリーズの「濃くなって行く過程」も見えてくるのである。オタクは頑張ってテレビ版DVDも買おう(^_^;)。
2001年12月27日(木) ぷれぜんとってぷれぜんとってそーゆーもんか?/『パンゲアの娘 KUNIE』2巻(ゆうきまさみ)ほか 2000年12月27日(水) やっぱり今日も眠い/『富士山 第4号』(さくらももこ)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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