心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年02月28日(金) さようならジャニス

JANISを解約しました。
思えば2年に満たない短い付き合いでした。
ドメイン名を取得して、ホスティングサービスに移行した後も、半年は移行期間としてJANISをダイアルアップ契約で続けて、移行を通知しつづけるつもりだったのですが・・・。
「月の末日の午前中までに、解約の申し込みを済ませてください」とだけ書かれていたので、じゃあ3月末まで維持したい場合には、2月の末日の午後にメールを送ればいいんだ、と思いまして、今日送りましたところ、夜になって「解約手続き終了のお知らせ」が届き、2月末で契約が終了しますと通知されてきてしまいました。

そんなわけで、http://www.mhl.janis.or.jp/~ieji/ は2月末を持ちまして閉鎖してしまいます。 予告なしでごめんなさい。
ほとんどのリンク元は http://www.ieji.org/ に変更がすんでいますんで、JANISのを訪れる人はほとんどいません。それでも、一部のサーチエンジンのリンク先は、まだJANISのになったままのが残っています。
そういうのに限って「アルコール依存症」でのランキングの20位あたりと、比較的目立つポジションを確保していたりするわけです。 残念だったりして。

アノニミティとか言いながら、なかなか名誉(とまでは言わないけど)とか、「注目」という欲から自由になることはできないものです。


2003年02月27日(木) 人間としての限界

飲んでいた頃は、「どうして東京近郊に生まれなかったんだろう」と恨んでいたのですが(イナカ者であるのが嫌だった)、本気にAAに取り組みだしたときにはミーティングにいっぱい出たかったです(まあ他にやることもなかったですから)。でも、長野にはたくさん会場があるわけじゃないですから、せいぜい週に3回でした。最近はそんなに出てません。
「どうしたって休むわけにはいかないミーティング」があれば、その日の夕方に仕事に火がつかないように、別の日にがんばっとかないといけません。
なんだか知らないけど、いろいろやるべきことも増えているし・・・。やりたいこともあります。もしかりに、突然「東京近郊の人」とかになって、「さあ、あなた毎晩ミーティングに行けますよ」とか今言われても、僕は「むう・・・」と言って黙り込んでしまうでしょうね。

昨日・今日と、家に帰ってから2時間ぐらいずつ寝てから、やっと食事と風呂ができるぐらい疲れてます。 スーパーマンになって、毎日ミーティングに出ながら、今抱えていることを全部こなしていけたら、すごいのでしょうけど・・・。 自分の能力の限界というか、身の程というか、それをだんだん叩き込まれてきているのでしょう。

周囲を見ていても誰にでも波があって、AA多動症(楽しいせいなのか、苦しいせいなのか)だったりちょっと遠ざかっていたり・・・。すべてのアルコホーリクにはメンバーになる資格があって、その人がメンバーだといえば誰もそれを否定できないんでしょ。

Hazelden から荷物がちゃんと届きました。



2003年02月26日(水) コミュニケーション・コミュニケーション

ハイヤーパワーとの間のパイプが詰まっていて、「あなたの願い」が伝わってこないってのも、いろいろと不都合なんでしょうが、人と人との間のパイプが詰まっていて気持ちやらなにやらが、伝わってこないってのも不都合なんでしょうね。
努力したって自分なんてどうせ変えられない、っていう諦めが、回復のおおきな妨げになっているケースをよく見かけます。 自分もそうですし。すぐに変わってくれないと、変わるまで辛抱できなくて、投げ出しちゃったりします。グループもそう、AA全体もそう。危機感をもって、変えようというアイデアを持っている人は、たくさんいるんだけれど、自分ひとりがやったって何も変わりはしない、という諦念に押し流されがちなのでしょうか。ひとりでは無力だものね。

だから話をするしかないのね。 できれば直接会って、無理なら電話でも、メールでも
手紙でも。 それはエネルギーがいるんです。 時間もいるんです。言いっぱなしの聞きっぱなしでもないから、もっとエネルギーがいります。

「そんなことしたって、何も変わらないよ。 いまのままでいいじゃないか」

AAにつながるまで、ずっと言いつづけてきた言葉、せっかく捨てられた言葉を、僕はまた繰言のように口にするようになっていたのですね。傷つけあうのは仕方ない。 アル中どうしなんだから。物事が変わるのには時間がかかります。 諦めちゃうのは焦っている証拠。
ゆっくりやろう、でもやっていこう。



2003年02月25日(火) 給料日だ

久しぶりに朝食をまともに摂りました。(昨日の残りのカレーを温めただけですが)。
食事=新聞の人なので、朝刊を読んでいました。 セクハラ(というか暴行だなこりゃ)をした教師を訴えた中学生の話というのが取り上げられていました。「当たり前のこと」がニュースになってしまうことの悲しさかなです。そんなヤツを教師にするな、と言うのは正論ですが、昔はどうだったか知りませんが、中途半端な個人主義者たちの現代社会では、教師とて聖職ではありません。

頭の中にもやもやしたものを抱えている連中を、教師や医師から排除しようとしても、現実にはそんなことはできっこないです。 頭の中で何を考えようと、それは人の自由ですが、実行に移してはいかんこともあるわけで、そこらへんはきちんと犯罪として告発されないといけません。 ところが、告発=有罪の確定ではないという大前提が忘れ去られていて(推定無罪の原則というのもあるし)、告発(告訴)時点で社会的に葬り去られてしまうのですね。 だから、被害者の心情の壁以上に、社会的な圧力が告訴への障害になっている気がするのです。 中学生に対する周囲の冷たさもそうじゃないのかな。
もっと(例えば性犯罪の)告発告訴が当たり前のことになって、それでなお被告が否定するなら罪の確定までは、その人の社会的地位がきちんと守られる世の中になれば、そのほうが良いと思うのです。

痴漢の冤罪で、職を失い、裁判で数百万も使った男性の話もありました。 疑惑の時点で社会的制裁を振り回す世の中が、結局は被害者の泣き寝入りを増やしているのではないでしょうか。もちろん、再犯や証拠隠滅は司法で防いでもらわないと困るんですけど。
片棒を担いでいる新聞が、そんな記事をのっけたってねぇ、と朝から辛らつな気分なのでした。


2003年02月24日(月) ネットニュース

ミーティングを終えて帰宅すると、テレビにはマイケル・ジャクソンが出ていて、妻はご飯にしてくれないのでした。 いや、そんなことで嘆いていてはいけません。待っていればそのうちご飯になるのだから、と新聞を捜したのですが見つかりません。しかたないので Yahoo TV で番組表を見ると、なんと11時過ぎまでやるではないですか。深くため息をついて待つことにしたのでした(ひいらぎはテレビを見ない人です)。

最近は読んでないし、読み方を人に説明するのも面倒なので、あまり教えてまわってはいないのですが、AAのネットニュースグループがあります。 alt.recovery.aa。
最近は Google のウェブから読むことができますので、特別なソフトの設定は要りません。
http://groups.google.co.jp/groups?hl=ja&lr=&ie=UTF-8&inlang=ja&newwindow=1&group=alt.recovery
ちなみに、NA・AC・共依存・過食・セックス・ギャンブル・ニコチンもあります。rational は Rational Recovery(AAとは違うアメリカのアルコールの集まり)かな。

日本語のニューズグループとしては、fj.* と japan.*、それにマイナーなところだとnihon.* や tnn.* とかあります。 でも、どこにも精神の健康に関するグループはないんですよね。 日本の場合には、インターネット=ウェブだという感じになっちゃいましたので、改めてニューズグループなんて作る必要はないのかもしれませんが、公共の場所としての、japan.recovery.aa とか japan.recovery.danshu とか作っても・・・
誰も投稿しないかなぁ。


2003年02月23日(日) ゆるやかな旅路

昼間、妻の友人が子供を連れて遊びにきました。
といっても、二人とも寝込んでいた状態ですし、部屋は正月から一回も片付けられていないし、掃除機も一回しかかけたことがないという状態です。僕は、それでも一向に気にしないという人なので、そのままでした。

来客のおかげで、居間が片付いてよかったのですが、パパは書斎とは名ばかりの倉庫にずっと閉じ込められてイラつき、ママは人疲れしたようでざらつき、夕方は家庭内に殺伐とした雰囲気が漂っておりました。 でも、定期的に来客がないと、多分我が家は大変なことになってしまうのではないかと・・・・。

『別れてもチュキなひと』を見ながら、

「あーゆー、病弱で細身の女っていいよなー。 でも結婚したら病弱じゃ困るけど」

「ふうーん。やっぱ男の人には、毎日外で働いてもらわないとねー」

「おおう、まかせとけ。 朝飯さえ食わせればバリバリだよーん」

「そんなもん、自分で作りなさいよ」

「俺は働くロボットじゃねーって」

「馬車馬のように働きなさい」

「もっと俺の労働に対する感謝とかいうものはねーのか」

「だって、あんた子供の世話しないじゃない。 お菓子あげてるばっかりでしょう」

「パパ、お菓子あげるだけのひとか?」

「うん、パパはお菓子くれるだけの人」

少しづつ家庭らしさを取り戻しつつあります。 冬から春へ、波を越えながら。


2003年02月22日(土) 金銭による解決

さるさる日記にお金を払いました。 たぶんバナー広告が消えていると思います。本サイトをホスティングサービスに移行した時点で、この日記もサイト内に収容する予定だったのですが、その作業は遅れに遅れております。 理由はたぶんいろいろと面倒だからです。
「でもそのうちきっとやるから、皆さんそれまで広告に我慢してね」と思っていたのですが、怠惰な自分に嫌気がさしたので、お金を払って広告を取り除くことで、問題を先延ばしにしました。 (これを消費による精神の安定と呼んでいます)。
1000文字(全角だと500文字かな)までと決められているのも、この日記システムの良いところです。 制限がないと、たぶん僕の文章はだらだらと長くなります。そして、疲れるので長く続きません。

あんまさんからは「できれば月に2回、すくなくとも1回来なさい」と言われているのですが、さすがにそんな贅沢はできません。 疲れに疲れたときの最終手段です。そして、筋肉中にたまった疲れが放出されるせいでしょうか、翌日は全身がだるくなります。

週末ということもあって、娘たちが戻ってきています。 みんなでデパートに買い物に行きました。 椅子がたくさんあるのは良いデパートであります。「どうして買い物にあんなに時間がつかえるのだろう?」と不思議に思い、そういえばお金を使うのも、時間を使うのも、英語では spend なんだよなー、とか考えながら、その椅子で寝ていました。


2003年02月21日(金) いっぱい話せ・・・ないけど電話

AAのメンバーに電話をする時間帯、というのはなかなか難しいものがあります。
日曜が休みとは限らないのですが、皆さん夜が多いミーティングに出るために、昼間の仕事を選ばれます。普通のお宅であれば、夜7時とか8時とかにかけるのが良いのかもしれません。でも、一番ミーティングをやっている時間帯でありますので、その時間にかけると「マナーモードにし忘れた携帯電話」を直撃することになりかねません。気心の知れた、生活パターンの分かっている仲間ならば、夜の11時にかけたって平気なんですが、ミーティングから帰ると食事と風呂をすませて、すぐに寝る人もいるので寝入りばなを叩き起こさないように気をつけないといけません。ご家族が同居の人には、夕方かけて「ミーティングから戻ったら電話くださるように」お願いするのが悪くない手段であります。
直接本人につなげたいときは、夜9時〜10時ごろを狙ってかけてみることにしています。忘れちゃった場合は、また明日・・・。
面倒なんだけど、みんながメールやFAXを持っているわけじゃないので仕方ないのかな。

「飲みたくてたまんないよー」という電話だったら、みなさん快く受けてくださるのでしょうが(明日ミーティングで会おうと言われるオチかもしれませんが)、事務連絡やご相談なんかだと、気を使うのでした。
心身ともに疲れたので、あんまに行ってまいりました。 さすがにストレッチだけではしのげないほど固まっていました。


2003年02月20日(木) 頼んだものが届きません

Hazeldenめー。 頼んだものが届かないではないかー。
オーダー番号から発送状況を調べようと思ったら、そういう仕組みは用意されていないのでした。前回も英語でメールを書くという悪夢のような作業を強いられましたし。
だいたい org ドメイン使っているのも、どうかと思うんですけど。
それにしても、カスタマーサポートが貧弱すぎます。
といっても、hazeldenがないと、だいぶ困ってしまうんですけど。


2003年02月19日(水) 休むぞー

うつの日内変動が激しくなって、昼間、特に午前中がとても苦しくなってしまいました。
このままなんとか週末まで持たせて、週末に寝ていればまた上昇するんではないかと期待していたのですが、どうもこのままでは週末まで持たずに墜落してしまいそうです。しかたないので、休みを貰うことにしました。明日の午前中と、金曜日はまるまる一日。
今回の症状は「決断がつかない」という知的能力の減退が顕著でした。休むべきなのかどうか、朝悩んでいる時点で、もうそれ自体が低空飛行の証拠であり休むべきなのですが、その決断ができないのです。

そんなふうに、古馴染みのうつの症状が出てきたら、さっさと休んでしまうのが吉と経験が教えてくれます。 それでもダメなときはダメなんですが・・・。それ以外は表情もそれほど暗くはないだろうし、冗談も言うし、周囲には不思議としか思えないのでしょうが、でも本人は仕事にもならず大変つらいものがあります。
でも日内変動で夜はわりと元気なのです。 この「日内変動で夜は元気」、というのと「健康な人の夜型の生活パターン」というのが混同されて困るのです。
え?、お前は両方だろうって?

ここのところ下の娘が泊まりに来ています。 といっても、ここが彼女の家なのに泊まりに来ているという表現も変ですけど。ジジババのところで、オムツも取れ、着替えもできるようになって、早寝早起きして・・・
なんか親としてなんもしてないというか、まあ一緒に居るとスポイルしちゃうんだけど。


2003年02月18日(火) 休みたいよう

ミーティングの始まる前に、図書館で時間をつぶしました。
本に囲まれていると、それだけで幸せです。そして、なぜかトイレに行くのでした。

体が疲れたせいで、午前中休んでしまいました。自分がどれだけ疲れているか、疲れがたまっているか・・・。そこんところが、自分ではいま一歩よくわかりません。結果、疲労に対してはコントロール喪失であります。「ひいらぎは寝ない人」ではなくて、眠れないのです。休めないのではなくて、休む能力が失われているのです。

それにしても、今日の用件は慌てていたので、普段だったらメールで済ますのに、電話してしまいました。皆さん夜の10時過ぎに私生活に踏み込んでるのに、許してくださってありがとう。J君いろいろお骨折りありがとう。Mさんいつも甘えてすみませんね。(でも本当の意味ではいつも甘えさせてくれないのですが)。Cさん携帯へのメール行き違いでした。もしやと思ったんですが・・・。

「個人の回復より全体の福利が優先する」という意味がやっと少し理解できてきましたよ。 自分だけでも、「今ここに居る仲間」だけでも、僕らは回復することができないのですね。


2003年02月17日(月) 贈り物

「ステップ4・5やるのに13年かかった」というメンバーに会いました。 知る限り最長不倒距離です。
と書くと、今日ホームグループのミーティングで会ったと誤解される方もいるかもしれませんが、順不同で書いてますので、今日の事象ではありません。だいたいミーティングやメンバーのことを書いたら反則じゃないですか。でも、そのいいとこや悪いとこも書き残したいし、伝えたい部分もある・・・。
方法を試行錯誤し、失敗もしながらなんとか「ただやってみる」しかないのでしょうか。

尊敬されすぎて苦しくなってしまったメンバーがいました。常に「良いメンバー」であることを期待されることは、さぞかしキツかったろうと思います。でも、僕らは尊敬することでしか感謝を表すことができませんでした。申し訳ないことをしたものです。
AAには「ねばならない」ことは無いけれど、いろいろなサジェッションがされるのが常です。
中には雑音も混じっていますが、サジェッションの数自体は年月の経過と共に減っていってしまいます。 でも、減ってしまうこと自体が結構苦しいわけです。

「言われるからありがたい。 いろいろ言われなくなったら、おしまいだぞ」

とその人は教えてくれました。

幸い、ふつつか者のひいらぎは、頂き物が一向に減りません。
ありがたいことであります。
(が、年賀状についでに書くのはやめてください)。


2003年02月16日(日) 確信犯?

「まるでサンドバッグですね」と女性のメンバーに言われましたが、まあ可哀想という意味を込めてくれたのでしょう。 でも、それでいいのです。
BOX-916(AAの月刊誌で、活字のミーティングと呼ばれている)を50円値上げするという案が、拍手で迎えられるようなら、僕はAAという集まりに信頼など置きません。 それは、時間と空間を越えたミーティングであり、現実のミーティングを補ってくれるものであり、なおかつ、さまざまな病院や刑務所にメッセージを運ぶために使われている材料でもあるのです。
それが値上げされるということは、個人の負担増以外に、各地の委員会の困窮へとつながる可能性を秘めているのです(それでも買ってくれるだろうという読みがあるから、その値上げを選んだのですが)。値上げを、カラー化増ページに合わせるという狡猾な手段も使うし。
その上に、「出版物の売上ではなく、献金によって維持されるべく、献金増を訴える」とするんだから。非難の声が燎原の火のごとく広がるだろうと思ったのですが、それほどでもなかったのは、諦念なのか、無関心なのか、それとも真の愛なのか。 最後のやつだと信じたいな。
たしかに不景気で金の集まりも悪いのですが、それでも全体サービスを止めるわけにも、後退させるわけにもいかないのです。 自分の心が傷つこうが、そんなことはたいしたことではないのです。それにみんなの声は、非難ではなく「うめき声」なのです。「ぶっ殺してやる」と集会で言われたメンバーの経験にくらべれば、みんな愛の声です。
別に自分を悲劇のヒーローにしようとも思いません。AAメンバーであれば、誰であれ、たまたまこの立場になれば同じ結論を導いたと信じています。お金の問題に一番弱い自分が、なぜか金銭に携わることになる。 それがハイヤーパワーなのでしょうか。

「金銭の正しい使用が終わるところから、誤用が始まる」、とビルが残しています。
「あなたが金銭の誤用について考えるとはね」と妻が笑いそうです。
しかしちょっと疲れたです。 僕だって彼らと同じ意見なのに、賛成するわけにはいかないからです。来週の委員会は出なくてもいいんじゃない? といわれたので休ませてもらいますね。


2003年02月15日(土) 共有財産である文章

バレンタインのチョコゲット数は2個でした。 妻と義姉(妻の姉)です。どちらもコンビニチョコだというところが悲しいですな。 しかも娘たちに食われてしまうし。
義姉は、妻より美人で頭が良くて、行動力があって、しかもメガネっ子という人なので(?)、成人すると同時に、旦那さんを捕まえてこの家を脱出していってしまいました。残された妻(妹)は、ムコを迎えねばならんというシバリを付けられた上に、最後に引いたカードに「アル中」と書かれていたという悲運の人であります。
もっとも本人の最大の悩みは「親離れ」できていないことだそうで、その点でもデキル姉と比べてさらに悩んでしまう点だそうです。 もっとも僕に言わせれば、「親が生きているうちに親離れするほど優等生でなくてもいいのに」なんですが、やっぱりうつになる人は、高い目標を掲げたがるものです。

その義姉がまた遊びに来ていて、話に行った妻が帰ってきません。
腹が減ってきましたが、このまま自分で夕食の仕度を始めるのも業腹なものです。(最後には空腹に負けて料理しちゃうのですが)。この日記を書き終わっても帰ってこなかったら、風呂を入れましょう。

だんだんペースが日常へと戻ってきています。 たまった書類の中から、DVと虐待の関係でいただいた資料に目を通しました。 なんとなく理屈は組みたたるんですが、いかんせん接した経験がないものですから「肌で感じる」ことができません。理屈だけで切り込んでいくと、かならず落とし穴が待っていると経験が教えてくれます。ともかく知識として頂くにとどめるにしました。
改めて自分がアルコホリズムだけで手一杯であること(自分のケアも、その他のことも)を認識させられました。 くそー、帰ってこないし。

「私たちが扱っているのは、小説でもないし議事録でもない、この霊的な共同体全体の共有財産なんだ。 個人が好き勝手にしていいものじゃない」
重いお言葉であります。



2003年02月14日(金) 予備校というのは、予備の原稿という意味でした。

やっと体力が回復してきました。でも、脳みそのほうはまだのようです。
車の保険が明日で期限切れになるのは知っていたのですが、今日更新に行くのを忘れていました。 妻からの電話で思い出して、仕事を抜け出して、あわてて農協へ駆け込み更新を済ませました。 以前は26歳未満不担保と、30歳未満不担保で2千円ほどしか違わなかったのに、今回の見積もりでは1万円ちかく違いました。まあ、30歳未満の人が僕の車を運転することはまずないでしょう。ただ、家族限定だけはつけられませんね。
普通の損保に比べるとだいぶ農協は安いですが、最近は外国の保険会社のほうがもっと安いかもしれません。 ゆっくり検討すれば2万円ぐらいは節約できたかもしれませんが・・・。
明日はやっと週末。 明後日はまた東京。
あれ? 今週はミーティング出てないぞ。
それから、台湾は延期になりました。



2003年02月13日(木) (予備校)本と僕

妻と僕の父は一回だけ会ったことがあって、その時父が妻に残した言葉は

「本に埋もれないようにな」

でした。 そこで僕は、結婚するときには本はたった数冊しか携えていかなかったのです。古書や古本として価値のあるものは、東京のアパートを引き払うときにおおかた処分してしまいましたので、実家の土蔵に眠る本にはさして未練も無かったのです。しかし、最初は新居でカラーボックス一箱に収まっていた慎ましやかな僕の本棚も、その後順調に成長を続けることになります。
書架の重囲などという立派なものではありませんが、我が家でもっとも立派な家具である書架とカラーボックス3つ、巨大なスチールラックが「倉庫兼パパの書斎」の四畳半を圧迫しています。仕事の関係の本が3分の1、アルコール関係が3分の1、そして残りは少女マンガや英語など雑多。これ以上本棚は成長できないので、「買った分と同じ量だけ捨てる」という方針をとらないと住む場所がなくなってしまいます。最近では、あわれにも「買われたのだけれど、一度も読まれることが無く、捨てられていく」という本まで出始めました。

大学生の頃には一日に3冊ぐらいの本を読む優雅な生活だったのに、いまや一冊読み終わるのに3ヶ月かかるのも珍しくない始末です。
長女が小学校に上がる4月までには、この部屋に布団を敷いて僕が寝れるようにしないといけません。


2003年02月12日(水) さすがにツラかった

JSOのスタッフが有給はおろか代休すら取れていないという話で実情を伺ってみたのですが、「休みを取りたいのはやまやまですが、休んでも仕事がなくなるわけじゃありません。今年の年末年始は曜日の関係で比較的長く休みになって、久しぶりにゆっくり休めてよかったと思っていたのですが、休みが終わってみたら地獄でした」
皆さん自分の能力の不足という理由をおっしゃいますが、実際は仕事の量が多いのであって、常勤・非常勤を問わず有能な人たちです。

さて無能な僕が会社に出て行くと、やっぱり仕事はたまっていました。リストラで仕事が過重になったお客さんから「4連休とは優雅ですな」などと言われても、「休まないと過労死しますからねぇ」などととぼけたことを言ってしまいました。
僕の場合には、適当にサボっていることも可能なので、寝てました。
自宅のレーザープリンターのトナーが切れたので、買って帰りました。このカートリッジを使い切ったら、そろそろプリンターを買い換えないといけません。カートリッジ1個で約2500枚印刷できて、これが4本目のカートリッジですから、一万枚の製品寿命だったということですね。

今週末はAAの集会でまた東京。 その次も委員会でまた東京の予定だったのですが、「そんなに無理しなくていい」とサジェッションを複数貰ったので、ありがたく休ませていただく予定にしたのですが、仕事で台北からお呼びがかかってしまいました。
あそこにミーティングはないのかなぁ。



2003年02月11日(火) 帰りました

東京から帰ってきたら、信州でも春の雨が迎えてくれました。
年次評議会の件について、このサイトで取り上げるか考えたのですが、いろいろと自分の中でも混乱してしまいそうなので、やめておくことにしました。ただ、AAメンバーの皆さんには説明をする必要がありますので、メールで質問などを寄せて頂ければ、できる限りお答えいたします。

ところで、あるメンバーが苦しんでいる(という話を聞いた)んだよ、と他のメンバーに話をしましたら、「そりゃどっかで苦しまなけりゃ、神様は見つからないよ」と言われ、妙に納得してしまいました。
ステップの順番から言えば、2でハイヤー・パワーを見つけて、3でそれと関係を結ぶことになっているのですが、見つかろうが見つかるまいが、ステップの実践は待っているわけです。
4・5で棚卸しをやっても、「神に対し」という部分は省いてしまうことはできます。6・7は自分の短所の問題だからすっ飛ばすことは可能で、8・9だって自分の良心だけを信じて実践することもできます。10は4と同じ論理で神は不要。11は祈る対象がいないから飛ばしてしまえば、ともかく12にたどり着いてしまう、という行程も可能なのです。
でも、基盤の上にたっていないから、必ずどこかで苦しくなります。 苦しみが、4・5で来る人もいれば、その後で来る人もいるという筋書きを組み立てました。苦しみの先に、必ずハイヤーパワーが待っていてくれるのが、12のステップの良いとこなねすが・・・。「すべてを失ったアル中」の人たちは、ステップ1の段階で、もう信じる対象を見つけてしまうのでしょう。でも、いろいろと失わずに持ったまま酒が止まると、真の「無力の受容」とか、酒を止めた後にやってくる真の底尽き体験までに、けっこう回り道をしなけりゃならない。
まあ、ステップの解釈の仕方のひとつの例に過ぎないので、あんまり真に受けてもらっても困るのですが・・・。


2003年02月08日(土) 率直に行こう、率直に。

率直に行こう、率直に。 気取ることは良くないことなのだ。
という言葉を覚えさせていただきました(ドン・キホーテかな)。
東京には春の雨が降っていました。 突然飛び込んだ山手線沿線のミーティングには数十人が集まっていました。 以前に会った若い?仲間の顔を思い出せずに失礼してしまいました。 でも、スピーカーズのアンカースピーカーをやるようなメンバーと一緒に行動しているのを見て、心強く思いました。

そう、スピーチがうまい人もいれば下手な人もいます。 新しい人とすぐに打ち解ける人、そうでない人、文章のうまい下手、笑顔が素敵な人もいればお天気屋もいます。誰一人として完全な人間はいないというあたりまえで、ひとつでも素敵な点が得られれば立派な回復の例になれるのでしょう。

ヤング(30才以下)について考えさせられました。(35才以下かな)
「就職も結婚もしなくちゃいけないし、子供も作らないといけない。 若い人は大変なのだ」
という年寄りたちの意見を聞き流していた僕はなんと愚かだったのでしょう。僕たちは霊的な成長よりも、物質的な成功を優先させたときに必ず失敗するのです。しかしオヤジ学的に執着を手放していくことを回復として、物質的な成功を否定してしまったら、ヤングたちはまだ得てもいないものを手放さないといけないのでしょうか。どんな場合でも霊性を第一に置くというのは大切なことです。 でも、「ある程度の物質的成功がなければ、幸せは大変に難しくなる」のは確かです。

いやいや、気取っていないで率直に行きましょう。 子供に食わせる明日のご飯すら不確かでも幸せでいられるほど、僕たちは聖人ではないのです。
でもいったん物質的な成功を得て、次にそれを手放すという回り道もナンセンス。僕にも答えは分らないけれど、物質的に成功しようと思うなら、誠実にやるのが一番ということは分っています。 どうも世の中は誠実なビジネスを好むようです。人の足を引っ張るより、自分で積み上げる。 尊敬できない人にも、礼は失しない。誠実さと霊性が一致するかは知らないけれど、決して邪魔にはならないし、「ある程度の物質的成功」と「霊的な成長」の両方に寄与すると思うよ。
(今夜のひいらぎは「先生」だな)。


2003年02月07日(金) おでかけ準備中

今週は南信(長野県南部)のほうへ行ってばかりです。
今日は壊れた機械の交換品を持っていったのですが、設定ミスで、お持ち帰り&出直しになりました。高速道路をぬうわKm/hで移動しました。 それにしても10万キロを越しても、この速度で元気にはしるというのは、さすがはカローラバンです。 耐久性・信頼性という点では工業製品の粋です。もっとも運転している人間のほうはそれほど耐久性も信頼性もありませんが・・。

しかし南のほうが雪が多いような気がします。寒い冬とは言っていても、南に雪が多いのは2月以降の現象のはずです。ところが地元の人に聞くと、年末から田畑も雪で真っ白だとか。やっぱり異常気象なのかなぁ。

明日の午後のバスで東京に向かいます。 予定では蒲田Gの大森会場に行くつもり。投宿先はホテルB&G、一泊は自費です。ノートパソコンは持っていきますし、携帯からダイアルアップはします。でも、睡眠時間を十分確保するのも責任のうちかな。


2003年02月06日(木) 三番目の遺産

今日も封筒が届いていました。 残念なことにゆっくり目を通している時間がありません。土曜に東京に移動しながら読むことになりそうです。実は今日・明日と、会社の仕事がヒマになりそうな気配があったので、会社でこっそり資料を作ろうともくろんでいたのですが、昨日休んでいた午後に発生したトラブルの対策に費やされてしまうことが確定しました(それでイライラしていたのさ)。

新グループの会場である村の公民館は、無事貸してもらえることが決まりました。おまけに公民館長さんが元は福祉課の人で、保健所とか保健婦さんから断酒会などの話をきいていたので、非営利・公共性ということで、タダで貸してもらえることになりました。
「断酒会ってのは、いくつもあるんだね」
まあ、まったく無料というのは良くないとされているので、村の福祉施設にでも年に一回少し募金することにしようかと思います。(新グループのメンバーはとりあえず僕一人だから、何でも自分で決められちゃいます。何かと自分の思い通りにしたいアル中としては好都合かも)。
これで「影響を受けるグループ」への相談がすめば、晴れて新グループ誕生への道が開けるというわけです。

JSOのスタッフは過重な労働に耐え、常任理事たちは身を粉にして働いています。でも、ふつうのAAメンバーが彼らのことを知ることはあまりありません。でも、公民館長さんがなぜAAのことを知っていたのかと言えば、こうした全体サービスの成果であるのは間違いありません。 みんな、自分の回復や12ステップ活動には熱心でも、自分のところまでどうやってメッセージが届いたかには関心があまりないのです。
サービスに関わっている連中は自分の時間を削っています。 だからこそ、自分の「こうしたい」というエゴとエゴがぶつかり合って、きわめて人間的な感情が沸き起こります。でも、その中に愛と信頼という、もっとも深くもっとも永続的な回復への原動力が働くと僕は信じているのです。


2003年02月05日(水) お疲れ

書類と付き合う毎晩です。
朝起きて考えました。 「これは休んだほうがいいかもしれない」90の道具に「疲れ過ぎないように」なんていう項目を書いておきながら、自分自身は疲れ果てていたりします。 でも、打ち合わせだけは済ませないといけませんし、金の話もしないといけません。金の話で言えば「正直が一番」というのが経験です。 赤字で続ければ自分たちがもたないけれど、必要以上の利潤を追求すると、払いすぎたほうには納得できない恨みの感情が残ります。長く商売を続けていくためには、適正な利潤が最適です。
そのためには、ぶっちゃけた話をするのが一番なんですが、そういう話はメールやFAXなどの文字に残るのは避けたいという心理があるので、休むのは避けたいところです。喉がガラガラいって、風邪の引き始めのような感じです。体が疲れると、思考もマトモに動いてくれませんし、うつも悪化します。

午前中に会議と電話打ち合わせだけ済ませ、午後は休みにして昼休みに帰ってきてしまいました。やらねばならない事もあるけれど、まずは自分が「そこそこの状態」でないと、何も前に進みません。少年サンデーとビッグコミックオリジナルを布団の中で読み、午後の暖かい日差しの中で眠りました。目覚めてみると夜の10時で、風呂を入れながらパソコンに向かっていると、1時間たっても風呂がいっぱいになりません。 栓が抜けてました。体温計がないので熱が測れません。 まあ38度あっても風呂に入る人なので関係ないけど。



2003年02月04日(火) 行き帰り

一月にミーティングの回数が少なかったぶん、二月は多めになっています。
週に4回で「多い」なんて言ったら、笑っちゃうメンバーもいらっしゃるかもしれませんが、ともかく今の僕はそんなものです。行きは間に合いそうになかったので、高速道路を使いました。 普段は使っても峠部分だけにしてるんですが、今回はend-to-endで使っちゃいました。帰りは国道です。
ハンドルを握って、前の車のテールランプを追いかけながら、意識は運転操作から離れていきます。(たぶん小脳でドライブしているんだよ)。
男にとって、一人で思索する時間は大切です。 ただ、内容に意味があるかは別です。意見の論理の組み立て、集めるべき補強情報・・・。
AAのビジネスのこと、仕事のこと、金銭の問題などなど。時にはAAの女性メンバーとの関係を妄想してみたり。過去のことを振り返ってみたり。今日の感情の揺れを穏やかにし、明日のストレスに備えて準備をし、願望は妄想として昇華されます。
ミーティングも大切だけど、その行き帰りも僕にとっては大切な時間です。仲間といっしょに行動するのも楽しいけど、一人で行きたがるのもそうした事情です。



2003年02月03日(月) よくわからない

異常な飲酒をするようになってから、もう20年は経ちます。その数年後には、世間様の誰が見てもアル中になっていました。11年前に初めて精神病院に入り、8年前に初めてAAのミーティングに出ています。(年数については若干誤差があるかもしれないですけど)。それからいったんAAから離れて、また戻ってきたわけです。
飲まないアルコホリックに出会った人数も、100人を超えるでしょう。(イベントで見ただけという人数ならもっと多いでしょうけど)。一方、一緒に入院したり、病院メッセージで話をきいた人の数も、かなり多いわけです。千人はいっていないと思うけど、百人の桁のストーリーを聞いてきました。
それで、アルコホリズム(依存症)に関して「何かわかったのか」ときかれると、何も分かっていない自分がいます。「たいていは〜である」という考えを抱いても、必ずいつかはその仮説を逸脱する患者さんに出会ってしまいます。

結局のところ、僕に分かっているのは、自分自身の過去の経験と、「どう感じたか」という言葉ではなく肌で感じる部分での「何か」しかないのです。たしかに人の苦しみについては(少しは)よく分かるようになったです。でも、それでカウンセラーやセラピストになれるわけじゃありません。結局アマチュアであり、ひとりの普通のAAメンバーに過ぎないのです。


2003年02月02日(日) そういう家庭生活

AAに来てもらったサジェッション(提案)の中に、

「守れない約束はするな」

というのがありました。 当座を切り抜けるためだけに、苦しい約束をするのは事態の先延ばしにしかならないぞ! という意味なのでしょうが、いまだにこの悪い癖は抜けません。

土曜日にも、午後になって上の娘が遊びにきました。ひとりでご飯を食べている僕の食卓を見て、
「あまりいいものは食べてないのね」
と言いました。 ジジババもあまり子供に贅沢させるタチではないのでしょう、食卓は質素なものなんでしょうね。 僕のほうは、妻が料理ができる体勢ではないので、ミーティングが終わったあとのスーパーで売れ残り半額の惣菜などを買ってきているので、さしたる美味なものはありません。贅沢といえばこの冬にレタスを食べていることと、その半分をモルモットに与えてしまうことでしょうか。
とうぜん離れて暮らしている娘は、遊んでほしそうだったのですが、細かな作業が多くて忙しかったので、「明日もパパはお休みだから、公園に行こう」という、「その場しのぎ」の約束をしたのでした。 で、昨日の晩は地区委員会などがあって、ひさしぶりに夜更かしを楽しみ、日曜の午前中はゆっくり寝坊をしていました。

昼過ぎに内線でたたき起こされ、公園へ出かけました。 ビルの谷間に作られた公園(むかしト○コ風呂阻止のために作られたとか)・本屋さん・児童公園・コンビニと回り、夕方まで英語の練習につき合わされました。子供とはいえ、どうして一人のときは静かなのに、女が二人以上そろうと、こうにぎやかに(つまりうるさく)なるのでしょうか・・・。
晩ご飯のスパゲッティーを食べ、テレビを見ているとパパは眠くなってしまいました。起きてみると娘たちはジジババ宅に戻っており、妻が起きて風呂を入れているのでした。



2003年02月01日(土) どきどき

もうそろそろ必要な人には告げたので、ネットで書いてもいいでしょう。新グループ設立へ向けて準備中です。現在病院内でやっているオープンミーティング(AA側としては病院メッセージになってる)を病院の外に移し、この際だからそれを「AAグループ」にしてしまおうという目論見です。
かといって、病院からいきなりメッセージ活動がなくなってしまうのも問題なので、月に2回外でミーティングをやって、月に2回病院内でメッセージ活動をやるという仕組みで始めようと思っています。 月に2回というのはグループとしてミーティング回数が少ないかもしれませんが、まあ田舎のグループなのでカンベンしてもらいましょう。 なるべく早く毎週のミーティングに移行したいものです。
村の公民館の職員さんは断酒会の名前すら聞いたことが無いそうなので、そもそも公民館が貸してもらえるかどうか不安も残りますが、会場費さえ払えばたぶん大丈夫でしょう。冬は一回1300円。 夏は900円だそうです。
病院側の了解も得たし、関連グループの代議員さんにもお伝えしました。 あとは各グループのビジネスミーティングで了解を得て、地区委員会に報告できるのは三月になるでしょう。
とりあえず新グループのメンバーは僕一人です。
仕事だろうがなんだろうが、血路を切り開いてミーティング場にたどり着かねばならないそして会場には誰もいないかもしれないチャレンジングな時期がまた来るというわけです。
どきどき。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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