TENSEI塵語

2007年06月30日(土) 「のだめ」DS(2)

昨夜、難所をクリアしてから、とにかく先を急いでみたら、
思いがけぬ速さでエンディングを迎えてしまった。
ちょっと拍子抜けのような短さだ。
ま、音楽も沢山入ってるし、容量の都合でこの長さかな??

手こずった難所というのは「プリごろ太宇宙脱出」ゲームの2つ目である。
スーパーマリオのように、邪魔ものを避けながら生き延びて進むゲームで、
ひたすら避けるだけなのだが、マリオに比べると微妙に反応が遅いキャラを
操作するのは、なかなかたいへんで、いったんは諦めて放った。
1つ目は簡単だったが、2つ目はかなり厄介なものになっていたのだ。
しかし、今までの経験で、こういうゲームは絶対クリアできる確信がある
ので、夕食後に数度やり直して、何とかクリアしたのだった。
次にまたこのゲームが出てきたら厄介だぞ、先に進めないぞ、と思ってたが
もう出てくることはなく、エンディングを迎えてしまったのだった。
まぁ、これが、このゲーム全体の、唯一のボス戦みたいな感じだった。


エンディングを迎えても、それでもう遊ぶネタが無くなったわけではない。
寧ろ今後は、物語の進行とは関係なしに、
獲得したゲームを繰り返し遊べるようになったというわけだ。

実際、メインのオーケストラ演奏ゲームは、指揮者欄がひとつ空白である。
どうしたらそれがつけ足されるのかわからない。
きょうは、物語進行上のゲームとして1回はやったけれど、
ゲームメニューに登録されてから改めてやっていない曲を全部やったが、
ひとつも間違えずに終わると、コメント係のキャラが「完璧だ」と言い、
評価も「ブラボー」でなく「トレビアン」になることを知った。
次の目標は、全部を「トレビアン」にすることかもしれない。

このオーケストラ演奏ゲームは、全部で24曲。
どれもとてもおもしろく作ってあって、常にスリルがある。
音楽に合わせる音楽ゲームというよりは、
目でパターンを読んで即座に反応するアクションゲームの要素が強いかも。
しかし、裏に流れるのが名曲のいいとこ取りだから、尚更楽しいわけだ。
とりわけ、ストーリーの終盤に出てきた「動物の謝肉祭」と
「ラプソディー・イン・ブルー」が楽しくて、病みつきになりそうである。

そんなわけで、いい気分転換の玩具ができたわけだが、
気分転換程度で終わればいいのだが、、、(-。-;)



2007年06月29日(金) 「のだめ」DS

昨夜、出来心で「のだめ」DSゲームを始めてしまった。
その出来心が生じたのは夜中の0時過ぎで、2時過ぎまでやってしまった。
出来心というか、、、昨日たまたま持ってた人がいて、
ちょっとやらせてもらったらおもしろかったので、
帰宅してからまずリビングに1カ月ほど眠っていたのを掘り出して、
(家族が遊ぶだろうと預けておいたが、放っておかれていたのだ)
仕事だの塵語書きだのが終わってから始めたのが、夜中だったのだ。

メインのゲームは、以前PSで出た「ブラヴォー・ミュージック」のように
音楽に合わせてマークを打って行くタイプのものだ。
以前、その「ブラヴォー・ミュージック」にはすぐ飽きた。
その時は、まず私が誤解していて、こちらに合わせて演奏してくれるのかと
思っていたのに、こちらが合わせるかどうかのゲームだった点にがっかり。
しかも、曲が始まるとわりと単調な作業である上に、
自分の感覚とかなり違う感じで、少々イライラせずにいられなかった。
そんなわけで、3日坊主でやめてしまった。

今回もそんなゲームだろうと、私自身はほとんど期待してなかったのだが、
この音楽ゲームは、実にスリル満点でおもしろい。
画面右の方からト音記号やハートマークのついた○が流れて来、
画面上からはそのマークが下りてくる、
それが一致したところでペンタッチすると虹色にはじける。
そして、そのタイミングの連鎖が音楽のリズムを作っているわけだが、
どんなリズムを形作ろうとしているかは、出てくるまでわからない。。。
ペンタッチのタイミングを外したり、し損なったりすると、音楽が歪む。
○だけでなく、○が数珠つなぎになった3種類の図形もいきなり表れ、
その場合には、その形どおりにペンをスライドさせなきゃならない。

「ブラヴォー・ミュージック」に比べると、非常に変化に富んでおもしろい。
病みつきになりそうである。

他にも「太鼓の達人」のようなゲームもできる。
スーパーマリオみたいなアクションゲームもできる。
料理の材料を3秒ほどで記憶し、選んで鍋に入れる脳トレ的なのもある。
のだめの魔界窟のような部屋を片づけるゲームもある。

大学構内のいろんな場所をクリックしながら、
そういうイヴェントを重ねて行くのだが、
ひとつのゲームを集中して楽しむこともできるようになっている。

きょうは昼から吹連の理事会で出張した。
ここんとこ、その準備に追われていたから、試験の採点はまったく。。。
明日・明後日の休日に、少しは採点を進めなきゃいけないんだけどなぁ、、
そんな時に、こんなゲームを覚えてしまったら、困るじゃないかー(`ε´)
この塵語を書くちょっと前までやっていたのだが、
もう、またやりたくなってしまっているのだ。
ま、、今夜は、休日前夜ということで許すとして。。f^_^;



2007年06月28日(木) 再燃した慰安婦問題

慰安婦問題で、アメリカの下院の外交委員会で「日本政府謝罪せよ」決議が
採択され、さらに来月には下院本会議でも採択されるそうだ。

たしか、4月の終わりに晋三ぼっちゃんが訪米して頭を下げて来て、
我々は、謝罪の相手が間違っとるんと違う? と疑問を抱きながらも、
まぁ、とにかく、米議会での騒ぎは収まったらしいのでホッとしたはずだが
、、、と思ったら、今回の騒ぎに火をつけたのは、
ワシントンポストに載った「意見広告」だという。
そういえばそんなものが出たというのをいつか読んだなぁ。。。

その意見広告について検索してみたら、賛同者名簿みたいなものを見つけた。
うーーん、、、こんな連中が政界にごろごろしていて、
坊ちゃんみたいなのを首相に祭りあげて操ってるのかと思うと恐ろしい。
晋三ぼっちゃんが訪米の挨拶代わりに謝罪の猿芝居をして、
ブッシュにほめてもらえていたのが、彼らには堪らぬ屈辱だったのだろうか?

昨日のニュースで、おそらくこの中のメンバーだっただろうが、
2人ばかり、ちゃんちゃらおかしいみたいな態度で、
インタビューに答えているのを見て、そら恐ろしくなった。


同じブログにその意見広告が紹介されていないか探してみたが、
私には見つけられなかった。
その代わり慰安婦決議の全文を読むことができた。
こちらは今後の参考に引用しておこう。


ラントス下院外交委員長(カリフォルニア選出)ロス‐レティネン議員(フロリダ選出)の修正案を反映した下院第121号決議案


 日本政府は1930年代から第2次世界大戦までの期間、「慰安婦」と言われる若い女性たちを帝国軍への性的サービス目的のため動員することを正式に委任した。日本政府による強制軍隊売春制度である「慰安婦」は、集団強姦・強制流産・恥辱・身体切断・死亡・自殺を招いた性的暴行等の残虐性や規模面においても、前例のない20世紀最大の人身売買の1つだ。

 日本の学校で採用されている新しい教科書は、こうした慰安婦の悲劇や第2次世界大戦中の日本による他の戦争犯罪を過小化しようとしている。

 日本の公共・民間の関係者は、最近の慰安婦の苦痛に対する政府の真摯(しんし)な謝罪を含む河野洋平官房長官による1993年の「慰安婦関連談話」を希釈または撤回しようとしている。

 日本政府は1921年に「婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約」に署名し、2000年には武力紛争が女性に及ぼす影響についての国連安保理決議「女性、平和及び安全保障に関する決議第1325号」を支持している。

 下院は人間の安全と人権・民主的価値・法の統治および安保理決議第1325号に対する支持など、日本の努力を称える。

 米日同盟はアジアと太平洋地域で米国の安保利益の礎(いしずえ)で、地域安定と繁栄の根本だ。

 冷戦後、戦略的な環境は変化したが、米日同盟はアジア太平洋地域で政治・経済的な自由、人権、民主的制度に対する支持、両国国民と国際社会の繁栄確保をはじめ共同の核心利益と価値に根ざしている。

 下院は日本の官僚や民間人らの努力により1995年、民間レベルの「女性のためのアジア平和国民基金」が設立されたことを称える。同基金は570万ドル(約7億円)を集め、日本人たちの贖罪(しょくざい)の意識を慰安婦に伝えた後、2007年3月31日に活動を終了した。以下は米下院の共通した意見だ。

1. 日本政府は1930年代から第2次世界大戦前に至るまで、アジア諸国や太平洋の島々を植民地化したり、戦時に占領した過程において、日本帝国主義軍が強制的に若い女性たちを「慰安婦」と言われる性の奴隷にしたことを、事実として明確な態度で公式に認め、謝罪し、歴史的な責任を取らなければならない。

2. 日本の首相が公式声明を通じ謝罪するなら、先に発表した声明の信ぴょう性と水準に対し繰り返し唱えられる疑惑を解消する一助となるだろう。

3. 日本政府は日本軍が慰安婦を性の奴隷にし、「人身売買した事実は絶対にない」といういかなる主張に対しても、明確かつ公式に反論しなければならない。

4. 日本政府は国際社会が提示した慰安婦勧告に基づき、今の世代と将来の世代を対象に、残酷な犯罪について教育しなければならない。



昨日のニュースで、晋三ぼっちゃんは、こう言った。
「米議会では沢山の決議がなされている。そういう中のひとつに過ぎない。
 コメントする気はない」
ちょっとちょっと、、そんな言い方していいの??
ブッシュ様のような大統領様のお言葉は大事でも、
大統領様の息のかかってない議会の決議は屁に過ぎないわけ?
「国会では沢山の議案を採決しなきゃいけない。
 いちいち、反対派の雑魚どもの意見を聞いてるわけには行かない。
 首相様である私の案に手を上げてくれる連中だけでバンバン通して行く」
という晋三ぼっちゃんの国会運営と二重写しになるような発言だ。

我々から見てもそうなのだが、他国から見ても、
日本政府が、戦時中の罪を隠蔽する、、いやそれどころか美化しようとする
そういう態度が異常に見えてしょうがないのだろう。
罪を認め謝罪し、そうして友好外交への道を開いた人もいた。
しかし、教科書検定を見てもわかるように、それは全面的とは言えなかった。
そして、友好ムードを台無しにするような首相が台頭したりもするわけだ。
今回の騒ぎは慰安婦に関するものだとしても、
そこにこめられた批判は、慰安婦だけでない、基本的態度への批判なのだ。

なぜそうなの? 魂胆は何? と、
他国は、平和主義日本に疑惑を持ち、いつまでも信頼してもらえない。
拉致問題だって、他国に真剣に協力してもらえるわけがない。

まぁ、とにかく、恥ずかしいことだなぁ、というのが一庶民の感想だ。



2007年06月27日(水) 泉水ちゃんを偲ぶ会

ZARD の泉水ちゃんを偲ぶ会が東京青山で催され、4万人以上が訪れた。
朝10時から夜7時までと予定されていたが、
9時過ぎ(10時過ぎ?)まで延長しないわけに行かなかったようだ。
九州や沖縄から来た人もいる。
皺の目立つおばさんもいれば、髪の薄いおじさんもいるし、
思いがけないほどの若者もいる。
歌声喫茶など消滅してしまった現代だけど、
映像とともに流れる歌と一緒に、おおぜいの人が歌っている。
音楽を通じて、世代を問わず、同じ思いでおおぜいの人が集まったのだ。
インタビューに、涙を止まられないまま答えている人もいる。
「いつも励まされて来ました」と言う人もいるし、
「ありがとう! と言いに来ました」と言う人もいる。
そうだ、優しく背中を押すような、そんな雰囲気の歌が多いし、
そもそも、彼女の声が、そんな雰囲気を持っているのだ。

青山まで行けなかった私も、何度目かのライヴDVDをまた見てしまった。

私の一番の気に入りは、彼女の人気のもととなっている雰囲気とは
ちょっと外れた「この愛に泳ぎ疲れても」。
このエレキギター、弾きたいなー、、、と思う。
先日、検索して探してみたけれど、残念ながら楽譜は出てなかった。。。

DVDでは、この曲に続いて「もう少し、あと少し、、」が歌われる。
後半のこの歌詞、いいなぁ、、、と思う。
「追伸:あなたの生まれた家を見てきました
 なんだか 切なくて懐かしかった。。。
 もう少し あと少し そばにいたい 叶わぬ夢と知っても
 そう 少し あと少し あの女性(ひと)より
 出逢う時が 遅すぎただけなの」

このDVDを見ていて感動するのは、実に無愛想なライヴでありながら、
観客が総立ちで手拍子したり、声援を送ったり、
一生懸命に泉水ちゃんと時間を共有しようとしているところだ。
そして、こんなにおおぜいの人に愛されながら、逝ってしまった、という現実。。。



2007年06月26日(火) 年金問題でボーナス返上

晋三ぼっちゃんは、自らボーナスを返上する上、
社保庁職員にも自主的にボーナス返納を呼びかけた、という。。。

と聞いて、一般庶民の最初の感慨は、
え? 社保庁ボーナス出るんだー、ろくに働いてないのにー? 
かもしれない。
しかし、今はたいへんな状態なんだし、今年採用された新職員や
漏れた台帳とは関係ないところで仕事をしていた若い職員まで
ボーナスやるなと言うのも、ボーナス返せと言うのも気の毒な気がする。

朝刊1面に、主だった人の返金額が書いてある。

晋ちゃん      73万円
塩崎官房長官    54万円
厚生労働大臣    51万円
    副大臣   35万5千円
    政務官   17万9千円
    事務次官 310万円
社保庁長官    270万円
   部長など  100万円  ・・・などなど。。。

うーん、、かなり高額の人もいるけれど、、晋ちゃんこれだけ?
っていうか、これと今回の年金問題と何の関係があるの?
「お詫び」??
嘗て幹部だったOB連中にも寄付を呼びかけるそうだけど、
これからの膨大な作業のための資金集め? 
だったら意味あるだろうけど。。。
見通しでは、10億円が集まるとか何とか言っている。
庶民から見れば頭がクラクラしそうな大金だが、
これから年金問題を解決するためには微々たるお金なのではないかな?

で、これをいつまで続けてくれるの?
参院選前の、今だけ??

まぁ、真意のよくわからんことだが、
選挙が近いのでなければ、しかもその選挙が危機的でなければ、
思いつきもしなかったパフォーマンスなのではないかな、、と思う。

 



2007年06月25日(月) 「プロポーズ大作戦」△

きょうが最終回、、、いったいどう結末つけるつもりだぃ? 
という興味だけでとにかく見てみたのだが。。。

あ〜あ、披露宴の場面にまで持ち込んでしまったか。。。
これはやって欲しくなかったなー、、、と思ったら、
本当に、ケンゾーのスピーチで、ついに思いを告白。
その言葉に礼の心が揺らぐ、、、で、続くスライドショーの場面は、
もう今までずっと見てきたような礼の笑顔はまったくなく、
つまり懐かしい思い出を微笑ましく笑う姿でなく、
ケンゾーとの思い出を噛みしめて後悔し涙ぐむ。。。

確かにスライドショーの場面での変化という効果はあるにしても、
この手は使ってほしくなかったなぁ。。。
あだち充の「みゆき」で、この披露宴スピーチの逆転に感動し泣いた。
しかし、この場合は、新郎予定の優一が、そういうこともあるだろうと
結婚式を後にして、先に披露宴を開くという裏技を使ったのだ。
心のふれあいをさらっと描く漫画家の妙味だった。
しかしこのドラマの善良なる新郎多田くんは、そういう覚悟をしていない。
しかも、式は終わっていて、誓いの言葉も終わっているではないか。
しかも、ケンゾーはスピーチの後、式場を出てしまったので、
ケンゾーを探しに出た礼は、式場から逃げ出した嫁という格好になっている。
うーーーん、これはすっきりしない結末だ。

その、披露宴でのケンゾーのスピーチも、ちっとも感動できない。
だいたい、この山下智久ってのは、本当に人気アイドルなのかぃ??
もう毎回毎回、女々しい表情ばかりで、もううんざり。。。
たまの笑顔もさわやかさがないし、実に表情に乏しい。
声も喉の上つらから鼻にかけて出るようなぼそぼそ声で、セリフもダメ。
まさみちゃんの黄金の笑顔にまったく応えていない。
きょうも、智久のスピーチの下手っぴさに呆れた後、
スライドショー見ながら、目を潤ませて心揺らぐまさみちゃんの表情には
ついつい感情移入してしまった。

きょうの最終回のテーマは、過去は変えられない、大事なのはこれからだ、
というところに力点を置いたようだ。
だから、披露宴の場面のやり直しという形にしたようだ。
しかし、これだって、過去のやり直しには違いないじゃないか。
ケンゾーが過去に戻った、ひとつひとつの場面だって、
その時その時の今、これから、だったはずなのだ。

もどかしい展開を我慢しながら見てきた私としては、
やはりこのドラマは、過去の中で展開を変えて欲しかったと思う。
きょうだって不自然だよ。
礼がケンゾーの用意していた指輪とめぐり合って、、、
そんなことがあって、なぜ笑顔で多田くんとの結婚式を終えているのか?
やはりその日に何らかの大きな決着をつけるべきだったし、
現代に戻ってみたら、ケンゾーと礼の披露宴の場面になっているべきだった。

2カ月ほど前に、せっかく過去に戻って展開に変化をつけても、
その後は今までどおり生活が送られているのが変だと批判したのだが、
どう考えてもそれは変なのだ。
こういうタイムスリップ物は難しいのだよ。
脚本はそのあたりをいろんな形でかなりこじつけているけれど、不備。

このドラマは、不自然過ぎる展開と下手くそ智久くんのせいで、×だ。
しかし、まさみちゃんを筆頭にその他が頑張ってくれてたので、△。


昨夜は「冗談じゃない!」が最終回。
毎回楽しんで見ていたけれど、終盤、エレンがいたずらに湿っぽくなった。
残念だ。
あれさえなければ、何とか○をあげることができたんだけどなぁ。。。
織田裕二くんも、いろんな雰囲気を持っている点はいいかもしれないが、
演技の方はどうもわざとらしい、、、いまいちだ。




2007年06月24日(日) 仕事用2連休

昨日は昼過ぎまで仕事に出、県大会用の書類を整理した。
今度の金曜日までに、印刷したり封筒詰めしたり、いろいろ準備がある。
それから、歯医者に走り、3時ごろ帰宅して、1時間ほど軽い昼寝。
それから市吹の練習について、いろいろと予習をして、夜は練習に。

昨日はとても陽射しの強い暑い1日だったが、風はわりとさわやか。。。
空を見ると、筋筋の雲が大きく広がって、夏の空とは思われない。
きょうは一昨日と同じく、1日中、びしょびしょ雨が降っていた。
外から入ってくる空気が、ちょっと寒いくらいである。

今朝は、まず県吹連のweb 担当者に地区大会のプログラムを送り、
それから、昼過ぎまで試験問題作りに専念した。
金曜日の理事会までに用意するものが多いので、
明日以降の3、4日に試験作りに専念する時間は取れそうにない。
資料をひとつ忘れて来たので、8割しかできなかったけれど、その8割分は
夜にも頑張って解答欄まで作ることができたので、上々の経過である。
しかも、午後には2時間以上も、ゆっくりと昼寝できた。

こういう休日の夜は、何となく心楽しい。
肩の荷が少し降りて、楽になっただけのことなんだけどね。。。
重たい荷物が多すぎるんだもんなー。。。

いつになく長時間連続して眼鏡に頼って仕事をしていたせいか、
PCの文字が肉眼ではほとんど読めなくなってしまった。
眼鏡屋は、眼鏡をかけることによって肉眼の視力が衰えることはない
と言うけれど、やはり肉眼の調整能力は衰えるんじゃないかと疑っている。
数年前からの緩やかな衰えに対して、この1カ月余の変化はかなり大きい、
、、、、ような気がする。
ますます、この、くっきりした視界をもたらしてくれるレンズのありがたさ
を痛感せざるを得なくなってしまった。



2007年06月23日(土) ぼっちゃん政治の総括

新聞の投稿欄を読み忘れることが多いのだが、今夜読んでいたら、
こんなコンパクトにまとまった投稿文を見た。
私と同じ市内に住む69歳の人らしい。
こんな穏やかな語り口で、辛辣が批評ができるのがいいなぁ。。。
年の功かなぁ、、、見ならわねば。。。
私など、すぐアホ、アホ、ってけなしちゃうもんなぁ。。。
(だって、アホとしか思えないんだもん)

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小泉前首相の「改革」の結果は、
開く一方の格差と押し寄せる高額負担だと思い知らされた。
安倍首相の表看板「戦後レジームからの脱却」は、
戦前レジームへの回帰に過ぎないことも身にしみて感じる。

政治とカネ、年金、時代錯誤の教育改革、強引な国会運営。。。
何をとっても若い政治家らしい清新で未来を窺わせるものが見当たらない。

また外交・貿易に至っては、偏狭な国家意識米国の世界戦略に従うことで、
せっかく築いてきた「9条を持つ国」としての伝統も
他国の信頼もかなぐり捨てようとしているように見える。

行き着く先は際限のないパワーゲーム国家間の不信の連鎖で、
結局、国民に大きな犠牲を強いることになるのだろう。

軍事力・経済力といったハードパワーでなく、
文化・価値観、外交政策などソフトパワーを重視した国策で
世界に貢献してほしい、と思うのは無い物ねだりだろうか。
参院選も近い。
政策の転換を実現するのは、国民の手に委ねられているはずだが。。。

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また、こんな投稿もあった。
愛知県の61歳の、来月の参院選での政権交代を望む人である。
途中の一部分だけを引用するが。。。

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改憲に向けての独善的な手法や「政治とカネ」での不明確な対応、
教育関連法案やイラク特措法改正案での強行採決など、
苦々しいことばかり続く安倍政権に、
国民が「ノー」を突きつける好機ではないだろうか。

民主党も問題がないわけではないが、
政権交代の利点は、政・官・財の癒着などの悪弊を断てることだ。
上に立つ者が改めない限り、美しい国なんかできるわけがない。

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私も今度の選挙では絶対に自民党は敗北しなきゃいかんと思う。
もし勝ちでもしたら、晋三ぼっちゃんはますます図に乗って、
日本の不幸な運命への身投げが加速する。
(もちろん、ぼっちゃんはそうとは知らずに、、、かもしれない)
今までの分だけでも、犯罪者並みに告訴したいほど、ひどいのに、
これで勝ったりしたら、どんな悲惨な国家にされるかわからない。

しかし、自民党負けて政権をとるのが民主党じゃあなぁ、、、という思い、
これもまた、暗澹とした思いにさせるのだ。
それに、いくら政権交代を望む主張をしていても、
自民と民主の政権交代くらいでは、そのうちに彼らもめんどくさくなって、
大同団結されてしまうと、それこそ目もあてられない状況になってしまう。

私の理想の選挙は、国民の大半が、自分の素朴な願いそのままに、
こんな政策をしたやつ、それに協力したやつには投票しない、
それに反対した人には一票を投じる、という選挙である。
そんな選挙が続けられていたら今のような悲惨な政治は行われなかったし、第1党の内部がロボットや人形の群れに堕してしまうこともなかったろう。
もしもそんな投票が、自民vs社・共の時代から行われていたならば。。。

日本国民の多くは「安定」を求めたのだが、
実は「安定政権」なるものは民主主義の敵なのだ。




2007年06月22日(金) コンクールの季節始まる

きょうは吹奏楽コンクール地区大会の打合会。
私の学校は出場しないけれど、役員なので出かけなきゃいけない。
事務局は何年か前に代わってもらったので、補助的な仕事をするだけである。
参加申込書の整理や集計をしたり、出演順の抽選を仕切ったり。。。
プログラムを作るための資料を持ち帰って来た。
あー、いよいよまた多忙な季節が始まるんだな、と思った。
もちろん出場校の顧問たちは、4月、5月からそんな気分のはずなのだが、
近年の私は、この日からそういう気分になるのである。

それにしても、今回の参加状況を見ても、
去年以上に参加校も増え、参加人数も増えている。
毎年、少しずつ増え続けているわけだ。
これは、10年ほど前予想したことからすると、意外な経過である。

来週は県大会の打合会で、いろいろな資料を用意して仕切らなきゃいけない。
8月上旬いっぱいまで、油断できない季節に入ったのである。



2007年06月21日(木) 久々の白鷺の群れ

朝、学校の正門前の水田にトラクターが入っていた。
昨日まで草ぼうぼうに荒れ果てていて、いつ田植えする気だろうと思ってた。
トラクターが耕した後の水田は、見違えるほどきれいだ。
朝はそこに烏の群れがやってきて、餌を食い放題に食っていた。
10時ごろに見た時には、鷺が8羽ほどやってきて食事していた。
水田の鷺は、「掃き溜めに鶴」みたいな美しい姿である。
残念ながら、かなり離れた所にいたので、ケータイ写真は無理だった。

烏と鷺以外にも、名前のわからぬ鳥が数羽訪れていた。
鳥が逍遥している光景は、なぜかほっとするものだ。


きょうの朝日の社説は、私が一昨日書いたこととかなり共通していた。

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         国会延長―強引さが目にあまる

 今週で終わるはずだった通常国会の会期が、12日間延長されることになった。これにより参院選挙の日程が1週間ずれ込み、7月29日投票となる。

 全国の自治体で投票日をPRするポスターや横断幕を作り直したり、立候補予定者が集会の会場を押さえ直したり。てんやわんやの混乱が広がっている。

 こんな土壇場にきて会期を延長するのは、極めて異例のことだ。

 野党はもとより、参院自民党や公明党にも強い反対論があった。それを押し切ったのは、参院選向けに成果がほしい安倍首相である。国家公務員の天下りをめぐる新人材バンク法案を、何が何でも成立させたいということのようだ。

 ときの首相が、最重要と考える法案のために国会を延長してもらう。そのこと自体を批判するつもりはない。だが、今回の延長には異議を唱えざるを得ない。

 理由の一つは、法案の中身である。

 いまは省庁ごとに行っている官僚の天下りを禁じる代わり、内閣に新人材バンクをつくって一元的に再就職をあっせんする。それが法案の核心だ。

 つまり、政府案が通っても、依然として天下りはなくならないのだ。これで官製談合や税金の無駄遣いを根絶すると言われても、説得力を欠く。

 実際、朝日新聞の世論調査では、この法案が天下りの弊害をなくすのに「有効ではない」と見る人が59%もいた。再就職あっせんの全面禁止を盛り込んだ民主党案とどちらが良いかを尋ねると、「民主党案」の42%に対し、「政府案」は12%と大きく水をあけられた。

 首相にすれば、年金問題への有権者の怒りをかわすためにも、この法案を成立させて「公務員たたき」を焦点のひとつにしたいのだろう。だが、天下り温存では真の対策にはならない。

 もう一つは、今国会で何度も見せつけられた、与党の強引な姿勢だ。

 イラク特措法の延長や教育関連3法をはじめ、与党がこれほど多くの重要法案の採決を一方的に強行した国会がかつてあっただろうか。

 「数の力」を頼んで突き進む姿勢は、民主党衆院議員に対する懲罰で極限に達した。委員長を羽交い締めにして採決を阻もうとした議員の行動にも問題はあった。だが、過去にもそうした行き過ぎはあったことだ。

 それを民主党所属の懲罰委員長を投票で不信任までして、問題の議員を30日間もの登院停止という重い処分にした。もはや横暴に近いと言わねばならない。

 最終盤の国会では、新人材バンク法案のほかに、社会保険庁改革法案や政治資金規正法改正案の採決が見込まれる。ここでも野党の対案や修正案に耳を貸さず、ただ一定の審議時間が過ぎるのを待って採決を強行するのでは、会期を延長する意味がない。

 そんなことで通った法律を「成果だ」と言われても、国民の胸には響くまい。




2007年06月20日(水) イラク特措法

イラクへの自衛隊派遣2年延長。
またまた強行採決。
何でもかんでも強行採決。
ブッシュさまとのお約束だからというだけで安易に通していいものか?

政府がどんな総括をしたのか、我々には伝わっていない。
本当に「正義の戦争」だったのか、疑わしいのが常識になっているし、
アメリカ国内で高まる批判や反対運動に対する政府の考え方もわからない。
小泉クンが「イラク攻撃を支持します」と発言した初期の段階で、
もう既に小泉クンを憲法違反だと批判した私にとっては大事な点だ。
もっともらしい「正義」の理由だった大量破壊兵器は結局見つからず、
「口実」としての「正義」さえ成り立たなくなってしまった。
それに対して政府はどんな説明をしてくれたのか?
小泉クンは、ブッシュさまのなさることはすべて正しい、
何が何でもついて行きたい、という私的な思いで尻尾を振り続けたが、
我々から見たら、自衛隊を参戦・従軍させた罪は重い。

イラク国民へのカムフラージュ的に行われた陸自の復興支援も打ち切られ、
今や、占領軍への後方支援だけである。
これはまずいんじゃないかな、、、と思う。
相変わらずイラク国内では戦闘や自爆テロが頻発しているが、
これは要するに、占領軍に対する抵抗運動ではないかと思う。
そして、きょうの強行採決によって、さらにあと2年も、
自衛隊は、占領軍の仲間とみなされつつ活動するわけだ。
もしもその間に、自衛隊員のひとりでも犠牲者が出たら、
憲法9条を改悪したがっている晋三ぼっちゃんにとって順風となるだろう。
彼がそれを望んでいるかどうかまでは、知る由もないが。。。

日本政府も「人道的」とか「復興支援」とかいう単語を使いはしたが、
本心からそれを望んでいるなら、軍隊など送りはしない。
アメリカに軍隊を送らせることに賛成などしない。
血は血を招く、とは、イエス・キリスト以来の真理ではないか。。



2007年06月19日(火) わがままぼっちゃん?

それとも、やけくそぼっちゃん??

公務員改革法案(主に天下り規制)を成立させてから参院選を迎えたい、
その一心らしいが、会期を12日間延長させることに決めたそうである。
国会は与党の独裁に堕してしまっているし、
与党内はロボット議員(いや、人形だな)ばかりだから、
まあ、強引にそうなっていくのだろう。
もちろん、教育改革だの社保庁改革だの、会期延長してでも、
もっとじっくり論議して原案よりいい形を模索してほしいものだ。
しかし彼らにはそんな真摯な気持ちなどさらさらない。

晋三ぼっちゃんが成立させたがっている天下り規制に関わる法案は、
人材バンクなるものが、天下り公認機関になる恐れを孕んでいる。
そういう見方もできる、というのが報道機関の表現の仕方だけれど、
私から見ると、そうとしか思われない。
極端な見方をすれば、この形に法制化しておきたくて焦っているとも見える。
今までもぼっちゃんはずっとそれでやってきた。
自分の首相時代に、とにかくバンバンとあれこれ法制化してしまう。
そして、自分は自民党の歴史の英雄のひとりとして記録してもらえる。。。
しかし、年金問題で、予想外の内閣支持率低下。
自分だけの責任じゃないのに、いかにも自分が無能だと言われんばかりだ。
名誉挽回で、もうちょっと都合のいい法案を通しておかなければ。。。

そんな見方もしていたのだが、別の見方も認めるようになった。
天下りを規制する法案を通しましたよ、というPR作戦である。
内容的には問題はあっても、論理よりは雰囲気に弱い日本国民である。
(そうだ、昨夜の消えた日記では、このことについて書いていたのだ)
小泉人気も晋三人気も、内容や理屈でなく、とにかく雰囲気だった。
晋三ぼっちゃんは、小泉クンの「改革!!改革!!」が、
どれだけ国民にとって不利益でつらいものであっても、
「改革の雰囲気」だけで支持を得られることを間近に見てきたものだから、
自分もまた、ひたすら小泉クン以上に強引な国会運営を続けてきた。
今回も、この上もうひとつだけ、是非ともやっておかなければ、、、
という思いなのだろう。
とにかく、きっと各方面から感謝してもらえるはずなんだもんね〜。。

ごまかし戦術は、国民に対し実に失礼なことなのだけれど、
実際に騙され、騙されてもなお、自民党様様様様、、という人が
少なからずいて、彼らの謀略に勇気を与えるのだから、救いようがない。

12日間の会期延長で、来月の参院選が1週間延びて、29日になる。
ニュース番組では、群馬県庁だったかが取り上げられて取材されていた。
22日に参院選と合わせて、知事選を行うことにしていた。
それで3億円の経費を節約することになる。
ところが、参院選だけが1週間後に行われることになった。
今から知事選の日を変更することはできない。
3億円の経費は節約できなくなったし、県民は2週続けて選挙へ。。。

立候補者の、選挙事務所の賃借契約も、なかなかたいへんだろうと思う。
莫大な献金や、我々が納めた税金から勝手に政治資金を搾取している政党は
それほど痛くも痒くもないのかもしれないが。。。
事務所だけではないだろう、、、運動員の雇用とかスケジュール調整とか。。

わがままぼっちゃんの決断の影響は、我々には計り知れない。

内容的に会期延長する価値があると判断できるのなら、
こんなことは書かないんだけどね。。。
「そのためだったら、群馬県の3億円の余計な費用も無駄ではない」
と、賞讃して書けるような政治をしてほしいものだ。



2007年06月18日(月) 昨日の続き

昨日引用した年金ネタには更に続編、、というか、詳述があった。

その日記でリンクしてあった、YouTube のサンデープロジェクト動画にも
出かけて、その感想をここにかなり長々と書いた。
しかし、ほんのわずかな作業を実行したために、フリーズしてしまい、
全部失ってしまった。
心底、泣きたい気分に襲われた。
自分でも、久々に気迫ある文章が書けたように思われていたので。。。

しかし、復元の気力なし。。。
橋本さんの続編だけ引用しておこう。。。


          食い物にされた老後保障

 社会保険番号に統合されていない、いわゆる「宙に浮いた年金」が5000万件もあるということが問題化したのは、民主党の長妻昭議員が、去年の6月16日に国会で追及したことがきっかけだった。日曜日に放送された「サンデープロジェクト」によると、このとき長妻意議員は2343万件という具体的な数字を上げたそうである。(下記のサイト参照)

「文藝春秋」7月号に掲載されている岩瀬達哉との対談によると、長妻議員は岩瀬さんの書物などを読み、もともとは年金が給付以外に浪費されている問題に関心があったのだという。ところが一般の人から、「自分の年金記録が消えた」という手紙を受け取った。議員はその意味がわからず、直接その人に面会して、年金記録消滅の事実をはじめて知ったのだという。

 さっそく社会保険庁や厚生労働省に掛け合ったが、歯牙にもかけられなかった。しかし、長妻委員はその後も調査を行い、ねばりつよくこの問題を訴え続けた。国会でも追及したが、それでも政治問題化することはなかった。一介の野党議員がいくら騒いでも、厚生労働省の役人は微動だにしなかった。マスコミも反応しなかった。

 厚生労働省はようやく今年の2月になって、公文書で回答して来た。何と「宙に浮いた年金」が5000万件もあるのだという。そこで長妻議員は2月14日の衆議院予算委員会で、この件についての「徹底調査」を求めた。しかし、安倍首相は、「国民の不安を煽り立てる」として、この調査を拒否した。

 しかし、5月下旬になって、官邸をあわてさせる出来事が起こった。内閣支持率が10ポイントも落ち込みをみせたのだ。そしてこれまで沈黙を守ってきた新聞やテレビが年金問題を報道し始めた。これを境に、与党の自民党も危機意識を高め、官邸や厚生労働省の対応や雰囲気も一変した。


いやぁ、彼らの体質が露骨にわかるなぁ。
年金問題が、政権の危機、となって始めて「国民の皆さまのために、、、」
と言いながら動き出す。

 自民党は民主党の菅直人議員が厚生大臣だったこと、年金管理の杜撰さは社会保険庁の労働組合の労働サボタージュが原因であるなどと責任転嫁を図ろうとしたが、あえなく挫折した。

 社会保険庁の労働の実情を見てみると、現在に至るまでシステムエンジニアをひとりもおかず、プログラムのい製作管理はすべて外部に丸投げ状態だった。こんなずさんな労働体制で職員に年金業務をしろというほうが問題である。問題を職務怠慢に矮小化することはできない。

 こうした状態を放置したのは厚生省の歴代の幹部であり、さらにいえば長い間自民党厚生族のドンであった橋本龍太郎であり、彼なきあとこの地位を引き継いだ小泉潤一郎だ。しかも丹羽雄哉自民党総務会長も、石原伸晃自民党幹事長代理も、有力な厚生族だし、安倍首相もそうだ。

 つまり現在の内閣や自民党は年金を食い物にしてきた厚生族の巣窟だといってもよい。したがってこの問題には現在の自民党と執行部と内閣がもっとも深くかかわっている。この事実を否定したり、言い逃れをすることもできないし、下手をすると政権のアキレス腱になりかねない。

 年金特別会計には年間21兆円もの保険料収入が入る。厚生族議員はこの巨大な利権を使って自分たちの権力を築き上げてきた。その結果が「グリーンピア」をはじめ全国に256ケ所もある年金施設である。これらの建設のために、1兆5700億円もの年金積立金が流用された。

 その余沢はこれらの年金関連施設や企業に天下った役人にもおよんでいる。1985年に社会保険庁は二人の課長の連名で「紙台帳」を破棄してもよいという通知を出しているが、長妻議員がその一人について調べてみると、彼は旧年金事業団、ついでNTTデータの役員に収まっていたという。

 国家の礎は「安全保障」と「社会保障」である。そして「社会保障」の礎は何と言っても私たちの老後の生活を支える「年金」である。これを磐石にたもつことが、国民の国に対する信頼をつなぎとめる要件であり、国の国民に対する責務でもある。安倍首相は「愛国心」や「道徳」を説く前に、憲法に定められた政治家としての本務をしっかりと果たすべきだ。

(参考サイト)


「2007/6/17 サンデープロジェクト 年金問題 長妻昭 vs 大村秀章」 (1/4)


「2007/6/17 サンデープロジェクト 年金問題 長妻昭 vs 大村秀章」 (2/4)



「2007/6/17 サンデープロジェクト 年金問題 長妻昭 vs 大村秀章」 (3/4)



「2007/6/17 サンデープロジェクト 年金問題 長妻昭 vs 大村秀章」 (4/4)



2007年06月17日(日) 橋本日記の年金の話

きょうの橋本日記の年金問題の話はとてもわかりやすい。
引用させてもらうことにした。

           国民を収奪するシステム

 社会保険庁の杜撰な年金管理が問題になっている。14日の参議院厚生労働委員会で、柳沢厚生労働大臣は共産党の小池晃議員の質問に答えて、これまで社会保険庁の情報システムの構築や運営に、05年だけで1100億円を費やしていたことを明らかにした。

 67年度以来の積算では、公費や保険料が1兆4千億円も投じられていた。その内訳は、NTTデータ関連に1兆632億円、日立関連に3558億円である。これだけの巨費を投じて運営されていながら、5000万件も年金記録の不備があり、これとは別にまだデジタル化されずに放置してある記録がまだ1千万件以上あるという。


本当に不思議なことだ。
莫大な費用に見合うだけの仕事をまったくしてないということなのか、
それだけ費用をかけてもまったく追いつかないほど困難な仕事なのか?
(もちろん、この後者の疑問は皮肉である)

 さらに、厚生労働委員会の審議の中で、これらの年金システム発注先のNTTデータや日立製作所の子会社に社会保険庁の歴代幹部15人が役員や部長として天下りしている事実も明らかになった。たとえば社会保険庁の社会保険業務センター副所長と庁総務部地方課長がNTTデータシステムサービスの常務取締役についていた。日立公共システムの部長として再就職した3人も、社会業務センターの出身だという。こうした官民の癒着の構造が年金行政の不祥事の背景にある。


そして、話は年金制度の歴史に入る。

 現在の厚生年金保険法の前身である労働者年金保険法が制定されたのは、戦争中の昭和十六年のことだ。老後を保障するというのは建前で、本音は戦費調達が目的だった。そして戦後は復興資金として年金システムが使われた。老後を保障するというのはやはり国民から金を取り立てるための建前にすぎなかった。それが証拠に、労働者年金保険法の起案者の花澤武夫氏が、1986年に「厚生年金保険の歴史を回顧する座談会」でこう述べている。

<年金の掛け金を直接持ってきて運営すれば、年金を払うのは先のことだから、今のうち、どんどん使ってしまっても構わない。使ってしまったら先行困るのではないかという声もあったけれども、そんなことは問題ではない。将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいい>

 私たち国民は政府の建前を本音と思い込み、戦前はせっせと軍部に協力し、戦後は公共事業の推進に協力してきたわけだ。もちろん政府の美しい建前はいずれ化けの皮が剥げ落ちる。週刊誌が「年金が危ない」と騒ぎ出し、これに便乗して、政府は次々と年金法の改悪をはかった。


んーー、ひどい話だ。
そういえば、保養施設建設、赤字経営、投げ売り、なんて問題もあったなぁ。
無駄遣いしまくって、年金の資金が不足しているからと、
国民への給付を少なくする方策ばかり打ち出して。。。

 昨年の3月、経済産業省の傘下にある経済産業研究所が「国民年金をの全額国庫負担にすれば、これによって年金業務や簡素化され、大幅なコストダウンが可能になり、保険料を2割安くしても、現行並の給付額が維持できる」というレポート「年金制度をより持続可能にするための原理・原則」を発表した。

 私は経済産業研究所の案に賛成である。年金の業務を行う社会保険庁には1万7千人あまりの正規職員の他に、非常勤職員が1万1千人以上いる。あわせて2万8千人あまりの職員がいるわけだ。これだけの公務員がいれば人件費も厖大になる。研究所の試算によれば、年金業務の簡素化で少なくとも年間3千億円の経費が削減できるという。また、厚生労働省からの天下りや、不要な施設も処分できる。


え?? 大量失業ですか??

でも、私はなぜ年金は税金を使ってはダメなのか、と以前思っていた。
国家の財政とは関わりなく、確実に年金が給付できるよう保証するために
年金は年金で特別な財源にしているらしいことがわかってからは
そういう疑問を片づけておいたのだけれど、
最近のニュースは、それが却って、年金の確実な給付を妨げているらしい
ことを伝えるニュースばかりだ。

しかし、上記のように社会保険庁をなくすと、
今まで国民から集めた金はどうするんでしょう??

 民間企業の従業員を3300万人を対象にした厚生年金には現在156兆円の積立金が残っている。一人当たり472万円である。一方公務員500万人を対象にした共済年金は現在52兆円の積立金がある。これは一人当たり1040万円である。両方あわせれば総額で200兆円、一人当たり平均で526万円になる。まずはこれだけのお金をその支払額に応じて納付者に返してもらいたい。

なーるほど、どこで調べたのか、よく調べてありますね。
今までの無駄遣いで目減りしてしまった分は勘弁してあげるというのは
かなり悔しい話だけれど、しょうがないのかな??

 そのうえで、今後の年金は税金から全額だしてもらう。その増税分はじつのところこれまでサラリーマンが強制的に徴収されていた保険料と総額ではほとんどかわらない。このことからも、年金は「かくれた税金」だったことがわかる。そのまやかしの建前をやめればよいのだ。

 これによって打撃を受けるのは天下り先を失った高級官僚や、これと癒着して甘い汁を吸っていた政治家や民間企業である。私たち勤労者はこれ以上政府の甘言や苦言に騙されていてはいけないし、年金の全額国庫化は早ければ早いほどよい。

 ちなみに2004年度の公的年金給付の支払いは総額46兆円で、年金保険料収入は29兆円。バランスシートは17兆円もの赤字だ。こうしている間にも、国民年金、厚生年金の積立金はどんどん目減りしていく。つまりそれだけ年金納付者に対する還付金が目減りしていく。


そうだよ、そうだよ。
私は消費税導入時から反対し続けているけれど、いつも言っていたのは、
老後の生活や福祉・教育の為に使ってくれるなら反対しない、ということだ。
彼の言う「増税分」が所得税なのか消費税なのか、どんな形のものなのか、
はっきり書かれてないけれど、まあ、この方式の方がよさそうだ。

ただ、そうなっても、よほど監視をしっかりしていないと、
年金に使うはずの税金を、財政難だからという理由で使い込んでしまう
なんてことも、遠い将来には起こらぬとも限らない。

それにしても、ここに至って、自分がどれくらい年金をもらえるものなのか
まったくわかっていないことが、実に愚かな呑気者に思われてきた。
もうちょっと関心を持たなきゃいけないなぁ、と自戒。
どうせ自分なんかそう長生きできまい、と思っているせいだろうけれど。。

こういう橋本さんたちの改善案に対して、
政府の案はまたもや国民に対し非常に危険な改革案のようだ。

 今回政府が提出した社保庁改革法案では社保庁は3年後に新しい組織に移行することになっている。これによって公務員をリストラし、年金業務を民営委託しようとしている。しかし、従来の年金体系や理念は温存するわけで、これはどうみても看板の掛け替えである。社会保険庁を解体しても年金システムそのものがかわらないかぎり、勤労者を収奪する構造の本質は変わらない。

 むしろ民営化によってもっと厄介な問題が生じてくるだろう。なぜなら民営化のほんとうの狙いは社会保険庁が握っている巨大な利権を外資を中心とする「民間」にただ同然で譲り渡すことに他ならないからだ。この点では郵便局の民営化とそっくり同じ利権構造である。私たちはいま、貴重な国民の財産である350兆の郵貯資金に加えて、虎の子の年金積立金200兆円を奪われようとしている。



2007年06月16日(土) 土曜日の学習会

きょうから2年生の土曜学習会が始まり、
何と私がその初っ端の3、4時間目の担当になった。
今週ずっと、その教材に悩んでいた。
現代文をやるべきか、古文をやるべきか、漢文をやるべきか、
まずそこから悩まなきゃいけない。
そして、それを決めても、いったいどんな教材を選んだらいいのか。。。

単発の講座というのは本当に困る。
数回連続だったら計画の立てようもあるけれど、1回限りである。
次に私が担当するのは10月か11月で、それと連動はできない。

結局、補習を担当してもらっている先生の意向も汲んで、
ここ3週間ほど授業でやっている漢文をやることにし、
教材は最近出てきた語法をクローズアップしている問題文を2つ選んだ。
漢文に慣れてもらうのと、授業の補強と、そんな目的にしたわけだ。

国・数・英の教員はこういう余分な労力に悩まされる機会が多いわけだが、
(もちろん、補習・小テストその他、学力向上を名目にしたメニューが
 採り入れられるたびに、国・数・英の教員ばかり仕事が増える)
数・英の教員にとっては、教材の選択肢はそれほど広くない。
国語の場合は本当に困ってしまうのである。
わりと無頓着に「これでもやっておくか」で決めてしまう人もいるが、
私はなかなかそういう割り切りができない。
だから、きょうのたった2時間の講座のために、何時間も費やしてしまった。

こういうことがあるたびに、いっそのこと土曜日も通常授業の方がいいわ、
と思う。
現行の6時間×5日を、5時間×6日にするとかね。。。
日課も、朝読書10分、午前中3時間授業、昼食、午後2時間授業、、、
これはゆとりあるいい日課ではないか。
補習後に部活動に参加することも可能になるだろうし。。。
もちろん、その場合、我々教員には日曜以外にもう1日休日があるという、
そういう条件付きである。

だいたい、「ゆとり教育」の一環として週5日制になったものの、
かえってゆとりはなくなったというのが現場の実感である。
彼らの「ゆとり教育」が机上の論理に過ぎなかったからである。
しかも、学力だの教育だのについての基本的な考え方がいい加減なままの
机上の論理に過ぎなかったからである。
だから何年もしないうちに「見直し」が必要だと騒がれるようになったし、
今度向かう方向は、より窮屈な教育環境になって行くに違いない。
相変わらず、基本的な考えがいい加減で、現場を知らない、
無知な連中の机上の論理によって。。。



2007年06月15日(金) 歯医者に走る

一昨日昼食の後、口の中に違和感が、、、と思ったら、固い塊を発見、、、
詰めてあった合成樹脂のようなものが取れたようだ。
行きつけの歯医者にすぐ電話してみたけれど、休憩時間らしくて出ない。
結局、夜の9時に電話した。
中学・高校時代の同級生なので、そんなことも許してもらえるのだ。
その時に、きょうの2時半ごろと3時45分なら空いているけれど、
それがダメなら来週の水曜の5時か土曜日、というので、
来週の水曜はダメっぽいし、来週の土曜日までこのままは心細いので、
ちょっと厳しいけれど、きょうの3時45分に入れてもらった。
幸い今年度は、金曜日は6時間目に授業が入っていない。
片づけるべき仕事はあったけれど、やはりきょう歯医者に行くしかない。

歯医者が終わってから、床屋の前まで行ってみた。
空いてるようだったら、こんなチャンスはめったにないので、と思って。。
珍しく、誰も客がいないのですぐにやってもらえた。
金曜日の夕方に行って、予約が詰まっていて断られたことがある。
40分後なら、、、と言われて、買い物に回ったこともある。
すぐにやってもらえるのは、ほとんどないほどのラッキ!である。

その後、ガソリンスタンドに寄って愛車の空腹を満たしてやった。
それで、ようやく5時を回ったころである。

平日の炊事係の娘が、私が先に帰ってたりすると多少がっかりするので、
(というのも、忙しい父母の代わりにやっているに過ぎないわけだから)
帰宅を遅らせるために、喫茶店に入って読書して1時間ほど時間を潰した。
先日も書いたように、私の好きな帰路の贅沢な時間である。
最近読んでいるのは、東野圭吾の超ぶ厚い「白夜行」である。
前途遼遠を感じさせる文庫本である。
新しい人物がどんどん出てくるので、あまり間を空けてはいけないようだ。
本は逃げないけれど、記憶はどんどん逃げてしまう、、、というか、
記憶は脳細胞のある場所にさっさと閉じこもってしまう、というべきか。。

帰宅したら、もう娘は帰宅して夕飯の準備に取りかかっていたので、
私はしばらくできないでいた風呂掃除をした。
腰痛でつらい仕事だが、ビールが入る前にやっておくのがよい。

3時ごろから2時間だけ休暇を取って帰ったのだが、
案外いろんなことができたなぁ、と我ながら感心してしまった。
きょうは休暇を取ったけれど、休日の明日は仕事で講義もしなきゃいけない。



2007年06月14日(木) ラーメンズ「不思議の国のニポン」

私にとってのラーメンズ11枚目のDVD「アリス」が一昨日届き、
どれもおもしろくて繰り返し見たが、
ラストの「不思議の国のニポン」はもう7〜8回繰り返して見た。
そう、まだラーメンズを知らなかったころ、
誰が作ったかわからないフラッシュの「千葉!!滋賀!!佐賀!!」を
爆笑しながら何度も何度も繰り返して聞いていたときのように。。。

「千葉!!滋賀!!佐賀!!」は、イタリアの日本語学校を想定した舞台で、
日本語の県名を並べながら、実にナンセンスなギャグを並べたものだった。
しかし私はそのセンスに感動してしまった。
語感・抑揚・間・リズム、、、ナンセンスながらあまりに奇抜な言葉、、、
いったいこいつらはどんなやつらだ!!
そうして、10枚のDVDを見て、その多彩なコントへの挑戦を見てきた。
しかし、「千葉!!滋賀!!佐賀!!」の実演は見ることができてない。

今回の「不思議の国のニポン」は、その日本語学校シリーズの最新作らしい。
これを見たら、「千葉!!滋賀!!佐賀!!」の実演への執着は薄れてしまった。
もう遙かにヴァージョンアップされた作品である。
どこの国かよくわからない(ロシア圏なのかなぁ)国の日本語学校で、
日本の県について学ぶ、という設定である。
北海道から順々にほとんどの都道府県についてコメントしていく。
そのアイディアといい、抑揚・リズム・表情、、、完璧なコントである。

もちろん、ナンセンスギャグ満載には違いないのだが、
その構成力と言い、演技力と言い、もう申し分ない。
その内容をここに抜粋したいのだが、もう時間も遅い上に、
文字ではその表情とか、セリフの抑揚とか表現しようがない。
とりあえずこれだけの思いをメモしておくに止めておこう。



2007年06月12日(火) 帰路の贅沢なひととき

まだ辛うじて爽やかさを感じる空気が残ってはいるが、風がないと
いよいよ本格的な夏に入って来たなぁ、と感じさせられる陽気になった。
強い陽射しを浴びて、汗ばむほどではないにしても、
昨日の疲労感が戻って来るし、気怠さにも悩まされる。
しかし、今年がちょっと例外的なのであって、もう今は6月半ば、
本当は今ごろはもっと不快な空気に包まれているものなのだ。

午後から出張で、その出張が早く終わり、そのまま帰ることも許されるが、
整理しなきゃいけない仕事をその出張で気づかされたので、学校に戻った。
その仕事がとりあえず終わったのが6時前、そこでさっさと学校を出た。

そのまま帰ると、娘の夕飯の準備が始まったばかりの時間に着いてしまう。
忙しい時は、それでもそのまま帰宅して仕事をするのだけれど、
娘の使命感を維持するためには、そう早く帰らない方が望ましい。
それで、久々に、春にコーヒーチケットを買い足した喫茶店に寄って読書。
私の好きな夕方の過ごし方のひとつである。
もちろん、対話の相手は本に限らず、時には人間でもいいのだが。。。

しばらくこういうことができなかったが、修学旅行も終わったことだし、
これからしばらくはこういう時間もちょいちょい持てるだろう。
2年生担当で、補習を積極的に引き受けてくれる相棒に恵まれた年は、
比較的ゆとりある1年間を過ごせるのだ。
3年前、2年生の担任をしていた年は、十何年ぶりにのんびり過ごせた。

7時過ぎに帰宅して、娘の夕飯の準備が終わるまでの30分ほどは、
久々にラーメンズのコントを見て、(((^o^)))って過ごした。



2007年06月11日(月) 疲労

午前中は何とか耐えていたが、午後になってからずっとすごい疲労感である。
いったい何なんだろう、これは。。。
昨夜ちょっと寝るのが遅くなった、寝不足のせいだろうか?
休日に十分すぎるほどの睡眠をとっていないせいだろうか?
昨日、ずっと家の中でのんびり過ごしていたせいだろうか?



2007年06月10日(日) ZARD のライブ

そういえば、2週間近く前の5月28日の同級生が死んだ日の新聞には、
農水相の自殺と、ZARD の坂井泉水の死が報じられていたのだった。
自分の身辺に何事もなかったら、それが塵語の話題になりそうだった。

ZARD の死、ということで、これからしばらくはCDもDVDもなかなか
手に入らないだろうし、そのうちメモリアルBOX なるものもでるのだろう、
と思っていた。
実際、い〜でじ!!シネマの、週の売り上げランキングの目下のトップは、
ZARD のライブDVD「What a beautiful moment」であるが、
1カ月待ちになることもあるような状態らしい。

そのDVDを自分が去年すでに買っていたことを、きょう知った。
いや、去年の11月に、何かのCDと一緒に買ったのか買わなかったのか、
実に曖昧で、ちょっと探しても見つからないので買いそびれたと思ってた。
だから先日、買っとくべきだったなぁ、、と思っていたのだ。
ところが、きょうそれを見つけたのだ。
何かで忙しくて、そのままになって、買ったことも忘れてたらしい。
買ったのは、(つまり、あの時買おうかどうか迷ったのは)
彼女のライブ自体も映像作品も、きわめて珍しいものだったからだ。

もともとそんなに熱心に聴いてない。
「負けないで」が流行ったころ、吹奏楽で演奏する参考に、
アルバムを1枚か2枚か繰り返し聴いたことがあるくらいで、
その後は、聞こえてくる曲を聞いた程度で、積極的には聴いてない。
極めて健康的で前向きな曲が多いという印象だった。
だからこそ却って、死の報道に接した時に、
あんな歌を歌っていたのに、どうして? という思いに包まれた。


仕事の途中で、ざっと飛ばし飛ばしみてやろうと思って見始めたのだが、
最初から最後まで隈無く見続けてしまった。
ずっと、マイクスタンドの前で歌っているだけ。
ステージを歩き回って、あっちの客やこっちの客に愛想振りまくこともない。
言葉を発したのは、3回ほど、しかも短い挨拶ていど。
ステージも凝った作りは何もないし、照明の色が時々変わる程度。
実に愛想のないライブだが、観客は大いに盛り上がっている。

私自身も、案外いろんなタイプの曲歌ってたんだね、と全曲楽しんだ。
字幕付きで聞こえてくる歌詞が実に明快だ。
歌もさることながら、バンドの演奏もいい。
特に、リードギターがいい間奏や後奏を聴かせてくれる。
ピアノやテナーサックスの演奏も好ましい。
泉水ちゃんはこういうことに慣れていないせいか、
大音量でアップテンポの伴奏の部分ほど、音程が怪しくなる。
また、時々歌詞が抜け落ちる、、、そんなのもなかなかおもしろい。

ほとんど総立ちの観客の手拍子や腕振りの中で歌う姿を見て、
やはり、どうしてもう逝ってしまったの? という思いに囚われる。
貴重なアーティストの死を悼んで、何度か涙ぐんでしまった。




2007年06月09日(土) 泣きべそ的な雨

朝、仕事に出かけようとして、玄関先で空を眺め、傘いらないかなー?
でも、細かい雨が微かに降ってるから、念のため持って出よかなー、と
傘を持って20歩ほど歩いたら、雨が途端にパラパラと強くなってきた。
私も慌てて傘をさしたし、私を自転車で追い越して行ったお婆さんも、
自転車を停めて、カゴから傘を取り出してさそうとしていた。
その雨も、私が車に乗って走り出したころには、また微かになっていた。

午前中はずっとそんな感じだった。
時々は降るのだが、長続きせず、すぐにやんでしまう。
真昼に帰路についたが、その時にはかなり強い降りにも出会った。
けれども、やっぱりすぐにやんでしまった。
思い切り泣きたいけど泣けない、、、そんなもどかしい雰囲気が漂う。。

午後は1時過ぎくらいから、雷鳴を何度も聞いた。
空の吠え声である。しかし、涙を伴わない。
空がついに堰を切ったように泣き出したのは、2時ごろである。
激しい降りになった。
夏の夕方しばしば体験した、フロントガラスの前が見えないほどの降りだ。
私はそのころベッドに横になったら、すぐに1時間ほど眠りに就いた。
起きたら、外は明るくなり、やがて陽が射してきた。
そうそう、泣くときは思い切り泣かないと、気が晴れないのだよ。

夕方、雨上がりの陽射しの中を市吹の練習に出かけた。
昨日届いたレンタル譜の「マゼランの未知の大陸への挑戦」を持って。。。
マゼランという人物について、あまりいいイメージは持っていないけれど、
この曲自体は、魔性の曲である。
日本人の若手の吹奏楽作曲家が作った曲だが、
吹奏楽曲嫌いの私を、隅々まで虜にしてしまった曲である。
しかし、2拍3連の音符が多すぎて、かなり演奏に苦労しそうな曲である。

雨上がりの陽射しは、困難や倦怠にも、何となく希望を感じさせるものだ。



2007年06月08日(金) 映画「シャイン」

もうだいぶ前に廉価で買っておいたDVDで、
そのうち見なければ、、、と思いつつ、ずっと見る機会を逸していた。
今夜、いくつか物色しているうちに、これを見てみることに決めた。

残念ながら、そうおもしろい映画でもないし、感動的でもなかった。

ラフマニノフの3番のコンチェルトでコンクールに出るあたりは、
絶対感動的な場面になるようなところだが、どうもそういう展開でない。
コンクール本番に至るまでの過程が、何かもどかしい場面の連続。。。
本番演奏中も、病的な症状を象徴する場面があったり、
頑固親父がテープで聴いている未来の場面が挟まれたりして、
どうも、場面構成のリズムが悪い。

終盤の演奏会も、唐突に開かれ、我々に心の準備がない。
だから、演奏会成功の喜びも、まったく共有できない。

工夫を凝らしすぎてかえってもどかしく単調な映画になってしまった。

この映画の救いは、人との出会い、である。
青年時代のピアノ教師と女流作家ももちろんだが、
ヘルフゴッドが「熊蜂の飛行」を弾く店モビーズの人々、
(彼らとの出会いは精神を患っている中での出会いだ)
とりわけその店員のシルヴィアの優しさ、
そして、そのシルヴィアの紹介で登場する、後に夫人となるギリアン。
すごく重要な存在だと思うのだが、何か映画の中での存在感が希薄だ。
何かよくわからぬうちに、いきなり結婚式の場面になったりもする。

そんなわけで、どこをとっても中途半端な印象しか受けなかった。
いい素材を生かし切れなかった映画、という残念な思いが強い。
父親の屈折した溺愛だけはわりとしつこく描かれているが、
そういう不愉快な、不幸の源だけちゃんと描かれていても、
とてもまた見てみたいという気にはなれまい。
私にとって、つまらん映画というのがまた1作増えてしまったわけだ。



2007年06月07日(木) 自衛隊情報保全隊内部文書

今朝は20分ほど寝坊してしまったが、それ自体は出勤に影響はない。
毎週1回ほどそんな朝があるけれど、家を出る時間はあまり変わらない。
しかし、今朝はなかなか体が動かないので困った。
いつも出かける時間になっても、ぜんぜん用意する気が起こらない。
休もうという思いもないのだが、出かける気力もまったく起こらない。
ただぼんやりとここに座っていた。
結局、いつもより20分遅くに動き始め、遅刻はしないだろうけれど
もうちょっとのんびりしていると遅刻するかも知れないくらいの時間に
急ごうという気持ちもなく出かけた。
なぜだかわからないが、とにかく無気力な朝だった。

授業は普通にやったけれど、なかなか無気力から立ち直れない。

6時間目は草取り作業だった。
副担のクラスもない立場なので、保健部の主任のクラスに代わりに入ったが
知らない生徒ばかりだし、まあまあよく動いているので、
時々作業の指示を出しながら、ひたすら自分で草取りに専念した。
成果の見えない作業は嫌いである。
ま、生徒20人分くらいの草取りをしたわなぁ。。。
おかげで、帰り道は腰痛がぶり返したような痛みに悩まされた。


さて、きょうの新聞の中には、驚くべき、自衛隊関係の記事。。。
朝日の社説が、いつも2つ並べているスペースに、これひとつだけである。
この社説が、問題点をしっかりと指摘してくれているので、
メモ代わりにコピペしておこう。

この報道に、意外という意味で驚いたわけではない。
寧ろ、憶測に過ぎなかったことが、想像以上に本当だったという点で、
こんなことがこんな形で知らされるとはまったく思っていなかったという
意味でも、実に驚くべき報道なのだ。

そうして、、、自衛隊にしろ与党にしろ、こんな体質なんだから、
晋三ぼっちゃんが目論む憲法9条の改悪など絶対に阻止しなきゃいかん!
と、切に思わざるを得ないのだ。


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      情報保全隊 ― 自衛隊は国民を監視するのか

 自衛隊は国民を守るためにあるのか、それとも国民を監視するためにあるのか。そんな疑問すら抱きたくなるような文書の存在が明らかになった。
 「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」と「情報資料」というタイトルに、それぞれ「情報保全隊」「東北方面情報保全隊長」と印刷されている。文書は全部で166ページに及ぶ。共産党が「自衛隊関係者」から入手したとして発表した。
 久間防衛相は文書が本物であるか確認することを拒んだが、この隊がそうした調査をしたことは認めた。文書の形式やその詳細な内容から見て、自衛隊の内部文書である可能性は極めて高い。

■何のための調査か
 明らかになった文書の調査対象は03年から04年にかけてで、自衛隊のイラク派遣への反対活動ばかりでなく、医療費の負担増や年金改革をテーマとする団体も含まれている。対象は41都道府県の290以上の団体や個人に及んでいる。
 文書には映画監督の山田洋次氏ら著名人、国会議員、地方議員、仏教やキリスト教などの宗教団体も登場する。報道機関や高校生の反戦グループ、日本国内のイスラム教徒も対象となっていた。
 自衛隊のイラク派遣は国論を二分する大きな出来事だった。自衛隊が世論の動向に敏感なのは当然のことで、情報収集そのものを否定する理由はない。
 しかし、文書に記されているのは、個々の活動や集会の参加人数から、時刻、スピーチの内容まで克明だ。団体や集会ごとに政党色で分類し、「反自衛隊活動」という項目もある。
 これは単なる情報収集とはいえない。自衛隊のイラク派遣を批判する人を頭から危険な存在とみなし、活動を監視しているかのようである

■「反自衛隊」のレッテル
 文書によると、調査をしたのは陸上自衛隊の情報保全隊だ。保全隊は03年にそれまでの「調査隊」を再編・強化してつくられた。陸海空の3自衛隊に置かれ、総員は約900人にのぼる。
 情報保全隊の任務は「自衛隊の機密情報の保護と漏洩(ろうえい)の防止」と説明されてきた。ところが、その組織が国民を幅広く調査の対象にしていたのだ。明らかに任務の逸脱である
 防衛庁時代の02年、自衛隊について情報公開を請求した人々のリストをひそかに作り、内部で閲覧していたことが発覚した。官房長を更迭するなど関係者を処分したが、その教訓は無視された。
 調査の対象には共産党だけでなく、民主党や社民党も含まれている。野党全体を対象にしていたわけだ。

 04年1月に福島県郡山市で行われた自衛隊員OBの新年会で、来賓として招かれた民主党の増子輝彦衆院議員が「自衛隊のイラク派遣は憲法違反であり、派遣に反対」と述べた。保全隊はこれを取り上げ、「反自衛隊」としたうえで、「イラク派遣を誹謗(ひぼう)」と批判している。
 イラク派遣の是非は政治が判断すべき問題だ。どういう結果にせよ、自衛隊はそれに従うまでで、政治的に中立であるはずだ。自衛隊にまつわる政策に反対する議員らをそのように扱うことは、あってはならないことだ。
 イラク派遣については、自衛隊のことを思えばこそ反対した人たちも少なくなかった。イラク派遣に反対することが「反自衛隊」だとはあまりにも短絡的な考え方である。自衛隊がそんな態度をとっていけば、せっかく築いた国民の支持を失っていくだろう。

 報道機関を調査の対象にしていたことも見逃せない。
 たとえば、岩手県で開かれた報道各社幹部との懇親会での質問内容が、個人名を挙げて掲載されていた。自衛隊が厳しい報道管制を敷いていたイラクでの活動については、「東京新聞現地特派員」の記事や取材予定をチェックしていた。
 イラク派遣について自衛隊員や地元の人々の声を伝えた朝日新聞青森県版の取材と報道について、「反自衛隊」と記録していた。「県内も賛否様々」と題して両論を公平に伝えたこの記事が、なぜ反自衛隊なのか

■文民統制が揺らぐ
 自衛隊は国を守る組織だが、それは自由な言論や報道ができる民主主義の国だからこそ真に守るに値する。そうした基本認識がうかがえないのは残念だ。
 防衛省はこうした情報収集について、イラク派遣への反対運動から自衛隊員と家族を守るためにしたことで、業務の範囲内という立場だ。しかし、それはとても通用する理屈ではない
 忘れてはならないのは、武力を持つ実力組織は、国内に向かっては治安機関に転化しやすいという歴史的教訓である。戦前、軍隊内の警察だった憲兵隊がやがて国民を監視し、自由を抑圧する組織に変わっていった
 よもや戦前と同じことがいま起きるとは思わないが、よくよく気を付けなければならないことだ。自衛隊を「軍」にするという憲法改正案を政権党の自民党が掲げている現状を考えれば、なおさらである

 今回明らかになったのは全体の活動の一部にすぎまい。政府はこうした活動について、詳細を明らかにすべきだ。
 守屋武昌防衛事務次官は「手の内をさらすことになるので、コメントするのは適切ではない」という。開き直りとしかいえず、とても納得できるものではない。無責任の極みである。
 こうした事実を政府がうやむやにするようでは、文民統制を信じることはできない。国会も役割を問われている。



2007年06月06日(水) 「宙に浮いた年金」問題

何のことかさっぱりわからなかったのだが、
昨日の新聞で、晋三ぼっちゃんが参院選の公約に急遽採り入れることにした
とあったので、にわかに関心がクローズアップ。
5000万件という数字もまったくピンと来なかったが、
今朝の橋本日記で、人口の4割だと気づかされて、びっくり。
何をどうしたら、これほど杜撰な仕事ができるのか、不思議だ。
しかも、人様のお金を預かる仕事でありながら。。。

政府も、教員をガチガチに統制したがっているし、
憲法まで変えて、国民の将来の運命まで大きく変えようとしている割に、
こういう、国民の生活に大いに関わることには実に無頓着だということが
実によくわかる一例である。
こうなるまで気づかなかったというのなら怠慢だし、
知ってたけど放っといたというのなら、ズルだし、、、
改憲だの教育法案だの、しょうもない改悪にかまけてる場合ではなかった。
しかし、彼らにとって、庶民の生活などはどうでもいいことだ。
選挙さえなければ。。。

しかし、参院選近くになって、恐らくこの年金問題が最大の原因で、
ぼっちゃん内閣の支持率が30%ほどにも下落してしまった。
ぼっちゃんは焦ってしまった。
中身とは無関係な人気を頼りに、強気で勝負してきただけに、
この支持率低下はよほどショックだったらしい。
先週は「年金問題を政争の具にすべきでない」と豪語していたくせに、
今週に入ったら一転して、政争の具にする決心をした。
実に醜い転身である。
選挙前には、恥も外聞もなく民衆にペコペコするのが彼らの習性だ。

もちろん、この年金問題自体は、晋三ぼっちゃんだけの責任ではない。
自民党政治の体質の問題なのだ。
年金について、何年か前から問題になっていた。
その何年かの間に、この件が問題として浮上しなかったのが不思議だ。

しかし、晋三ぼっちゃんには特に言っておくべきだろう。
素人の浅はかな考えで、教育界を泥沼化させるようなことやってないで、
まずは、国民の最低限の権利をしっかり守ることを考えなさいよ。
それが、君たちの基本的な課題でしょうが!!
君たちの仕事は、自分の理想の専制国家を築くことではないのだよ。
首相にしてもらえたということは、ヒトラーになれたということではなくて
国民の権利を守る義務を引き受けた、ということなのだよ。

選挙のためでなくて、議員とか首相とかの給料もらってるんなら、
選挙とは無関係に、年金問題に真剣に取り組んでもらわなきゃいけない。
それを選挙戦の目玉とするところに、ぼっちゃん首相の浅はかさを見る。



2007年06月05日(火) 疲労

修学旅行が終わってから、翌日曜日も遠方で演奏があり、
それから葬式もあり、一昨日の日曜日もゆっくり休めず、
ろくに休息もしないで来たので、どうも体が重い。

きょうは午後から授業もないので、昼から帰ろうかな、と思っていたが、
図書館の仕事を始めたら、それが夕方までかかってしまった。
それから、3つの仕事ができた。
定刻にも帰れず、結局学校を出たのが6時半。

やたらと眠い。。。

午前中に印刷屋を呼んで県大会のチケットの印刷を依頼した。
去年よりうんと早い仕事だ。
それだけが、ほんのささやかに精神を慰める。



2007年06月04日(月) 不思議な果実

先日の葬式の折り、帰りにかなり豪華な弁当と、果物を頂いて帰ったが、
その果物の中にアボカドが入っていた。
未体験の私からすると、こんなもの食えるんかい、みたいな外見だが、
娘がきょうの夕食のおまけに、皮を剥いて切って置いてくれた。
妻はまったく食べなかったが、私は娘と一緒にいろいろ挑戦した。

何とも不思議な食べ物である。
これといった匂いもないし、これといった味もない。
しかしこの食感は何だ???
味も匂いもないレアチーズケーキか、バターでも食べてる感じである。
とにかく、これ自体が美味なものではないようだ。

醤油だけつけてみたり、わさび醤油で食べてみたり、
マヨネーズ、醤油マヨネーズ、各種ドレッシング、ツナオニオン、、、
どれもしっくり来ないが、醤油系の味が最も合いそうなのがますます不思議。
いったい何なんだ、この果実は??

娘に言わせると、以前買って食べてみたのは、まだ固かった、
きょうのはホントに完熟って感じで美味い、と言う。
刺身感覚で食べられて生臭くないから、刺身とは違う魅力があると言う。
私は、ハマチだのカンパチだのの刺身が好きなので、そんな気になれない。

レシピを検索してみたけれど、納得行くものが見つからない。
どうやって食べたらしっくりと味わえるのだろうか。。。



2007年06月03日(日) 教育泥沼化会議

またまた、バカ、バカ、と書かねばならなくなったのだが、
今までも書いてきたことの繰り返しになってしまう。
それにしてもホントに晋三ぼっちゃんはバカだ。
「こうすれば日本の教育は良い方向に変わっていくという提言をいただいた」
ですと?? 
自分が提言したことを形式的にこねくり回してもらっただけでしょうが?
猿芝居の得意な自民党の中で英才教育を受けてきたお坊ちゃんの猿芝居は、
教育をますます泥沼に放り込んで再起不能にしてしまうのだ。

肝腎なことをやれ!!!

あー、めんどくさくなってきた。
とりあえず、昨日の新聞の記録としてコピペしておくとするかー。。。

まずは報道部分。。。
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 政府の教育再生会議(野依良治座長)は1日、総会を開き、安倍首相に第2次報告を提出した。大学など学校間に競争原理を導入することで予算配分の適正化や教員の資質向上をめざすことを提言。授業時数(コマ数)を増やすために、必要に応じて夏休みや土曜日を活用することも打ち出した。個人の価値観にかかわる分野では、現在の「道徳の時間」を「徳育」として教科化することも提唱している。

 この日の報告は今年1月の第1次報告を具体化したもので、その内容は6月中に閣議決定する政府の「骨太の方針」に盛り込まれる。安倍首相は1日夜、首相官邸で記者団に「こうすれば日本の教育は良い方向に変わっていくという提言をいただいた」と語った。

 第2次報告には、第1次報告の目玉の一つだった「ゆとり教育の見直し」のための授業時数10%増の具体策として、夏休みや朝の15分、土曜の活用が盛り込まれた。土曜授業については、週5日制を基本としつつ、教育委員会や学校の裁量で必要に応じて補習などを実施できるとしている。

 学校への競争原理導入は第2次報告の柱の一つで、成果に応じて国が予算配分する仕組み作りを要請している。学校間の競争によってレベルの底上げを図る狙いがあるが、学校間格差が拡大する恐れもある。

 大学・大学院について「選択と集中による重点投資」と明記。国立大学法人運営費交付金は「基盤的経費を確実に措置する」とする一方で、研究・教育などの評価に基づいて「大幅な傾斜配分を実現する」とした。また、教員の人事・給与の年功序列をやめ、業績に連動した給与体系の導入を求めている。

 小中学校では「地域の実情に留意」したうえで、教育委員会の独自判断で学校選択制を導入できるようにし、児童・生徒が多く集まった学校に予算配分を厚くする仕組みを検討。教員給与は勤務評定を踏まえた給与体系にすることを提言し、08年4月をめどに教員給与特別措置法を改正することを打ち出した。

 首相がこだわる「高い規範意識」の育成をめざす方策も盛り込まれた。子どもの凶悪犯罪やいじめ、学級崩壊などが頻発していることから「規範意識や公共心を身につけ、心と体の調和の取れた人間になることが重要」と指摘。そのために「徳育」の教科化を打ち出した。点数評価はしないが、文科省検定の教科書を使用するとしており、道徳や規範の枠組みを国が「検定」することに異論も出そうだ。

 家族や子育てに関しては、中学校、高校の家庭科で「生命や家族の大切さ、子育ての意義・楽しさを理解する機会を拡充する」と表記。ただ、母乳育児や子守歌の効用をうたった「子育て提言」は、政府・与党内からも異論が噴き出し、最終的に断念した。
     ◇
■第2次報告のポイント
●教育委員会や学校の裁量で、夏休み活用、朝の15分授業、土曜授業を実施して授業時数(コマ数)を10%増やす
●公立学校教員給与は評価を踏まえた体系にする
●教育委員会に「学校問題解決支援チーム」を設置、課題のある子どもや保護者との意思疎通に問題がある場合に解決に当たる
●現在の「道徳の時間」を徳育として教科化する
●全国学力調査の学力不振校に改善計画書を提出させ、国や教委は特別支援を行う
●幼児教育の将来の無償化を総合的に検討する
●大学・大学院での9月入学の大幅促進のため、学校教育法施行規則を改正する
●複数の大学が大学院などを共同設置できる仕組みを創設し、国立大を大胆に再編統合する
●国立大学法人運営費交付金は、基礎的な部分を確実に措置すると同時に、各大学の努力と成果を踏まえた配分になるよう新たな方法を検討する

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報道部分では無責任に客観的報道をしている朝日新聞も、
社説では、一部でちょっとまともな発言をしてくれている。

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     教育再生会議 〜 一から出直したら

 21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を図るため、教育の基本にさかのぼった改革を推進する。
 これが、安倍首相によって内閣に設けられた教育再生会議の目的である。
 その高らかな宣言と、以下の2次報告書の内容との落差は、どうしたことか。

 ・夏休みや土曜授業を活用して授業時間を1割増やす。
 ・すべての子どもにわかりやすく、魅力ある授業にするため、教科書の分量を増やし、IT化などを推進する。
 ・徳育を教科化する。

 昨秋発足した再生会議は、各界の有識者17人が起用された。学力と規範意識を高めるという狙いに、異論は少ないだろう。私たちは社説で、斬新で骨っぽい提言を求めた。

 だが、今年初めの1次報告書に続いて、今回もやはり期待はずれだった。
 長い議論を経て学校が週休2日制になったのは、ほんの5年前のことだ。学力が低下したから土曜授業で補う、というのは安易すぎないか。

 再生会議の席上、陰山英男・立命館小学校副校長は、土曜授業の復活に反対したといい、会議後、「何時間かけてこれをやらせれば、こんな風に学力が上がるとかそんなもんじゃない」と語った。現場を知る人の率直な思いだろう。

 学力をめぐる最大の問題は、できる子とできない子の格差が広がっていることだ。授業についていけない子を、時間数を増やすだけで救えるとは思えない。
 教科書を厚くしてIT化を進めれば、魅力的な授業になるというのも、いささか的はずれではないか。
 「道徳の時間」を徳育として教科化することにも疑問がある。検定教科書を使うことになれば、政府の考える価値観を教室で押しつけることになりかねない。

 規範意識で思い起こすのは、光熱水費問題などでの故松岡前農水相の説明と、かばい続けた首相の態度だ。子どもが規範を学ぶのは、教室だけではない。

 それにしても、名だたる有識者がそろいながら中身が薄っぺらになってしまったのはなぜだろう。会議の進め方とメンバー構成に問題がありはしないか。

 議事録を読む限り、委員は印象論や体験をもとに提言することが多い。だが、その提言の良しあしをデータに基づいて検証し、論議を深めている様子は伝わってこない。

 その例が「母乳で育児」を提言しようとした「親学」だろう。きちんと論議を詰めていないので、批判されると、あっさり引っ込めてしまった。

 再生会議はさらに論議を重ね、年末に3次報告を出すという。それなら、せめて二つの提案をしたい。

 会議を公開する。論議に緊張感が生まれ、国民の関心も呼びやすくなる。

 オブザーバーとして教育研究の専門家を置く。教育の歴史の中で、提言の良しあしを検証することができるだろう。

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そうそう、ちゃんと会議を公開してくれ。
誰がどんな顔してアホな発言をしているのか、明らかにしてくれ。
公開してもこんなアホなこと言えるのは誰かを明らかにしてくれ。

それから、ちゃんとインターネット上にBBSを作ってくれ。
我々の声を伝える場所を作ってくれ。
肝腎なことは何なのか、ちゃんと教えてあげる。
何にも知らないやつらの机上の空論で教育をめちゃめちゃにするのはやめてくれぃ!!



2007年06月02日(土) 「のだめ」の魅力

とにかく、のだめのキャラがかわゆい。
千秋にどれだけ粗略な扱いを受けても「妻ですから、、ウフ、、」
髪も寝ぐせのまま、風呂は1日置き、シャンプーは5日置き、
部屋は散らかり放題、、、、飾らない、無頓着、無邪気。。。
ピアノにも心がそのまま表れる。
弾きたい衝動は難曲でもこなしてしまうし、心にどんなイメージを持つかで
演奏が死んだり、奇跡の名演奏になったりする、、、と描かれている。
作者によってやや強引に作り上げられたキャラクターにせよ、
この姿を見ているのはとても心地よい。

おかまが出てくるドラマは嫌いなのだが、真澄ちゃんはなぜかかわいい(笑)
のだめに似て、心を持てあまして落ちこぼれ組だった峰は、
バイオリン再試験の際の千秋の伴奏に心酔して信奉者になる。
「来てほしいときに来る、、」という感想が印象的だ。

このはちゃめちゃな3人が千秋にまとわりつく。
孤高のエリートである千秋には、最初は鬱陶しい限りだが、
だんだんと殻を破って、地上に降りて、素直な交流をするようになる、、
その姿を見ているのも心地よい。

短いオープニングタイトルも、実に魅力的である。
ベートーベンの7番をバックに、ピアニカくわえたマングースが踊る。
これが何ともかわいい。
マングースの着ぐるみは、のだめのかわいい精神の象徴みたいなものである。
ドラマ全体にはもちろんいくつもいい場面があるのだけれど、
マングースのピアニカのラプソディー・イン・ブルーの場面が最高だ。
すばらしいアイディアとオーケストラのパフォーマンス!!
特典映像でこの部分をまったくクローズアップしてないのが不思議だ。



2007年06月01日(金) 「のだめ」見終わる

今夜一気に5話見た。
ついつい見てしまった。
こうしてちゃんと見てみると、随所でなかなか感動的だ。
こんなドラマ、そう繰り返して見る価値あるかなぁ、なんて思ってたけど、
眼鏡にもだいぶ慣れてきたし、漫画もちゃんと読んでみたくなった。

ブラ1振りたーーーい、と切に思ってしまった。
これはLesson 7だったかな、、8だったかな、、??
若かったころ、吹奏楽でいいからいつかやってみたいと思っていたのだ。
しかし、打楽器はティンパニだけだもんなーー。。。
マーラー演奏したい気持ちが一番強いけれど、
吹奏楽でマーラーはあまりにも荷が重すぎる。
ブラームスの交響曲は全部演奏したいけれど、打楽器がほとんどいらない。
チャイコフスキーの1、4、5、6番も管が忙しすぎるわりに、
打楽器が少なく、しかも暇すぎる。

しかし、ブラームスやチャイコフスキーやマーラーは演奏できなくても、
私は本当に幸運な人間だな、とつくづく思う。
苦労して音大を出ても、そして、実際には才能と努力があっても、
音楽を続けられない人はたくさんいるのだ。
私は、大学卒業とともに、音楽活動を諦めた。
もうステージで指揮台に立って演奏するなんてことはないはずだった。
しかし、思いがけず、そういう趣味の場が転がり込んできた。
何という幸運であろうか?
本当に、こういう形で音楽を続けさせてもらえていることに対する
感謝の念を忘れてはいけない。


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