天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

無視 - 2004年05月30日(日)

デイーナのところに行こうと思った。
わたしの中の悪魔を殺してもらいに。
金曜日。
朝になってやめた。
大丈夫。自分の力で殺せる。
そんな気がしたから。


デイビッドはパリから休暇に来てる従兄弟の従兄弟とそのガールフレンドをうちに招んで、ディナーパーティをする予定だった。弟のダニエルを入れて5人で食事をするはずだったのに、ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドと彼女の旦那さんも招んだってデイビッドは前日になって言った。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。自分の力で悪魔を殺してみせる。ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドは ex-ガールフレンドと違って、結婚してるんだから。それでも腑に落ちないし、彼女の旦那さんとデイビッドが今じゃ親友ってのもふつうじゃないと思うけど。

デイビッドはパーティの時間より2時間早くわたしを招んで、一緒にパーティの準備したり河沿いの公園にナターシャ連れてお散歩に行ったりして過ごした。


パーティの時間になって従兄弟の従兄弟とそのガールフレンドがやって来て、それから少し遅れて ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドと旦那さんと、なぜか ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドの弟ってのも来た。

デイビッドは ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドのほっぺにキスして迎える。目を逸らしたかったけど、わたしはじっと見てた。悪魔を呼び出して殺すために。ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドの弟と ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドの旦那さんが、わたしの両頬にキスしてはじめましての挨拶をしてくれた。

ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドの弟はとても明るくて楽しい人だった。旦那さんは口数は少ないけどあったかくて優しくて穏やかな素敵な人だった。従兄弟の従兄弟もそのガールフレンドもとてもフレンドリーで、おしゃべりがはずんだ。最後にやって来たダニエルは相変わらずわたしの足を気づかってくれた。


ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドは、無視出来る程度にスタイルのいい奇麗な女の子だった。まるでフレンドリーじゃない彼女にわたしはときどきにっこり笑って、殆ど無視してた。弟も旦那さんも素敵な人なんだから、きっと彼女もいい子に違いない。だけどあんまりそうも思えなかったし、だからと言って嫌いだとも思わなかった。ネチネチしゃべる声が気持ち悪いとは思った。

帰るときに ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドの弟も旦那さんも、デイビッドの従兄弟の従兄弟もそのガールフレンドもダニエルも、またあったかいハグをくれた。そして、「足お大事にね」ってわたしに手を差し伸べた ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドに、わたしは思いっきり優しくハグして彼女のほっぺたに自分のほっぺたをくっつけた。殆どなんの気持ちもなく。大しておしゃべりもせず殆ど無視してたことを埋め合わせするくらいの気持ちはあったかもしれない。

みんなが帰って後片付けを一緒にしながら、デイビッドは ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドの弟と旦那さんのことを「いいやつらだろ?」ってわたしに言った。「うん。素敵な人だね、ふたりとも」ってわたしは答えて、デイビッドの従兄弟の従兄弟とそのガールフレンドのことも、とてもいい人たちで大好きだって付け加えた。ほんとのことだった。彼女のことを敢えて聞いてこないデイビッドの意図に気づかないふりして、ex-ex-ex-ex-ex- ガールフレンドのことはまるで存在しなかったみたいに無視した。


何か言い出すと、わたしの中の悪魔が暴れ出す。
だから、無視して無視して無視して、悪魔を抑える。
悪魔はそうやってじわじわ殺すしか方法がない。
多分上手く行った。
まだ半分も殺せてないと思うけど。




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悪魔を殺したい - 2004年05月25日(火)

土曜日の晩からロードアイランドに行った。金曜日の朝に「明日から月曜の晩までロードランドに行くけど、来る?」ってメールが来て、突然だなって思いながら「行く行く行く!」って大喜びで返事。

わたしは金曜日の夜にジェニーとレネと Zootopia コンサートに行って、夜中の1時を回ってから帰って来てデイビッドの留守電にメッセージを残した。「ナターシャのバイオプシーの結果どうだった?」って。先週歯を3本抜いたナターシャは、アブセスが異常だったらしくてバイオプシーを取ってて、結果は金曜日に出る予定だった。

土曜日の午前中はセミナーに行って、帰って来たらメールが届いてた。「ナターシャのことで話がしたい」。すぐに電話した。

デイビッドはわたしの動揺を予期してるかのように、実際そうだったと思うけど、とてもとても落ち着いて淡々とドクターレポートをわたしに聞かせてくれた。

ナターシャは癌を診断された。
「カーシノマ」「マリグナント」。ドクターは手術とキモセラピーとラディエイションを提案してるらしいけど、癌のステージを表すその言葉がもう手術じゃどうにもならない状態なことを、わたしは知っている。ナターシャはとてもそんな癌を持ってるとは思えないほどエナジェティックでアクティブでハッピーなのに。1、2ヶ月って言われたらしい。ならなんで副作用の大きいキモセラピーやラディエイションで最後のその数カ月を過ごさせなきゃなんないんだろ。

わからない。わからないけど、絶対手術だけは反対だ。たとえ手術がもしも上手く行ったとしても、13歳の体には負担が大き過ぎる。

来週には癌の専門のドクターのところに行くことになってる。

ロードランド行きはナターシャのためだった。本当は木曜日には結果がわかってたらしいけど、水曜日のわたしのドクターの診察で仕事への復帰が7月に伸びたことでわたしが落ち込んでたせいで、言わなかったってデイビッドは言った。

生きられるあいだ、出来るだけハッピーな時間をあげようってふたりで決めた。今はそれだけ。


楽しかった。海はまだ寒くて、レイクに行った。風のないレイクのビーチはあったかかったけど、水はまだとても冷たくて泳げなかった。ナターシャだけが大好きなスイミングをたくさんして、それだけでデイビッドもわたしも満足だった。

楽しかったのに、またケンカした。
わたしはいろんなことを言って泣いて泣いて泣いてデイビッドを引っ叩いたいて、帰るって言って飛び出した。帰れるはずもなくて、車の中でひとりで泣いた。そんなふうになるわたしをデイビッドはルナティックってさえ言った。

デイビッドは変えない。ex-ガールフレンドのこと。
わたしは、どうしてそんなにこだわるのか分かってくれないデイビッドに全部気持ちを言ったのに。それでもデイビッドは変えてくれない。わたしが我慢するしかない。我慢しなくちゃいけないこと考えると、胃が痛くなって吐き気さえする。

わたしの中には悪魔がいる。誰の中にも悪魔が住んでると思うけど、わたしの悪魔は極端に悪質で狂ってるんだ。わたし、悪魔を殺したい。


ナターシャ。ナターシャ。ナターシャ。大好きなナターシャ。

ナターシャの癌を殺して。
ナターシャの癌と一緒に、わたしの悪魔を殺して。
神さま。




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淋しいな - 2004年05月16日(日)

今帰って来た。デイビッドんところから。

金曜日は教会友だちのティナとティナのルームメイトたちのパーティがあって、でもデイビッドに会いに行った。パーティに行ったってこの足じゃ踊れないし、デイビッド選ぶに決まってる。ナターシャ連れてお散歩しながらデイビッドが歩く練習してくれた。横歩きとか後ろ向き歩きとか、松葉杖なしとか。それからまだ借りっ放しだったデイビッドのクライアントが創った映画の DVD を観る。「つまんなさそうだよ」ってデイビッドは言ってたのに、だんだん面白くなって来てふたりでのめり込む。

それからアパートのビルの前でキャッチボールをやった。受け損ねて転んでくボールを追いかけることは出来ないけど、それはデイビッドが拾ってくれて、高いボールも低いボールも右よりのボールも左よりのボールもわたしは自分で驚くくらい上手にキャッチ出来た。デイビッドは「誰が教えてくれたの?」ってわたしのボールの受け方にも投げ方にも驚いてた。「日本人はね、キョジンノホシを見て育つからみんなキャッチの仕方くらい知ってるんだよ」ってキョジンノホシを説明してあげたけど、よくわかんないみたいだった。

土曜日はデイビッドはスイスに帰るおじさんをお見送りに行って夕方から仕事のパートナーが来るから、わたしはジャックんちに行って、ジャックと晩ごはんを食べてからデイビッドんちに戻った。新しいパートナーのカレン・D はまだいた。奇麗な人だったけど、カレン・D はレズビアンだって知ったから安心。

デイビッドの仕事が終わるまでバーンズ・アンド・ノーブルに行って待ってたら突然サンダーストーム。どしゃ降りとカミナリといなびかりの中デイビッドは傘もささずにやって来て、お店が閉まる時間に追い出されてから雨の中歩いて歩いてドラッグストアに行った。デイビッドは自分の分と一緒にわたしの分の傘も買ってくれた。デイビッドとならどしゃ降りの中歩くのも楽しい。なんでも楽しい。

日曜日は教会をさぼる。お決まり通りサンダーストームのあとの快晴で、暑いくらいのお天気だった。午後から河沿いの公園を歩いてカヤックに行った。ドックには長い行列で、楽しみにしてたわたしの初カヤックは諦める。芝生に転がってデイビッドは本を読んで、わたしはナターシャにリーシュをつけて歩いた。おりこうのナターシャはわたしのためにゆっくり歩いてくれて、わたしは松葉杖なしでたくさん歩いた。

夜には映画を借りて来てくれて、一緒に観た。

「今日も泊って行きなよ」ってデイビッドは言ったけど、チビたちが心配で帰ることにした。車のとこまで送ってくれたデイビッドにいっぱいハグしていっぱいほっぺにキスもらって、明日歯を抜きに行くナターシャにバイとアイラブユーを言って、車を出すまで見ててくれたデイビッドに窓から投げキッスして、セントラル・パークを抜ける道で検問にかかって更新したばかりの車の保険のカードを持ってなくてチケット切られちゃった。

「こんなことになるなら泊ってけばよかったかな」ってメールする。

淋しいな。
淋しくて眠れそうにない。
デイビッドの隣で眠りたい。

泊ってけばよかった。
淋しいな。


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お祈りして - 2004年05月10日(月)

フィジカル・セラピーから帰ってメールをチェックしたら、わたしがあのバカメールを送ったすぐあとの時間に昨日のデイビッドが送って来たメールが届いてた。今日になって。なんで?

「もうその ex- ガールフレンドのことごちゃごちゃ言うの、やめてくれないか。頼むよ」。

なんで今ごろ届くの? 日付けと時間が昨日の夕方になってる。なんで?

それで電話してみたらデイビッドの声はいつもとおなじで、だけどおじさんと電話してるとこだからかけ直すって切られて、それからずっとかかって来なかった。

3時間くらいたってもう一度かけてみたら、やっぱり普通に話してくれたけど、仕事中だからすぐに切られた。せっかく借りたのにケンカしたから観られなかった DVD、「月曜日に観ようか」って言ってくれてたのに、今日は忙しくてダメだって。

今日も夜になってメールしたけど、返事は来ない。

まあいいや。いいや。いいよ。そりゃあ、しつこいわたしがイケナイけど、わたしだって「もう ex- ガールフレンドと会うの、やめてくれないか。頼むよ」な気持ちなんだから。

でも大丈夫。デイビッドはどこにも行かない。忙しいんだ、本当に。今度会うときはまたちゃんと元に戻ってる。なんか勝手に決めてる。っていうかなんかヘンに自信ある。ジーザス?


そして彼女の日記を読んだ。
わかんなかった。何? 何があったの?
それから。 
ひとつ前の日記を知らなかったことに気がついた。
いつも更新待ってるのに、その日の日記を見なかったなんて。

嘘だ。
嘘だよ。
絶対嘘だよ。
離れるわけないじゃん。
ねえ、もう絶対大丈夫なはずだったじゃない。

わたし祈る。
今夜はずっとお祈りする。貴女のために。
貴女はお祈りしなくていいよ。わたしが代わりにするから。
いつもそう言って来たけど、
今度はだめ。
貴女もお祈りするの。
お祈りして。

目を閉じて、神さまを探して、その微笑みが見つかるから、絶対見つかるから、
そしたら目を閉じたまま、そこにある微笑みにすがって。
ただ彼を戻して欲しいとお祈りするの。
体も心も全部全部神さまの微笑みに向けて、ただ彼を戻して欲しいと。
神さまが手を伸ばして貴女を包んでくれて
体がふんわり宙に浮いたふうに感じるから、
そして自分が透明人間になったみたいになるから、
そのまま神さまの腕の中で眠りにつくまで
神さまが助けてくれると信じて
ただ彼を戻してとお祈りして。

お祈りして。

お祈りして。

お願い。




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母の日 - 2004年05月09日(日)

母の日。
明け方母に電話して2時間くらい話した。

教会が終わってから、ジェニーとランチに行った。デイビッドから電話が鳴る。
「料理するのやめてピザのデリバリーにして、サラダだけ作ろうと思うんだけど、どう思う?」「いいんじゃない? あなたのサラダおいしいから」。

「今日デイビッドんちでディナーするの?」ってジェニーが聞いた。違う。デイビッドは弟と一緒にデイビッドんちに両親を呼んで母の日のお祝いをする。

教会の帰りにお花屋さんで鉢植えのアゼリアを買って、大家さんの奥さんのシャーミンにあげた。「ハッピー・マザーズデー!」って。わたしの母の日はそれでおしまい。


うちに帰ってしばらくしてからデイビッドからメールが来た。
「いいフレンチブレッドと、フランスとバーモントのチーズを何種類か用意して、あとベイビー・アルガラとトマトのサラダ作ることにした」って。
「いいね。ex- ガールフレンドのアイデア?」って返事した。
だって知ってる。ワイン・ディストリビューターの彼女はそういうのが好きで、だからデイビッドもそういうの得意なんだ。でもジョークのつもりだった。

返事は来ない。
夜になって「怒ってないよね? ジョークだったんだよ」ってメールしたけど、
返事は来ない。

「カナダ・ギースの赤ちゃんは『ゴスリン』だった。カナダ・ギースって、一生同じ相手としかつがわないんだって。片方が死んじゃわない限り。あたしカナダ・ギースが前よりもっと好きになった」。そしてハンプトンで見たみたいな親子の写真が載ってるカナダ・ギースのサイトのリンクを貼って送った。
返事は来ない。


11頃電話が鳴った。違った。ジャックだった。
今度の土曜日、バイク・ライドしようって。それまでに PT に自転車乗る許可もらっておいでって。


先週、オスカーさんがフリーマーケットで中古のマウンテン・バイク見つけてくれて、地下鉄にバイク持って乗ってうちまで持って来てくれた。全然ファンシーじゃないけど、ちゃんと15スピードついててコワイくらいしっかりして強そうなやつ。たったの50ドルだった。ブレーキのケーブルとパッドを取り替えてくれて、シフターも新しいのをつけてくれたらしい。欲しかったマウンテン・バイク。「中古だけど買ったんだよー」ってデイビッドにもジャックにも話してた。

昨日デイビッドがスイスから来てるおじさんに会いに行ったあと、わたしはジャックが誘ってくれたチキンとガーリック・ブレッドだけの BBQ にジャックんちに行った。それでジャックのバイクに乗りたいって言って拒否されてふくれてたら、今日そういう電話くれた。嬉しかった。

嬉しかったけど。

デイビッドは電話もくれない。
バカだな、わたし。
しつこいよ。
せっかく素敵な仲直りくれたのに。




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ハンプトン - 2004年05月08日(土)

天気予報は午前中サンダーストームで、「天気が悪かったらやめよう」って木曜日の晩デイビッドは言ってたけど、わたしはお昼から晴れるよって譲らなかった。夜中のうちにどしゃぶりカミナリいなびかりまとめてガンガンやってくれて、朝起きたらピカピカのお天気だった。お昼前に上機嫌の電話がかかって来た。「見てごらん、外」「ほらね、あたし言ったでしょう?」。で、1時の約束をちょっとでも早くって1時15分前にして、わたしはいちごのパックとナターシャのお水とボウルを持って車に乗って、でも道が混んでたから結局1時にデイビッドんちに着く。

デイビッドはビーチの用意とナターシャをわたしの車に乗っけて、デイビッドの運転で出発。

デイビッドは夏のあいだ、ハンプトンにシェア・ハウスを借りて、ウィークデイの何日かをそこで過ごす計画だった。先週、オーナーとインタビューしてデイビッドはそこのシェア・ハウスをほぼ決めてた。

ハイウェイの途中のホットドッグ・スタンドでホットドッグとバーグズのルートビアとサワークリーム&オニオンのチップスをデイビッドが買ってくる。ルートビアが好きってだけで結構珍しいのにカフェイン入りだからバーグスのが好きってのも、サワークリーム&オニオンのチップスが好きなのも一緒で、笑った。

道に迷いながら辿り着いたシェア・ハウスはとんでもないうちだった。そのうえビーチから遠いしとてもとてもハンプトンとは思えない場所で、そのシェア・ハウス借りる計画は没。ビーチへ行く道には豪邸じゃないけど素敵なおうちがたくさん並んでて、「こういうとこ想像してたよ。バカだな僕は」ってデイビッドはがっかり声で言った。


ビーチは奇麗だった。ロードアイランドより奇麗だった。でもわたしはロードアイランドのビーチのほうが好きだと思った。陽射しは眩しかったけど風が冷たくて、ビーチに敷いた大きなブランケットの余った部分をふたりで肩からぐるんと覆ったら、デイビッドがそのうえからわたしを抱き寄せてくれた。映画に使われるようなビーチに降りる階段がついた大きなおうちがビーチ沿いに並んでて、「Something's Gotta Give」に使ったおうちはどれだろって思ってた。ビリージョールのおうちもあるらしい。デイビッドの腕の中はあったかかったけど、風があんまり冷たくて長いこといられなかった。

反対側の入り江に建つレストランであったかいもの飲むことにした。駐車場に車を停めて降りたら、桟橋のあたりにカナダ・ギースの親子を見つけた。二羽のカナダ・ギースの後ろから、生まれたてのひなどりたちがよちよちあとをついて歩いてた。「見て見て。カナダ・ギースのベイビーだよ」って夢中になる。桟橋からひなどりたちがひとりひとりポトンポトンと水に飛び下りる。「すごいよ、なんであんなこと出来るんだろ。あんなにちっちゃいのに」って、今度はデイビッドが興奮する。

「ねえねえ、カナダ・ギースの赤ちゃんってなんて言うんだっけ? ゴブレットじゃないしゴブリンじゃないし」「ギブレット」「違うじゃん」「知らないよ」「名まえがあるんだよ。忘れちゃったよ、いつも言ってたのに」。なつかしかった。あの街で、カナダ・ギースの赤ちゃんが生まれるのが、春が来るたび楽しみだった。公園のちいさな湖のほとりをお散歩しながら、ほら赤ちゃんだよ、かわいいねえ、っていつもあの娘に話してた。あの湖、なんて名まえだっけ。それも忘れちゃった。

レストランのデッキの席で軽いお食事をしてたら、陽が真っ赤に落ちて行った。ゆっくりゆっくりゆっくり。そしてまるかった大きな赤いかたまりが滲んでいって、空に赤とオレンジの長い長いグラデーションが出来る。それが秒刻みに少しずつ色と線を変えて広がって行く。広がって広がって、それから陽がすっかり落ちると、空のグラデーションはフェイドしながら幕を閉じた。すごかった。壮観だった。


高速をぶっ飛ばしてシティまで帰る。
デイビッドんちの近くのビデオやさんでデイビッドのクライアントが撮った映画を借りたのに、うちに戻ってからケンカした。デイビッドが ex- ガールフレンドが最近アップステイトに買った家を見に行くことで。彼女がディナーを用意して、それからゲストルームに泊ってけばいいって言ったって。わたしは多分自分がそれをイヤだと思ってる以上のことを口にして、デイビッドは言い訳しながらもわたしが何も心配する必要のないことを勝手に心配してるって非難して、わたしは心配してるんじゃなくてそういうのが理解出来ないんだって怒って、デイビッドはせっかくの素敵だった一日をわたしが台無しにしようとしてるってなじった。


「僕はね、今までどのガールフレンドとだってきみといるときほど心地よくてリラックス出来て穏やかな気持ちになれることはなかったよ。きみと僕は自分の生活の中で大切にしてるものがおなじで大切にする気持ちもおなじで、好きなものもおんなじで一緒に楽しめることがたくさんあって、僕はそれをとても大事に思ってる。僕たちは以前よりうんといい関係を築いてきてるだろ? 違う?」。


それだけで充分じゃない、ね。なんでそう思わないの、わたし?
だって、ヤなものはヤなんだから。そういうのヤだって思うのはおかしい?
わたしがおかしいの? おかしくないよ、わたしは。おかしい?


デイビッドは眠るときにとてもとても優しいキスをくれて、朝起きたときもいつもみたいにおでこやほっぺじゃなくてくちびるに小鳥みたいな素敵なキスをくれて、帰るときにはマシュマロがふたつくっつくみたいなキスをくれた。それからわたしを見つめてわたしの頭を肩に引き寄せた。甘いの嫌いなデイビッドがそんなことしてくれるの初めてだった。





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よかった - 2004年05月04日(火)

よかった。
ナターシャは病院で一日と一晩 IV を受けて、今日帰って来た。
ほんとに死んじゃうかと思ってた。

土曜日、デイビッドの仕事が終わるまでカバラの続きを読んで待ったあと、わたしは地下鉄に乗って出掛けたいってリクエストした。長いこと地下鉄に乗ってなかった。確か、スキー旅行に行く直前にデイビッドんちに行って駐車した車をトウされて、車を取りに行くのに地下鉄に乗ったのが最後だと思う。

イースト・ヴィレッジに出掛けた。土曜日の夕方の地下鉄は混んでて、デイビッドはずっとわたしの足をかばっててくれた。地下鉄に乗って一緒に出掛けるなんての、初めてだった。大きな教会の前でダンスのパフォーマンスのサインを見つけた。「きみのためのイベントだ、観ようよ」ってデイビッドが言って、観ることに決めた。パンフレットを見たら、衣装のデザインが日本人の女性だった。ほんとにこの街では日本人のアーティストたちが頑張ってる。「見て見て。日本人だよ」。誇らしいのと羨ましいのが混ざって、デイビッドにそのデザイナーの紹介文を見せながら溜め息が出る。

モダン・ダンスのパフォーマンスは素敵だった。しなやかな肢体だけで綴る、言葉のない物語。ひとりひとりが別々の場所で別々の動きを見せてるのに、コロシアム状のステージがひとつの大きな動くキャンパスになっている。たおやかで力強くて、激しくて穏やかで、セクシーでキュートでユーモラスで、食い入るようにダンサーたちの動きを見てたけどドキドキする緊張よりリラクシングな心地よさだった。奇麗なからだだねえちっちゃいオッパイがいいとか、あファックしてるとか、見てあの人ベッドのなかでいいよきっととか囁くと、デイビッドは「シッ。ダーティなこと言うんじゃないよ」ってわざと大きな声でわたしを制しながら面白がってた。

レストランでパストラミのサンドイッチを作ってもらって、スターバックスに持ち込んでサンドイッチのブラウンバッグで隠しながら食べてから、ミッドナイトを過ぎてうちに帰ったらナターシャが仕事場に下痢してた。デイビッドは怒りながら、わたしは笑いながらふたりで掃除する。

日曜日は朝早く、ナターシャの歩き回る音で目が覚める。「ナターシャ、大丈夫?」って体を起こしてナターシャに聞いたとたん、ナターシャはまた下痢した。それから吐いた。

せがむナターシャをデイビッドと一緒に外に連れ出すと、アパートの前の植え込みのあいだにしゃがみ込んだナターシャは、今度は血が半分の便をした。心配で様子を見ながらしばらくいたけど、ナターシャが少し落ち着いてから「教会が終わるよ。もうかなり遅れてるけど、行っておいで」ってデイビッドに促されてわたしは教会に行った。

ナターシャはアパートのホールウェイとキッチンが血まみれになるほどの血便をし続けて、嘔吐も何回かしたらしい。夜中に電話して来たデイビッドがエマージェンシーに連れてこうかってわたしに聞いたけど、ナターシャは弱ってるどころかいつもと変わらず元気だっていうから、朝一番にふつうの獣医さんに連れてくように言った。動物のエマージェンシー・ホスピタルはとにかくヒドイの知ってるから。


まだ少し出血してるらしい。
だけど元気みたい。
ごはんが食べられなくて泣いてるみたい。
それだけみたい。
よかった。



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Natasha - 2004年05月02日(日)

どうしよう。

ナターシャが死んじゃうかもしれない。

金曜日には元気だったのに。

土曜日の夕方まで元気だったのに。

怖くて眠れない。

デイビッドは眠れてるだろうか。

ナターシャは眠ってるだろうか。

朝が来たら目を覚ましてくれるだろうか。


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