無責任賛歌
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| 2002年02月01日(金) |
餃子、餃子、餃子〜、餃子を食べぇよおー♪/『真・無責任艦長タイラー�ァ”�活編』(吉岡平)/『東西奇ッ怪紳士録』(水木しげる)ほか |
血便が止まったと思ったら、また復活。 なんだかもう、一生付き合うしかないのかって気になってきたなあ。いや、血を出すのは一向に構わんのだが、このなんとも言えないカラダの重さっつーかダルさっつーか、眩暈が何とかなってくれりゃあいいのだが。
仕事が片付いて、帰ろうとした瞬間に仕事が舞いこむ。 別に仕事をするのは構わんのだが、どうしてもう少し早目に連絡してくれないものかな。何かこちらが帰るのを見透かして、その直前にイジワルでもしてるかのようだ。 「今日は時間通りに帰れるよ」と連絡して、しげを呼んでおいたのに、職場を出たのは10分遅れ。しげ、私をウソツキ呼ばわりする。……でも、いつも叱られてるからって、こういう時だけ怒鳴り散らすって、なんか人間がせせこましいよな。
アニメ『クレヨンしんちゃん』見る。 今日は「ドアが壊れちゃったゾ」「こっちのおイモが食べたいゾ」の二本。 毎週、安心して見られるアニメなんて、本当に『クレヨンしんちゃん』くらいしかないが、それはシンエイ動画が長年の経験でちゃんとスタッフを育ててきた成果であろう。単に無難に仕事をこなすんじゃなく、スタンダードの中にスタッフの個性が光っているんである。作画監督ごとの味わいを楽しめるのも、『うる星やつら』以来じゃなかろうか。 そんなことをつらつら考えてたのも、Aパートの作画が、思いっきりデフォルメされてたから。何しろみさえの目とシワの区別がつかないくらいで(^^)。 こりゃてっきり、湯浅政明さんの仕事かと思って、スタッフ表を見てみたら、作画監督は大塚正美さん。ああ、そうだった、大塚さんも極端なデフォルメする人だったっけ、と、まだまだ未熟な自分のオタク度に赤面。しげには「間違えたやん」とバカにされるし、やっぱりもっともっとアニメを見ないとなあ。
『ミュージックステーション』について、この日記に書くことはあまりしてないが、ちょくちょく見ちゃいるんである。 ただ、アイドルの名前も曲のタイトルも、もう覚えきれなくなっちゃってるんで、日記に書こうと思っても、「ええ〜っと、なんか女子高生の格好してメガネかけた金髪の女の子が踊りながら歌ってたんだけどかわいかった」みたいなアホな文しか書けないのである。まあ、実際、アホだから構わんと言えば構わんのだが。 じゃあなぜ今日は書けるかといと、「観月ありさ」が、『ヒカルの碁』のエンディングソング、『ヒトミノチカラ』を歌ってたから(^^)。 あ、曲はいい曲ですよ。 あともう、二、三週したら、詞も覚えて、カラオケのマイ・レパートリーに入れるつもりです(何をそこまで一所懸命になってるのか)。 でも、なんかもー、端切れをベタベタくっつけたよーな衣装に、ドレッドにし損なったようなヘアスタイルで、もうオジサンの私にはこれのどこがいいのか皆目見当がつかない。それよりもなによりもムチャクチャ太ったぞ観月ありさ。 その二重顎はなんなんだ。『ナースのお仕事』映画版の仕事はちゃんとやれてるのか。もっとも、私は『超少女レイコ』には引っかからなかったので、観月が満月になろうが別にかまわんのだが。
しげは、今日は仕事が早上がりだというので、1時を過ぎて、ブックセンター・ホンダに行く。で、一緒に食事。どの店に入るか、いつもひと悶着があるのだが、今日はしげに目算があったらしく、すんなりとリンガーハットへ。 ただし、入ったのはしげが働いてる空港通店ではなく、諸岡店の方である。……やっぱり自分の同僚が働いてるとこにノコノコ食事にゃ行きづらいわな。
リンガーハットでは、1月10日から、「ひとくち餃子」のキャンペーンをやっている。 しげが大の「肉」好きであることは、この日記にも何度となく書いているが、中華料理に関しては「餃子」フリークである。実際、しげのお眼鏡に敵う餃子はなかなかない。 なのに、思いっきりチェーン店の大雑把な味であるリンガーの餃子がしげの好物ってのは、ちょっと首を捻りたくはなるが、私も新発売の餃子があると聞けば、一つ食してみたいとそぞろに心は動く。 というわけで晩飯は餃子に決定。 なんでも西日本限定のフェアらしく、「関東・関西・中京地区の店舗では『ひとくち餃子』は販売しておりません」とのことである。関東方面にお住まいの方にはゴメンナサイ。 ……いや、うまかったんだわ、これが(* ̄∇ ̄*)。 味が3種類用意されていて、さて、どれを選ぶか迷う。 「ホットマヨネーズ味」、餃子にマヨネーズ? と訝られる向きもあるかもしれないが、タコ焼きにだってマヨネーズをかけるのだから、餃子に合わないってことはない。容易に味が想像できるし、ハズレでないことは確か。 「特製からかじゃん味」、唐辛子と赤いパプリカを使った、ホットなソースということだけれど、昔は辛党な私だったが、最近はそうでもなくなった。ちょっと迷うところだ。 「みそダレ味」、さあ、これがちょっと想像がつかない。純正赤すりみそを使用ってことだけど、濃いみそ味だと、餃子の味をかえって損ないはしないだろうか。 結局、無難に「マヨネーズ味」。 餃子の焼き加減も固からず柔らかからずちょうどいい。 もっとも、確かに一口サイズで小さいのだが、いくつか皮がくっついてて、二個、一緒に食べなぎゃならなかったりする。普通の大きさの餃子だったら、皮がくっついてても自重で離れるので、二個同時に頬張ることはせずにすむのである。小さくするならちゃんと離れるように焼けよな。 けれど、味は、マヨネーズが餃子の香ばしさを引きたてていて、頗る美味。こりゃあとを引くねえ。 フェアは2月末までらしいので、あと2回は来て、残りの味を確かめてみたいものである。
「ひとくち餃子1皿ご注文ごとに、引換補助券1枚差し上げます。3枚集めれば、もれなく“ひとくち餃子一皿”をプレゼント」というキャンペーンもやってて、ちょっとほしくなる。 餃子柄の皿なんて、手に入れてどうする、と言われそうだが、なんであろうとオマケには弱い性格なんであるよ。
コンビニで、買い物ついでに『少年ジャンプ』を立ち読み。 『ヒカルの碁』、とりあえず今週で一応の区切りということらしい。 でも、原作者のほったゆみさんは、本来、ここで最終回にするつもりだったんじゃないかな。それを編集部から延長を要請されたってとこじゃなかろうか。 「佐為編」終了、なんて書かれてるけど、じゃあ、次からは別の幽霊が現れるのか(^^)。まあ、そんなことはないだろうけど、ここですっきり終わってんだから、引き際を考えたほうがいいと思うんだけどねえ。 結局、『ヒカ碁』もクソつまらんジャンプシステムの中に取りこまれちゃうのかなあ。そうならずに、更に面白い「第2部」を作ることが出来たなら、これは本当に漫画史上に残る名作になりえると思うんだけど。
吉岡平『真・無責任艦長タイラー�ァ”�活編』(エンターブレイン/ファミ通文庫・672円)。 表紙のアザリンちゃんとユーミ&エィミィは吉崎観音さんのイラスト、口絵と本文の挿絵は藤本秀明さん。 基本デザインは吉崎さんなんだけど、やっぱり全然イメージが違うんで、ちょっと戸惑う。吉崎さんの女の子、みんな「ナナ」になってる。もうちょっと顔の区別がつくように描けないものかな。 よく見ると、吉崎さんと藤本さんじゃ、ユーミとエィミィのホクロ&タレ髪の位置が違ってるぞ。マニアはそういう些細なところまで見るから気をつけておかないと。
ようやく「パコパコ」だったタイラーの意識が復活。 けれど、一度ロボトミー手術を受けた者が再生するって、ちょっとムチャじゃないか。まあ、「タイラー」にいちいちリアルを求めても仕方ないのかも知れないけど。 前回も書いたけれど、最初の小説版は「ギャグ」だったからいい加減な設定も許せたのだ。小説としての完成度をあげようとして、フィクションとしての面白さを減じてる点、もちっと注意してほしいんだけどねえ。 それはそうと、ユーミとエィミィが出て来た途端、私のアタマの中には、「かないみか」さんの声がポン、と出てきてしまった。どうしてもアニメにイメージが引きずられてるんだよなあ。アザリンは当然、笠原弘子だし。だからアザリンちゃんがタイラーに一糸纏わぬ姿でせまるシーンなんか、どうしても笠原弘子の声がダブって……ああ、イカンイカン、また妄想が。
マンガ、藤島康介『ああっ女神さまっ』23巻(講談社・460円)。 ずいぶん前に買ってたんだけど、すっかり本の山の中に埋もれてて、読み忘れてた。 螢一のとうちゃん&かあちゃんの登場だけれど、息子や娘に、桂馬さん・鷹乃さんと呼ばせる親ってのもちょっとなあ。 「肩書きで呼び合うほうが個人の人格を認めていないみたいでいやだ」という理屈は、一応理解はできなくはないが、ムカッとくる読者もいるんじゃないかな。たいていの家庭じゃ「とうさんかあさん」と呼ばせてるんだろうから、これ、結果的にそういう家庭をバカにしてることになってんだけどね。 もっとも、『女神さま』の作者も読者もそんなことに気がついてないってことなのかもしれんが(←おまえが一番バカにしとるわ)。 そういう家庭環境を出すのならそれはそれでかまわんのだが、あまり簡単に「理由」を語らせるべきじゃないのだ。螢一自身がそういうバカなキャラクターだって思われるぞ。
マンガ、和田慎二『ピグマリオ』8巻(メディアファクトリー・819円)。 クルトの母は実は……というのが今回解ったヒミツ。 ……ならガラティア母さんは? 実は同一人物とか、光の面と闇の面とか、生き分れの姉妹で子供を取りかえっことか、まあいろいろ理由はこじつけられそうだな。なんだかファンタジーというより、新派の田舎芝居みたいになりそうだけど。 もしかして和田慎二、その場その場の思いつきで設定考えてないか? アスナスはどんどんマザコン野郎になってくし、マリウスはまんま十三代石川五右衛門になっちゃってるし。どう収集つけるつもりなんだか。 新しく出て来たメデューサの三姉弟も、いかにもザコキャラっぽい。 つーか、和田さんのマンガの弱点は、心底怖い敵を造型する筆力がないところなんだけど。おかげでどんなにクルトが敵に苦しめられても「こんなチンピラに主役がやられるわけないよな」という感想の方が先に立っちゃうのだ。 しかも今度の敵、「天空の城」だと。 ……ああ、なんて貧困なイメージ。それをまた大仰に描くからますます白ける。もう少しオリジナルなアイデアってものがこの人にはないのか。 せめて、「ピグマリオ」の謎だけはキチンと解いてほしいもんだけどねえ。
マンガ、水木しげる『東西奇ッ怪紳士録』(小学館文庫・750円)。 奇人伝、というヒソカなジャンルがある。 いや、ヒソカというわけではないが、歴史のオモテに華やかに登場してくるわけではないが、そのヒトの珍妙な性格や奇行などが自然、世間の言の葉に乗って、風評として伝わる。それを収集したものと言えばよかろうか。 この発想は、おそらく司馬遷の『史記』の『列伝』あたりから、連綿と続いている伝統でもある。王侯貴族のような著名人よりも名もない人物にこそ目を注ぐ、対象は哲人・賢人である場合もあるし、ただの刺客である場合もある。風評がもとになっているためにその姿は虚実皮膜、しかしだからこそ面白い。たとえ虚偽が混じっていようが、「彼はこれこれしかじかな人物である」と世間が思いたい「理想の姿」がそこには描かれているのだ。 それを確かめていく行為は、まさしく、民俗学や考現学や“裏”モノ見聞にも通じるものであり、唐沢俊一氏が『すごいけど変な人×13』を書かれたのも宜なるかな、であるわけだ。
奇人、奇人を呼ぶ。 水木しげると言う当代随一の奇人による奇人伝、これまでにも南方熊楠などを取り上げていた氏であるが、ついにと言うか当然と言うかようやくと言うか、本格的に奇人伝に乗り出したのが本書。これが現在の『神秘家列伝』につながるわけである。
風来山人こと平賀源内(彼自身が奇人伝の最高傑作、『風流志道軒伝』をモノにしている。もちろん中味は実在の志道軒とはほとんど関係がない)。 二笑亭主人・渡辺釜蔵。 アドルフ・ヒトラー(水木氏がヒトラーの伝記を描くのは二度目だ。もちろん「奇人」としてのヒトラーを描くのである)。 創作か事実も混じっているのか、アフリカ・サンガ村のボロタハム氏。 フランスの妖怪城主シュヴァル。 鳥人幸吉。 この脈絡のないセレクションがスバラシイ。
個人的に好きなのが水木氏を中心とした『貸本末期の紳士たち』。 多分、昭和40年かそれより少し前の時代の物語。 ちょうど私が物心がついたころのことだ。 熱烈な水木ファンなら、『ゲゲゲの鬼太郎』ほかの水木マンガに登場するキャラクターが、実在の水木氏の友人たちをモデルにしていることをご存知だろう。
つゆき・サブローこと杉本五郎氏(本名は露木三郎だそうな。ややこしい)。 マンガ家でありアニメーターでありフィルムコレクター、古書コレクターとしても著名、かつ、唐沢俊一氏のお師匠さんでもある氏であるが、水木マンガに登場する時はあの「吸血鬼エリート(霧の中のジョニー)」。 水木さんの似顔絵は実に大胆な線にもかかわらずそっくりなんだが、氏もホントに「エリート」そっくりである。水木さんのご友人の中では珍しくおカネもちであったらしい。 氏のマンガで今、入手できるのは、『QJマンガ選書06・寄生人』(太田出版)しかない。しまった、まだ買ってなかったなあ。
メガネで出っ歯の山田こと桜井昌一氏。 私は、『悪魔くん(『千年王国』)』の蛙男も桜井氏がモデルじゃないかとニランでたが、桜井氏との会話の中から『悪魔くん』のアイデアが生まれたことを、今回、明かしている。「小切手は持っているが現金は持っていない」といういかにも胡散臭い貧乏クサさがいいなあ。このマンガは氏が兎月書房にいたころだろうか。夫婦喧嘩でよく奥さんに殴られてたみたいだ。
マンガ家・宇田川マサオ。 本編では「歌多川雅男」とちょっと名前を変えて登場。 さすがにこのヒトのマンガは私も読んだことがない。『ばったり侍』というのらしいのだが、多分1960年前後に出版されて以来復刻はされてないのだろう。かつては紙芝居で当てておお金持ち、今は四畳半のド貧乏でも「希望」だけは妄想並みにある。それがかえってモノガナシイ。 顔はまんま「妖怪いやみ」。この「いやみ」というキャラクターも水木さんはお好きらしく、三度も鬼太郎と戦わせている。
ネズミ男・上田。 『ねぼけ人生』によれば、「山田円太郎」というのが本名だそうだ。やっぱり少女マンガを描いたリしてたらしいが作品名は不明。ネズミ男の描いた少女マンガって、錯綜して入手したら結構な価値にならんかなあ。本編中ではやっぱり貧乏だが、後に印刷会社の社長に収まったそうな。成功したネズミ男というのも「合わない」ようだが、何となく果たせぬ夢が果たされたのかな、という気がして、ちょっと嬉しい。
黒洋万平。 名前を変えても容貌ですぐに分る、言わずと知れた「白土三平」である。 『忍者武芸帳』が三千部売れただけで貧乏仲間から大富豪扱い、というのが笑っていいのか切ないのかってところだが、その怪異な容貌はやはり見るだけで「奇人」だとしか言えない。プラットフォームのベンチでホームレスのように眠ってたのも実話だったんじゃないか。
つげ義春。 このころ家賃を2年ほど溜めてたとか。 水木さんのアシストをしていたというのは有名だが、女の子を描くのが苦手な水木さんの代わりに描くことも多かった。絵柄が変わっちゃって、今はつげさんもあのころの可憐な少女の絵は描けなくなっている。奥さんの佐々木マキさんと一緒になって、おカネもちにはなったようだけども。 「つげさんどうして上にのびるんです」 「いま三畳にいますから。どうしても上と下にしか空間が残されていないのです。横は荷物でいっぱいです」 だったら私も、上に伸びてたはずだが。大学時代はそんなとこに住んでたし。 いや、子供のころは裸電球の下、親子三人で横に並ぶことも出来ず、父はモノ置きに寝ていた。タテにしか伸びようがなかったはずなのになあ(^_^;)。
そうだ。 あのころはみんな、みんなが貧乏だったのだ。 貧乏だったけど、楽しい時代だった。水木さんのいうようにオモチロイ時代だったのだ。……だめだなあ、すっかりオジサンは昔を懐かしむようになっちゃったよ。 涙。
2001年02月01日(木) だ〜れだ?/舞台『菜の花の沖』
| 2002年01月31日(木) |
血管をタテに切る女/アニメ『七人のナナ』第4話/『ガウガウわー太』2巻(梅川和実)ほか |
薬が効いてきたのか、やっと血便が止まる。 これで油断ができないのが私のカラダで、ちょっとバランスを崩したら、またすぐ元に戻ってしまうのだ。 でも、まあまあ調子回復とは言えるか。もう仕事は休みたくない。
朝っぱらから車の中でしげと口喧嘩。 しげが「イイよね、病気だと仕事サボれて」と言ったのがそもそもの始まり。 いつもなら、私もまたしげがバカ言ってる、と聞き逃すのだが、昨日の今日なんで、こっちも抑えが利かない。 「お前、それ本気で言ってるのか? オレがサボってるって」 「なん、脅迫する気?」 「何が脅迫だ、お前の物言いについて怒ってんじゃないか!」 「ほら、やっぱ脅迫やん」 この被害者ぶる卑怯さ。なんかもー情けなくなってきた。
日本精神神経学会が、「精神分裂病」を今後「統合失調症」と改めることにしたとか。 偏見をなくすためってことらしいけどさ、コトバ変えたって、病気に対する偏見自体がなくならなけりゃ、いずれ「統合失調症」だって偏見の目にさらされることになるだろうけどね。 でも、このコトバが耳慣れないうちは、確かに多少は患者さんがサベツされることが少なくはなるだろう。 「あの人『統合失調症』なんですって」 「へええ、そりゃ大変ねえ」(←意味分らずに頷いてる) みたいな感じでさ。 その意味では、とりあえずの「対症療法」にはなりえるし、その間に偏見そのものをなくしていこうってことを考えていくってんなら、まあ、話は分らなくもない。 でも、まず断言していいと思うが、患者さんや病気に対する差別をなくそうって活動は、多分、全くされない。とりあえず、コトバ変えたからいいや、で放置されるよ、きっと。 「偏見をなくす」なんて、その人と深く付き合わなきゃできるこっちゃない。それどころか、深く付き合えば付き合うほど、「偏見が深くなる」危険だってあるのだ。自分自身が差別と偏見の塊だって自覚することになるかもしれない(いや、絶対にそうなる)覚悟を、全ての人間にしろってか? そりゃ到底ムリってもんだよ。人間なんてイザってときには弱いんだから。 あのさ、どうやったって差別される運命にあるなら、そんな「人の眼を避ける」ように逃げ隠れするような消極的な形を取るんじゃなくて、受けた差別をはね返せるような環境をどこかに作っとく必要があるんじゃないの? それは例えば法律の改正であったり、もちろん自分自身の力だって必要なんだ。それを今、誰がどこでやってる? 「やってるつもり」のやつらしかいないじゃん。イヤミな言い方になるけど、それじゃまるであえて「差別を温存」してるみたいにすら見えるぞ。 まずは病気の人たちがもっともっと表に出て行ける、しかも差別されることのない「場」を作んなきゃなんない。ネットは、その環境造りにはすごく適してると思うけど、どうだろうか。
帰りは仕事が遅れて7時。 しげ、なんだかブリブリしてるので、そのせいかと思ったら、「ウチ、ADSLがつながらないってよ!」と憤怒の形相(いや、そこまで酷くはないが)。 よく聞いてみると、一応、申しこみ自体はやってみたんだそうだ。 ところが、相手の係の人から、「つながることはつながりますが、必ずしもISDNより早くなるとは限りませんよ」と言われたんだと。 「ああ、ウチはなんて不便なところにあるんだ!」と車を運転しながらしげは天を仰いでいるが(前見ろって)、立地条件だけの問題じゃないようにも思うがなあ。ブロードバンドと言っても、今一つ信頼できない感じだしねえ。 しげのイライラがこっちにまで移りそうなので、ムリヤリ話題を変えて「そう言えば、頼んどいた洗濯物干し、やった?」と聞く。 しげ、急に声が萎んで、「……やってない」。 これで静かになってくれたか……って、問題はなにも解決しとらんがな。はよ洗濯物干せ。
帰宅した途端、しげに電話。 「なんの電話? 今の」 「うん、今日またハカセ来るって」 「来るって……昨日の今日で何しに?」 「遊びに。友だち連れて来るって」 「だからあ、部屋が片付いてないのにそう簡単に人呼ぶなよう!」 じきに穂希嬢、M子さんを連れて来訪。 劇団の人ではないので芸名はないが、こう、イニシャルで書くっての、何となく「少女A」っぽくてなんか書きにくいな。 一昔前の女性雑誌によく載ってた非行少女の実録更正モノなんか連想しちゃうのよ(って、いつの時代だ)。
「ほんの出来心からだった。 その日を境に、M子の生活は百八十度変わってしまったのだ。 ポプラの並木道。倶楽部活動ですっかり遅くなってしまったM子を待ち構えている男がいた。 破れた学生帽。上ボタンを二個も外した学ラン。町内でも札付きのワルと評判のヨシオだった。 『あっ、あなたは、ヨシオさん!』 『へっへっへ、M子。今日はずいぶんと、ショッてるじゃねえか』」
わはははは、昭和30年代だったら、もしかして流行作家になれるかもしれんな、私。……いや、秋元文庫とか、こんな感じの文体、多くってね。 今でも、「ある女」に小説書かせると、こんな感じの古色蒼然とした小説書くけど。 ああ、もちろん、しげのことですよ。 何しろアイツの文体のベースは「南洋一郎」(←ポプラ社の『ルパン全集』の訳・作者ね)だから。 とゆーか、ある一定の年代の人間まで(多分、昭和50年生まれくらいまで)は、たいてい南洋一郎か江戸川乱歩の文体に影響受けちゃうんじゃないか。特にセリフ回しに。 何かに驚いたとき、人物のセリフに、つい「あっ」って付けないかな。ルーツはもちろんもっと古いんだろうけれど、直接的には乱歩や洋一郎の文に接したせいでそう書いちゃうんだと思う。そういった自分でも気が付かないところに影響を与えてるとこが、この二人が認められざる巨匠であるってことなんだと思うんだが。
話が全然逸れたが、M子嬢、穂希嬢と雰囲気がよく似た感じである。 まあ、穂希嬢とマトモに付きあってられるってことは、もう絶対にエロエロOK、「壁」を作る必要がないってことだろうから、もう初対面だってのに初手から飛ばす飛ばす。ちょっと、ここには書けないけど(^_^;)。いやもう、エロばかりでなく、もう一般の常識では計り知れないことを平気で喋くりまくってるんである。
え〜っと、以下の内容はちゃんと穂希嬢の許可をとって書いてるので、誤解のないように。 しげや穂希嬢が先日雑談していて、なんの拍子か、「正しい自殺の仕方」についてのトークが始まったんだとか。 「確実に死ぬんなら、やっぱり手首切るのが一番ですよね」と穂希嬢。 しげたち、ウンウンと頷く。 「で、こないだ自殺しようと思って、手首切ってみたんですよ」 しげたち、ウンウンと頷く。 「確実に死ななきゃなあ、と思って、それには血管を切らなきゃと」 しげたち、ウンウンと頷く。 「で、左手のここ、血管が浮き出てるでしょ? これを切ろうと思ったんですよ」 しげたち、ウンウンと頷……きかけて、おや? と首を捻る。 「で、横に切っても深く切れなかったらいけないなあって、血管に沿ってタテに切ってみたんですけど、これがうまく切れなくて……」 しげ、穂希嬢の肩をポン、と叩いて一言。 「ハカセ、動脈と静脈の違いって知ってる?」
いや、穂希嬢も穂希嬢だが、しげも「どうして自殺なんてしようと思ったの?」とか、そっちのほうを心配しろよ。 理由を聞かなかったのはなぜ? と、しげに聞いたら「そんなんどうでもいいもん」。 しげの前では、どんな不幸も相対化されちゃうんだよなあ。 だからみんな、安心してしげにはいろんな相談持ちかけるんだろうけど。
そんな話を聞いてたんで、さっそく穂希嬢に聞いてみる。 「ハカセについてこんな話を聞いたんだけど」 「なんでしょう?」 「静脈をタテに切ったとか」 「ああ、そうなんですよ、おかげで『絶対に自殺できない女』ということで評判をとって」 評判なんか、それは。 ともあれ、実にあっけらかんとしたもんだ。どんなフィクションよりも、現実に生きる人間のほうがずっとずっと強く、面白い。 全く、ウチの劇団の連中にはいろんなことを教えられるばかりだ。穂希嬢も次に自殺するときには失敗しないように確実にね……って違うだろ、オイ。
アニメ『七人のナナ』第4話「誕生!受験戦隊ナナレンジャー?」。 そろそろ主題歌、歌えるぞ。カラオケに早く入るといいな♪ 今回、正式にナナたちに愛称がつく。命名者は友達の瞳。正統派メガネっ娘である。そしてナナレンジャーも正式発足(って発足するもんなのか、それ)。 「ナナっぺ」「ナナっち」「ナナりん」「ナナっこ」「ナナさま」「ナナぽん」と名づけられたラストで、オリジナルのナナが、「私のはないの?」と聞く。 「ナナはナナでいいじゃない」 「私も欲しいーい」 「じゃあ……ナナスケ?」 「……ただのナナでいい」 そう言ってうなだれるあたり、定番ギャグではあるけれど、元祖ナナを七人の中に埋没させないための適切な処置である。 ああ、今川演出、デタラメになりそうで意外とツボは抑えてるな。 けどまだまだナナレンジャーをドラマの中でどう生かすかは見えてきてはいない。やはり今後の展開を見守ってくことになるかな。
「何か見たいビデオでもある?」 と聞くが、「これだけたくさんあると、何を見たらいいのか……」と、穂希嬢、困惑気味。 「穂希さんはエロが好きだからねえ。穂希さんが満足できるくらいのエロなんてウチには……」 「いや、私別にエロが専門ってわけじゃ……」 「おっ、アレがあった!」
ふと思いついたのは、先日、某所にて手に入れた○○○○○○○○のビデオ。これにはあの○○製のエロアニメや、○○○○が声優として出演している『○○○○○○○ちゃん』というエロアニメも含まれていたのだ。 エロと言ってもただのエロでない、ストーリーを明かせないのが残念だが、○○○○○に捨てられた○○○○みたいなやつが○○に育てられて○○○○も○○みたいになって○○○○○話とか、○○○にさらわれた恋人を助けるために、○○○○が主人公に○○○○○○○○しようとするが、結局○○○○○○○○○話とか、バカとしか言いようがないアニメが紹介されているのだ。 こんなもんを妙齢の美女二人に見せるってのも、なんなんだが、案の定、この二人にとっては屁でもない。二人ともツッコミ入れながら受けてることったらない。 で、見終わったあと、穂希嬢、「これってエロとは少し違うんでは……?」。 いいじゃないの、気に入ったんなら。 こうして少しずつでも○○○○○○○○のファンを増やそうという健気な活動なんであるよ。
そのあと、DVD『少女革命ウテナ アドレッセンス黙示録』なんかを見せてるうちに、もう時間は10時。 二人とも堪能しきった顔で(何をかなあ)お帰りになったのであった。
しまった。エロなら『サウスパーク』を見せてやればよかった。
マンガ、梅川和実『ガウガウわー太』2巻(新潮社・530円)。 ああ、よかった。ちゃんと連載続いてるみたいで。 『コミックバンチ』、発行部数が創刊当初の70万部から、やっぱり40万部ほどにまで落ちこんじゃったらしい。ジャンプ方式そのままに、アンケート人気の悪い連載がいくつか切られてく中、『わー太』もちょっと心配してたんだけど、どうやら『バンチ』にも少しはマシな読者がついてたらしいね。もっとも『バンチ』以外で連載した方が、梅川さんの将来にとってもいいんじゃないかって気はしないでもないが。
今回は二重人格の犬・サンタと、狸のポン吉の復讐話。 今時、タヌキのネーミングに「ポン吉」はないだろうとは思うが、タヌキ好きの男の子が勝手につけたって設定だから仕方ないか。妙にタヌキ伝説に詳しくて「団三郎」とかつけられても困るし。 しかし、さすがに獣医さんのマンガだけはある。 佐々木倫子の『動物のお医者さん』も好きなマンガだったけど、作者本人が実際に動物に接していた経験があるかないかの差が如実に出ちゃってるものなあ。『動物のお医者さん』には動物を飼うための覚悟なんてなーんも感じさせないマンガだったもんね(だから『おたんこナース』も徹頭徹尾ギャグかと思って読んだら結構マジメだったんで逆に引いちゃった面もある)。 なんかもー、「かわいい』だけでペット買っちゃう人間のエゴイズムを告発してるようなもんなんで、『ハム太郎』のロコちゃんみたいな女の子が読んだら、胸をグサッと刺されちゃうんじゃないか。 動物に意志がある、という昔ながらのメルヘンチックな設定であるにもかかわらず、ファンタジーにはなってない。サンタの病気も「膵外分泌不全」という食物から栄養を吸収する酵素が膵臓からうまく分泌されない病気(って、人間で言えば糖尿病じゃんか。ああ、仲間だ!)。実にリアルだ。 だからサンタが二重人格になって、ゴミをあさったり、人を襲ったりしても、そういうこともありえることかもなあ、と納得してしまうのだ。 確かに、動物の気持ちが分らない人間に対する告発的な面はあるのだが、それが説教臭くは見えないのは、何より「動物とどうしたらいい関係を作って行けるのか」という方に作者の目が向いているからだろう。 外に向けて声高に叫ぶより、まず自分の足元をキチンと作っていくって態度が好感を呼んでると思うんである。
『バンチ』買ってる人は、アンケートに『ガウガウわー太』って書いてね♪
マンガ、柴田錬三郎原作・柳川喜弘作画『眠狂四郎』2巻(新潮社・530円)。 あっはっは、ついに出たぞ高姫。 狂四郎の敵は何人も現れたが、その筆頭と言えるのがこの驕慢な性悪女(マンガじゃ「こうひめ」とルビ打ってるけど、これ「たかひめ」じゃないのか)。 総勢55人に及んだ11代将軍家斉の娘の一人(実在)。自分になびかぬ狂四郎を逆恨みし、執拗に刺客を送り続ける様子は、原作のページをめくるほどに凄みを増していた(女が権力を握れば戦争は起こらない、なんてタワゴト言ってるやつがいるが、西大后の例はどうなるかね。淀君はどうなるんだよ)。 原作の柴田錬三郎さん、こういう権力握った女が自分のヒステリーで世の中をシッチャカメッチャカにする話が大好きらしく、もちろん淀君をモチーフにした作品なんかもたくさん書いている。けれど、狂四郎を手玉に取れるだけのキャラクターとして、この高姫は、シバレン悪のヒロイン中でも、白眉であろう。 映画版『眠狂四郎勝負』では久保菜穂子が演じていたが、まだまだ毒が足りない。後の直接の原作がない『眠狂四郎女妖剣/多情剣』に登場した菊姫や、『眠狂四郎人肌蜘蛛』の土門紫の方がずっと妖艶かつ情念のかたまりのように描かれている。 このマンガの高姫がこれからどうバケて行くか。 米俵の上に立膝で座り、酒かっ食らってる豪快な姿を見せてくれてるけれど、これくらいじゃまだまだ。女性のキャラの描き分けがもう一つのところがあるので、もちっと精進してもらいたいところである。
マンガ、雷句誠『金色のガッシュ!!』4巻(小学館・410円)。 「残りの魔物が70名」と発表されたけれど、つまり「ある程度の長期連載」が保証されたってことだね、よかったよかった。10週打ちきりだったら、こんな数も出せないもの。 もちろん、その70名が全員、ガッシュと清麿を襲ってくるはずもないから、二人の戦いは、せいぜいあと二、三十回ってとこなんだろうけれど、それでも10巻くらい、2年くらいは連載が続いてくれそうだ。ジャンプと違ってサンデーは人気が多少落ちても、まとまりがつくまでは連載を許してくれるところだから、雷句さんも自由に物語を広げてくれそうで、楽しみである。 今巻、既に本筋と全く関係ない「巨大母」や「最低先生」なんてエピソードも入ってるし。 頭はいいけど学校を休みがちな清麿を気に入らない遠山先生、「100点取られるのが口惜しい」とデタラメな問題ばかり出す。 「重要問題(配点50点)私(遠山先生)の初恋はいつだ? そして相手は誰だ? フフフフ……どうだこの問題は! 授業でもやってない問題だ。解けるものなら解くがいい! フフフフフ……フハハハハ……ハーッハッハッハ!!」 もちろん、遠山先生、このあとクラス全員に袋叩きにあうのである(^_^;)。 「最低先生」じゃなくて「最バカ先生」だろ、これ。 この、藤田和日郎譲りのムリヤリギャグ、しょーもないんだけど、好きなんスよ、すみません。
2001年01月31日(水) そうか、最近匂いに敏感になったのはそのせいか/『鉄甲軍団』(横山光輝)
| 2002年01月30日(水) |
どうしてくれよう。/『マジンガーバイブル 魔神全書』(永井豪とダイナミックプロ)ほか |
朝っぱらからまたもや眩暈。 今日こそは仕事に行こうと思ったが、やっぱり挫折。 なんだかなあ、職場に「すみません、休みます」って電話を入れるのもツライけどさあ、「どうぞ、ごゆっくり御養生下さい」って言われるのもそれはそれでツライのな。 誰のエッセイだったかなあ、日本人と中国人とじゃ、病気の時の激励の仕方が全然逆だってことを書いてあったのを読んだことがある。 「キミがいないと仕事が滞っちゃうよ、早く治して出てきな」というのが日本人。 「キミがいなくても仕事はちゃんとやってるから心配しないで休んでな」ってのが中国人だとか。 日本人は、中国人みたいな言われ方されたら「じゃあ、オレは会社にゃ必要でない存在なのか」って落ちこむってんだが、私、中国人的にしか言われたことないぞ(^_^;)。 でも、「ゆっくり休んでください」って言われた方がコトバ自体に対しての感覚としてはラクなんだよなあ。「ツライ」と感じるのは「ああ、本当に休んで迷惑かけてるなあ、すまないなあ」と感じちゃうせいなんであって。 でも、私のケツが私を便器から離したがらないのである。 そんなに便座のぬくもりがほしいのか私のケツ。 いつからTOTOと結託したのだ、ケツ野郎め。 とゆーわけで今日もウチの便器は血で真っ赤に染まる。愛の証か。
することがないので昼寝。 というか、貧血状態になっちゃってるので、ひたすら寝るしかない。 しげは芝居の練習だか買い物だかわかんないが、ものも言わずに出ていって、帰ってこない。 夫の具合が悪くてもォ、妻は全然ほったらかしィ、何一つ看病してくれなくてもォ、それでもメシだきゃ食わしてやるのよォ、なんて健気なオレェ、オレェ♪ ……勝手に歌作って歌ってもハラの痛みは取れやしないのだ。 はにゃはにゃ。
とか思ってたら、しげ、いきなり電話してくる。 「あ、起きてる?」 「……オマエの電話で起きたよ」 「今からハカセ(穂希嬢のこと)、連れてくるから」 「今からって……何?」 「じゃ」 「『じゃ』じゃねーだろ!」 一方的に切られた電話の受話器を片手に、私は茫然として部屋を見渡した。 汚い。 そりゃ、当たり前である。 ここんとこ、ずっと寝たきり生活だったもので、ゴミなんか全然片付けてないのだ。ええいくそ、お客さんを連れてくるなら、せめて二日前に、どうして連絡しておいてくれないのだ。今から帰ってくるなら、まだ小一時間は余裕があるとしても、とても片付けきれる状況じゃないぞ。 だいたい、どんなに部屋が散らかっても片付け一つせずに、全て私に押しつけるってのはどういう了見だ。こっちが病気の時くらい、なんでちゃんとしてくれないんだ。オマエ人間じゃねーよ、と悪態ついたって状況は変わらない。 こんな状態の時に客を家に呼ぶなんて、しげのアタマはどうかしてるんじゃないかと思うが、現実にヒトが来るって言われた以上は、片付けるしかない。 とほほほほ(T.T)。 青息吐息で、ゴミをまとめ、歩けるスペース、座れるスベースを空ける。 ……ええい、このフンダラベッチャが! ソファの上に下着だの靴下だのほっぽり出すなとあれほど言ってるのに! 洗い場に行って、洗濯しようと思ったら、二、三日前にしげに頼んでおいた洗濯物がやっぱり放ったらかされたままで、干されていない。結局、私が全部しなけりゃならんのだ。 何日間履き続けてるかわからないしげのパンツと、既に異臭を放っている靴下を、洗濯機の中で生乾きになって干せなくなってるやつといっしょくたにして、ぐわらぐわらぐわらと回す回す。一回すすいだだけじゃ、とても匂いが落ちるものじゃない。二度、三度洗う。 その間にとっ散らかってる部屋を片付けながら……眩暈を起こして倒れた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
以上、意識の空白でした。
いや、ホントに落ちちゃったのよ。目覚めたらもう、心臓がバクバク。 これで心停止してたら、今頃こんなふうに悠長に日記書いてないなあ。いやあ、危なかった。 なんとかソファを座れる状態にして果てているところに、しげ、穂希嬢を連れて帰ってくる。 「あ、明けましておめでとうございます」 「あ、おめでとう」 そう言えば、穂希嬢と会うのは今年初めてだ。 「ごめん、まだ片付け終わってないけど、とりあえず椅子にでも座って」 けれど穂希嬢、遠慮してるのか立ったままである。あるいはゴミをどけただけでソファが汚いので座る気になれないのかも。 しげ、あとからのほほんと入って来る。 「あれ? 片付けてんの?」 「片付けてんのって……オマエが穂希さん連れて来るって言ったんじゃんかよ」 「でも別に『片付けて』なんて言ってないよ?」
あ、切れた。 バカだバカだとは思ってたが、しげ、ここまでバカだったか。 え〜っと、劇団のみなさん、これ読んでますか。 私はもう限界です。みなさんがウチに遊びに来てくださるのは嬉しいのですが、しげはいつもこんな調子で、私に全て部屋の片づけをさせて自分では何もしようとしません。ですから、みなさんが訪ねてくる時、どんなに部屋が散らかってても、私はもうしげの手伝いはしません。 部屋が臭くてもあちこちにゴミが散乱してても、知りません。それでもよかったらどうぞおいで下さい。一緒に部屋を片付けましょう。しげは放っといて。
気持ちの上ではしげを怒鳴りつけたい気分だったが、穂希嬢がいたのでグッとガマンする。 こういう私のガマンだって、しげには私が人前で体裁を整えてるからだっていうふうにしか映らないのだ。人前でしげを私が叱らないのは、それが即しげの恥につながっちゃうからだろうが。 こうして日記に書いてる分には、私の虚構が混じってる、あえて露悪的にしげのことを書いてるって可能性だって考えられるのだ。だから、ウチに来て見て、「なんだ、案外片付いてるじゃん、しげさんが全然片付けしないなんて、やっぱりダンナのウソだったんだね」と取り繕うことだって出来る。 人前でしげを罵倒しなかったのは、そんなふうに私がしげを気遣ってたってのに、そんなことにも気付いてないのだ。 とゆーか、はっきり何度もそうしげに言ってるのに、3秒後にはしげは忘れているのだ。 何をどうやったら、こんなバカができあがっちゃうのか。 ああ、でも「気持ちが離れる」ってこういう瞬間のことを言うんだなあ。もちろん、しげが心から「ごめんなさい、私が間違ってました」という日が来れば、私の気持ちも戻るのだろうけれど、さて、これを読んでもしげが「ごめんなさい」と言えるかどうか。
しげは、口で言いきかせても、すぐにヒステリーを起こすばかりで、マトモにモノを考えようとしないから、しかたなくこうして文章にしてるんである。 ちゃんと書いとくけど、素直に「ゴメン」って言えたら許すからね。これは別に私が高飛車になって「許してあげる」なんて態度でいるわけじゃないよ、お前は勝手にそう思いこんで自分を正当化しようとしてるけど。 自分が家事ほっぽらかしてるのは事実だろ? 「あんただって」とか「自分だって気遣いはしてる」とか言い訳をして、自分の身だけを守ろうとするな。それはただ卑怯なだけだ。守らなきゃいけないのは、自分の立場じゃなくて、「生活」だろうが。それを素直に反省しろって言ってんだよ。どんなに言い訳したって、一緒に暮らす基盤を自分自身で放棄してるのは厳然としてるんだぞ。 自分が間違ってるとはっきりわかってるのに謝れない人間なんてクズだ。どうせ私はクズだよってヒガムのはもっとクズだ。このままクズに成り果てて、トシ取ってくつもりか? もういい加減で「素直に謝る」、これだけでも学習しろよ。意地を張るな。 ハッキリ言われなきゃ分らないって、ハッキリ言ってもオマエがわかったためしがあるのか? だからバカバカ言われるんだ。
「気持ちが離れる」と書いたが、これもお前は勝手に勘違いしちゃうだろうから、書いとくけど、「愛情」がなくなったって意味じゃないからな。単に「私だってもうトシなんだし、これ以上、お前に言葉をかける気力がもうない」という意味だよ。そこで「だったら言葉なんかかけてもらわなくてもいい」とかふてくされるな。醜いぞ。 これだけ言葉を尽くしてもわからないか? こうして、お前に向かってること自体が、愛情でなくてなんだって言うんだよ。 気づけ。そして働け。 原因は全てお前にあるんだ。
穂希嬢、何かのゲームの攻略法をパソコンでダウンロードしたかったらしい。 私は黙々と片づけを続ける。 なんか全然相手しなくて申し訳なかったけれど、ちょっとココロに余裕なくなってたもので。 もちろん、しげはその間、何も片付けを手伝わない。 30分ほどして穂希嬢の作業終わり。 しげ、穂希嬢を送っていく。 なんかもー、疲れた。 ダラダラとアニメなど見る。 『キン肉マン�鏡ぁ戞△△◆⊇蕕瓩童�たけど初代キン肉マン、神谷明さんじゃなくなっちゃったのね。映画版までは神谷さんがやってたのに。ミートくんも松島みのりさんじゃなくなってるよう。作画は旧作より圧倒的によくなってるのに残念だなあ。でもギャグは相変わらずつまんない。リング上で屁をかまし合うなんて、ギャグ以前だ。こんなアホなとこだけ前作を踏襲してどうするんだよ。 『シャーマンキング』、これもしばらく見てないうちに、ストーリーがわかんなくなってる。どうやらシャーマンファイトは始まってるみたいだけど、新キャラが増えてるなあ、女の子とか女の子とか女の子とか。みんなかわいいのはとりあえずGOOD。でもおかげで林原めぐみや犬山犬子の出番が減ってるのがオジサン、悲しいぞ。 『テニスの王子様』、なんかマムシさんってのが出て来てますが、濃いキャラですねー。まあ、そんだけ。
『ヒカルの碁』第十六局「saiはだれだ」。 前回に引き続き、作画がとてつもなくいい。 構図、テンポ、統一感の取れたキャラデザイン(言わずもがなだけど、作画監督がしっかりしてないと、各原画の印象がバラバラになる)、2週続けてハイレベルってのは、班態勢がしっかりしてるってことなんだろう。 たまに作画が乱れるのは、どこか一、ニ班、おミソな作画監督のところがあるのかな? 『ヒカルの碁』はネットでも公式ページをよく見るんだが、各話の脚本、絵コンテ、演出の記載はあるのに、作画監督だけがない。単なるミスか、苦情が来るのを恐れてか。でもビデオで録ってるから、誰の回がヘタレかは調べりゃすぐバレちゃうんだけどね(←イジワル)。 今回の絵コンテの担当者を見てビックリ。「かみやじゅん」ってひらがなになってるけど、これ、『BLUESEED』、『ネオランガ』の「神谷純」監督だな? うわあ、なんちゅう豪華。脚本に難のある作品にあたることが多くて、もう一つ評価されてないみたいだけど、演出力はずば抜けてるヒトだ。 ああ、『ヒカ碁』はDVD買うまいと思ってたけど、これで迷いが出て来たぞ。 また驚いちゃったのは新登場の和谷、原作以上に美形だったんだよね。 もちろん原作でだって特に「美形」の位置にいるキャラじゃないんだけど(佐為にアキラもいるし)、こうも整ったデザインで描かれちゃうと、なんだかオジサンまで頬がポッ(^^*)……ああ、いやいや、そのケはないぞ、私には。 saiにネット碁で負けて口惜しがる和谷を初めはその口もとだけ映して、カメラをすっと引く、けれどカメラが和谷の半身を映すのは一瞬、窓の外まで引いて、そのまま上に上がり、空を見上げてやや呆けている顔を俯瞰で抑える。 いやあ、うまいわ。 和谷の負けて鬱屈していた心が、「saiって何者?」っていう思いに変わり、空へ広がって行くのを、ちゃんとカメラの移動で表現してるんだもの。アニメ誌も、こういう表現のテクニックをもっと特集してほしいんだけどなあ。「演出」が一番なおざりにされているのが今のアニメ誌の一番の問題点だと思うんである。 でも、こうもいい作画が続くと、ローテーションから行って来週あたりはまた崩れるかもな。予告編見てみてもそんな感じだし(^_^;)。
『ウンナンのホントコ』、24時間恋愛の第2週目。 ともかく、ほぼ1ヶ月会い続けて、それ以降も会いたいと思ったら、百万円は諦めなきゃなんないって企画だけど、穴があることはあるよな。 予めお互い示し合わせて、「もう二度と会いません」とウソついて百万円を手にして、こっそり会ってりゃいいんだから。 けど、なんかねー、そういうダークなことってインチキだからやりたくないってムードが二人の間に漂ってるのが、もー見てるこっちはむずがゆーてむずがゆーて。 いちいち1時間会ったあとに、日記を書かせてるんだけど、これがまた照れくさいやら何やら。女性の方の気持ちがどんどん彼に向かってて「私は相手にされてないのかも……」なんて切々としてきてるのに対して、彼は「彼女の本心が分らない」と戸惑うばかり。このすれ違いぶりがもう、臨場感のあることったら。 原千晶なんか涙ぐんで「彼女の気持ちわかる!」とか言ってるし、いとうせいこうさんまで「おもしろい!」と真顔で(?)言ってるし。 いやもう、結末がどうなるか、目が離せません。
帰宅したしげと、食事に出かける。 なんかもー、会話は上の空である。 これから車の中ではできるだけ寝るようにしよう。
ホンダで本を探してる間もしげはずっと「まだ? まだ?」とうるさい。自分が買い物してる間は私を平気で待たせとくくせになあ。 そのあと、ロイヤルホストでビーフシチュー。心が寒いと温かいものがほしくなるね。いつもは買わないパンをしこたま買いこんだのも、多分ストレスのせいだ。
雑誌『怪』vol.0012(角川書店・1365円)。 今回は天狗特集。 民俗学ってのは、タテに流れるヒトの心を研究するもんだと思う。だから、ムカシの生活を研究するってだけじゃなくて、今の「俗」にだって目を向けなけりゃ、その流れは見えてこない。 その点、この雑誌はよくわかってて、もちろん猿田彦伝説もキチンと抑えているが、「みうらじゅんのテングーを探せ!」なんて連載もあったりする。 いいなあ、テングーTシャツ。天狗の鼻の部分だけが立体なんだけど(しかも長くて太い。もちろんアレのアナロジーである)、常に片手で持ってなきゃならないっていうのはどんなものか。着てるやつがいたら見てみたいぞ。 テングードアノブ。鼻が垂れ下がるので、「象さん」に見えてしまうのがちょっとネック。篠原ともえもビックリしたらしいぞ。 しかし、ほんとに巷に天狗は溢れかえってるみたいだね。「てんぐ寿司」「琉舞衣装の店・てんぐ屋」「天狗堂」「うどん・そば・てん狗」。最後のなんか、うどんとそばと天狗を一緒に売ってるみたいだ(だってロゴの大きさがおんなじだったし)。 みうらさんによれば、尾田栄一郎の『ワンピース』のウソップもテングーだそうである。……そう言われると何となく納得できなくもないかな?(いや、ウソツキで鼻が長いってのはピノキオが元ネタなんだろうけどさ) けどどうしてみんなこんなに天狗が好きなのかってのは、考察しがいのあるテーマなんじゃないかね。 もちろん、水木しげるさんのマンガ『神秘家列伝』の今回のお題は、『天狗小僧寅吉』。いや、凝ってるねえ(^^)。
水木さんがこの雑誌のあとがきを書かれているのだが、「もう私は半分以上水木さんではないのです」とご本人が言われているくらいだから、この文章がやたらとおもしろい。 ここ10年で読んだ文章の中でも、まさしくベスト級と言ってもいい。 ちょっと長くなるが、一部を引用してみたい。
「私はあと三、四ヵ月で八十歳になると思うと、『怪』の“あとがき”同様、なんだかピンとこない。こないだ、カナダのトーテムポールを観に行ったが、どんな田舎でもチャント建ててあり、しかもみな上手に作ってあるので二度びっくりした。 そんなことを、糞をしながら考えていたわけだが、それでもどうもハッキリしないところをみると(昔はもっとハッキリしていた)、やはりボケたせいだろうか、なんとなく一日が、ゆかいになってきたのだ。というのは、〆切とか仕事の事が、どういうわけか、脳みそにしみこまないわけです。 (中略) ボケを利用して生きるというわけではないが、神様がそうするのだろう。〆切でもなんでも平気だ。即ち、仕事をやろうとしないわけだ。 ボケというものは、結局人を長生きに導き、幸福にするものだと私は思う(ボケこそ老人の救いである)。 つい話がボケになってしまったが、“怪”はボケどころかますますハッキリしてきている。 なにがハッキリしたのか分らないが、とにかく“面白い”方向にむかっているというわけだ。 めでたし めでたし」
ああ、こういう老人になれるんなら、人生、生きる甲斐もあろうってもんだ。世の中でボケを怖がる人は、知に生きているつもりで実は知の奴隷になっている人であろう。アタマのいいやつほどバカってのはやっぱり真理なんだよなあ。 手塚治虫があれだけの作品を残しながら画竜点睛を欠いたのはボケを経験しなかったことにある。人間やっぱり長生きしなきゃね。
原著作・永井豪、ダイナミックプロダクション・プロデュース『マジンガーバイブル 魔神全書』(双葉社・3675円)。 なんか似たような企画本、前にも出てたような気がするが、それでも買っちゃうのは永井豪ファンの性(さが)か。 資料は充実してるなんてレベルの話じゃない、ホントに「網羅」に近い、これ以上は望めまいくらいの完璧ぶり。初期企画資料から各作品、原作、テレビアニメ、劇場版の紹介や設定資料、ある限り出して来たって感じだ。 アニメはキャラの絵柄がコロコロ変わって、あまりに劇画チックで好きになれない話もあったんだけど、私が好きだった回は、原作に絵柄が近くてさやかがひたすらかわいい白土武が作画監督だったものだったと判明。羽根章悦さんや奥山玲子さんもいいけど。 『バイオレンスジャック』の『鉄の城』編や、『思いでのK君』にまで触れてるのはご愛嬌か。ともかく、豪ちゃんファンなら書棚の一番目立つところにドンと置いておきたくなる一冊である。
2001年01月30日(火) 昨日・今日・明日/『火の接吻』(戸川昌子)
| 2002年01月29日(火) |
休み過ぎだって自覚はあるのよ。一応。/DVD『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』/『西岸良平名作集 蜃気郎�供戮曚� |
年初めだっつーのに、また仕事休み。 有給を一番有効に使ってるな、オレ。 でも、トイレに行くたびに自分の真っ赤な血を見る生活も飽きたぞ。いい加減で止まれ。 いつまで経ってもしげが家事をしないので、洗濯やトイレ掃除などする。 だから病人をこき使わせるんじゃねーってば。 疲れて後はDVD三昧(疲れてるんだったら寝てろってば)。
DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ』6巻。 このシリーズもあと1巻で終わりだなや。 物語はいよいよ「コンクリートジャングル編」。これはもうなんと言ってもロバさんの登場にトドメをさすね。 いくらハレのかあちゃんがお嬢さまだからって、拳銃持ったボディガードがいるってのは変だろ、そこはテ○直後のマンハッタンかっ! てなマジメなツッコミはなし。やっぱ、「狙われている!」(狙ってないって)って一般人を撃ってくれるのがいいねえ。最近のマンガやアニメ、この程度のことでも自粛したりするし。戦争アニメで銃ぶっ放すのはよくても、子供向けや日常マンガじゃダメってかよ(`m´#)。 もちろん、このロバさんの「たいしたことない出来事でも疑心暗鬼の末に針小棒大に解釈してしまう」ってギャグは、鴨川つばめや江口寿史が80年代にさんざんやりまくったギャグだ。けれど、最近このギャグのルーツはなにかなあ、と思ってて、気づいたのだ。 これ、オー・ヘンリーの『最後の一葉』だわ。 「あの葉っぱが散ったら私も死ぬの」って、んなわけあるかい! これが難病ものの少女マンガを経て、「思い込み激しいギャグキャラ」の造型に一役買ったってわけだ。いやあ、オー・ヘンリーって偉大なギャグメーカーだったんだねえ。 ……異論・反論、お待ちしてます(^o^)。
テレビはちょうどこの辺から見始めたころ。 ギャグもぶっ飛んでるし、オタクマインドが横溢してるってのに、なんでたった26話で終わっちゃったんだか(だからか)。 本郷みつる、原恵一に続く「第三の男」水島努をみんなでプッシュしよう!
DVD『カウボーイビバップ 天国の扉』。 テレビシリーズと比べるとイマイチだった映画版だけど、結局買いました。メイキングDVDから買ってるし、1巻だけないってのも淋しいし。 ああ、でもやっぱり、オープニングからの10分巻は最高にイイなあ。 あのオープニングがライブアクションで作られたものではないと知ったら、ディズニーを始めとするアメリカのアニメーションスタッフはみんな度肝を抜くことだろう。職人の仕事がアニメの世界にはまだ残ってんだよなあ。 石橋蓮司のレンジィはやっぱり最高! こんなに楽しそうな石橋さんも滅多にない。 でも、これがシリーズ最後のリリースだってのに、特典はそれほどついてなかったなあ。予告編にヤマちゃんのメッセージくらいで。 確かに、映画はあくまで本編のみ、フロクなんて邪道って考え方も好きなんだけど、やっぱりオマケつきのお菓子って、ツイ、買っちゃうじゃん。メイキングなんかはやっぱり映画製作のドキュメンタリー的面白さが味わえて楽しいのだ。 それとも、プロダクョンIG、意外と秘密主義でウラは見せないってか?
DVD『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』。 子供のころは実はあまり好きになれなかったんだよね、『サンダ対ガイラ』。 なぜって、水野久美にくっついてるラス・タンブリンが嫌いだったから(^_^;)。 いやはや、ツマンナイ理由で名作の評価を落とすような言動は慎まねばね。今見返してみても、ラス・タンブリンの大根&手抜き演技は、日本人の眼からみてもバレバレなんだが。 しかし、前作『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』からの続きならニック・アダムスでいいじゃんかよう、どうしてタンブリンなんだよう。 実際、疑問に思うのは、本当にこれって『バラゴン』の続編なのかなあ、ってことだ。タンブリンも水野久美も、いかにも以前からフランケンシュタインを知ってるようなこと言ってやがるが、役名違うじゃんか。 水野久美、おまえいつからスエコからアケミに改名したんだよ。 そのへん、昔は大らかだったのかなあ。だいたい、アチラじゃこの二作が続きものだって知ってるの、相当なオタクだけみたいだぞ。 タイトルだって、ちょいとアチラの洋画データベースのサイトで調べてみたんだが、“Adventure of Gargantuas ”“Duel of the Gargantuas ”“The War of the Gargantuas”と、“Frankenstein's Monsters: Sanda vs. Gailah ”と正確に英語化してるものは少ない。ご承知のとおり、『ガルガンチュア』はフランスの伝説に出てくる巨人のこと。つまりフランケンシュタインとは縁もゆかりもありませんって体裁なわけだ。確かに「あれはフランケンの怪物です」って言われたって納得いかねえものな。 そのサイトでは、評価が10個の星のうち、5個ついていた。 『ゴジラ』(1954)が7つ星、『GMK』が9つ星(?!)であるのに比べると、たいして高くない。評価のコメントも、誉めてるのもあるが、「見るに耐えない」なんて酷評してるものもチラホラ。でもそれってやっぱりラス・タンブリンのクソ演技に絡んでる点が大きいみたいだから、あれさえなけりゃなあ、と無念に思うんである。合作だからってねえ、もちっとマシなキャスト組めなかったのかなあ。本当はジョージ・チャキリスがほしかったのに、断られてタンブリンに行ったんじゃないかって気すらするぞ。 このころの東宝はやたらと海外戦略を取ってたような気がする。予告編を見てみても、「世界の東宝」なんて堂々と謳ってたもんなあ(東映もアニメじゃそんなテロップ流してたけど)。今見ると、結構恥ずかしいぞ。 特典映像は、その海外版でのつけたし特撮シーンなどを収録しているけど、撮り直したものというよりも、日本版でカットしてたものを復活させたって感じみたいだ。 ガイラが走り抜けるシーン、人間を食って吐き捨てるシーン、サンダ対ガイラの決闘シーンなど、結構見られるシーンがカットされている。残酷だったり、場面がうまく繋がらなかったり、そんなところがカットの理由だったんじゃなかろうか。
マンガ、西岸良平『西岸良平名作集 蜃気郎�供戞柄侏媼辧�300円)。 1巻ではあまり描かれなかった蜃気郎の失敗談もいくつか登場。 怪盗もたまには失敗するって話を混ぜた方が親しみが湧く、と考えてのことかもしれないけれど、でも犯罪が見事に成功した時の話の方が圧倒的におもしろい。 ただの怪盗話じゃなくて、不思議譚、怪談、ホラー的な話も混じっている。 誰も知らない地下鉄が走ってる、なんて話は、都市伝説に取材してるんじゃないかな。西岸さん、ホントにいろんな所からモチーフを持ってきてるんだなあ。 解説がわりに、地下鉄の紹介コラムが載ってるんだけど、東京には地下鉄博物館ってのもあるらしい。開業当時の上野駅が再現されてるっていうことだから、これは機会があったら見てみたいものだ。
マンガ『スーパーロボットマガジン』vol.4(双葉社・680円)。 ああ、巻頭から『ゲッターロボアーク』がハズれちゃった。 一回だけの措置なのか人気がなかったのか。後者って気がするなあ。一度完結したものをまた続けるってのも、ねえ。 代わりに巻頭に来たのが、富士原昌幸の『鋼の救世主』。 なんだかもー、ただの対戦ゲームならともかく、∀ガンダムとザブングルとブライガーとガンダムXとマジンガーZとグレートマジンガーとゲッターロボとマジンカイザーとマクロスとコンバトラーVと、あと何が出てたっけ、ともかくこんなのが全部一緒くたになって、「マシンナリー・チルドレン」とかいう、エヴァもどきと戦ってたりしてるのだ。 ストーリーっつーか設定はどないなっとんじゃ。『オレは悪魔だデビルマン』と同じで、誰かさんがむりやり作った世界なのか。つじつまが合わんぞ。ここまで来ると昔ながらのえすえふふぁんにはついてける世界じゃありまっしぇーん。
もうこの雑誌で一番の楽しみなのは、はぬまあんさんの『いい旅ロボ気分』になりつつあるな(^o^)。 �螢灰灰蹐龍�圧制御恐竜ロボ、こいつは燃えまっせ!! まだ一部の展覧会でしか公開してみたいだけれど、これが博物館あたりで常設展示されるってんだたら、私ゃ矢も盾もたまらず見に行っちゃうけどなあ。
夜中にいきなりテレビからぴぽぴぽーん、と緊急ニュースのテロップが。 また地震かなあ、と思っていたら、「田中外相更迭」だと。 あちゃちゃ、ついにかぁ。 まあ、よく持ったほうかなあ、と思ってたら、また、ぴぽぴぽーん。いや、「更迭ニュース」なら今見たよ、と画面に突っ込んでると、今度は「野上義二外務次官も更迭」だと。 更にやっぱりというか、鈴木宗男衆院議院運営委員長も辞任の意向を示しているとか。
コイズミ先生「ケンカの原因はなんなの?! 先生に言ってごらんなさい!」 マキコちゃん「うえーん、よっちゃんが私の髪を引っ張ったのー」 ヨシジくん 「ちがわい、先にマキちゃんがボクを突き飛ばしたんだい!」 マキコちゃん「うそ! 私そんなことしてないもン!」 ヨシジくん 「ボクだって髪なんか引っ張ってないやい!」 マキコちゃん「引っ張ったもん!」 ヨシジくん 「へーン、何時何分何秒だよう!」 マキコちゃん「だって後ろでムッちゃんも見てたのに!」 コイズミ先生「ホントなの? ムッちゃん!」 ムネオくん 「知らねえよ! オレ、関係ねーよ!」 コイズミ先生「もういいわ! みんな、今日はお昼ご飯抜き!」 マ・ヨ・ム 『ええ〜?! そんなあ〜!』 まあ、こんな感じか。 裁定としては、なんの面白味もない結末になっちまったなあ、という印象だ。 要するにNGOの締め出しを謀ったのは誰か、それを追求させないって結果だもんね。 誰かも何も鈴木宗男自身が「そういう意図で言ったんじゃない」と、「言ったこと」自体は認めてるってえのに。 小泉首相もねえ、「女の涙にゃ勝てないね」とか言ってたんだから、女と心中するくらいのハラを括ってくれてりゃよかったのに。「女に背中切られるくらいじゃないと女は描けません」と溝口健二も言ってたぞ。関係ないか。
けどまあ、これで国民の判官贔屓が、田中真紀子への同情票を確実に集めることは間違いないな。案外、「次があるから」とかなんとか、それをカードに小泉首相は田中外相に更迭を納得させたんじゃなかろうか。
「アナタはん、ウチを捨てなさりはるんどすか?」 「泣くなおマキ、俺だってツレえのサ」 「そない言わはっても、もうウチにはアナタはんしかおらしまへんのどす」 「別に切れろと言ってるわけじゃねェ、二人の間にゃ、インターバルってものが必要なんだよゥ」 「いやどす。ウチは片時だって、アナタはんと別れとうはおまへん」 「耐えるのサ、おマキ、いつかまた、春も巡って来ようってもんじゃねぇかよゥ」
もっとも、女にこんなこと言ってて、誠実なヤツなんて、まずいねえけどな(^^)。 この程度のカケヒキくらいは青二才の小泉首相にだってできるんじゃないかって思うんだけれども、自分の人気が落ちるってことはあまり考えてないような気がする。まあ、「思いあがり」発言は首相になる前から頻繁にやってた人だし、今回も「思いあがった」末の勇み足なんだろうね。 その辺まで読めちゃうところが、この国の政治がつまんないとこ。もちっと楽しめるキャラ出してくれや(って映画じゃないって)。
どさくさに紛れるような形で、大橋巨泉もいきなり辞職。 テレビは、記者会見の席上で、民主党の金田誠一衆院議員、社民党の福島瑞穂幹事長、辻元清美政審会長なんかが、「辞めないで」コールしながら取り囲む様子を映してたけど、こういう三文芝居が見てるほうに通じると思ってる分、こいつらは実に始末に悪い。 政策がどーの、思想がどーのってことの前に、国民を舐めてなきゃ、こんなパフォーマンスはできねえって。でなきゃ、何もしなかった巨泉をどうして引き止める必要がある? 「人権派」を標榜する連中って、こんなのが多いからやんなるんだよなあ。
2001年01月29日(月) 癒し癒され恋焦がれ。/アニメ『地球防衛企業ダイ・ガード』13巻ほか
| 2002年01月28日(月) |
多分、しょっちゅう見ている夢/『おせん』其之三(きくち正太)/『END ZONE』1巻(えんどコイチ)ほか |
夜中の3時、ちょっと催してトイレに行く。 いきなりしげが「起きたん?」と聞いてくる。 体が起きてるだけで、覚醒しているわけではない。気分的には、トイレから帰ってきたら、また寝たいのだ。 「なんだよ、オレ、トイレだよ」 「帰ってきてからでいいから、背中押して? 痛いとよ」 「しらねーよ、帰って来たら寝るよ。眠いんだよ」 「お願い、約束したよ」 「返事してねーだろ、勝手に約束するな!」 なんか知らんがしげの背中のホネはしょっちゅうズレるんである。 整体に行っても完治しない。いったんは元に戻ってもすぐにずれる。 しょうがなく、時々私がしげの背中に乗って、平手で押して戻してやってるのだ。 右の手首と左の手首を合わせ、掌を蓮の葉のように広げて、背骨の両側に広がるように当てて、グイと押す。 そうすると、パキ、と音がして、ホネが元に戻るのである。 「ああ、背中が軽くなった!」 と、しげは喜ぶのだが、たいてい、私への報酬はない。 常日頃、自分が何か頼まれたときにはお駄賃求めたり求めなくても勝手に取っていったりしてるのに、理不尽だ不公平だと思っていたのだ。 その上、今日の私は寝惚けている。 「早く早くぅ、上に乗って?」 聞きようによってはすげースケベなセリフだが、もうこちらは乗れと言われりゃ乗ってやろうじゃないか、このクソ野郎ってな気分である。 いつもは体重を乗せて押すようなことはもちろんしない。 しかし、今日は思いきり、両掌にチカラをこめ、波動拳を放つがごとく。 「破ッ!」 「うっ!」 なんか私の下で動かなくなった生き物がいるがよく知らん。 あとはまた寝た。 多分、今まで書いたことも全部夢だろう。
こんな夢を見た。 マンションの屋上に長屋があって、そこの真ん中の部屋に住んでいる。 しかし、ベランダの向こうはずっと砂浜だ。 屋上じゃなかったのか、ここは、と夢の中の私も疑問に思っている。 どこぞのジジイがしょっちゅう、洗濯物を干しに砂浜に来ている。 部屋の中を覗かれちゃ困るので、カーテンはいつも締めっぱなしだ。 夢を見ながら、こんな夢を見ているとは、いったい私はどんな精神状態にあるんだろうと訝んでいる。 あとでこの夢を誰かに分析してもらうために、ちゃんと忘れないようにしておかなければいけないと、部屋の隅に膝を抱いてうずくまって、一生懸命、呪文のように唱え始める。 「砂浜にジジイ、砂浜にジジイ、砂浜にジジイ」
こうまでして、夢を記憶したのだ。誰か分析してくれ。
朝になって目覚めると、しげ、ぐっすり寝ている。 「ほら、職場まで送っていってくれ」 とつついても蹴飛ばしてもピクリとも動かない。 夕べ、何か疲れることでもあったのだろうか。 仕方なく、タクシーを拾って出かける。 夕方までにはいくらなんでも目覚めるだろう。
児童文学者・作家の上野瞭さん、27日に胆管がんで死去。73歳。 記憶喪失の猫、ヨゴロウザと仲間たちの、野良犬たちとの攻防戦。 理想の家族を演じることに堪えられずにホームレスになっていったお父さん。 前者は『ひげよ、さらば』。NHKで連続人形劇にもなった。 後者は『砂の上のロビンソン』。ドラマ化、映画化されて、そのお父さんの役を、テレビでは田中邦衛が、映画では大地康雄が演じていた。 多分、上野瞭さんをご存知の方はこの二作と思い出が直結している人が多いのではないかと思う。 もちろんこの二作を称賛するに言を待つものではないが、私が上野さんを知ったのはこの二作が発表される以前のことだった。 あれからもう、20数年。
『上野瞭ってひとの本、読んだんだけど、おもしろいね』 『先輩も、読んだんですか? 面白かったでしょう!!』
彼女とは、偶然同じ本を読み、同じようにおもしろがるということがままあった。それが何となく二人の仲を運命づけているように感じていたのも若さゆえのこと。 『ちょんまげ手まり歌』『目こぼし歌こぼし』、何しろどの話もハッピーエンドを拒む。 ちょうど、児童文学はこのままでいいのか、という議論が活発なころだった。 子供向けだからということで、現実の社会をいささかも投影しない絵空事ばかり描いていていてもいいものか。 上野さん自身、評論と実作の両面からその議論のウズの中に身を投じていた。 結果、上野さんの作品はいずれもが、たとえ猫の世界を舞台にしたものであっても、「現実」を色濃く映しだしたものになっていたのである。
私は、彼女と一緒に上野さんにお会いしたことがある。 1984年、夏。 講演会の後だったが、児童文学を研究している者です、と自己紹介したら、30分以上も時間を割いてお話をしてくださった。 「現実とファンタジーとは必ずしも融合しないのではないか、現実を取り入れたら、おもしろさは半減するのではないか」、そんなことを質問したと思う。これも若気の至りで、上野さんの作品自体を揶揄しているようなつもりでいた。『ひげよ、さらば』の淋しいラストが、当時の私にはよっぽど腹立たしく思えていたのだろう。それとも、彼女の前でエエカッコしいでいたかったのか。 上野さんは、そんな私の挑戦的な態度に、怒りを示そうともしなかった。「物語の力はそんな弱いものではない」。そんな意味のことを仰っていたが、その口調はあくまで優しく、しかも元気に満ち溢れていた。 五十歳を越されてはいたが、身振り手振りも大仰で、作家にありがちなえらぶったところが微塵もなく、年に似合わず飄軽な印象すらあった。勢いに乗っている新進作家、そんな感じだった。 「次はもっとおもしろいのを書くよ。まだ全然考えてないけど」 そう言って上野さんは笑った。
『砂の上のロビンソン』が上梓されたのは、その後、1987年。 遺作、『アリスの穴の中で』は1989年。男が妊娠する話だ。映画『ツインズ』は前年に公開されていたが、連載執筆は『ロビンソン』の直後から始まっているので、アイデアとしては上野さんの方が早い。 何より、今、男の妊娠を一つの寓意として語ることで、男の社会的脆弱さを暴いて見せた点で、上野さんの小説の方が一等おもしろかった。
上野さん、あの時は、貴重なお話、ありがとうございました。 あの時の彼女とはもう別れてしまいましたが(^_^;)。 安らかにお休み下さい。
眠田直さんのホームページ『MINDY POWER』で、「第一回日本オタク大賞」の受賞結果が紹介されている。 受賞結果は以下の通り。
◎大賞 『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」(製作シンエイ動画・ASATSU-DK・テレビ朝日/原作臼井儀人/監督脚本原恵一) ◎話題賞 株式会社セガ ◎DVD賞 『ウルトラQ』 ◎国際貢献賞 秋葉いつき ◎血糖値賞 チョコエッグ ◎佳作 『こみっくパーティー』 ◎佳作 スタジオジブリ ◎唐沢俊一賞 『ゴジラモスラキングギドラ 大怪獣総攻撃』 ◎岡田斗司夫賞 ちゆ12歳 ◎眠田直賞 『パワーパフガールズ』 ◎切通理作賞 『あずまんが大王』 ◎氷川竜介賞 食玩「超人ヒーロー伝説」
もう、選考の仕方自体が超オタク(^^)。つーか「スタジオジブリ」なんてのは意地悪以外のなにものでもないな。 大賞は当然、これだよなあ、という結果か。 今後、なんたら映画賞とかかんとかアニメ賞とか、あちこちのメディアでいろんなトップ作が発表されていくだろうが、『クレヨンしんちゃん』を見てもいない映画人や評論家気取りの連中のタワゴトなど、全部無視してよろしい。『GO』なんぞに票を入れたキネ旬御用達の評論家など、クズの集まりだ(と、見てもない映画をクズ呼ばわり)。 ああ、これだけメジャーで、しかもオタク受けする映画が生まれた2001年の奇跡よ。 あと、細かい解説してたらキリないので、一言二言だけ。 秋葉いつきってのは日本人じゃありません。ロシアのコスプレ娘です。私はそれほど好みじゃねぇっす。 『ちゆ12歳』、日記の筆致を見る限り正体は多分、男。 でもそんなことはどうでもいいな。ともかく今一番、熱く、速く、オタク情報が手に入るサイトです。人格は疑われるかもしれんが。当然、私も「お気に入り」に入れとります(^^)。
マンガ、きくち正太『おせん』其之三(講談社・580円)。 料理マンガ……もとい、純然たる「和食マンガ」も3巻目。 『美味しんぼ』も散々叩かれてたけど、和食オンリー、和食・アズ・ナンバーワンって感じのこのマンガ、結構叩かれてるんじゃないかなあ、憶測だけど。 けど、私だって、和食と洋食、どっちが好きかと聞かれたらためらわずに和食と答える。ハンバーガーが食えなくても諦めはつくが、吸い物、味噌汁がもう飲めないということになれば、こりゃ本気で断腸の思いを味わわねばならなくなるからだ。 やっぱり、和食のうまさって忘れてる人多いんじゃないかなあ? ほんのひとつまみの塩で味がガラリと変わっちゃうって話、『包丁人味平』でもやってたけど、実際、調味料が塩しかない貧乏生活を経験したことがある身には実感できる話だぞ。 でもなあ、現実には大味な食生活を余儀なくされてるんだよあ。食卓に和食が並ぶことなんてないもの。とゆーか、味バカのしげと一緒じゃ、毎日がファーストフードかファミレスで、和食の玄妙な味わいなんぞ、どうしたって味わえやしないのよ。
私はこのマンガで、親子丼って、三十分待って食うもんだっての、初めて知った。川波周五郎ってキャラが登場してきてそのことを語るんだけど、池波正太郎にそんなこと書いたエッセイでもあるんだろうか。いや、池波さんの食通ぶりは有名だけど、エッセイに直に当たったことはないもんで。
マンガ、えんどコイチ『END ZONE』1巻(集英社・410円)。 わあ、ホントに懐かしい、ひっさびさのえんどコイチワールド。 とりあえず『少年チャンピオン』時代の『アノアノとんがらし』以来のファンなもので、つい買っちゃうんだよね。 ギャグはともかく、この人のシリアスものはイマイチなんだけど。
中身はもう、もろ『ミステリーゾーン』っつーか、『アウターリミッツ』っつーか、『週刊ストーリーランド』っつーか(^^)、要するにオムニバス不思議物語って感じなんだけど、テーマや展開はどこかで見たありきたりなものばかりなんで、コアな幻想小説、怪奇小説ファンにはクソおもしろくもないだろう。 例えば、『マッチ売りの少女』。 海水浴に来ている仲間の中で、ふと、『マッチ売りの少女』の話が出る。 「あの話は実話でね、今も少女は幽霊になってさ迷ってるの。その少女は死ぬ直前の人間の前に現れて、一本のマッチに火をともして、その人の願いごとをかなえてあげるんだって」 それを聞いた仲間の一人が、「やめろ!」と叫ぶ。 ……はい、オチは読めましたね。 これも、もとネタはアンブローズ・ビアスの『アウル・クリーク(ふくろうの河)』です。誰でも一回はネタにしたくなるのか『アウル・クリーク』。 これを「ふくろうの呪い」と呼ぼう(^o^)。『シックス・センス』のオチにビックリするのは、恥ずかしいことなんだぞ。
でも、なんとゆーかねー、えんどファンってのは、この「30年も前の子供向けマンガのテイスト」を持ち続けるえんどさんのこの「うまくならなさ加減」をとことん愛してたりもするのよ。工夫のないのが持ち味っつーか。 そしてそれはえんどさんのデッサン狂いまくりの独特の絵柄だからこそ楽しめるのだと言っていいのだ。『ついでにとんちんかん』のアニメは、かえってデッサンが修正されて、フツーの絵になっちまってたんだよなあ。 蛭子能収や渡辺和博をクリーンナップするようなもんじゃん。わかってないやつって、ホント多いよ。
マンガ、つのだじろう『マンガ日本の古典32 怪談』(中公文庫・620円)。 原作はもちろん、日本を愛し、日本の変貌を嘆いたジョージ・チャキリス……じゃなくて、ラフカディオ・ハーン(すんません、ベタなギャグで)。 しかし、『怪談』の漫画化だから、つのだじろうにって企画は安易だよなあ。もっともこの『日本の古典』シリーズ、長谷川法世に『源氏物語』を描かせるというとんでもない組み合わせもやってのけてるが。 もともとつのださんは、早くから自分一人で絵を描かず、アシストさんに主要人物まで任せちゃうということをやっていたので、今巻もエピソードごとに日々きゆうぞう氏や秦龍生氏のマンガが混じってくるというバラエティぶりなのだが、やはりつのだ氏自身が描いたマンガの方がずっと味がある。 つのださんは、実は『ブラック団』のころのようなギャグマンガ時代のほうが好きだったので、『亡霊学級』『恐怖新聞』『うしろの百太郎』以降のマンガは、あの角ばった絵柄と、動きのないポーズだけが不規則に連続するコマ割りに閉口して、これだったら『虹を呼ぶ拳』のほうがまだマシ、と、あまりのめり込めなかった。 オカルトものにはああいうケレンのある絵も効果的なんだなあ、見方によってはギャグとしても読めるし、とココロを広くして読めるようになったのは、後年のことである。
さて、『雪おんな』『むじな』『ろくろ首』『耳なし芳一のはなし』あたりは定番だが、珍しいのは『生霊』。 なんとつのださん、ここで安藤広重と合作している(^o^)。 背景に広重の絵を使うだけでなく、コマによっては、広重キャラと自分のキャラを対話させたりもしているのだ。いや、これは珍品。幽霊の錦絵にフキダシを乗せて、「心の中では昼も夜も……憎み続けておりました」って、まんまやんけ(^_^;)。まさしく笑いと恐怖は紙一重だね。
それにしてもこのシリーズ、藤子・F・不二雄氏の『落窪物語』が描かれずじまいだったのは、惜しみても余りある。わが国のシンデレラストーリーであるこの『落窪』、きっと藤子さんのニューヒロインが誕生したに違いないんだけどなあ。
2001年01月28日(日) 宴のあと
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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