TENSEI塵語

2002年03月31日(日) やっぱり桜に感動

夕方、夕飯の買い物に出た帰りに、長良公園の外郭の道に車を停めて、
桜並木の下を少しだけ散歩した。ここの桜は大したことない。
公園の一辺に桜がズラ〜〜ッと並んではいるけれど、後はぽつんぽつんである。
その桜並木もまだ若いらしくて、痩せ細った感じである。
(何しろ岐阜大学移転の跡地に年月経て整備された公園だから、歴史は浅い)
まだ低木なので、手を伸ばさなくてもつかめるくらいのところに花があるのだ。

桜は雲海風の遠景を見ても幻想的だが、近くで見ても幻想的だ。
個々の花が幻想的に見えるわけではない。
5枚の花びらの中心に海老茶色とでもいうべき雄しべの筋筋が見える、
その個々の花は、きわめて単純明快な花のかっこうをしている。
その個々の花が、そこかしこにぽつんぽつんと点在していたって、賛美されなかったはずである。
けれども、その個々の花が集まって球形を作りながら、乱れ咲くような光景を作る。
そこで、あの不可思議な花びらの色合いや、雄しべの濃い色が生きているのである。

その何ともいえぬ色彩感と点描的な味わいに目が眩むような思いをし、
静かなため息をつくばかりで、その感動がなかなか言葉にならないものである。
すでに、「生活」コーナーの最初に、かつての桜感がアップしてあるけれど、
それとダブらないように、きょうの発見を何とか言葉に表してみた。



2002年03月30日(土) 改善すべき土曜日の過ごし方

そろそろ夕方の4時になろうとしている。
毎週土曜日、これくらいの時間になると、無気力状態に陥る。
そろそろ市吹の練習に出かけなければならない。
市吹の練習がイヤなのではなく、落ち着かないのである。
何かをやるには時間が足りず、何もしないでいるには時間が余りすぎている。
土曜日の休日を落ち着かない気分にさせているのは、この夜の練習である。
これからは毎週土曜日も休みになるから、毎週こういう思いで過ごすことになる。
このあたり、うまく感情コントロールできるようにならなければいけない。

12年前に市吹の指揮を引き受けたときは、
土曜日の夕方に部活をやって、帰りに遠回りして市吹の練習に行く感覚だった。
たまに土曜日が休日になっても、たいてい部活で学校に出ていた。
隔週で土曜日が休みになってからも、しばらくはたいてい部活があった。
ところが、部活の生徒数が乏しくなって、活動不能状態の場合が多くなり、
土曜日に出かけなくてもよくなると、休日がありがたい代わりに、
わざわざ岩倉まで出かけるのがたいへんになってきたのである。
しかも、家でじっとしていると、練習計画というのがチラチラ気にかかったりする。
仕事があったころは、仕事に気を取られていて、
夕方になって市吹に向かうころから切り換えていればよかったのに、
休日になってしまうと、何かと練習のことが気にかかって落ち着かず、
何をするでもなく、何をしたという実感もなく、日が暮れてしまうわけである。

今後は、そのあたりをうまく過ごすための研究が必要だろう。

きょうは午前中に歯医者の予約が入っていたので、珍しく出かけた。
行ったら、前回懸念を予告されていたとおり、大婆さんが亡くなったとかで
診療中止になっていたが、その隣に自由書房があるので、
「Lord Of The Rings」のサントラ盤と、
長谷川宏「同時代人サルトル」(講談社学術文庫)を買って帰った。
帰ってからその本の「嘔吐」について書かれた章をじっくり読み、
午後には長いサントラ盤を聴いた。
その合間にも、きょうの練習は何をやろうかと悩んだり、
(定演後のこの時期は、何でも試し吹きの時期なので曲探しがたいへんである)
部屋の中に埋もれていそうな楽譜を探しては眺めてみる。。。
まあ、落ち着かないながらも、
落ち着かない気分に支配され尽くした1日ではなかったようだ。
この調子である。。。



2002年03月29日(金) はらわた煮えくり返り状態

まあ、ホントに、最近ではまれにみる大失策!!
あんな身勝手なヒマヒマおばさんのために、
苦労して2時間ぶんどってきたわけではないのに!!

読む人には何のことかさっぱりわからないだろうが、
今夜の、哀しくなるほどに腹立たしい心境をそのまま表すとこうなる。
また、万一御本人がこれを読まれても、私としてはいっこうにかまわないから、
そのまま書いておく。

ただ、こういう立ち直りがたい腹立たしさというものは、
たいていは、自分自身のミスに対するふがいなさ、後悔から来ている。
他人に腹立たしく思うだけなら、案外気が紛れやすいものだけれど、
自分のやり方がまずかったということが明らかになるにつれて、
いっそう、腹立たしさが募って、立ち直りがたくなるのである。

昨日、出勤して主にやっていたのは、国語科の授業時間表を作って、
それぞれの立場に合わせた配当表の案を作ることだった。
教科の会議で順々に希望を言いながら取っていってもいいのだが、
早く決定した人が楽な組み合わせになり、
後で決まっていく人が、複雑で負担の多い取り方になってしまうので、
それを是正するために7、8年前からあらかじめバランス調整をすることにしたのだった。
そのために、十何枚かの案を作ってみながら、2、3の案を提示する。

そして、昨夜4名ほどの人に電話した。
でも、この個人的な話の段階で、もっとはっきり言っておくべきだったのだ。
特に、身勝手なヒマヒマおばさんには、組合員でもあるのだから明言しておくべきだった。
この−2時間は、組合役員の学校委員のためにとって来たのであって、
何の必要もないカウンセラーの役割の軽減のために取ってきたのではない、と。
(昨日この人に電話したのは、教務主任に商業科の授業をやってもらうので、
 商業科の副担任にならないようにクギをさしておくためだった。
 去年、3人がかりで授業配当案を作って、科全体でほぼ合意していたのに、
 この人が商業科の担任を引き受けてしまったために、
 また0から案を作り直した経緯があるから。。。
 まったく何考えているかわからない。で、平然としているのだ。
 きょうも教科会が始まってから、自分の負担軽減のためだけに、
 黙々と案を作り始めて、会議を先に進められなくなった。
 結局、そんな案を作れはしなかった。
 そうしたかったらもっと前から自分で苦労すればいいのに、そんな気はさらさらない)
当の学校委員の北さんにも、もっとはっきり言っておけばよかったのに、
すべてを曖昧にすませてしまったのは、楽観しすぎたためだろうか。。。
個人の意志&希望尊重の理念が強すぎるためだろうか。。。
とにかく、失敗である。北さんに対してでなく、組合の人たちに対して申し訳ない。

・・・で、教科会が終わって、ジワジワと腹立たしさに支配されていったのである。
どうしてあんな曖昧な采配を振るってしまったんだろう。
組合員ならば学校委員の軽減を最優先に考えてほしいと、昨夜言っておくべきだったのだ。
それは公的には認められず、教科内の仲間内で調整するしかないのだから。
他人に対する腹立たしさよりも、自分自身の安易な失策に対する腹立たしさの方が、
ずっと深く、後々まで尾を引くものである。

こうして書いてみることによって、多少は腹立たしさも鎮まったけれど、
くすぶる腹立たしさのために、もうちょっと飲まなければならない。
まったく、何のためにあの日教科主任として出て行ったかわからない。
こんなことなら、何年か前に、高校の教員としては驚異の20時間を引き受けたように、
教科主任を引き受けるよりは、単に自分の時間増を引き受ける方がましだった。
そうしたら、誰々のためにかぶるんだからね、と明言しやすかったのに。。。
とにもかくにも、今回は大大大大失敗である。
人を信じすぎてはいけないのである。
やっぱり、本心は虚心坦懐に伝えないと、取り返しのつかない後悔になる。



2002年03月28日(木) 「Lord Of The Ring」感、補足

時折届くメール便 RealNetNews にアカデミー賞情報があったので、
今朝そのHPに飛んでみたところ、「Lord Of The Ring」の受賞した部門は、
撮影賞、視覚効果賞、作曲賞、メーキャップ賞の4部門だったようだ。
昨日私自身が感じたとおりに、そのまま受賞している。
他の多くの映画と比較できる人たちから見ても卓越していたわけだから、
映像に目を釘付けにされ、音楽に心地よさを感じて当たり前なわけである。
作品賞などは受賞できるわけがない、まだあの映画は途中なのだから。。。

3作全体の公開が実に楽しみである。どんな評価になることか。。。

きょうは、たった今まで(もう翌日になっている)仕事1本槍の1日だった。



2002年03月27日(水) 「Lord Of The Ring」を見に行った

トールキンの「指輪物語」はまだ読んでない。
ワーグナーの「ニーベルングの指輪」と関連した興味と、
「ドラクエ」などのRPGゲームの原典探しの興味から
読もうとしたこともあったけど、図書館から借りた訳本は読みにくく、
時間もなかったので断念して、ずっとそれっきりになっている。
映画ができたと知って、見に行かなきゃ、と思っていたが、
きょうやっと映画館に出かけることができた。
こういう映画だと、「行くぞ」と声をかけると妻も娘も即座に乗ってくる。
3人で見に行って驚いたことに、レディーズデイの割引つきだった。

約3時間弱、目が画面に釘付け状態だった。
すばらしい映像である。
ハラハラドキドキや、ドキッッッ!!も、心臓に悪いほどだ。
この程度のスリルは、現代の映画では常識的かもしれないが、
くり広げられている世界が、何しろ伝説的な世界である。
(中学時代に、「ロミオとジュリエット」の中世的な光景に魅せられたが、
 それ以上に不可思議な光景で目を楽しませてくれる)
自然を愛するホビット族の村は美しい自然の中に夢のような味わいがあり、
エレガントなエルフ族の世界は、メルヘンの中の宮廷生活のようだ。
また、旅に出たときの、山上や広野の風景。。。
そして何と言っても、広大な洞窟場面に目を丸くする。
闇の勢力の工房のシーンはもちろんのこと、
9人の仲間たちがモルドールの火口に向かうために通る
モリアという危険な洞窟の中での闘争に圧倒される。

最後10分ほど、予想していたモルドール火口寸前での攻防もなく、
メロドラマ調のやりとりがあって、静かに終わってしまった。
こんな風に終わってしまっていいのか!!と、とても残念だった。
今までのあまりにもみごとな映像の連続が、台無しじゃないか!!
・・・けれどもそれは早計だった。
娘が、この映画は三部作なんだと教えてくれた。
それならよくわかる。まだまだこれからなのだ。

BGMも、宗教的な響きのする音楽がよく聞こえていて、いい感じだった。
来年の定演の第1部は、この映画の音楽のメドレーと、
ヨハン・デ・メイの吹奏楽曲の「指輪物語」から「ガンダルフ」と、
ワーグナーの「指輪」から3曲くらい採って、「指輪」づくしで行くとか、、?


午後、ついに歯痛に耐えきれなくなって、友人の歯医者に電話した。
4時ごろ来い、というので、虫歯を抜かれることを覚悟していったら、
虫歯ではなく、かみ合わせの具合で負担がかかりすぎて炎症を起こしているんだろうと言う。
虫歯の治療のように、すっきり痛みから解放されたわけではないけれど、
痛みはもうかなり穏やかになっていて、食事も憂鬱ではなくなった。
・・・というわけで、きょうはなかなか有意義な休日になったのだった。



2002年03月26日(火) かけひきの1日

午前中の教科会議で、どうして国語科にこれだけの負担が来るのか、解せなかった。
それにもかかわらず、それぞれの個人的思惑が飛び出して、
こうなればよいと思っていたことが、ことごとく崩されて行く。
まぁ、二進も三進も行かんなぁ、、、と喫煙室でしばし思案して、
少なくとも担任数をひとつだけどこか他教科に回すしかないと結論が出て、
教科主任をあえて買って出て、教科主任会議に臨むことにした。
図書主任兼教科主任は、昔の図書主任なら楽勝だっただろうけど、
今の図書主任には、増やした仕事に支障があって困るけれど、やむを得ない。
その時教科主任をやってもいいと渋々申し出ていた人に任せていては、
本当に教科の負担を軽減してきてくれるか、不安だったからである。
今までも、たいていこういう期待は、裏切られている。

その時は、どうすればいいのか皆目見当がつかなかったけれど、
会議の席で、何か糸口を見つけて、どうにかしなければとだけ考えていた。
ところが、幸いにして、会議前に社会科主任とすれ違ったとき、
独自に算出した授業時間配当表を見せて、説明してくれた。
向こうとしても、そうすることによって自分の科の応援を期待していたわけである。
それは、理科と英語が持ち時間数が極端に少なく、負担が軽いので、
担任をもう少しお願いしようという筋だった。
そのために、失礼にならぬ程度の強硬な弁論を執拗に展開して、
何とか目的を果たすことができた。

この午後の会議に、何と4時間半も費やしている。
前半の2時間だけでも、もううんざりして、頭が変になりかけている。
こういう会議は、私的なわがままから上層部の失策まですべて背負い込んだ
あちらを立てればこちらが立たずの混迷を運命づけられているから、
パズルを解くよりもうんと厄介なものである。
こういう論議に神経すり減らしている者がいる一方で、
家でくつろいでいる者もいる、その不条理はいったい何なのだろう。。。

会議が終わっても、3、4人の先生といろいろ話す必要があった。
とりあえずの解決はみたものの、重圧は増すばかりである。
すっきりするどころか、ますます憂鬱になるものである。
これで本当によかったのかと、疑問を引きずり続ける。

帰路に着きつつ、娘に電話で夕飯準備の指示をする。
妻もまだ帰っていない。
今年もますます多くの負担を押しつけられて、管理職と調整しているのだろう。
短大出だから管理職とか主任とかからは無縁だけれど、
子どもを育てる、子どもを活かす、という点においては、
私など足元にも及ばぬほど有能だから、いろいろと押しつけられてしまう。
駆け引きは有能でないので言いくるめられて、そのしわ寄せが家族に来る。
彼女が駆け引き上手なのは、相手が私の時だけである。



2002年03月25日(月) きょうのお仕事

昨夜、菜々まつ様に活力をいただいた私は、きょうもがんばってつらい仕事に従事した。
きょうは入学生と保護者たちへのガイダンスの日だったが、
朝から放送機器の準備、、、なんてのは、どうということもない仕事である。
今回から自ら提案して、朝の読書とその本の用意について話すことになったのである。

私は、どうも今もって人前で話すのが苦手である。
なにしろ、中1の歳までは、人前では何一つろくに話せなかったのである。
人前で話すことについては、クラスのワースト3の地位を争っていたほどである。
あのころは、人前で話そうとすると頭が真っ白になるばかりでなく、
準備しようと思っても、話すべき何ものも思い浮かばなかったほどである。
今でも、自分の番が近くなると、話すべき内容が消えて見えなくなるとともに、
あれもこれもそれも次々に浮かんでくるという両極端が交錯して、
半ばパニック状態に陥ってしまう。会議の席でも似たようなものだ。
それでも、何とか予定していたことの8割程度を順序立てて話してしまうのは、
中・高時代に生徒会で、即座の答弁の修行を積ませてもらったおかげだろうか。。。
あのころは、職場の会議ではついぞ出会ったことのないほどのキレ者が何人もいて、
ちょっとでも言葉を誤ったり、言葉が足らなかったりしたら
取り返しのつかない事態に陥る恐れもあり、ホントに気の抜けない日々だったのだ。

読書の説明は、言い忘れたこともいくつかあったけど、
ちょっと予定時間を超過して終わって、午後は職員会議で「お願い」をさせてもらった。
実は、これはきょうの予定にないことだった。
でも、11時ごろ校長室に呼ばれて、「来年度も図書主任を」の依頼を受けた際、
来年度、読書時間をどのクラスも確実に確保できるべく考案した
いびつな時間割案を認めてもらうために、きょうの職員会議での決定を願ったのだった。
前回の職員会議では、いろんな思惑が発言されて、紛糾し、収拾困難な様相だった。
きょうは、こうするしかもう選択肢がないんだということを説明して、
いびつな時間割で試行せざるを得ないことを理解してもらわなければならなかった。

ところがその前に1時間ほど準備できる時間があったのに、頭の中で渦巻いているだけで、
ちょっともその筋立てがメモできないのである。
もうホントに不甲斐ない限りである。情けない。
けれども、喋りはじめたら、ソフィストのような悠々たる弁論とまでは行かず、
言葉を探し探しの、詰まり詰まりの、甚だ頼りない演説ではあるけれど、
大体考えていたようなことを話すことができた。
大体私のスピーチは、会議でも結婚式でも、何でもこういう不器用なものになるのである。
今回は、私自身が、これは絶対いいと思っているわけでもないので、
まぁ、いわば、苦しい答弁、というべきものだから、なおさらである。

会議の面々を見渡すと、それでも何か言いたそうだが、
どう言おうかとまどっている姿もちらほら見える。
けれども、発言がないので、司会者が承認としてまとめてしまった。
後からひとつだけ意見が出たけれど、建設的な提案として処理されて、私の提案は決着。
運営委員会から数えると8度目の闘いで、ようやく決着したのだった。
実に後味の悪い決着ではあるけれど、条件整備だけきっちりやっておかないと、
次の段階に進めない。とにもかくにも、イヤ〜〜な役柄である。



2002年03月24日(日) 菜々まつ様の魅力ぷんぷん

「利家とまつ」が第12話まで進んだ。不思議にも、しっかり見続けている。
先週はじめて、定演の打ち上げのためにその時間帯に家にいなかったのだが、
慌ただしい朝に留守録をセットして、ちゃんと継続しているのである。
ビデオ録画も毎回見ながらしているので、きょうで6本のテープが並んだ。

そう熱心に見直したいほどのドラマではない。
橋本さんはさっそく見切りをつけたそうだ。
彼は「菜々子ちゃんはかわいいけど、、、」と言い、
私は「菜々子さまを見ないわけにいかないから、、、」と思う。
ここに、彼の美学との決定的な違いがあるのだろう。
時にいい台詞があっても、これは戦国時代の台詞だろうかと?マークが現れる。
歴史ドラマというよりは、現代のホームドラマを昔の装束でやっているようにも見える。
全体的には、何か、腹の落ち着かぬ雰囲気のドラマである。

けれども、とにかく、菜々子さまのまつが〈華〉になっているのは間違いない。
このまつは、本当にどうしようもなく理想的な女性像である。
それをあの顔と声で演じられたら、その説得力はすさまじく、
見ていてうれしくて楽しくて頼もしくて微笑ましくてしょうがない。
1週間の仕事の活力源にもなりうる。



2002年03月23日(土) 三枝成章のチェロ協奏曲

チェロ協奏曲といえば、何といってもドヴォルザークである。
これはもう最初から最後まで充実した、非のうちどころのない名曲である。
第1楽章など、あんな何でもないテーマから
どうしてあんな密度の濃い音楽が展開されるのか、奇蹟のような作品である。

エルガーのチェロ協奏曲も、涙なしには聴けない。激情の発露といった感じだが、
それは第1楽章だけで、その後はそれほど心を揺さぶらない。
その点では、ブルッフやメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と似ている。

一昨年だったか、近所の小さなCD屋で、
三枝成章の「コンチェルトの夜」という2枚組4千円のCDを買った。
もちろん、知っている曲などひとつもない。
でも、1カ月か2カ月に1回、散歩がてら立ち寄るその店で、
数年間、棚の同じ場所にそのCDを見続けていて、しばしば迷っていたのである。
買ったときには、数年間売れ残っているそのCDが不憫になったせいでもあるけれど、
数年間見るたびに迷っていたのは、新たな叙情的な世界をもたらしてくれそうな
予感に賭けてみようと思ったのだった。

その中で1番気に入ったのが、チェロ協奏曲「王の挽歌」である。
冒頭は、雷鳴がなったり、チェロソロの無調風のカデンツァがしばらく続くけれど、
主部に入ると、いかにも現代のロマン派が好みそうな虚空をはかなく漂うような、
特徴ある抒情的なメロディーを根幹にして音楽が展開されて行く。

今夜市吹の練習から帰って、ウイスキーを飲みながらくつろいでいるときに、
このCDが目に入って、ふっと聴きたくなって聴いてみたのである。
ハイドンやサンサーンスのチェロ協奏曲などは、聴いている分には心地よい
痛快な気分にもなるけれど、積極的にわざわざ聞こうとは思わない。
けれども、この「王の挽歌」は、時折むしょうに聞きたくなるのである。



2002年03月21日(木) 久々の休日なり

朝、6時に目が覚め、6時20分に目が覚め、6時45分に目が覚め、
もう、根負けして起き出してしまった。
橋本さんちに久々にいちゃもんカキコをして、
それから、岩吹HPの活動日誌の定演当日分を書いたりしていたが、
PCからの電話接続ができなくなったので、久々のメンテナンスに時間を費やした。
昼過ぎ、2時ちょっと前に、横になったとき、休日だという実感が湧いた。
すごく幸福な思いで横になっていたら、何と、4時間後に目が覚めた。
幸い、明日までにという気がかりな仕事もないので、気分爽快な目覚めだった。
昨日小学校卒業式の大役を終えた妻が久々のゲームに熱中しているので、
近所のスーパーに歩いて買い物をし、夕飯の支度を始めた。
いい休日だったなぁ、、、と思えるのは、明日への憂いが少ないからだろう。

「恋ノチカラ」の最終回が終わった。いい結末だった。
連続ドラマをリアルタイムで全部見たのは、30年ぶりくらいかもしれない。
これも、自室でテレビを見られるようにしたおかげである。
そうでないと、絶対に見忘れてしまう。
この間、第9話を最終回として終わった「プリティガール」は、
後半話が大きくなりすぎたわりに、いい加減な結末をつけてしまってつまらなかった。
前半のメルヘン調を貫徹してほしかったものだと思う。
これも、「ラブジェネ」同様、後半に路線転換を試みて失敗したクチだろう。
「恋ノチカラ」は、その点、ドラマが一貫した流れに乗っていてよかった。
ヒロインが終始ダサい30女に徹しながらも、
心を動かす説得力、存在感を持っているのがすばらしい。



2002年03月20日(水) 「A.I.」を見た

先日、新作割引で安くなっていたので、たまっていたサービス券で買っておいた。
スピルバーグの作品には、今まで評判ほどの感銘を受けていない、というより、
むしろがっかりした印象の方が残っているのだが、
〈愛〉がプログラムされたロボットの話となると、格別の興味があった。

で、さっそく当の映画から話がそれてしまうのは反則みたいなものだけれど、
私は、手塚治虫の「火の鳥」が大好きで、特に未来編が好きである。
何か途方もなく切ない哀しみを湛えているからである。

「A.I.」にも同じようなものを感じた。
一応ハッピーエンドのかっこうで終わっているけれど、哀しいハッピーエンドだ。
ディビッド役の少年の表情が、実に入念に撮られている。
興味深い場面が次々に現れる。。。。

もう酔っぱらって眠いので、きょうのとりあえずの感想はこんなところでおしまい。



2002年03月17日(日) 定演終わる

12回目のまあまあ慣れたイヴェントとはいえ、やはり緊張を避けられないのは、
この2時間は1回きりだ、これっきりだ、1発勝負だ、という思いのためだろう。
1年間の活動のすべてではないにしても、その総まとめにあたるわけだし、
うまくいかなかった分は、後でちょっとやり直し、というわけにもいかない。
演劇公演も演奏会も、このあたりの緊張感がたまらない魅力なのである。
常に崖っぷちにいて、一瞬先に何が起こるかわからないようなスリルがある。
もっとも、ステージの上でそんなことをいつも考えているわけではなくて、
ステージに立てば、音楽の流れに集中できることだけが課題なのだけれど。。。

それにしても、連日のハードワークの後に、昨夜ときょうの午前中のリハで、
昼ごろには足が痛くてしょうがなくて、まともに歩けなくなっていた。
2時間弱の昼休みの間に、靴を脱ぎマッサージして、何とか少し回復した。
寝不足も続いているし、体のあちこちがこっていて、どうも具合悪い。
リハの時に、スコアではどうなっていたかよくわからないところが3カ所あって、
そこを確かめたり(というのは、最初の2曲以外は、スコアを見ないで、
邪魔なばかでかい譜面台をとっぱらって振りたかったので)、
リハの時にまずかったところをパートごとに回って打ち合わせしたり、
直前までこれだけ課題を抱えて迎えた定演も初めてのような気がする。

しかし、最大の失敗は、いよいよ開演で私が出て行くときに、
出たすぐの譜面台にちょっと肘が触れて、それが倒れ、その隣の譜面台も倒れ、
出鼻をくじかれたことだった。
もともと人数の割りに舞台が狭くて毎年悩みの種なのだが、
きょう、出て行く前に、何となく通路が狭い感じがした。
でも、リハの時には通れたので大丈夫だろうと思って普通に歩いたら引っかかった。
後で聞くと、その席の奏者はリハの時にはマネージメントに飛び回っていて
席にいなかったので、譜面台が下げてあったのだそうである。
思わぬところにトラブルの罠が待っているものである。
いっそのこと来年は、ドミノ倒しのように全部の譜面台が倒れるパフォーマンスを
取り入れてやろうか、と思った。
・・・もうひとつ、2曲目の途中で、指揮台から落ちそうになってヒヤリとした。
スコアを見ながら振るという珍しいことをやるから、位置感覚がつかみにくかった。
どうもきょうは私の厄日だったらしい。

打ち上げから駅近くのホテルに帰って横になったら、すーーっと眠りに入った。
2時間ほどで、ふっと目が覚めてしまった。
ひどい疲れと、何となく冷めきれないでいる興奮が混在しているのだろう。
外泊の時には、ちゃんとウイスキーの小瓶とノートPCを持っているので、
飲み直しながら、ノートにケータイをつないで、ネット散歩もできるのである。



2002年03月15日(金) カンプラ「レクイエム」

定演直前の日に、それどころじゃないぞと思いつつ、帰りの車で、
カバンのそこに発見したカンプラ「レクイエム」のMDを聞きながら帰った。
見たら無性に聞きたくなったからで、そうでなければ相撲を聞きながら帰ったはずだ。
(なぜMDかというと、LPレコードしか持ってないのをMDに録ってあるということだ)

この「レクイエム」とは、もう20余年のつきあいである。
モーツァルトの「レクイエム」よりも好んで聞いている。
・・・よりも好き、というよりは、モーツァルトの方をそれまでに飽きるほど聞いて、
その後にこの曲が私の生活の中に入り込んできたのである。
高校時代に、フォーレの「レクイエム」の良さを感じたいと思って何度も聞いたけれど、
この曲はなかなか感動させてもらうには至らなかった。
清浄な音楽たらんとしているんだな、とは思ったけれど、おもしろくなかった。
カンプラのレクイエムに出会って、清浄にして刺激的な感じがした。
緩徐な部分も快速な部分も、しめやかな抒情ということばがにあうような感じである。

3曲目の昇階唱(Graduale)が格別にすばらしい。
7分ほどの曲だけれど、4行の詩の1行ごとに音楽が変化し、4つの部分を作っている。
まず「主よ、永遠の安息を彼らに与え」の詩が哀しげな響きを帯びた長い祈り、
「不変の光を彼らの上に照らしたまえ」が明るく快活に歌われる。
それから曲調が渋くなり、バリトン独唱で「正しき者は永遠に記念されるべし」。
最後の「悪しき知らせに恐れることなからん」の部分が心をかき立て泣かせるのである。
バリトン独唱と合唱のかけあいとなり、合唱が「non,non,non,non,non,non timebit!」
と歌い始めると、それまでうっとりと聞き惚れていた心が穏やかさを失い、
音楽の中にググーーッと引き込まれていってしまうのである。
すばらしい緊張感であり、運転しながらでも目が潤んでしまうのである。
・・・この部分は全部聴き終わってから2度くり返し聞いて家に着いた。

6曲目の「サンクトゥス」も特にお気に入りの曲である。
フォーレやモーツァルトのこれみよがしの「サンクトゥス」と違って、
(ただし、モーツァルト「レクイエム」の「サンクトゥス」は弟子が作った部分である)
「サンクトゥス」に似つかわしくないメロディーでありながら、
和声やオーケストレーションで、いかにも清浄なイメージを作っている。
そしてこの曲のいいところは、後半の「Hosanna」の部分である。

この「レクイエム」は未だにクラッシック界のメジャーではない。
出会ったとき、12年ほどさまざまな音楽を貪るように聴いてきて、
どうして今までこの曲に出会えなかったのか、不思議に思われたほどだったが、
あれから20年ちょっとたった今でも、世間では隠れた名曲のままである。
それは不思議ではあるけれど、個人的には、まぁ好ましい傾向でもある。
あんまりちやほやされると、マーラーブームが到来したときに悩まされてような、
嫉妬心に苦しめられるかもしれないから。。。

こうして書いていたら、モンテベルディ「聖母マリアの夕べの祈り」を聴きたくなった。
聴く、というよりは、持っているのはLDなので、見たくなったのだが、
これは、定演が終わるまで待つことにしよう。



2002年03月14日(木) 好きな俳句

相変わらず、時間に追われまくっている。。。
きょうなどでも、午前中授業が3時間、その合間に追試作り、
午後は職員会議、校長との会談、分会会議、分会人対会議、そして追試作りの続き、
大慌てで家に帰って、夕飯の準備、、、と続く。夕食後、時間補充課題を考える。。。

昨日は4時ごろに帰宅できたので、きょうの授業のために
作りかけだった俳句シークパズルなるものを作っていた。
一見、ひらがながでたらめに並んでいるように見える表の中から、
サンプルとして挙げてある俳句を探させるというパズルである。
有名な俳句を読ませようという試みの単なる一方法に過ぎない。
真正面から読ませるわけではないから、まぁ、簡単にいえば邪道である。
クラッシックの名曲を、フックト・オン・クラッシックスで聞かせる、
いや、それよりも安易な、CMやお笑い番組のBGMで聞かせるようなものかも知れない。
2カ月くらい前に思いついて、俳句を25句選んでおいた。
昨日やっとそれをパズルの形にして、サンプルも打ち込んだのだが、
なかなか取りかかれなかったし、昨日も作りながら何度もためらったのは、
こんなもの作っても、生徒が、難しすぎるとかめんどくさすぎるとか言って、
まったく手をつけなかったら実につまらないことになるという心配があったからである。
けれども、きょうの3クラスの生徒の取り組みは、予想をはるかに凌いで良好だった。
生徒の反応というものは、常に計り知れないものである。

万葉集とか古今集にも好きな歌はいくつもあるけれど、
私は大学時代からどちらかというと、作為的な〈新古今調〉の歌が好きである。
〈新古今調〉から連歌、連句を経て生まれた俳句を読むときにも、
とりわけ魅力を感じるのは、2つの要素で時空の広がりを感じさせるような句である。
限りなく余情を味わわせてくれる作品である。

古池や蛙飛びこむ水の音
夏草や兵どもが夢のあと
閑かさや岩にしみいる蝉の声
荒海や佐渡に横たふ天の川  ・・・などは言うまでもない。蕪村の
春の海ひねもすのたりのたりかな  ・・・もちょっと違った意味で好きだが、

こういう人口に膾炙されすぎたあたりまえの名句以上に大学時代から惹かれているのが、

この秋は何で年寄る雲に鳥   

である。何と不思議な句であろうか。
説明しようとすると言葉を失ってしまうのだけれど(説明好きなのに〜)、
実にしっくりしたイメージで、精神世界の広がりを感じさせてくれる。




2002年03月12日(火) 疲労困憊

何ともはや、疲れる2日間であった。
日曜日の疲労を残したまま、昨日ときょうが入試業務だった。
休むわけにもいかないばかりか、のんびり出かけるわけにもいかない。
きょうは特にひどくて、まず、朝のゴミ出し&廃品回収から始まった。
出かける用意をした後、まずゴミ出しをするついでに回収場所を眺めて、
廃品回収が行われることを確認してから、3往復するのである。
段ボールや新聞紙の束はまだいいとして、雑誌やカタログの束が重い。
出勤すると、面接試験の面接官ということになっている。
グループごとに同じ質問をくり返しているうちに、頭が痛くなってしまう。
もう、きょうの仕事は限界だな、と思っても、午後には会議が待っている。
約5時間にも及ぶ会議&作業である。困ったものである。
数年前まではこの会議&作業とは無縁で、昼から帰ることもできたのに、
4年前、迂闊にも主任なるものを引き受けたために、
こんなおまけがついてきてしまったのである。災難としか言いようがない。
きょうの会議&作業のせいもあって、追試の生徒の補充授業を
明日にしか入れられなかったので、明日の特別休業日も台無しである。
今夜はその準備に相当の時間を費やした。ばかばかしいほどの損害である。
明日、早めの夕方に帰宅したら、夕飯の用意も忘れて深い眠りにつくかもしれない。



2002年03月10日(日) 快い疲労と、不安

う、う、、、つ、、疲れた、、、、、で、パタッと倒れたい気分だったが、
夕食でいつものようにビールを飲んでも、眠いような意識が遠いような感じがしても、
菜々まつ様を見ないわけにはいかないし、洗い物はしなきゃいけないし、
明日の朝のご飯を炊く用意はしなきゃいけないし、それだけやっても
まだ多少余力はありそうだから、書けるだけは書いておこうかな、、、と。。。

きょうは、2週間前の日曜と同じく、市吹の強化練習日だった。
定演前の最後の練習日なので、2回の通し練習をした。
9:30〜11:30に全体の通し、1時から部分練習をして、
2:00〜4:00に2回目の通し練習をした。
実にハードな練習日程である。もう許してよ〜、と団員から悲鳴が聞こえそうである。

中・高時代には、長期休暇中や日祝日の1日練習が当たり前だった連中でも、
社会人になった今では、週1回たった1時間半の練習がやっとである。
週1回継続的に守れるものは少なくて、仕事の都合などで月1回の者もいる。
そんな習慣の中での1日練習は、口にも負担がかかるし、
指、というか、指を動かす腕の筋肉への負担も大きい。
団の音楽監督としては、いろいろと気遣いながらも、はい次、とか言って、
練習へと拍車をかけるわけだけれど、あぁたいへん、とか、もうダメ、というような
表情を見せながらも、いざ曲を吹き始めると、真剣な表情で
約束した表現をちゃんと再現しようとしてくれるのだから、エラいものである。

合奏の楽しみを覚え始めて、33、4年目になる。
私はこういう、おおぜいでひとつのものを作り上げる活動が好きなのだ。
性格も考え方も感じ方も違う、でも、できあがるものはひとつである。
それは、われわれの子どもである。
その子どもは、生まれると同時にどこかに行ってしまうけれど、
できるだけ表情豊かで感性豊かな子どもを生みたいという気持ちは同じである。
練習の間は、胎内に子どもがいるようなものである。
時には、ひどい陣痛に襲われる。
ステージで生まれる子どもには、時には不細工な子も生まれるけれども、
どれもこれも、苦楽の結晶としてかわいいものである。

きょうの2度の通し練習で、今まで混沌としていた定演の音楽の流れが
ようやく明らかになり、何とかなりそうなめどがついた。
立ちっぱなしで、歩いたり走ったり踊ったり、たいへんな1日ではあったけれど、
癒しがたい疲れも、やっぱり快さを伴っている。
そうして、これから1週間、団員の体調を気遣うことになる。
風邪、花粉症、怪我、、、などなどの心配はもちろんのことであるが、
一般の人にはなかなか想像がつかない心配というものがある。
きょうの練習がもとで、腱鞘炎になりはしないかとか、
口元にできものができはしないかとか、悩みの種は数え切れないほどある。



2002年03月09日(土) サラリーマン川柳

昨日の昼食の時に、第一生命のおねえさん(? 15年前の卒業生だそうだ)が
サラ川ベスト100の投票用紙をもってきて、書いておいてね、と言う。
ひとつひとつ読み始めたら、なかなかひとつは選べない。

「窓際」も いまや高嶺の 激戦区
手料理が どれかわからず みなホメる
口グセの 「今するところ」 子に遺伝
経営者 リストラするまで 何してた
社の幹部 裏を返せば 社の患部
面接で 特技をきかれ メールです
着メロは サビの部分も 聞いてでる
振り向けば かわいい着メロ 出る上司
生存を 確認し合う 年賀状
親孝行 したい時には 職はなし
Iモード 妻にもほしい 愛モード
名前みな タレント並みの 乳児室
右左 アゴで指図の カカァナビ


こうして、今目についた順に挙げてみると、
ケータイを題材にした作品がなかなかおもしろい。
「メールが特技」というのは、やったことある者にしかわからないだろうが、
短時間で頻繁にやりとりできる技術と気力はなかなかのものなのである。
親指の魔術とでもいうべきものなのである。

かわいい着メロの主が年配の頭がつるつるのおっさんであったりするのは、
喫茶店などでも時々目にする光景である。
たぶん娘さんか誰かに設定してもらったのだろうけれど、
微笑ましいような、笑いを誘う光景である。

ケータイが若い世代にどんどん浸透していったのは、通話の便だけでなく、
メール機能の充実と、着メロの充実のためである。
先日、ラジオの番組の投書で「着メロ」をテーマに読んでいるのを聞いていたら、
「1番好きな曲の着メロにして、その後電話が初めてかかってきたとき、
 もっちょっと聞いてから出ようと思って聞いていたら、切れてしまいました」
というのがあって、な〜〜るほど、とおもしろかった。

着メロ機能が出始めたころは、誰もがベル音では区別がつきにくかった。
おおぜい集まる場所でケータイが鳴ると、いっせいにケータイを見る光景が普通だった。
聞いただけで自分のケータイだとわかるように着メロ機能が付いたのである。
そうしたら、もっといい曲、大好きなこの曲、とだんだんエスカレートして、
膨大な曲数が供給され、自分で作れるようにさえなったのである。
最近はベル音のままにしているのが珍しくなったので、
私は相変わらずベル音のままで通している。
先日買い換えたケータイのベル音は、昔の電話のベル音に似ているのでうれしい。



2002年03月08日(金) 「砂の器」を見た

きょうは予想よりも早く帰れたので、帰路をCD屋寄り道コースにした。
そして、「砂の器」DVDを買って帰った。
一昨日、北さんに「宿命」のCDを貸す前にちょっと聞き直してみたら、
やっぱりこの映画も抗いがたい良さがあると思って、欲しくなったのである。

夕食後、やっぱりさっそく見たくなってしまった。
その前に見るべきものが、橋本さんが貸してくれた「屋根の上のVn弾き」を始めとして
いくつもあるのだけれど、やっぱりどうしても見たくなってしまった。

実にいい映画である。
清張原作の骨格に、肉や血色まで与えた映画だと言いたくなる。
戦後の音楽界に、あんな曲のあんなコンサートが脚光を浴びるなんてことはないはずでも、
清張原作どおりに現代音楽(コンピューターミュージック)では映画にならないし、
あの音楽をバックにした親子の旅の場面こそが、この映画の見所なのである。
また、最初から見直しても、実に緻密な構成で展開されている。
大学時代に有楽町の名画座で体験したとおり、
立ち見で見ていても、立っていることを忘れてしまうほどの名作である。
(そういう意味では、同じ監督の「事件」「鬼畜」も名作である)

しかし、このキャスト陣、何とかならなかったのかな、
と数度目かを見直して、改めて疑問に思う。
俳優がもっとうまかったら、文句なしに日本映画の代表的作品に推薦できるのに。。。

丹波哲郎は、全体としていい雰囲気を出しているけれど、肝心なところで説得力を欠く。
森田健作は、全体的に大根役者である。学芸会並みである。
そして、肝心の加藤剛。
ピアノを弾くまねも、指揮姿も、ちょっとひどすぎる。
せっかく親子の旅の映像とBGMに陶酔していても、
ピアニストの姿を見ると、興ざめしてしまうのである。
そうケチつけながらも、もう数回見直しているわけだけれど。。。

不思議でしょうがないのは、あれほど映像にこだわりを見せているのに、
俳優の動きが絵になってなくても、そこにはこだわってないことだ。



2002年03月07日(木) 第20回岩倉市民吹奏楽団定期演奏会

本当は「陣痛に耐える朝の読書」という題で、最近の問題点を書くつもりだったが、
時間が遅くなったので、急遽変更する。まぁ、早い話が、単なるPRである。

3月17日(日) 午後1時半  於 岩倉市総合体育文化センター 入場無料
演奏 岩倉市民吹奏楽団   指揮 私、である。

【第1部】
 1、TBS 系「世界遺産」テーマ音楽 「The Song Of Life」
 2、櫛田てつ之扶 「舞楽2」(琴との共演)
 3、ハチャトゥリアン 「ヴァレンシアの寡婦」より 第1、2、5、6曲
【第2部】
 1、ヘンデル「ハレルヤ」(ゴスペル調)
 2、「ルパン3世のテーマ」
 3、「ざ・えんか・めどれえ」(兄弟船・無錫旅情・悲しい酒・北の漁場)
 4、「マンボ・イン」
 5、「We Are All Alone」
 6、懐かしい唱歌メドレー「あの日聞いた歌」
   (ふるさと・浜辺の歌・椰子の実・赤とんぼ・春の小川・花)
 付、ドラマ「HERO」より エンディングテーマ&オープニングテーマ


今回の定演は、第20回、しかも、団創立30周年だそうである。
記念すべき区切りの演奏会だが、選曲の段階でそういうことをあまり意識しなかった。
その点、ちょっと惜しまれるところである。
その代わり、常に多彩なのが我が団のプログラムの特徴である。
今回は、例年に輪をかけて多彩で変化に富んでいる。
ちなみに、私が振り始めたのは、第9回の定演からで、今回が12回目になる。
いわば、1回目の小還暦を迎えることになる。
そのわりには、勉強不足であり、研究不足である。困ったものである。



2002年03月06日(水) ケータイの機種変更

ケータイを使い始めて、今月末か来月初めに7年目になる。
通話しかできないのに購入も通話料も実に高価だったころから、使っている。
吹連の県の事務局が採用するよりももっと早くから使っているのである。
きょう、その4機種目に買い換えた。

2年前に Cdma One に買い換えようかと思いながら、まだ経費が高すぎて断念した。
それからずっと買い換えずに来たのは、結局のところ、
私にとっては「通話の便」以外、あまり魅力がないからである。
これが、最近の若者たちとぜんぜん違う点である。
メールもネットサーフィンも、PCでやれば十分で、
ケータイメールの入力など、やっかいでしょうがないのである。

ところが、何ヶ月か前に妻が Cdma One に買い換えた。
着メロへのこだわりという、実につまらない理由からなのだが、
何かの拍子に、緊急メールを送ってくるのである。
きょうまで使っていたケータイでも、その受信はできるし、送信も一応できる。
ただ、送信の際には、妻のケータイ番号の上に4ケタの数字を入れなきゃいけない。
その4ケタの数字を忘れてしまって、調べるのを忘れているものだから、
いつも返信ができないでいたのである。

そのまま、何ヶ月も過ごしていたわけだけれど、先々週DMが届いた。
機種変更特別割引のDMで、まぁ、ここが変え時かな、と思ったのである。
で、先週の金曜日に近所のauショップに行ってみた、するとシャッターが閉まっていた。
貼り紙に、要するにPCの不具合のため明日来店を、というようなことが書いてある。
翌日行くと、店は開いていたけれど、やはり具合が悪いので明日来るようにと貼り紙。
で、またその翌日の日曜日に行くと、同じことである。
それでそのまま、家から少し遠いけれど、則武にあるauショップに行ってみた。
ここにも貼り紙はあったけれど、混雑のため出直してもらうことがあるというような内容。
それで、店に入って機種変更を申し出たのだが、結局は同じことらしかった。
本社のPCデータの故障で、全国的に受付不能状態になっているという。
復旧のめどはまったくたっていないという。
人がせっかくその気になるとこうなんだから、人生は皮肉なものである。
書面での受付をしたら、復旧次第すぐに連絡をするというので、
毎日ショップに通うよりはその方が楽なので、申し込みだけしておいた。

その連絡がケータイに入ったのは、きょうの成績会議が終わって、
その後、いくつかの雑用を終えて、喫煙室に戻ったときだった。
6時までに来てくれれば、きょうのうちに機種変更ができるという。
もしそれがダメなら、明後日以降になるとも言う。
別に大急ぎというわけではないけれど、いろいろと煩わしいので、
急いで残りの用事を済ませて、帰路についた。

今回のケータイについては、どんなところまで可能なのか、
暇を見つけては研究してやろうと思っている。
専用の超小型デジカメも買ってきた。
ポケットに入れていてもまったく気にならない小ささと軽さである。
これで撮ったものを、PCにメールで送ったらどのように再現されるのか、
実に楽しみなところである。



2002年03月05日(火) 再びBGMの仕事

まだ終わりではなかった。
妻の小学校の卒業式の、証書授与の際のBGMを相談されたのである。
実に難しい注文で、弦楽合奏を主体としたもの、ゆったりした曲、
あんまり極端な変化があってはいけないし、盛り上がりすぎてもいけない、
耳を刺激するような音色が使われていてはいけない、、、20分くらい。
証書授与は、担任がひとりひとりの名前を呼び続ける中で、
流れ作業のように全員がステージに上がって校長から証書を受け取るのだという。

そんな条件に適った曲は、そうありはしない。
しかも、聞こえてくる分には、とにかくいいメロディーをもってなきゃいけない。
先日の卒業式の送辞・答辞で使った3曲のうちの2曲を使えばいいことはすぐにわかった。
けれども、それでは7分ちょっとにしかならないのである。
その2曲を3回くり返してもいいのだが、それは最後の手段ということにして、
ここでまた新しく曲を発掘しようとするところが私の悪いクセである。

で、日向敏文のサントラオムニバス(レンタルで借りたもの)や、
加古隆のCDや「IMAGE」などのCDをまたもや聞き返す。
そうして、3曲見つけて妻に具申して、2曲が採用になった。
他人事とはいえ、これでも実に疲れる仕事である。

曲探ししながら、加古隆の「白梅抄」やパールマンの弾く「シンドラーのリスト」が
聞こえてくると、涙ながらに聞き込んでしまう。
こういう感情が極度に表れた曲は儀式にふさわしくないのが残念だ。
あまり深刻ぶった曲は、やっぱりBGMにはまずいのである。

「菊次郎の夏」の「The Rain」と題された曲を卒業式の入場に使ったのは、
この曲が、なんとなく、そこはかとなく、「母の愛」という感じをもたらすからである。
包み込むような、優しく見守るような、そんなイメージが曲に漂っているからである。
ある日、無性に腹立たしかったときに、この曲を耳にしたら、
すーーっと、腹立たしい思いが引いていったという体験がある。
こんな穏やかな温かい心で、卒業式を迎えてほしいな、という思いで、
(そしてそれだけでなく、母親や家族に感謝しつつ、、、)
去年に引き続き、この曲を入場の曲に選んだのである。

吹奏楽部がまだ盛んで、卒業式で演奏していたころは、
X(Yoshiki のグループ)のバラード系の曲を苦心して編曲して演奏していた。
あれも懐かしい思い出になっている。



2002年03月04日(月) 「Piano Stories」再発見

昨日、北さんから久石さんの「The Wind Of Life」の入ったCDを所望され、
すぐには思い出せなかったけれど、楽譜を調べたら「Piano Stories 2」に
入っていることがわかった。でも、それは昨日は見つからなかった。
きょう、もう1度CDの棚をじっくりと見てみたら、10枚ほど並んでいる
加古隆のCDの中にまぎれ込んでいるのを発見した。

「Piano Stories 2」は、久石さんのアルバムの中ではどうももの足りない印象。。。
聴き直してみても、やっぱりその印象は変わらない。
かぶさっている弦の音が荒いせいでもある。
こういうタイプのアルバムの中では、やはり「My Lost City」が白眉、
「Piano Stories 3」も実にすばらしいできだと思う。

で、今夜は「Piano Stories 2」に続いて、「Piano Stories」を聴いてみた。
これは、気づいたときには廃盤になっていてなかなか手に入らなかったが、
一昨年ようやく廉価で再発売されると同時に手に入れたものである。
ファンの間で伝説の名盤と評判だったものである。

この盤ではまだほとんどピアノ演奏だけで録音しているから地味である。
全体にちょっと堅い感じがする。
「トトロ」「ラピュタ」「ナウシカ」などのおなじみアニメの曲も弾いているけれど、
それらは、他の盤でも飽き飽きするほど聴かされるのでもちろんとして、
実にいい曲が多い。
・レスフィーナ(「アリオン」より)
・ノクターン (「Wの悲劇」より)
・グリーン・レクイエム(「(同名)」より)
など、他の盤ではなかなか聞けないから、貴重な録音である。

自分なりの演奏を作りたい(ピアノ弾けないから、PCで、だけども)と思って、
楽譜集を買い溜めてあるにもかかわらず、まだ1曲も作っていない。
とりあえず、「レスフィーナ」「グリーン・レクイエム」あたりから始めようか、
と、強い衝動に駆られてしまった。
・・・いやいや、その前に、ぜひ「ロンバケ」の音楽を片づけたいものだ。



2002年03月02日(土) ちょっと一息。。。

昨日、卒業式が終わったのだが、その関係もあってやたらと忙しい週だった。
昨夜はついに9時ごろにダウンして、そのまま今朝4時過ぎまで眠ってしまった。

そもそも、先週の日曜日が市吹の1日練習だった、その疲労を背負ったまま
今週が始まったのも、イライラの要因だったかもしれない。
月曜日は何やら頭がぼ〜〜っとしているような感覚があった。
疲労のためもあっただろうが、遠い世界から帰ってきて
まだこの世界に馴染めないような感覚でもあった。
水曜日までは考査期間だったので、日程的には楽だったが、
3時ごろまで採点をして、仕事上の買い物に長い時間を費やして、
夕方6時ごろに帰宅するという日が3日間続いた。

それで、夜何をしていたかというと、卒業式のBGM選びである。
去年作ったときに、これで3、4年はこのままで行けそうだと思ったのだが、
退場の曲を変えたり、送辞・答辞のバックにも曲を流そうなどと、
余計なことを思いついて、そのために膨大な時間を費やすことになるのである。
悪い性癖である。
水曜日の夜に、やっと曲を決めてMDに編集したときには夜中の2時半になっていた。

中学時代からBGMをいろいろな場面で任されてきたのだけれど、
血気にはやっていた中・高時代に比べると、20歳を過ぎたあたりから
選曲の考えもだいぶ変わって、そのために実に難しくなった。
特にこういう行事・式典などのBGMとなると、非常にやっかいである。
精神的に深い音楽や感情の濃厚な音楽や、特殊な雰囲気を持った曲は選べない。
淡々と、さりげなく雰囲気を漂わせている音楽でなければならない。
しかし、雰囲気を感じさせる程度にいいメロディーでなきゃいけない。
あまり強弱に差があってもいけないし、短調か長調か微妙な曲でなければならない。
最近は、映画やドラマのサウンドトラックとか、ヒーリング系のCDが多く出るので、
その点、昔に比べるとたいへん選びやすくなってはいる。
そして、こういう時のためにそういうCDを多く買い集めてもいるが、
それでも、いざ場面を想像しながら聞いていると、意外と使えるものが少ないのである。
曲の長さも大事な基準だし、いい長さでも盛り上がりすぎるからという理由で
×にしたり、途中で1カ所雰囲気が変わりすぎて×にしたり。。。

まぁ、そんなわけで、案外たいへんなものなのである。
決まらない、見つからない、と悩んでいる間は、
作曲や編曲がなかなか進まないのと似たイライラに支配されるものである。
聞いている人たちには、その何十倍もの候補曲の中から選ばれた曲、なんてことは、
思いもよらないことだろうけど。。。

一昨日の晩は成績処理であくせくしていた。
こんな風に、1週間が過ぎたのである。
昨日の夕方、意外と早く成績処理の原案ができたので、
とりあえず今週の悩ましい課題が片づいたことにほっとして、
早寝早起きの今朝は、なかなか清浄な、ゆとりある心境である。
きょう、明日の2日間ぐらいは、この心境を保って過ごしたいものである。


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