TENSEI塵語

2003年09月30日(火) 寒さを感じる

シャツ1枚でも過ごせる程度だから、寒いというわけではないけれど、
ちょっと寒いね、と窓やドアを閉めたくなるような風が吹いていた。
地下牢の風情の喫煙室は、風が入って来なくても冷え冷えしていて、
寒がりのI氏が、ストーブがいるなぁ、とつぶやいた。
空は快晴である。
午後からPTAの集まる行事があって、駐車場の整理をしていたら、
風は強いのだけれど、実に心地よい外気にあたっている感じがした。
ほんの2、3週間前の快晴を思い出すと、別世界のようである。
今朝は、自販機のコーヒーもホットを買った。
今夜は、シャツ1枚で座っていると、冷気が体にしみこんできた。
じっとしていても汗が流れるような暑さで始まった9月も、
中旬の台風をきっかけにして次第に涼しくなり、
寒ささえ感じさせながら終わるようだ。激しい起伏だ。
もっともこの寒気も、日本列島に近づかせてはもらえず東方を過ぎて行った
台風の影響であるらしい。

で、ふと気がついた。
まだ冷え冷えとした空気の中で転勤したあの新年度から半年経ったのだ。
今の職場に行くことはもうあたりまえになっているけれど、
心の方は、まだ今の職場の人間になりきっているとは言えないなぁ。。。



2003年09月28日(日) つらい日曜日

朝起きたとき、全身が疲れを訴えているのがわかったけれど、
行かないわけにはいかない。
昨日も立ちっぱなし、きょうもまた立ちっぱなしの練習である。
きょうの高校の曲は、昨日の中学の曲よりもはるかにややこしくて、
今まで3回の練習でも1度もやり直しなしに通せた試しがなかったが、
きょう、ようやく、何とか途中で破綻することなく通すことができた。
それだけは、きょうの明るい収穫ではある。
けれども、実に不安な部分は多いので、それが次回の課題でもある。

つらいのは、練習を率いる仕事自体ではない。
最初、本番を振る指揮者にこの曲を提案された3年前だったか、
聞いてみて、こういう曲は苦手だな、と思って、採用しなかったのである。
けれども、今年は自分で曲を見つけられなかったので、
この曲のおもしろさをいろいろと見つけ出して、採用したのである。
確かに、一大パフォーマンスとしてのおもしろみはある。
けれども、どちらかといえばメカニックな感じのするこういう曲は苦手だ。
私にとって理解しやすいのは、抒情味に富んだ曲である。

私はこの仕事では単なるトレーナーに過ぎないのだけれど、
それでも、自分が苦手だと感じた曲は選ぶものではないな、と痛感した。
トレーナーを生業としているわけではないのだし。。。
実際のところ、たぶん計算され尽くして作曲してあるリズム感・拍子感を、
私自身が理解できているとはとうてい言えないし、
理解する努力をすることも、嫌気がさして尽くしてないのである。
前に立って、わけがわからなくなって振れなくなるということが
ない程度にだけは、なんとかスコアを読んではいるけれど。。。

そういう意味では、生徒の方が真摯にがんばっているのかもしれない。

帰ってから、明日までにやっておかないとパニくりそうな仕事を片づけた。
とにかく、時間は無情に過ぎて逝くものだ。



2003年09月27日(土) 中学混成バンド

毎年見ている混成バンドから中学生の姿は消えていって、
ここ数年は高校生だけでやってきたが、
吹奏楽協議会に5校ばかり加盟して残っている中学校の先生が、
中学生だけの混成バンドを作ると言い出して、
いつのまにか、私がその練習を見るということになっていた。
しょうがないからそのつもりでいたけれど、長く具体的な話がなくて、
数日前ようやく、きょう練習日だというメールが届いた。
それでよくよく話を聞いてみると、きょうと来週の土曜だけで、
次は来月下旬の、本番指揮者の箕輪氏の練習日になるそうである。
要するに、たった2回である程度の格好をつけなきゃいかん、ということだ。
過酷な話であるが、そうならそのようにするしかない。
最初に一度全体をざっと通してみたら、吹けてない箇所は多いわ、
吹けてても混沌としているわで、手の着けようにも困ってしまったが、
何とか最後は全体をそれらしく通せるところまでにはなった。
実に疲れた。

明日は先週同様、また前任校に出かけて、高校混成バンドの練習である。

なんで自分がこんなことやってんだろう、、、と、しばしば不思議にとらわれる。



2003年09月26日(金) 生徒会立会演説会

きょうは授業は5分短縮にして、授業の後、立会演説会があった。
生徒会長、副会長、書記、会計の計6名の立候補者の立会演説会である。
こんな静かに進行する立会演説会は、教員になって初めてである。
今まで20年近く、立会演説会のたびに、無責任を看板にして掲げるような、
雑談に興じるアホ面をあちこちに眺めなくてはいけなくて悲しかったものだ。
きょう見た立会演説会は、演説の合間には少々ざわついたりはするものの、
候補者が話し始めればほとんど私語しているものがない、という感じだった。
候補者も、1分以上は自分の決意を語っている。
何をどのようにするつもりであるというような、
公約的なものがないのは相変わらず残念であるが、
もう聞き飽きた「よくわからないけど、がんばるのでよろしく」みたいなんで
10秒ほどでさっさと切り上げるようなのがないのが救いだった。
演説の後、選管の司会が投票方法について説明する前にざわざわしたが、
選管の生徒の「静かにしてください」で静かになってしまうのも驚きだった。

ただし、不信任に○をつける生徒が意外に多いのが腹立たしい。
そんなら自分が出ろってんだ。
自分が出られなければ、やって欲しい人を出させるべきなのである。
私が中学生だったときはやりたがりがいっぱいいて、
私が立候補した書記なども、4人が熱弁を奮って、
全員が3分を過ぎて、演壇でチンチンチンチン鳴らされたものだが、
今はそんな時代でなく、めんどうなことはやりたくない風潮の中で、
彼ら立候補者は、犠牲的で献身的なボランティアなのである。
誰もやりたがらず、しらけきった風潮の中で、すごい重荷を背負いつつ、
誰かがやらねばならぬという使命感で出てきただけなのである。
不信任どころか、感謝すべきなのだ。
立会演説会と投票をするのも、単に手続きを踏むだけの意味しかない。
あたたかく信任してあげてほしいものである。



2003年09月25日(木) 退学

先週の火曜日に、坊ずが退学したいと言い出した。しかも、きっぱりと。
長く迷い続けていたことを、はっきり宣言したのだということは
よくわかったが、それでも、その夜は長い時間話し合った。
その日のうちに私自身も結論を出したけれど、その後も2度話し合った。

高校ではない、声優養成のための学校である。
親の方が、そんなとこでやれるはずがないと思っていたのに、
本人が非常に意欲的なので、親もそれにひとつの希望を託そうと思ったのだ。
ひとつの希望とは、外に出ること、定期的にある場所に通うことである。
簡単に言えば、4年以上の不登校状態からの脱皮である。
考えようによっては、その学校はいい条件を備えていた。
週5日、午後2時から5時までの3時間だけである。
身体も大いに動かすし、発声の訓練もあるし、、、それに何といっても、
本人自身が是非にと選んだ道である。

やめたい気持ちがどこから始まったのか、どうもよくわからない。
実際は入学の前に始まっていたのかもしれない。
すさまじい緊張感の中にいるらしいことがよくわかったが、
それは、我々が新年度を迎えるたびに毎年感じていることでもある。
講座が始まって数日のうちに弱音を吐いた。
この時はうまく励ますことができて、そこから何とか続いてきた。

ただ、私は、この学校を続けるためには病院通いをやめて、
ひたすら毎日通い続けるべきだと思ったが、やめさせることができなかった。
そんなわけで、たいてい、週1回は欠席する状態だった。
そして、もっとも心配していた状況に陥ったのである。
演劇演習のグループの中で、通院や体調不良で欠席することを
激しく避難されるようになってしまったのである。
それが、7月ごろから顕著になっていた。
本人にとって、そういう欠席は、医者からも勧められた正当な理由である。
(そして、貴重な逃げ場でもあるのだが、、、)
だから、彼には学院の周囲の人間が暴力的に見えてくるのである。

このままでは心の病が深刻化する一方だろうと判断して、
きょうは学院に退学の申し出をしに行って、届け出用紙をもらってきた。
講師2人から、今までの講座の時のようすを聞かせてもらった。
まあ、講座の時はまじめに、積極的に取り組んでいたようである。
半年しか続かなかった、と思うのはやめよう、
親の当初の不安とは裏腹に、半年も続いたのだと考えよう。
これだけでも、名古屋まで通って行動範囲を広げたこと、
いろいろな意思表示を自分でできるようになったこと、
さまざまな年齢の人たちと交わったことは、それなりに意味があるだろう。


以下はついでの話である。
久々に昼前に名古屋に出たので、メルサ地下の熊五郎ラーメンに寄った。
夢にまで見たみそラーメンも、以前のような味でないような気がした。
よくよく味わってみると、ショウガがきつすぎるような気がした。
ショウガにみそのうまみがかき消されているようだ。
しかも、体の芯からほこほこ温まってくるようで、暑くてしょうがない。

夕方、帰宅してから、仕事を2つばかり片づけ、
フォントのインストールをしたり、先日買ったスキャプリをつないだりした。
やっとこのG4機も、不自由なく仕事できる環境になってきた。
動作は実に素早く快適だし、まったくありがたいことである。



2003年09月23日(火) J.シュトラウス「こうもり」

朝7時前に出かけて、1日岡崎でマーチング大会の仕事をして、
夜7時に疲れ果てて帰宅したら、注文しておいた荷物が2つ届いていた。
ひとつは、G4機用のシリコン・キーボード・カバーとマウスパッド。
タバコは吸うし、部屋は埃だらけだし、キーボードに良質なカバーを
しないとなかなか落ち着かないのだが、これでやれやれである。
新しい機械が、ますます自分の身になじんでいく基本でもあるのだ。

もうひとつは、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」全曲CDと、
ワーグナーの楽劇6曲の全曲CDのセットである。
(「ニーベルンクの指輪」以外の主要な6つの楽劇である)
LPやLDやVHSではどれも何らかの演奏で持っているのだが、
手軽なCDで欲しいと思いながらそのままになっていたのを、
一昨日たまたま通販サイトで見つけて、即座に注文しておいたのだった。

今夜は「こうもり」を聞いた。
このオペレッタは、私の音楽歴の中で画期的な影響を与えた音楽である。
若いころの私は、どんどん深刻な音楽にはまっていって、
軽い管弦楽曲はしだいに聞けなくなっていた。
つまらない、くだらない、単なる流行曲、、、などと侮るようになった。
シュトラウスのワルツやポルカも、わざわざ聴くに値しなかった。
けれども、「こうもり」を聴いてみたら、それが一変した。
あまりにも底抜けに楽しい音楽の世界に、白旗を上げたようなものである。
楽しく、しかも美しい。
心を揺さぶるのは悲哀や激情だけではない、
底抜けの明るさというのも心を揺さぶらずにいないのだと、心底知らされた。
思えば、音楽観がまたまた偏狭になりかけていた危機を救ってくれた作品なのである。

歌のひとつひとつを聴いていても、自由闊達、実に痛快なおもしろさがある。
積もった疲れも吹っ飛んでしまうような喜ばしさをもたらしてくれる。



2003年09月22日(月) 囚われの身?

談話室でpatamama ねえさまから、さっさと片づけしなさいと
叱られたような具合である。

実は、仕事もなにもかも一切をやめて、リセットした上で、
きっちり身辺整理したいところだが、なかなかそういう決断もできない。

結局のところ、この部屋のさまざまなじゃまっけな物にしても、
明日のじゃまくさい仕事にしても、毎日の面倒な仕事にしても、
私が日々自由に選んでいる物によって、がんじがらめに縛られているわけだ。

明日の朝早いので、きょうはここまでである。
ここでやめるのを、明日の仕事による制約ととるか、自由な選択ととるか、
それは、「自由」という言葉をどのようにとらえるかによるのだろう。



2003年09月21日(日) 落ち着けない毎日

PCを変えたせいもあって、何かと忙しいし、落ち着かない。
PCの中身もまだ日ごろ使いやすかったようには整備されてないし、
周辺機器の方もきっちり整うまでは、落ち着かないものである。
キーボードの配列にもまだ慣れてない。
動きが実に快適なのがありがたい。

ゆっくり整備する時間が乏しいのが問題である。
毎日の仕事も、こなすよりもたまる方が多く、帰りも遅かった。
きょうは終日混成バンドの練習で、疲れ果てて帰ってきた。
明後日も休日だが、マーチング大会の役員で終日疲れ果てることになる。
来週の日曜も混成バンドの練習で、疲れ果てることになる。
ため息の出るような予定が続く。

一昨日まで、教室が暑い、という日が続いていた。
それも、必要以上に疲労を増し、イライラの要因になっていた。
昨日からきょうにかけては、台風の接近とともに、一転して寒くなった。
台風は、かなり近いところまで近づいたけれど、
結局、南海上をゆるゆると走って、こちらまでは暴風雨をもたらさなかった。
冷え冷えした空気をもたらしてくれて、ありがたいことである。
明日か明後日か、晴れるようになると、1年でもっとも快適な陽気になるのだろうか。。。

こんなことを書いていても、やっぱり落ち着かない。
こんなことを書いて、単なる穴埋めをしているよりも、
他に、これ以上にちゃんとやらなきゃいかんことがあるんではないかね?
と、脅迫する声が聞こえるのである。
これは私の悪癖のようなもので、昔、今とは比べものにならないほど
忙しかった時期に心に育ってしまった、じゃまくさい習性みたいなものである。
落ち着いて考えれば、仕事の材料は職場に熾きっぱなしにしてあるので、
今は好きなことをやっていればいいのだけれど、
こういう状況に陥ると、不協和的雑音に責められて落ち着かないのである。



2003年09月17日(水) こりゃ速い!

8月末に注文しておいたG4機が来たみたいなので、手に入れてきた。
今夜は、やっとインターネットができるようになっただけである。
ADSLにした上、このマシンになって、驚くべき速さになった。
けれども、インタネ関係以外の整備ができていない。
「ことえり」では文章書きにくいので、きょうはこれだけである。



2003年09月15日(月) トルストイ「イワンのばか」

部屋の片づけをしようとして、トルストイ民話集を手にとって、
本棚に立てるべきところを、開いて「イワンの馬鹿」を読み始めた。
大体の内容は覚えているが、細かい経緯を忘れている。
文庫本にして50数ページほどの短い話なのに、
簡潔にその内容をまとめるのがなかなか難しそうだ。

正確には「イワンのばかとそのふたりの兄弟」という題である。
長兄のセミョーンは軍人としての貪欲な野心家であり、
次兄のタラースは商人としての貪欲な野心家であり、
イワンは戦闘や金銭とは無縁に野良仕事に精を出して父母と妹を養う。
老悪魔がこの3人兄弟を仲違いさせようと企てているが、うまく行かない。
それで、3人の小悪魔がそれぞれの兄弟の仕事をめちゃくちゃにさせて、
貧乏になったところで再会すれば、きっと喧嘩を始めるという作戦をとった。
2人の兄たちは、いとも簡単に小悪魔の奸計で身を滅ぼして
故郷に逃げ帰ったが、イワンを攻略するのは、悪魔たちには困難だった。

3人の小悪魔が順々にイワンの仕事を邪魔しようとするが、
無心に働くイワンを邪魔しようとしている間に、見つかって捕らえられる。
1番目の小悪魔は、命乞いに、どんな病気でも治す木の根を教えた。
2番目の小悪魔は、藁から兵隊を作る術を教えた。
3番目の小悪魔は、木の葉から金貨を作る術を教えた。
そして3人とも、イワンが放すときに「神さま」という言葉を使うので、
(「神さまがお前についていて下さるように」というように)
地中に飛びこんで、穴だけぽっかりと残して姿を消してしまう。

〈ばか〉というのは、純朴・質朴・正直・無欲のような意味だろう。
イワンは余計な欲を出すことなく、ただ正直に働いているだけだ。
2人の兄が財産を持ち出すときも、「かまうものですか。あげて下さい」
財産を没収された上死刑になるところを逃れて帰ってきたセミョーンの、
妻が(世話になるにもかかわらず)農夫の臭いを嫌がるので、
セミョーンがイワンを外に出そうとすると、「ああいとも」と仕事に出る。
小悪魔に教わった術で、セミョーンに兵隊をたくさん作ってやったが、
その兵隊が人を殺したと聞くと、断固としてもう作ってやらない。
イワンにとっては軍隊は、軍楽隊を楽しむ以外の意味はないのである。
同様にタラースのために多くの金貨を作ってやるが、
その金貨である家の牝牛を強引に買い取った話を聞くと、もう作らない。
イワンにとっては、金貨は子どもの玩具くらいの意味しかないのである。

そのイワンが、王様の娘の病気を治した(それが不思議だが、ここでは略)。
イワンはその娘の夫となり、やがて王の地位を継いだ。
先王の葬儀が済むと、イワンは野良仕事に出た。
それを止める人々に、「王様だって食わなくちゃならない」
大臣が役人たちに支払う俸給がないと言いに来ると「払わなきゃいい」と言い、
それでは勤める者がなくなると言うと、「勤めなくなればそれでいい」と言う。
「その方が働くのに自由でいいだろう。ま、肥やしでも運ばせておけばいい」
盗まれたと訴えに来る者には、「つまり、入り用だったんだろう」
やがて、〈賢い人々〉は国から出て、イワンのような〈ばか〉ばかりが残った。

老悪魔がついに自らイワンを陥れる作戦に取りかかる。
イワンの国に軍隊を作らせようと目論むが、失敗する。
次にタラカン王を唆してイワンの国に侵略させる。
イワンは「いくらでもこさせるがよい」と放っておく。
民衆たちも、まったく無抵抗で、取られるにまかせて呆然としているだけだ。
「生活に困ったら、わしらのところにきて暮らすがいい」と勧める人さえいる。
兵隊たちはどこに行っても闘う軍隊もないのに嫌気がさしてしまう。
王はもっと侵略を強化して、家や穀物を焼き、家畜を殺し始めた。
「何のためにわしらをいじめるのだね? 何のためにわしらのものを無駄に
 するんだね? 入り用ならみんな持っていって使ってくれたらええ」
やがて兵隊たちは、自分たちがしていることが悲しくなって、逃げていった。
次に、老悪魔はイワンの国に金貨をばらまこうとするが、
人々は、玩具や飾り程度に必要な分しか欲しがらないし、
頭で働くことを熱心に説き聞かせようとするが、人々にもイワンにも通じない。
その老悪魔もついに力尽きて、地中に入って姿を消した。

イワンの国には多くの人が養ってもらおうと押しかけてくる。
『「いくらでもいなさるがいい。わしのところには何でもどっさりあるから」
 ただ、この国にはひとつの習慣がある。
 手にタコのできている人は、食卓につく資格があるが、
 手にタコのない者は、人の残り物を食べなければならない』(末尾引用)

・・・・・・・
こんな国は、現実には存在し得まい。
この物語では、盗む者も殺す者もイワンの国の中に存在しなくなったし、
侵略戦争に入り込んできた兵士たちも、散り散りに逃げ出してしまった。
現実にはなかなかそういう風には人々が動かないものである。
けれども、イワンの国の精神は、究極の理想である。
どんなに機械文明化されようと、支配者も含めてすべての人々が
この精神で暮らせれば、国のみならず、世界が平和である。
けれども、悪魔に唆されやすい貪欲なやつらは後を絶たないし、
無数に存在する、、、だからトルストイは、特異な一国に限って描いたのだ。
ま、ひとつの国に限っても、現実的には虚しい理想にちがいない。
けれども、世界のそこら中に、小さな集落単位で、こんな精神で暮らしている
人々が実際に存在するということは、あり得ないわけでないと思う。



2003年09月14日(日) 再び「王様のレストラン」

昨夜は第1話から始めて3話、今夜は5話まとめて見直した。
本当は、1話ずつ見直しながらまとめていって、
その不思議な魅力について検証しようと思って見直し始めたのだが、
ひとつ見終わると、次へ進むのを我慢するのがたいへん困難である。
1話ごとに話が完結するのだから、簡単にそこでやめられそうなものだが、
なぜか、次も見ないでいられないような気にさせられてしまうのである。
森本レオのナレーションが、最後に当面の問題点を暗示して、
「それはまた、別の、話、、」と締めくくるのにそそられるのかも知れない。
ただ、本当に不思議だと思うのは、DVDのケースに各話のあらすじが
書いてあって、それを読んでもちっとも見たいと思わないのに、
むしろ、それを読むと、あ、この回のは見る気がしないな、と思うのに、
そうして、そういうのがほとんどなのにもかかわらず、
見ていると、ついつい引き込まれて、そこはかとない余情に包まれる点である。

ずっと前にレンタルで借りてきたときも、1本なり2本なりと借りてきて、
借りた分を1週間の間に2、3回くり返して見たはずである。
今回もくり返して見て思ったのは、より笑え、より泣けるということだ。
ばかばかしい話だと、頭でわかってはいるのだけれど、
実に味わい深いものを感じさせられてしまうのは、三谷くんの筆力だろうか?
とにかく、いい言葉に出会えて幸福な気持ちにさせられるのは確かだ。
ただ、それをしっかり書きとめる心の余裕が私にはまだない。

あ、もうひとつ。BGMがすばらしい。
もちろん、サントラ盤はとっくに手に入れているし、卒業式のBGMにも使っている。



2003年09月13日(土) やっと休みだー\^o^/

先週は土・日とも出校したし、きょうも1年生の模擬テストのため、
しかもその世話役として、朝、通常よりも早い時間に出校したので、
明日・明後日が久々の休日である。
ごちゃごちゃと用事はあるけれど、朝起きる時間を気遣わなくてもいいし、
昼寝しようと思えばできることがうれしいものである。

今朝は、休日の早朝ということもあって、急いだわけでもないのに、
18分で学校に着いた。うーん、早いもんだ。

市吹の帰りには、バイパスをピンクの一軒家が走っていた。
黄色のピカピカを点けた車が2台先導しているらしかった。
別荘でも運んでいるのだろうか。。。

ま、何はともあれ、あれこれとあわただしい2週間が終わって、やれやれだ。
長い2週間だった。
大して実りのない、仕事ばかり溜まってしまったような2週間である。



2003年09月09日(火) やっぱり疲れる。。

一昨日、最後に書いた安易な予測は外れ、
昨日もきょうも学校を出たのは7時過ぎで、歩く足もおぼつかないありさま。。
遅くなったのは、昨日は5時過ぎから、きょうは6時過ぎから
ようやく始めることができた吹奏楽部のステージ練習のためである。
やっぱり今年も、体育館と職員室を行き来して準備することになったわけだ。
閉めきって風の通らない蒸し暑い体育館で汗だくになって。。。
そしてまた、施錠して歩き回ったり。。。

クラス展示の方は、1週間前に段取りしたとおりのペースで、
簡単に進んで、きょうも4時にはできあがって解散した。
時間外にやったのは、先日の日曜日に生徒2人が作業した分だけである。
とにかくもう、案がばかばかしいほど簡素なので、かえって助かった。
天井に光る星を貼るというだけのものである。
蛍光塗料を塗るというので、それでは暗いところでは光らない、
教室を真っ暗にできるようにして、夜光塗料を塗るしかない。
もうひとつ、壁には天井の星を眺める姿をちぎり絵で展示すると
加えてあったのを、真っ暗にしたら見えないわけだから、
これも、人の形をしたものを紙で作って、夜光塗料で塗ることになった。
それでますます簡素な案になったのである。

私自身は、今までそんな簡素な案でやらせたことはないし、
それでは、あまりにも準備期間の苦労が少なすぎるというわけで、
もっと凝った案に持っていきたかったけれど、
話し合う場を設定しても、ぜんぜん意見が発展しないし、
たまに意見が出ると、似たような案でさらに混乱するだけだし、
ついにもう、根負けしてしまった。
何もできないよりはましだし、私自身も生徒もこの学校では1年生だし、
ま、今年は苦労が少ないのもいいだろうし、
仮に苦労したところで、2、3時間の展示で捨ててしまうだけだし。。。
それに、生徒の中で何とか仕切れそうな生徒は、
群団の応援団の方に取られてしまっているし、、、その意味では
先が思いやられそうだったので、案が現実的になる段取りに徹した。

だから、夏休み中の活動も一切なし、その間に私は夜光塗料を探し求めて、
その性能を実験したりしただけである。
出校日のころに、生徒に探して研究しておけ、と言い、
うんわかった、と返事をもらったのだが、ぜんぜんあてにできないので、
そうしたのだが、案の定、始業式の日に探し当てていた生徒はいなかった。
先週の水曜日のLTでは、画用紙で星や人の形を作らせ、
木曜日の総学の時間には、細かい星と、天井に貼る台紙作りをした。
日曜日には生徒2人が、夜光塗料をスプレーする作業をした。
昨日は暗幕張りと、台紙に星を配置する作業、
きょうは、天井にそれを画鋲で留める作業をしたが、
この天井に掲示する作業は予想以上に生徒たちが苦労していた。
でも、どの作業も、すべて予定した時間内にできてしまった。
作業する内容さえわかれば協力的に動ける生徒がほとんどだからである。
自分たちだけではなかなか具体的に進められないのが心細いところだが。。。
現に、隣のクラスは、担任がわざとか、まったく顔を出さないでいたら、
連日まったく作業が進んでなかったようで、
どのクラスも解散するころになって、担任が叱って作業開始となったようだ。

まったく怒る必要もなく、スムーズに準備できたことは喜ばしいことだ。
ま、案が案だけに、また省エネだけに、実に情けない展示だとは思うが。。。
おおぜいで和気藹々と活動できたことだけは良しとしなきゃあねぇ。。。
欲張らないのもひとつの方法かも知れない。
ただ、教室を密閉状態にする展示はやっぱりやめて欲しいものだ。
暑くてかなわん。シャツが4度びしょ濡れになった。疲れた。。。



2003年09月07日(日) 「王様のレストラン」

一昨日、「王様のレストラン」のDVDを手に入れた。
「ロング・バケーション」に狂っていた一昨年の秋ごろから
ずっと発売を待っていたDVDである。
何か不思議でドラマである。
松本幸四郎の洗練されたガルソンの動き、格調高い音楽、
そして舞台は高給フランス料理店、メルヘン的なナレーション、、、
高雅な世界が展開されてもよさそうな条件は備えているのに、
実に安っぽい雰囲気が漂う。
先代のシェフの死後すっかりさびれてしまった、という設定でもあり、
総支配人であるその息子がバカな事業に手を出して借金だらけという事情も
あるのは確かだけれど、キャストの演技も雰囲気も、
ストーリーの展開も、実に安っぽい感じがするのである。
けれども、この三谷クンの喜劇は、見せ場、聞かせ場が実に洒落ている。
肝心なところではたいていほろりと、またはジーーンとさせられる。
何と言ってもガルソン役の幸四郎と、シェフ役の山口智ちゃんが魅力である。
品がないみたいだけど、何となくおしゃれな、、、という不思議なドラマだ。

一昨日は4話分、昨夜は3話分もついつい見てしまったので、
ついついこの塵語を書く時間がなくなってしまった。
回を重ねるごとに登場人物たちの心が変化していく様が楽しみで、
ついつい次へ次へと見てしまう。
先日橋本さんと歓談したときに、本を読みながら時々立ち止まって、
こういうところに書きとめるようにしていけばいいんだ、と指導されて、
我が身を振り返ってみると、読み始めるとついつい先へ先への気持ちが逸り、
そのうちに、書きとめられないほどのところまで読み進んで、
何も残せなくなってしまう性分だと悟ったが、今回もそれである。
1日1話で書きとめていけばいいのに、気がついたらもう7話見終わっている。
しかしまあ、詳しくはそのうちに。。。


昨日もきょうも休日出勤した。
ま、学校祭前の休日に出校しなかったことなどないから、当然である。
昨日は、教員チームのマスコット作りと部活のために出校したが、
部活の方は、生徒がクラスの活動にかかりっきりになっていたのでなくなり、
マスコット作りの合間に採点の続きなどをやっていた。
きょうは、午前中が生徒とクラス展示の準備、午後は部活だった。
しかし、十何年ぶりかののんびりした学校祭前だなぁ、、と思う。
明日から体育祭までの毎日も、去年までは何時に帰れるかわからない、
たいてい7時前に帰れれば早い方だったものだけれど、
そんなことはぜんぜんなさそうである。これも転勤のメリットである。



2003年09月04日(木) 秋?

今月に入ってから、毎日へとへとなわりには、うたた寝もせず、
がんばってるなぁ、、と感心しているところもあった。
けれども今夜は、8時半ごろに耐えきれず、ちょっと横になった。
9時半にいったん目が覚めて、その時起き上がったつもりだったけれど、
次に目が覚めたのは11時半ごろだった。
こうなったら夜明けまでは眠りたいと思って寝続けようとしたけれど、
そうなるとちっとも眠れず、目も頭も冴えるばかりなので、起き出してきた。

昨日までの連続の疲れが蓄積していたのだろう。
きょうは、空き時間もほとんどないバタバタ続きの魔の木曜日だったけれど、
1日単位で見れば、昨日までに連日感じたほどの疲れは感じなかった。
朝眺めた空の雲は、いかにも秋らしい雲だったし、
1日中、秋らしい風が吹いていた。
秋の風が吹き始めた、と言うわけにはいかない。
今年のような異常な気象の場合には、
久々に秋風が戻ってきた、と言わなければならない。



2003年09月02日(火) ISDN からADSL へ

今夜からインターネット接続はADSL である。
先々週申し込みをして、夏休み中に工事できるかな、と思ったけど、
もっとも早くてきょうしか指定できなかったのだ。
今まで使っていたルーターとの相性の問題もあるし、
すんなり接続できるか不安だったが、割とすんなり接続できた。
というより、送られてきたADSL モデムの設定をやってしまったら
ルーターの方はそう設定というほどのことをしなくてもつながったので、
なんか釈然としない、拍子抜けの感じである。
こんなんでいいのかなー、と不安を抱えているわけだけれど、
確かに今までよりかなり早いし、動画も鮮明だ。

こんなことなら、もっと早くにADSL に変更すべきだった。
そうしていれば、こんな高いルーターを買うこともなかったのだった。
ダウンロードに長時間耐えていたのも、ばかばかしい話になってしまう。
変更しなかったのは、ADSL へ変更するためには、
ISDN の時のような屋内配線をやり直すと思い込んでいたためである。
それだったら、〈光〉の導入まで待とうと思っていたのである。
けれども、先月、〈光〉を申し込んだら、区域内の申し込みが少ないので
工事はいつになるかわからない、と言われ、見込み申し込みになった。
それでいろいろ話を聞いてみると、ISDN からADSL に変更する場合は、
局の工事だけですむということがはっきりわかってきたので、
やっとのことで今さらながらADSL に変える決心がついたというわけである。

ちなみに、ADSL の申し込みの時に教えてもらったのだが、
私のところの区域の〈光〉の申込者は、私ひとりだけだそうである。
そんなもんかいなぁ。。。
はっきりわかってきたので、



2003年09月01日(月) 激酷猛暑

はじめて知ったとき、信じられ〜〜ん!と憤ったものだが、
今度の学校では、始業式の後、80分間の課題考査があり、そして、、、
そして、何と、午後にも80分間の課題考査があるのだ。
教師もたいへんだけれど、生徒こそまったく災難である。

朝のうちはそれほどにも感じなかったが、
始業式の最中から気温がやけに上昇し始めた。
廊下にはまださわやかな風が通るけれど、教室の暑さは並々でない。
座っていてもじわっと体に汗が噴き出し、額から汗がこぼれる。
ただでさえ風が弱いのに、陽がさすのでカーテンを引いているため、
熱気が室内にわだかまってしまって、混んでいる銭湯の熱気である。
ほんの稀に微風を感じると、砂漠の水のようにありがたく味わい深い。
けれども、10分もその中にいれば叫び出すのが自然、
と思いたくなるほどの暑さである。
我々は試験監督をしながら、時には廊下に体を出して、
ささやかな涼風の恩恵を受けることもできるから救われるけれど、
生徒は自分の席から動くこともできず、逃げ出すこともできず、
目の前にあるのは膨大な分量のテスト問題である。拷問である。
回収した答案用紙の中には、濡れて乾いたものがいくつもあった。
とにかく、生徒が実に気の毒な160分間だった。

夏休み中もその前も、今年は幸いにもこれほどの暑さはなかったと思うが、
新学期に入った途端にこの暑さとは、何と意地悪なお天道様であろうか。
地上の人間たちを弄んで楽しんでいるとしか思われない。
夕方にもお天道様の意地悪な仕打ちを受けた。

夕方4時前後に、一転して雷雨となった。
外で活動していた人たちは、あわてて校舎内に逃げてきた。
5時ごろにはほとんどやんで、やがて私も帰路に着いた。
家の方まで来ると、このあたりはまったく雨とは無関係のようだった。
スーパーに寄って食料を買い込んだ。。。
・・で、スーパーを出ようとすると、、、外は信じられない光景である。
大粒の雨がバシャバシャバシャバシャと地面に叩きつけている。
傘なしで駆け込んでくる客は、みなずぶ濡れになっている。
とても出られる状態でないので、しばらく小降りになるのを待っていた。
15分ほど待って、少し小降りになったので、カートを引っ張って走った。
ところが、車まであと数メートルのところで、また激しくなった。
あっという間にびしょ濡れである。
大急ぎで車から傘を出して苦労して買い物を積み込んで、運転席に入って、
やれやれ、、、とホッとしたら、さっさと雨がやんでしまったのだった。
あと2、3分待てばよかった、、、くやしい。。。


 < 過去  INDEX  未来 >


TENSEI [MAIL]