TENSEI塵語

2006年01月31日(火) 「チキ・チキ・バン・バン」を見た

昨夜不快でしょうがないので、寝る前にちょっと見ようと、
先日安いのを見つけて買っておいた「チキチキバンバン」を見始めた。
半分ほど見て、楽しい気分に満たされて寝た。
きょう残りの半分を見て、楽しい気分に満たされた。

小学生の時か中学生の時に映画館で1度見たと思っていたけれど、
覚えている場面もなく、自動車レースの話だと思っていたのも違っていた。
どうやら、初めて見たらしい。
そりゃそうだな、見ていたら、何度でも見たくなったはずだから。。。
「メリーポピンズ」のように、何度でも見て楽しみたい映画だ。
ただ、いい歌の数では、「メリーポピンズ」に負けてるな。
主題歌はもちろん文句なしの名曲だけど。。。
(ちなみに、チキチキバンバンがチリチリバンバンと聞こえるので、
 英語の題を見直してみたら、チティ・チティ・バン・バンだった)

男優をこの塵語で賞賛することはめったにない私だが、
「メリーポピンズ」といい、この「チキチキバンバン」といい、
ディップ・バンダイクは手放しで賞賛したくなるなぁ。。。
歌うときの表情や口の開け方が実に心地よい。
歌や踊りもいいのだが、とにかく温かい雰囲気がにじみ出ている。
ヒロインのサリー・アン・ハウズも、サイトの情報によると、
この時はもう38歳らしいが、若々しい美人だし、目が覚めるような歌声だ。

長い間、見なきゃいけなかったのに見ずに済ませていた映画に、
やっとこさ巡り会って落ち着いた、というような安堵感に似た気分である。






2006年01月30日(月) イライラの1日

昨日疲れてしまって、きょうの授業の準備ができなかった。
テスト返しの後の中途半端な時間のプリントの準備ができなかった。
まず、その緊急の仕事から今朝が始まったのだが、
絶えず頭の中をイライラさせているのが、
大学受験に伴う特別時間割と特別補習のための準備である。
何かそういうことでもすればいい結果が出るのではないかという、
進路主任の錯覚のために、余計な仕事をさせられているという意識である。
実のあることなら、ぼやきながらもせっせと仕事をしてもいいけれど、
こういう錯覚や形式的なことのために忙殺されるのはまったく堪らない。
しかし、システムがもうすでにこう動き始めている以上、
何もしないで無視するわけにもいかない。
まだ定期考査の採点も終わってないのである。
そして、その2つの大仕事は、他の仕事の中の一角でしかないのだ。
この時期のこの特別時間割と補習は、単なる負担という域をはるかに越える。
時間的に不可能と言ってよい。
一昨日の土曜日も昼過ぎまで学校で仕事をしたし、昨日も1日仕事だったが、
土日も全面的に学校の仕事で埋め尽くせ、と命じられているようなものだ。
そりゃ、やりますよ、大事なことなら、、、でも、
錯覚を満足させるために、なぜそんなに働かなきゃいけないの??

錯覚というのはこういうことだ。
まず、この入試直前か、入試のさなかに、
国語の入試問題を2問解こうが3問解こうが、まったく大差ないのである。
この1年に教えたことが、身についているかいないかはもう決まっている。
今やって意味あるのは、個々の生徒に応じた知識の整理であって、
曖昧な記憶を確実にし、覚え足りなかったことを補うことである。
それは、個々の生徒によって違うし、受験する学校によっても違うのだ。
講座を開いて何をやらせるにしても、個々の生徒という観点でみたら、
気休めにしかならないのである。
実際、授業後に図書館や特別教室に残って、銘々に勉強している生徒が多い。
通りかかったり、図書館にいて仕事していたりすると、
しばしば質問にあうので、説明してやる、、、それでいいのだ。
そんな中に講座をもつのは、かえって邪魔くさい時間の浪費である。
とりわけ、国語の読解問題なんてのは、もう必要ないのである。
こんなものは、短期間でどうなるというものではないのだ。

また、特別時間割であるが、受験になさそうな教科の授業を、
国・社・英のプリント(受験問題)を解く時間に置き換えるというので、
我々にそのプリントを用意しろと言う。
補習の教材探しさえ難儀しているのに、さらにそれである。
ところが、文系の5クラス中、3クラスは数名しか受験生がいないのである。
5クラス全体を見ても、大半が、推薦入試などで進路を決めてしまっている。
たった数名のために、我々は受験問題をあくせく探してプリントにし、
クラス全員が、そんなくだらない教材に取り組まされるわけである。
くだらなくない問題を探すのはひと苦労なのでたいへん時間がかかる。
そうして用意して、その時間を迎えると、その日は受験生のほとんどが
受験に出かけて休んでいる、ということも大いにあるわけだ。
何とくっだらない企画であろうか。
要するにこれも、進路担当の気休めに過ぎない。

この3年間、1年生の時からずっと同じ生徒たちを見てきて、
進路指導の大部分が錯覚から成り立っていることがよくわかった。
一流進学校と同じことをやっていさえすれば、とりあえず安心できる、
だから錯覚の中に安住していられるのだ。
その錯覚が、教員にも生徒にも虚しい苦労を押しつけているということに、
みんなが早く気づかなければいけない。



2006年01月29日(日) 盛大なるお祝い

昨日市吹の練習に行って、7時半になったので練習を始めようと
ドラマーである団長に合図をした。
私が合図をして彼がリズムを刻み始めると、基本メニューが始まって、
チューニング、音階ユニゾン、ハーモニー等を一通りやるのである。
ところが、昨夜は私の合図に始められず、何やら困惑の表情である。
稀にあることだが、タイミングが合わなくて叩き始められないことがある。
再び合図を送ったが、また始められなかった。
2回もしくじることなんてないがなぁ、、と不思議に思いつつ、
もう一度合図を送ったら、ドラムの代わりに聞こえてきたのは、
団長のワン、ツー、というかけ声である。
何だ? きょうはやけに反抗的だなぁ、、、と思っていたら、
いきなり大合奏でハッピーバースデーが鳴り始めた。
やられた!
10年以上前に2回ほどやられたのだが、しばらくなかったので油断してた。
それから、花束とささやかなプレゼント(お菓子)贈呈もあった。
私はこういう待遇に甚だ弱い、というか、苦手、というか、
とにかく言葉を失ってしまう。
「ありがとうございます」これだけでも笑ってもらえる。
「半世紀も生きてしまいました」
「もう半世紀生きてみよかなーと思います」
と断片的な挨拶をして、おしまい、練習に入った。
こういう状況下での一言というのは、くだらん一言でも異常に反応がいい。

2、3分ほどの突然のセレモニーだったが、何と盛大であろうか。
昨日の参加者は40人くらい、
全部で70人ほどの団員の中で、こういう特典があるのは私だけである。
前任校でも、熱心に部活を見ていた10年ほどの間、
毎年吹奏楽部で、この、短いが盛大なお祝いが続いていた。
「この歳になって誕生日なんて嬉しくねーぞー」とかわいげのないことを
言うのに、生徒たちは毎年何らか趣向を変えては祝ってくれた。

今の雰囲気で市吹の指揮者を還暦まで続けたりしたら、恐怖だ。
連中のことだから、還暦グッズの赤い装束を用意して、
その場で着てみろと騒ぐかもしれない。


きょうは朝から1日、アンサンブルコンテスト県大会の仕事。
私の仕事は、審査員紹介、賞状の準備、進行の点検と指示、審査結果発表と
その他の雑用である。
もう、何といっても、審査結果発表は苛酷な仕事である。
もう大分慣れてきたとはいえ、今までも間違えたことはないけれど、
これからも絶対間違えてはいけない仕事である。
読み上げながら、今読んだのはちゃんと正確に読んだか気になって困る。
また、賞状を渡すようすを見てタイミングをとらなきゃいけないから、
いちいち審査結果台本から目を離すので、飛ばして読む恐れもある。。。
だから、1日の大会運営も終わりに近づき、
審査結果が決まった時点でも、私にはまだ半分も仕事が終わっていない心境。
これもなかなか損な仕事なのだ。
しかし、自分の発した声に対して、もっとも反響の大きい仕事でもある。



2006年01月28日(土) 生誕50周年

私の方はひっそりと生誕50年である。
20歳になったときは、やっと20歳だーと思った。
三十路に入るときは何とも思わなかった。
四十路に入るときは、ひとつの壁に突入するような気がした。
今年度になって、書類に来年(今年)3月末の年齢を書かされるたびに、
50という数字を書くのをためらった。
冷酷な現実をつきつけられているような感じがした。
やだやだと思っていても、やはりその時は来てしまうわけだ。
こうして50回目の誕生日を迎えて、
これだけ無事に生きてこられたことへの感謝よりも、
終焉に1歩1歩近づいていることを痛感するのは、私だけであろうか?

いやぁ、気が滅入りますなぁ。。。

仕事はたまってるし、明日はアンコン県大会で1日拘束だし。。。
ま、でも、市吹で若い連中と交わり、
アンコンで溌剌とした高校生に囲まれて、元気をもらってくるか。。。



2006年01月27日(金) 生誕250周年

モーツァルトが1756年1月27日生まれで、生誕250周年だと言う。
定価25万円ほどのCD大全集が500セット売れたとか聞いたのは
昨日だったか、、検索したらまだ売ってるので、限定500じゃないようだ。
180枚のCDが24巻に分けられていて、分売もしているようだ。
巻ごとの分売なら検討してもいいなぁ。。。

といいながら、モーツァルトに凝っていたのは高校時代の一時期だけで、
その後はどうも聞くのが億劫なのである。
好きな曲はいくつもあるのだが、なぜか億劫なのだ。
変な言い方だが、客観的に好きなのかもしれない。
いい曲だと言わざるをえないし、その意味では心も納得するのだが、
何となく心の状態に溶け込まないというか、意識の流れに合わないというか、
そんな出会いを何度も繰り返してきたので、聞くのが億劫なのだろう。
「レクイエム」などは、今でも好んで聞く曲なのだが。。。

市吹の定演で、「モーツァルト・ポップス・シンフォニー」を入れることに
して、先週から練習に加えた。
25番、40番、41番の交響曲を素材にしたポップス編曲のもので、
10年以上前に一度演奏しているが、この機会に再演しようというわけだ。
吹奏楽ではなかなかモーツァルトを演奏する機会がない。
打楽器奏者がほとんどいらなくなってしまうからである。
それに反して、細かい音符が多いから木管群は四苦八苦するから、
練習時間をやたらと長く取らなきゃいけない。
こういう編曲でも使わないと生誕250年にあやかれないのだ。
ちなみに、この編曲が出版されたのは、没後200周年の年だったはずだ。



2006年01月26日(木) 「ミス・サイゴン」を聴く

最近、吹奏楽の世界でミュージカル「ミス・サイゴン」抜粋が流行っていて、
県大会などの役員をやっていてちょいちょい聞かされていたのだが、
きれいな曲も少しあるのだが、騒々しい感じであまり興味がなかった。
ところが、今年に入って、一緒に定演を開く高校に2度生徒を連れて行き、
前に立ってこの曲の練習につきあううちに、おもしろく感じるようになった。
ちょうど副顧問がCDを持っていたので、借りて何度か聞いてもみた。
7分ほどにまとめられたメドレーなのだが、もっと理解したくなった。

それで、3日ほど前に、ミュージカルの全曲盤を注文しておいた。
ロンドン・オリジナル・キャスト盤と、
帝劇盤(市村正親&本田美奈子)の両方が出ていたので両方買うことにした。

それがきょう届いていたので、オリジナル盤を聞いてみた。
そして、また全曲聞くに耐えうるミュージカルを見つけたというわけだ。
ジャズ的な曲が多いのだが、聞いているだけでもおもしろい。
特に「The Movie In My Mind」は和音進行だけでも心にしみる。
明日は日本語版の方を聞いてみよう。

なお、ミス・サイゴンのあらすじは、ここ



2006年01月25日(水) また面接官かぁ。。。

面接委員を外れた喜びを一昨年書いたなぁ、、、と、
元旦に設置したキーワード検索で「面接委員」と入れて検索してみたら、
一昨年の2月13日と18日に書いていた。
転勤したおかげで、選抜委員からも面接委員からも解放されて、
別天地で自由の空気を吸って羽をのばす脱国移住者のような気分だったのだ。
それほど、入試関係のこれらの役回りに嫌気がさしていたのだ。

そりゃあ、確かに誰かがやらなきゃいけない。
誰かがやらなきゃいけないことを、自分だけはやらなくていいなどとは
決して思わない。
けれども、毎年面接委員をやらなきゃいけない者もいれば、
毎年面接委員を免れている者もいる、というのが許せないのだ。
面接委員と控え室係とでは労力がぜんぜん違うし、
選抜委員とそうでないのとでも、労力がぜんぜん違う。
その証拠が、去年と一昨年の2月3月の塵語に残されている。
ところが、前任校の場合、面接委員は教員全体の3分の1だったから、
3年に1回面接委員をやればいい勘定になるのに、
10年以上に渡って毎年面接委員をやらされた。
その一方で、毎年控え室係でのんびり読書している教員もいる。
バランスのよい人事さえしてくれれば、こんな愚痴は言わないのだが、
同じ給料でそんなのありか、やってられっけー!!(ノ`´)ノミ┻┻
となってしまうのである。

一昨年、転勤1年目で、十何年ぶりかの控え室係になって喜んだのだが、
去年は面接委員に入れられた(T_T)
昨日選抜委員会で要項が配られたが、今年は何と面接委員のグループの長だ。
最悪だ。
しかし、まぁ、3年目だもんな、ローテーションを考えればそれもありか。
来年は控え室係をもらえると信じて、ま、今年は我慢しなければ。。。



2006年01月24日(火) ライブドア・ショック

ライブドアの社長が逮捕されたと言っても、私は株のことはとんとわからん
ので、新聞を読んだり、たまにニュース番組で説明を聞いたりしても、
わかったようなわからんような、、、結局逮捕の理由はよくわからんのだ。
とにかく、法に触れるような不正を働いていたらしい。
時折TVで見る自信に満ちた笑顔から、
マナー違反くらいはそこら中でやってきて財を膨らませたのだろうと思って
いたが、法的な不正まで犯していたとは意外だった。

1週間ほど前に強制捜査が始まった時から、東証が大混乱した。
ライブドアの株の売りが殺到して、処理不能状態にまでなった。
それは、他のIT関連の株にまで影響したそうだが、
それよりも、ライブドアの株を持っていた庶民の心はいかにぞや?
恩師(笑)の橋本さんも、最近初挑戦した株で、
ライブドアにつぎ込んだ6万8千円が紙くずと化しそうな様子である。
しばらくはドラマのDVDを貸しても、ランチを奢ってもらえないかも(笑)
しかし、彼の被害はその程度である。
世の中には、自民党にも担ぎ上げられた堀江クンの勢いを信頼して、
莫大なへそくりをつぎ込んでいる庶民もいることだろう。

堀江クンは、600万円で起業して、7000億円にまで伸ばしたそうだ。
それが、昨日の時点では200億円に下がったそうだ。
私など、600万円さえ縁遠いもんだから、どうもピンと来ない。
0を4つ消してみよう。
600円が7000万円になった、、、こりゃすごい!
1日の生活費にとうてい満たない600円が、
もう仕事をやめてしまってもよさそうな7000万円になるということだ。
これだったら、教員業なんて放っておいて、そっちに専念したいところだ。
けれども、マナー違反に法律違反かぁ、、、その結果が200万円、、、
今乗っているオデッセイも買えんがな。。。
こうして、再び0を4つ戻して考えてみると、頭がくらくらする思いだ。
そして、何と不思議な仕組みで経済界が成り立っているのかと、、、???

この堀江クンを昨年の選挙の折に自民党が大いに持ち上げたことが、
国会でも議論になっている。
その論議自体には私は冷ややかである。
あの時点では、堀江クンの不正は、少なくとも公表はされていないのだから、
自民党の幹部や小泉クンが、それとこれとは無関係と言い逃れしても、
それはそれでしょうがないと思う。

しかし、もうちょっと根本的なところを見れば、
小泉クンも決して悠然と眺めてはいられないはずである。
小泉改革の本質は、弱肉強食の競争原理である、
だから、その成功者の代表のように、出馬要請もし、さんざん持ち上げた。
しかし、弱肉強食の競争では、人倫という者は二の次に落とされるのだ。
TV局乗っ取り事件の時でも、普通はこうまでしないが、、という評もあり、
その上で、小泉クンも自民党幹部もマスコミも、彼にライトを当てた。

小泉クンは憲法認識も甘い上に、倫理観にも乏しい。
問題の本質をはぐらかし、責任転嫁する弁舌には優れているし、
おそらく、深く考えさせずに洗脳する弁舌にも優れているのだろう。
私は彼の弁舌に反発以外抱いたことはないが、世間の人は違うらしい。
そんな首相を国民の過半数が支持する世の中だからこんな事件も起きた、、
私にはそんな感じがしてならないのである。

とにかく、彼らは堀江クンの「功績」と讃えたのだ。
それほどの「功績」が皆無だったとは言えない。
少なくとも、一部の若者に夢を与えたという功績はあったであろう。
けれども、それが正しい夢の与え方であったかどうかは疑問である。
それだけでなく、彼らが持ち上げたことも大いに働いて、
今泣いている人々がどれだけいることか、、、これは重大だ。
良心ある政治家なら、「無関係です!」などときっぱり言えるわけがない。
ま、ライブドアの株で、損害が何万だって、何十万だって、何百万だって、
自民党議員にとってはその程度は端金に過ぎないんだもんね。。。
庶民の悲しみなんて、彼らには理解もできないし、感じることもできない。



2006年01月23日(月) 帰宅後が忙しい

勤務時間が終わったらさっさと帰る姿は、
たいていいかにも仕事の少ない怠け者の姿に見えるかもしれないが、
今日のように家でやるべき仕事が多すぎるからさっさと帰る日も少なくない。
家でやるべき仕事といっても家事ではない。

とにかくまず、さっさと学校を出て、夕飯の買い物をして、
超特急で夕飯の用意をする。
妻も娘もまだ帰ってなく、何時に帰るか定かでないが、大急ぎ。
とにかく早く食べ終わって、夕飯後の時間をできるだけ長く確保することだ。
できあがって食べ始めたころに、家族全員がそろった。

その後やったことは、まず、昨夜作った試験問題の不備をいくつか修正し、
分掌の年間反省の下地メモを作って会議の資料にし、原稿をひとつ書き始め、
提携校との定演の曲の楽譜を研究し、市吹の練習日誌を更新し、、、
他にもやることがあるのだけれど、そこまでやったらもう日が変わった。

忙しい、、自分の時間がもっとほしいと思っても、
職場では、そう練られてない原案で長々とした会議が開かれ、
(きょうなんか、そんな会議で3時間も苦しめられるんだもんなぁ、、)
まったく、たまったもんじゃない!
明日から数日間は3年生の学年末考査で、多少のゆとりはもらえるだろう。
冷静になろう。。。



2006年01月22日(日) 試験問題ができた\^o^/

日が変わって午前1時、今回2つ目の試験問題を作り終わった。
きょうは朝から生徒を連れて提携校に定演のための練習に出かけ、
3時まで合奏指導をしたので、日中は試験問題を作れなかった。
帰りに夕飯の買い物もしなければならなかったし、
帰ってからも千秋楽を見ながら、妻に頼まれた資料を探し、
夕飯の用意をして、、、試験問題作りに取りかかれたのは8時ごろである。

現代文の試験問題作りは時間がかかるし、
昨日までに考えておいた問題もまだ足りないので、
数時間前は、とてもきょう中にできそうにないなぁと、途方にくれていた。ま、途中の風呂などの1時間ほどを引いて、4時間ほどでできたわけだ。
ちょーうれしい!
少なくとも、明日の夜はのんびりできるわけだから。。。

今回は、試しに、ニュータイプの解答用紙を作ってみた。
今までのように問題順に解答欄を並べるのでなく、
記号で答える問題、記述問題、漢字問題という風に固めて解答欄を作った。
採点しやすさを狙ってみたのだが。。。


白鵬は琴欧州に勝った。
これで、優勝は8割方白鵬だと思ったが、何と何と、栃東も勝った、
白鵬13勝、栃東14勝で、栃東の優勝である。
残念だ。
しかし、朝青龍の不調は、白鵬の小手投げのせいだからしょうがない。
朝青龍も、栃東よりは白鵬に優勝させてやりたかったに違いなく、
優勝決定戦に持ち込ませようと思っていたのだろうけれど、
責任感が強すぎたせいか、ホントに珍しい負け方をした。

しかし、白鵬には全勝優勝を狙ってほしいものだと思う。
今回は悔しいだろうけれど、まだ二十歳だ、焦ることはない、
大きな目標をもってもっともっとがんばって欲しいものだ。



2006年01月21日(土) 白鵬

土曜日は妻と5時ごろに出て、夕食をとって市吹に行くのが通例だが、
きょうはどうしても相撲を見たくて、6時に出て直接市吹に行くことにした。
朝青龍vs琴欧州戦も見たかったが、それ以上に白鵬の取り組みを見たかった。

白鵬を讃えていたのはちょうど1年前のこの場所だった。
この次の場所から、なぜか不調が続いた。
何でこんな負け方するん? ということも多ければ、怪我もした。
急に太ってきて、動きが鈍くなってしまったようにも見えた。
先輩であり師でもあるらしい朝青龍にも、正面からぶつからず負け続けた。
それでも、怪我で途中休場した場所を除けば負け越しは1度もなかったので、
休場で落としてしまった番付を、再び関脇に戻した。
1年前ほどには注目されなくなってしまい、注目の的は琴欧州になったが、
私にとっては、あいかわらず一番の期待の星は白鵬だった。

きょうは力強い上手投げで、優勝争いのひとりだった時津海を転がした。
輪島の相撲を彷彿させた、、、輪島よりもうんと柔軟な感じだけれど。。。
まだ二十歳である。
朝青龍の若かったころ以上に楽しみな力士なのだ。

明日は栃東1敗、白鵬2敗の優勝争いである。
朝青龍がきっと栃東を倒すだろう。
白鵬の対戦相手は琴欧州なので、もっとも贔屓にしている2人というわけで
私の気持ちは微妙なのだが、琴欧州はすでに大関となって勝ち越したから、
明日は白鵬を応援したいところだ。
白鵬が勝ってくれれば、優勝の可能性はかなり高くなると思う。


きょうは、午前中試験問題を作り始めたら、資料をひとつ忘れたことに
気づいて、学校に出かけた。



2006年01月20日(金) 「ダンボール・ハウス・ガール」を見た

何の映画を見に行った時かは忘れたけれど、
上映前の予告編で見て、この映画見たいな、と思った映画である。
500万円をコツコツと貯めて、退職してアメリカに渡ろうとしていたのに、
空き巣に入られて貯金を失い、職も住居も失い、更に恋人も失ってしまう。
それで、ダンボールハウスのホームレス生活に入るわけだ。

溌剌としたコメディーを想像していたが、それは期待はずれだった。
しかし、「この国は、はみ出した者に対し冷たい」というメッセージが
何度か繰り返される。
それは確かにそうなのだ。
競争第一主義の国なんだもんなぁ。。。



2006年01月19日(木) 相撲がますますおもしろいぞ!

白鵬が久々に朝青龍を破った。
久々に真っ向からぶつかって、狙った前回しは取らせてもらえず、
攻め込まれたけれど、俵ぎわで小手投げの逆転勝利だった。
実力はあるに違いないのに、変に策を弄して不可解な負け方をしがちだが、
きょうの一番は横綱と互角の実力を久々に感じさせてくれた。

琴欧州も不安な新大関としての今場所を、
まわしをしっかり取った力強い大関らしい相撲をしている。
私はこういうタイプの相撲が大好きである。
4人の大関のうち2人が場所の中途で休場してしまった。
この若すぎる新大関が、しっかりと大関の大役を果たしている。
栃東が勝ち星では先行して優勝争いの希望を筆頭にしているけれど、
相撲の内容は、琴欧州の方がいかにも大関という感じである。

きょうの結果として、1敗が栃東と北勝力、
2敗が朝青龍、琴欧州、白鵬、時津海、、、白熱の優勝争いである。
昨年の多くの場所が、朝青龍の独走を許したのに比べると、
実に緊迫した展開である。
とにかく、先場所までの3人の大関たちはあまりにも不甲斐なかったのだ。


大相撲ダイジェストをぜったい見るぞ、という意気込みのせいか、
「けものみち」を見るか「白夜行」と見るかの選択肢も完璧に忘れて、
2時間半かけて古典講読のテスト問題の清書をした。
問題のプランができていても、完成にはそれだけの時間がかかるのだ。
けれども、白鵬の逆転劇で、それらすべてが残念でもなくなった。



2006年01月18日(水) ケータイを買い換えた

一昨日の夜に、ケータイを捜査してびっくり!
センタージョグを回してもまったくスクロールしない。
ボタンは反応するけれど、ジョグはまったくバカになってしまってるようだ。
このセンタージョグが利かないと、メニューやアドレス帳が出ても、
そこに一覧表示された項目を選ぶこともできないし、
画面の更に下に続いている内容を見ることもできない。
早い話が、98%の操作ができなくなってしまったわけだ。
ほとんどの電話番号はケータイの中にしか書いてないから、
電話をすることもほとんどできなくなってしまった。

壊れたのなんて初めてだ。
半年ほど前落としたのが遠因なのだろうか。
しばらくの間、底蓋がやや開いた状態で使っていたが、
ある時、充電器に置くのに不都合なので、強引にパチッとはめ込んだ。
それで問題なく使えていたから安心していたのだが、それかもしれない。

まー、ホントに困ったことには、待ち受け画面が菜々子さまだ(笑)
相手は一見の店員とはいえ、これはなかなかの冷や汗もんである(-。-;)
人が見るわけじゃないからいいと思っていたのだけれど、
こんなピンチが訪れるとは夢にも思わなかった。
待ち受け画面をデフォルトに戻そうと思ってさんざん試みたのだが、
どうしてもそのメニュー項目にたどり着けない。
いや、そんなのは問題外なほどに、ほどんど移動できないのだから。。。
開き直ってそ知らぬ顔で店員に差し出す覚悟を決めるのに時間を要した(笑)
これからは気をつけないとね。。。

最近の機種の予備知識なしで店に入ったけれど、
できるだけ小さくて軽いやつを、、と言って3つほど候補を出してもらった。
今まで使ってたのよりもやや長めだけれど、薄型のを選んだ。
2つで迷ったけれど、文章の画面も見せてもらって、
字が大きめで読みやすい方を選んだ。

またしばらく慣れるまでが厄介だ。
ジョグはとても便利だと思っていたが、最近の機種にはないようだ。
壊れたのは私だけでなく、他でも壊れやすい例が多かったのだろうか。
最近採用されてないということは、何らか不評だということだ。
この変更ひとつとってみても、かなり操作上厄介だ。
センターキーの周りのスクロールキーを恐る恐る使っている状態である。



2006年01月17日(火) シーズン2を見終わる

核爆発を目論むテロリストたちとの闘いが一段落した後は、
報復戦争に逸る閣僚たちと、ジャック&パーマー&ミシェル&トニーの闘い。
ところが、パーマーは大統領を降ろされて拘禁され、
トニーもミシェルも逮捕され、ジャックが孤立無援で、
改選阻止のために、希望の見出せない奔走を続ける。

こんなことでいったいどうやって事態が収拾されるのか、
すでに1度見ているにもかかわらずぜんぜん見当つかなくなって、
ついつい禁を犯して1時半まで見続けてしまった。
・・・そうだ、助け船は思わぬところから出されたのだ。。。

このドラマのすばらしさは、引きつけてやまない展開だけではない。
世界の平和のためのメッセージが、極限状況で語られるのだ。

しかし、真実よりも面子を重んじて報復へと気の逸る高官たちが描かれる。
ドラマは誠実が勝利するように描かれるけれども、現実はそうとは限らない。
なぜなら、偉い人になればなるほど、
命令系統の中での自己保身が第一義になるからだ。
それを軽んじて真実のために奔走できる人間は、
ドラマの中には確実に存在し得ても、現実にはどれだけいるかわからない。



2006年01月16日(月) 相変わらず「24」シーズン2

仕事も気になってしょうがないが、シーズン2の午前2時20分まで見た。
このまま見続けたら、明け方まで見続けそうな予感がして、中断した。

1年半ほど前に見たのに、8割方は展開が予想できない。
いったん見てしまえば、8割方は見覚えのある映像だし、展開である。
けれども、予想ができない。
こうして2度目を見ていても、驚きの連続である。
ただ、要所要所の結末を知っているので、比較的落ち着いて見ていられる。

第16話はよく覚えていた。
おそらく、4つのシリーズの中でもっとも涙を誘う1時間であろう。
核爆発に伴う犠牲的な死の物語。
先のことがわかっていても、ジャックとキムの最後の会話は泣けるし、
メイソンの訴えにも泣けるのだ。

究極の危機の幕が閉じても、この物語の幕は下りないのだ。
いや、むしろ、そこから本当の緊迫したドラマが始まるのだ。

このシーズン2が教えてくれる恐ろしさとは、
核を国内に持ち込んで爆破させ、報復戦争へと駆り立てる勢力が、
政府高官や政府直属の組織にもあるらしいという理不尽な恐ろしさだ。
ドラマの中の大統領は、幸い真実と誠意をモットーにする
善良な大統領だから、さまざまな局面で救われるけれど、
ドラマで作られた役ではない現実の大統領だったら、
容易にそそのかされて、悲劇を招くに違いない。




2006年01月15日(日) やはり中心は「24」か、、、

きょうは仕事もし、昼寝もし、、、の落ち着かない日曜日だった。
暖かい1日でもあったし、自転車であてもなく走りたい気持ちもあったが、
仕事を優先し、昼寝を優先し、買い物にも出ず、あり合わせで食事した。

それでも、ゆっくり1日2時間分ずつ見ていた「24」を6時間分見た。
朝8時から始まったシーズン2のドラマが、午後10時になった。
記憶にあったはずの展開とかなり違っていた。
最初見たときと、8割方同じように楽しめるのだ。
しかし、初めて見たときは、この後どうなるのか全く予想できなかった。
あれこれ想像はするのだけれど、とりとめない想像でしかなかった。
今は少しは覚えていてわかっている。
この後、メイソンの悲しい晴れ舞台が待っているのだ。

続けて見たい気持ちを懸命に抑えて、明日に回した。
現実の時刻は、もう午前1時半を回ったところだ。



2006年01月14日(土) 冷たい雨

久々の雨である。
昨年末の雪のせいで、冬に雨が降るのが不思議な感覚になっている。
3月並みの暖かい日になると天気予報が盛んに告げていたけれど、
体感的にはほとんどそんな感じがしない、寧ろ、雨の冷たさを十分味わった。
朝から生徒をある高校に釣れて行って、吹奏楽の練習を見てやる立場として、
実にうっとおしい雨であった。

昼に練習を終えて、昼食をとって、いったん帰宅したのが2時45分。
今朝、練習見てもらえますか、と相手校の生徒に頼まれて、
渡された2曲のスコアが、初見の曲の上に変拍子のオンパレードで、
寝不足の毎日の疲労に拍車がかかったか、
昼食後の読書の間に猛烈な睡魔が訪れて、帰路の運転は問題なかったものの、
帰宅後、10分もしないうちにベッドで沈没し、2時間以上眠った。
それからまた市吹の練習に向かった。

今夜も「24」は2話だけである。
1度見たものだから、こんな風に抑制のきいた見方ができるけれど、
実は、7〜9割方は忘れてしまっている。
意外性もかなりあるし、シーズン3とごっちゃになっていたところもある。
時間の制約がなかったら、延々と気が済むまで見続けることだろう。
しかし、時間の制約があっても、初見だとついつ見ちゃうもんなぁ。。。



2006年01月13日(金) 13日の金曜日

13日の金曜日は何ということもなく過ぎた。
ただ、授業中にケータイが鳴ってしまい、取り上げられた生徒がいたなぁ。
ま、同名映画のような惨劇に比べれば、のどかな悲惨だ。
でも、その授業に居合わせた私は、その生徒にとって悪魔のような存在かも。

シーズン2の続きをひたすら見たかったけれど、
ヒット曲選定のため、ミュージックステーションという番組を見た。
ミュージックエイト社の楽譜カタログを前に置いて、
さわりのメロディーやコメントを参考にしつつ、取捨選択した。
シングルCDランキングを大いに参考にさせてもらうことにした。
第1位の「青春アミーゴ」と、第10位内には入っていなかったけれど、
「ごくせん」の主題歌だという「No More Cry」に目星をつけた。
こんなのも私の仕事のひとつだ。

今夜も2話だけ「24」を見た。



2006年01月12日(木) あいかわらず「24」

今夜は仕事しながら新番組の「けものみち」も見たので、
「24」のための時間は減ってしまった。
「黒革の手帳」を完全に見そびれたので、今回こそは見ようと、
「けものみち」にも1時間余を費やしたのだ。

シーズン2は、第4話まで見た。
私の頭の中では、シーズン2と3がかなりごちゃ混ぜになっていたようだ。
やはり、しっかり見て、流れを整理しなきゃいけない。
そうだ、ここで、あの不思議な魅力をたたえたニーナが再登場したのだ。
衝撃の写真の場面だ。
メイソンがかっこよく変身し始めている。
シーズン2の後しばらくして、この2人の俳優が結婚したのだった。
ドラマを見ながら、あの頃の興奮をいろいろ思い出す、、、懐かしい。。。

もう寝なければ、、、昨日もきょうも寝坊して7時回ってから起きた。
遅刻はしなかったけれど。。。
とにかくこの麻薬のような映画は危険だ。



2006年01月11日(水) 「24 - season 2」に再会

シーズン4の特典盤を見たけれど、
今回販売のセットはあまりサービスがよくないようだ。
何か満たされない思いで、シーズン2に手が伸びてしまった。
シーズン1から見たいとも思ったが、貸し出し中である。
シーズン2の内容は9割方忘れているので、これでいいのだ。

見れば、こういう場面もあったなぁと思い出すけれど、
先がどうなるか思い出せることは少ない。
以前見てから2年も経っていないはずなのに。。。

昨夜シーズン4を見終えてから、心にぽっかり穴があいたようだったのだ。



2006年01月10日(火) 「24」見終わる

がんばった!(笑)
昼から授業がなかったので帰ろうかなと思ったけど、会議が2つ入っていて、
結局定刻にしか帰れなかった。
気になる仕事もあったけれど、明日でも大丈夫と割り切って出て、
買い物をして、急いで夕飯の用意をしたところで家族も全員そろい、
平日としては早めの夕飯を終えて、見始めた(見るのは一人でである)。
とにかく、風呂に入る時間も確保したいので、
残りの放映時間3時間45分ほど(ドラマの進行時間は5時間)を、
11時ちょっと過ぎくらいまでには見終わりたかったのだ。

今回も、やはり悲しい終わりであった。
命がけの誠意も、国家機構の前では犯罪にしかならないという矛盾。。。
そのヒーローを殺しても当然という閣僚と、小心者の大統領。。。
何と悲しい結末であろうか。。。

この結末を見る限り、もうシーズン5はなさそうだ。
ありがたい。
今までの4作を見直すだけで十分だ。
またシーズン1からゆっくり、じっくりと見てみたいものだ。
お願いだから、もうこれ以上作らないでくれ!
これ以上、寿命の縮まるドラマに引き込まないでくれ!
・・・でもなぁ、、、シーズン1の最初に登場して、
その後もちょいちょい出て来ては大事件の立て役者になっている、
恐るべき美人テロリストが、今度こそつかまったけど、
捜査に協力する情報を打ち明けた見返りに恩赦だもなぁ、、、
ひょっとしてシーズン5への伏線かい???
でも、いったいどうやったら次作が可能だと言うんだぃ??

とにかく、これで終わりでも終わりでなくても、
このスタッフ&キャストたちに大拍手だ。



2006年01月09日(月) 「24」を続けて見る

昨夜は結局午後9時まで見てから寝た。
4時ごろに寝て、昼前に起きた。
続きを見たかったけれど、明日の仕事の準備もあり、雑用もあった。
そのまま、6時からのお日待ち(町内会の新年会)に出かけた。
帰ってから、午前2時まで見た。
私自身の現実の時間は、午前0時半を過ぎている。
ダメだ、もう現実の時間は限界だ、明日の朝は資源ゴミ回収もあるし。。。

緊迫した物語は、テロ行為とそれを阻止する闘いだけではない。
その合間合間に、人間関係の確執や交流が描かれる。
夫婦、親子、家族、愛人、恋人、元夫婦、同僚、上司と部下、仲間、、、
毅然とした大統領も描かれれば、愚かで自己保身しか考えない大統領も。。
物語を引っぱって行くのは、理性と使命感だけではなく、
そうした人間関係の中の感情も物語を左右しているのだ。

テロの首謀者のマルワンなる人物が、放送用に声明をビデオに撮る。
テロ行為自体は、情け容赦のない憎むべきものであるけれど、
マルワンの発言自体は、決して身勝手なものとは言えない。
むしろ客観的に、現在のアメリカの世界政略を批判するものである。
マルワンの憎々しい表情に対する嫌悪感とは裏腹に、
この声明自体には拍手を贈りたいような気分である。

ジャックをはじめ、CTUのメンバーたちは、
「お国のため」に精魂すり減らしているが、
それを短絡的に民族主義とか国家主義とか言うべきではないだろう。
ただ、容赦ない攻撃に対抗するために、
ジャックたちは常に極限状況での選択を迫られる。
そのために数々の犠牲者も免れない。
そんな悲哀も常に孕みながら、物語はめまぐるしく展開して行く。
この映画のスタッフたちには感服するばかりだ。

きょうは、懐かしいパーマー元大統領が現れた。
大統領としてでなく、補佐として官邸に復帰するようだ。
やはり、ジャックの相棒(?)として、彼は欠かせないようだ。
そうだ、我々も、「24」スタッフの誠実さを感じたのが、
このパーマー元大統領の存在によってだったのだ。

それにしても、今回の「24」の展開はあまりにもめまぐるしい。。。
今までは、回と回の間でなく、回の途中で、ちょっと落ち着いたところで
中断することが多かったのに、今回はそうさせてもらえない。



2006年01月08日(日) 「24 - season 4」ついに見始める

1カ月以上見るのを我慢していた「24 - シーズン4」を昨夜見始めた。
昨夜3話、きょうの夕方から5話を見た。
朝7時に始まったドラマが、午後3時になった。
もう、腋の下汗でびしょびしょ(笑)、頭に血が上りすぎたか軽い頭痛もある。
しかし、今夜はまだ2話くらいは見れそうだぞ!

午後0時10分ごろに感動の救出劇が終わった。
しかしそれは、まだテロの序の口にしか過ぎなかった。
午後2時ごろ、襲撃に遭い万事休すのジャックとオードリーを救いに、
前作の事件でCTUをクビになっていたトニーが現れた。
オードリーがテロの犯人の中に見た男の身元は知れたけれど、拘束失敗。

・・・書いちゃいかんわなぁ、、、中味について書くのは罪だろう。
これほど激しく興奮させる映画を私は知らない。
ジャンルは連ドラであるにせよ、これは他のアクション映画を凌いでいる。
これを見ながら、つまらないと言う人はまずあるまい。
ただ、あまりの重圧と緊張感に耐えられず、断念する人はあるかも知れない。
今回は、今までの3作に比べて、一層テンポも速く、息抜く間もない。

今回のCTUの中に、前作のメンバーはひとりしかいない。
ジャックも、別の仕事に就いていた。
ただ、ジャックは愛人のオードリーを救うためにCTUを利用し始める。
前作から残っていたただ一人のクロエは、
密かにジャックに協力した咎でCTUを免職になってしまう。
その代わり、限りない無力感の虜になっていたトニーは、
ジャックと行動をともにし始めた。
こんなことが至極重大事になってしまうほどに、
我々はこのドラマの登場人物たちと親密な交流をしてしまうのだ。
シーズン1・2に登場したニーナのように。。。
ジャックの娘のキムは今回は出てこないのだろうか?
トニーは出てきたけれど、妻だったミシェルは?
大統領はもう完全交代なのかな?
これからまた、誰が復帰してくるか、という楽しみさえある。

1話見終わるごとに感嘆しっぱなしだ。
私は昨夜から、麻薬を服用し続けているようなものだ。



2006年01月07日(土) サラちゃんと帰った夜

昨夜は、恒例の吹連の支部役員の中・高合同新年会で、
国府宮駅近くの居酒屋に集合した。
これ以上食えん、これ以上飲めん、というほど飲み食いして、
2度目にトイレに立った時脚がふらついていたし、睡魔も近づいていたので
10時前に退散した。

駅に着いたら特急電車が出るまで7、8分あったので、
iPod ナノをセットした。
耳からイヤホンコードを垂らして歩くなんて、素面の時には勇気がないが、
飲んでいるときはそんな格好はどうでもよくなるのである。
年末の宴会の帰りの続きで、サラ・ブライトマンが流れ始めた。
その瞬間から、目に入る光景も回りの空気もがらりと変わるのだ。
いや、もちろん、目に入る映像はそのままだし、冷たい空気も同じなのだが、
それらにまとわりつく雰囲気が変わるのだ。

岐阜に着いたころは、もう10時をはるかに回っている。
たいていタクシーで帰宅することになる。
バスが走っていても、ここ数年、この時間にはタクシーを利用している。
けれども昨夜はタクシーに乗る気がしなかった。
今聞いている歌声から離れたくなかったからである。
タクシーに乗ると道案内をするために、イヤホンを外さなきゃならない。
それがイヤで、そのままバス停に歩いた。
家からもっとも近いバス停を通るバスはもう全部終わっていたけれど、
長良橋からそのまま北上するバスはやがて来るようだった。
こうしてバスを少しの時間でも待つのと、のんびり走るバスに
身を委ねるのがうんざりでタクシーを使うようになったが、
昨夜は苦にならないどころか、好ましい感じがした。

深夜のタクシー料金はだいたい2000円くらいである。
バス代は200円だから、約1800円の節約になる。
ナノがこの節約に自然な形で貢献するとしたら、
こういうことが15回もあると、ナノの費用は取り返せる勘定になる。。。
しかし、ことはそういう具合には運ばなかった。
心というものは、なかなか一筋縄ではいかないものなのだ。

バスに乗っているうちに、次第にラーメン屋に寄りたくなってきたのである。
この路線でいつも降りるバス停の、もうひとつ先に気に入りの店がある。
らあめん花月である。
少なからぬ葛藤があったけれど、いつも降りるバス停で降りなかった。
酔った腹を落ち着かせるのにラーメンを食べるのは、
学生時代からの習慣のようなものである。
サラちゃんの歌声で元気になったもんだから、その欲求が強くなったわけだ。
新製品も出ていたけれど、たぶん1年ぶりくらいの再会なので、
定番のにんにくげんこつラーメンの味噌を食べた。
これで、タクシー代の節約は1200円ほどに減ったけれど、満足である。

もちろん、その間もずっとサラちゃんの歌の世界の中にいた。
帰りに歩く距離が倍になって10分以上になったが、苦にならない。
もう今ではさびれてしまった商店街を歩くころは「ハレム」が流れていた。
軒並みシャッターが下りて、寒々とした光景の通りを歩いていても、
きらびやかで温かい雰囲気が耳から流れ込んでくる。
それから、「What a Wonderful World」。
雪が降りそうだと予想されているのに、とてもそれほどの寒さは感じない。

いい音楽はいつも私を変え、私にとっての世界を変える。
30年以上も前からずっと、この真実が私をしばしば驚かせる。


ちなみに、昨夜は家に帰り着いて、10分以内には眠った。
4時前に目が覚めて、しばらく起きていた。
起きたとき、むしょうに喉が渇いていて、磁化杯の水を飲みながら、
食卓に残してあったイチゴをバクバク食べた。
5時ごろ雪がちらほら降っているのを見たが、そう降らないだろうと思った。
6時に再び横になったら、次に起きたのは10時過ぎだった。
すごくよく寝た、という感触で起き上がった。
明け方の雪は、あちらこちらに薄化粧を施したようだ。



2006年01月06日(金) 年賀状

今年は年明けてからようやく年賀状を印刷したものだから、
開き直って、届いた年賀状に返事を送ることにした。
いつもは、添え書きに質問が書いてあっても、返事ができないのだが、
今回は、そういった返事も書くことができたという点では、
これが本来の形であると言えよう。
ま、そういう問いの入ったものは少しだけなので、
ほとんどはPCの住所録から探して住所を印刷して送るだけである。
これがなかなかの手間で、例年のように、一斉に送ってしまう方が楽である。

それにしても、友人だとか以前の教え子はそれでもいいだろうし、
職場の同僚にしても、虚礼廃止とかで本来やりとりしない原則だから、
先に送っていただいてもうろたえたりしないのだが、
年配のかつて同じ職場だった人とか恩師などから来てしまうと、
あれまぁ、、、とたいへん気まずい思いに襲われる。
それも、元旦に届いた分にはまださりげなく送っておけばいいのだが、
3が日過ぎてからそういう人から届くと、かなり気まずい感じである。
やはり、そういう人たちにだけでも早々に送っておくべきなのだろう。

今回、返事に徹した(親戚を除く)のにはもうひとつ理由があって、
住所録を整理しようと思ったのである。
毎年私に送って来る人の中には、本当は送るつもりではなかったのに、
私のが届いたために返事を送って来ている人がいるかもしれないので、
この機会にそのあたりを整理しようと思ったのである。
本当はこれを2、3年続けるべきかもしれないが、
来年も今回のような失礼をして恐縮する勇気はないなぁ。。。

年賀状は昨日でも20枚ほど届いている。
今まで、5日ごろに届くのは、私から出したものの返事だろうと思っていた。
でも、そうではないと知ってたいへん驚いた。
昨日届いた中には、大晦日の夜、紅白も見ないで印刷して書いたと
聞いている人のも含まれていたから、
元旦に書いて投函した人の年賀状はたいていこの日に届くのだろう。
普通の手紙なら翌日か翌々日には届くのに、厄介なものだ。
3日以降に私が返事として送ったものは、来週の10日以降に届くのだろう。
これが現実なのだから、年賀状は正月に書くのが本来の在り方、などと
悠長なことは言っていられないわけだ。

メールが普及し始めた時、年賀状は激減するのだろうと予想したけれど、
メールアドレスを知っているはずの人も、たいてい年賀状を送ってくる。
メールの方が瞬時に届くので、正月に書いて正月に読んでもらえ、理想的だ。
だから、返事のいくつかはメールで送った。
今年は昨年末の疲れのせいで元気が出ず、積極的ではなかったが、
アドレスのわかっている人には全部メール年賀を送った年もあった。
しかし、実際のところ、これはかえってたいへんなのだ。
年賀状のように画一的には済ませられないところがあって、
ついつい話題や言葉が増えてしまったりするものだ。
10人くらいに送るのもたいへんな労力になってしまう。
だから、年賀状というハガキは、お手軽挨拶ということで、
容易に廃れることもなく、届けられるのにも時間がかかってしまうわけだ。
所詮は虚礼、、、虚礼にはそれにふさわしい手段が生き残るのである。

ちなみに、今年の干支のデザインには、自宅のペットの写真が多い。
戌年だけだな、こういうのは。。。
来年の年賀状にペットの写真を載せられる人は、全国で何人いるだろうか?



2006年01月05日(木) 最後の「古畑任三郎」

今度こそこれで最後なのだと言う。
その最後のゲスト犯人に選ばれたのが、なんと菜々子さまだというので、
年末から私は少なからず緊張して(笑)、この日を待っていた。
昨日と一昨日は、夕食後からこのドラマまでの2時間ほどを上手く使ったが、
今夜はどうも落ち着かず、年賀状の返信も作れず、風呂にも入れず、
いったいどうして時間を浪費してしまったのか、よくわからないf^_^;
人はそれをアホくさー、と思うだろうが、
この塵語をずっと読んでいた人にはよくわかることだろう。

ドラマは、最後の15分まで、古畑が何を見抜いたのかわからないように
作られていて、昨日と一昨日抱いたような、かつてもしばしば抱いたような
トリックが崩れるのが早すぎるという不満の生じない展開だった。
そして、後から思い起こすと伏線もちゃんとあったなぁ、と気づかせる。
中だるみなし。
三谷クン渾身の脚本に違いない。
そりゃ、菜々子さまにお願いした以上、安易な脚本は許されんでしょう、、
ハハ。。。

ただ、ラストだけは、こらー、古畑ー、職権乱用だぞーと言いたくなる、
残念なラストだったなぁ。。。
いつもと同じように余韻のある退場をしてほしかったものだ。
これは、菜々子さまのファンでなくても、違和感を覚えたに違いない。

DVD化されるに違いないが、もちろんこれは買いだ。



2、3日前の予報では、きょうあたりからこの辺でも雪になりそうだったが、
そんな気配もなく過ぎた。
かなり冷え込んではきているけれど、まだまだという感じである。
明日の夜あたりからはひょっとしたら降るかもしれない。

日本海側、特に東北地方ではかなり激しく降っているようだ。
夜11時までの積雪量は3mを肥えているところがあるようだ。
ニュースの映像では、背丈よりも高く積もった雪を屋根から降ろしていた。
見るからにたいへんなことである。
石川県では、雪の重みで家が倒壊して、老人2人が死亡したそうだ。

雪はこわい。
しかし、私は、冬は雪の中で暮らしていたい。



2006年01月04日(水) 「古畑任三郎」を見る

めったにTV放映のドラマをリアルタイムで見ない私だが、
昨夜から3夜連続のファイナル古畑任三郎を、昨夜も今夜も見た。
最初のシリーズを夢中で見ていたのはいつだったか、
塵語のキーワード検索かけてみても昨日のしかヒットしないところを見ると
5年以上も前だったのだろう。

あのころからそうだったのだろうか、、、昨夜と今夜のを見て思うのは、
トリックが早く崩れすぎて、見ているものとしては中だるみしてしまうのだ。
けれども、最後に思わぬ謎解き、つまり、
犯人が鉄壁のトリックを施したはずなのに、
もう初期の段階で不用意な発言をして古畑に確信させてしまっている、
そのからくりが披露されるので、それを楽しみに最後まで見るのである。
中だるみはあるけれど、最後まで見ないとこのドラマの魅力はわからない、
そういうトリックに嵌められてしまうドラマである。

明日は、菜々子さまがこのイヤらしい古畑の餌食になるのかと思うと、
何か今から悔しい思いがするのだけれど、
菜々子さまがいっちばん最後の容疑者になるというので、
この3日間、仕事を抱えていても見ようという気になったのである。
明日こそは万全の体勢を敷いて見なければならない。
ファンとしては、見ないでおくということが、踏み絵を踏むことになるのだ。

今夜は、ドラマの内容もそう悪くなかったし、イチローもがんばってたけど、
合間に流れたニンテンドーDSのCMにはしゃいでしまった。
噂に聞いて前々から見たいと思っていたのだが、、、かわゆすぎる。。。
奇跡の美貌だ。

あれ、、、標題不適切だったかな、、?
古畑よりも、菜々子さまを礼賛してしまった。



2006年01月03日(火) 日本酒

きょうは、昼間はほとんど仕事であった。
明日からの補充授業と、明日だけだけど補習授業の準備、
その合間にきょう届いた年賀状の返信である。
正月三が日に仕事ばかりしていたこともあるけれど、
それは吹奏楽の編曲だったり、原稿書きだったりで、
こんな日に授業の準備をするなんて初めてのような気がする。

夕食は、階下に住む義父母と、年に1回の会食である。
私は別に何度あってもかまわないと思ってるし、それが自然だと思うが、
おそらく、義父の非常に理性的な遠慮なのだろう。
私はともかくとして、娘や孫とはもっと食事したいはずだろうに。。。
酒の相手だって、身内では私しか対等にできないのだ。
だから、この時とばかり、上機嫌で熱弁を奮いつつ急ピッチで酌をしてくる。

実は、唯一の苦痛は、この日本酒責めなのだ。
最初のころはビールを持参したりしたけれど、結局日本酒も飲まされる。
夕食後たいていダウンした。
同じことだから、ビールの持参はやめた。
大学時代は安く上がるからと、日本酒を飲んだこともあった。
コップ酒5杯とあん肝のつまみで、800円ほどで飲めたから。
しかし、歳を経るにつれて、自分には日本酒がどうも合わないと思って、
宴会などの時は、ほとんどビール以外飲まない。

きょうは、さすがの義父も歳のせいでそんなに飲めず、早々に沈没した。
私が飲んだのは、2合半くらいであろうか。
いつもよりうんと少ないし、今夜はダウンすることはないだろうと思った。
先日の夕食でワイン半分以上飲んだときは元気いっぱいだったのだ。
ところが、自室に引き上げて20分ほどすると、苦しくなった。
寝室に行って横になって、1時間ほど眠った。
風呂入らなきゃ、、と思うが、頭など洗ってるときに吐きそうな不安、、、
さらに30分眠ってまた目が覚めた。

寝始めたころからそうなのだが、退廃的な物が腹に沈殿している感じである。
太宰が退廃的な匂いのする作品を書いていたのも、
この悪質なアルコールのせいだろうなどと、唐突な感想が浮かぶほどである。
とにかく、この不快で憂鬱な沈殿物は何だ、と不思議でしょうがない。

9時には起き上がって風呂に入り、退廃を洗い落とした。
それから「古畑任三郎」の3夜特別番組の1作目を見た。
見終わったころにはようやくラクになっていて、
飲み過ぎた時にありがちな渇きのため、アイスクリームを食べた。
今は、落ち着いた酔いを取り戻すために、ウイスキーをちびちびやっている。

私は、歳をとるにつれて、どんどん洋酒党になっていくようだ。
ビールは毎日の生き甲斐にもなってしまっているし、
10代のころいたずらで口にしてガソリンとしか思えなかったウイスキーは、
1日の最後の憩いの味わいになって欠かせなくなってしまっている。
日本酒や焼酎は不快になっていくばかりだ。
財宝が販売している梅酒だけは、絶賛するけれど、
梅酒というのは一度に大量に飲めるものではない。
ウイスキーの合間に、ちょっとしたアクセントのように入れるだけだ。




2006年01月02日(月) 東野圭吾「容疑者Xの献身」

30日の夜に読み始めて、31日までに半分くらい読んでいたのを、
昨夜から今朝にかけて読み終えた。
読み始めたら、読みたい読みたいという思いに突き動かされて、
短い間隙にもほんの数ページでも読み進めたくなる。
数学者の築いた綿密なトリックと、彼に敬意を抱く物理学者の推理。。。
実に緊迫したドラマだった。

確かに、「このミステリーがすごい!」である。
「半落ち」もそうだったけれど、事件やトリックの解明もさることながら、
人間の心の謎に迫っているところが大切なのだ。

「身体を拘束されることは何でもない、と彼は思った。
 紙とペンがあれば、数学の問題に取り組める。
 もし手足を縛られても、頭の中で同じことをすればいい。
 何も見えなくても何も聞こえなくても誰も彼の頭脳にまでは手を出せない。
 そこは彼にとって無限の楽園だ。
 数学という鉱脈が眠っており、それをすべて掘り起こすには、
 一生という時間はあまりにも短い。
 誰かに認められる必要はないのだ、と彼は改めて思った。
 論文を発表し、評価されたいという欲望はある。
 だがそれは数学の本質ではない。
 誰がその山に最初に登ったかは重要だが、
 それは本人だけがわかっていればいいことだ」(P343)

「花岡母娘と出会ってから、石神の生活は一変した。
 自殺願望は消え去り、生きる喜びを得た。
 2人がどこで何をしているのかを想像するだけで楽しかった。
 世界という座標に、靖子と美里という2つの点が存在する。
 彼にはそれが奇跡のように思えた。
 日曜日は至福の時だった。
 窓を開けていれば、2人の話し声が聞こえてくるのだ。
 内容までは聞き取れない。しかし風に乗って入ってくるかすかな声は、
 石神にとって最高の音楽だった」(P344)

「彼女たちとどうにかなろうという欲望はまったくなかった。
 自分が手を出してはいけないものだと思ってきた。
 それと同時に彼は気づいた。数学と同じなのだ。
 崇高なるものには、関われるだけでもしあわせなのだ。
 名声を得ようとすることは、尊厳を傷つけることにもなる。

 あの母娘を助けるのは、石神にとって当然のことだった。
 彼女たちがいなけれは、今の自分もないのだ。
 身代わりになるわけではない。これは恩返しだと考えていた。
 彼女たちは身に何の覚えもないだろう。それでいい。
 人は時に、健気に生きているだけで誰かを救っていることがある」(P345)

こうだから尚のこと、我々読者はこの作品のラストで泣かされてしまうのだ。



昨日の収穫の勢いで、文字色のツールも使ってみた。
なぁんだ! どうしてこんなことに今まで気づかなかったんだろう。



2006年01月01日(日) 一歩前進? 二歩前進?

昨夜は、夕食時にワインをボトル半分以上も飲んでしまったのだけれど、
割と元気で、紅白やレコード大賞や格闘技をTVでハシゴしながら、
身の回りの整理をしたり、風呂掃除に精を出したり、、、
年越しの午前0時のころにビール飲みながらそばを食べ、
その後、ウイスキーをちびちびやりながら、やっと年賀状に着手した。
まー、なしってわけにはいかんわなぁ、とやっと腹を固めたわけだ。

しかし、とにかくピンチの連続なのだ。
まず、ここまでぐずぐずしていた理由は、ひとつは、
先日買って帰ったデザイン集にいい図柄が見つからなかったことだが、
もうひとつは、私のカラー用プリンターの目詰まりが直らないためだ。
めったに使わないせいでもあるだろうが、それにしても頑固すぎる。
携帯用カラープリンターの方も調子が悪い。
下の部屋に妻専用に置いてあるプリンターを使うしかない。
この慣れた場所で一連の作業としてできないということが億劫にさせたのだ。

作業を始めたら、またまた新たなピンチが、、、
デザイン集に付属のCDのファイルが、宛名職人でどうしても開けないのだ。
よくよく見たら、マック版宛名職人は「非対応」と書いてあるではないか。
こんな迂闊な事態は初めてだ。
時間がなかったので、「2年連続販売実績No1」という宣伝文句を
過度に信頼して買って帰ったのが間違いだった。

しょうがないから、3枚の画像ファイルを少しサイズを落とした
JPGファイルで保存し直して、エクセルに貼りつけて作った。
エクセルだと縁なし印刷をさせてもらえないので、背景は白のまま。
近年にない手抜き賀状になってしまったが、もう凝ってもいられない。
150枚ほど印刷し終えたのが2時半ごろだった。

年越してから賀状を作ったのも初めてだし、宛名書きも同じくである。
とにかく今年度は何もかも調子が狂っているのだ。


・・・こんなことを書いているうちに、ふと、
この日記での画像のアップはどうやるのかな、とまた思ったのである。
しばしば思うのだが、いつも断念していることである。
有料で借りているからできるはずなのだが、以前試みて、
どうもよくわからなかったのでやめたのだ。
あの雪の多かったころは特に画像付きの日記にしたかったのだが、
かなりめんどいみたいだぞー、と思い直して断念していた。

ちょっと気紛れに、エンピツのサポートコーナーに入ってみた。
そしたら、まず、思いがけない機能を発見してしまった。
日記のキーワード検索である。
これは、私自身のためにありがたい、というか、
長い間、あるといいのになぁ、、と願っていた機能である。
ソースの中にちょっと書き加えるだけで簡単にできそうなので、設置した。
思わぬところで一歩前進した。

これに勇気を得て画像についても調べたのだが、どうもよくわからん。
この編集ページに、画像管理というボタンがあるにはあるが、
何をどうするときに使うのか、どうもよくわからん。。。
しかし、試行錯誤で、ケータイで撮った年賀状の写真を登録してみて、、と、
この後、どうすれば日記に載せられるのかなー、、、と思案して、
しばらくしてようやく気がついた。
この画面上に貼りつけられるのでなくて、リンクさせるわけだ。
今年の淋しい年賀状」みたいに。。。

今のところは、正しいのかどうかわからないけれど、
これなら可能なのだということがわかった。
これで二歩前進である。
画像管理の説明では、できるだけ10k前後に縮小して下さいとあったが、
これだったら、そう小さくする必要はあるまい。
大量の画像をアップしたがる人のための説明だろうが、
私のようにめったにそんなことをしない人間にはその必要はないだろう。
かなりの容量を用意してくれているようだから。。。

いやぁ、、新年早々、画期的な発見じゃー。
1年の計は元旦にあるのなら、今年は冴えた1年になりそうな、、(笑)


・・・い、、いや、、ちょっと待てよ、、、今、登録しようとしたら、
一番下に画像の名が表示され、「挿入」ボタンがあるのを見つけた。
その横に並んでいるのは、位置を示すものらしい。
ちょっと試しにそれらのボタンを押してみることにしよう。





何と何と、三歩も前進してしまったではないか。


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