無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年06月01日(土) マトンウォーズエピソード0(^o^)/『ボンバーガール』1・2巻(にわのまこと)ほか

 今日は朝から初日一番で『少林サッカー』を見に行く予定だったのに、しげのばかちんが「アタマがイタイ」とか抜かしやがるんで中止。
 けれどそのおかげでこちらもゆっくり朝寝ができた。
 体調はまあまあ。
 まだたまに咳は出るし鼻も詰まってるけど、ここまで来れば、ほぼ治ったと言ってもよさそうである。読者各位にはご心配おかけしました。
 ニュースを見ると、もうフィファだかティファだか、ともかくサッカー一色である(最初、「ワールドカップだか○○○○だか」ってギャグを思いついたけど、下品なのでやめました。けどこのシャレも何のことだかわからんヒト多いだろうな)。
 私はサッカーには全く興味はないけど、世間の方々がなんだかえらく盛り上がってるのに対して、いちいち目くじら立てて水を差すようなことを言うつもりはない。
 けれど、世間の動きを斜に見てる私だって、一応ニュースくらいは見てるんだよ。なのに、ホントに朝から晩までサッカーのことしか放送してないと、「ほかに伝えなきゃならないことあるんじゃないのか」と突っ込み入れたくなるね。
 「三遊亭円生の死が上の動物園のパンダの死でかすんだ」って、円丈が『ご乱心!』の中で嘆いてたけど、そんな感じかな。

 けれどワールドカップを国を上げてウカレてるのが、開催国の日韓両国だけじゃないってのには驚いたね。「世界」って、日本に比べりゃもちっと落ちついてるもんだと思ってたけど、そうでもないのか。
 昨日、初戦でいきなり優勝候補のフランスを破ったセネガル、大統領自らがパレードでバンザイしてる様子を映してたけど、この程度のことでそこまで喜べるものなのか。大統領だろアンタ、ホントにほかにすることないのかって気になるぞ。開会式で小泉総理がノーテンキな挨拶してるの見て、腹立ててた日本人は多いと思うけど、セネガルじゃあれだけハデなことしても国民は何も文句言わないんだろうねえ。出る杭が打たれないとは羨ましいお国柄だこと。
 でも、総理とか大統領みたいな政治家が、個人で応援するならともかく、ああも表に出て来て「日韓友好」をアピールしてるってのは、スポーツの世界に政治を持ちこんでることじゃないかって文句つける人間はいないのか。靖国参拝であれだけ不快感示した連中が、スポーツを政治に利用されてるのに寛容なのはおかしかないか。
 まあウカレてイカレた連中に何言ったって無駄なんだろうがね。
 ……おっと、やっぱりイヤゴト言っちゃったかな、私(今更)。


 夕方、アサヒビール園でAIQの飲み会。
 「早目に行かんと道に迷うよ」とのしげの言葉に従って30分前に近くまで行ったのだが、駐車場を見つけられずにぐるぐる回る。
 「ね。やっぱり迷ったやろ?」って、威張るなよ(-_-;)。
 結局、到着したのは15分前。でも一番乗りだったので、予約席を看板を見て確かめる。エロさんの名前で3階と表示されていたので(もちろん「エロの冒険者」なんて書いてなくて、ご本名なのだが。でも「エロ」で予約してたらそれはそれですごいよなあ)、3階で待っていたのだが、実際の予約席は2階だった。どういうこっちゃねん。
 三々五々、エロさん、ぴんでんさん、獅子児さん、ちゃかさん、ゆたかさんと集まる。
 この店に来るのは初めてなので、どんな料理を出すのか全く知らなかったのだが、ジンギスカン食い放題の店であった。しげが「『ジンギスカン』って焼肉?」と聞くので、「モンゴルの焼肉だよ。肉はマトンだけど」と答える。肉で食い放題ならしげには文句はあるまい。このとき、しげの口の端に不敵な笑みが浮かんでいたのを私は見逃さなかった。
 ボーイさんが「高い肉と安い肉とどちらがいいですか?」と聞いてくるが、軽い逡巡の後、安い方を選ぶ。ぴんでんさんが「どうせ五十円の差なら高いほうでは?」と問いかけたのだが誰も返事しなかったためだ。……もしかしてAIQのみなさん、我々並に貧乏性なのか?(^_^;)
 それからがもう、モノスゴイことになる。
 隣のテーブルは獅子児さん、ちゃかさん、ゆたかさんの三人、こちらは我々夫婦とエロさん、ぴんでんさんの四人なのだが、一人多いとは言え、明らかに肉の消費量が違う。掛け値ナシに、隣の「5倍」のペースで進んでいる。矢継ぎ早、どころの話ではない、私が一生懸命野菜を片付けている間、しげは肉をわんこそばを吸いこむごとく胃袋に収めて行く。
 皿がカラになると間髪を入れず「肉の追加をお願いします」とボーイさんに頼む。
 「少しはペース考えろよ、俺、さっきから野菜しか食ってないんだぞ」としげをたしなめるのだが、「だって二時間しかないんだよ」と言い返される。その様子を見て、ぴんでんさん、呵々大笑しながら、「いやあ、こんや初めてしげちゃんをイイ女だと思いましたよ」と喜ぶ。ああ、そういうことを言うからしげが図に乗る。しげのテンション、ますます上がり、もはや何皿取り換えたかわからない(5皿以上は替えているのは確か……って、20人前!?)。
 その間、話も盛りあがっているが、隣では『猛爆おたく先生』の話題で持ち切り。ファーストガンダム直撃世代にとって、アレは心臓打ちぬかれたみたいに面白いのだが、実はしげはあのマンガが大嫌いなのである。話を聞きながら、しげの機嫌が悪くなりはしないかとヒヤヒヤするが、会話の矛先を向けられたりしない限り、しげは場を固まらせる発言をすることはなさそうなので、とりあえずは安心する。
 相変わらずこの集まりは危ない話や人の悪口で盛り上がるので、あまりこの日記に詳細は書けないのだが、ぴんでんさんは「全然書いて構わないですよ」とおっしゃる。でもその口で「でも私が人の悪口を言う人間だと思われるとなあ」とうなだれて気になさっている。
 別に他人の悪口を言うのなんて、人の業のようなものだ。恥ずかしいことでもなんでもないので(人の陰口を叩くべきではない、なんてキレイゴトを言ってる人間の方がよっぽど信用できるものではない)、具体的に書いたっていいのだが、これはぴんでんさんの語り口を借りねば笑えない性質のものなので、とりあえずは遠慮しておこう。
 こちらもあまり喋りを聞くのに熱中しすぎて油断をしていると、延々と野菜だけを食い続けることになりかねないので、なんとか肉を選り分けて食う。おかげで久しぶりに腹が膨れあがるほどに満腹する。
 そのあと全員でシダックスでカラオケ大会。
 ホントは今月は手元不如意なので、予めしげと「カラオケは今日は控えようか」と相談していたのだが、泣く子と酔っ払いには勝てない(^_^;)。
 ……しかし、自分でも歌うことあるから人のことは言えないのだが、男の声で「名作劇場」を延々と聞くのはちょっとツライものがあるかも(^o^)。
 気がついたら歌いまくってすっかり午前様。
 エロさんとぴんでんさんをご自宅にお送りしたあと、帰宅した時にはもう4時近く。疲れ果てて泥のように眠る。
 

 マンガ、にわのまこと『ボンバーガール』1・2巻(完結/少年画報社/ヤングコミックコミックス・各620円)。
 かつて「少年ジャンプ」で打ち切りになったマンガの完結編を加筆しての再刊。にわのさんのマンガは『THE MOMOTAROH』のころから結構好きは好きだったのだけれど、何しろコマは小さいし描き込みは多いしセリフも多くて説明的だしギャグは濃くてシツコイし設定やストーリーはいい加減だし、キャラは作りこみすぎててかえって個性を感じられないし、まあ、打ち切りになったのも当然、というマンガではあったのだ。
 近未来、犯罪増加に伴うバウンティハンター制の施行、そして主人公が装甲服に身を包んだナイスバディの美女(それにしても「羅生門エミー」ってネーミング、なんとかならなかったのか。センスねーと思うけど)って設定、それだけじゃ魅力に乏しいってんで持たせた武器が「改造トンファー」だけど、ポーズは決めてるけどコマとコマの間が飛んでるので、アクションがどうなってんだかよく解らない。これじゃ読者は惹き込まれないよ(山本貴嗣を見習うべし)。
 それと、言っちゃなんだがタカビーで自己中でナイスバディなヒロインって、もろ、『少年サンデー』の『GS美神 極楽大作戦!!』のパクリだしな。「あたしが一番強くて偉くて美しいんだもん!!」ってセリフ、堂々と言っちゃうたあたりもな。
 完結編を付けたといっても、もともと連載最後の1ページでむりやりボスキャラ倒して終わってたので、収集の付けようがない。いきなりそれまでの敵「メガリス」に代わって「ネオ・メガリス」が新組織される結末。で、敵基地の爆発とともにヒロイン二人は行方不明……で、「新シリーズ『ボンバーガールクラッシュ!』に続く!」って、まるで『トライガン・マキシマム』。
 ……いや、散々貶してるけど、ちょっとしたポーズや表情の付け方にキラメキはあるのよ、この人。
 以前に比べて絵もグッとうまくなってるから今度は打ちきられずに続いてほしいけどなあ。
 そう言えばこれ、『雷神』って雑誌でアメリカでも出版されるんだよな。うーん、アメリカ向けに受けるとはちょっと思いにくいけど、度胸はあるよな。 
 

 マンガ、さくらももこ『COJI‐COJI コジコジ』3巻(幻冬社コミックス・1260円)。
 うーん、これってやっぱり一種の「宗教マンガ」なんだろうなあ。
 説教臭いマンガというのはいくらでもあるから、「哲学マンガ」というのはザラにあるんだけれど、ある一線から「これは宗教マンガだ」と言えるようになるのは、「神」の概念が明確かどうかにかかっていると思う。
 能天気でその場限りでまあナチュラルだとは言えるけれどもやっぱり何も考えていないような謎の生物コジコジが、実は「神の子」(作中、「宇宙の子」の表現あり)であり、この物語における「理想」の体現者であることは論を待たない。
 この第3巻でも、やたら「神」や「宇宙」や、この世の成り立ちに関することを暗示するようなエピソードやセリフがやたらと見受けられるのだが、そこには「神様はこの世の人々に無理して生きろなんて言ってないよ、ぼんやり生きてくのが一番いいよ」という「思想」が底流に流れていると感じられるものが多い。
 誰もが魔法を使えるメルヘンの国で、まんじゅう一つ出せないコジコジが、なぜか満天の星を空に映し出したり、何の気なしにこの世のすべてを消し去ろうとしたり(おいおい)。
 もの知り爺さん(そんなのもメルヘンの国にはいるのである)に騙されて、国中の人間が「江戸っ子のゲタ屋の家族」を「神様」だと信じこまされてるエピソードの中では、コジコジ一人だけが、「神様は心の中をウロウロしているのでこの辺をウロウロしていません」と言うのだ。もっともそれはゲタ屋さんのコトバの受け売りではあるんだけど。
 洗脳や折伏目的の宗教マンガ(っ―か布教マンガ)は私はご免被りたいが、この程度の漠然とした「神様マンガ」ならば多少は鼻につくところがあるけれど、なんとかセーフである。押しつけがましくなる一歩手前で押さえてあるし、実際に特定の宗教に勧誘されるわけじゃないからね。
 けれど、さくらさんって、何となく何かの宗教にハマってるような雰囲気はあるよなあ。いや、もちろん業界の裏事情なんて知らないから、ただの憶測でもの言ってるだけなんだけどさ。
 でも実際、少女マンガ家さんでアチラ方面に行っちゃう人って多い。何よりさくらサンは「ハマリもの」に弱いのだ。かつては「飲尿療法」までやってたそうだから、ヘンな道にはハマらないでいてほしいもんである。

2001年06月01日(金) あえて美人殺しの汚名をきて/『「彼女たち」の連合赤軍』(大塚英志)


2002年05月31日(金) 病気はハンデじゃないってば/映画『スパイダーマン』/『ミステリー民俗学者 八雲樹』1巻(金成陽三郎・山口譲司)ほか

 今日づけで体調不良で退職される同僚がいらっしゃったので、「お大事に」と声を掛けたら、小声で周りに聞こえないように「……あなたも糖尿でしょう、気をつけてくださいね」と耳打ちされた。
 察するにこの方、上司から肩タタキされたんである。
 病人はウチの職場にはいらん(とハッキリは言われなかったろうけれど)、遠まわしに「ゆっくり休んだらどうかね」とか言われたんである。
 憶測でモノを言うなと言われるかもしれないから、ハッキリ書いとくが、私も何度か同じことを言われてるから、ウチの職場の体質はちゃんと知ってるのよ。やっぱり病気で長期休業してた同僚のことを「二度来なくていいよ、アイツ」と上司が陰口叩いてるとこに偶然出くわしたこともあるし。
 病気だからと言って、全くカラダが動かないわけではない、無理しない程度に働くんならなんの問題もないことは、実際に持病のある人間にはわかってることである。つまり、病人が「要らないもの」と判断されてしまうってことは、たいていの職場が従業員に「無理させよう」と考えてるからってことになるよな。
 誰もがタテマエじゃお互いに労わりあうことが大切みたいなこと言うけど、現実には病人は迷惑の対象でしかないのだ。もちろん、一人の人間が仕事を休めば、迷惑が周囲にかかるのは事実だ。けれど、病気だの事故だのはいついかなるときに起きるかわからない。それをどうフォローするかは、本来、その職場が組織として予め考えとかなきゃなんないことじゃないのかね。それができないのは組織自体に問題があるってことじゃないのかね。「不況だから個人に負担がかかるのは仕方がない」というのは管理ができないことの言い訳だ。
 なのに、どの会社でも結局はそこで働く者の個人責任を取らせるみたいな形で問題をやり過ごしちゃってることが多いんだよな。
 個人に先立って会社がきちんと責任をとた事例なんて、どれだけあるというのだろう。「会社の責任」なんて、新聞に載るような事故とか不祥事とか、何かの事件にでも発展しない限り、問われること自体がまずないのだ。
 けれど、そんなふうに組織としてのありようが責任を追求される場合でも、最後には立場の弱い人間だけが責任を取らされて、事故そのものは闇の中に葬り去られて行くってこと、いくらでもあるよな。
 そういう事例が続出してるのが、例えばナントカ省とか警察とか病院とかの一連の不祥事じゃないのか。「医者が病気になってどうする」と文句つけるヤツがいるけど、過労が普通の環境の中で、病気にならないでいられるもんかい。

 病人は邪魔ものか?
 健康なことがそんなにエライのか?
 だったら、トシ食ってカラダが動かなくなっても、病院にもかからず、施設にも入らず、誰にも迷惑掛けずに朽ち果てろよ、それが筋ってもんだろうが。

 こっちも病み上がりだから、どうにもむかっ腹が立って仕方がない。
 けれど、誤解しないで頂きたいのだが、私は全ての責任を組織に押しつけて、「病人の責任」を回避しようと思っているわけでは全くないのである。病人が自分の病気に甘えてしまう状況、これはやはり始末に悪いことだ。
 「甘える」と言ったが、具体的な行動としては、他人を羨んだり僻んだりする態度でそれは現れる。「こんな苦しみ、健康なアンタには分らないだろう」なんて愚痴、健康な人間の方だってそんなこと言われりゃ反論のしようがない。実際に病気になって見せるわけにはいかないんだし。こういうのを「無理難題」、ないしは「難癖」と言うのである。
 病気をマイナス要因と考えないで、「まあ、それが普通だし」と考えられば何も問題はないのだけれど、肝心の病人自身が、そんな後ろ向きな生き方してるものだから、そこを「健常者」に突っ込まれてしまうのである。
 口では「病気だからってメゲる必要ないんだ」とか「身体障碍はハンデじゃない」とか言いながら、実は「自分に同情してほしい」「自分に優しくしてほしい」と考えてるだけのヤツってやたらいるんだよな。
 病人は心の底のどこかで、やっぱり「なんで自分だけがこんな目に」と思っているんである。被害者意識に心を支配されてしまっているんである。だから病人が病人を恨む、やっかむ、という馬鹿げた事態まで起こる。
 乙武洋匡氏の『五体不満足』が出た時、「あれが身障者の普通の姿だと思われたら困る。自分の障碍や病気をプラス志向で捉えられない人も多いのだ」と批判してたヤツが結構いたが、マイナス志向で捉えるやつが多すぎたからこそ、アンチテーゼとしてのアレがベストセラーになったんだってことに気がつかないといかんよな。
 身障者や病人に対しては同情も激励も要らない。ごく普通に接してくれればいいのであるし、気を遣ったつもりで障碍や病気のことに触れないようにする必要もない。
 手のない人間に、「普段はどうやって生活してるの?」と聞くのは、差別でもなんでもないのだ。余命いくばくもない人間に「あと何年生きられるのか?」と聞くのは相手を傷つけることにはならないのだ。まあ、言いにくい気持ちは分るけれど。
 少なくとも、私は傷つかない。実際、「あと何年くらい生きられるの?」と聞かれた時には、「子供のころ数年と言われてたけど、ここまで持たしたぞ。あとのことは知らん」って答えてるし。私に関しては、その手の遠慮は一切無用である。
 そういうこと聞かれてメゲてるようなら、その心根の方が社会生活をする上でのハンデになっちゃうってこと、病人はそっちの方を問題に思えよ。カラダ治す前にココロを治せ。 


 ようやく映画にも行けそうな体調になってきたので、職場に迎えにきたしげと車でキャナルシティに向かう。
 途中、吉塚のパピヨンプラザに寄って、そこで食事。
 いつものように、店がたくさんあると、どこに入ろうか、しげは鬱陶しいくらいに迷いまくる。
 「『ナイル』は安いけどカレーしかないし、スパゲティは外では食べないと決めてるし、マックはどこにでもあるし、ここのケンタはゲロマズだし、やっぱりロイヤルホストしかないかなあ」
 「『八仙閣』もあるけど?」
 「あ、そこに決めた!」
 ……そんなにあっさり決められるんなら最初から迷うんじゃねえや(-_-;)。
 どうしてそんなに簡単に決められたかというと、ここにはしげのお気に入りメニューの「エビのマヨネーズ和え」があるんである。八仙閣もあちこちに出店があるが、このパピヨンプラザ店を始め、これがある店は限定されているのだ。
 大皿と小皿の二種類がここにはあるが、小皿でも軽く一人前以上の分量はあるので、一皿頼んで二人で分ける。
 三千円均一で、二人前の料理を五皿まで選べるというので、他にも酢豚だの餃子だの、小皿をいくつか頼む。たいていの料理がそう間を置かずに出て来たのだが、中華ちまきだけがいつまで経っても出て来ない。シビレを切らして店員さんに「まだですか?」と聞いたら、「蒸すのに15分ほどかかりますので……」と言い訳。15分なんてとっくに過ぎ取るがな。
 映画の時間もあることなので、キャンセルすると、しげがボソッと「クレーマー」と言う。別にクレームつけたわけじゃないじゃん。自分だってしょっちゅう料理が運ばれてくるのが遅くなると「もう帰る」とかわがまま言うくせになあ。しげのワガママは欲望が満たされないための憤懣だが、私は時間を気にしただけだから、いっしょくたにされても困るんだが。


 しげに『ノット・ア・ガール』は見られてしまつていたので、今日見る映画は『スパイダーマン』。
 マンガの実写化がトンデモ映画になっちゃうってのは日本のマンガの場合もよくあることだけれども(『ドカベン』や『嗚呼!花の応援団』が真っ先に思い浮かぶのは世代かね)、アメコミのヒーローものの場合、ハナから実写化したら相当ヘンテコなものになるんじゃないかと以前から思ってはいた。
 だってよう、スーパーマン一つ取ってみたってさあ、あんなタイツ一枚の筋肉男が実際に目の前に現れたら、100人が100人、コイツはヘンシツ者だって思うぜ(日本のマンガに登場するスーパーマンのパロディもたいてい変質者扱いだものな)。ファンタスティックフォーもスパイダーマンもまたしかり。どうして向こうのヒーローはお肌にピッタリフィットしたタイツに拘るのかね。やっぱりゲイ文化の影響なのか。
 もちろんそれがいけないってことじゃなくて、基本的にチープでキッチュなB級映画として楽しむことができれば、それはそれでいいと思うんである。ティム・バートンの『バットマン』シリーズも、『Xメン』も、私は楽しんで見た。設定にしろストーリーにしろ、常識的に判断すればデタラメきわまりない。けれど、その逆立ちしたって文芸大作だの感動の名編だのといったA級にはなりえないデタラメさ、いい加減さこそが、まさしく何でもアリのごった煮的大衆文化の象徴とも言えるわけで、見ていて実に小気味いいのである。
 でも、その「ごった煮」の中に入れたってしょうがない要素もあるんだよね。それが何かっていうと、「ヒーローの孤独」ってやつ。

 今更語るまでもなく、スパイダーマンは「悩めるヒーロー」として造型されている。それはかつての実写化、アニメ化、日本でのマンガ化(平井和正&池上遼一!)においても踏襲されていた、スパイダーマンをスパイダーマンたらしめる必要不可欠な要素なんである。
 けれど、軽い味付け程度にまぶすんならまだしも、「ヒーローの悩み」なんてのをあまり前面に押し出しちゃうと、設定自体に矛盾が生じちゃうこともあるんだよね。勧善懲悪モノだってのに、戦う前からヒーローが悩んでたら、「さっさと戦ってこんかこのバカが!」って腹たって来ないかな? 『エヴァ』のシンジくんじゃあるまいしねえ。
 主人公が悩めば悩むほど、物語の流れは阻害されてしまう。かと言って、余り正義に自信を持ったキャラだと、単純過ぎて、今度は見る者が感情移入しにくい。そこで、たいていのヒーローものは、その主人公の悩みを早い段階で解決してさしあげたりするんである。日本じゃ『仮面ライダー』だって悩んでたのは最初の数話だけだもんね。
 さて、ではサム・ライミ監督はそのあたりの矛盾をどうゴマかしてこの映画を作ったかというと。

 何も考えてないみたいなんである(^_^;)。
 つーか、最初から最後まで、主人公ピーター・パーカーの悩みがなんなのかさっぱりわかんないのよ、この映画。
 スーパースパイダーに噛まれてDNAに変化を来たした主人公ピーターは、初め、そのパワーで自分に乱暴を働こうとした友人を逆にぶちのめしてしまう。そのことを知った育ての親である叔父に「大きな力には大きな責任が伴うんだ」とたしなめられるんだけど、これってどう解釈しても「ヘタな力は使うな」としか読み取れないよねえ。
 けれどその叔父さんが強盗に殺されて、自分がスーパーパワーを使っていたら叔父さんを助けられてたかも、と気付いた途端、ピーターはスパイダーマンとして正義のために力を使うことをあっさり決意しちゃうんである。いや、最初強盗を「自分には関係ない」と無視したのだって、別に叔父さんの言葉を思い出して自分を戒めたからじゃなくて、単にふてくされてただけだし。
 ……何も悩んでないじゃん、ピーター・パーカー(-_-;)。
 普通はここで「叔父さんは力は使うなって言ってたけど、使わないと悪人の被害を受ける人たちを助けられないし……どうしたらいいんだよう」とか考えるぞ、ちょっとくらいは。
 スパイダーマンの活躍が評判になって、その写真に新聞社が賞金を出すと広告を打つと、自分で自分の写真をセルフタイマーで撮って小金稼ごうとするし、ちゃっかりしてるっつーか、自己顕示欲丸出し。彼が一応の悩みらしきものを見せるのは、スパイダーマンと敵のグリーンゴブリンが実は裏で共謀してるんじゃないかって報道された時だけど、これも好きな彼女に「私はスパイダーマンを信じてる」って言われたら気分がさっぱりしちゃうし。

 そう、このスパイダーマン、「くさる」ことはあっても「悩む」ことは全くないんである。
 さすがに、不平不満と愚痴垂れ流しながら戦うヒーローにまともな感情移入はできないなあ。……と思って、途中からこの映画の見方変えました。これ、ヒーローアクションものと思って見ても映画のカタルシスは全くありません。やっぱりお笑いバカ映画と思ってみるとこれ、あちこちにギャグ(監督にそのつもりはないかもしれないけど)が満載でもう楽しいったらないっスね(見方意地悪かなあ)。
 まずヒロインがブス(いいのか言いきって)。
 どれくらいブスかというと、往年の『スター・ウォーズ』のレイア姫並かな(主観はあるかもしれんが、結構この手の感想は多いようだね)。これだけで既に「なんでこの程度のブス助けるために躍起になるのかスパイダーマン」という突っ込みができますね。
 ピーターがだんだん蜘蛛の能力を身につけていく描写にもどんどん突っ込み入れられるな。壁を這い登るのはいいけど、どう見ても重力が下じゃなくて壁の方にかかってるぞ(壁を横にして撮影してるんだから当たり前だけど)とか。糸を出そうとして「シャザーム」とかなんとか呪文唱えるあたりもギャグだしなあ(やっぱこれ『大魔王シャザーン』がらみ?)。笑えないけど。
 いや、一番笑えるのはグリーンゴブリン。
 正義と悪の二重人格に引き裂かれて鏡の前で会話するシーンなんか抱腹もの。ジキルとハイドを一人二役の演技で見せてるわけだけど、これが、落語で八つぁん熊さんを演じ分けてるのと変わんねーんだ(^_^;)。で、いつの間にか鏡の中のゴブリンがモトの人格から独立していっちゃうってのも定番のオチ。これを演じてるのがウィレム・デフォーでさ、悪に引きずられて苦悩する時の演技が『BODY』でマドンナに誘われて行こうかどうしようか悩んでる時とおんなじなのよ。やっぱり悪って気持ちいいことなのかね(^^)。

 やっぱりどんなにおカネ掛けて大作めかして見せても、アメコミのヒーローものの底なんてたいしたこっちゃないんだから、バカ映画見に行くノリで見たほうがいいんじゃないかなあ。


 マンガ、金成陽三郎原作・山口譲司漫画『ミステリー民俗学者 八雲樹(やくもいつき)/天狗伝説殺人事件』1巻(集英社/ヤングジャンプ・コミックス・580円)。
 オビに「『金田一少年の事件簿』を継承する本格推理漫画」とあるけれど、『金田一』って、「本格推理漫画」だったか?(^o^)
 もちろんこれは金成さんが途中まで『金田一』の原作書いてたことを受けてそう書いてるんだろうけど。でもこんな惹句、講談社が怒って来ないか。
 ……しかしレベル低いね。
 一応ミステリーのセオリーに従って、ネタバレはしないけどよ、第1巻だってのにこのトリックのチャチさは何なんだよ。
 いや、ミステリーとして駄作ってだけじゃなく、物語の作り方からして読者をナメてんじゃないか。犯人がそこまで被害者に対して殺意を抱いたのなら、こんな回りくどい計画殺人なんて立てないで、その場で衝動的に殺しちゃうんじゃないのか? 根本的にドラマってものが解ってないんだな、原作者。
 探偵役を民俗学者に設定しておきながら、その知識が殆どデタラメってのもどういうわけだ。あまりにヒドイので、解説で小松和彦が「正しい」民俗学的知識を披露しているくらいだ(^o^)。
 青年向け漫画だからなのか、ベッドシーンなんかもあるけど、これもとってつけたようでかえって白ける。
 いいとこ全然無いってのに、オビにまた「青年漫画界を騒然とさせた傑作」って……(-_-;)。騒然とはしたのかもね、あまりにヒドくて。……あ、絵もなんだか一昔前のエロ劇画にちょくちょく見かけたようなバタ臭い感じで、ヘタクソです。


 マンガ、加藤四季『お嬢様と私 ―たなぼた中国恋愛絵巻』2巻(白泉社/ジェッツコミックス・760円)。
 後書きを読んで、しげが感心したようにつぶやく。「加藤さん、カイシャ勤めしてるんだ!」。
 なるほど、「会社勤めをしている私にとってまんがかきは大切なは心のオアシスとストレス」なんてことが書いてある。オアシスとストレスじゃ逆じゃん、と思いながら、その実感のこもった表現に苦笑(^_^;)。
 二足のワラジ履いてる漫画家さんと言うのも決して珍しくはない。
 漫画で芽が出なかったときの「保険」のために、そうそう簡単に仕事をやめたりはできないのかもしれない。
 けれども漫画家の仕事って、世間一般の人が軽く考えてるほど、片手間でできるものではないのだ。“パンピー”はよう、漫画に対するイメージって、遊びの延長くらいにしか考えてないからさあ、「好きなことやってておカネがもらえるんだからいいよねえ」とか簡単に抜かしやがるんだよなあ、作者に面と向かって。
 やっかみ半分で人が遊んでるようなモノイイしやがるのが、どえりゃ―腹立つんだけどよう、4コマのアイデア一つ捻り出すのに、本人がどれだけ塗炭の苦しみを味わってるのかわかっとんのかこのクソヤロウとか思っちゃうよね(経験あるのかオマエ)。
 だからたいていの漫画家さんはしばらくしたら会社を辞めてマンガ家1本になるものだ。やっばり「会社と漫画とどっちが大事だ!」と言われたら、「好きな道を選ぶ」のが自然な流れだし(しりあがり寿さんとか)。
 加藤さんも果たしてどこまで持つものか(^^)。

 おっと、肝心の本の中身の感想がない。
 劉詢が皇帝になって、お嬢様(平君)と結婚しちゃったら話がつまんなくなるかと思ったらどうしてどうして(^^)。平君のボケぶり、皇后になって傍若無人さを増したのか1巻にもましてアホを晒している。
 政権争いになって命まで狙われてるってのに能天気なままなのはなかなか微笑ましいが(そうか?)、ハラに子供がいるってのに、ぴょんぴょん飛び回ったりコスプレしたりはともかく(ともかくじゃねーって)、古くなった月餅をツマミ食いするのはやめよう。
 ああ、けどずっと気になってるんだけど、この物語、一応史実をベースにして描いてることは解るんだけど、皇帝つきの武官の張彊(源氏名が香娥)、ホントに女装癖のあるストレス男だったんだろうか(^o^)。

2001年05月31日(木) 多分まだ20世紀は終わっていない/DVD『なぞの転校生�供�


2002年05月30日(木) タカリ女の言い分/『東亰異聞(とうけいいぶん)』1巻(小野不由美・梶原にき)

 掲示板に病気快癒祈願の書きこみ続く。ありがたいありがたい。
 けれど相変わらず劇団の連中の書きこみが少ねーよなあ。某君は身内から一番嫌われてるってことか。くそ。
 ともかく充分睡眠を取ることを心がけていたら、今朝になってようやく鼻の通りがよくなってきた。これなら鼻薬を使わなくてもすみそうだ。
 けれど血便はまだ止まらない。
 固まりきれずにゲル状態になってる便は赤黒くてまんまミートソースのようだ。えーっと、便の中に血が混じってるのがヤバいんだったっけ。でもこう便が液状になっていては診断のしようがない。うーん、やっぱり精密検査した方がいいんだろうか。


 仕事帰りに「王将」で食事。
 いつもはセットを頼んだ方が安上がりなのだが、今日は単品を食べたくなって、焼きそばとエビのチリソースを頼む。ご飯はナシ。
 食べ終わって、しげに「ワリカンにしようか」、と言ったら、「アンタの方が値段が高いんだからオレが損するやん」と怒る。
 私の焼きそばとエビチリを結構な分量分けてもらっててそう言うか。
 で、ゴネて払おうとしなかったので結局全額私の奢り。損もクソもあるか、そういうのを「タカリ」と言うのだ。 


 マンガ、小野不由美原作・梶原にき作画『東亰異聞(とうけいいぶん)』1巻(幻冬舎/バーズコミックススペシャル・693円)。
 タイトルにある通り、この物語の舞台は「東京」ではない。
 明示という元号は同じでも、そこは帝都「東亰」。
 「帝都」と言われると、つい『サクラ大戦』の「太正」を思い出しちゃうけど、どっちのファンにとっても比較されるのはメイワクかな(^o^)。
 こういう既存の歴史と似て非なる平行世界を設定した上で物語を綴る方法は決して目新しいものではない。近年の成功例は、山口雅也の『キッド・ピストルズ』シリーズとか、唐沢商会の『蒸気王』なんかだと思うけれど、さて、本作の出来はどうか。
 あえてパラレルワールドを設定しなければならない理由が今一つ不明ではあるが、まだ1巻だし、慌てて結論を出す必要もない。少なくとも、出だしは実にワクワクする展開だ。
 明治二十九年、夜の帝都に跳梁跋扈する二人の殺人鬼、火炎魔人と闇御前。
 男が物見台から突き落とされ、かけつけた人々の前から忽然と消えた火炎魔人。
 同じく、路地を行く男の喉笛を掻き切って、文字通り闇の中に消えた闇御前。
 果たして彼らは実在するのか、その正体は人か魔か、二人の間には何か関連があるのか、謎を解くべく、新聞記者、平河新太郎は、大道芸師、万造を訪ねるが……。
 原作の小説の方は読んでいないのだけれど、漫画版はその語り口が実にうまい。「黒子」の操る文楽人形に物語を語らせる手法は、目新しくはないが、「闇」に支配された明治の世を象徴するかのようで、充分に魅力的である。
 絵柄は、今市子と漆原友紀とよしながふみを足して2で割ったような、典型的なヤオイ系の線ではあるのだけれど、明治の「闇」を描くには、これくらい細やかな線で表情を表していく必要があるのだろう。うまく着地できれば、なかなかの傑作に仕上がるんじゃないかな。

2001年05月30日(水) まるでNENNEのように/『帰ってきたハイスクール!奇面組』(新沢基栄)ほか


2002年05月29日(水) 管理ってそういうことじゃなくてよ/DVD『絶叫屋敷へいらっしゃい!』/『ガンダムエース』7月創刊号ほか

 今日こそは職場に復帰することを決意する。
 と言っても、体調が完全に回復したわけではない。咳はなんとか治まったが、鼻詰まりは相変わらずヒドイ。
 しげに車で送ってもらいながらも、座ってられずにシートを倒して横になっている。私が相手をしてやらないので、しげ、退屈そうに「映画でも見てこよっかな」とかほざく(この日記を長く読んでいらっしゃる方ならおわかりでしょうが、しげはたとえ私が病気で苦しんでいても一切看病なんかしないヤツです)。
 私もいちいち相手してやる元気はないので、「行けば」とつっけんどんに答える。
 「あ、でもアンタが元気になるなら金曜日に一緒に行こっか」
 「それでもいいよ、何見に行くの」
 「『ノット・ア・ガール』。」
 「なんじゃそりゃ?」
 「なんか三人娘の恋愛もの」
 話を聞く限り、西洋版の「花の高三トリオ」か「お姐ちゃん」シリーズみたいな感じらしい(我ながらタトエが古いよ)。
 「……面白いの?」
 「多分つまんない」
 「じゃあ、なんで見に行くんだよ」
 「『ダン』が出てるんだよ!」
 ここで「モロボシダンか?」とか言ってボケたら、確実にしげに裏拳食らわされるので、素直に「あっそ」と答える。
 念のため。もちろん「ダン」とは「段田男」のことである。
 ……あ、殴るなよ、しげ。"/(;-_-)
 「資料見たら誰とかのダディって書いてあったから、三人娘の誰かの父親だってことは分るんだけど、多分あまり出番ないと思う」
 出番なんてちょっとでもありゃ、それだけで満足するくせに。
 ワンシーンしか出演シーンがないというのに、ダン・エイクロイドが出ていると言うだけで「『パール・ハーバー』は傑作だ!」と言い切るダン狂信者のしげにとっちゃ、どんなにノーテンキな青春ラブラブ映画だって、超傑作になっちゃうのであろうことは予想がつく。
 「あんたが見たくないなら一人で見に行くけど?」
 「別に俺は見たくない映画なんてないってば。映画ならなんでも見るよ。金曜日に行くならそれでいいし」
 「でも、多分、金曜日までしかやってないっちゃ」
 「待てないなら今日一人で行きゃいいじゃん。レディースデイだし」
 「そうしよっかなあ、どうしよっか」
 この小早川秀秋なみの優柔不断さはなんなのだろうなあ。私はもう諦めがついているからいいものの、しげと関わってる人たち、イライラしてはいないのだろうか。
 あ、くそ、結局相手しちゃったじゃないか。疲れてんのになあ(ーー;)。


 何しろ五日ぶりである。
 職場では、当然のごとく、視線の厳しい同僚も多々いらっしゃる。
 それだけならばまだいいが、上司がそっと耳打ちしてくるのである。
 「○○さんたち、休んでる間にアンタのこと随分悪口言ってたからね」。
 いやあ、声には出さなかったけど、驚いたね、こりゃ。
 いや、陰口叩かれたってことに対してじゃないの。
 陰口を言わない人間なんて、この世に存在するわけはないから、そんなことで私ゃ同僚を恨んだりはしない。
 それに、本当に同僚が「陰口」を言っていたのかどうかもいささか疑問だ。普通、上司に聞こえるような場所で、堂々と他の同僚の悪口なんて言ったりできるものではない。交わされた会話というのも、恐らくは、せいぜい「早く出て来てもらわないと困る」程度の愚痴じゃなかったかと思うのだ。もしそうなら、なおのこと、私が驚いたり腹を立てたりしなきゃならない理由はない。
 お解りいただけるだろうが、驚いたのは同僚に対してではないのだ。
 経緯を私に告げた上司に対してである。
 マトモな神経持ってんなら、ただの愚痴かもしれない言葉を「陰口」と捉えたりするかね。いや、仮に本当にそれが「陰口」だったとしても、注意すべき相手は、私ではなくて、不謹慎な発言をしたその同僚たちなのではないのか?
 しかも管理者たる立場の人間が、いちいちそんな経緯を悪口言われた本人に告げたりするか? 
 一応、意図としては「仕事を休むな、しっかり健康管理しろ」って言いたいんだろうけど、言うに事欠いて「陰口叩かれないように」って注意の仕方はねーよな。しかも陰口言った人の名前まで出してるし。
 もしも私がその人のところへ、「病気になったが悪いか!」なんて文句言いに行ったらどうするつもりなんだろうね、上司は。
 思いあがっているのである。
 管理者だと自覚してるのはいいけどさ、仕事の中身勘違いしてるんだよな。
 日頃、他人の眼を気にすることしか考えずに生きてるから、「管理」が即、「コトナカレ」に結びついているのだろう。
 結果として、トラブルの原因がどこにあるかということを考えて改善することより(もちろん原因は無理な組織運営している上司にあるのだ)、「組しやすい相手」に圧力をかけてくることになる(まあ、私が組しやすいというのは認めるが)。
 けど、それって「下品」だよな。
 管理者って立場になると、どうしてもこんな低劣な人間になってしまうものなのかなあ。そうなら私は一生ならんぞ(なれねえって)。

 上司のコトバなぞ気にしても仕方がないとは思いながら、小心者の常で、やはりシクシクと胃が痛む(/_;)。
 ふと、仮に同僚が怒ってるのが本当だとしてもそりゃ無理もないことだよな、立場を変えれば、私だって、「あのヤロウ、仕事をこっちに押しつけてこんなに休みやがって」と思うかもしれないし……と考えたところで、アレ? と思った。
 私、今までそんな考え方をしたことないや。
 実際に同僚が病気で休んだこと何度も経験してるけど、「病気だったらしゃあないじゃん、休んでも」としか思わなかったんだよな。それで仕事が忙しくなってても、私の文句の矛先は、管理能力のない上司にしか向けられなかった。病気がちな自分に対する言い訳として相憐れむようにそう言ってたわけじゃなくて、ホントに他人が休んでもそれで迷惑を受けたと考えたことがなかったのだ。
 つーか、やっぱり病人に対して「健康管理しろよ」って言い放てる神経って、異常じゃないのか? 相当異常な職場にいるんじゃないのか? 私って。
 ……なんだかまた鬱・鬱・鬱……。

 それでも起きあがることすらできなかった昨日に比べれば遥かにマシである。
 鼻詰まりもなんとか鼻薬を差してゴマ化しているが、この鼻薬というヤツ、確かに鼻をスッとさせてはくれるが、その分、頭痛もオマケに付けてくれるのである。
 完全快復にはもう数日はかかりそうである。


 しげは今日は早出の仕事。
 私を迎えたあと、飛んで仕事場に行く。
 とりあえず椅子に座れる程度にはなったので、パソコンに向かってネットの探索など。
 ふと、しげのパソコンのテーブルを見ると、なにやらCDっぽいものが置いてある。これが、CD仕様にはなっていたが、『ノット・ア・ガール』のパンフレットであった。
 なんだ、結局見に行きやがったのか。
 ……だったら金曜は何を見に行くんだよう。

 DVDで『スニーカーズ』、『絶叫屋敷へいらっしゃい!』、ダン・エイクロイド2本立てを吹替え版で見る。
 映画自体はどちらとも以前に何度か見ているので、もっぱら吹替えの仕方にばかり注目。
 『スニーカーズ』の方のエイクロイドは竜田直樹。
 マシンガントークでないどころか、やや鼻にかかったような間延びした声は、まるでキャラクターに合っていない。これほどわかりやすいミスキャストも珍しいのではないか。
 エイクロイドは本人自身を彷彿とさせる超常現象オタクの役なのだが、翻訳がまたそのへんの事情に疎い人だったらしく、「キャトルミューティレーション」を「家畜虐待」とか訳してやがる。イメージ違うよなあ。
 『絶叫屋敷』の判事は内海賢二。普通に考えればこれも当然ミスキャストだ。
 けれど、一見してエイクロイドと分らないくらい思いっきりメイクしてるし(頭もちんちん鼻もちんちん)、声も作ってるから、普段の声じゃないってことでギリギリセーフかなあ。キャラクターには合ってる。
 けど、映画の出来自体がとことんショボイからなあ(^_^;)。
 なにしろラジー賞にノミネートされまくっただけあって、笑える箇所が殆どない。ダン・エイクロイド、この唯一の監督作がコケちゃったのがイタかったよなあ。主役張れる機会がこれ以後めっきり減って来ちゃったから。間違ってもトム・ハンクスみたいに『フォレスト・ガンプ』の方向に行かなかったのは立派なんだけどね。
 バイプレイヤーとしても確かに名演を見せてくれるんだけど、やっぱり「華」のある人だから、主演でイッパツ、コメディを撮り続けてほしいものです。でないと、わずかワンシーンの出演のために映画館に通わされる羽目になるし。


 しげの仕事、いつもより早く終わる。
 まだ11時にもなっていないので、やや遅めの夕飯を、ということで、ブックセンターホンダを回って本を買い込み、ロイヤルホストで食事。
 スパゲティミートソースに「チキンなんたら」。
 フェア商品なのでやたら長ったらしい名前がついてて、覚えてないが、これが実に美味いのであった。
 蒸したチキンにゴマミソみたいなソースかけてるんだけど、蒸したり茹でたりしすぎると、すっかり脂身が抜けてパスパスになりかねない鶏肉を、適度なとろみを残して甘く蒸し上げている。口の中でややモチッとした歯応えがあるのがいい。しげに何切れか分けてやったが、ちょっともったいなかったかも(^^*) 。


 『ガンダムエース』7月号(角川書店・650円)。
 No.005と通し番号が付いてるけれども、今号から「ニュータイプドットコム増刊」が外れて新創刊。
 表紙を捲った途端の寺田克也のマ・クベのグラビア、ムチャクチャ気味悪いぞ。殆どゾンビにしか見えないが、壷持った女が後ろに立ってるのが大笑い(あれは「いいもの」か?)。
 安彦良和『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』はいよいよ『ガルマ編』。
 ……なんか、ガルマ、アニメの時よりえらくカマっぽいんですけど(^_^;)。
 「笑うなよ、兵が見ている」……って、兵がホントに呆れ顔で見てるしねえ。
 全体的に安彦さん、キャラクターをナヨッとさせるようになってるから、アニメのときは緊張感のあったシーンが、そうでもなくなって、むしろ「笑い」を誘うようになってしまっているシークエンスも多い。もちろんそれがいけないとも言いきれないんだけど、「オリジン」と謳ってるんだから、不快に感じる読者もいるかも。私はいろいろ突っ込めて楽しいんだけどね。
 出撃拒否するアムロをブライトが殴るシーンなんかも、ブライト自身が全然頼りないから、ヒステリー男同士の言い争いにしか見えないぞ(-_-;)。
 次回はいよいよイセリナが出るかな。テレビ放映時、「イセリナのキャラデザインには失敗した」とか安彦さん言ってたから(アレじゃただのバカだとか言ってたような)、思いきって展開を変えりゃしないかなあと期待してるんだけど、そしたらまたファーストガンダムオンリーってファンは激怒するかもな(^o^)。


 もう五日ほど日記を更新していない。
 掲示板の方にも何人もの方から心配の書きこみがあるが、それにレスも付けられない状態である。それでもなんとか起きられるようにはなったのだから、早いとこ書いてかないとな、と思っていたところ、東京のこうたろう君から電話。
 容態を心配してくれたのだが、友人の声を聞いた途端に私の方も元気になってペラペラ喋り出すのだから、我ながらまるでこれまでは仮病を使ってたみたいである。
 もちろん脳内でアドレナリンが出まくってるおかげでの一時的なものであろう。
 気付いたら病気のことそっちのけでオタク話をしている。
 こうたろう君の息子さん、『ガンダムエース』に載ってたトニーたけざきの『シャアの左遷』を読んで笑い転げているらしい。
 シャアがガンダムの凄さをドズルに伝えようと懸命になるうちに、気がついたら口が滑って「目からビームを出す」とか「腕が飛ぶ」とか「胸からシューシューと臭い息を吐く」とか、デタラメ報告してしまうというギャグ作品。……いや、私も笑ったけどよ(^_^;)。
 でもあれ、ちょっとえっちなギャグも入ってたんだが、息子さん小学二年生で意味わかってるんだろうか。あまり耳学問が過ぎるとあとで困るぞ(何にだ)。

 電話が終わった途端、腑抜けたようになって、そのまま爆睡する。
 ……明日こそ日記の更新を。

2001年05月29日(火) ヒステリー・ヒストリー/『オサムとタエ 早春残光編』(村野守美)ほか


2002年05月28日(火) 素敵なあなた(はあと)/CD『ぼういず伝説』/『コメットさん☆』DVDBOX2ほか

 風邪が全然治らない。
 しげが「クーラーかけて寝てるからだよ」と言うが、寒気は全くないのだ。熱もない。
 ただただ咳が止まらずノドが痛くて、鼻が詰まって息ができず、頭痛が頭を横殴りするように響いて、そして腹を下して血便が出ている。
 なんだかこのまま死んじゃった方が楽なんじゃないかと思えるくらいに気分も鬱になる。
 それでも今日はなんとか仕事に行こうと、着替えまではしたのだ。
 けれど、立ちあがって2、3歩歩いて、猛烈な目眩に襲われた。
 そのまま椅子に座りこむ。こりゃダメだ、と判断してまた職場に欠勤の電話を入れる。
 上司から「いい加減で体調を整えないと」と言われるが、定期的にメンテにゃ出してますよ。オーバーワークがメンテに追いつかないんですってば(-_-;)。 


 坊屋三郎さんが25日、心不全のため死去。享年92。
 名優、清川虹子さんを追いかけるような死だった。
 これで「あきれたぼういず」のメンバーは第1次、第2次、第3次含めても全て鬼籍に入ったことになる。
 しかし、新聞記事にも「あきれたぼういず」メンバーと書いてあるが、もうどれだけの人が「あきれたぼういず」のことを覚えているのだろうか。例の「クイントリックス」のCMですら、1974年、もう30年近く昔のことなのである。
 だいたい坊屋さんのことを「コメディアン」と呼ぶこと自体、本当はおかしい。「あきれたぼういず」はボードヴィルチームである。肩書きをつけるなら「ボードヴィリアン」が至当だろう。こういうことに記者が拘らなくなっているのも、現代ではボードヴィルショーが絶滅してしまっている悲しい事実を証明している。
 ったって、私だって、「ぼういず」の歴史は生まれる前のことで、母から話に聞いてただけのことだ。「自分が見聞きしたことのないものは語るな」と言う小林信彦の言に従えば何も言えないことになるが、それでも世の中には奇特な方々がいて、「あきれたぼういず」のCDなんつーものを出してくれてたりするのである。
 この『ぼういず伝説』を聞く限り、彼らをして、まさしく日本のマルクス・ブラザーズであったと呼称しても決して誉めすぎにはなるまい。戦前の収録だと言うのに、一曲に詰め込んだギャグのこの膨大さはなんということか! しかもただただナンセンス、よくも検閲だらけの戦前にこれだけパラノイアな録音が許可されたものだと感嘆する(実際はこれでも相当、発売禁止になったものも多いらしい)。どれだけ狂ってるかはぜひとも現物に当たって頂きたいものである。

 けれど、今やその「ぼういず」のメンバー自体を書き記さなければ、ワケがわからない。と言っても私だってCDの解説を引用せねば殆ど書けやしないのであるが。
 稀代のボードビリアン川田義雄(晴久)、坊屋三郎と弟の芝利英(モーリス・シュバリエのもじり)、益田喜頓(バスター・キートンのもじり)の4人が第1時ぼういずで、昭和12年の結成。彼らは関西の吉本興行の、東京進出の看板だった。
 しかしわずか2年後の昭和14年、新興キネマが川田以外の三人を引きぬき、山茶花究と組ませて第2次ぼういずを結成する。
 旗揚げのとき、彼らはマルクスブラザーズに扮したそうだが、グルーチョが芝利英、ハーポが坊屋三郎、チコが山茶花究。じゃあ益田喜頓はゼッポかと言うと、「馬」だったそうな(^o^)。
 戦時中は敵性語禁止のために名称を「新興快速舞隊」に変更して活動したが、18年、芝利英が応召(後、戦死)したため活動停止。しかし戦後の22年、残る三人でカムバック、26年の解散まで活動した。母が記憶しているのはこのころの「ぼういず」だったろう。
 川田は「ぼういず」の顔だったが、そういう事情で在籍していたのはわずか2年でしかない。しかし、後に「川田義雄とミルク・ブラザーズ(後に川田晴久とダイナ・ブラザース)」を結成。このグループのテーマソングが有名な『地球の上に朝が来る』であるが、『ぼういず伝説』にはボーナストラックとして、この曲も収録されている。

 坊屋さんはもともとオペラの松本芳能里の弟子で、本物のオペレッタをこなしたこともあるという。
 なのに「ぼういず」の『四文オペラ』ではその美声を聞かせるどころか東北ナマリで「オペラはお寺ではないのでありますぞヨ」なんて言っている。驚くのはその早口と声真似の域の広さだ。ポパイとブルートとベティ・ブープを一人で演じ分けるなんてトンデモナイことを既にデビュー曲の『4人の突撃兵』の中で披露している。
 ぼういずの中では正統派の川田、芝のボーカルの合間にチャチャを入れるように高瀬実乗の声真似なんかしているが、もちろん実力がなければできることではない。
 『嘘くらべ』の一節、坊屋さんのボーカル部分も相当狂っている。
 「風は北風ポンプじゃダメだよ、氷の柱で火の手を包み、包んだ火の手をチョイと丸め、ウーウーウーウー、火事の団子か氷の団子かお団子団子で火事団子」……歌詞を読めばまあ、何を言ってるのか分らなくはないのだが、耳で聞いてると早口過ぎて何が何やら解らない。
 四人が四人とも、この調子で捲くし立てるものだから、聞く者はただただその勢いに巻きこまれるしかないのだ。……ライブで見られたら本当にすごかったろうなあ。
 晩年、大林信彦映画の常連になったけれども、随分もったいない使われ方をしていたように思う。もうちょっとギャグの見せ場を作ってあげてもよかったんじゃなかろうか。歌のシーンも。


 伊藤俊人さん追悼でまたまたビデオ『君となら(再演)』を見返す。
 伊藤さんは主役の斉藤由貴にかつてフラレた床屋の職人の役。
 芝居全体の中では小さな役だけれど、嘘に嘘が重なった末に、最後にカタストロフを迎えるきっかけを作る役でもある。三谷幸喜さん、東京サンシャインボーイズを解散した後も、劇団の役者をオイシイ所に使っているのだ。ギャグも効いている。
 ……ほんの5年前の姿だ。
 このとき35歳のはずだけれど、20代に見える。演技が若いのだ。
 惜しみても余りある。


 DVDBOX『コメットさん☆』、鼻ミズ垂らしながら後半43話まで全て見る。
 うーん、やっぱり王子様の正体はケースケにしておくのがセオリーだったよなあ、と通して見ると改めて思う。というか、そういう伏線を張ってたんだから、そうしないと視聴者の期待を裏切る形になるって考えなかったのかなあ、脚本のおけやさん。初めから王子様はケースケともシュンとも別人にするつもりだったって、ホント? それにしちゃ辻褄が合ってないし、何のためにそうしたのか効果が分らない。王子様とコメットを「結ばせない」ための手段なのか?
 「ケースケの過去は謎」とカゲビトに調べさせてるんだから、「別に謎でもなんでもなかった」ってのはただの詐欺じゃん。やっぱり、打ち切りが決まったための混乱が設定にも変化を与えちゃったって気がするなあ。


 しげがパソコンの前でいきなりけたたましく笑い出したので、何ごとかと思ったら、AIQのエロの冒険者さんのサイトを覗いていたのだった。
 「はははははは!(しげはホントにこんなふうにけたたましく笑う。多分、頭のネジが半分くらいネジ切れてるのだ)」
 「エロさん、なんかおもしろいこと書いてるの?」
 「違うと。エロさん、サイト名変えたんよ」
 「……なんて?」
 「……見てん」
 で、見てみた。
 昨日までは『元祖エロ倶楽部』と書かれていたその部分には……。

 「素敵なあなた」

 ぶはははははは!
 いや、笑っちゃいかんのかもしらんが、笑ったのは事実だから仕方がない。
 何を思ってエロさんがサイト名をこんなふうに変えちゃったのかは分らないけれど、エロさんが飛ばしてきたここしばらくのギャグの中で最大最高のものであることは断言できる。
 トップページに「アンドリュース・シスターズの同名曲から取ったものです」と注意書きがあるが、そんな言い訳、このタイトルとナマズの写真のミスマッチで吹っ飛んでしまう。
 なんだか私ゃ、エロさんがタキシード着て、フランスの高級レストランかどこかでギャルソンやってて、「いらっしゃいませ、素敵なあなた」とお客さんのレディーに手を差し伸べてる様子を想像しちゃったんだが、シツレイな想像だろうか。
 いや、ホントにウケたんですって。笑いすぎてクシャミまで出ました(そりゃ風邪が悪化してんだ)。

2001年05月28日(月) 才能がないなんて言い訳だ/DVD『チャーリーズ・エンジェル』



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藤原敬之(ふじわら・けいし)