TENSEI塵語

2007年05月31日(木) 「のだめ」

昨夜まででDVDの「のだめカンタービレ」をLesson 5まで見た。
家族の要請もあって予約して買っておいたのだ。
TV放映中は特に最初の方は、半分も見ていなかった。
疲れて宵寝の多い時期でもあったし、あまり意識してなかったので忘れた。
しかし、ポップス風パフォーマンスを採り入れたベートーベンの7番とか
マングース(着ぐるみ)のピアニカのラプソディー・イン・ブルーとかが、
あのころ、私を「のだめ」に一気に引き寄せた。
今回とにかく、このLesson 5までを連続して見ておきたかった。

私はしばしば人前に立って偉そうに合奏作りをしているけれど、
まったくの独学である。
いや、学というほどのまじめな勉強もしていない。
ただ、好きで聴き、好きで楽譜を眺め、自分なりのイメージを作っただけだ。
20代までは、「音楽は心だ!」に徹していた。
(もちろん正確に演奏することを軽視していたわけではない、、当たり前)
30代に入るころになって、ようやく、心の表現のために、
いかに基本的な技術や音色が大切かを痛感するようになった。
子どものころからちゃんとした専門家から音楽教育を受けて来た人たちとは
恐らく反対の道筋をたどったに違いない。

基本的に「音楽は心だ」には変わりない。
私は、普段見ていないバンドを頼まれて見る場合には、
基本的なところがちゃんとできているかを先に見るけれど、
普段見ているバンドの場合には、しばらくようすを見て、
団員がどんな表現をしてくるかをしばらく観察する。
できるだけ自発性に任せた方がおもしろい。
もの足りなければ要求するし、やりすぎだと思えば抑えさせる。
私自身が、合奏に入って演奏する場合には、自分なりの表現をするのだから、
ある程度までは、、、というか、かなりの程度まで、
団員の個性を尊重した方がおもしろい表現になると思っている。
もちろん、何にも表現してくれないときや、表現が流れに逆らったときは
こんな風に弾いて、とお願いをすることになるのだけれど。。。
あくまでも、表現をするのは奏者であり、
指揮者というのは、それを引き出しつつ、交通整理をする役割である。

「のだめ」の作者がどんな音楽生活をしているのかは知らないが、
そういう意味で、かなり波長が合っているな、と思う。

「その曲とどれだけ真剣に向き合ったかが大事」
(本番前に)「さあ、楽しい音楽の時間だ」

こういう言葉も好きだし、千秋が「でたらめだ」とけなしながらも
ついつい惹き込まれてしまうのだめのピアノ演奏場面も感動的である。
楽譜もろくに読めず、感性だけでピアノを弾くのがのだめである。
心の衝動に駆られてピアノを弾く分には生き生きした演奏をするが、
強制と抑圧の中では指だけが動いて音楽が死んでいる。
そんなのだめの顕著な姿が描かれるのはもう数話後だ。



2007年05月30日(水) 葬儀

朝9時に町内で集合して会場に行ったら、なぜか朝食が出た。
朝食から戻ったら、もう受付を2人通っていた。
その時は誰が代わりにやってくれていたのかよくわからなかったが、
親族の誰かだったようだ。
まだ始まる1時間前にもなっていないのに、何人かが受付に来た。

我々は一般客の受付をしていたが、それだけでも昨日ときょうで約300人。
学校関係者と野球部監督時代の学校関係の2つの受付がどれだけあったかは
聞いてないので、どれくらいの人数になったのかはわからない。
しかし、ひとりひとり記帳に時間がかかるので、そう忙しい受付ではない。
町内から手伝いに出るのも、3〜4人で十分だ。
ところが、10年前20年前のような、自宅で葬儀をしていた時代の名残で
町内の年寄りたちは、全家庭を手伝いに動員することを主張したようだ。
14人ほどのほとんどが、かなり無駄な労力になってしまった。
受付をしている3〜4人以外は手持ち無沙汰な時間を過ごすはめになった。
もう時代は違うんだよ。。。

記帳や香典の整理にしても、昔のやり方と今のやり方のギャップに、
年寄りたちはかなり戸惑って、何度もくどくどと議論していた。
私などは、大体のことがわかったら、さーっと見て、
記帳してもらう欄のこの辺に後で金額書けばいいじゃん、と思うのだが、
昔どおりにやれないとなかなか気が落ち着かないらしい。
葬儀屋も、いろんな帳面を用意しすぎである。
そんなわけで、私の役が全部終わったのは3時過ぎである。


死因がまったくわからずにいたのだが、
喪主の挨拶の中できっちり説明があった。
2年間の入院は、「多発性骨髄腫」だった。
従兄弟の骨髄を移植したけど、それがあまりうまく適合してなくて
入院が長引いたとか。。。
ググルってみると「平均生存期間は30〜40カ月」って書いてある。
去年あたり、ちょいちょい立ち話をしていたとき、
彼が自分がもうそんなに長く生きられないと思っていたのだろうか、、?

今年に入ってからは、「間質性肺炎」で長く入院していたらしい。
この土日に外泊許可をもらって家に帰って過ごし、
日曜の午後から寝てたらしいが、、最期は脳出血だったと言ってたかな。。
その晩に救急車で運ばれて、朝に逝ってしまった。
我々にとっては急の知らせだったが、実は長い闘病の末だった。

若いころから中年になるまで、体はしっかり鍛えてたはずなのに、、、
本当にわからんものだ。。。
本当は、きょうみたいな日に、率先して走り回って世話を焼くのが
彼だったはずなのに。。。




2007年05月29日(火) 通夜

そういえば、私はもう長いこと、通夜というものに出ていない。
思い出せるのは、もう24年ほど前、定時制の学校にいた時に、
自殺した先生と生徒の2度の通夜だったが、仕事が終わってから、
10人に満たない職場のみんなと出かけ、時間も遅かったためだろうが、
遺族としみじみと故人を偲ぶ、みたいな通夜だった。
もともと、それほど多くの人が弔問に来ていなかったのだろう。

前任校で、同僚が相次いで病死したことがあった。
この時は、どうも通夜にまで顔を出したという覚えがない。
いや、1度は通夜に行ったけれど、駐車場整理の仕事があったのかも。。。
とにかく、葬儀の記憶はあるけれど、通夜の記憶はない。

私は、いつからか、直接知っている人以外の葬儀には関わらなくなった。
同僚の家族の葬儀には、せめて通夜に顔を出すとか、
通夜にも葬儀にも出なくても、香典くらいは連名でも出すのが常識らしい。
しかし、それすらもしないことにした。
とにかく、今まで何の関わりもなかった人なのだ。
お別れを言いに行く気持ちなど起こりようのない人の場合に、
とりあえず金だけ包んで誰かに持って行ってもらうというのも虚礼の極致。
わずかばかりの金のために、煩わしい整理をしてもらうことになるわけだ。
・・いやいや、そういうものではないのだよ、と、
世間の人たちは、私のそういう考え方に説教をするに違いない。
香典さえ出さない同僚を、水くさいやつと思う人もいるかもしれない。
しかし、私は、意味のない行為と思い始めると、もう行動できなくなる。

さて、きょうは、通夜のようすをほとんど受付席から客観的に眺めていた。
通夜というのは3〜4時間か一晩中のうちに、時間になどそうこだわらず、
ぽつぽつぽつぽつと弔問に訪れるものだろうと思っていたら、
通夜式開始時刻の30分ほど前から列ができ始め、それがどんどん長くなり、
我々の、比較的少ない「町内・一般」の受付でも列の解消に1時間かかった。
6時に始まった通夜式は4、50分やっていたが、
会場はもうひどい人混みで、たいへんにぎやかな落ち着かない光景。。
とにかく、新聞に訃報が載るほどの人物なのだ、県外の新聞にも。。。

本来の通夜は、故人と親しい関係・深い関係にあった人が集まるものだった。
時間はどうあれ、駆けつけるべき人が駆けつけるものだったのだ。
しかし、時代は変わった。
昼間の葬儀には仕事を休めないから出られない、また、
昼間の葬儀に仕事を休んでまで出る関係でもないから、
せめて通夜だけには出てとりあえずの挨拶をしておこう、の傾向になった。
つまり、名称は違うが、実質は、葬儀が2回になったに過ぎない。

世間の虚礼尊重が、遺族を一層たいへんな思いにさせているのではないかと思う。


ちなみに私は、私が死んだら葬式はしないように遺言してある。
誰も呼ばなくてもいい、家族だけが見送ってくれればいい。
通夜とか葬儀とか、何回忌とか、そんな苦労はしなくてもいい。
万一弔問の希望があったら、わざわざこんなところまで来なくても、
心の中や記憶の中にいる私に冥福を祈ってください、と言えばよい。
人間は、死んだら天国も地獄も極楽もないし、迷妄も成仏もない。
死んだらもうそれだけ、、、無だ。
もしも、死んでも生き続けられるところがあるとしたら、
それは親しくしてきた人たちの心の中だけなのだ。



2007年05月28日(月) 同級生の死

きょうは、修学旅行が土曜日も使っていたので、その代休である。
昨夜早々とダウンしたので、7時前には起きてのんびりしていたら、
階下に住む義母が驚くべき知らせを持ってきた。
3軒(空き地を挟んで4軒分)隣に住む中学時代の同級生のMが、
昨夜病院に運ばれ、今朝死亡したのだという。
死因までは聞いてこなかったそうだ。

近所に住む同級生とはいえ、あまり親しくはしていなかった。
中学時代も、同じクラスになったことはなく、
私は音楽や生徒会の活動などで有名、彼は野球部の強打者として有名、
お互いに見知っていても、あまり接点がなかった。
我々がここに住むようになったころは、彼は野球の名門校の監督で、
朝夕も休日も彼の車が家の前に停まってるのをめったに見たことがなかった。
私も部活で忙しかったが、彼はそれよりさらに忙しかった。
たまに家の前で出会うとちょっと長話の近況報告をしあったが、
あのころは彼の方がよく話した。
3年前の新年に初めて町内のおひまちに出て、心細かったとき、
たまたま隣の席だったのでよくしゃべった。
あのころの彼は、実に快活で誰にでも愛想がよかった。
年寄りがいなくなったら町内会長はこいつで固定だね、とさえ思ったものだ。

去年の冬だったか、久しぶりに出会ったとき、顔がすっかり変わっていた。
むくんだような感じで、黒っぽい、荒れた感じになっていた。
びっくりして尋ねると、2年近く腰の手術をして入院していたという。
薬の副作用でいろいろなところが荒れてしまったとか言っていた。
あまり詳しく話したがってない雰囲気なので、詳しくは聞かなかった。
それからは、花に水をやっているのにちょいちょい出会ったりもしたが、
そのたびに数語を交わす程度で、病気の話までは聞かないでいた。

その変わりようにすでに驚いていたせいか、
義母から聞かされたとき、驚きはしたけれど、信じられない思いはなかった。
ただ、同年代でわりと身近な人の死にあった時にいつも感じるような、
さまざまな思いが交錯するのは、今回も同じである。。。


朝起きてからのんびりと、きょうはどのDVD見ようかなー、と思っていた
のだが、この通夜と葬式は出なければいけないどころか、
手伝いに行かねばならないだろうと思って、明日の授業が気になった。
葬儀についてはまだ決まってないようなので、葬儀屋で働く知り合いに、
こういうケースだと通夜はきょうか明日か、と尋ねてみたら、
普通はできるだけ日を空けないようにするから通夜はきょうで、
葬儀は明日だ、という。
(ただ、この時点では、昨夜死んだ、とその人に問い合わせたのだった)

明日葬儀の可能性が高そうなので出校して自習用のプリントの用意を試みた。
(結局それはたいへん困難なことに気づいたので、
 もし葬儀が明日になった場合にはあとの2人の担当者に頼むことにした)
明後日のプリントの用意だけはした。
それから2、3の用事を済ませながら帰宅したのが3時ごろだった。
午後は昼寝したかったのだが、帰ると、あとで町内会長が来ると言うので、
しばらく待っていた。
夕方になって、通夜は明日、葬儀は明後日、受付をお願い、と告げられた。



2007年05月27日(日) 見応えのある横綱戦

疲れをとるどころか、今朝も早起きして出かけ、夕方に帰った。
帰ってから、眠りたいのをこらえつつ、のんびり相撲を1時間見た。

朝青龍vs白鵬戦は、激しい突っ張り合いに始まり、
それから両者がっぷりと組んで、吊りの応酬で崩し合うが崩し切れず、
力のこもる油断ならない展開、、、最後は白鵬が上手出し投げで勝ち、
全勝優勝を果たした。

去年の3月26日と7月23日にも、この2人はいい勝負をした。
ほとんどの力士が、朝青龍の速攻と機転の餌食になるが、白鵬は違う。
白鵬が横綱になると、千秋楽結びの一番は毎回楽しみになる。

嘗て、そういう意味で本当に楽しみだったのが、輪島vs北の湖戦だった。
あの2人しかできないような力相撲だった。
あの2人と今回の2人が違うのは、柔軟性とスピードである。
だから、一層どういう展開になるか予想がつかないおもしろさがある。

私が白鵬を横綱候補の筆頭にしてから、1年半、、、予想より早かった。
昨日の千代大海のコメントの中に、白鵬は貴乃花に似てきたな、とあった。
私は1年半前にそう思っていたのだが、最近はまったく違う見方になった。
白鵬流というのができあがりつつある。



2007年05月26日(土) 白鵬優勝!!横綱!!

きょうは生徒たちは尻別川でラフティング。
小雨で強風が吹き、橋の上で生徒たちの楽しそうなようすを眺める我々は
泣きたくなるほど寒い思いをした。

去年までは、料金5000円別途徴収だったこのラフティングを、
全員にやらせることにしていいのか、私はかなり疑問に思って、
去年の下見の際に別プログラムの検討に時間をかけたのだが、
担当者の話を聞き、実際にやってる人たちの表情を見て、
結局、よほどの身体的な事情がない限り全員という線に決めたのだった。
他のどの体験コーナーよりもいい体験ができそうな確信を得たからである。
幸い、今年度から修学旅行費が上がったので、別途徴収の必要もなくなった。

生徒たちは楽しい時間を過ごしたようだが、
その後の川水に濡れた手足や髪の毛の匂いには閉口していたようだ。
できれば、2日目の午後に行って、そのままホテルに行ってまず風呂という
そういうスケジュールを作ることができるといいのだが。。。

きょうのイベントはそれだけである。
あとは2時間ほどかけて空港に走る。
それでもよい、と確信を得たのは、やはり去年の下見の時である。

途中の景色でよかったのは、やはり霧の支笏湖かな?
延々と並んだ樹木のせいで、完璧に眺められる時がなかったのは残念だが。
とにかく、バスで眠ってしまってはもったいない。
ガイドの話にもおもしろいものが多い。
蝦夷鹿が減ったので絶滅を避けようと人為的に繁殖させたら、
今度は増えすぎて、人間生活にさまざまな被害が出てるとか、
鹿の角は、1本だけだったら4、5千円、1対だったら10万円以上、、、
なんて話もたいへんおもしろい。
他にもいろいろとおもしろい話があったが、今はちょっと疲れていて。。。


昨夜は諦めていた白鵬の優勝の瞬間は、意外にも空港のTVで見れた。
千代大海のかなり気合いの入った突っ張りを懸命にこらえ、
ついにまわしを取って、しっかり組んだら十両級に落ちてしまう千代大海の
体勢を崩しつつ寄り切った。
この3日間の取り組みは、おーー、横綱だーー、と感嘆させてくれた。
嬉しい。
横綱昇進をそう急がなくてもいいと思っているけれど、
昇進を許してやってもいいかな、、、とも思えてきた。
微かな不安は、初日に勝ったのが本当に久しぶりだという点だ。
実は、贔屓にし始めたころから思うと、かなり横綱昇進が遅れたとも言える。



2007年05月25日(金) 白鵬 優勝に王手

きょうは5時前に宿に着き、なかなか部屋に落ち着けなかったが、
やっと部屋に入った6時前のわずかの時間にTVをつけたら、
白鵬の取り組みと朝青龍の取り組みだけ見ることができた。
昨日もきょうも白鵬の相撲はみごとだった。
朝青龍は負け、3敗となった。
意外な展開である。
朝青龍が1敗のまま、千秋楽で優勝を賭けて戦う筋書きだったのに。。。
2敗がまだ2人いるので、明日以降の取り組み次第となる。
そして、きょうの勝利は横綱昇進への王手かもしれないのだ。
待ち望んでいた決定的瞬間は明日かもしれない。
残念ながら、明日のその決定的瞬間のころはまだ仕事中である。。。

とにかく時間がないので今夜はこれだけメモ。



2007年05月24日(木) 藻岩山の夜景

修学旅行で3度目の札幌にやって来た。

1日目はまず、昼から札幌ドームと白い恋人パークと大倉山ジャンプ台に
分散して、そこから中心部のテレビ塔に集まってくる。
私の担当は大倉山だったが、去年下見に来たときから、
愛知県に似たようなものがないのはここだけ、という認識である。
きょうは残念ながら、ジャンプを練習する選手が跳んでいなかった。
去年は、真夏にそれを見た。
しかも、リフトに乗っていたとき、その傍を跳んで行った。

夕食後、40分もバスを走らせて、藻岩山に登った。
夜景をみるためだが、去年の下見の時はあいにくの曇天で見られなかった。
夕食後にこんな企画を入れるのはきちがい沙汰では? と思っていたが、
何校も来ていたし、中学校でもこういう企画を立てるようだ。
実際、その夜景は驚くべき壮観な光景だった。
その広さといい、密度といい。。。

この綺麗な夜景はおそらく、車道を照らす灯りがオレンジ色に統一されて、
ケチケチとは使われていないためだろう。
建物の灯りが中心では、これほどきらびやかにはなるまい。

大倉山のジャンプ台の上の展望台から見下ろす景色もいいものだが、
確かにこの夜景は、無理して行く価値のある見ものである。
お天道様という意地悪な神様の思し召しに従うしかないのが難だが。。。




2007年05月22日(火) 暑い日、、白鵬単独10連勝

昨日は実に5月らしい、多少気温は高めでもさわやかで心地よい陽気だった。
職場では、暑い暑いと大げさに騒ぎ扇子をぱたぱたやってる暑がりさん達も
いたが、昨日のあの空気を暑いなんて言っていたら、
7〜9月には、暑さを形容する言葉に窮してしまうだろう。

5月に入ってから、そういう心地よい日が何日かあった。
しかし、そういう日が何日も続くところが5月のいいところだったのに、
今月のようすを見ていると、1日か2日そういう日があっても、
すぐに暑い日がやってきてしまう。
暑い日が2〜3日続くと、雨や曇でやや冷たい風が吹き、またやり直し。。
この、1、2日陽の光に照らされると以上に暖まってしまうのが、
どうも異常な感じだ。

帰り道、車のラジオで聞いたのが、白鵬がついに初日から10連勝、
朝青龍が安美錦にきわどい負けを喫して、1敗、白鵬単独トップ。
長いこと待ち望んでいた構図なのだが、ここ何場所か、
白鵬は常に初日に土、、、常に後を追うしかない展開だった。
なぜ初日に負けてしまうのか、それを克服しない限り、
まだまだ横綱にはなってほしくない、と思っていたが、好転して来ている。
白鵬は、横綱になるならないよりも、常に優勝争いの中心であるべきだ、
というのが、私の願いだ。

どんな取り組みだったのかを見たくて、ニュース番組を3つ見たが、
相撲のコーナーはあっという間に終わった。
ひとつは、朝青龍戦だけを放映した。
あとの2つは、朝青龍戦と白鵬戦の2つだけを放映した。
まったく、、、何てことだ。
国技国技と言いながら、何という粗末な扱いだろうか。。。
国粋主義者の晋三ぼっちゃんに一言言ってもらわねば困る。

朝青龍の負け方は、実に微妙だった。
私が見る限りでは、朝青龍が宙に浮いている間に安美錦が倒れた。
超スローモーションで見せてもらえないので、ちゃんと確認できない。
物言いもつかなかったから、跳ぶ前に踵ぐらいが出ていたのかもしれない。
白鵬びいきとしては、ラッキ!! って感じである。

白鵬の取り口を今場所何度か見たが、何か小さくなったような感じだ。
白鵬びいきになったころの、鮮やかさがあまり感じられなくなった。
あのころは、貴乃花や千代の富士のような横綱になると思っていたのだ。
つまり、相撲の模範的存在である。
そういう点でちょっと残念な感じは否めないのだが、
しかし、臨機応変な点では着実に実力をつけてきているように思う。
どんな展開になっても、よく見て対処してやるぞ、というような。。。
まだ若い、、、さまざまな相撲センスを磨いて欲しいものだ。
とにかく、先の楽しみな力士である。



2007年05月21日(月) 旅行前の憂鬱

何という心地よい陽気の1日であったことか。。。
しかし、先日来、修学旅行の準備が佳境に入っていて、
教員専用のマニュアルもでき、引率者会議なるものが開かれてから、
ますます憂鬱になってきた。
ま、修学旅行のたびに思うことだけれど。。。

私は旅行自体は嫌いではない、っていうか、
なかなか出かけられないけど、旅行願望は強い。
しかし、いざ旅行に出るとなると、実にめんどくさい。
まず、準備がめんどくさい。
それから、日常と同じペースで生活できなくなるのが煩わしい。
それから、自分の車で出かけるのならまだいいけど、
すべての行程を、自分の意のままにならぬ乗り物に頼るのが心細い。

旅行前といういうのは、一人旅であっても何となく憂鬱である。
行ってしまえばそれなりに十分楽しんでしまうのだけれど、
準備の段階が憂鬱でめんどくさいのである。

酒を飲むのに、おおぜいでの宴会はあまり好きではない。
2〜3人で飲むのが好きで、許容範囲は6人くらいまでである。
まー、大宴会でも、我慢ならんほどイヤというわけではないけどね、
飲めるんだから、、、f^_^;
旅行も同じで、ひとりか2人で気ままにする旅がよい。
行程にきっちり従ってぞろぞろと大移動する旅行なんて、鬱陶しい。
まー、行ってしまえば、それほど憂鬱なものでもないことは、
今までの経験でよくわかってるんだけどね。。。

今夜はまさみちゃんのドラマの後、スマスマの菜々子さまを見て、
豪勢なTVで夜を過ごしたなー、と思いつつ、
遅い時間に明日の朝宅急便で送ってもらう荷物の準備をしたのだが、
さっきまでの楽しい思いはどこかに去ってしまって、
めんどくさい憂鬱な思いに支配されてしまったので、こんな述懐になった。

しかし、今までの経験によれば、たいていは「旅行前の憂鬱」に過ぎない。



2007年05月20日(日) 眼鏡付きの生活

半世紀以上無縁だった眼鏡とのつきあいが始まった。
うーん、、確かに驚くほどよく見える。。。
ゴマ粒のような文字もくっきり見えてしまうから、別世界にいるようだ。
何と、薬の瓶の効能書きまでちゃんと読める!! 何年ぶりだ?(笑)
しかし、このガラス越しのような視界はかなりの違和感だし、
慣れないせいか、ぴきぴき痛い感じもある。
こりゃあ、慣れるのにかなり日数がかかりそうだ。

まだ必要な時しかかける勇気がないので、遠近両用ではない。
下側が近場用、上側がPCの画面用というレンズにしてもらった。
遠近ではないのでそうめちゃめちゃ高いわけではないけれど、
薄くて軽いという点だけは贅沢言ったので、高い。
世の中には百均の老眼鏡で済ませてる人もいるみたいだけど、
(妻はそういうのを絶対に許さない)
フレームも合わせてその1000倍の支払いである。
ま、数年間ヤセ我慢してきたご褒美(?)みたいなもので。。。

長いこと夜の読書は諦めていたけれど、
久々に文庫本でもすらすら読めるようになった。
ありがたいことだ。
こんなことならもっと早く行けばよかったと思うでしょ? と、
眼鏡と長いつきあいの人は皆威張って言うけれど、先週も書いたように、
病院や歯医者以上に縁遠い場所だったのだ。
ひとりではとても行けない。
妻が久々に自分の眼鏡の点検に行くというのでついて行ったのだが、
歯が痛くてしょうがないから歯医者に行くのと同じ心境だったのだ。
もういくら何でも、いざという時の虫眼鏡では不便なほどになっていたのだ。



2007年05月19日(土) 休日出勤

午前中3時間ほど出校して仕事した。
昨日、意外にも採点が全部終わってしまったときは、
何となく、今週中にやるべきことが全部片づいたような感触だったのだが、
夜になってちょっと考えてみたら、まだ準備するものがあるのに気づいた。
月曜日のスケジュールはたいてい慌ただしいので、休日半日潰すことにした。

来週3日間の授業や出張の心配はなくなった。
授業に必要な準備を終え、出張の際依頼されるかもしれない文書も用意した。
精神的な負担がかなり軽減された。
さらに、修学旅行で訪問する施設から問い合わせの電話があった。
たまたまそれを取ったのは私だった。
事情のよくわかっている人間が出校していて、先方にとっても幸運だった。
我々には十全たる休みなどないのだということを痛感した。

さて、私などはここ数年部活動が暇になったので、
休日が満喫できるはず、しかし、休日に仕事を片づけに行く、という風だが
何年か前までは、部活だの何だので休日はないのがあたりまえだった。
夏休みも、会社勤めの人たちよりも休日が取れなかった。
実際、今でも吹奏楽部の顧問をしている人にはそういうのが多いし、
きょうでも、部活のためだけに出校している運動部の顧問g何人かいた。

教員免許の更新制などというものが決められようとしている。
10年に1回、30時間の講習を受けることによって更新できるそうだ。
いつ講習を受けるのだろうか?
初任者研修や6年目研修などは、平日に出張扱いだが、
こういうのはやはり、土日の休日や夏休みなどに行くのだろうか?
これは実は、部活動の顧問などにとっては実にたいへんなことである。
実績をあげている顧問ほどたいへんである。
実際に生徒のために時間も労力もかけているのだから、
それで十分のはずなのに、おかしな制度ができてしまうと、
そういう実質的なものよりも、形式的な講習の方が優先されてしまう。

教員免許更新制については疑問だらけである。
大体において、免許の持続にはこれだけの条件が必要であり、
そのためにはこれだけの講習を必要とする、、、という論法ではない。
免許を更新制にしましょう、ただの書類提出では足りないから、
30時間ほど講習を課すことにしましょう、というだけのことだ。
だから、どういう講習をしようとしているのか、さっぱり伝わらない。
その講習を、どんな機会にどれくらいの頻度で開くのかもわからない。
10年目の人も20年目の人も30年目の人も同じ講習を受けるのか、
講習を受けさえすれば更新できるのか、
どう評価してどう審査して更新されるのか、何もわからない。
日の丸への敬礼や君が代を大声で歌うテストをやったりはしないだろうね?
晋三ぼっちゃんの下でこんな制度が決まったりすると、
どうも、内容面でさまざまな疑惑もわいてくるのである。

ざっと教員が全国で100万人いるとして、
単純計算で、更新すべき人数が10万人。
正規の教員以外にも免許保有者はいるわけだから、
その2倍とか3倍とかの更新希望者が存在することになる。
ひとつの県あたり、何千人もの人間が更新のための講習を受けるわけだ。
何十人単位の教室などで講習を開いたりしたら、
同一講座を100回近く開かなきゃいけない。
何百人単位の大教室を使えば、10〜20回くらいでさばけるにしても、
30講座を20回ずつ開いたら600講座、、、たいへんなことだ。
何千人も収容できる大体育館を使う?

つまらん心配をしているようだが、
(しかも私自身はあと10年もないので、この免許更新はたぶん関係ない)
こんなところに莫大な金を使うなーー! と言いたいのである。
教育や福祉のために惜しみなく税金を注ぎ込む国ならともかくも、
日本の財政は、とにかく、ケチケチ教育財政である。
国は、こうしろああしろと言うだけ言って、金はやらん、というのが常だ。
内容的にも財政的にも、とにかく無責任なのである。



2007年05月18日(金) 教育知らずの教育改革

憲法をろくろく知らない人間が寄り集まって憲法に関わる法案を決め、
教育についてまったくわかってない連中が教育の仕組みを変える。
最初に予想したとおり、安倍政権は戦後最悪、小泉クンを凌ぐ最悪政権だ。
まさに、悪魔が来たりて笛を吹きまくっている。

衆院委で可決された教育関係の法案は3種、
1 文部科学相に教育委員会への指示・是正要求権を与える
  「地方教育行政法改正案」
2 副校長や主幹教諭を新設する「学校教育法改正案」
3 教員免許に更新制を導入する「教員免許法改正案」の3法案。
☆ また、政府に「教員定数と教育予算の一層の拡充に努めること」などを
 求める11項目の付帯決議

1は、現場からいうとどう考えていいか難しいが、
少なくとも、県教委の指示なんてのは現場を困らせ混乱させるだけで、
現場の教育活動の助けにはまったくなってない。
うっとうしいだけだ。
なぜなら、我々は、個々の生徒や家庭を見ながら指導しようとしてるのに、
県教委がうるさく言ってくることと言えば、個々のケースはともかく、
こういう問題が起こらぬよう、ああいう苦情が出ぬよう、
こういうことはしないように、ああいうことは言わないように、ばかりだ。
そうして、文科省の言うことは、上意下達のように、
教員の意見を幅広く聞くこともなく、押しつけてくる。
教育委員会は教育を歪めるために存在すると思っていたのだが、
その傾向がますます強くなるとしか思われない。

2などは、晋三ぼっちゃんのアホの骨頂ではないかと思う。
こーーーんなくだらん法案を引っさげて、
「教育再生は私の内閣の最重要課題で、教育3法の改正は極めて重要だ」
教育現場を知る首相ならば、こんな恥ずかしいコメントできるわけない。
だいたい、これでいったいどうよくなるのか、説明がない。
「学校の組織運営体制の確立を図るため」という説明はある。
しかし、副校長や、主幹などという謎の役職を置くことの、
現実運用の利点については、少なくとも新聞は伝えてない。
現実にそんなものはいらない。

アホなコメントは載っている。
「一般の会社でも先輩社員と後輩社員は違う。
 先輩は後輩を指導して経験を伝える。
 そして後輩はそれを受け入れて自分も成長する」
これが、文部科学大臣のコメントとは、本当に情けないことだ。
いいんだよ、そうだよ、そういう面もあるよ、
指導できるようなものが何もない先輩もいるけれど、
そういうものをもっている先輩もいるだろうよ、
今でも、そんな風にして教育現場は動いているんだよ、
何も、副校長だの、主幹だの、指導教諭だの、役職を固めなくても、
いや、むしろそんな風に固めない方がうまく回るんだよ。
「校長と教頭以外はみんな平等だという職員室の雰囲気はおかしいと思う」
これも文科省のコメントのようだ。
しかし、それが「おかしい」という理由までは語られていないので、
「おかしい」のはお前だ、と言わざるをえない。
こんなくだらん見識の持ち主が、日本の教育界のトップにいるのだ。
そして、彼を選んだのは、何にも知らない晋三ぼっちゃん。。。

新聞に載っていた、唯一まともなコメントは、笠井共産党議員の
「会社と学校現場はまったく異なる」という簡潔すぎるコメントである。
会社の現場がどうなのか、私にはよくわからないが、
会社だって、上下構造があまりにも厳しく整いすぎていたら、
活気のある営業活動は損なわれるのではないかと思うのだけれど、
少なくとも学校が扱うのは製品でも商品でもないのだから、
会社経営的な視点から学校運営を云々することは根本的に間違っている。

序列を作り、競争原理を採り入れ、上を向かせる教員を増やせば増やすほど
教育が歪んで行くことを、我々は身にしみるほど知っている。
しかし、現場知らずの彼らは、それが「再生」だと信じている。
現場知らずの短絡的にしかものを考えられない人間が、
本当の「再生」論議などできるわけがない。
ま、今回の法案は、ますます教育を本道から外させるのに貢献する。
それは間違いない。

3の免許更新についても詳しく書きたいのだが、
酒も深くなってきて、そろそろ疲れてきた。
これについても疑問点が多いのだが、この制度を作ることによって、
私の知っているどうしようもない、まったく教員に向いていない
何人かの教員のような連中を辞めさせることができるのなら賛成である。
本当に、こんなやつ教員にするな!! クビにしろ!! と
言いたくなるような教員に何人か出会ってきた、現場の声である。
しかし、晋三ぼっちゃんたちが重要と考えているこの制度は形骸化する。
研修だのなんだの、煩わしいことが増えるだけの話で、
実質の、教員の資質向上なんてことは形骸化する。
現場知らずのおぼっちゃんたちが、何となく思いついたに過ぎないのだから。

今、一番求められていることは、付帯決議の中にある。
小学校の教員を倍増すること、できれば3倍増すること!!
まずはそこからだ。
これについては、今までも何度か書いた。

それから、生徒にも教員にも、競争原理よりは協力原理を第一にすること。
「上を見るより、生徒を見よ」を鉄則にすること。
給料のためでなく、ひとりひとりの生徒のなめに、
どうするのが一番いいのかを常に考える、そんな職場にすること。

いろいろと美辞麗句を並べても、とにかくまず、
小学校の正規教員を増やすことが先決問題だ。



2007年05月17日(木) 宵寝が本寝に

9時半ごろだったか、10時近くになっていたのか、覚えてないが、
何とも耐えきれず横になったら、目が覚めたのが朝の4時半だった。
やった!! って感じである。
眠るつもりではなかったし、部屋は明るいままだったし、
PCの作業もやりかけのままで、その点は困りもんでけしからぬことだが、
眠ってしまった以上は朝まで眠れるのが望ましい。
これは、私にはなかなかできないことなのだ。
ほとんどすべての宵寝が、2時間ほどですっきりと覚めてしまう。

・・・そんなわけで、これを書いているのは翌朝である。

この日の午前中は2時間の試験監督と、テスト問題の印刷、
もちろんそれだけでなく、他の雑用もその間にごちゃごちゃあるのだが、
遅い昼食に出て、銀行にも走り、戻って採点作業に入ろうとしたら、
赤インクが切れていたので、再び、今度はホームセンターに走り、、
それから5時まで採点に没頭したのだが、これが睡魔との闘いだった。
なんとか、うとうとすることもなく仕事を進められたのだが、
何かの拍子に繰り返し襲ってくる睡魔と闘うのにも疲れたのかも知れない。
午前中からイライラしていたのも確かだけれど。。。



2007年05月16日(水) ブッシュへの盲従

今朝の朝日新聞の社説である。

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     イラク特措法―反省も総括もないままに

 泥沼化するイラク情勢に足をとられる米ブッシュ政権に、日本はどこまでおつきあいするつもりなのか――

 きのう衆院で可決されたイラク復興支援特別措置法の2年延長案について、こんな感想を抱く人は多いのではないか。

 イラクで貨物輸送にあたっている航空自衛隊の任務は今年7月で期限切れとなるが、これをさらに2年間のばそうという法案である。

 なぜ、延長するのか。政府は国連やイラク政府などの要請によると説明している。だが、最大の理由はブッシュ政権のイラク政策を支援する姿勢を崩したくないということだろう。

 国会審議で、安倍首相らはイラク攻撃に踏み切った米国の判断を繰り返し弁護した。誤った戦争と認めてしまえば、自衛隊派遣の根拠が崩れると心配してのことに違いない。

 だが、開戦判断の根拠となった情報が誤りや誇張の産物だったことは、米国や英国自身が認めている。なによりも、開戦の理由とされた大量破壊兵器がイラクに存在しなかったことは明らかだ。

 にもかかわらず「正しい判断だった」とばかりに言い募るのは、知的退廃に近いのではないか。


 日米同盟への配慮は分からないではない。中東に石油資源を依存する日本にとって、地域の安定は重要だし、イラクの混乱を放置できないのもその通りだ。

 それでも、出発点での明白な誤りを認めずに既成事実の追認を続けるのは、責任ある政治のとるべき態度ではない。

 英国ではブレア首相が世論の批判から退陣に追い込まれた。ブッシュ大統領も、米軍の期限付き撤退を条件とする予算案や決議を議会から突きつけられた。支持率は最低水準に低迷している。

 そんな中で、日本では自衛隊の派遣延長がすんなりと国会を通っていく。これといった総括や反省もないままに、大義に欠ける、誤った米国の政策に参画し続ける。なんとも異様と言うよりない。

 首相は、憲法9条の改正で自衛隊への制約を取り払い、あるいは現行憲法の下でも集団的自衛権の行使に道を開きたいと言っている。だが、軍事力の行使には政治の厳格な責任が伴う。

 イラクの場合のように、結果に対して真摯(しんし)に向き合おうとしない政治を、国民は信用するわけにはいかないだろう。


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私は、小泉クンの「イラク攻撃を支持します」が既に憲法違反だと思う。
確かに、第9条だけを読む限りでは、
「日本が出兵しさえしなければいいんだ」という解釈も可能である。
しかし、前文にはその精神が書かれている。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、
 人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
 われらの安全と生存を保持しようと決意した。
 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を
 地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、
 名誉ある地位を占めたいと思ふ。
 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
 平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して
 他国を無視してはならないのであつて、
 政治道徳の法則は、普遍的なものであり、
 この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
 他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」

だから、自分の国は攻撃しに行かないが、
他国が攻撃に向かうのを拍手で見送るなんてことはしていけないわけだ。
しかし、小泉クンたちは、ブッシュのイラク攻撃を正義の闘いと訴え、
戦争協力舞台まで派遣した。
これだけでも、もっと深い検証の議論を行わなければいけない。

アメリカの議会はブッシュのイラク政策に反対の立場になった。
米国民のブッシュ支持率も低迷しているようだ。
ところが、日本の議会はブッシュの政策を無条件に支持し続け、
日本国民の与党支持率にもそう大した影響はないようだ。
実に奇妙な構図ではないか。。。
与党議員の誰も、ちょい待ち!! と言わないのが不思議だ。
何でもかんでも盲従党が、日本をめちゃくちゃにして行く。

それにしても、小泉クンも晋三ぼっちゃんもブッシュに国を売ってきたが、
ブッシュの反対勢力が大統領になったら、日本はいったいどうなるんだろう?


・・・ちなみに、明日も、重要な法案が、盲従可決されるそうだ。
なすすべなし!!



2007年05月15日(火) あれこれ忙しい1日

やっと試験問題の80点分はできた。
先日来、草稿だけで4〜5時間はかけている。
3年前、この文章では試験問題作れないからと
もうひとりの人に押しつけたのだが、今回はそれができなかった。
だから余計に難航した。
きょうは1時間早く帰らせてもらって、4時間ほどかけてここまで。。。

試験問題を、休暇をとってまで家での仕事にするのは、
学校のPCとファイルの形式が違うせいでもあるが、
学校で仕事をすると間違いが増えるからである。
本当によく邪魔が入る。
誰にも邪魔されない環境で仕事しないと危険なのだ。

こんな日にも修学旅行の引率者会議などというものがある。
「やっといて」で済ませてしまいたい心境だが出ないわけにいかない。

しかし、こんな中でも時間を割いて、東野圭吾の「時生」を読み終えた。
死ぬ運命にある我が子が、実は自分の若いころに現れて、
自堕落だった自分を立ち直らせてくれた、という不思議な話である。
不思議だが、やはり感動してしまった。

昨夜は、映画「ラフ」を見た。
あだち充の漫画を、実写にしたりアニメにしたり、、は不可能である。
時間の流れや情緒が、あだち充の漫画でしか味わえないものになっている。
世界が違うのだ。
あだち漫画のすばらしさは、漫画でしか描けない境地に達しているところだ。
だから、こんな実写にしたりアニメにしたりしてはいけない。
しかし、そんな不満とは裏腹に、ヒロインめあてで夜更かし、、、f^_^;



2007年05月14日(月) 何とも体の重い1日。。。

柔らかい陽射しにさわやかな風、、、と心地よい好天気だったが、
なぜか体が重くてつらい1日だった。
動くのも億劫だし、疲れやすいし、思考力も減退、、、テストが作れん!

そういえば昨日も一昨日もあまり寝ていない。
昨日は早朝から市吹の出番で出かけたし、その早起きをする用心から
土曜日の朝も、7時過ぎに目が覚めたらそのまま起きてしまい、
2日とも、ちょっと横になることはあっても、昼寝をしなかった。

眠りが足りなかったせいなのかなぁ。。。


帰宅すると、夕刊のトップにでかでかと「国民投票法 成立}の文字。
ますます体が重くてやりきれなくなる。
アホどもが寄り集まって日本をめちゃめちゃにしている様子を
目の当たりにする思いになるからである。

多くの学者が、ちょい待ち!! と問題点を指摘しているにもかかわらず
自民・公明の遼東にひとりも造反者がいないのが、実に不気味で恐ろしい。
ヒトラー小泉クンが牙を剥いた、あの郵政民営化の際の処置は、
こんなにも効果的だったのか。。。
いくら自民党員だからといって、ちょっと変じゃない? と
まったく考えない人間ばかり集まっているのは、不思議でしょうがない。
思っても言えないのなら、それはとても恐ろしいことだし、
みんながみんが、軍隊を持って交戦可能な国にしたがってるとしたら、
それはますます恐ろしいことだ。
そんな政党が、単独採決や強行採決を濫発して法案を決めまくっているのだ。

新聞では、今回の件で民主党がますます態度を硬化させているから、
3年後に改憲手続きに入ろうと思っても、
とても国会で3分の2以上の賛成で可決などできないだろうと言っているが
私はそういう楽観的な見方ができない。
自民党主導の国会運営は、正義の議論によるのではない。
議論などは儀式に過ぎない。
駆け引きと談合がすべてを動かしているのである。
民主主義の手続きは儀式としてとりあえず踏むにしても、
その精神はとっくにどこかにぶっ飛んでしまっている。

まずは、次の参院選で自民党が負けなければならないのだが。。。
晋三ぼっちゃんに、ちぃとは後悔させないとね。。。
でも、期待できんなぁ、、、最近の選挙の結果を思うと。。。



2007年05月13日(日) 眼鏡屋初体験

眼鏡屋は、私にとってもっとも遠い店のひとつである。
めったに行かない衣料品店や、学生時代に数日だけ行ったことのある
パチンコ店よりも疎遠な種類の店のひとつである。
病院以上に行くのが億劫なところである。
2、3度は足を踏み入れたことがあるが、妻の付き添い、というか、
ほとんど外で待っていて、様子を見にちょっと入った程度である。
ほとんど自分に無縁なものばかり並んでいるから、
陳列されているものを見て歩く楽しみもなかったからである。

だから、7、8年前に、薬の効能書きをぐっと離して見ている自分に気づき
激しいショックを受けてから、だんだんと近くが見えない不便を感じる
ようになっても、なかなか眼鏡を作りに行く気にはなれなかった。
しかし、この1年ほどは、本当に不便を感じるようになった。
まず、読書である。
昼間の明るい光の中では文庫本の文字でも読めるけれど、
夜の蛍光灯の下では、かなり読みにくい。
また、ある時ギターを弾こうとしたら、指番号が見えなくて困った。
いちいち虫眼鏡で確認するなんてことはこういう場合はできない。
PCで文字を打つ際の誤字も増えてきた。

たまたま、妻が自分の眼鏡の点検に行くというので、ついて行った。
もう観念して作るべきだろう。

実にテキパキとスピーディーにいくつもの検査をしていくのに感心した。
乱視がちょっと入っているというのでびっくりした。
今までそんな心配もしたことがなかった。
近視の人にはない、視力のいい人特有の乱視なのだそうだ。
そうして、検査の終わりがけに、検査用のフレームに
あるレンズが差し込まれた瞬間、机の上に置かれた紙の細かい文字が、
くっきりと見えたのでびっくりした。

「かなり進んでますねぇ、だいぶ我慢されてましたね」と言われた。
「眼鏡をかけてもかけなくても、進みは変わらないんですよ」
うん、2、3年前にそういう誤解にも気づいたんだけど、
とにかく眼鏡屋に行くのが億劫でさぁ。。。

フレームを選ぶ段になって、希望を尋ねられて、、、
「大きめの、、横に長細いのはイヤ、かけてるかどうか目立たないやつ」
実に間の抜けた希望だが、とにかくこんな難題はないのだ。
眼鏡など今まで顔に貼りつけたことがないのだから。。。
たまにサングラスを探してはめてみることもあるが、
もうほとんどどれも奇妙な感じがして、選べない。
今まで唯一愛用していたのは、20年ほど前に見つけて数年間使っていた
ウンガロの一品だけだ。

さて、これだけでもかなりの出費になってしまったのだが、
私の買い物はそれだけでは終わらなかった。
この際ついでだからと、10年以上の願いであるサングラスも探した。
こういう所には高価なサングラスしかないのだが、
妻は、眼鏡にしろサングラスにしろ、テキトーな店で買うのを許さない。

そ、、、それにしても、どれをはめてもマトリックスじゃないか。。。
怖いし、笑える。
ソフトな感じなのは女性向けっぽいし。。。
もうちょい、平凡な形したのはないの? と、、
結局、レイバンの、マトリックスがかなり緩和されたので妥協した。
しかし、これでもかなり怖い(笑)

さあて、大仕事がひとつ終わったぞ。
もうひとつ、どうしてもしなければいけないのが、整形外科に行くことだ。


ついでにきょうの驚くべき買い物エピソード。
夕方、食料品の買い物に出たが、支払い金額10500円。。。
てぇことは、、? 定価でぴったし10000円!!
おめでとうございます、ハワイ旅行プレゼント! と来なきゃいけないね。





2007年05月12日(土) 平和憲法は踏みにじられる

国民投票法案の国会審議で、自民党側は、
「最低投票率を設けることは憲法違反だ」と主張しているそうだ。
上智大の憲法学者がこれについて、昨日の朝日の朝刊でこう書いていた。

「憲法解釈上も見過ごせない奇妙な議論がまかり通っている」

恐ろしいのは、どういう経歴の持ち主か定かでない議員たちが、
一般市民・国民の意見だけでなく、専門家の意見にも耳を貸さぬことだ。

憲法に最低投票率のことが明記してないから、
最低投票率を設けるのは憲法違反だという主張は、
憲法の字面にばかりこだわって、その精神を何ら理解できない証拠である。
彼らは長い間、その字面に窮屈で負け犬的な思いを味わい、
その崇高な精神はまったく理解できないでいた。
「最低投票率を設けるべき」という意見は、憲法の精神の理解者の声である。

一方、一医師からの投書もある。
「改憲をめざす内閣というのはおかしいのではないか」
ましてや、首相が会見を推進するなんて、本来は言語道断である。
第99条にこう明記されているではないか。

「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
 この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

字面にだけは神経質で、その精神についてはまったく理解できてない彼らは
この条文と、今自分たちがあくせくしてやっていることとの整合性を
どう説明するのだろうか?

憲法を変えやすい法案を強硬に決めてしまい、
さらに、次回の国政選挙の争点にしようとしている自民党、
それを率先して指導して行こうとしている晋三首相ぼっちゃん、、、
彼らはこの条文を知っているのだろうか?
精神にまで至らなくても、書いてある字面だけでも「違憲」じゃないか!!

還暦を迎えた戦後政治は、公私混同の政治である。
お坊ちゃん首相は、国民のことよりも、祖父に忠誠を誓っている。
1億2千万の民よりも、ひとりの祖父の無念を晴らすことに執心している。




2007年05月11日(金) 映画「手紙」(T_T)(T_T)

参った。。。
やられた、、、、、、、、、うっ、、、う、、、
漫才に笑いながら、ボロボロ泣かなきゃいけないとは。。。
余韻も深い。テーマが大きいせいもあって。。。

東野圭吾原作の映画版である。
先日、「みんなのシネマレビュー」サイトで「硫黄島からの手紙」を検索
したら、候補にこの「手紙」が並んで出てきて、
レビューを読んでみたら多くの人が泣いているので、つい買ってしまった。

両親を失い、兄弟だけで生活しているうち、
兄がやむにやまれず盗みに入り、成り行きでその家の老婦人を殺してしまう。
強盗殺人犯の弟というだけで迫害され続ける青年を描いている。
犯罪の罪は、その事件だけではない。
それからずぅっと、その家族に対して罪を犯し続けるのだ。
何もしていない家族まで、危険人物として罪人の汚名を着せられる。
しかし、物語は、それを不当な差別だとは言わない。
世間の、理不尽だがまっとうな判断なのだという厳しい見方を守っている。
そんな中で、家族は、理不尽な扱いを受けながらも、逃げてはいけない、
コツコツと、社会との糸を増やして行かなければいけない。。。
厳しいテーマなのだが、映画はそれほど重苦しくないよう配慮されている。
しかし、たった1度の過ちが、何という重みを持つのだろう。。。
これほどまでに想像を及ばせたことはなかった。

山田孝之なんてダメ、ぜんぜんダメと「電車男」で決定打になったのだが、
この「手紙」の孝之くんはよかった。
ヒロインの魅力にそれほど負けていなかった。
こんな演技もちゃんとできるんじゃん!! と感心させてくれた。

実にいい時間を過ごせたと実感している。



2007年05月10日(木) 今夜は冷える。。。

昨夜冷房を入れたのが嘘のようだ。
きょうは実に不安定な天気で、雨が降ったり、強風が吹いたり、、、
実に予測しがたい天候。
夕方はわりとさわやかに晴れつつも、強い風が吹いた。
寒い{{(>_<)}} というほどでもないが、涼しいというほど優雅でもない。
夕方、シャツ1枚でうっかり外に出た人は寒がっていた。

今週のこの気温の変化の激しいことといったら。。。
連休明けというだけでも心身の調整が困難な1週間なのに、
お天道さまはとかく我々をいじめるのが好きなものなのだ。


図書館は一応の規則として夕方5時10分に閉館にすることになっているが
昨日5時20分ごろに閉めに行ったら、20人ほど勉強している生徒が、
もう少し遅くまでやりたそうであった。
昨日はそのまま追い出して閉めたのだが、
きょうは5時半ごろに、6時に閉めるよ、と予告して、
そのまま司書室で仕事をしていた。
6時になっても、やはり20人ほどの生徒が熱心に勉強しているので、
閉館の宣告をするのが非常に心苦しかった。
こういう姿には弱いのだ。。。



2007年05月09日(水) PC退院

昼に店から留守電が入っていたので、帰りに取りに寄った。
これはもう、きょうの帰りの最優先事項である。
それで、コンビニと薬局に寄る予定だったのをまったく忘れてしまった。

あたかも何ごともなかったかのように、入院前と同じ画面が開いた。
2週間以上も、OSXとWin XPの画面ばかり見ていたので、
サクサクパッパッと動作するのがいかにも心地よい。
そりゃ、OSXは、マシンの起動がWin のスリープからの目覚めくらい
早くて、インターネットの速さもOS9より早いかのしれないが、
XPのように何となくヌタヌタした感じで動くのが残念だ。
これは林檎機の本来の動き方ではない。

だから今夜はたいへん嬉しい夜である。


きょうは昨日にも増して暑い1日になった。
風がほとんどなかったのも暑い要因のひとつだっただろう。
しかし、その暑さは、教室や職員室までは猛威を振るわないし、
まだ透きとおるように明るい若葉の繁茂を眺めるのは喜ばしい。
異常な暑さではあるが、やっぱり初夏だなぁ、、、と思う。
明日は10度ほど低くなるようだ。
しかし今夜はこの部屋に昼間の異様な暑さが残っていて暑い。
かなり我慢はしていたが、ついに今年初のエアコンを作動させてしまった。



2007年05月08日(火) 最高気温30℃?

昨日は陽射しが強くても、1日中心地よい風を感じていられた。
「風が気持ちいいねえ」と何度も言葉を交わした。
思わずそういう言葉が出るほど、快い空気だったのだ。

初夏5月というのはそうでなければいけない。
何となくひんやりした空気の中で、青葉若葉が輝いている、、、
あー、1年中こうだったらなあ、、、と思わせる。。。

しかしきょうは、心地よい風は陽射しに負けた。
朝の予報で言っていた「最高気温30℃」が実現したかは知らない。
とにかく、羽織っていた薄い上着(作業衣)は着ていられなくなった。
さわやかな空気の中でも、気温がある限界を超えると、
むっとした感じになって、不快な思いにさせるものだ。
初夏5月がそんな陽気になってはいけない。


暑さで疲れたか、仕事に振り回されて疲れたか、
連休明けで体が馴染まず疲れたか、昨夜が睡眠不足だったのか、、、
夕食後1時間ほどで、ダウン。。。
寝ちゃいけない、寝ちゃいけない、と絶えず抵抗していたつもりだが、
ハッと気づいて起き上がった時には2時間経ち、午前0時近くになっていた。
こういう夜があると、明日以降ますます疲れてしまうのに。。。



2007年05月07日(月) 特待生問題

高校野球の世界では特待生は禁じられていた、、、
な〜んてことは私も知らなかったし多くの人も知らなかった。
私学の強豪校は特待生だらけ、というのが我々の常識だった。
特待生めざして努力している中学球児も多くいるのだと思っていた。

我々門外漢でさえそう思っているのだし、
今回に限って行われた調査でも、実際に300校以上が申告、
現状でも何百人か、4桁にも上るかもしれない特待生が存在する。
過去に遡れば、万という単位にもなるかもしれない。
我々は驚かない。
しかし、高野連の会長は、調査の結果を見て「驚いた」そうだ。
そんなわけないがな!!

我々は、それがあって当然と思っていた。
しかし、高野連はそれを禁じ、監督する立場にあった。
野放しにして来たのは彼らの怠慢か、
見て見ぬふりをしなければならぬ事情があったからだろう。

今朝のラジオでは、野球の場合は特にひどい、
ブローカーなども介入して、多額の金が動いている、などと言っていた。
それを確認しようと検索してみたのだが、そういう話題は見つからなかった。
我々の常識では、推薦入試に相当するような受験時の優遇、
授業料や奨学金の優遇程度だと思っていたのだが。。。

現特待生たちは、5月いっぱい試合に出られない、と言う。
夏の大会も出場できないというわけでないのは救いだが、
去年の「未履修問題」と同じく、
大人の罪なのに、高校生が罰を受ける仕組みが納得できん!!
たいていの高校生たちは、大人たちの間の規定を知らされてない。
知っていて違反したのは大人たちであって、
生徒たちは大人の指図や進めに従っただけのことだ。
それなのに、なぜ、大人の過ちを生徒たちが償わなければならないのか?

県教委も高野連も、処分が安易である。
何かしなければ批判を浴びるとばかりに、罪なき者を罰する。
筋を通すために、罪なき者を罰する。
確かに、履修してない教科をちゃんと履修せよ、とか、
特待生は認められてないから、試合に出るな、は、
表面的には何となく筋が通っているように見える。
もしもそれが本筋だったら、過去にも遡って処分すべきだろう。
しかし本筋はそんなところにはない。
高校生たちに罪はない。
知ってて違反した当事者や責任者を処分すべきであって、
高校生たちを大人の罪の生け贄にはしてほしくないものだ。



2007年05月06日(日) のんびり。。。

この2日間、昨夜の練習以外外に出なかった。
いったい何をやっていたのか、そう明確なものもない。
DVDやCDや楽譜の注文に時間をかけていたのは確かだ。
ま、とにかく、寝たり起きたりの気ままな生活だった。

きょうの午後から夜にかけては、来年の演奏会の曲選び。。。
以前却下した曲も聞き直して、検討し直す。
有力候補の曲も、前後関係を考えながら却下したり、候補にしたり、
そんなことを繰り返しながら、いろいろな曲を聞き直す。
そんなことを繰り返しているうちに、想像力というか構想力というか
そういうものがだんだん混乱し始めるので、しばし休憩して、
とりあえずの結論を見出さないと落ち着かないので、再開する。
さっき聞いた曲をまた聞かなければならないときもあるし、
ふと思い立って、別のCDを持ち出してくることもある。
悩み多き時間でもあるが、楽しい時間だとも言える。

昨夜は未明まで「ダークエンジェル」の続きを見ていた。
(それで、今朝起きたのは11時過ぎだ)
1年ほど前に見たのに、先が予測できない。
見てしまえば、見覚えのある場面の連続なのに。。。

そういえば、きょうの朝刊の1面トップは、
大阪の遊園地のジェットコースターの事故。。。
亡くなった人や重傷を負った人たちは気の毒だけれど、
こういう事故は初めて、というのは実に驚きだ、
私もジェットコースター大好き人間で、
「あー恐かった! あー疲れた! もう1回乗ろ!!』
のタイプなのだが、楽しむ前に危険は覚悟する。
レールの上を走る電車や、空中に浮かぶ飛行機よりも、
もっと危険度が高いと思っている。
今までこれといった大事故がなかったことの方が驚異だ。



2007年05月04日(金) 少年法

「おおむね12歳以上」の少年を、家裁が必要と判断すれば
少年院に送ることができる、という改定案が衆院を通った。
「おおむね」という語には、要するに中学生以上でなく、
小学校5、6年生でもそれはありうるという意味のようだ。
7年前に14歳に引き下げられた最低対象年齢がさらに引き下げられた。

私はこの問題に対しては、なかなか複雑な思いである。
罪もない人を殺したり、無差別に危害を加えたり、迷惑をかけまくったり、
それを楽しんでへらへらしてるようなやつは、
おとなであろうが子どもであろうが、何歳であろうが、
社会からしばし隔離してやらなければならない、というのが正直な気持ちだ。
その「しばし」が終身になってもしょうがないとさえ思う。
この点では今回の少年法案よりも過激なのかもしれない。

しかし、少年院とは実際どういうところなのか?
今までに聞いて漠然とイメージしてしまうのは、却って箔を付けるところ、
若くして「前科者」のレッテルを色濃く体現してしまうところ、、?
中で実際どんな生活が送られているのかはわからない。

ちょっとググルってみたところではあまり具体的体験談はないのだが、
例えば「少年院は彼らを更生させたか」には、
鬼丸慶一郎という体験者のこんなコメントが書かれている。

「少年院は罪を償う施設であっても、更生する場所ではない」
「俺はコレだ、と熱中できるものに出会えたからよかった。
 でも、そんなきっかけを見いだせないヤツは、また同じ事を繰り返す。
 生き方が不器用だから、鬱憤(うっぷん)をどこにぶつけていいか
 わからなくて周囲に八つ当たりしてケンカをしたり、クスリにハマるんです」

「たかが少年院〜その後の人生」と題されたサイトの、
「筆者の過去」には救護員で悪知恵を蓄え、少年院で反省しなかった、
「オトナには理解不可能な価値観」の経歴が綴られている。

一方で、「私は少年院に通っていました」は衝撃的だった。
理不尽ないじめに遭い、親も教師も助けてくれないので、ナイフで闘った。
いじめグループのリーダーは重傷、副リーダーは死亡、、、
それで1年半少年院で生活したということだ。
現在は大学院生だそうだが、家族はひどい状態になってしまった。

こういうのは「凶悪犯罪」というのだろうか?
この話が本当なら、凶悪犯罪はいじめの方で、殺傷は正当防衛に思われる。
しかし、法というのは、そういう風には機能しない。

刑罰の低年齢化という数字上の問題よりも、
問題にしなければならないことが他にあるようだ。



2007年05月03日(木) またまた世論調査の不思議

昨日の朝日の朝刊の、憲法問題の世論調査である。

Q 憲法全体を見て、今の憲法を変える必要があるか?
   変える必要がある  58%
   変える必要はない  27%

Q 変える必要がある、と答えた人の理由は?
   新しい制度や権利を盛り込むべき  84%(全体の47%)
   自分たちの手で憲法を作りたい    7%(全体の 4%)
   憲法第9条に問題があるから     6%(全体の 4%)

Q 憲法第9条を変える必要があるか?
   変える方がよい   33%
   買えない方がよい  49%

Q 自衛隊の存在を憲法の中に書く必要があるか?
   書く必要がある   56%
   書く必要はない   31%

Q 憲法に書くかどうかは別にして、自衛隊を「自衛軍」にする必要はあるか?
   「自衛隊」のままでよい    70%
   「自衛軍」に変えるべき    18%


こうして見ると、憲法改正を望むのは過半数だけど、
その理由は、憲法第9条のためではなくて、
そのほとんどが、「新しい制度や権利」のためである。
そういう意味では私も改憲論者である。
国会や国会の各種委員会等での「単独採決や強行採決の禁止」を
ぜひ盛り込んで欲しいものだ。
起草者たちはそういう横暴を予想していなかったのだろうけれど、
今となっては、日本国憲法の非常に重大な欠陥だ。

それにしても不思議でならないのは、
「憲法第9条に問題があるから改憲」という人が全体の4%、
「自衛軍という名称に変えるべき」という人が18%なのに、

Q 安倍政権のもとで憲法を変えることに賛成か?
   賛成  40%
   反対  42%

となるのだろうか????
晋三ぼっちゃんは、祖父の悲願を孫の自分が実現するんだと、
「攻撃できる軍隊」を置ける憲法への改悪しか考えてないのに。。。
晋三政権下で憲法を変えることに賛成するのは、
どう高く見積もっても、20%には至らないはずである。
低く見積もれば、4〜5%といったところである。
20%から30数%の誤差、というか矛盾がある。
なぜ??
晋三ぼっちゃんの恐ろしさに気づいてないってこと?

結果的にはこうなってしまう。
殺人奨励憲法に40%もの人たちが賛成している。。。

私はこの憲法60年間について次のように思っている。
60年安保闘争の前に、改憲への強い動きがあった。
もしあの時第9条が変えられてしまっていたら、
日本はどれだけ戦争に参加したかわからない。
戦前と同じ体質の連中が戦後日本の指導者でい続けたのだ。
彼らは戦争への反省などしていない。
くやしい、くやしい、、リベンジ!! という思いしかない。
また、日本が再軍備などしようものなら、
日中関係、日韓関係も、もっと険悪なものになったに違いないし。。。



2007年05月02日(水) 母からのSOS

夕食後、ほろ酔い状態で音楽を聞いていたら、母から電話。
認知症の父を日ごろ母と妹に任せっきりなのだが、
その父が、風呂でまったく動かなくなって、助けてー、と言う。
妻に運転してもらって駆けつけたら、意識不明で倒れたわけではなく、
力も衰えている上に、眠たくて立ち上がる気力を失って動かないようだ。
なだめながら抱き抱えて立ち上がらせてベッドまで運んだが、
拉致でもされると思ったのかもしれない。
取っ手だの柱だの、力一杯つかんで離さないので、難儀した。
今夜は妹が遊びに出たので、母は迷った末途方に暮れて呼んだそうだが、
今後はこういうことがあったらすぐに呼ぶよう頼んでおいた。

たまに家に行っても、しばらく父とは会ってなかった。
たいていデイケアの施設に行っていたからである。
久々に見ると、目が小さくなり視線が虚ろになっていた。
何でこうまでなってしまうのだろうか、、?
私が行くと必ず見せた笑顔ももう見せない。

これからいろんな形でこういうことがあるのだろう。
今までなかったのが不思議なくらいだ。
母が、足腰や耳が衰えているとはいえ、しっかりしているのが救いだ。



2007年05月01日(火) 心温まる「ダークエンジェル」

1日中雨が降り、夕方はちょっと寒さも感じるような1日になった。
昨日の、夏に近いような陽気が信じられないほどだ。
メーデーの行進もさぞかしたいへんだったことだろう。

1日中仕事三昧だった日は、書くことに困る。
昼食時に新聞を流し読みしてたら、昨日の三角合併の記事が
第6面でやっと見つかった。
こんな扱いでいいんかいなー、とちょっと疑問に思ったのだが、
私自身が判断材料を十分持っていないのでやや不安なだけだ。
記事の中では、いくつかの大手の対応状況が簡単に説明されている。
なんか、寒々とした感じだ。。。

塵語を書くのに困って「ダークエンジェル2」の7、8話を見た。
7話では、かつてリーダーだったザックと再会する。
記憶を取り戻させ、かつての仲間、兄弟として生活できそうな気配。
しかし、甦った記憶は、マックスへの愛とローガンへの敵視が強調される。
結局マックスは、ザックを仲間として以前のように慕うよりは、
ザックの願っていた「普通の生活」を実現させるべく、
記憶チップを外してもらって、新たな生活を与え、決別する。。。

そのマックスの表情に惚れ込んで、第8話も続けて見てしまった。
人魚のジネティックを救出する話である。
これも、一見くだらないようで、なかなか内容の濃いものだった。

このドラマの皮肉っぽいところは、
人間よりもジェネティックたちの方が愛情深いところである。
言い換えれば、ジェネティックたちの方が人間的な情に厚い。
しかしそれは、一般市民からは理解されない。
「異質だから」という理由で。。。
世の中でいちばん怖いのは、大衆心理なのだ。


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